結婚式当日、私は純白のドレスを着て、ハワイのチャペルに立っていた。 祭壇の前で待っても待っても、新郎の健太さんは現れない。 10回目の電話でようやく繋がった声の向こうから、トロピカル音楽と笑い声が聞こえてきた。 「ああ、メイか。悪い悪い。今、元嫁と両親とグアムにいるんだわ」 ハワイの結婚式を忘れて、元嫁と旅行中? しかも、私の家柄や片親育ちを馬鹿にした義両親の言葉まで思い出してしまった。…

結婚式当日、私は純白のドレスを着て、ハワイのチャペルに立っていた。 祭壇の前で待っても待っても、新郎の健太さんは現れない。 10回目の電話でようやく繋がった声の向こうから、トロピカル音楽と笑い声が聞こえてきた。 「ああ、メイか。悪い悪い。今、元嫁と両親とグアムにいるんだわ」 ハワイの結婚式を忘れて、元嫁と旅行中? しかも、私の家柄や片親育ちを馬鹿にした義両親の言葉まで思い出してしまった。...

彼の母親が私の顔も見ずに言った。

「まあメイさん、大変だったでしょ。お母様を一人で見送って、片親育ちじゃ、ちゃんとした躾も受けられなかったんじゃない?」

その言葉に、私は笑顔を貼り付けるので精一杯だった。隣で健太さんは何も言わない。ただ、目の前のお茶を飲んでいるだけだった。

「うちの健太は会社を経営しているのよ。やはり家柄の釣り合いというものは大事だと私は思うの」

視界の端で、健太さんのお父さんも無言で頷いているのが見えた。まるで私がここにいること自体が間違いであるかのような空気だった。

お茶を入れ直すために席を立った。台所へ向かう足が震えた。そして、その瞬間だった。

「けんた、あの子で本当にいいの? なんだか品がないじゃないの。片親育ちというのはどうもね。結婚は家と家との繋がりだ。もう一度考え直した方がいい」

聞こえてはいけない言葉が、壁越しにハッキリと耳に飛び込んできた。

「まあまあ、そんなこと言うなって。俺はメイが好きなんだからさ」

健太さんは軽い調子でかわしている。でも、その言葉に反論はなかった。「違うよ、メイは品があるよ」という言葉は、一度も聞かれなかった。

私は冷えた心のまま、その場をやり過ごし、帰りの車の中で震えながら「もう少しだけ一緒にいたい」と言った。でも健太さんは、スマホを見ながら「今度な」とだけ返した。

次の日も、その次の日も、彼からの連絡はなかった。私から電話をしても、出ない。何度も何度もかけた。それなのに、一度も繋がらなかった。

「ねえ、健太さん。私、何か悪いことした?」

メッセージを送っても、既読すらつかない。3日後、ようやく折り返しの電話がかかってきた。私は安堵して受話器を取った。

「健太さん、ちゃんと話がしたかったの――」

「ああ、メイか。悪い悪い。今、元嫁と両親とグアムにいるんだわ」

スマホのスピーカーから、陽気なトロピカル音楽と、弾んだような笑い声が流れてくる。私は言葉を失った。ここはハワイのチャペル。純白のドレスを着た私は、祭壇の前で凍りついていた。

開始時間を過ぎても現れない新郎。10回目のコールでようやく繋がったと思ったら、グアム?

「は? グアム? 今日、私たちの結婚式はハワイよ。親族もゲストも待ってるのに、どういうこと?」

「いや、ハワイとかすっかり忘れててさ。元嫁との旅行を先に予約しちゃってたんだよ。式なんて来月、日本の公民館とかに適当にやればいいだろ」

信じられない。一生に一度の晴れ舞台を忘れていた、という一言で片付けた上に、元嫁と旅行? それって浮気じゃないの?

「式場はもう予約してあるんだよ。今日のためにみんな来てるんだよ!」

「ああ、式場はさ、キャンセル料払えばいいだろ。それより、金の話は後だ。今、海が見えるレストランにいるんだ。プライベートビーチのやつ。お前、ひとりで何とかできるだろ、今までだってそうだったんだからさ」

胸の奥が、音を立てて冷えていく感覚があった。この人の妻になるはずだった自分を、どうして私はこんなに想っていたのだろう。

「ちょっと待ってよ! じゃあ、今日の結婚式はどうするの?!」

「来月に延期でいい。日本の公民館でやろうぜ。安いし。オレの友達も呼べば済む話だろ」

「健太さん、あなた……ずっと前から、この日を楽しみにしてたんじゃないの?」

「ああ? 別に式なんてどうでもよかったんだよ。オレはお前のことが好きだから結婚するんだ。式場がどうのこうの言う女って、ほんと面倒くさいな」

その瞬間、私は悟った。彼にとって、私は結婚する相手ではなく、都合のいい存在だったのだと。そして、耳に飛び込んでくる彼の次の言葉が、私の心を完全に砕いた。

「そういえばさ、お前、前彼氏から金借りたことないか? オレの友人に聞いたんだけど、お前って、ほんと男に金をたかるタイプだって言われてるぞ」

「は? 何言ってるの? 私はそんなこと一度も……」

「ああ、そういうことにしとくわ。でも、結婚する前からオレの金をアテにしてるのは、もうバレてるんだぜ。どうせ、オレが稼いだ金でいい暮らししようって企んでるんだろ?」

「違う! それは誤解よ!」

「うるさいな。もういいわ。今日のことはなかったことにしたいなら、式のキャンセル料、全部お前が払えよ。俺はグアムで楽しみたいんだ。いいな?」

一方的に電話を切られた。私は純白のドレスを着たまま、空っぽのチャペルに一人で立ち尽くした。

会場の外にいた招待客たちが、不安そうな顔でこちらを見ている。どうして新郎が来ないのか、誰も知らない。私の口から説明できるはずもなかった。

その時、スマホが震えた。実家の母からだ。

「メイ、どうなってるの? 式は?」

口を開けると、声が震えた。

「……お母さん、ごめん。ちょっと、訳があって」

母は何も言わなかった。沈黙が長く続き、やがて「分かった」とだけ言って、電話を切った。

私はチャペルの長椅子に座り込み、頭を抱えた。なぜ、どうして、ここまで馬鹿な人を私は信じてしまったのだろう。

それから数日後、健太さんからLINEが届いた。

「グアム楽しかった! その後どうしてる? 式のことは、もう決まった?」

まるで何もなかったかのような文章だった。私は何も返さなかった。

すると、彼から電話がかかってきた。今度は私が出ると、声のトーンが違った。

「なあ、メイ。実はさ、ちょっと金、貸してくれないか? 会社がやばくてさ。1000万、都合つかないか?」

私は黙った。そして、静かに言った。

「健太さん、あなた、私に借りるお金があるなら、まずは元嫁と旅行に行ったお金を返してください」

電話の向こうで、彼が鼻で笑ったような気がした。

「あ? なんだよ、ケチくさいな。お前が金出せばいいだろーが。俺が結婚してやったんだから」

「結婚してやった? ……あなた、私の人生を返してください」

私は電話を切り、そのまま全ての連絡先をブロックした。

数週間後、健太さんの会社が倒産したというニュースを見た。知らなかったのは私だけではないはずだ。彼はもともと会社の経営が悪化していて、私の貯金をアテにしていたのだと、後に共通の友人から聞いた。

私は映像制作会社の仕事に戻り、新しいプロジェクトに没頭した。あの日のことを思い出すたびに胸は痛むけれど、いまはただ、自分の人生を大事にして生きていこうと思っている。

Thumbnail