「ねえ、君、能力は十分にあると思うよ。でも、中学卒業っていう経歴じゃ、この業界じゃ厳しいかもしれないな。」
その言葉を、私は面接官の前で初めて聞いたとき、腹の底が冷たくなった。それでも、私はその会社に入りたかった。 advisorが人事部長と知り合いだったおかげで、中学卒業の私でも何とか雇ってもらえたのだ。「学歴じゃなくて、才能で判断するからね」と言われて、私は希望を持って働き始めた。
ところが、入社から数年後、私はある人物に出会ってしまう。人事部の課長、村田さんだ。彼は私の前を通るたびに、わざとらしく鼻で笑った。ある日、資料を届けに行った廊下で、彼が私にぶつかってきた。コーヒーが私のシャツに染み込んだのに、彼は謝るどころか、こう言い放った。「ああ、やっぱり中学卒業は無能だな。気をつけて歩けよ。」周りの社員たちも、ただ呆然と彼の背中を見つめるだけだった。
それからというもの、村田課長は私の学歴をネタに、毎度嫌味を言ってきた。私はそのたびに「そうですね」と曖昧に流していた。彼を真剣に受け止める価値がないと判断していたからだ。しかし、状況は少しずつ悪化していった。
ある日、私は特許取得を目指す重要なシステム開発プロジェクトのリーダーを任された。このプロジェクトには予算承認が必要で、部長全員のサインが義務付けられていた。私は書類を人事部に提出したが、村田課長は何度も「不備がある」と言って却下し続けた。最初は部下たちも村田課長に怒っていたが、次第に「あのリーダーに問題があるんじゃないか」と、疑いの目が私に向き始めた。
ちょうどその頃、母が病気で長期入院することになった。治療費は高額で、私は会社の医療費補助制度を利用しようとした。しかし、私の申請書はなぜか何度も却下され、結局、全額を自分で負担することになった。貯金は底をつき、私は食事を節約しながら、母の入院費を捻出する日々を送った。
そんな中、突然、社内監査が行われることになった。監査の対象は、なんと私が所属する開発技術部だった。他の部署は簡単に通ったのに、監査官は私が率いるプロジェクトだけを異常なほど執拗に調べた。そして、ある日、監査官は私のデスクまで歩いてきて、こう言った。「あなた、プロジェクトの予算を私的に流用していませんか?」私は即座に否定した。しかし、その監査官は村田課長の友人だった。
私の中に溜まっていた怒りが、一気に込み上げてきた。私は立ち上がり、村田課長に向かって言った。「では、辞表を書きます。」課長は慌てた顔をしたが、何も言わなかった。
その夜、私は考えるのをやめた。もう十分だ。翌朝、私は社長室へ向かおうと決めた。しかし、その前に、私は自分の机の引き出しから、あるものを取り出した。それは、私がずっと隠してきた、あの特許の証明書だった。
私はそれを持って、まずは同僚たちのいるフロアへ向かった。すると、そこは思っていたよりずっと賑やかだった。多くの社員が集まり、何やら声を上げている。「だから、あの課長が悪いんだ!」「そうだ、リーダーはちゃんとやっていた!」彼らは私のために、村田課長を非難していたのだ。私が現れると、副リーダーが言った。「リーダー、辞めないでください。私たちがあなたを守ります。」
私は感動しつつも、村田課長の方を向いた。彼は顔を真っ赤にして震えていた。私は手に持っていた特許証明書を掲げて言った。「これは私が取得した特許です。あなたは私の能力を認めなかったけれど、これが証拠です。それに、あなたは私の母の医療費補助申請を何度も却下しましたね?その記録も、すべてここにあります。」
周囲からどよめきが起きた。村田課長は汗を拭いながら、「そ、それは誤解だ…」と言いかけたが、その時、人事部の男性社員がスマホを手に現れた。「村田課長について調べてみました。なんと、彼が卒業したと主張する大学に、彼の名前はありません。学歴詐称の可能性が高いです。」
村田課長は完全に青ざめた。彼は必死になって「それは何かの間違いだ!」と叫んだが、誰も彼を助けなかった。その場にいた全員が、彼を冷たい目で見つめていた。
その後、この件は上層部に報告され、村田課長は正式に調査を受けることになった。結果、彼の学歴詐称が確認され、彼は遠くの支店へ左遷された。家族は彼についていかず、今は一人で暮らしているそうだ。
一方、私は会社に復帰することになった。多くの社員が私の辞表を取り下げるよう求めてくれたおかげで、復帰はスムーズだった。さらに、私の特許が評価され、契約料と業績に応じたボーナスが支払われることになった。月々の収入は、以前の比ではなくなった。
私は、自分の能力を信じてくれた人たちに感謝した。そして、村田課長のことを少しだけ思い出した。彼は、自分が一番コンプレックスを抱えていた学歴のことで、誰かを傷つけることでしか自尊心を保てなかったのだろう。私はそんな彼を許すことはできないけれど、もう憎むこともない。
今、私は新たなプロジェクトのリーダーとして、前を向いて歩き始めている。母も順調に回復に向かっている。私を軽んじた者たちは、今ごろどこで何をしているだろうか。しかし、それはもう私には関係のない話だ。



