真冬の深夜、俺のボロアパートの前にボロボロの格好をした親子が現れた。今にも消え入りそうな母子を放っておくわけにはいかない。
「せめてこの子だけでも一晩止めてもらえませんか?」
そう言われて、俺は一晩だけならと承諾した。改めて顔を見ると、驚くほど整った美人だった。
俺の名前は田所。金なし、趣味なし、彼女なしの社畜だ。大学を出て、奨学金という借金を背負い、今は馬車馬のように働いている。母ちゃんには毎月仕送りをしているが、いつも「ありがとう」とLINEが来る。
その夜、家に入れた母子は、明るい照明の下で見ると、かわいそうなほど痩せていた。一週間以上ホームレス状態だったらしい。持ち金が尽きた頃に、あの寒い夜を迎えてしまったのだという。
一度拾った母子を放っておくことはできず、そのまま数日が過ぎた。娘のつむぎは五歳で、驚くほど大人しい。この年で俺の目を気にして遠慮しているようにさえ感じる。
ある日、つむぎがパズルをしているのを見て、俺は声をかけた。
「つむぎ、何それ?」
「あ、パズル」
木でできた様々な形のピースを、指示されたピースだけを使って枠にはめていくというものらしい。俺も挑戦してみたが、難易度が上がるとかなり難しい。
「つむぎ、変?」
「あ、変じゃないよ。こんな難しいの簡単にできるなんてすげえよ。俺にはできないもん」
そう言うと、つむぎの表情がパッと明るくなった。初めて見る笑顔だった。
それからつむぎは俺とよく話すようになった。プログラミングやウェブデザインの本を読み、俺が渡したノートPCで何やら夢中になっている。
やがて、新型ウイルスの影響でリモートワークになった。昼食をあんが作ってくれるようになり、オムライスや生姜焼きを一緒に食べる日々。
ある日、俺の書類を見たあんが会社名を尋ねてきた。
「その会社の社長の息子、つむぎの父親なの」
あんは元秘書で、金山という男と関係を持ち、つむぎを授かった。しかし金山は認知もせず、結婚もせず、つむぎが五歳になった時、何も持たせずにマンションから追い出したのだ。
「私が悪いの。席を入れて欲しいって言い続けたけど、その度にはぐらかされて、最終的に何も言えなくなってた」
俺は金山と話をつけることにした。数日後、役員会議の日に金山に声をかけた。
「金山さん、少しお話よろしいでしょうか?」
「ん?田所君、久しぶりだね。どうしました?」
「お安い女性です」
金山の表情が変わった。ミーティングルームで話すと、金山は冷たく言い放った。
「断る。必要ない」
「実のお子さんなんですよね。保養育費を払う気もないんですか?」
「なんだ結局金を出せってこと?僕の子供って彼女が言ったの?証拠もないのになんで金を払うと思ったの?」
「彼女に認知するって約束したんですよね」
「え?僕そんな約束したの?契約書がないものは保証されないよ」
俺は感情的になってしまい、「社長はこの件ご存知なんですか?」と問いかけた。金山は笑みを消し、「僕を脅迫するつもりかな?」と言い残して去っていった。
翌日、解雇通知が届いた。普通解雇という形で。
「私のせいで本当にごめんなさい」
「俺が自分で首突っ込んだんだから、あんは悪くないよ」
あんは泣きそうな顔をしていたが、やがて笑ってくれた。
「ねえ、たく、会社を自分で立ち上げる気ない?」
あんが言うには、つむぎが作ったECサイトのアイデアがあるらしい。つむぎは天才だった。独学でサイトを立ち上げ、商品を決めていた。
「つむ、一緒に作戦開始」
「そうだな。三人で一発逆転の人生丸儲け目指してみるか」
こうして俺たちは会社を立ち上げた。最初は資金がなくて苦労したが、母ちゃんが仕送りと同額の金を渡してくれた。
「成功したら海外旅行でも連れてきな。あとそのうちあんたの大事な子たち連れてこっちに顔出しな」
会社は順調に軌道に乗り、つむぎはギフテッドだと診断された。金山はつむぎのことを「気持ち悪い」と言ったらしい。
「つむぎは気持ち悪くなんかないよ」
「だってつむが変で気持ち悪いからママとつむぎは捨てられたんでしょ」
「つむぎ、つむぎは気持ち悪いなんてことねえよ。たくさん話してくれて、俺と一緒にゲームしてくれて、仕事もしてくれる。すごいやつじゃん」
つむぎは涙を流して、「たっくんありがとう」と言った。
数日後、金山から連絡があり、事業買収の話を持ちかけられた。あんとつむぎを連れて行けと言う。
金山は「つむぎが随分役立っているんだってね。さすが僕の娘だよね」と言い放った。
「ねえあん、今度こそ席を入れよう。つむぎも本当のお父さんと一緒に暮らしたいだろう」
あんは冷たく言い放った。
「申し訳ありませんが、おっしゃってる意味が分かりかねますね。この子の父親はすでに破壊しています。この子のせいはずっとおです。金山だった過去はありませんよ」
つむぎも「おじさん、初めましてですよね。感染対策した方がいいですよ」と続けた。
その時、金山の父親である金山社長が現れた。俺が事前に全てを話していたのだ。
「お前はどれだけ腐った人間なんだ。この出来損ないが」
金山社長は息子を叱り、俺に謝罪した。解雇は不当解雇だと認め、慰謝料を申し出たが、俺は断った。
「その代わり、今後私たち親子に一切関わらないと約束してください」
「ああ、分かった。ちゃんと書面に残すようにしよう」
帰り道、つむぎに「寂しくない?」と聞くと、
「寂しくないよ。だってママもたっくんもいるじゃない。あとたっくんのママも」
そう言って笑った。
それから数年、会社は順調に成長し、つむぎは小学校四年生になった。ある日、クリスマスパーティーの最中に、つむぎが突然言った。
「私、アメリカに行く」
ギフテッド教育に特化した学校があるらしい。あんも一緒に行くと言う。
「たっくん、私はたっくんのことお父さんだと思ってるよ。だからママとたっくんが一緒にいてくれたら嬉しいの」
つむぎは俺とあんの気持ちを知っていて、クリスマスプレゼントとして二人をくっつけようとしていた。
「今日はママはうちに帰って来ないでね」
あんと二人、顔を赤らめて見つめ合った。
「ああ、やっぱりマリア様見て」
あの冬、ボロアパートで出会った美しい母子は、俺にとって人生最大のクリスマスギフトだった。



