あの日、私は台所で食器を洗いながら、息子夫婦の会話を聞いていた。それは、妻の誕生日をどう祝うかという、楽しそうな相談だった。私は微笑ましく思いながらも、胸のどこかでちくりと痛むものを感じていた。私の誕生日は、たった3日前に過ぎたばかりなのに。「今年はフレンチはどうかな」「個室があるところがいいね」そんな言葉が聞こえてくるたびに、私は自分に言い聞かせた。考えすぎだと。私は68歳で、夫を5年前に亡くし、2年前から息子夫婦と同居している。同居当初は、家族と過ごせる日々が本当に嬉しかった。朝早く起きて朝食を準備し、掃除や洗濯を手伝い、小学3年生の孫の翔太の世話もした。忙しいけれど、充実していた。だが最近、少しずつ感じるようになったのだ。何かが違うと。私の誕生日は、息子の「おめでとう」の一言だけで過ぎ去った。ケーキも、お祝いも、何もなかった。きっと私が気にしすぎているだけだと、そう思うようにしていた。しかし、その矢先だった。まゆみさん、つまり息子の妻が言ったのだ。「お母さん、明日は私の母の誕生日なので、お料理の準備をお願いしますね」それは、私の誕生日からわずか3日後のことだった。私は言葉を失った。でも、何も言えなかった。ただ「わかったわ」と頷くのが精一杯だった。まゆみさんはいつものように丁寧に言う。「お母さん、いつもすみません。お手間をおかけして」それは、家族というより、お客様を扱うような冷たさだった。息子の健一は優しい。仕事が忙しい中でも、「母さん、ありがとう。いつも助かってるよ」と声をかけてくれる。だが、その「助かってる」という言葉が、時々、まるで家政婦に向けるような響きに聞こえてしまうのは、やはり考えすぎなのだろうか。翔太だけは違う。孫の笑顔は、私の心を本当に温めてくれる。「おばあちゃん、今日の卵焼き、甘くて美味しい」そう言ってくれる無邪気な笑顔が、私の唯一の支えだった。まゆみさんの誕生日当日、私たちは家族全員でフレンチレストランに行った。私も誘ってもらえたのだ。「お母さんも一緒にお祝いしましょう」と、まゆみさんは言ってくれた。その言葉に、私は嬉しさを隠せなかった。レストランでは、健一が花束を渡し、翔太が手作りのカードをプレゼントした。家族みんなでハッピーバースデーを歌い、まゆみさんは涙を浮かべて喜んだ。「みんなありがとう。こんなに幸せな誕生日は初めて」その光景を見て、私は心から祝福しながらも、なぜか涙がこみ上げてきた。息子が妻を大切にしている。それは、母親として誇らしいことのはずだ。なのに、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。私の存在は、この家族にとって一体何なのだろう。翌朝、私はいつものように5時半に起きて、朝食の準備を始めた。そして、ふと鏡に映る自分の姿を見た。そこにいたのは、誰かに必要とされることを必死に願っている、年老いた女性だった。今日も、明日も、私はこの家で朝食を作り続けるのだろう。でも、もしも私がいなくなったら、この家族はどうなるのだろう。そんな考えが頭をよぎった時、私はある決意を固めていた。誰にも言えない、静かな決意を。



