今夜は珍しく夫が夕飯時に帰ってきた。でも、その顔を見た瞬間、嫌な予感がした。案の定、夫はテーブルに着くなり言った。「今は人生100年の時代だぞ。俺はこれから第2の人生を楽しまないとな。ほら、これ洗っといてくれ。」そう言って、さっきまで着ていたYシャツを私に投げつけた。
私はため息をついてシャツを受け取った。夫が私を家政婦扱いするのはいつものことだ。でも、面と向かって言われるとやっぱり面白くない。何を言っても治らないと分かっているから、嫌な気持ちを飲み込んだ。
夫は酒の匂いをさせながら、ダイニングテーブルに座った。「はあ、社長がさ、今日の飲み会で言ってたんだよ。人生100年なら50が折り返しだって。」
「あ、そういうことなのね。社長の受け売りだったのね。」
夫は話しながら、私の夕飯のおかずを勝手につまみ始めた。「おい、カナ。飲み足りないから酒出せよ。あとつまみも。」
今日は娘が残業でいないから、簡単なもので済ませようと思っていたのに。夫に食べられて、あっという間になくなりそうだ。
「あ、ちょっと食べないでよ。」
慌てて止めるけど、夫はどこ吹く風。私は仕方なくつまみと私の分のおかずを準備し始めた。
私はカナ。42歳の会社員だ。夫と結婚したのはもう15年以上も前。今では名前を呼ばれることもなく、家政婦なんて呼ばれている。夫はどうも、初めから愛する妻ではなく、家政婦代わりの女性が欲しかったようだ。
夫との出会いは居酒屋でのナンパだった。当時、子宮系の病気で手術をして、私は子供が持てなくなった。だからもう一生仕事だけして、一人で生きていくつもりだった。でも、友達と飲みに行った店で夫から声をかけられた。
夫の明るさに救われたし、子供がいなくてもいいと言ってくれた。私を愛しているんだと感動した。まさか、家政婦が欲しかったから、別に子供はいらないという意味だとは思いもしなかった。
それに、酒好きの夫はほぼ毎日飲み歩いていたから、大きな連れ子がいるなんて全く知らなかった。当時、夫の一人娘は9歳。夫は若い頃、随分やんちゃだったようで、18歳で彼女を妊娠させて結婚し、1年足らずで離婚。若い二人は娘をお荷物扱いで、実母は出て行き、夫も自分では面倒を見ずに祖母に押し付けた。
そんな状態で私が彼と結婚したんだから、周りは反対した。母は泣きながら「あんた、何て人と結婚するんだ」と言った。でも、私は決めた。彼ならきっと自分の気持ちを理解してくれると信じたかった。
娘の名前はミオ。初めて会ったとき、9歳のミオは痩せていて目が大きくて、今にも消えてしまいそうだった。場所に置いてある花みたいで、可哀想になった。
ミオは最初、私に心を開かなかった。目も合わせないし、話もしない。無理もない。母が突然いなくなって、父が新しい女を連れてきて、しかもそれが「母」になるんだから。
私は焦らず、ただそばにいることにした。学校から帰ってきたら「おかえり」と言って、宿題を一緒にして、ご飯を食べた。最初はミオがおかずを少し残すと、夫が「なんだ、ちゃんと食え」と怒った。私はミオの皿を守って、「無理に食べなくていいよ」と言った。
それを何度も繰り返しているうちに、ミオも少しずつ私に慣れてきた。ある日、ミオが「お母さんって呼んでもいい? 」と聞いてきた。私は驚いて、何と言えばいいか分からなかったけど、うなずいた。 ext reference あなたは9歳の女の子に母親になることを求められて、どう返す? 私はミオを受け入れることにした。最初は私も不安だったし、どう接すればいいか分からなかったけど、ミオが一生懸命私を信じようとしてくれているのを感じた。
夫はというと、私がミオの面倒を見るようになってから、ますます酒に逃げるようになった。家にいることが減り、ミオの学校行事も私一人が行くことになった。運動会でも授業参観でも、私はミオのそばに立った。夫は来なかったけど、ミオはそんなこと気にしない様子で、私に手を振った。
ミオはいつしか心からの笑顔を見せてくれるようになって、すっかり本当の親子のようになった。楽しい日々だったし、幸せだった。
ミオが高校生になった頃、ミオの恋人を紹介された。ハルトさんという青年で、すごくいい人だった。二人が家に来た日、私は嬉しくて、久しぶりに料理を頑張った。ハルトさんは「カナさん、ミオはいつもお世話になってます」と頭を下げた。私は「こちらこそ」と返した。
ミオはハルトさんと結婚することになり、私は心から祝った。結婚式の日、ミオは白いドレスで本当に綺麗だった。私は母としての気持ちで涙が出た。
ミオが家を出てから、また夫婦二人の生活が始まった。夫は相変わらず酒を飲み、私は家事をこなす。時々虚しくなることもあったけど、ミオが幸せならそれでいいと思っていた。
でも、そうやって自分を納得させているうちに、夫の扱いはどんどんひどくなった。「雇ってやっている」「お前みたいな女がいなければ、俺は自由だったんだ」と平気で言うようになった。
ある夜、夫は酔って帰ってきて、また同じようなことを言った。「第二の人生だ。お前なんてどうでもいい。後妻としての役目は果たしたろ? 」
「後妻として?

」
「ああ。ミオを育ててくれたことは感謝してるぜ。だから、お前にもそれなりの金はやる。」
私は言葉を失った。15年間、私は夫を支えて、娘を育てて、家族のために尽くしてきた。でも、夫にとって私は、子供の世話をするための道具でしかなかったんだ。
翌日、私は弁護士のところへ行った。離婚の話をしたら、彼は冷静に言った。「カナさん、あなたがこれまで家計を支えてきた記録があります。それに、この15年間の夫の発言を録音したものがあれば、離婚は有利に進められます。」
私は少し迷ったけど、夫の言葉を時々録音していた日々があったことを思い出した。最初は「奥さんに聞かれると気まずいから」と冗談で言っていたけど、いつの間にか夫の暴言を残しておくための習慣になっていた。
私は離婚を決意した。夫にそのことを伝えると、夫は笑い飛ばした。「離婚だあ? お前には何もないだろ。老後はどうするんだよ。」
「私にはミオがいる。それに、私も仕事をしてきた。あなたなしでもやっていけるわ。」
夫は「ふん」と鼻で笑った。「じゃあ、慰謝料は一円もやらないからな。」
私は弁護士を通して、財産分与と慰謝料を請求した。夫は最初は拒否したけど、私が録音記録を提出すると、態度が急に変わった。「お前…そんなことしてたのか。」
「あなたが言ったことを、そのまま残しておいただけよ。」
離婚は成立した。私は新しいマンションを借りて、一人で暮らし始めた。生活は前よりコンパクトだけど、安心できた。ミオが時々電話をかけてきて、「お母さん、元気? 」と言ってくれる。その声を聞くたびに、私は肩の力が抜ける。
今はもう、夫のことは憎んでいない。悲しかったけど、あの家に縛られたまま生きるより、自分らしく生きる道を選べてよかったと思う。


