養護教諭としてこの高校に来て、もうすぐ半年。新設校だからか、生徒たちはみんなピリピリしていて、ちょっとしたことで不安定になる子も多い。最近は特に、一年生の女子生徒が頻繁に保健室へ来るようになっていた。
「先生、体調悪いです…」
そう言って入ってきたのは、いつもの顔。髪の毛をいじりながら、面倒くさそうに言うその子は、見た目で損をするタイプの子だ。でも、そういう子に限って、いろんなことを一人で抱え込んでいたりする。
「はいはい、わかったから。とりあえずベッドで寝てろ」
「わい先生、いい人だね」
満面の笑顔を見せるその生徒は、とても幼く見えた。まだまだガキだな。そう思いながらも、俺もつられて笑みがこぼれる。大人が思っている以上に、この子たちは大きなストレスを抱えているのだ。
しばらくして、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、さゆり先生。現代文の教師で、その長い髪とモデルのようなスタイルは、男子だけでなく女子からも憧れの存在だ。
「みのりさん、いますか?」
「ああ、彼女ならそこのベッドに」
さゆりはカーテンの前に立ち、声をかけた。どうやら怒られているわけではなさそうだ。カーテンの向こうからは、時々楽しそうな笑い声も聞こえてくる。
しばらくすると、さゆりが出てきた。さっきまでとは違い、どこかスッキリした表情をしている。
「じゃあ、私はこれで戻るので。みのりさんのこと、よろしくお願いします」
「はい。っていうか、先生こそ休まなくていいんですか?」
俺がそう言った瞬間、今まで穏やかだったさゆりの表情が、一瞬で凍りついた。冷たい視線が、まっすぐ俺に突き刺さる。
結局、さゆりは何も言わないまま、保健室を出ていった。
「先生ったら、女心がわかってないね」
「うるさいな。お前こそ、生徒だからって担任に迷惑かけるなよ」
「あーあ、また『お前』って言った。またさゆり先生に怒られちゃうよ」
みのりは微笑みながらカーテンを閉め、再び横になった。生意気な生徒ではあるが、ここで嫌なことを吐き出してリラックスできるなら、それでいいと思っている。
「実り、好きな曲かけてやろうか」
「うん」
俺は机の引き出しからCDを取り出し、再生した。音楽が流れる中、俺は事務作業に戻る。
しばらくすると、再びドアがノックされた。
「失礼します」
その声を聞いた瞬間、俺は思わず背筋を伸ばした。
「ここ、修正箇所があります」
「あ、はい」
「全体的に再確認してもらえますか?気になった点には付箋を張っていますので。それから、もう少し丁寧に確認していただけませんか?」
確かに、俺の書類のチェックは甘かったかもしれない。でも、その口調にはどこか棘があった。
「…確かに。私も好きだけどね」
「へえ、意外。苦手そうなのに」
「だって、幸先生の説明ってすごく分かりやすいんだもん。私、こう見えて結構勉強好きなんだよ。特に数学」
「そうなんだ。初めて知ったよ」
俺は実りを見つめ、顔を上げた。すると、実りは目を丸くし、顔を赤くした。
「そこは、ないんだ」
「俺、好きな気持ちを笑うやつだからさ」
「何それ?変なの?」
その会話を、さゆりはどんな顔で聞いていたのだろうか。俺は、その時まだ気づいていなかった。この日常の延線上が、やがて思わぬ事件へと繋がっていくことに。
もしかして、あの時嫌がらせをしていたのは──。



