「もうその顔を二度と見せるな」——新社長に契約解除を突きつけられ、商店街の小さなパン屋を追われた日のことだ。あの時は悔しさで何も言えなかった。でも数ヶ月後、電話の向こうで謝る新社長の声を聞いて、俺は決めた。奴が知らない「パン屋の真実」を話してやろうと。俺たちのパンがなぜ店じまいせずにここまで続いてきたのか、その理由を知った時、奴はどんな顔をするだろう。 CTA:…

「もうその顔を二度と見せるな」——新社長に契約解除を突きつけられ、商店街の小さなパン屋を追われた日のことだ。あの時は悔しさで何も言えなかった。でも数ヶ月後、電話の向こうで謝る新社長の声を聞いて、俺は決めた。奴が知らない「パン屋の真実」を話してやろうと。俺たちのパンがなぜ店じまいせずにここまで続いてきたのか、その理由を知った時、奴はどんな顔をするだろう。 CTA:...

「うちはあんたら辺パン屋と契約解除する。もうその顔を二度と見せるな」——新社長は一方的にまくし立て、契約終了を突きつけてきた。地元商店街にパン屋を構え、前社長の頃から昼食用の出張販売をしていたのだが、終わりは突然やってきた。新社長にとって、商店街のパン屋なんて時代遅れのゴミ同然らしい。俺は悔しさと怒りを胸に契約解除を受け入れ、その場を立ち去った。それが数ヶ月後のこと。「すまない、あの時はどうかしてたんだ。社長になった重圧のストレスで、色々あって当たってしまったんだ」——新社長からかかってきた謝罪の電話。それに俺は、新社長が知らなかったパン屋の真実を教えてやることにした。

俺の名前は誠二。都心から電車で20分ほど離れた駅の商店街で「巻きパン工房」というパン屋を営んでいる。創業者は父で、俺は二代目。もう8年になる。今一緒に店を切り盛りしている妻とは5年前に結婚した。店は大変だけど、父の代から続くこのパン屋を一緒に支えてくれる妻には頭が上がらず、感謝してもしきれない。買い物に来る客は女性が多いのだが、妻は女性目線で考えた若者向けのパンの研究にも力を注いでくれており、妻の力なしでは店は軌道に乗らなかっただろうと思う。

「ゆうちゃん、中島商事さんのパン、できたよ」——パンの香ばしい匂いに包まれた店内、厨房の奥から妻の声が聞こえてきた。中島商事は、昼時に毎日パンを売りに行かせてもらっている父の代からの得意先だ。昼までに間に合うように焼いていたパンが焼き上がった。中島商事へはいつも俺が出張販売に行っている。その間の店番は妻と、パン屋出身の大学生アルバイトの子に任せていた。パン生地をこねながら、焼き上がったパンを販売用の箱に詰めてくれている妻に礼を言った。

「ゆうちゃん、そういえば中島商事の徳長さんって方から依頼の電話があったわ」——毎日時間との勝負の中、互いに作業の手を止めずに会話するのは慣れっこになっていた。「うん、知ってるよ。その徳長さんが中島商事の新しい社長に就任したんだ。どうやら就任パーティーで、参加者に出来たてパンを振る舞ってほしいって依頼があってね」「へえ、珍しいね。そんなこと今までなかったよね」「そうだな。俺もそう思うけど、依頼もらってるからね。得意先だもん。依頼してくれるお客さんに感謝しなきゃな。頑張ろう、ゆうちゃん」——張り切る妻だったが、その件に一抹の不安を感じていた。妻には言っていないが、中島商事の新社長である徳長はなかなかの曲者だ。

いつものように中島商事ビル内のカフェテリアの隅っこの場所を借りて、社員さんの接客をしていた。ところが、その日は様子が違った。「なんだ、このパンは。こんな古臭い店のパン、よくこんな場所で売っていられるな」——見覚えのない男が大声でまくし立てた。スーツの胸には新しい社章。徳長だった。「あ、あの、こちらは前社長との契約で……」と俺が言いかけると、徳長は鼻で笑った。「契約? あんなもの、もう無効だ。今の社長は俺だぞ。お前のような昭和の遺物みたいなパン屋に、当社の社員を食べさせるわけにはいかない」——周りの社員たちは、誰一人として口を挟まなかった。中には、以前は笑顔でパンを買ってくれていた顔もあったのに。俺は何も言い返せず、その場を立ち去るしかなかった。店に戻り、妻に一部始終を話すと、「ひどすぎるよ……ゆうちゃんが毎朝早くから焼いたパンを、あんな言い方するなんて……」と妻は目の端を赤くしながら悔しがった。「もう、あそこには行かなくていいよ。うちのパンは、もっとちゃんと評価してくれるお客さんに届けよう」——その言葉に、俺は救われた。妻となら乗り越えていけると思えた。

それから数ヶ月が経ったある日、店の電話が鳴った。「もしもし、俺だ。中島商事の徳長だ。あの時はすまなかった。俺が悪かった」——突然の謝罪に、俺は呆気に取られた。「社長になった重圧で、いろいろあってな。八つ当たりしてしまったんだ。すまない。もう一度、うちに出張販売に来てくれないか?」——その声には、以前の傲慢さはなかった。だが、俺はその電話を受けて、ふと思い出した。徳長が就任した直後、中島商事は大手ベーカリーとの契約を発表していた。あの時、俺たちを切り捨てたのは、そのためだったはずだ。なのに、今さらなぜ俺たちを呼び戻そうとするのか。俺は通話口の向こうの徳長に言った。「あんたに伝えていないことがある。俺たちのパンが、なぜあの商店街で長く愛されてきたのか。その真実を、今から話してやる」——電話の向こうで、徳長の息を呑む音が聞こえた。

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