「廃倉庫に閉じ込めたのは、私の夫だった。」 50歳の私は、社長である夫から見捨てられ、倉庫の中に置き去りにされた。 「じゃあな、まき子。これでお別れだ。若い女と再婚してやる。」 そう言い放って車で去っていく夫の背中を見ながら、私は笑った。 「本当にバカな人ね。」 ポケットの中の携帯電話を握りしめた私は、こう思った。…

「廃倉庫に閉じ込めたのは、私の夫だった。」 50歳の私は、社長である夫から見捨てられ、倉庫の中に置き去りにされた。 「じゃあな、まき子。これでお別れだ。若い女と再婚してやる。」 そう言い放って車で去っていく夫の背中を見ながら、私は笑った。 「本当にバカな人ね。」 ポケットの中の携帯電話を握りしめた私は、こう思った。...

鉄夫は廃業寸前の倉庫の扉の前で、私に向かって笑っていた。
「じゃあな、まき子。これでお別れだ。勝手なこと言わないで、開けなさい。」
私は必死に鉄の扉を叩いたが、彼は構わず続けた。
「これでやっと自由だ。ババアとはおさらば。若い女と再婚してやる。」
車のエンジン音が遠ざかっていく。壁の隙間から見えたのは、走り去るテツオの車の小さな影だった。

「本当にバカな人ね。さて、始めようか。」
私はポケットの中の携帯電話を握りしめた。
人を閉じ込めたら罪になる。少なくとも生きていれば、場合によってはもっと重い罪も考えられる。
「言い訳できると思っているんでしょうけど、甘いわよ。ここから抜け出せば私の勝ち。自分がどれだけバカなことをしたのか、思い知らせてあげる。」

私は松島まき子、50歳。夫の鉄夫が社長を務める食品卸会社で働いている。
結婚後、娘の美沙も生まれ、幸せに暮らしていた。
けれど今、その恵まれた生活を失いかけている。
少し前から体調が悪く、病院へ行った。医師からは精密検査を進められているところだ。
不安な気持ちを鉄夫に相談したが、彼には笑い飛ばされた。
「50にもなれば、誰だってガタが来る。これだけ年を取ったってことだろ。お前も俺も。」
無神経というか、本当に腹が立つ言い方だ。もう少し気遣いがあってもいいだろう。
この一件で、私は離婚してしまいたいと考え始めていた。

鉄夫は昔から昭和のおじさん気質だった。
でも結婚前は、随分と先進的な考え方をする人だと思っていた。
女性が社会で活躍することに理解がある。そういう人だった。
私が就職先に今の会社を選んだのは、父が経営者だったからだ。
親が社長なら、一人の社会人として扱ってもらえるだろう。
そんな思いもあった。
当時の女性は結婚と同時に仕事をやめる人がほとんど。
私が働き続けるのは異例だったし、与えられた仕事は事務作業ばかりだった。
社長である鉄夫に直談判したこともあるが、状況は簡単には変わらなかった。

転機が訪れたのは、入社から数年が経った時だ。
東京の食品メーカーに勤めていた鉄夫が、父の誘いで入社してきた。
「大手企業で培った経験を活かして頑張ります。」
挨拶をする姿も眩しい。まさに私が憧れていた社会人だった。
彼は次々に契約を取ってくるし、アフターフォローも完璧だった。
気づけば鉄夫の営業成績はトップ。私もあんな風になりたいと思っていた。

そんなある日のこと、仕事中の私のところに鉄夫が来た。
「ちょっといいか。君に仕事を頼みたいんだ。」
「領収書の整理ですか?いつもの事務仕事だろうと思って。」
「違う違う。次の契約のプレゼン、やってみないか?」
「え?私が?」
彼はデスクの上に資料を置き、笑いながら説明を始めた。
私は驚きつつも、そのチャンスを掴みたかった。

プレゼンが終わり、資料を片付けた瞬間、鉄夫が話しかけてきた。
「ええ、おかげ様で。良かったじゃないか。」
「何を怒ってるんだ?」
「あなたが私を放置して帰ったからよ。先輩として最後まで面倒を見るとか、そういう気持ちはなかったの?」
「あなたの言い分は分かる。でも、みっともないだろ。先が大きくなってから後悔しても遅い。」

その言葉に、私は何も言えなかった。
確かに、彼の言うことは分かる。
でも、それでも私は思った。
この人は、私のことを何も見ていない。
やっと手に入れた大きな仕事。
それを無駄にされた悔しさと、軽くあしらわれた悲しさが、胸の中で渦巻いていた。
そしてその夜、私はある決意を固めたのだった。

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