嫌いな女の飯なんか食えるか?
リビングの床に投げ捨てられた唐揚げ。それを怯えながら食べるミクと、見下ろして嗤う夫・高明。私が毎朝早起きして作った愛妻弁当は、彼にとってただの犬の餌であり、節約の道具でしかなかった。
スマホの監視アプリ越しにその光景を目にした瞬間、全身の血が逆流するような怒りが湧き上がった。会社を飛び出して帰宅し、証拠の映像を突きつけた。
しかし高明は悪びれもせず、鼻で笑って言い放った。
「見てたのか。ちょうどいい。隠すのも面倒だったんだ。腹が減ってる犬に食わせれば飯代も浮くし。一石二鳥だろ」
ミクの健康など知ったことではないという態度。さらに彼は隠していた愛人・ひなの存在まで白状した。
「離婚? 簡単だぜ。早くお前と別れて可愛いひなと結婚したかったんだよ」
私の絶望を嘲るように、高明は笑った。
もう一秒足りとも我慢できない。私はこの最低な夫を地獄に突き落とすため、静かに、しかし固く復讐を誓った。
私は木下り。私の一日は愛犬ミクとの朝の散歩から始まる。季節の移ろいを感じさせる近所の公園は、私とミクにとってかけがえのない癒しの場所だ。ミクの嬉しそうな顔を見ているだけで、私の心も満たされていく。
その日も私たちは木漏れ日が差すお気に入りの小道を歩いていた。すると、爽やかなウェアに身を包み、リズミカルに走ってくる一人の男性がいた。彼は私たちの前でゆっくりと足を止め、優しいまなざしをミクに注いだ。
「おはようございます。すごく毛並みが綺麗で可愛いワンちゃんですね」
突然のことに少し驚いたが、彼の柔らかな物腰に警戒心はすぐに溶けた。
「ありがとうございます。この子、ミクって言うんです」
男性は高明と名乗ると、ゆっくりとかがんでミクと視線を合わせた。
「ミクちゃんか。いい名前だ。ちょっと撫でてもいいかな」
私が頷くと、高明は慣れた手つきでミクの頭を優しく撫で始めた。ミクも初対面の人間には警戒することがあるのに、高明にはすぐ心を許したようだった。嬉しそうに尻尾を振り、彼の手に自分の頭をすり寄せている。その光景を見ているだけで、私の胸は温かい気持ちになった。
「今日もすごい歓迎だな。俺、ミクに何かしたかな?」
高明は愛おしそうに言った。私は微笑みながら、胸の中に決意を固めた。今はまだ何も知らないこの人とミクとの絆を、いつか必ず、あの男と決別するための武器に変えてみせる。
しかし、その日の夕方、高明が帰宅すると、空気は一変した。彼は玄関に立つ私を見るなり、不機嫌そうに言った。
「今日は何の日か分かってる? 記念日だろ。なんで何も作ってないんだ」
私は冷たく言い返した。
「記念日? あの日、あなたが私の作った唐揚げを犬にやった日でしょう。そんなの記念日でも何でもない」
「ふん。いつまで根に持ってるんだ。お前はもう俺の女じゃないんだぞ」
「どういう意味?」
「言っただろう。離婚するんだ。ひなが待ってる」
その言葉に、私は固まった。高明はずっと私を欺いていた。私が20代の頃から付き合っていた彼は、なんと高校時代の元カノとよりを戻していたのだ。しかも、ミクの健康を気遣う私の気持ちを嘲笑い、平気で傷つけていた。
私は怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだった。しかし、すぐに思い直した。もう泣かない。弱さを見せれば、あいつが喜ぶだけだ。
「そう。なら、早急に離婚手続きを進めましょう。ただし、条件がある」
高明は眉をひそめた。
「条件? なんだ」
「ミクを引き取るの。私が」
「ミク? 犬のことか。好きにすればいいさ」
彼の気軽な返答に、私は内心ほくそ笑んだ。これであいつには何の恨みもない。ミクだけいれば、私は十分幸せになれる。
数日後、離婚届を提出し、私はミクと一緒に高明の家を出た。新しいアパートの一室で、ミクの顔を見つめながら、私は呟いた。
「今日から、私たちの新しい生活が始まるね、ミク」
ミクは嬉しそうに尻尾を振った。私は彼女を抱きしめ、心の中で誓った。もう二度と、誰にも傷つけさせない。



