お見合いの席で、彼女は箸も取らずにまっすぐこちらを見ていた。黒に近い紺のスーツ。背筋が伸びた、無駄のない人だった。
「お仕事は何をなさっているんですか?」
「工場勤務です」
これで帰れると思った。だが彼女は帰らなかった。俺が箸を取った瞬間、彼女の視線が左手で止まった。人差し指の腹に残る古い傷跡。白く引き連れた線が一本。もう十五年も前のものだ。
彼女の顔から余裕が消えた。目の縁が赤くなっていく。
「見つけた」
そう言うと、彼女は鞄から一枚の紙を取り出し、刺身の皿を横にずらして机の真ん中に置いた。折り目のついた婚姻届けだった。
「サインしなさい」
俺は固まったまま彼女を見ていた。この日から始まる半年が、六年間止まっていた俺の時間を動かすことになるなんて、この時はまだ思ってもいなかった。
俺の名前は宮永透。四十二歳。東京の大田にある大森精密という町工場で働いている。社員は俺と工場長と、あと二人だけ。医療用の器具の部品を削って磨く仕事だ。朝は七時半に工場へ入る。機械の油を見て、前日に磨いた品物を明るいところへ持っていって表面を確かめる。指の腹でなぞると、目では分からない段差が分かる。工場長はそれを「手で見る」という。
俺がこの工場に来て六年目になる。それより前の俺が何をしていたかを知っているのは、工場長だけだ。俺は元々、外科医だった。
大森精密は昭和の終わりから同じ場所にある。工場長の大森肖像さんは六十八歳で二代目だ。口数が少なくて、褒める時も「まあ悪かない」としか言わない。得意先で一番古い付き合いが霧島メディカル。手術で使う器具を作っている中堅メーカーだ。図面はあちらが引き、うちはその通りに削る。それが下請けの仕事だ。
ある日の昼、かなちゃんが弁当を食べながら聞いてきた。
「宮永さん、これって何に使うんですか?」
彼女が指さしたのは、その日の午後に俺が磨いていた部品だった。細い金具で、先が少しだけ曲がっている。肝臓の辺りを施術する時に使う道具の先端部分だ。
「肝臓の奥の方にある深いところだから、道具の首が長くないと届かない。肝臓で作った消化液を流す管、単管と言うんだが、太さは二ミリから三ミリだ。それを縫う」
「へえ」
彼女は部品をしばらく見てから言った。
「私、自分が磨いたやつがどこへ行くのか、実はあんまり分かってないんですよね」
俺は何も返せなかった。返す資格がないと思っていたからだ。
俺が外科医を辞めたのは六年前になる。その頃の俺は都内の大学病院にいて、肝臓と胆管と膵臓を扱う診療科にいた。腹の奥の方、血管と胆管が何本も入り組んでいるところを触る仕事だ。他の病院で切れないと言われた患者さんが回ってくることも珍しくなかった。若い頃の俺は多分、少しだけ運が良かった。手が動いた。人より早く動いた。それだけの話なのに、いつの間にか周りが俺を天才と呼ぶようになった。
そして六年前の秋、俺は成田ミノさんという五十四歳の患者さんを手術台の上で亡くした。肝臓の入り口の辺りにできた病気で、切除には肝臓を半分以上取らなければならなかった。長い手術になることは分かっていた。準備はした。何度も画像を見た。それでも途中で深いところの血管が破れた。手を突っ込めば届く場所ではなかった。目では見えている。あと三ミリのところに出血点があるのが分かっている。だが持っている道具の首が太くて、その角度に入らなかった。角度を変えようとすると視野が塞がる。視野を確保しようとすると先が届かない。俺はその日初めて、自分の手が何の役にも立たないという感覚を知った。血の溜まる方が早かった。輸血が追いつかなくなって、途中から俺は何を切っているのかも分からなくなっていた。手術は九時間を超えていた。
家族への説明は俺がやった。廊下の突き当たりの小さな部屋で、成田さんの奥さんと娘さんに向かって、俺は自分がしたことを順番に説明した。奥さんはずっと下を向いていた。娘さんは俺の目を見ていた。二十四歳だったと思う。説明が終わった後、娘さんが言った。
「先生、父は痛くなかったですか?」
俺は答えられなかった。「麻酔が効いているので痛みは感じていません」と言えば良かったのだと思う。医学的にはそれが正しい。でも俺の口からその言葉は出てこなかった。その夜、俺は病院の階段の踊り場に座って朝まで動けなかった。
誰も俺を責めなかった。それが一番応えた。上司も同僚も「あれは仕方がない」と言った。カンファレンスでも同じ結論が出た。手技に過失はない。判断にも問題はない。誰のせいでもない。でも俺には分かっていた。あと三ミリだった。届かなかったのは俺の手だ。
それから三ヶ月ほど、俺は一応病院にいた。手術にも入った。だが自分でも分かるくらいに手が遅くなっていた。深いところに入るたびに、成田さんの腹の中が頭をよぎるようになった。判断が一秒遅れる。一秒の遅れはあの場所では致命的になりうる。俺はそういう医者になってしまった。
辞表を出した日のことはよく覚えている。教授だった桑田の先生は、辞表を押さずに机の上に置いたまま、俺の顔を長いこと見ていた。
「休むのとやめるのは違うぞ」
「分かっています」
「戻ってくる場所は残しておく」
「戻りません」
「そういうやつに限って戻ってくる」
先生は最後までそう言っていたが、俺は本当に戻らなかった。免許は返していない。返せと言われたわけでもない。処分を受けたわけでもない。俺は自分で降りただけだ。医師の名簿の上では、俺はまだ医者ということになっている。それが余計に苦しかった。
二ヶ月ほど何もせずに部屋にいた。貯金が減っていくのを眺めていた。そのうち大森精密の求人を見つけた。「医療器具の精密部品、未経験者可」と書いてあった。面接に行った日、工場長は俺の履歴書を見て、それから俺の手を見た。
「前は何をしてた?」
「人の腹の中を触っていました」
「そうか」
それだけだった。学歴も前職も、それ以上は何も聞かれなかった。「次の月曜から来い」と言われて終わりだった。工場長が俺の前職を知ったのはずっと後になってからだ。得意先の人が工場に来た時、俺の顔を見て「宮永先生ですよね」と言ったからだ。あの日、工場長は何も言わなかった。ただその日の帰りに、缶コーヒーを一本だけ俺の机に置いていった。
俺はもう白衣を着る資格がない。そう思って生きてきたけれど、医療から完全に離れることはできなかった。俺が削っているのは、人の腹の中へ入っていく道具だ。俺が磨いた面が誰かの内側に触れる。その人の顔を見ることはない。名前も知らない。それでも遠いところで誰かの命につながっている。それが俺にできる精一杯の距離だった。
年に一度だけ、俺は工場を休む。十月十七日。成田さんの命日だ。俺は朝の電車で郊外の霊園まで行って、線香を上げて、何も言わずに帰ってくる。話しかける資格がないと思っているからだ。
三年目の秋、墓の前で娘さんに会った。成田舞さんという、あの時二十四歳だった人が二十七歳になっていた。
「先生」
「その呼び方はやめてください」
「じゃあ何と呼べばいいんですか?」
「宮永で結構です」
彼女は少し困った顔をして、それから花の袋を石の脇に置いた。
「毎年来てくださってますよね」
「気づいていましたか?」
「線香の減り方が違うので」
俺は返す言葉がなかった。
「母は去年亡くなりました」
「そうですか」
「最後まで先生を恨んではいませんでした」
「俺は恨まれた方が楽です」
「知っています。だから言いません」
彼女はそう言って笑った。母親によく似た笑い方だった。それから毎年、俺たちは同じ日に同じ場所で顔を合わせるようになった。長い話はしない。天気の話をして、線香を上げて、別々の道を帰る。それだけの関係が三年続いていた。
もう一つ、誰にも言っていないことがある。工場の作業が終わった後、俺は月に何度か自分の机で図面を広げる。鉛筆で線を引く。描いているのは縫合機の図面だ。針を持って糸をかけて結ぶための道具。腹の深いところ。あの日の俺の手が届かなかった場所へ届くための首の長さと角度。材料は自分で買っている。工場の材料には手をつけない。医療機器を作る工場は、どの材料をどこへ使ったかを全部記録に残さなければならないからだ。俺は自分の金でステンレスの棒を買って、就業時間が終わってから機械を借りて削っている。工場長には最初に断った。
「電気代だけ置いてけ」
そう言って工場長は許してくれた。何本作ったか正確には数えていない。三十本を超えた辺りで数えるのをやめた。どれも完成していない。作っては直し、また作っては直している。誰かに見せたことはない。使う当てもない。なぜ作るのかと聞かれたら、俺は多分うまく答えられない。ただあの日の三ミリが、今もまだ俺の指の先に残っている。それだけだ。
その話が来たのは六月の初めだった。工場の昼休みに携帯が鳴った。桑田の先生からだった。六年前に俺の辞表を受け取った人だ。今はもう教授を退いて、都内の病院の顧問のようなことをしている。年に一度か二度、思い出したように電話をかけてくる。
「宮永か。生きとるか」
「生きてます」
「宮永を大王か」
「先生、何の話ですか?」
「見合いだ。相手は霧島メディカルの社長の娘さんだ」
霧島メディカル。うちの工場の一番古い得意先だ。
「なぜ俺なんですか?」
「知らん。先方から名前が来た。うちの工場に宮永という技術者がいると聞いた、会ってみたいそうだ」
俺は黙った。
「断ってください」
「断る理由を言え」
「釣り合いません」
「相手が決めることだ。先生、一度だけ行け。それで終わりなら終わりでいい」
先生はそう言って電話を切った。昔から、人の話を聞いた上で、それでもしてくる人だった。
見合いの日は土曜だった。スーツは一着しか持っていない。病院にいた頃、式典で着たりしたやつだ。ネクタイは駅で買った。革靴は磨いたが、つま先の革がもう硬くなっていて艶が戻らなかった。場所は都心の料亭だった。門から玄関まで石が敷いてあって、両側に竹が生えている。俺には縁のない場所だった。
先に着いたのは俺の方だった。早く終わらせようと思っていた。「工場勤務です」と言えばいい。これで帰れる。帰りに駅前で立ち食いそばでも食べて、月曜からまた機械の前に立つ。それでいい。
襖が開いた。入ってきたのは若い女性だった。黒に近い紺のスーツ。髪は後ろで一つにまとめてある。座るまでの動作に無駄がなかった。
「霧島立と申します」
彼女はそう言って畳に手をついた。顔を上げた時、目があった。人の顔色を伺う習慣のない、強い目だった。
「宮永透です。二十八歳です」
「霧島メディカルの開発本部におります」
「はい」
「宮永さんは四十二歳と伺いました」
「そうです」
「趣味の話はいたしません。天気の話も結構です。よろしいですか?」
俺は少し面食らった。
「ああ」
「時間が惜しいので」
料理が運ばれてきた。彼女は箸を取らないまま俺を見ていた。
「お仕事は何をなさっているんですか?」
来たと思った。
「工場勤務です」
言ってから、心の中で「これで帰れる」と繰り返した。普通ならここで空気が変わる。相手の目が伏せられて、当たり障りのない世間話に変わるところが、彼女は表情を変えなかった。
「どちらの工場でしょう?」
「大森精密と言います。社員が十人足らずの小さいところです」
「うちの取引先ですね」
「はい」
「何を担当されていますか?」
「削って磨いています。鉗子の先とか縫合機の首とか」
「縫合機」
彼女の眉がわずかに動いた気がしたが、その時の俺は気に留めなかった。
「うちの品番、何番の品でしょう?」
「先月から流れているのは千二百番台のシリーズです」
「千二百四十ですか?千二百六十ですか?」
「千二百六十です」
「千二百六十は締まりが悪いはずです。先端の噛み合わせが二段になっているので」
開発の人間が現場の締まりの話をするのは珍しい。
「一発で通るのが九割。十本に一本は手直しに回します」
「原因はどこですか?」
「二段目の当たりです。図面通りに削ると、閉じた時に先だけが浮きます」
「では現場ではどうしていますか?」
「最後に人が手で当たりを取って、すり合わせています」
「誰が?」
「俺です」
彼女はそこで初めて、ほんのわずかに口元を動かした。笑ったのかどうかも分からない程度だった。俺は続けた。もう帰りたかったからだ。
「年収は四百万に届きません。貯金もほとんどありません。結婚を考えられるような立場ではないと思っています。今日は先生の顔を立てるために来ました」
「食べないんですか?」
「え?」
「料理が冷めます」
俺は言葉を遮られた。彼女は自分の箸を取って、椀の蓋を静かに外した。仕方なく俺も取った。その時だった。彼女の視線が止まった。俺の左手の辺りだった。俺は反射的に手を引きかけたが、もう遅かった。人差し指の腹に傷跡がある。一センチほど白く引き連れていて、周りの皮膚より少しだけ盛り上がっている。冬になると突っ張るように痛む。もう十五年も前の傷だ。普通は気づかない。気づいたとしても「包丁で切ったんですね」で終わる傷だ。
でも彼女は箸を置いた。そのまま俺の指を見ていた。一秒、二秒。息を吸う音が聞こえた。さっきまで真っすぐだった背中が、ほんのわずかに前に傾いた。
「その傷」
「昔のものです。仕事とは関係ありません」
「左の人差し指」
「はい」
「腹側を斜めに爪の方へ抜けている」
俺は彼女の顔を見た。強気だった目の縁が赤くなっていた。瞬きの数が急に増えていた。彼女は自分の顔に何が起きているのか分かっていて、それを止めようとして失敗している。そういう顔だった。
「見つけた」
声がかすれていた。俺は何のことか分からなかった。彼女は膝の上に置いていた鞄を開けて、中から紙を一枚取り出した。折り目が四つついている、役所の窓口でもらうあの薄い緑がかった用紙だった。彼女はそれを机の上に置いた。刺身の皿を横にずらして、俺と自分のちょうど真ん中に。
「婚姻届けにサインしなさい」
俺は自分の耳を疑った。
「はい」
「聞こえましたよね」
俺は紙を見て、彼女の顔を見て、それからまた紙を見た。「夫になる人」と書かれた欄が空いている。「妻になる人」の欄にはもう字が入っていた。細くて角のある字だった。霧島立。生年月日。本籍。全部埋まっている。いつ書いたんだと思った。どちらにしてもまともではない。
「あの、霧島さん」
「下の名前で立で結構です」
「今日初めてお会いしましたよね」
「私は初めてじゃありません」
「え?」
「二度と逃がしません」
彼女は瞬き一つせずにそう言った。目の縁は赤いままだ。それでも声は震えていなかった。
「今度は私が捕まえる番ですから」
俺は何と答えたのか覚えていない。覚えているのは、彼女が急に姿勢を戻して、何事もなかったように箸を取ったことだ。
「おいしいですね」
「そうですね」
「宮永さん、冷めますよ」
俺はその日、味の分からない料理を最後まで食べた。料亭を出たのは一時間半後だった。門の外まで彼女が見送りに出てきた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「あの紙のことはお忘れください」
「お忘れられません」
「そうでしょうね」
彼女は少し笑った。それが初めて見る笑顔だった。困ってこちらが困るくらい嬉しそうな笑い方だった。そして俺が背を向けた時、後ろからもう一つだけ声が飛んできた。
「大森精密の始業は七時半ですね」
俺は答えずに駅へ向かった。その日、俺は婚姻届けにサインしなかった。当たり前だ。初対面の人間に紙を出されて名前を書く人間はいない。俺は紙を彼女の方へ押し返した。彼女は何も言わずにそれを四つに折って鞄へ戻した。それで終わりだと思っていた。
月曜の朝、彼女は工場の前に立っていた。七時二十分だった。まだシャッターが半分しか上がっていない時間だ。彼女は紺のスーツで、片手に鞄を下げて、工場の前の軽トラックが一台通れば人が端に寄るような道の真ん中にまっすぐ立っていた。俺は自転車を止めた。
「何をしてるんですか?」
「おはようございます」
「帰ってください」
「発注元の人間が下請けの工場を尋ねてはいけませんか?あ、アポイントは十時に工場長さんと。私は早く着きすぎただけです」
嘘だと思った。だが証明のしようがない。その日、彼女は本当に十時に工場長と会った。事務所のガラス越しに資料を広げて説明しているのが見えた。工場長が頷いた。昼になって彼女は帰った。帰り際は俺の作業台の横で足を止めた。
「今日何を磨いていましたか?」
「縫合機の首です」
「見せてください」
俺は品物の入ったトレーを彼女の方へ向けた。彼女は手を伸ばしかけて、それから引っ込めた。
「触ってはいけませんね。素手だと油がつきます」
「では見るだけにします」
彼女はしゃがんで、作業台と同じ高さから品物を見た。スーツのままコンクリートの床に膝を折って。
「これ、握り角度がうちの図面と違いますね」
俺の手が止まった。図面通りに削っている。それは間違いない。ただ最後のすり合わせの時に、俺は自分の癖で少しだけ落とす。許容している寸法の幅。公差の中には入っている。検査は通る。だが違うと言われたら、確かに違う。
「こっちです」
「知ってます。責めているのではありません」
「では何ですか?」
「なぜそうするのかと聞いています」
俺は言葉に詰まった。理由はある。図面通りの角度だと、使う人が手を返した時に小指の付け根が当たる。ほんの少しだけ逃してやると当たらない。俺は自分の手で確かめてそうしている。だがそれを言えば、俺が使う側だったことを認めることになる。
「なんとなくです」
「そうですか」
彼女は立ち上がって膝の埃を払った。
「また来ます」
「来なくていいです」
「来ます」
そして本当に来た。週に一度、多い時は二度。相談で昼間からいる日もあったが、俺のそばに来るのは大抵始業前か就業後だった。作業中は何も言わずに離れたところに立っている。相談の中身も本当で、うちに新しい仕事を持ってきたりもした。それでも俺は迷惑だった。
三度目に来た日、俺は工場の裏で彼女を捕まえた。
「霧島さん」
「はい」
「なぜこんなことをするんですか?」
「あなたにサインして欲しいからです」
「意味が分かりません」
「分からないふりが上手ですね」
「本当に分からないんです」
彼女は俺の目から視線を外さなかった。
「宮永さん、私、嘘のつけない人は好きなんです。でも嘘が下手なくせにつく人は好きじゃありません。あなたは外科医です」
俺は息を止めた。彼女は鞄から手帳を出して、開かずに手の中で持ったまま言った。
「先週、あなたはかなさんに肝臓の入り口門部の器具の説明をしていましたね」
「聞いてたんですか?」
「聞こえました。あの場所の胆管がどのくらいの太さかまで説明していました。図面には書いてありません。調べれば分かります」
「調べる下請けの職人が何人いますか?それに、あなたは物を持つ時、必ず親指と人差し指の先で持ちます。手のひらは使わない。持った瞬間に一度だけ角度を変える。あれは重心を見ているんじゃない。先端がどこを向くかを見ている」
俺は自分の手を見た。
「開発の仕事で手術の見学に入ることがあります。ああいう持ち方をするのは外科医だけです」
言い返す言葉が出てこなかった。その日から、俺は彼女を追い返せなくなった。
七月に入った。工場は暑い。彼女はそんな中でも同じ格好で来た。上着だけは脱ぐようになったが、シャツの袖はきっちり止めたままだった。ある日、かなちゃんが彼女に麦茶を出した。
「霧島さん、これ飲んでください。ぬるいけど」
「ありがとうございます」
かなちゃんは自分のパイプ椅子を持ってきて、霧島さんの後ろに置いた。彼女は少し驚いた顔で座った。スーツのままパイプ椅子に。
「ありがとうございます」
「霧島さんって笑った方がいいですよ」
「そう言われたことがありません」
「じゃあ私が最初ですね」
彼女は本当に少しだけ笑った。ぎこちない、笑い慣れていない人の笑い方だった。俺は機械の影からそれを見ていた。
その頃には、俺は彼女のことを少しずつ知るようになっていた。霧島メディカルは彼女の父方の祖父が始めた会社で、今は父親が社長をしている。従業員は三百人ほど。肝臓や胆管の手術に使う器具ではそれなりに名前が通っている。彼女は大学を出てそのまま父の会社の開発本部に入った。医者ではない。それから、彼女は数字と図面をほとんど忘れないらしい。一度、工場長が十五年前の図面を探していたことがあった。倉庫の奥の古いファイルで、番号も分からなくなっていた。彼女は少し考えてから「この形なら当時の型番はこの数字だと思います」と言った。その番号で探したら本当に出てきた。その時、彼女が一瞬だけ手を止めたのを、俺は機械の影から見ていた。なんでもない顔にすぐ戻ったので、その日は気にも留めなかった。
「あんた、頭がおかしいな」
「よく言われます」
「褒めてんだよ」
「存じてます」
そんなやり取りを、俺は工具箱の向こうで聞いていた。
七月の終わり頃、工場に来ていた彼女の携帯が鳴ったことがある。彼女は「失礼します」と言って外へ出た。工場の裏は狭い路地で、隣の家の塀と工場の壁に挟まれて自販機が一台あるだけの場所だ。俺は材料を取りに行く途中でそこを通った。彼女は塀の方を向いて立っていた。
「はい、分かりました。ビリルビンの値は」
俺の足が止まった。
「下がっていないということですね。ドレナージュを入れてから何日目ですか?」
数字の話をしていた。低い声だった。
「はい、分かりました。私も夜に戻ります」
電話が切れた。彼女はしばらく塀を見たまま動かなかった。それから深く息を吸って、背筋を伸ばして振り返った。俺と目があった。
「聞きましたか?」
「すみません」
「謝らないでください」
「ご家族ですか?」
「父です」
「そうですか」
「今日はもう帰ります」
彼女は工場長に頭を下げて帰っていった。歩き方はいつもと同じだった。ただ鞄を持つ手の指が白くなっていた。俺は自販機の前に立ったまま、しばらく動けなかった。ドレナージュという言葉を、俺は六年ぶりに人の口から聞いた。胆管の流れが詰まっている時に管を入れて外へ逃す処置のことだ。ビリルビンが滞ると血に溜まって肌を黄色くする。あの数字が下がらないというのは、体の中でまだ何かが塞がっているということだ。考えるなと自分に言い聞かせた。俺には関係のないことだ。そう思っているのに、その日の帰り道、俺の頭は勝手に動いていた。どこが詰まっているのか。管はどこから入れたのか。何日目か。工場に来てからこんなことは一度もなかった。
それきり、彼女は父親の話をしなかった。自分のことを進んで話す人ではなかった。それでも七月の最後に来た日、帰り際に一度だけこんなことを言った。
「宮永さん、私、十三歳の時に事故にあったんです」
俺は手を止めた。
「今日はそれだけです」
そう言って彼女は帰って行った。
八月に入って最初の週だった。その日、彼女はいつもと違う時間に来た。夕方の六時過ぎ。俺が一人で機械の掃除をしている時だった。工場長も豊島さんもかなちゃんももう帰っていた。
「宮永さん」
「就業後ですよ」
「知っています。それで来ました」
彼女は事務所ではなく作業場の方へ入ってきた。俺の机の前で立ち止まった。俺の机の上には図面が広げてあった。掃除の前に少しだけ線を引いていた。しまうのを忘れていた。彼女はそれを見た。
「これは」
俺は慌てて紙を裏返した。
「何でもありません」
「縫合機ですね」
「見ないでください」
「首が長い。握りの角度が起きている。先端の噛み合わせが二段になっている」
「霧島さん、うちの製品にこの形はありません」
俺は紙を畳んで引き出しに入れた。手が少し震えていた。これまで誰にも見せたことがなかった。工場長でさえ、俺が何を書いているかまでは知らないはずだった。
「あなた、何年書いていますか?」
「関係ないでしょう」
「答えてください」
「帰ってください」
彼女は帰らなかった。俺の目をまっすぐ見ていた。
「宮永さん、あなたは医者ですね」
機械が止まった後は、外の車の音まで聞こえるくらい静かになる。俺は雑巾を置いた。
「人違いです」
「宮永透。四十二歳。医師免許の登録は今も生きています」
「調べたんですか?」
「調べました」
「趣味が悪い」
「そうかもしれません」
「俺はただの工場勤務です」
「嘘が下手ですね」
俺は黙った。指先の傷。腹側を斜めに爪の方へ抜ける白い線。深いところの胆管の深さを暗記していること。図面の公差の意味を知っていること。全部同じだ。
「同じって、何とですか?」
「十五年前に私を助けてくれた人と」
俺は自分の手を見た。左の人差し指。白い線。十五年前、俺は二十七歳で、医者になって三年目だった。まだ何も分かっていないくせに、何でもできると思っていた時期だ。夏の終わりの夜だった。国道で車が数台絡む事故があって、救急が立て続けに入った。その中に十三歳の女の子がいた。腹の中で出血していた。血圧が下がって、意識が落ちかけていた。電話で相談した上級の先生方は「開けても厳しい」という判断に傾いていた。手を出せば助かる見込みより、途中で失う見込みの方が高い。そういう判断は正しい。医療では珍しくない。俺だけが違うことを言った。
「まだ助かります」
そう言った。今考えれば生意気にも程がある。三年目の医者が言っていいセリフではない。ただその夜は人手が足りなかった。その日の上級は別の患者の手術に入っていた。別の手術を後から抜けて合流してくれる約束で、俺が先に腹を開けた。誰かがやらなければ、その子はそのまま朝を迎えられなかった。俺は開けた。
出血点は思ったよりも深かった。膵臓を支える膜の付け根に近くて、視野が作れない。抑えながら剥がして、また抑えて、送り返した。途中で使っていた鉗子の先が折れた。金属の器具は割れないと思っている人が多いが、折れることはある。あの夜は無理な角度で力をかけ続けていた。先が折れた瞬間、俺は破片の方を探した。体の中に金属を残して閉じることは絶対にできない。全部揃うまで閉じない。それが決まりだ。左手の人差し指で出血点を抑えたまま、右手で血をかき分けた。破片は抑えている指のすぐ際に沈んでいた。右手でつまみ上げようとした拍子に、破片の断面が抑えていた左の指をかすめた。手袋が避けた。避けた手袋の内側で、俺の人差し指が切れた。かすめただけのはずが深かった。血が滲んで、自分の血なのか患者の血なのか分からなくなった。普通なら手袋を変える。当たり前だ。だがその時、俺の指は出血点を抑えていた。抑えていた指を外せば、その子は数十秒でダメになる。俺は替えなかった。そのまま抑え続けた。
手術は明け方まで続いた。終わった時、俺の左手は指の先まで真っ赤で、感覚がなくなっていた。その子は助かった。明け方、俺は手術室の外の流しで自分の指を洗った。切れた場所を見て「これは縫った方がいいな」と思ったが、縫ってくれる人を探すのが面倒で、そのまま消毒してテープを巻いた。その日の昼過ぎ、次の手術に入る前に、俺は一度だけ病室に寄った。その子が麻酔から覚めかけていた。熱を見ようとして額に手を当てると、薄く目が開いた。子供の目のすぐ上に、俺の左手があった。巻いたテープは血を吸ってめくれ、人差し指の腹から爪の方へ斜めに抜ける切り口がそのまま出ていた。俺はその時までそれに気づいていなかった。マスクもキャップも外していなかったから、俺の顔は見えていなかったはずだ。明け方の処置がまずかったのだと思う。傷は治るのに二ヶ月かかって、痕が残った。今にして思えば、あの傷は残ってくれてよかった。
俺は手術の前に、ストレッチャーの上の子に一度だけ声をかけていた。もう目を開けていられなくなっていた。怖かったんだろう。俺は声をかけてこう言った。
「怖くても目を閉じるな」
そしてもう一言。
「君の明日は俺がつぐ」
三年目の医者が言うセリフではない。今なら恥ずかしくて口が避けても言えない。でもあの夜の俺は本気だった。その子の名前を俺は覚えていない。正確に言えば、カルテの名前は見た。だが当時の俺は一晩に何人も見ていて、その子は落ち着いてから家の近くの病院へ移った。俺は昼過ぎに一度顔を見に行ったきりで、そのまま次の手術に入った。それだけだ。
十五年経った。俺は工場の作業台に手をついたまま、彼女の顔を見ていた。
「あの夜の」
「はい」
「君が」
「霧島立です」
彼女は鞄を床に置いた。それからシャツの左袖のボタンを外して、袖をまくり上げた。前腕の内側に細い線が走っていた。手術の後の傷だ。それからもう一つ、肘の下あたりに皮膚を移植したらしい四角い跡があった。
「腕の骨が折れて、皮膚がなくなっていたそうです。腹の方は人前ではお見せできませんが。これが私の十五年です」
俺は何も言えなかった。
「宮永さん、私、あなたの顔を覚えていません。マスクをしていましたから。声もはっきりとは。あの夜は音が全部遠くて」
「そうでしょうね」
「覚えているのは三つだけです」
彼女は指を折った。
「一つ目。目が覚めた時、私の顔の上に手があったこと。血の滲んだ左手。その人差し指の腹に傷が走っていたこと」
「二つ目。『怖くても目を閉じるな』と言われたこと」
「三つ目。『君の明日は俺がつぐ』と言われたこと」
彼女の声がそこで初めて震えた。
「私、目を閉じなかったんです」
俺は動けなかった。手のひらの下の鉄が冷たかった。
「閉じたら終わりだと思ったから。あの言葉があったから、私は目を開けていました」
「そんなにいい言葉じゃない」
「あなたが決めることじゃありません」
彼女は袖を戻してボタンを止めた。
「あの時、私は言いましたよね。『今度は私が捕まえる番だと』」
「覚えています」
「あの言葉を、担当にして欲しいと言い続けていた頃から鞄に入れていました。見つけたら出すと決めていたので。十五年探しました」
「探した?」
「病院はその後に統合されて、古い記録の多くは残っていませんでした。母が亡くなった後、母方の祖父が病院からもらった当時の書類にも、担当した先生の名前は書いてありませんでした」
俺は顔を上げた。
「お母さん」
「あの事故で亡くなりました。現場で即死だったと聞いています」
工場の蛍光灯が一本だけ、チリチリと鳴っていた。あの夜、俺は運ばれてきた子供一人しか見ていなかった。同じ事故で母親が亡くなっていたことを、俺はこの日まで知らなかった。
「私だけが助かりました。だから探したんです。名前も顔も分からない、左手に傷のある外科医を」
彼女は俺の左手を見た。
「今年の春、大森精密の宮永さんという職人が、昔は医者だったらしいという話を聞きました。工場の事務所で耳にしただけです。確信はありませんでした」
「それで見合いを?」
「はい。会えば分かると思ったので」
「分かるわけがない」
「分かりました」
そう言って、彼女はまた鞄からあの紙を取り出した。折り目のついた婚姻届けだった。
「サインしてください」
「なぜそうなるんですか?」
「逃げられたくないからです」
「逃げません」
「逃げます。あなたは六年前に一度逃げている」
俺の頭に血が上った。自分でも驚くくらいに。
「あなたに何が分かるんですか?」
「分かりません」
「だったら」
「だから聞きたいんです」
彼女は一歩も引かなかった。
「あなたが何者かはもう分かりました。今知りたいのは、なぜ医者をやめたのかです」
俺は答えられなかった。答えられないまま、その日は終わった。彼女は紙を畳んで鞄に戻し、「また来ます」とだけ言って帰った。俺はシャッターを閉めて、真っ暗な工場の中に一人で立っていた。
引き出しを開けると、図面の束が入っている。六年かけて積み上げてきた線だ。その夜、俺は眠れなかった。
次に彼女が来たのは三日後だった。その日は土曜日で、工場は休みだった。俺は一人で工場に出ていた。土曜に出るのはいつものことだ。誰もいない工場で機械を回して、自分の材料を削る。それがこの工場に来てからの俺の土曜だった。シャッターの隙間から声がした。
「開けてください」
俺は少しだけシャッターを上げた。彼女はしゃがんで、隙間から中を覗いていた。スーツではなく白いシャツにデニムで、髪も下ろしていた。そういう格好の彼女を見るのは初めてだった。
「休みです」
「知っています。あなたが出ているのを知っています」
俺はシャッターを胸の高さまで上げた。彼女は身をかがめて入ってきた。
「この前の続きです」
「何の続きですか?」
「なぜ医者をやめたのか」
俺は機械を止めた。切削油の匂いが立ち込めていた。彼女は俺の作業台の横のパイプ椅子に座った。かなちゃんが持ってきた椅子だ。
「話してください」
「面白い話じゃありません」
「面白い話を聞きに来たわけではありません」
俺はしばらく黙っていた。この話を誰にもしたことがない。工場長にも、豊島さんにも、成田さんの墓の前でさえ、俺は口に出していない。それなのにその日、俺は話し始めていた。あの夜を覚えている人間が世界に一人だけいるのだと知ってしまったからかもしれない。
俺は成田さんの話をした。肝臓の入り口にできた病気だったこと。深いところの血管が破れたこと。目では見えているのに、手に持った道具が届かなかったこと。あと三ミリだったこと。血の方が早かったこと。そして廊下の突き当たりの部屋で、娘さんに「父は痛くなかったですか」と聞かれて、何も答えられなかったこと。
話を終えると、彼女は何も言わなかった。しばらくしてこう聞いた。
「あなたのミスだったんですか?」
「カンファレンスではそう言われませんでした」
「私が聞いているのは記録の話ではありません」
「分かりません」
「分からない?」
「はい。今でも分かりません」
俺は自分の左手を見た。
「誰も俺を責めなかった。仕方がなかったと言われた。でも俺にはその言葉が受け取れなかった」
「なぜ?」
「受け取ったら、あの患者さんが『仕方がなかった』ことになるからです」
彼女の目が少しだけ動いた。
「それから三ヶ月、手術に入りました。でも深いところに入るたびに、あの患者さんの腹の中が浮かぶようになった。判断が一秒遅れる。あの場所では一秒が命に関わります。それで俺は、救える命と救えない命を選り分ける仕事に耐えられなくなったんです」
工場の中は静かだった。俺は続けた。
「毎日誰かが助かって、誰かが助からない。それが仕事なら、俺は仕事の側に立ち続けなければならない。でも俺には無理でした。一人の名前を背負ったまま、次の腹を開けることがどうしてもできなかった」
言い終わってから、俺は自分が随分長く喋ったことに気づいた。彼女は膝の上で手を組んでいた。
「その方のお名前を伺ってもいいですか?」
「言えません。患者さんのことですから」
彼女は少しの間黙ってから、頭を下げた。
「失礼しました。聞くべきではありませんでした。私は父のことになると、線が引けなくなります」
彼女は自分の手を見ていた。
「開発の人間として現場に入る時は、絶対に超えない線があります。今それを超えかけました」
この人は、自分が超えた線を自分で数えられる人なのだと思った。
「逃げていたんですね」
強気な言い方ではなかった。むしろ静かな声だった。それまで彼女の口から出た言葉の中で、一番柔らかい声だった。俺は苦笑した。
「そうかもしれません」
「そうかもしれない、じゃなくて。逃げました」
彼女は頷いた。
「分かりました」
そして立ち上がった。
「じゃあ、私が連れ戻します」
「連れ戻すって、どこへ?」
「あなたが逃げてきた場所へ」
「それは無理です」
「無理かどうか、私が決めます」
彼女は鞄からファイルを出した。分厚い紙の束だった。
「これを見て欲しいんです」
「他人のカルテです。俺が見ていいものじゃない」
彼女はファイルの表紙をめくって、一番上の紙を見せた。父親の署名が入った同意書だった。
「セカンドオピニオンに出すと言って、書いてもらいました。父は疑いもしませんでした」
「何ですか?」
「父の資料です」
俺は手を出さなかった。
「霧島教一、六十三歳。半年前から肌や白目が黄色くなる黄疸が出て、地元の病院で見つかりました。肝門部の胆管に腫瘍があります」
俺の背中が硬くなった。肝門部。肝臓の入り口が合流するところ。血管が何本も入り組んでいる場所。成田さんと同じ場所だ。
「大学病院を三つ回りました。一つ目は切除が難しいと言われました。二つ目はやるとしても残る肝臓が足りないと言われました。三つ目は」
彼女はそこで一度言葉を切った。
「三つ目は、『ご家族でよく話し合ってください』と言われました」
俺は目を閉じた。その言い方が何を意味するかを、俺はよく知っている。
「父はまだそのことを私に隠しているつもりでいます。私が全部の医師の説明に同席していたのに、家では『大したことはない』というんです。六十三歳の男の見栄です。それでも、私が泣かないように言っているんだろうということくらい、分かります」
俺は何も言えなかった。
「宮永さん」
「霧島さん」
「立です」
「立さん」
彼女はファイルを俺の作業台の上に置いた。
「あなたなら父を救える、なんて簡単なことは言いません」
俺は顔を上げた。
「言えるわけがない。私は医者じゃないし、あなたは六年間メスを持っていない。三つの病院の先生方が、それぞれの経験で難しいと判断したものです。それを素人が覆せると思うほど、私は馬鹿じゃありません」
「ではなぜ?」
「一度だけ見て欲しいんです」
彼女は自分の膝を見ていた。
「見て欲しい、じゃありません。見て欲しいんです。読んでほしい。それだけです」
強気な人だと思っていた。無駄がなくて、遠慮がなくて、人の顔色を伺わない人だと。でもその時の彼女は、俺が最初に会った人とは別人のようだった。
「俺にはその資格がありません。六年前に自分で辞めました。今の俺に、人の命に関わる資格はありません」
彼女は顔を上げた。
「資格って何ですか?」
「免許のことじゃありません」
「では何ですか?」
「資格というのは、免許のことでも経歴のことでもありません。逃げずに向き合う覚悟のことです」
俺は言葉に詰まった。反論したかった。そんな綺麗な言葉で片付けられるものではないと。あの夜、俺の指の下で人が死んだ。覚悟でどうにかなる話ではない。でも口が動かなかった。
彼女はまた鞄からあの紙を出した。折り目のついた婚姻届けだった。もう何度目か分からない。俺は思わず声を荒げた。
「なんで毎回それを出すんですか?」
「脅しじゃありません」
「脅しでしょう」
「違います」
彼女は紙を作業台の隅に置いた。
「あなたがまた逃げるなら、私が追いかけるという意思表示です」
「意味が分かりません」
「分からなくて結構です」
彼女はファイルを俺の方へ二センチだけ押した。
「見るだけです。読んで、それでも無理だと思ったら、そう言ってください。私はもう来ません」
俺はそのファイルを見ていた。
「約束します」
「もう来ないというのは」
「この工場にも来ません。取引は担当を変えます」
「そこまでしなくても」
「します」
彼女は立ち上がって、スーツではないデニムの膝を払った。
「私はあなたに迷惑をかけに来ているんじゃありません。あなたを追い詰めに来ているわけでもありません」
「では何をしに来ているんですか?」
彼女は少し考えてから、こう言った。
「多分、お礼を言いに来ています。十五年言えていないので」
彼女は作業台の隅の婚姻届けを四つに折って鞄へ戻し、そう言って帰っていった。シャッターを閉めた後、俺はしばらくファイルの前に立っていた。
ファイルは三日間、俺の机の上に置かれたままだった。開かなかった。開いたらもう戻れないと分かっていたからだ。
木曜の夜、俺は残業で一人になった。豊島さんが帰って、かなちゃんが帰って、工場長が最後にシャッターの鍵を俺に渡して帰った。俺は自分の机の前に座った。蛍光灯を一つだけつけて、ファイルを開いた。
最初のページは血液検査の一覧だった。半年分ある。ビリルビンの値が上がって下がって、また少し上がっている。肝機能の数字も並んでいる。指が勝手に動いてページをめくっていた。次は画像だった。地元の病院で撮った断層の画像。それから二つ目の大学病院で取り直したもの。三つ目の病院で管を入れた時の記録と画像。読んだ医師の報告書。管をどちら側から入れたかも書いてある。左だった。
読んでいるうちに、俺の中で何かが切り替わった。自分でも気持ちが悪いくらいはっきりと。工場の作業台が消えて、蛍光灯の音が消えて、目の前に腹の中の絵だけが立ち上がった。腫瘍は胆管の合流部にある。左右に少しずつ入り込んでいて、右の方が深い。だから右の肝臓を大きく取ることになる。残るのは左だけだ。残る肝臓の量が足りない。一つ目の病院はそこで止まった。二つ目は門脈を先に詰めて、残す側の肝臓を太らせてから切るという方法を検討していた。だが今度は門脈への浸潤が疑われた。血管に食い込んでいるなら、切っても取りきれない。三つ目はその両方を見て、これ以上は難しいと判断した。どの判断も正しい。俺が同じ立場でも、多分同じことを言う。それでも俺はページをめくる手を止められなかった。
正しい判断を並べても、人は助からない。それはあの秋に俺が学んだことだ。正しさは人を救わない。救うのは、正しさの外側に一つだけ残っている道を見つけることだ。
俺は最初のページに戻って、もう一度読み直した。数字を追った。日付を追った。誰がいつ何をしたかを、時間の順に紙の上に書き出した。工場で不良の原因を探す時と同じやり方だ。工程を順番に並べて、どこで狂ったかを探す。そのうち、一つだけ引っかかるものが出てきた。
俺は三枚目の画像に戻った。三つ目の病院で取った胆道の造影だった。管を入れて造影剤を流して、胆管の形を映した写真だ。七月の末に撮られている。そこで手が止まった。右の後ろ側の胆管が映っていない。正確に言えば、細く途切れたところで消えている。普通ならその先が映る。映らないということは、詰まっているか造影剤が入っていないかのどちらかだ。レポートには「右の後ろ側の胆管はよく映っていない」と書いてある。「腫瘍による閉塞の可能性」と続いていた。
俺はその一文を何度も読んだ。それから日付を見た。この造影を取ったのは、管を入れてから四日目だった。造影剤は入れた管から流している。俺は椅子の背もたれに体を預けた。管がどこに入っているかで、映る枝が変わる。この人の管は左に入っている。右の後ろ側の枝に造影剤が回っていないだけなら、映らないのは詰まっているからではない。
そしてもう一つ。管を入れる前の写真はどこへ行った?詰まったまま胆管が張っていたあの時期のものなら、走り方が読めるはずだ。管を入れて胆管を抜けば、胆管はしぼむ。しぼんでからではもう読めない。
もう一つあった。俺は左の胆管の形を見ていた。合流の角度が普通と違う。胆管の走り方には人によって違いがある。教科書通りの形の人は、三人に二人くらいしかいない。右の後ろ側の枝が、右ではなく左の胆管に合流している人がいる。配管で言えば、右の塔から出た枝が右の本管ではなく左の本管につながっている家がある。そういう作りだ。もしこの人がその形なら、読み方が変わる。教科書通りの形を前提に読むと、左の胆管の根元まで腫瘍が来ているように見える。左が使えないなら、どこも切れない。だが、そうではなくて、犯されているのが左に曲がり込んでいる右の枝の、その付け根までだとしたら、左の本管は無事だ。切る線が引ける。
ただし、残せると言っても、一本のまま残るわけではない。腫瘍のある合流部で切れば、その先は左の肝臓の中で三本に分かれる。腸につなぐ口が三つになるということだ。門脈に見えている影も、腫瘍そのものではなくて、その周りの炎症かもしれない。
俺は自分の手が震えているのに気づいた。そこから先は、自分でも止められなかった。俺は工場の裏の倉庫へ走った。棚の一番上に、うちが過去に納めた製品の見本が並んでいる。その中から霧島メディカルの千二百六十番の縫合機を引っ張り出した。首の長さ、曲がり、先端の噛み合わせ。その場所でつなぐとなると、胆管は二ミリ前後だ。それを何本も腸につなぐ。手元の視野は深くて狭い。既製品の道具では首が太い。角度が固定されている。真上からしか入れない。
俺は引き出しを開けた。図面の束を机の上に全部出した。一枚ずつめくった。首を太くしたもの。角度を変えたもの。先端を細くしたもの。関節を一段増やしたもの。どれも失敗している。失敗した理由を、俺は全部余白に書いている。三十枚を数えた辺りで手が止まった。去年の冬に引いた図面だった。首を二十二ミリ伸ばして、握りの軸を十四度起こしてある。先端は幅一・二ミリまで落としてある。
俺はこの図面の通り削った作品を持っている。作ったが使い道がないから、工具箱の底に入れっぱなしになっている。俺はそれを取り出した。工具箱の底で長いこと油と埃をかぶっていた。布で拭くと、鈍い光が戻ってきた。手に持って、指の腹で先端をなぞり、目を閉じて腹の中の絵をもう一度立ち上げた。肝門部。深さ。角度。糸をかける方向。右の肝臓を落とす。残るのは左。断面に開く胆管は、この人の走り方なら三本。一本目は浅い。二本目は入る。三本目。一番奥。真上からは入らない。斜めに深く。
俺は手の中の道具をその角度に傾けてみた。
届く。
俺の口から声が漏れた。自分でも情けないくらいかすれた声だった。その瞬間、ずっと硬かった何かが体の真ん中で音を立てて外れた。
俺は携帯を握っていた。夜の十一時を過ぎていた。それでも彼女は二度目のコールで出た。
「宮永さん」
「取り直してください」
「え?」
「右の後ろ側にもう一本、管を入れてもらえませんか?ビリルビンが下がりきらないのは、左の一本だけでは足りていないからだと思います。右にも入れば数字は下がるし、その管から造影剤を流せば、映っていない枝が映ります。それと、管を入れる前に撮った写真が残っていないか聞いてください。胆管を抜く前なら胆管が張っているので、走り方が読めます。難しければ、管から造影剤を入れた状態で断層写真を薄い切り方で撮って、三次元に組んでもらってください」
俺は自分が何を言っているのか分かっていなかった。分かっていたが、止まらなかった。
「宮永さん、右の後ろ側の枝の走り方が分かれば、切除線も変わるかもしれない。門脈の影も、腫瘍じゃない可能性がある。ただし可能性です。取っても何も変わらないかもしれない。それでも」
「宮永さん」
「はい」
「泣いていますか?」
俺は自分の顔を触った。濡れていた。
「すみません」
「謝らないでください」
電話の向こうで、彼女が息を吸う音がした。
「泣いているのは、私も同じです」
俺はしばらく何も言えなかった。工場の蛍光灯があの夜と同じ音で、チリチリと鳴っていた。
「宮永さん、今の話、そのまま主治医の先生に伝えていいですか?」
「伝えてください」
「ただ」
「ただ?」
「俺の名前は出さないでください」
「なぜ?」
「俺は外科医じゃありません」
電話の向こうが静かになった。
「読んだだけです。それ以上のことは、俺にはできません。約束したはずです」
「はい」
「では」
「宮永さん」
「はい」
「ありがとうございます」
俺は電話を切った。机の上には六年分の図面が広がったままだ。俺はそれを片付けずに、椅子に座ったまま朝まで動かなかった。
その週の金曜、取り直しが行われた。土曜の朝、彼女から連絡が来た。文面は短かった。「右の後ろ側の胆管は、左側の胆管に合流していました。門脈のところも、腫瘍ではなく炎症の可能性が高いと言われました」
俺は工場の駐車場でその文字を読んだ。読んで、しばらく空を見ていた。助かるかもしれないと思った。そう思った次の瞬間、もう一つの声が体の奥から上がってきた。
じゃあ、誰が切るんだ?
九月に入った。取り直した画像を見た三つ目の病院は判断を変えた。切除できる可能性があるという方向へ動いた。ただし、自分のところで手術するという医者は現れなかった。可能性を認めることと、引き受けることは別の話だ。彼女からの連絡でそれを知った。
俺はほっとした。心からほっとした。これで俺の役目は終わりだ。読んで気づいて伝えた。あとは専門の医師がやればいい。俺はまた月曜から機械の前に立てばいい。そう思っていた。
九月の三週目の木曜、桑田の先生から電話がかかってきた。
「宮永か」
「先生」
「霧島社長の娘さんが、うちに紹介を持ってきた」
「うち」というのは、東医科大学付属病院のことだ。俺が辞めるまでいた病院で、桑田の先生が長い間教授をやっていたところだ。先生は今、顧問という肩書きで週に二日だけ出ている。
「そうですか」
「お前が読んだんだってな」
「先生、俺の名前は出さない約束のはずです」
「主治医には出しとらん。娘さんは最後までお前の名前を言わなんだ。当てたのは俺だ。管がどっちに入っとるかまで見る人間が、そう何人もおらんのでな」
「読んだだけです」
「管の入っとる側を見たのはお前か」
「はい」
「六年鈍ってないな」
「先生、俺は関係ありません」
「そうか」
先生は少し黙ってから言った。
「うちで引き受けることになった。切るのは朝倉だ」
「朝倉?」
「朝倉一。お前の四歳下の後輩だ。俺が辞めた時、まだ三十二歳だった。真面目で手が丁寧で、術後の管理が誰よりも細かかった。夜中に何度も病棟を見に行くので、看護師から煙たがられていたような男だ」
「朝倉なら大丈夫です」
「そう思うか?」
「思います。あいつは俺より丁寧です」
「そうだな」
先生はそれで電話を切った。その週の土曜、俺は久しぶりによく眠れた。
朝倉から連絡が来たのは、その四日後だった。会ったのは工場の近くの喫茶店だった。窓際の席で待っていた朝倉は、六年前より少し太っていて、髪に白いものが混じっていた。三十八歳になっているはずだ。
「お久しぶりです」
「久しぶりだな」
「痩せましたね」
「動いてるからな」
朝倉がコーヒーに手をつけずに、鞄からファイルを出した。図面のコピーだった。俺が去年の冬に引いた図面だ。首を二十二ミリ伸ばして、握りの軸を十四度起こしたやつ。俺は自分の顔から血が引くのが分かった。
「どこで」
「霧島さんが持ってきました。工場長が。工場長さんに頼んで、コピーを取らせてもらったそうです」
俺はテーブルの下で拳を握った。
「怒らないでください。あの人、僕の外来に三回来ました。三回とも、患者の家族としてではなく、開発の人間としてです」
「宮永先生、この図面、僕が見てもよく分かりません。でも、術野に入れた時の角度を計算した図が横についていました。あれを見て、背中が寒くなりました」
朝倉はコーヒーをようやく一口飲んだ。
「僕は今、肝臓と胆道の手術を月に三件か四件、年間で四十件ほどやっています。そのうち肝門部の胆道癌は年に五件か六件です。だから分かるんです」
「何が?」
「この器具がないと、僕は霧島社長を切れません」
俺は黙った。
「胆管が三本残ります。走り方が普通と違うので、腸につなぐ場所が深い。今うちにある縫合機では、一番奥の一本に多分届きません。届いても、糸がかけられません。無理をすれば入る。無理をした先生を、僕は六年前に見ています」
言葉が刺さった。
「あの日、僕は第二助手でした」
俺は顔を上げた。
「成田さんの手術です。僕は先生の右斜め後ろにいました」
覚えていなかった。あの日誰が入っていたかを、俺は本当に覚えていない。
「出血が始まってから、先生は三回器具を持ち替えました。僕はそれを見ていました。持ち替えるたびに、先生が何を探しているのか分かりました。あの角度に入る道具を探していたんですよね。なかったんです」
俺はカップの中を見ていた。
「あの日、術野には七種類の縫合機と鉗子が出ていました。僕が数えました。どれも入らなかった。先生の手が悪かったんじゃない。そう思っていました。思っていたというのは、今もそう思っています。でも先生に言ったことはありません」
「なぜ?」
「言っても、先生は信じなかったからです」
俺は返せなかった。多分その通りだ。彼は図面をファイルに戻した。
「霧島さんは、この器具を作りたいと言っています」
「作れるのか?」
「作れます。霧島さんの受け売りですが、手術で使う金属の器具は一般医療機器といって、国の審査がいらない区分だそうです。要は、作る資格のある会社が書類を出せば世に出せるということです。その資格を霧島メディカルは持っています。この形は今ある縫合機の枠に収まるので、届け出で済む。外れていたら数ヶ月かかったとも言っていました。工場は大森精密さんも医療機器の製造業の登録があるそうですね。ただ、部品を作るのと完成品を出すのは別だと聞きました。最後の組み立てと検査は霧島の工場でやるそうです。時間は、霧島さんは四週間でやると言っています」
「無理だ」
「僕もそう言いました。設計の記録を残して、検証して、届け出て、それから作る。しかも新しい形だ。四週間で取るわけがない。あの人はこう言いました。『無理かどうかは私が決めます』と」
俺はカップの取っ手を握ったまま、その一言を頭の中で二度繰り返した。
「それで、ここからが本題です」
彼はまっすぐに俺を見た。
「先生、この器具を使って一番奥の一本を縫えるのは、多分先生だけです」
「何を言ってるんだ?」
「六年間、その角度だけを考えて図面を引き続けた人が、その道具を一番分かっているに決まっています」
「俺は六年、腹を開けてない」
「知っています。腕は落ちる。判断も遅れる。知っています」
「だったら」
「だから、僕は反対です」
俺は言葉を止めた。朝倉は俺の顔を見て、それからテーブルの上で両手を組んだ。
「先生、僕は本当は先生に戻ってきて欲しくはありません。あの夜の後、先生は三ヶ月病棟にいましたよね。僕はその三ヶ月の先生を見ています。カルテの前で三十分動かない日がありました。手洗いの前で水を出したまま立っている日がありました」
それは覚えていなかった。
「僕はあれをもう一度見たくないんです」
彼の声が少し震えていた。
「もし今度うまくいかなかったら、先生は今度こそ壊れます。工場の仕事すらできなくなる。僕はそう思っています」
俺は伝票の方へ手を伸ばしかけて、やめた。
「朝倉」
「はい」
「だから僕が切ります。器具が間に合ったら、僕が最善を尽くします。届かなかったら、届く範囲で最善のものを作ります。それでいいはずです」
俺は何も答えなかった。
「先生、もう関わらないでください。これは僕の勝手なお願いです」
そう言って、朝倉は喫茶店を出ていった。俺はしばらく席から動けなかった。冷めたコーヒーを飲みながら、俺は自分に言い聞かせるように壁を数えた。
一つ。俺には所属がない。医師の免許はあっても、病院に席がなければ手術室に入れない。人の腹を開けるというのは、個人の技量の話ではなくて、病院という組織が責任を引き受ける話だ。
二つ。六年のブランクがある。手が動くかどうかは、やってみなければ分からない。動かなかった時に困るのは俺ではない。台の上の人だ。
三つ。道具がない。図面はある。作品もある。だが人の体に入れていいものは、正規に届け出て作られたものだけだ。俺が夜中に自分の金で削った棒は、どこまで行っても私物に過ぎない。
四つ目は数えたくなかった。四つ目は、俺が怖いということだった。
その夜、俺は工場に戻ってシャッターを開けた。誰もいない工場で、電気もつけずに自分の机の前に座った。引き出しの中の図面の束に手を置いた。朝倉の言う通りだ。俺はもう関わるべきではない。そう思っているのに、頭の中では別のことが動いていた。一番奥の一本。深さ。角度。糸をかける方向。先端の幅。関節の型。
俺は明かりをつけて、図面を一枚引き出した。鉛筆を持った手が、勝手に線を引き始めていた。
翌朝、工場長が俺の机を見た。夜のうちに引いた図面が広げっぱなしになっていた。俺は片付ける前に機械の点検に出ていた。昼になって、工場長が俺を呼んだ。事務所の奥の、机が二つ並んでいるだけの部屋だ。
「座れ」
俺は座った。
「霧島社長の娘さんが先週来た。お前が材料を取りに出てた日にな」
「聞いています」
「図面のコピーを取らせてくれと言われた。俺が許した」
「工場長、怒るか?」
「いえ」
「怒っていいぞ」
俺は膝の上で手を組んだ。
「宮永がな、俺はお前が何を引いてるのか、最初の年から知ってた」
俺は顔を上げた。
「最初の年の冬だ。お前が帰った。机の上に紙が置きっぱなしになってた。見えた?縫合機だった。首が長かった。何のためかは分からんかった」
工場長は湯飲みを持ったまま窓の方を見ていた。
「翌年また見た。角度が変わってた。その次の年も見た。先端が細くなってた」
「毎年見てたんですか?」
「見てた」
「なぜ何も言わなかったんですか?」
「言うことがなかったからだ」
工場長は湯飲みを机に戻した。
「うちみたいな工場はな、もらった図面を削るのが仕事だ。自分で図面を引く人間はいらん。いらんが、いい。お前が何を背負っているかは知らん。聞く気もない。ただ、六年も同じ場所の線を引き直す人間は、そうそういるもんじゃない」
俺は下を向いた。
「うちの親父もな、同じことをやってた」
「先代ですか?」
「うん。夜になると一人で残って、誰にも頼まれてない部品を削ってた。俺が若い頃、それをバカだと思ってた」
工場長は正面の背板を指でなぞった。
「親父が死んだ後、机の引き出しから図面が出てきた。何十枚もな。うちじゃ作れんもんばっかりだった」
彼は少し笑った。
「あれを見た時、俺は思ったんだ。ああ、この人はずっと何かに腹を立ててたんだなあと。腹の立つものにだ」
俺は顔を上げた。
「作る側の人間ってのはな、世の中にないものを見ると腹が立つんだ。なんで無いんだと。誰も作らねえなら、俺が作るしかねえだろと」
彼は俺の方を見なかった。
「お前もそれだ」
俺は返す言葉がなかった。工場長は湯飲みを持ち上げて、中が空なのに気づいてまた置いた。
「宮永が、話があるが」
「はい」
「電気代置いてけって言ったろ」
「はい」
「あれ、一度ももらってないぞ」
「え?」
「お前が封筒を置いていくのは知ってた。中身は、かなの学費にと別に積んどいた」
俺は口を開けたまま工場長を見た。
「あいつ、来年から夜間の学校に行きたいと言い出してな。金がないと言うから」
「工場長、文句あるか?」
「ありません」
「じゃあいい」
工場長は立ち上がって、部屋を出る前に一度だけ振り返った。
「宮永が、うちの工場はな、削るのが仕事だ。誰が使うかは知らん。使うやつの顔も知らんだがな。使うやつの顔を知ってる職人が、一人くらいおっても当たらんだろ」
俺は返事ができなかった。
その日の午後、かなちゃんが俺のところへ来た。
「宮永さん、あの、変なこと聞いていいですか?」
「なんだ?」
「霧島さんのお父さんって、病気なんですか?」
俺は手を止めた。
「その話、どこで聞いた?」
「霧島さんが前に裏で電話してるのを聞いちゃって」
「そうか」
かなちゃんは自分の指先を見ていた。爪が短く切ってある。うちの工場で働く人間はみんな爪が短い。
「宮永さん、私、前に言いましたよね。自分が磨いたやつがどこへ行くのか分からないって。あれ、嘘なんです」
「嘘?」
「本当は、考えたことがなかっただけです」
彼女は俺の作業台の上のトレーを見た。
「考えない方が楽だから。人の体に入るって思ったら、手が震えるじゃないですか。でも最近、考えるようになりました。霧島さんがいつも私の磨いたやつをじっと見てるから。あの人、絶対に触らないんですよ。素手だと油がつくって知ってるから。だから見るだけ。ごく真剣に」
彼女は少し笑った。
「あんな風に見られたら、いい加減にできないっすよね」
俺は頷くことしかできなかった。
「宮永さん」
「なんだ?」
「もし私の磨いたやつで誰かが助かったら、私、それ知れますか?」
俺は手を止めた。
「多分、知れない」
「そうですよね」
「うちは箱に詰めて出荷するところまでだ。その先は分からない」
「じゃあ、なんで宮永さんはそんなに丁寧に磨くんですか?」
俺は答えを探した。俺はこの問いに、自分で答えないようにして生きてきた。答えたら、自分がまだ医療の側にいたいと思っていることを認めることになるからだ。でもその日、俺は答えた。
「知れないからだよ」
「え?」
「誰の体に入るか分からない。だから、誰が触っても大丈夫なようにしておくしかない」
彼女は少しの間黙ってから、頷いた。
「私、それ覚えときます」
十月十七日が来た。俺は工場を休んで、郊外の霊園へ行った。六回目の日だった。石の前に成田舞さんが立っていた。手に花の袋を下げている。今年で三十歳になるはずだ。
「宮永さん、お久しぶりです」
「今年もお会いしましたね」
俺たちはいつものように線香を上げた。天気の話をした。今年は十月なのに暑いという話をした。帰り道、駅までの並木道を並んで歩いた。いつもは別々に帰る。その日は、彼女の方から「途中まで一緒に行きませんか」と言った。しばらく黙って歩いてから、彼女が言った。
「宮永さん、私、去年から病院で働いているんです」
「病院?」
「医事という部署で、医療費の請求書を作っています」
「そうか」
彼女は前を見たまま歩いていた。
「毎日病院にいると分かることがあって。患者さんって、みんなすごく疲れてるんですね。夜中に呼ばれて朝まで手術して、その後、普通に外来をやってる先生がいます。私、最初は信じられなかった」
「昔からそうです」
「宮永さんも、そうだったんですよね」
「そうですね」
彼女は立ち止まった。
「宮永さん、ずっと聞きたかったことがあります」
俺も足を止めた。
「あの日、先生は九時間、父のお腹の中にいたんですよね」
「はい」
「その九時間、先生はずっと父を助けようとしていたんですか?」
俺は答えられなかった。喉の奥が詰まった。
「答えなくていいです」
彼女は袋の持ち手を握り直した。
「私、あの日先生に聞きましたよね。『父は痛くなかったですか』って」
「覚えています」
「あれ、ずっと後悔してるんです。なぜって、先生を責めたかったんじゃないんです。ただ、あの時私、二十四歳で、何を聞けばいいのか分からなくって」
彼女の声が震えた。
「本当に聞きたかったのは、そんなことじゃなかった」
「何だったんですか?」
彼女は俺の顔を見た。
「先生、大丈夫ですか?って」
俺の視界が歪んだ。
「あの日の先生、真っ白だったんです。顔が。手が震えていました。私、それを見てたのに、聞けなかった」
そんなことを、俺に。六年遅れで。彼女は袋を持ち直して、まっすぐに立った。
「宮永さん、大丈夫ですか?」
俺はその場から動けなかった。並木の葉が風で鳴っていた。遠くで電車の音がした。俺は六年ぶりに、人の前で声を出して泣いた。彼女は何も言わずに待っていた。しばらくして、俺は言った。
「成田さん」
「はい」
「俺は六年間、道具の図面を引いていました」
「道具?」
「あの日届かなかった場所に届く道具です」
彼女は目を見開いた。
「三十本以上作りました。全部失敗しています。使う当てもありません。馬鹿げてると思いますか?」
彼女はしばらく黙っていた。それから、こう言った。
「父は、それを聞いたら何て言うと思いますか?」
「分かりません」
「うちの父、職人だったんです」
「そうでしたか」
「だから私、分かる気がします」
彼女は笑った。今度は泣きそうな笑い方だった。
「『道具が悪いなら、道具を直せ』っていう人でした」
俺は空を見上げた。十月の空が高かった。
「宮永さん、その道具、誰かに使ってもらってください。そのために六年かけたんでしょ」
彼女は駅の改札で頭を下げて、人混みの中へ消えていった。俺はホームのベンチに座って、電車を何本か見送った。頭の中で朝倉の言葉が回っていた。「この器具を使って一番奥の一本を縫えるのは、多分先生だけです」。誰かに使ってもらってくださいと成田さんは言った。だが、その道具を使える誰かを、俺は自分以外に知らなかった。
また誰かを死なせるかもしれない。その怖さは消えなかった。それでも、この六年で初めて、逃げる以外の道が体の中に立ち上がっていた。それから携帯を出して、霧島立に電話をかけた。何を言うつもりなのか、自分でもまだ分かっていなかった。ただ、あの人の顔を見て話さなければならないということだけが分かっていた。
彼女が指定したのは、霧島メディカルの本社だった。彼女に時間を取ってもらえたのは、その週の金曜だった。品川の裏手にある十階建てのビルで、正面に会社の名前が入っている。俺は工場から直行したので、作業着のままだった。受付で名前を言うと、彼女が自分で降りてきて、六階の開発室へ通された。
壁一面の棚に、製品の入った箱がずらりと並んでいた。金属の匂いがした。工場と同じ匂いだ。
「ここが私の職場です」
「思ったより工場に近いですね」
「そう言われると嬉しいです」
彼女は一番奥の机に俺を案内した。机の上には白い紙が敷いてあって、その上に何も置かれていない。何かを置くために開けてある机だった。
「電話で話があると言いましたね」
「はい」
「その前に、私から話してもいいですか?」
俺は頷いた。彼女は引き出しから茶色い封筒を出した。角がすり切れている。何度も開け閉めした封筒だ。
「母が亡くなった後、祖父が病院から受け取ったものです」
彼女は中身を机の上に並べた。十五年前の日付の入った病院の書類と、古い診断書。それから細かい字がびっしり並んだコピーの束。
「事故の後、母方の祖父が病院に説明を求めました。母が亡くなって、私が生き残った。祖父はどうしても納得できなかったんだと思います。病院は資料を出してくれました。これがその写しです」
彼女はコピーの束の中から一枚を抜いて、俺の方へ滑らせた。俺はそれを見た。手術の記録だった。時刻が並んでいる。処置の内容が並んでいる。名前の欄は全て黒く塗りつぶされていた。そして真ん中あたりに、一行だけ。
「術中、鉗子の先端が破損。破片は術者が手で回収し、器具の数の確認を完了。術中の連続透視で金属が残っていないことを確認」
俺は自分の左手を握った。彼女は紙の上に指を置いた。
「名前も顔も知らなかったのは、先ほどお話した通りです。私が覚えているのは、目を覚ました時に見えた血の滲んだ左手と、人差し指の腹の傷だけでした」
「それだけで探したんですか?」
「それだけでした」
彼女は手帳を開いた。
「もう一つあります。これは祖父がもらった資料には入っていません。私が開発の仕事に入ってから、当時の器具の記録を辿って、病院の医療安全の部署に問い合わせて、やっと一つだけ教えてもらったものです」
手帳のページに書き写した一文があった。
「術者、左の示指を挫創。手袋の破損あり。止血の操作を続けるため、術中の手袋交換は行わず」
それだけです。名前は教えてもらえませんでした。俺は自分の左手を握り直した。
「示指というのは、人差し指のことですね」
「そうです」
「人差し指をお医者さんが何と呼ぶのか。それだけは、中学三年の時に調べてありました」
彼女はさらにもう一枚を出した。報告書のような書類の紙だった。品名と製造販売者の名前と製造番号が書いてある。
「破損した鉗子の記録です。病院からもらったものではありません。当時、病院からうちの会社に不具合の連絡が入っていて、その記録が会社に残っていたんです」
俺はその紙を見た。製造販売業者の欄に「霧島メディカル株式会社」と書いてあった。俺の指が止まった。
「はい。うちの製品です。十五年前、私の体の中で折れたのは、父の会社が作った鉗子でした」
俺は言葉が出なかった。
「病院の方は、高校生の時に一度行きました。医師の名前が変わっていて、当時の科の先生は一人も残っていませんでした。祖父に説明したのは、事務の方と当時の部長だったという先生でした。執刀した先生は、その場にいませんでした」
彼女は一度言葉を切った。
「大学を出て開発本部に入った時、私が最初にやったのは、この事故で折れた器具の記録を探すことでした。保存の年限はとっくに過ぎていたのに、うちは古い台帳を捨てない会社なんです。当時の製造記録が残っていました。先端の部分をどこが削っていたかも、記録に残っていました」
彼女は俺の顔を見た。
「大森です。十五年前ですから、削ったのは工場長さんか、その前の代の方だと思います」
工場の名前がこの部屋で響いた。
「それから私は、大森の担当にしてほしいと言い続けました。仕事としてです。取引としてです。誰にも本当の理由は言っていません。本当の理由というのは、あの鉗子がどこで、どんな人の手で作られているのか。それを自分の目で見ないと、開発なんてやる資格がないと思ったんです」
「何年ですか?」
「五年です。初めの三年は前任者が担当で、私は報告書を読んでいただけでした。自分の足で通い始めて二年です」
俺は椅子の背に体を預けた。五年。俺があの工場で機械を回していた六年のうち、五年。そのうち二年は、彼女が自分の足で同じ工場に通っていた。それでも俺は彼女の顔を知らなかった。打ち合わせは事務所でやる。作業中の俺は機械の方しか見ていない。彼女の方も同じだったはずだ。保護帽とマスクで俺の顔は半分隠れているし、手はいつも手袋の中だ。素顔になるのは、朝一番に品物を確かめる時と、最後のすり合わせの時だけ。どちらも客の来る時間ではなかった。
「今年のある日、千二百六十の手直しの公差の話をしていた時、工場長さんが言いました。『うちのすり合わせは素人仕事じゃない。宮永は昔、人の腹を触っていた男でな。桑田の先生っていう偉い人が未だに気をかけて電話をよこす』と」
工場長が多分、自慢だったんだと思います。俺は下を向いた。
「私はその場で何も言いませんでした。帰りの車の中で手が震えて、運転できなくなって、コインパーキングに三十分入っていました」
「それから桑田の先生に連絡を取りました。あなたの恩師だと聞いていたので」
俺は顔を上げた。
「桑田の先生には、なんと名前だけは伝えました。理由は、私が探している人がいるからと。確か先生は、何も聞かずに『分かった』とだけ」
桑田の先生らしいと思った。
「会えば分かると思っていました。でも実際にあなたが座っているのを見た時、私は自信をなくしました」
「なぜ?」
「あまりに普通の人だったからです」
「工場で声をかければよかったのに」
「工場では、あなたはいつも機械の方を見ています。正面から座って、あなたが箸を取るところを見られる場所が必要でした」
俺は少し笑った。
「作業着じゃなくてスーツで、靴のつま先が硬くなっていて、緊張していて、早く帰りたそうにしていて。この人が本当にあの夜の医者なんだろうかと」
「実際そうです。俺はもう医者じゃない」
「その手を見るまでは、私もそう思いました」
彼女は封筒をもう一度机の上に置いた。
「宮永さん、ここからは別のお話です」
彼女は棚の方へ歩いていって、分厚いファイルを二冊持って戻ってきた。表紙に手書きで年が書いてある。
「これは何だと思いますか?」
「分かりません」
「六年前に国内で売られていた、手術用の縫合機のカタログです。全社分あります」
俺は息を止めた。彼女はファイルを開いた。付箋がびっしり貼ってある。ページの余白に数字が書き込まれている。
「三百六十三本ありました」
「何を調べたんですか?」
「あなたが医者を辞めた年に、あの場所に届く道具があったかどうかです」
「いつ調べたんですか?」
「数え始めたのは去年です。あなたのためではありません。うちの製品も他社の製品も、あの深さに届くものが一つもないと分かっていて、誰もそれを問題にしなかった。それが許せなかっただけです」
「六年前のカタログを揃え直したのは、あなたの名前を聞いた今年の春からです」
彼女はファイルの背に手を置いた。
「あなたの図面の数字と付き合わせたのは、先月です」
俺は彼女の顔を見た。
「あなたが何を悔んでいるのか、詳しいことは知りません。患者さんの記録は私には見られませんし、見るべきでもありません。だから私は、器具の側だけを調べました」
彼女はファイルのページをめくった。
「肝門部の一番深いところ。あの角度、あの深さ、あの太さの胆管に糸をかける。三百六十三本のうち、入るものは一本もありませんでした」
部屋が静かになった。
「近いものは三本ありました。でも一番惜しい一本は、うちの千二百六十でした。それでも首が二十二ミリ足りません。握りの軸が十四度寝ています。あなたが去年の冬に引いた図面は、その一本に二十二ミリと十四度を足したものでした。別々の場所で、同じ数字にたどり着いていたんです」
俺の目の奥が熱くなった。
「宮永さん」
「はい」
「あなたの手が届かなかったんじゃありません」
彼女はファイルを閉じた。
「届く道具は、あの日この世になかったんです」
俺は口を押えた。六年だった。誰も俺を責めなかった。「仕方がなかった」と言われた。「難しい症例だった」と言われた。そのどれも、俺には受け取れなかった。慰めだと思っていたからだ。優しさだと思っていたからだ。でもこの人が今言ったことは、慰めではなかった。三百六十三本を一本ずつめくって、寸法を一つずつ書き出して、俺の図面の数字と付き合わせた人間の言葉だった。
俺は自分の顔を両手で覆った。声をあげないようにしたが、うまくいかなかった。彼女は随分長い間、何も言わずに待っていた。やがて俺は顔を上げた。
「立さん」
「はい」
「あなたはこの六年、俺を許すために調べたんですか?」
彼女は首を振った。
「違います」
「では」
「私はただ、道具が足りないせいで人が死ぬのが許せなかっただけです」
彼女の言葉に初めて熱がこもった。
「父の会社は、道具を作る会社です。父はいつも言っていました。『うちが一ミリサボれば、どこかで誰かの手が届かなくなる』と。私はその言葉が嫌いでした。子供の頃は、会社のことばかりで家に帰ってこない父の言い訳に聞こえたので」
彼女は少し笑った。
「でも、私の体の中で折れたのが父の会社の鉗子だったと知ってから、意味が変わりました」
俺は彼女の顔を見ていた。
「あの鉗子は折れました。折れたけれど、あなたはその破片を全部拾って、指を切りながら私の血を止めた。道具は人を裏切ります。それでもあなたは指を離しませんでした。だから私は、その人が二度と足りない道具の前で立ち尽くさないように、道具の方を作りたいんです」
彼女は白い机を見ていた。何かを置くために開けてある机だ。そして俺は言った。
「俺に切らせてください」
彼女の肩が動いた。
「あなたのお父さんの手術です。俺が執刀します」
「理由を聞いてもいいですか?」
「一つは、その道具を一番分かっているのが俺だからです。もう一つ、逃げずに向き合いたいからです」
彼女は口を開きかけて、閉じた。それからもう一度開いた。
「それは、私が言った言葉ですね」
「借りました」
「返さなくて結構です」
彼女は封筒を胸に抱えたまま、深く息をついた。瞬きが増えていた。そして鞄から紙を出した。折り目のついた婚姻届けだった。
「では、サインを」
俺は首を振った。
「なぜですか?」
「今はできません」
彼女の顔が硬くなった。
「逃げるんですか?」
「逃げません」
俺は椅子に座り直して、彼女の目を見た。
「家族の手術を執刀することは、禁止されているわけじゃありません。でも避けるべきだとされています。判断が鈍るからです。切るか切らないか。どこで止めるか。あと一時間続けるか、閉じるか。手術中はそういう判断の連続です。そこに情が入ると、人は間違えます」
「あなたは間違えませんよ」
「間違えます」
俺ははっきりと言った。
「六年前は、間違えないつもりでいました」
彼女は黙った。
「俺はあなたのお父さんの手術に、担当として入ります。婚約者としてではありません。その紙は、手術が終わってからにさせてください」
彼女はしばらく、その紙の折り目を指でなぞっていた。それから丁寧に四つに折って、鞄に戻した。
「分かりました。ありがとうございます」
「ただし」
彼女は顔を上げた。
「終わったら、必ず出します」
「はい」
「逃げたら、追いかけます」
「知っています」
彼女はそこで初めて、はっきりと笑った。
そこからの一ヶ月を、俺は一生忘れないと思う。まず器具だった。俺が決めるより前から、それはもう動き始めていた。霧島メディカルの開発室に俺の図面が持ち込まれ、設計として書き直された。彼女の部下が三人いた。寸法の一つ一つに根拠を書き、材料の規格を決め、試験の方法を決めた。器具が形になるまでの間、俺は毎晩、工場が終わってから品川へ行った。医療機器の製造には手順がある。誰がどこまでやるかを、記録で残さなければならない。彼女はそこを一ミリも省かなかった。
削ったものは一度外へ出して、焼きを入れる。焼いたままでは硬いだけでもろいから。その後、戻しの熱を入れて粘りを持たせる。硬さと粘りの折り合いをどこで取るか。折れる道具にだけは、絶対にしたくなかった。焼きが入ると寸法が動くから、戻ってきてからもう一度研ぎ、最後にコーティングをつけて表面に薄い膜を作る。これをやらないと、何度も高圧の蒸気にかけているうちに、いつか錆びる。人の体に入る道具は、錆びてからでは遅い。首の付け根には型番と製造の番号が小さく入る。どの材料の、どの日の、誰の手を通ったものか、その数字だけで全部たどれる。彼女はその工程の一つ一つに、日付と担当者の名前を書かせた。
「間に合わせるために手順を飛ばしたら、それは私たちが一番嫌っているものになります」
「その通りです」
「なので、寝ません」
「寝てください」
工場でも同じことが起きていた。先端の噛み合わせの目を入れたのは、豊島さんだった。彼はこの仕事の話を聞いた時、何も言わずに図面を受け取って、それから三日間、ほとんど口を聞かなかった。四日目の朝、俺の机に部品を置いて、こう言った。
「宮永さん、公差の下いっぱいまで寄せといた。〇・〇二ミリだ」
「なぜですか?」
「あんたの頭、閉じた時に先が浮くだろ。千二百六十と同じ癖だ」
俺は部品を明るいところへ持っていった。閉じた。浮かなかった。
「豊島さん、言うな」
「恥ずかしい」
その夜、俺は図面のその一箇所の寸法を書き直した。翌日、設計変更の紙を一枚起こして、日付と「現場提案」という理由を書かせた。事情は工場長が全員に話した。誰の、何のために作るのかを隠したまま作らせるわけにはいかないと言った。
磨きは、かなちゃんがやった。彼女は仕上げの担当ではない。本来なら俺か工場長がやる工程だ。だが彼女は自分から手を上げた。
「私にやらせてください」
「お前、この仕事の意味は分かってんのか?」
「分かってます」
「言ってみろ」
「人の体に入るんですよね」
「そうだ」
「じゃあ、絶対に手を抜きません」
工場長は何も言わずに、研磨機の前を開けた。その代わり、その日のうちに教育の記録を一枚作り、かなちゃんの名前の横に自分の判をした。検査は俺と工場長の二重にした。手を上げるのは一秒でも、手を上げた人間を工程に入れるには紙がいる。彼女は一本に三日かけた。予備を入れて三本。九日。全部彼女が磨いた。うちの工程では考えられない時間のかけ方だった。工場長はその時間を全部、工場の経費で落としたと、後でかなちゃんから聞いた。
出来上がったものを、俺は指の腹でなぞった。段差がなかった。俺はかなちゃんに言った。
「これ、誰が使うか知ってるか?」
「霧島さんのお父さんですよね」
「そうだ」
「知れないと言ったな」
「今日は知れました」
そう言ってから、彼女は頷いた。
「なら、大丈夫です。絶対に」
彼女は自分の手を見て笑った。
「私、この九日で、人生で一番真剣に物を触りました」
器具の届け出が受理されたのは、十月の終わりだった。病院の購買を通して三本が納品された。工場から出た品物が、伝票を一枚挟んで、俺の立つ手術室へと戻ってくる。
それより少し前、十月の半ばに、霧島教一さんの体の方も動いていた。右側の門脈を詰めて、残す左側の肝臓を太らせる処置をした。血流を止められていた側は縮み、残る側が三週間ほどかけて大きくなる。切っても足りるだけの肝臓を、あらかじめ育てておくための処置だ。
その三週間の間に、俺は病院へ戻った。東医科大学付属病院の非常勤医師として契約した。席がなければ手術室には入れない。その席を桑田の先生が作ってくれた。専門医の資格はとっくに切れていた。切れた資格で執刀することを禁じる規則はない。それでも桑田は条件をつけた。指導の資格を持つ朝倉が必ず一緒に入ること。もう一つ、患者と俺の関係を紙に書いて出すこと。それが俺を入れるための条件だった。
朝倉は最後まで反対した。会議の前の日、あいつは試作品を持って、病院のシミュレーターの部屋に来た。俺の図面を広げて、術野の模型に自分で入れてみていた。
「先生、あそこ、どこから入るんですか?」
「斜めに深く」
「見えません」
彼はそれきり黙って、器具を台に戻した。翌日の会議で、朝倉は最後にこう言ったらしい。
「反対ですが、器具を設計した人間を手術室に入れないという選択も、僕は取れません。ならば助手ではなく執刀にすべきです。中途半端が一番危ない」
その話を聞いた時、俺は自分の後輩が随分立派になったと思った。
工場長は俺の勤務を昼までにしてくれた。俺は手術の日まで、午後から毎日病院に通った。まずその日の手術に助手として入った。肝臓を切る手術に五件。胆嚢を執刀する手術だった。それで自分の状態が分かった。手はまだ動く。だが速さが落ちている。何より視野を作る癖が鈍っていた。夜はシミュレーターの部屋にこもった。試作の一本を持ち込んで、豚の肝臓の奥に糸をかける練習を何百回もやった。指の傷が痛んだ。冬が近づくといつも痛む古い傷が、その年は特にひどかった。
手術の前々日、俺は初めて霧島教一さんに会った。それまで会うのを避けていた。顔を知れば情が入る。まだどこかでそう思っていた。病室に入ると、痩せた男の人がベッドの上で本を読んでいた。六十三歳。黄疸はもう引いていた。それでも長い病気が肌に残っていて、色が沈んで見えた。背筋だけはまっすぐだった。娘さんによく似ていた。
「あんたが宮永先生か」
「宮です」
「うちの部品を削ってるんだってな」
「はい」
「千二百六十のすり合わせは、あんたか?」
俺は驚いた。
「なぜご存知なんですか?」
「娘から聞いたんじゃない。うちの工場の連中が前から言ってた。『大森精密さんのすり合わせは手が違う』と」
うまい返事が見つからなかった。
「俺は現場を離れて長いが、そういう話は覚えている」
そして彼は本を閉じた。
「先生、俺は娘から全部聞いた。十五年前、うちの鉗子が折れたことも、あんたが破片を拾ったことも」
彼は本の背を指でなぞった。
「あの事故の時、俺は海外の展示会にいてな。妻の死に目にも会えなかった。帰った時には、娘の手術も終わっとって、説明は部長だという先生から受けた。執刀した先生には、とうとう会えずじまいだ」
「娘は生きて帰ってきた。だが、その時娘の腹の中で折れたのがうちの製品だと知ったのは、ついに今年の春先だ。病気が見つかった時に、娘が話した」
「先生、俺はあんたに礼を言う資格が一番ない男だ」
「あれは道具のせいではありません。俺の使い方が悪かった」
そう言うと思った。彼は笑って、それから咳をした。
「先生、一つだけ聞きたい」
「はい」
「あんた、俺を娘の父親だと思って切るのか?」
俺は少し考えてから答えた。
「ええ」
「じゃあ、なんだ?」
「肝臓の入り口の胆管にできた癌。その患者さんとして切ります」
彼はしばらく俺の顔を見ていた。
「そうか」
「はい」
「そりゃいい」
彼は頷いた。
「情でメスを持たれちゃ、こっちがたまらん」
俺はその日、教一さんに手術の説明をした。何時間かかるか。どこを切るか。どこを残すか。血が出る可能性。つないだ胆管から胆汁が漏れる可能性。肝臓が動かなくなる可能性。そして手術で亡くなる可能性。数字も全部言った。ごまかさなかった。説明が終わると、彼は同意書に自分の名前を書いた。
「先生、娘をよろしく」
「その話は、終わってからにさせてください」
「そうか。あんたもそういう男か」
彼は笑った。今度は咳をしなかった。
手術の日は、十一月の第二週の日曜だった。朝五時に目が覚めた。天井を見た。それから右手を開いて閉じた。指を一本ずつ曲げた。六年間、機械の前で物を削っていた手だ。指の腹には、工場でついた小さな傷がいくつもある。左の人差し指には、十五年前の白い線がある。俺は手を握った。震えていなかった。
病院に着いたのは六時半だった。更衣室で木に袖を通した。六年ぶりだった。布が薄い。作業着とはまるで違う。この服は、命に触れる時に着る服だ。手術室に入ると、空気の温度が違った。器具の台の上に、あの縫合機が置いてあった。中央材料室で滅菌されたばかりの包装を開けたところだった。かなちゃんが磨いた面は、無影灯の光を跳ね返さなかった。手術の道具は光ってはいけない。術者の目を焼くからだ。その面は光を鈍く吸って、静かに沈んでいた。
朝倉が立った。
「先生」
「朝倉」
「僕はまだ反対です」
「知ってる」
「でも今日は、先生の助手です」
「頼む」
麻酔がかかった。看護師が患者の名前と術式とバイタルを読み上げた。全員で復唱した。俺は手を出した。
「メス」
その一言を、俺は六年ぶりに言った。腹を開けた。癒着を剥がした。肝臓の入り口へ向かって、少しずつ進んだ。肝門部は狭い。血液と胆管が束になって走っている。腫瘍は胆管の合流部にあって、周りの組織と硬くくっついていた。門脈の周りを剥がしにかかった時、朝倉が息を止めるのが分かった。
「先生、ここ」
「炎症だ」
「確かですか?」
「腫瘍ならもっと硬い。それに腫瘍なら剥がれない。剥がしてみて決める」
俺は指の腹で触っていた。工場では毎日そうしてきた。目では分からない段差を、指の腹で見る。工場長が「手で見る」といったあの見方だ。
剥がれた。門脈は無傷だった。そこから右の肝臓を落とした。切った胆管の断端を検査に回して、癌が残っていないという返事をもらってから、つなぎにかかった。時間がかかった。出血もあった。だが想定の範囲だった。
問題はその後だった。残った左の肝臓の断面に、胆管が三本開いている。この三本を腸につなぐ。一本目は浅い。既製品の器具で入る。二本目。深い。角度を変えて入った。三本目。
俺は術野を覗き込んだ。一番奥。太さは二ミリあるかどうか。周りの組織が邪魔をして、真上からは入らない。斜めに、しかも深く。朝倉が言った通りだった。ここは、うちにある道具では届かない。
俺は手を出した。
「あれのやつを」
看護師が縫合機を渡した。首が二十二ミリ長い。握りの軸が十四度起きている。先端の幅は一・二ミリ。豊島さんが〇・〇二ミリに狭くして、かなちゃんが九日かけて磨いた道具だ。
俺はそれを手に取った。指の腹に金属の重さが乗った。その瞬間、六年前のあの夜が頭をよぎった。あと三ミリ。目では見えているのに届かない。溜まっていく血。夜の十時。廊下の突き当たりの部屋。あの日、娘さんに言われた一言。「父は痛くなかったですか?」。俺の手が止まりかけた。
その時、頭の中で声がした。十五年前に俺が言って、二日前に彼女から返された言葉だった。病院の廊下だった。手術の説明が終わって、俺が帰ろうとした時、彼女は後ろから俺を呼び止めて、こう言った。
「宮永さん、十五年前、あなたは私に言いました。『怖くても目を閉じるな』と。今度は私が言います」
彼女はまっすぐに俺を見た。
「怖くても、逃げないで」
頭の中の声が消えた。俺は目を開けたまま、手を進めた。先端が入った。斜めに深く。角度があった。糸がかかった。朝倉が小さく声を漏らした。俺は結んだ。一針、二針。二針目。深いところの結び目は、指では閉められない。器具の先だけで閉める。俺はその角度を何度も計算していた。計算通りだった。四針目で、糸が少しだけ緩んだ。朝倉が息を止めるのが分かった。俺は慌てなかった。慌てるのが一番危ない。緩んだ糸は結び直せばいい。結び直せないのは、破れた血管と失った時間だけだ。俺は結び直した。今度は締まった。五針目、六針目。朝倉が唾を飲むのが分かった。指の腹に道具の重さがずっと乗っていた。かなちゃんが九日かけて磨いた面が、俺の指の中でわずかも滑らなかった。豊島さんが〇・〇二ミリに狭くした先端は、閉じても浮かなかった。三本目の胆管が、腸につながった。
俺は一度だけ目を閉じた。それから開けて言った。
「おお」
腹腔内を洗って、出血がないことを確かめて、管を入れて閉じた。手術は十一時間半かかった。終わったのは夜の八時半を回っていた。教一さんはそのまま集中治療室へ入った。
手術室を出た時、俺の手はまだ震えていなかった。震え始めたのは、廊下のベンチに座ってからだった。家族への説明は、俺がやった。説明室に入ると、彼女が立ち上がった。十一時間半、ずっとそこにいたのだと思う。髪が少し乱れていた。俺は椅子に座って、順番に説明した。腫瘍は取り切れたこと。門脈は無事だったこと。胆管を三本つないだこと。出血量。手術時間。これからの一週間が山であること。
説明が終わると、彼女は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「まだ何も終わっていません」
「分かっています」
彼女は顔を上げた。目が真っ赤だった。
「それでも、今日だけは言わせてください」
俺は頷いた。それからしばらく、二人とも黙っていた。説明室の時計の音が、やけに大きかった。俺は自分の左手を見た。指の傷がまだ痛んだ。
「立さん」
「はい」
「多分、救われたのは俺の方です」
彼女は俺の顔を見た。
「十五年前も今日も、あなたが目を開けていてくれたから。俺はあの夜、自分の指のことを忘れていられた。あなたが三百六十三本のカタログをめくってくれたから、俺は今日、手術室に入れた」
「宮永さん」
「俺は六年間、自分は誰も救えない人間だと思って生きてきました。それをあなたが」
そこで声が続かなくなった。彼女は少しだけ顔を歪めて、それからいつもの強い口調で言った。
「気づくのが遅い」
俺は笑った。笑いながら涙が出た。
「本当に遅いです」
「すみません」
「十五年待たされました」
「返します」
「どうやって?」
「これから考えます」
彼女は泣きながら笑った。
その一週間は、俺にとっても長かった。つないだ胆管から胆汁が漏れないか。残した肝臓が働くか。術後の一週間は、手術そのものと同じくらい大事な時間だ。俺は毎朝と夜に病室へ通った。三日目の夜、朝倉が同じ時間に病室から出てきた。
「先生、もう帰ってください」
「お前もな」
「僕は当直です」
「じゃあ、俺も残る」
「困ります」
俺たちはナースステーションの前の椅子に並んで座った。しばらくして、朝倉が言った。
「三本目、見ていました」
「ああ」
「僕には無理でした」
「そんなことはない」
「ええ、角度が見えていませんでした。先生が入れたのを見て、初めてあそこに道があると分かりました」
彼はコーヒーの缶を両手で持っていた。
「先生、六年前、僕は先生に何も言えませんでした」
「言えることじゃない」
「言うべきでした」
彼は缶を置いた。
「あの日、術野に七種類出ていたと言いましたよね。あれ、実は僕が数えたんじゃありません」
「じゃあ、誰が?」
「僕は数えられなかったんです。手が震えて。数えたのは、器具を渡す係りの看護師さんです。後で記録を見て知りました。見ていた自分を、少しでも大きく見せたかったんだと思います」
「先生が壊れていくのを、僕はただ見ていました。三ヶ月の間、毎日見ていました」
彼の声が震えた。
「僕は先生に、『あれは道具のせいです』と言いたかった。でも言えなかった。言ったところで先生が信じないと思ったからだと、さっきまでは思っていました」
「違うのか?」
「違います」
彼は顔を上げた。
「僕が怖かったんです」
「何が?」
「道具のせいだと言ってしまったら、次に同じ立場に立つのは僕だからです」
俺は何も言えなかった。
「先生、僕はこの六年、あの角度のことを考えないように生きてきました。先生は考え続けた。それが違いです」
「朝倉」
「はい」
「今度から、一緒に考えてくれ」
彼は少し笑って、それから深く頭を下げた。
教一さんは順調だった。二日目には、看護師に支えられてベッドの脇に立った。一週間を超える頃には、点滴の台を押して廊下を歩き、十日を超えて管が一本ずつ抜けていった。三週目には、朝と夕方に廊下を歩くのが日課になっていた。歩き方が、娘さんによく似ていた。
十二月の初め、退院が決まった。退院の日は晴れていた。冬の朝の空気が乾いた日だった。俺は非番だったが、病院へ行った。病室の前で、中から声が聞こえた。
「まだ持ってるのか?」
「それ、当然でしょう」
「呆れた娘だ」
俺は咳払いをして入った。教一さんは私服で椅子に座っていた。頬に肉が戻っていて、肌の色も普通になっていた。彼女は窓際に立っていた。手に紙を持っていた。折り目のついた、あの婚姻届けだった。俺は思わず言った。
「本当に出すんですね」
「当然でしょ。私は一度決めたら、逃しません」
「知ってます」
彼女は紙を広げて、ベッドの上のテーブルに置いた。
「約束です。終わったら出すと言いました」
俺はその紙を見た。半年前、料亭の机の上に置かれたのと同じ紙だ。折り目が四つ。角が少し柔らかくなっている。長い間鞄に眠って、この半年で何度も出し入れされた紙だ。彼女は俺の顔を見ていた。それから少しだけ目を伏せた。
「でも、サインするかどうかは、あなたが決めてください」
俺は顔を上げた。
「私は半年間、あなたにこの紙を突きつけてきました。逃がさないと言いました。追いかけるとも言いました。でも、私が本当に欲しかったのは、紙に書かれた名前じゃありません」
彼女は自分の手を見ていた。
「逃げない、あなたの返事です」
部屋が静かになった。教一さんは窓の外を見ているふりをしていた。俺は紙を手に取った。そして言った。
「一日待ってもらえますか?」
「分かりました」
「逃げません」
「知っています」
翌朝、俺は工場へ行った。土曜だった。工場は休みのはずだった。それなのにシャッターが空いていて、中に三人いた。工場長と豊島さんとかなちゃんだ。
「遅い」
「なぜいるんですか?」
「霧島社長の娘さんから電話があった。『宮永さんは決める時は必ず工場の机に座るから、土曜の朝に見ててください』って」
俺は天を仰いだ。
「あの人、本当に逃さねえな」
俺は自分の机に座った。机の上を片付けて、紙を広げた。図面を広げてきた場所だ。鉛筆を置いてきた場所だ。ペンを持った。工場のペンだ。事務所の引き出しに入っている、百円もしないボールペン。工場長が伝票を書くのに使っているやつだ。ペン先を紙に当てる前に、俺は自分の左手を見た。白い線が一本走っている。十五年前の夜、血の中で破片を探した時に切った場所だ。あの夜、この指の下に十三歳の子がいた。その子が今、この紙に自分の名前を書いて待っている。
俺は自分の名前を書いた。宮永透。六年ぶりに、自分の意思で何かを選んで、その責任を自分の名前で引き受けた。手術の同意書でも、辞表でもない。誰かに求められて書いた名前でもない。書き終わって顔を上げた。
「宮永が、証人の欄が開いとるぞ」
「あ」
工場長は俺の手からペンを取って、自分の名前を書いた。それから豊島さんに回した。
「俺も書くのか?」
「いる」
「聞いてねえよ」
文句を言いながら、豊島さんは綺麗な字で名前を書いた。
「なんで私じゃないんですか?」
「証人は二人までだ」
「どうなんだ?」
「じゃあ、私は」
「お前は磨いただろうが。名前より先に、あの道具の方に入ってるか」
かなちゃんが泣いていた。
「なんで私が泣いてるんですかね?」
「知るか」
工場長はそっぽを向いた。豊島さんが横から言った。
「油が目に入ったんだろ」
「もう機械回してないですよ」
工場長は俺の手元を見て、それから一言だけ言った。
「まあ、悪かない」
この人がそう言う時、それは最上級の褒め言葉なのだと、俺はこの工場で知っていた。
あれから三年が過ぎた。俺たちはあの年の十二月に籍を入れた。立は仕事では今も霧島の名前を使っている。「宮永では誰も私と分かりませんから」だそうだ。
俺は今、東医科大学付属病院の肝臓と胆管と膵臓を見る科にいる。ただし常勤ではない。週に三日だけ、手術と外来に入る非常勤の医師だ。残りの二日は大森精密にいる。肩書きは技術顧問ということになっている。実際は今も作業着を着て、機械の前に立って、削って磨いている。工場長には未だに「宮永」と呼び捨てにされる。だが俺には、これが一番しっくり来る。
手術室で「ここに届く道具がない」と思う。それをその週のうちに、工場で話せる。工場で「この形は削れない」と言われる。それをその週のうちに、手術室で確かめられる。道具を使う人間と作る人間の間には、思っているよりずっと深い川が流れている。俺は今、その川に橋をかけている。
あの縫合機は製品になった。あの千二百六十番の隣に、新しく千二百九十番という型番が並んだ。肝門部の深いところ。既製品では届かない角度に入る縫合機だ。今は全国四十か所ほどの病院で使われていると聞いた。数字の上では大した数ではない。だが年に何十人かの体の中で、この道具がなければ縫えなかった場所が縫われているはずだ。俺はその人たちの顔を知らない。名前も知らない。それでいいと思っている。
去年、学会の会場で知らない先生に声をかけられた。地方の病院の外科医だった。
「千二百九十番、使わせてもらっています。あれ、誰が考えたんですか?」
俺は少し迷ってから答えた。
「届かなくて悔しい思いをした人間だと思います」
「なるほど」
「通りで」
その人はそれ以上聞かずに、「じゃあまた」と言って人混みの中へ戻っていった。俺は誰にも見せずに線を引いていた。あの線が今、名前も知らない誰かの手に握られて、名前も知らない誰かの体の中に入っている。それだけで十分だと思った。
先端のすり合わせは、今も大森精密でやっている。うちの工場は九人から十二人に増えた。工場長は「面倒が増えた」と言いながら、新しい検査機を一台入れた。かなちゃんはこの春、夜間の学校を卒業した。今は削るだけでなく、図面も見るようになった。この前、霧島メディカルの試作の会議に呼ばれて、開発の人たちの前で意見を言ったそうだ。
「宮永さん、私、言っちゃいました」
「何を?」
「『この角度だと、磨く人が絶対に指切りますよ』って」
「それで?」
「直りました」
彼女はその日、工場で一番大きな声で笑っていた。彼女の机の上には、あの千二百九十番が一本置いてある。同じ図面で作られた製品の一号だ。霧島メディカルが記念にくれたらしい。
「これ、私の一生の自慢です」
豊島さんは今日も放電加工の前にいる。公差の限界いっぱいを狙う癖は相変わらずだ。今は必ず図面の方を直させる。
霧島教一さんは元気にしている。手術から三年が経って、今のところ再発はない。術後の薬も一年飲み切った。年に一度、うちの工場へ来る。作業着を着て機械の前に立って、若い連中に昔の話をして帰っていく。実は去年から、霧島メディカルの専務になった。会社の方針を一つ変えた。年に一度、開発の人間を現場の病院と下請け工場に出す制度を作ったのだ。図面を引く人間が、削る人間と使う人間の顔を見る。それだけの制度だが、社内では随分反対されたらしい。「無理かどうかは私が決めます」。その一言で押し切ったと聞いた。
去年の秋、その制度の一回目でうちの工場に来たのは、入社二年目の若い男の子だった。彼は三日間、かなちゃんの後ろに立って研磨機を見ていた。三日目の帰り、俺にこう言った。
「僕、これまで図面の数字だと思ってました」
「違うのか?」
「人の手でした」
俺はその一言を、立に伝えた。彼女は珍しく何も言わなかった。それから小さく頷いた。
「では、続けます」
制度は今も続いている。
成田舞さんとは、今も十月十七日に会う。去年、俺は舞さんに千二百九十番の話をした。彼女はしばらく黙ってから、こう言った。
「父の名前は、その道具のどこにも入らないんですよね」
「入りません」
「それでいいです」
「なぜですか?」
「名前が入ってたら、父が当てれると思うので」
彼女は笑った。もう泣きそうな笑い方ではなかった。去年の秋、俺は舞さんと立を引き合わせた。三人で線香を上げた。帰り道、舞さんは立にこう言っていた。
「宮永さんのこと、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「あの人、放っておくと自分のことは後回しにするので」
「知っています」
「逃しません」
「頼もしいです」
俺は二メートルほど後ろを歩きながら、その会話を聞かないふりをしていた。
先週の日曜、俺は立と二人であの料亭の前を通った。あの日、見合いをした店だ。門から玄関まで石が敷いてあって、両側に竹が生えている。俺には今も縁のない場所だ。
「入るか?」
「あ、高いのでやめておきます」
「専務の給料で払います」
「おにぎりでいいです」
彼女は笑った。よく笑うようになった。俺たちは門の前で少し立ち止まった。
「あの日は、俺の指を見ましたよね」
「見ました」
「あんな傷、普通は気づかない」
「十五年見ていましたから」
「見ていたというのは、目を閉じたら、いつでも見えました」
俺は自分の左手を見た。白い線は今もある。冬になると突っ張るように痛む。十八年経っても消えない。多分、一生消えない。
「立さん」
「はい」
「一つだけ、ずっと言いたかったことがあります」
「どうぞ」
俺は石畳の上に立って、彼女の方を向いた。
「十八年前、十三歳の君に言いました。『君の明日は俺がつぐ』と。あの日から今日まで、俺はずっとそのつもりでいました」
彼女は俺の顔を見ていた。
「でも、本当は逆でした」
「逆?」
「君が、俺の未来をつないでくれたんです」
竹の葉が風で鳴った。彼女はしばらく黙っていた。目の縁が赤くなっていた。それから小さな声で言った。
「じゃあ、責任を取りなさい」
「一生かけて取ります」
「一生では足りません」
「足りませんか?」
「ええ。十五年分の利子がついています」
俺は笑った。冬の風が石畳の上を通っていった。彼女の髪が少しだけ乱れた。それを手で抑えながら、彼女は俺の左手を取った。指の傷のところに、そっと親指を当てた。
「行きましょう」
「はい」
俺たちは駅へ向かって歩き出した。来週の月曜、俺は手術室に入る。その次の日は工場だ。作業着を着て、機械の前に立って、誰かの体の中に入っていく道具を削る。名前も顔も知らない誰かのために。
あの頃、俺はもう白衣を着る資格がないと思っていた。今はそうは思っていない。資格というのは、免許のことでも経歴のことでもない。逃げずに向き合う覚悟のことだ。そう教えてくれた人が、今、俺の隣を歩いている。



