待ってくれ。私が部屋を出ようとしたその瞬間、り馬の声が寝室の空気を切り裂いた。驚いて振り返ると、車椅子の肘掛けにぎゅっと力を込めた腕が見えた。そして、り馬が立ち上がったのだ。自分の足で立つり馬を見たのは初めてだった。時間にすればわずか2秒ほどだったかもしれない。それなのに、その2秒が永遠のように感じられた。
「お母さん、私、絶対に諦めません。この子も、り馬も、私の人生も。」
口に出せない言葉が、私の覚悟として固まっていく。義母の言いなりだったこの結婚生活は、ここで終わりにする。あの人がどれだけ私を見下しても、もう屈しない。
り馬の手を強く握り返した。彼の体温が指先まで染み込んでくる。これから何が起こるのか、私にはまだ分からない。ただ、長い夜が終わろうとしている予感だけが確かにあった。
私の名前は藤崎美、38歳。地元の小さな花屋で週に4日、パート勤務をしている主婦だ。夫のり馬は車椅子の生活を送っている。私は彼の看病をしながら、義実家で義両親と暮らしている。義父も少し前まで介護を必要とする体だったため、家事と介護に追われる日々だ。
朝は5時に起きる。柴犬の小太郎の散歩から始まり、朝食の支度、義母の薬の準備、そしてり馬の身支度を手伝って、職場の花屋へ向かう。午後3時に帰宅すれば、義母の頼まれ事が山のように待っているのが日常だった。睡眠時間は、いつの間にか5時間を切っていた。それでも不満を感じたことはない。なぜなら、私には他に行く場所がないからだ。
私の両親はもういない。母は私が幼い頃に病気で亡くなり、父も今から10年前に亡くなっている。天涯孤独の身の上でずっと寂しさを抱えて生きてきた私にとって、「家族」という言葉は何よりも甘く、何よりも重いものだった。
り馬と出会ったのは、5年前の春のこと。その日、私は保護して引き取ったばかりの柴犬・小太郎を連れて、近所の公園を散歩していた。仕事の都合で、いつもとは違う時間の散歩になった。三ノ崎の桜の下に、車椅子の男性がポツンと座っていることに気づく。それがり馬だった。
り馬は膝の上に分厚い文庫本を広げていた。しかし、視線はその文字を追ってはおらず、遠くの空を見上げている。その様子はあまりにも静かで、どこか諦めたような悲しみを帯びていた。散歩の途中、小太郎が突然、車椅子の方へ駆け出した。
「ごめんなさい! この子、まだ言うことを聞かなくて。」
私が慌てて謝ると、り馬はゆっくりと私を見つめ、微笑んだ。
「いいえ、気にしないでください。犬が好きなんです。触ってもいいですか?」
その声は柔らかく、しかし深い悲しみを抱えているように聞こえた。それが私たちの初めての会話だった。それから何度か公園で会ううちに、私はり馬のことを少しずつ知っていく。彼は5年前、交通事故で脊髄を傷つけ、車椅子の生活になったのだという。彼の目には、ずっと人生への迷いが見えていた。
次第に私たちは恋人になり、去年の春、結婚した。しかし、義母は最初から私たちの結婚に反対だった。
「あなたのような天涯孤独の女が、うちの息子にふさわしいと思っているの? 障害があるとはいえ、我が家の一人息子よ。家柄も育ちも違うわ。」
私は何も言えなかった。ただ、り馬を愛しているという思いだけが、私を支えていた。
結婚してからの生活は、想像以上に過酷だった。義実家での生活は、私に厳しい役割を強いた。義母は私を「使用人」のように扱い、義父の介護まで押し付けてきた。り馬はそんな母親を止めようとしたが、彼もまた車椅子の身で、思うように動くことができなかった。
「美、すまない。母さんがこんなふうで。」
「いいの、り馬。私が選んだことだから。」
私はそう言うのが精一杯だった。けれども、心の奥底では、この生活に疲れ果てている自分がいた。
そんなある日、私は妊娠に気づいた。病院で告げられたとき、頭の中は複雑な感情でいっぱいだった。嬉しさと同時に、この生活の中で育てていけるのかという不安がよぎった。り馬に伝えると、彼は驚きつつも、目に涙を浮かべて喜んでくれ、たくましい腕で私を抱きしめた。
「美、ありがとう。必ず幸せにしてみせる。今度は俺が、君と子供を守る番だ。」
しかし、その後の診断は私を絶望へ陥れた。
「藤崎さん、あなたの子宮には腫瘍が見つかりました。良性ですが、放置すると妊娠の経過に影響を及ぼす可能性があります。」
医師の言葉は続いた。
「場合によっては、妊娠を続けることで母体にリスクが生じることもあります。冷静に選択をしてください。」
私はその場に立ち尽くした。しかし、すぐに決意した。
「この子を産みます。私の身体を犠牲にしても構わない。」
医師は複雑な顔をしていたが、何も言わなかった。
義母に妊娠を報告したとき、事態は一変した。彼女は私を食い入るように見つめ、冷たい口調で言い放った。
「何? 妊娠だと? この家の状況を考えて言っているのか? り馬は車椅子だぞ。お前が働けなくなったら、誰がり馬と夫の世話をするんだ?」
「私は、自分の産んだ子は自分で育てます。仕事だって続けます。」
「ふん、そう言って何ができるっていうの? 夜な夜な泣かれるだけで、みんな迷惑するわ。それに、私が決めたことだけど、妊娠を望まないのなら、病院に連れて行ってあげてもいいのよ。」
義母の言葉に、私は身の毛がよだった。
「そんなこと、絶対にさせません!」
しかし、義母は私の反論を無視して続けた。
「お前は、この家に厄介になっている身だ。私が決めることよ。り馬も私に逆らえないわ。」
り馬は義母を止めようとした。
「母さん、美と子供を守るのは俺だ。そんなことを言わないでくれ!」
しかし、義母は一歩も引かなかった。
「あなたは黙っていなさい。障害者のあなたに何ができるっていうの?」
り馬の顔が苦痛に歪んだ。その時、私は強い決意を抱いた。このままでは、私たち家族は義母に壊されてしまう。
翌朝、私は義母と話し合おうとした。しかし、義母は最初から話を聞こうとしなかった。
「何を今さら言いに来たの? 私はもう決めたわ。あなたとこの子は、この家にとって邪魔な存在なのよ。」
その瞬間、私は悟った。義母は私を家族として見ていない。私はあくまで「り馬の世話係」であり、妊娠したら役立たずになるだけだ。
それから数週間、私は何としてでもこの子を、そしてり馬を守る方法を考えた。義母はますます私に辛く当たるようになった。
「お前のせいでり馬がかわいそうだ。車椅子の父親なんて、子供にとってかわいそうよ。恥ずかしいし、一緒に遊ぶこともできない。それに、あなたが妊娠したら、り馬やお父さんの世話は誰がするの?」
「私は、自分の家族を守ります。あなたに何がわかるんですか!」
「何たる口の利き方だ! この家でずっと世話になっておいて、感謝の気持ちもないのか?」
私は唇を噛んで耐えた。り馬はそんな義母を見て、何度も言い争った。
「美、もう限界だ。俺たち、家を出よう。どこかで新しい生活を始めよう。君のことを一番に考えるなら、これしかないんだ。」
しかし、義父の介護や義母の反対で、簡単には決行できなかった。
「この家を出るなんて許さないわ。障害者のあなたが外で働けるわけがない。美が働いても、家を借りる金も貯金もないでしょう。私がここを離れたら、夫はどうするの?」
義母の言葉は、私たちを奈落の底へ突き落とした。確かに、私たちには金も家もなかった。
そんなある日、私は偶然にも、義母が昔から私を嫌う原因を知ってしまう。実家の母が、私を義母に引き取らせようとした過去があったのだ。母は義母に「この子を何とかしてください」と頼んだが、義母はそれを快く思っていなかった。しかし、そんなことを知っても、状況は何も変わらなかった。
それから、ある夜のこと。り馬の部屋に行くと、彼は窓の外を見ながら、ぼんやりとしていた。
「美、君は強くていい母親になるよ。俺がもっと強かったら、こんな思いをさせなかったのに。」
「り馬、そんなこと言わないで。」
「聞いてくれ、君。明日、母さんに言おう。俺たちはここを出るって。君が働ける間は、俺は家で小太郎と子供の面倒を見る。外で働くこともできる。リハビリすれば、きっと車椅子じゃなくても歩ける日が来る。」
「でも、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。君のためなら、俺は何でもする。」
翌日、私たちは義母に宣言した。しかし、義母は嘲笑しながら言った。
「出て行けばいいわ。どうせ、その子供もろくに育てられずに、私のところに泣いて戻ってくるんだから。」
私は何も言い返せなかった。その日から、私たちは家を出る準備を始めた。しかし、事態は思わぬ方向へ進む。義母は、突然、具合が悪くなって倒れたのだ。
病院で検査をすると、義母は癌を患っていた。進行は早く、余命は数ヶ月だった。義母は泣いた。初めて見せる弱さだった。
「お世話になりました。あなたのおかげで、私は家族と過ごせました。」
しかし、次の瞬間、義母は私を見て、苦々しい笑みを浮かべた。
「でも、あなたには、やっぱり感謝できないわ。あなたのせいで、息子は家を出ようとした。あなたのせいで、私は孫の顔を見られないかもしれない。」
私は何も言えなかった。義母は、最後まで私を受け入れなかったのだ。
義母の病気が進行するにつれて、私は介護に追われるようになった。り馬はリハビリに励み、少しずつ足を動かせるようになってきた。ある日、病院で義母を見舞うと、彼女は弱々しく私に言った。
「あなたには、感謝しているわ。許して、なんて言わない。ただ、私の最期は静かに見送ってほしい。」
私は頷いた。しかし、心の中では、これまでのすべての苦しみが去来していた。
それから数週間、私は義母の周りで静かに過ごした。やがて、義母は眠るように息を引き取った。彼女の葬式の日、私はり馬とともに見送った。喪服を着ても、涙は出なかった。きっと、怒りや悲しみが、涙の代わりになってしまったのだ。
葬式の後、り馬は私の手を握った。
「美、これで自由だ。俺たち、新しい生活を始めよう。君と子供のために。」
「うん、り馬。」
その時、私は心の底から解放された。しかし、自由と同時に、これからの生活への不安も押し寄せてきた。
それから私たちは、小さなアパートを借り、私の花屋での仕事と、り馬のリハビリを中心に日々を過ごした。り馬は、徐々に歩けるようになり、週に数回、杖で歩行訓練をしていた。
妊娠は順調に進んだ。しかし、医師からはいくつか注意事項を言い渡されていた。
「安静にすることが大切です。無理をしないでくださいね。」
私は、自分の体を優先するように心掛けた。り馬も家事を手伝ってくれるようになり、少しずつではあるが、幸せな日々が戻ってきた。
ある日、り馬は突然言った。
「美、俺、社会との繋がりを持ちたいんだ。どこかで働ける場所を探したい。」
「無理しなくていいのよ。今、無理をしたら、また身体を壊すわ。」
「大丈夫。リハビリの先生にも相談したんだ。事務作業ならできるって。」
数週間後、り馬は地元の小さな福祉作業所で働き始めた。それは、車椅子の生活をしていた時に比べれば、夢のように感じられた。
「美、俺、働けるんだ。」
り馬は嬉しそうに笑った。私はその笑顔を見て、思わず涙がこぼれそうになった。
それから数ヶ月後、無事に娘を出産した。理菜と名付けた。産声を聞いた瞬間、り馬は泣き、私はその光景を忘れないと思った。
「美、ありがとう。本当にありがとう。」
り馬が病室の窓から差し込む光の中で、娘を抱きしめる姿は、この世のものとは思えないほど美しかった。
私たちは、小さなアパートで三人と一匹の犬と共に、質素ながらも幸せな生活を始めた。り馬は義父とも折り合いをつけ、たまに家に遊びに行くこともあったが、義母のことは、もう話題にしなかった。
私は花屋で働き続け、り馬は福祉作業所で働いた。夜は、娘を寝かしつけ、り馬と二人でお茶を飲みながら、これまでの日々を振り返る。
「美、君がいてくれて良かった。君がいなかったら、俺はきっと挫折していた。」
「私も、り馬がいなかったら、自分はもっと壊れていた。”” }



