玄関のチャイムが鳴ったのは、息子の再婚式から一晩明けた朝でした。私はコーヒーカップを手にしたまま、外から聞こえてきた泣き声に足を止めました。声が聞き覚えのあるものだったからです。
扉を開けると、そこには七歳の孫、かけるが立っていました。立っているというより、壁に寄りかかってどうにか体を支えているような状態でした。涙でぐしゃぐしゃの小さな顔、泥だらけの服、そして腕に浮かぶ青紫色のあざ。私の心臓は氷のように固まりました。
「かける、どうしたの?誰にこんなことをされたの?」
私は震えるかけるを抱き寄せました。小さな体は冷たく、ガタガタと震えていました。
「ママが……新しいママが……僕なんかいらないって言ったの。かけるは邪魔だって言ったの……」
かけるの言葉に、私の中で何かが音を立てて壊れました。まさか、自分の息子の竜太が、昨日あれほど幸せそうに再婚式を挙げたばかりの竜太が、実の子供にこんな仕打ちをしているなんて。
かけるの小さな手が私の服を必死に掴みました。
「ばあば、僕、もうあの家に帰りたくない」
その瞬間、私の中で激しい怒りと、この子を絶対に守り抜くという鋼のような決意が生まれました。私はかけるを家の中に入れ、温かいココアを作りながら、震える小さな体を毛布でくるみました。傷の手当てをしようと袖をまくると、腕だけでなく背中にも無数のあざがありました。
「かける、ゆっくりでいいから話して。新しいママはいつからこんなことを?」
「結婚する前から……『あんたみたいな子は邪魔』って言ってた。でもパパの前では優しいふりして……」
かけるの言葉に、私の胸は引き裂かれるような痛みを感じました。
「パパは知ってるの?この傷のこと」
「知ってるよ。でもパパは僕のせいだって言うの。『お前のせいで俺の再婚が遅れた』って怒って……」
信じられない言葉でした。自分の幸せのために実の子供を犠牲にしているなんて。
「ご飯も一日一回だけしか食べさせてもらえないの。新しいママが、お金の余裕はないって言って……」
栄養失調の兆候が見えるかけるの細い腕を見て、私の怒りは頂点に達しました。
「学校には恥ずかしいから行くなって言われたの。かけるがいるせいで学校で笑われるって……」
私はかけるをぎゅっと抱きしめました。この子は何も悪くない。ただ、大人の勝手に振り回されているだけなのに。
「もう大丈夫。ばあばが何とかするから」
その夜、私は息子の竜太に電話をかけました。
「竜太、かけるの体のあざを知っているの?」
「ああ、知ってるよ。転んだんだろ」
「転んでこんなに何度もあざができるの?かけるは新しいママに『邪魔』って言われてるんだぞ」
「そんなことあるわけないだろ。美咲はかけるに優しくしてくれてる。お前が過保護なんだよ」
「過保護?かけるは栄養失調の兆候があるんだ。ご飯も一日一回しかもらえてないって言ってる。これは虐待だ」
「虐待?大げさだな。かけるは嘘をつくんだよ。あいつはいつも嘘つきで……」
私はその瞬間、竜太の声の中に、息子ではなく、息子の肩に乗った知らない誰かの声を聞きました。
「竜太、かけるはお前の実の息子だぞ」
「でも、美咲が言うには……かけるは俺のために生まれた子じゃないって。俺の子供じゃないかもしれないって……」
その言葉に、私は電話を切る手を止めました。
「何て言ったの?かけるはお前の子供よ。生まれたときからずっと……」
「でも美咲が調べたんだ。昔の写真とか、髪の色とか……かけるは俺には似てないって。俺の子供じゃないかもしれないって言われて……」
私は深く息を吸いました。竜太は、新しい妻にそそのかされて、自分の実の息子を疑っているのです。
「竜太、もし信じられないなら、DNA検査をしよう。かけるがお前の子供かどうかはっきりさせよう。それまで……」
「もういい。美咲が言うならそうなんだろう。かけるは俺の子供じゃない。だからもう関わらないでくれ」
私は電話を切りました。聞く価値もない言葉でした。
翌朝、私はかけるを連れて、児童相談所と警察に相談に行きました。医師の診断書をもらい、写真の証拠もそろえました。かけるを守るために、私はすべてを準備しました。
「ばあば、パパはもう僕のことをいらないの?」
「かける、パパがどう思っていようと、ばあばは絶対にあなたを離さないから」
私は法的手続きを進めました。かけるの親権を私に移すための申請を出したのです。
数日後、竜太の新しい妻、美咲が私の家に現れました。
「かけるを返してください。私たちの子供です」
「かけるはあなたの子供じゃない。あなたはあの子を虐待して、竜太に嘘をついた。もうあの子を傷つけさせない」
美咲の顔色が変わりました。
「そんな証拠あるんですか?」
「あるわ。かけるの体のあざの写真、医師の診断書、そしてあなたがかけるに言ったことを録音したものも」
私はかけるが身につけていたボイスレコーダーを取り出しました。かけるが小さなポケットに入れていたものです。「ばあばに話すときのために」と、かけるは言っていました。
美咲の声が白くなりました。
「そんなもの……そんなものが……」
「これで、あなたと竜太がかけるに何をしてきたか、すべて明らかになるわ」
美咲は何も言えずに立ち去りました。
そして、法廷での争いが始まりました。竜太は最初、かけるは自分の子ではないと主張し続けました。しかし、DNA鑑定の結果が出ると、かけるは竜太の実の子供であることが証明されたのです。
その結果を聞いた竜太の顔は、みるみる青ざめました。
「かける……本当に俺の子供だったのか……」
「ずっとそう言ってきたでしょう。あなたは美咲の言葉を信じて、自分の子供を疑ったのよ」
竜太は何も言えませんでした。美咲はその後、虐待の罪で告訴されました。
親権は私に認められました。かけるは私の家で暮らすことになったのです。
それから数ヶ月、かけるは少しずつ笑顔を取り戻していきました。ある日、かけるが私に言いました。
「ばあば、僕、ばあばの子供になってもいい?」
私はかけるを抱きしめて、涙が止まりませんでした。
「かける、あなたは最初から私の子供よ。ずっと、これからも」
かけるの笑顔が、その日一番の太陽の光のように輝いていました。私はこの小さな命を守り抜いたことに、深い喜びを感じていました。



