結婚して半年。私は夫・吉尾を“透明人間”として扱うことにした。人だと思うから、辛くなるのだから。
きっかけは些細なことだった。吉尾が職場でミスを隠蔽して、同僚の女性社員にバラされ、上司から厳重注意を受けた。その時の私の慰め方が気に入らなかったらしい。でも、私は全く覚えていない。そもそもミスしたのは吉尾で、隠そうとしたのも吉尾なのに、どうして私が責められなければならないのか。
それから吉尾は私を無視するようになった。最初は八つ当たりだと思って、私は機嫌を取った。「どうしたの?風邪でも引いた?」「ご飯できたよ。ハンバーグにしたけど?」何度話しかけても、返事すらしない。私は自分が悪いとは思えないまま、謝ってしまった。
「私、何か悪いことした?気づかなくてごめんね」
すると吉尾は、上から目線で満足げに頷いた。「仕方ない。許してやるよ」と。私はその時、気づくべきだった。無視は吉尾の支配の始まりで、私が謝れば謝るほど、彼の態度はエスカレートしていくのだと。
実は私は、高校2年生の冬に父を交通事故で亡くしている。その前の夜、些細なことで父と喧嘩をして、翌朝も無視をしてしまった。父が「行ってきます」と言ったのに、私は「行ってらっしゃい」と返さなかった。それが父との最後の会話になった。だから私は、大切な人と喧嘩したままでいることが、本当に怖い。
そんな私の過去を吉尾に話した時、彼はこう言った。「じゃあ、俺が無視しても謝ってくるのは、お前の父のトラウマのせいか。都合がいいな」
その言葉で、私は何かが壊れる音を聞いた。吉尾は私の弱さを武器にしている。父への後悔を、彼は自分の都合よく利用している。私はもう、吉尾を“夫”として見るのをやめた。だから、透明人間として扱うことにした。人だと思うから、辛くなるのだから。



