寺崎に呼び出され、街外れの雑居ビルの薄暗い会議室に足を運んだのは、取引先として当然の礼儀だと思ったからだ。ところが、寺崎は挨拶もそこそこに、いきなり「お前、ライバル企業にも部品を下ろしてるだろ」と切り出し、「あいつらの単価だけ2倍にしろ。潰してんだわ」と平然と言い放った。
俺は耳を疑った。大手の営業部長が、下請けの技術屋に向かって、競合を潰すための値上げを命じる。そんな理不尽が許されると思っているのか。
俺は幼い頃から機械を分解しては直すのが好きだった。手を動かして形あるものを生み出すことこそが、俺の生きる道だと思ってきた。30代で沖田テックを立ち上げ、特許を取得し、大手グループに採用されるまでになった。
だが、その中で一社だけ、頭を抱える相手がいる。オルデスマシナリーの営業部長、寺崎だ。彼はいつも高圧的で、下請けを見下し、値下げと納期短縮を強要してくる。
「下受けだろ。口ごえすんな」
感謝も礼儀もない。圧力と命令ばかり。同じグループでも他社の担当は丁寧なのに、寺崎だけが異質だった。
俺は誰かを犠牲にしてまで取引を続ける気はない。技術で社会に貢献したいだけだ。理不尽な相手に、もう時間を使うつもりはなかった。
そして、その限界が表面化したのが、この日だった。
寺崎は往復ビザの笑みを浮かべ、こう付け加えた。
「できねえって言うなら契約解除でいいからさ。こっちは大手なんだし」
その瞬間、俺の中で何かが音を立てて崩れた。
俺はゆっくりと口を開いた。
「そんなことより、少し調べれば分かったはずです」
言葉数は少なく、感情は一切込めなかった。むしろ冷静に事実だけを突きつけることが、最大の拒絶になると思ったからだ。
「そちらが勝手にこちらを見下し、脅し、倫理的にまずい理不尽な要求を突きつけてきた。壊れたのは契約ではありません。信頼そのものです」
寺崎の顔色が変わった。椅子から身を乗り出し、「何を言ってるんだ」と声を荒げた。
俺はもう、彼の言葉に耳を貸す気はなかった。
これまで積み上げてきた技術力も、取引実績も、特許も。すべては誠実に対応してきた取引先との信頼の上に成り立っている。それを土足で踏みにじるような相手と、もう仕事をする価値はない。
俺は立ち上がり、会議室を出ようとした。
寺崎は「おい、待て!」と叫んだが、俺は振り返らなかった。
扉を開けたその瞬間、俺の中で一つの決意が固まった。
もう、ここに留まる理由はない。
次に俺が取る行動が、この業界を揺るがすことになるとも知らずに。



