「おばさん、うちの母を見なかった?」4歳の子供が震える声でそう尋ねた時、私はすでに3人を自分の手で葬った女だった。夫を、長男を、次男を。一人で穴を掘り、一人で土をかけ、一人で立ち上がった。そんな私が、なぜ見知らぬ子供を背負って山を登っているのか。それは、あの日、麓の別れ道で女が子を探していると聞いた時から始まった。私は何も言わずに山を降りた。でも、そこにはもう誰もいなかった。そして今、私はこ…

「おばさん、うちの母を見なかった?」4歳の子供が震える声でそう尋ねた時、私はすでに3人を自分の手で葬った女だった。夫を、長男を、次男を。一人で穴を掘り、一人で土をかけ、一人で立ち上がった。そんな私が、なぜ見知らぬ子供を背負って山を登っているのか。それは、あの日、麓の別れ道で女が子を探していると聞いた時から始まった。私は何も言わずに山を降りた。でも、そこにはもう誰もいなかった。そして今、私はこ...

「おばさん、うちの母を見なかった?」

4歳の子供が震える声でそう尋ねた時、おすずはすでに3人を自分の手で葬った女だった。夫を埋めた。長男を埋めた。次男を埋めた。1人で穴を掘り、1人で土をかけ、1人で立ち上がった。手を貸してくれる者はもう誰もいなかった。

石の浜が異国の兵に襲われたあの年、死が立つはずだった場所の真ん中で、守護の使いが声を張り上げていた。

「穀物は焼け。井戸は埋めよ。山に入れ。残していけば、奴らがそれを食って、さらに攻めのぼってくるぞ」

同じ言葉を何度も繰り返しても、人々は初め動かなかった。自分の穀物に火を放てと言われて、たやすく手を出せる者などいようか。誰もが互いの顔を見合ったまま立ち尽くしていた。

その時、一人の男が自分の蔵の戸を開いた。稲束を一束、二束と出し、火打ち石を打って火をつけた。炎が屋根に登ると、隣の家もその隣もまた開いた。あちらの家、こちらの家から稲束が引き出され、庭という庭に火の手が立った。穀物の焦げる匂いが甘く漂い、里一帯に広がった。人々はその匂いを嗅ぎながら、煙が空を覆う中を、人の波が山の方へと押し出されていった。そちらしか行く場所がなかったからだ。

その波の中に、4つになる金太がいた。母の裾を両手で握りしめ、引きずられるように歩いていた。人が多すぎて、子供の目には母の足しか見えなかった。母が急に足を止めてしゃがみ込むと、後ろから人々に押されながらも、子供を自分の膝の間に入れてかばった。子供の目の高さに母の顔があった。汗と埃で汚れた顔だったが、子供を見る目だけは他のどの大人とも違っていた。

母が自分の子育ての紐を歯で噛み切った。糸のほつれる音がした。それを子供の手に握らせた。そして子供の子育ての紐も噛み切り、自分の手に握った。

「母さんはお前のことを思っているからね。お前は母さんのことを思っておいで。なくしても、これを見せれば見つけてもらえるから」

子供が布切れを両手で包むように握った。母が立ち上がり、また子供の手を握った。後ろから人々が押し寄せ、反対側から荷を背負った男が二人の間に割り込んできた。握った手が滑った。母が指先で子供の袖口を掴んだが、それも人並みに引き離された。

子供は大人たちの足の間へ押し出され、転んだ。踏まれた。誰も踏んだことに気づかなかった。子供が這って足の隙間を抜け出し、ようやく立ち上がった時、目の前には見知らぬ背中ばかりが並んでいた。

「母さん」

声は人並みに飲まれた。もう一度呼んでも、誰も振り向かなかった。三度目に呼んだ時、声はもう出なかった。喉の奥で固まったまま、子供はただ口を動かした。

子供が握った拳を開いた。布切れが汗で手のひらに張り付いていた。それをまた固く握り、人波が流れていく方へ、大人たちが行く方へ従って歩き始めた。足元の土が硬く、草鞋の底越しに小石が食い込んだ。それでも立ち止まれば、この波に置いていかれることだけは、4歳の体でも分かっていた。

その人波が向かう山の入り口に、一人の女がいた。松の木陰の下に、土を持った小さな塚が三つ並んでいた。おすずが最後の土を手のひらで押し固めていた。爪の下がすっかり黒ずんでいた。三日かかった。一人で掘った。傍らの風呂敷包みには、死んだ三人が着ていた衣だけが入っていた。穀物は一粒もなく、何日も水しか飲んでいなかった。

おすずは墓の前に立った。膝が折れそうになったが、足に力を込めて堪えた。手を合わせなかった。一度膝をつけば、二度と立ち上がれないような気がしたからだ。ここまで運んできた三人の亡きがらを、ここまで一人で葬った女だった。誰かに手伝ってくれと言えば楽だったろうが、そう頼める相手もすでにいなかった。

里を振り返ると、下の道を人の波が流れていた。荷を背負う人、老いた親を背負う人、泣きながら歩く子供。皆、山の方へ向かってきていた。その中に見知った顔は一つもなかった。おすずは背を向けて山道を登り始めた。

日が傾き始めた頃、おすずが山道を登っていると、後ろでしきりに小さな足音がした。振り返ると、子供がいた。群れからはぐれた子供だった。子育ての片方の紐がなくなり、糸だけが残っていた。

おすずが手を振った。「あっちへ行け」

子供は立ち止まったが、おすずが歩き出すとまた足音がした。三度目に振り向いた時、子供が泣いた。

「おばさん、うちの母を見なかった?」

「見なかったよ」

そう言って背を向け、しばらく歩いた。百歩ほど進んだところで、後ろの足音が消えていることに気づいた。おすずは立ち止まったが、振り向かなかった。そのまま数を数えても、やはり足音がなかった。

引き返すと、子供が道端にうずくまり、片方だけの草鞋を脱ごうとしていた。草鞋の底が抜け、足の裏が擦りむけて血が乾いていた。もう片方の手は固く握り締められたままで、それでは脱げず、片手だけでもがいていた。

おすずが傍らにしゃがみ、子供の足を見た。これでは歩けない。かと言って、死体へ戻すこともできなかった。麓はもう奴らの世だったからだ。

おすずは山の上を見上げた。この山の奥に漁師たちが暮らしているという話を聞いたことがあった。どの辺りかは分からなかった。子供をこのまま置いていくことも、ここへ座り込んで共に朽ちることも、おすずにはできなかった。ただ、一人を失う痛みだけは、これ以上増やしたくないという思いだけが、ぼんやりと胸の奥にあった。

おすずが子供の前に背を差し出した。子供が這い上がってきた。首にすがりつくのに、片手は最後まで拳のままで、手首だけが引っかかった。おすずが立ち上がった。軽かった。それだけ食べていないということで、なお良くないことだった。おすずは何も言わずに山を登り続けた。

日が暮れかけた頃、峠を越えるとくぼんだ場所が現れた。掘っ立て小屋が並び、飯を焚く煙が低く立ち込めていた。老人が一人出てきた。虎蔵爺だった。手には縄を巻きつけ、おすずを上から下まで眺め回した。背に負われた子供を見た。荷を見た。

「ここには穀物はないぞ」

おすずは答えなかった。

「聞こえんのか。ここは12人でどんぐりで冬を越すかどうかだ。2人増えれば14人、皆死ぬぞ」

それは理に叶った言葉だった。何もない暮らしに口が2つ増えるということであり、老人はまず自分が守るべき者たちを先に数えていたのだった。

人々が一人、二人と小屋から出てきたが、誰も近づかず、皆、十歩ほど離れて立った。おすずが荷を抱え直した。七蔵が足を引きずりながら出てきて、戸口の柱を掴んで立ち止まった。おばばが手を前掛けで拭った。

おすずが背から子供を下ろすと、子供がおすずの後ろに隠れた。人々が子供を見た。子供の足の裏を見た。紐がなくなった跡を見た。誰も何も言わなかった。七蔵が唾を飲み込み、その音がはっきり聞こえた。おばばが口を開きかけて、虎蔵爺の方を見て閉じた。虎蔵爺が縄を巻いては解き、巻いては解いた。長い沈黙だった。子供だけがその沈黙を知らずに、おすずの裾を触っていた。

おすずが荷を下ろし、結び目を解いた。着物が広げられた。男物の子育てが一つ、女物の着物が一つ、男物の袴が一つ。どれも傷んでいないものばかりだった。新しくはないが、冬に重ね着するには惜しくないものであった。

虎蔵爺が着物を見て、それからおすずを見た。

「人の着物じゃな。誰か死んだのか」

虎蔵爺は言葉を続けられなかった。この着物があれば、冬を越せる人が増えます。穀物より勝ることもあります。裸で冬山を越す者にとって、あの布一枚が命だったからだ。

おすずが付け加えた。「この子の飯は私が稼ぎます。私は手も足も達者ですから」

虎蔵爺はしばらく立っていたが、己の腰袋を解き、どんぐりを一つ取り出して子供の前に置いた。「番から食わせろ」

するとおばばが自分の前掛けからもう一つ掴み出して置いた。七蔵が足を引きずりながら来て置いた。お松が片手で乳飲み子を抱えたまま、もう一つ掴みを置いた。名も知らぬ人々が一人ずつ近づいて置いていった。どんぐりの落ちる音が一つずつした。子供の膝の前に小さな山ができた。

虎蔵爺が背を向けながら、顎で向こうの橋を指した。「あそこの橋に秋小屋がある。先月、人が出ていった」

そう言って去っていった。子供がそれを見て、おすずを見上げ、どんぐりを一つ拾い自分の口へ持っていきかけて止まった。それからおすずの口に先に入れてやった。おすずの舌にどんぐりの苦みが広がった。子供はそれを見届けてから、ようやく自分の分へ手を伸ばした。

夜になった。松明の火が一つ燃えていた。子供が壁際で丸くなって眠っていた。おすずが子供の子育てを膝に置き、破れを縫った。片方の紐の場所に至って手が止まった。糸屑だけが残って開いていた。引き千切られた跡ではない。歯で噛み切られた跡だった。誰かがこの幼い子の前にしゃがみ込んで、自分の歯で紐を噛み切ったのだと知る手つきで、おすずはその場所を指先で撫でた。

おすずは余った布切れを取り出し、その場所に仮縫いにしておいた。糸をきつく結ばなかった。いずれ正式に縫い直すためだった。子供の手を見た。眠っていても拳のままだった。指を差し入れて開かせようとすると、子供が眠りながらもっと強く握った。おすずは手を引き、代わりに子育てをかけてやった。

おすずは縫い物をすることが恐ろしい人だった。縫えば、またいつか解かねばならないと信じていたからだ。それでもしばらくして寝返りを打ち、子供の方を見た。子供は片手を拳にしたまま、母の日もお手のひらに繰り込ませて眠っていた。松明の火が消えた暗闇の中で、おすずは長いことその小さな拳を見つめていた。

どうして行くに近すぎた?おすずは手足が達者だったから、どんぐり拾いにも山鳥にも山へ出た。子供は足の傷が癒えるまで小屋に置かれたが、おすずが戻る頃には戸口に出て座って待っていた。子供は自分の食べ物を先に人へ差し出した。粥を一晩もらえば、おすずの口へ先に一さじ運ぼうとした。痛くても痛くないと言った。4つで言葉は短く、「おばさん」と呼ぶ声だけがはっきりしていた。

夜には片手に布切れを握って眠り、その手はおすずが子育てを縫う時も開かなかった。ある深く眠り込んだ子供の手をそっと開いてみると、汗で張り付いた布切れがあった。おすずはそれをしばらく見つめ、また子供の手の中に戻して指を丸めてやった。子供が眠りながらそれを固く握った。

昼になると子供は庭を歩き回った。おばばが塩のそばに座っていると、子供がその横にしゃがみ込み、おばばの小話を目をぱちくりさせながら聞いた。おばばは自分の分の塩を粥に少し振りかけてやった。塩が貴重な山だったから、それは大きな心遣いだった。

七蔵は足の悪い男で、座ってする仕事ばかりをしていた。ある日、子供を手招きし、その足を膝の上に乗せて長さを測った。何日か座り込んで、大人の草鞋の半分ほどの小さな草鞋を編み上げた。爪先が可愛らしく狭く上がっていた。子供がそれを履いて庭を駆け回ると、乾いた土の上に小さな足跡が刻まれた。人々がその足跡を見て笑った。七蔵が一番喜び、「合うか合わないか」と何度も尋ねた。

虎蔵爺は子供を見て見ぬふりをしていたが、山から戻る途中、拾った山葡萄を子供の前にぽとりと落としてやった。子供がそれをおすずの手に握らせ、おすずが半分に分けて子供の口に入れてやった。ある夕餉には、おばばが自分の粥を子供の前に押しやり、子供がまた押し返して、一さじずつかわるがわる食べる夜もあった。

この山里に悪い者は誰一人いなかった。何もない暮らしの中でも、幼い者一人を飢えさせはしない人々だった。ただ、おすずだけは相変わらず距離を置こうとした。子供が寄り添っても、慰め方を知らなかった。子供が夜に寝つけず寝返りを打っていると、背をさすってやる代わりに、ただ横に座り手を添えることだけをした。

子供が眠りながら泣く夜があった。しゃっくりのように途切れる鳴き声だった。夢うつつに母を呼ぶと、おすずがその声で目を覚まし、子供を揺り起こさずに手を探して握った。子供がその手を握り返した。拳を作った手ではない。もう片方の手だった。日が開けると、子供はあの泣き声が嘘だったかのように出て、「痛くない、悲しくない」と言った。4歳の子がどこで自分の悲しみを隠す術を覚えたのか。おすずはそれを見るたびに黙って顔を背けた。

秋が深まるにつれ、山の一日はそれぞれの持ち場で回っていった。虎蔵爺は夜明けに罠をやり、七蔵は戸口に座って一日中草鞋を編み、おばばは塩の番をしながら小話を行った。おすずはどんぐり拾いに一倍遠くまで出て、人一倍遅く戻った。金太は柄杓で水を運んだ。小川から小屋まで大人の歩幅で二十歩ほどだったが、子供が汲んで戻る頃には半分もこぼれていた。それでも一日に何度も往復した。誰もそうしろと命じた者はいなかった。

夕方には粥が囲まれ、粥が分けられた。汁は一つ。粥は各自のものだった。金太はいつしかおすずの隣に座るようになっていた。誰がそうしろと言ったわけでもなく、子供が自分でその場所を選んで座り続けた結果だった。

麓からは便りが途えた。里はすっかり落ち、無事な家はないという。人々はその話を聞くたびに口を閉ざした。降りる場所がないということは、この山で冬を越さねばならないという意味だった。

ある夕方、麓から行商人が一人上がってきた。人々が集まってきて、一つの城がまだ落ちていないという。人々は春まで持ちこたえれば帰れるかもしれないと希望を抱いた。ただ虎蔵爺だけは「それでも冬は冬だ」と言った。人々が笑って受け流した。虎蔵爺が一人、山の上を見上げた。

その行商人が帰り際、大したことでもないというように言い漏らした。「麓の別れ道に女が一人いる。三日、同じ場所を回っているそうだ。子を探しているとかで、通りかかる者を誰かれ構わず捕まえて、何かを見せながら尋ねているらしい」

人々は「こんな山に人の子を拾う者などいるものか」と言い、すぐに別の話に移っていった。ところが、おすずの手が止まっていた。石をつまんだままであった。「別れ道」「子を探している」。それだけの言葉がおすずの手を止まらせた。誰もそれに気づかなかった。金太は庭の向こうで水を運んでいた。何も知らぬまま、よたよたと歩いていた。

山道の上に平らな大岩が一つあった。そこから麓の別れ道が見下ろせた。何日か前から金太がそこに座り、下ばかり見ていた。おすずが子供を呼びに行くと、「もう少しだけ」と言って動かなかった。

三日目の明け方、おすずが誰にも言わずに山を降りて行った。麓道まで降りると、女の姿はもうなかった。近くの畑にいた者に尋ねると、「二日前まで確かにいたが、それきり見ていない」という答えが返ってきた。北へ向かったという者もいれば、山道の方へ歩いて行ったという者もあった。おすずはその日の暮れ方まで、別れ道から続く細い道を辿って歩いた。名も知らぬ女を探して、日が沈むまで歩いた。それでも何の手がかりも見つからなかった。

これ以上探せば、自分がここで倒れ、金太がまた一人になる。その思いがおすずの足を山へ向けさせた。日が暮れてから戻ってきた時は、ぼろぼろだった。裾が濡れ、顔に泥が跳ねていた。おばばが何も尋ねずに水を汲んでおいてやった。

その翌日から、おすずは子供を呼びに行かず、岩へ行って子供の横に座るようになった。

「おばさんも誰か待っているの?」

「いいや」

「じゃあ、なんで座ってるの?」

ただ二人は並んで座り、何も言わずに下だけを見ていた。母を探して別れ道まで下り、それでも何も連れ帰れなかった者が、その隣に黙って座っていた。

やがて秋も終わりに近づき、山は急速に水気を失っていった。朝になると東向きの石の上に霜が薄く降り、日が登るとすぐに消えた。虎蔵爺が毎朝罠を見回りに山へ入り、運の良い日には山うさぎが一匹かかった。そんな日は小屋中が一口ずつ汁の味見をできた。塩がすでに尽きかけていて、おばばが壺の底を爪で擦り出しては、子供たちの粥にだけ少しずつ振り分けていた。大人の粥には振りかけなかった。

ある夜、何の物音もしなかったのに、人々が一人ずつ眠りから覚めた。何のせいで目が覚めたのかも分からぬまま覚めた。先に目覚めた者が外に出た。里の方の空が赤かった。火ではなく、空そのものが染まっていた。雲の底が一面赤く、まるで誰かが天の低いところに赤い水を流し込んだかのようだった。人々が並んで立ち、その赤い空を見上げた。誰も言葉を発しなかった。

その時、谷を伝って音が登ってきた。

「タン」

人々が固まった。おばばが両手で自分の口を塞いだ。

「タン」

音と音の間が少しずつ開いていった。人々が虎蔵爺を振り返った。この山に長く住んだ人だった。獣の声も木の折れる音も雷の落ちる音も知る人だった。あの人なら、この音の正体を知っているはずだった。だが、虎蔵爺はしばらくして、「獣の声ではない」とだけ言った。低い、確信のない声だった。

誰も再び横にはなれなかった。人々は庭にそのまま座り込み、夜が開けるのを待った。

夜が明け、虎蔵爺が山の上へ登り始め、おすずがその後に続いた。しばらく登ると、岩の隙間に洞穴があった。入り口が蔦で覆われた場所だった。虎蔵爺が蔦を払い、その奥の入口が姿を表した。その闇の中から冷たい風が流れ出てきた。

洞穴の中へ人々が入っていった。背負えるものだけを背負ってきた。鍋が一つ、塩が一つ、草鞋が数足、どんぐりを詰めた袋が一つ。小屋はそのまま残してきた。火を放てば煙が登るので、何も焼くことはできなかった。狭い洞穴に14人が入ると、膝を立て、身を寄せ合ってようやく座った。壁は水が滲んで冷たく、床は砂利で、座ると尻に食い込んだ。半日もすると、洞穴の中が人の匂いで満ちた。

人々は幾重にも重ね着をして座っていた。中にはあの死者の衣もあった。七蔵が亡くなった男の子育てを着込み、おばばがその着物を膝にかけていた。おすずはそれを見ても何も言わなかった。

虎蔵爺が人々を座らせ、低い声で言った。

「三つ守り通すことがある。一つ、火は雪の降っている間だけ炊くこと。降る雪の中なら煙も遠くからは見えにくい。だが雪がやめば、煙はそのまま天へ立ちのぼって柱になる。麓から丸見えだ。だから雪が止んだらすぐに消す。二つ、雪の上に足跡を残さぬこと。足跡は何日も残る。次の雪が降るまでは消えん。獣の足跡と人の足跡は違う。奴らはそれを見分ける。三つ、松の皮を剥いだら、剥いだ跡を土でこすって隠すこと。白いものは山の下からも見える。この三つさえ守れば、冬は越せる」

人々がその言葉を信じた。この山を知る者は虎蔵爺ただ一人だったからだ。

夜が来た。洞穴の中は真っ暗だった。金太が体を縮めた。「暗い、怖い」と言うと、おすずが手を伸ばして子供の目を手のひらで覆った。

「目を閉じなさい。明るいところで閉じても、暗いところで閉じても同じだよ」

子供が目を閉じ、しばらくして「本当だ」と言い、そのまま眠りに落ちた。おすずは子供が深く眠るまで手を離さなかった。

どんぐりが尽き始めた。袋を逆さに振っても、残りはわずかだった。雪の降る日、虎蔵爺が人々を連れて松の皮を剥きに出た。足跡が雪に隠れる日にしか出られなかった。松の根元に鎌を当てて外側の皮を剥ぎ、内側の白い内皮を取った。一本の木から手のひらほどしか取れず、何本も剥がねばならなかった。剥いた跡を土でこすって覆うと、その皮を鍋で長く煮て粥を作った。久しぶりの日の明かりに、人々の顔が赤く染まった。腹が満ちたが、翌朝から子供たちが腹を抱えて泣いた。松の内皮は腹に重かった。長く煮ても、幼い子供の腹には応えたのだった。大人たちは我慢した。金太も腹が痛かったが、「痛くない」と言い張った。

その夜、子供が眠った後、おすずが子供の着物の中に手を差し入れ、腹を触ってみた。張っていた。小さな腹が石のように張っていた。おすずが手のひらで長く撫でた。子供が眠りながら小さく唸った。

日が明け、その日雪が止んだ。虎蔵爺が外を覗き、「火を消せ」と言った。子供たちの手だけでも温めさせて欲しいと誰かが言ったが、虎蔵爺は水を一杓救って火にかけた。火が消え、洞穴が真っ暗になった。それから寒さの質が変わった。骨の芯にまで染みる寒さだった。

金太が入り口の方へ這っていくと、おすずの声が強く飛んだ。

「駄目だと言っただろう」

洞穴の中が静まり返った。おすずがこの小屋に来てから声を荒げたことは一度もなかった。子供が驚いて後ずさり、壁についた。母の紐を両手で握り、目に涙が滲んだ。おすずが手を伸ばしかけて、子供の肩に触れる前に止め、引っ込めた。

おばばが膝に抱きを擦った。おすずはそれを見て背を向けた。

四日目、雪が降らなかった。穴が凍りつき、壁に霜が張った。息が壁に凍りついた。粥を掻き混ぜる手が曲がらなかった。お松の乳飲み子が乳を求めて泣き、顔を真っ赤にして泣いた。吸っても乳が出ないことに焦がれるように、赤子は激しく泣いた。洞穴の中で赤子の鳴き声は危険だった。誰もそれを口にしなかった。だが皆知っていた。声が外へ漏れれば、それを誰が聞くか分からなかった。

赤子が泣くたび、人々は闇の中で目を開けた。誰も何も言わなかった。それがなお恐ろしかった。むしろ誰かが止めてくれた方がまだましだった。お松が背を向けて座り、赤子を抱いて揺った。半ば沈んだ声で低く歌うように揺ったが、泣き止まなかった。

明け方、赤子がまた泣いた。今度は長かった。声が途切れず続いた。お松の手が赤子の口を塞いだ。赤子の足がばたついた。小さな足が宙をまさぐった。お松が驚いて手を離し、自分の手を見た。自分の手が何をしたのかを見ていた。手が震えた。悪い心を抱いたわけではなかった。追い詰められて、手が先に動いたのだった。誰も見ていないとお松は思った。だが、皆見ていた。闇の中で誰もがそれを見ていた。

おすずが人の間を縫って進み、お松の前に座った。

「こちらへ」

赤子を受け取り、自分の小指を口に含ませた。乳の代わりに指を含ませたのだった。赤子が吸った。乳は出ないのに吸った。それでも何かを含んで吸うことで安心したのか、泣き声が収まった。静かになった。お松が両手で顔を覆い、声を出さずに泣いた。肩が震えた。

その夜、指先が赤子の泣き声を繋いだ。赤子が泣きそうになるたび、誰かの指がその口元へ伸びた。何度したか、誰がしたか、誰も数えなかった。夜半になってようやく雪が降り始めた。虎蔵爺が火を起こさせ、残してあったどんぐりを薄い粥にして、お松に少しずつ食べさせた。夜明け前、赤子が乳を吸うと、わずかではあるが乳が戻っていた。

その雪が明け方に止んでから数えて四日目、その日も再び雪は降らなかった。昼に雪が緩み、夜に凍ることを繰り返す度、松の根元を覆った土が少しずつ洗い流されていった。斜面の上では、昼に緩み夜に凍った雪が幾重にも重なり、思い板のように積もっていた。

虎蔵爺が岩の隙間から下を見て、体が固まった。無数の跡が白く並んで見えていた。土で覆った内皮の跡が、雪解けにすっかり洗い流されていたのだった。獣は皮をあのように剥がない。人の仕業だという証だった。虎蔵爺はそこで長いこと動けなかった。誰にも言わなかった。自分が言いつけたことがあの跡を残したということを、誰にも打ち明けられなかった。

翌日、丘の向こうに人影が動いた。二十人ほど散らばって、山を降りてきていた。何の音も聞こえなかった。遠すぎた。ただ影が動いていた。洞穴の人々はまだ知らなかった。虎蔵爺だけがその影を岩の隙間に張り付いて見ていた。

その翌日には、小川のほとりまで降りてきて、氷を割って何かをしていた。風がこちらに向くと、武具のぶつかる音が届いた。規則正しく響く音だった。洞穴の人々にも分かった。子供の口を大人たちが手で塞いだ。声を出すつもりのない子が、思わず声を出しかねないと、大人たちが先に手を当てていた。

翌日、すぐ下の斜面に動くものが見えた。松の根元を一つずつ調べながら登ってきていた。白く剥げた跡を一つずつ辿るように登ってきていた。話し声が聞こえた。一言も聞き取れない言葉だった。二人が何やら言葉を交わしていた。大声で争うのでもなく、何かを急いで叫ぶのでもなかった。ただ通りすがりの話をしているような口調だった。それがなお恐ろしかった。

虎蔵爺が隙間から身を引き、壁に凭れて座った。その背が震えていた。七蔵が呼んでも答えなかった。人々がその背中だけを見た。虎蔵爺の曲がった背中だけを見つめた。その背が震えていることに皆が気づいていた。だが、おすずだけは「この人が怖がっているのではない」と思った。怖がる者はあのように震えない。何かを決意した者だけがああして震える。自分の手で三人を葬った者には分かることだった。人が何かを決意する時、どう震えるのかを、おすずは知っていた。

足音が洞穴の上の斜面でした。土を踏む音が天井の向こうを通り過ぎた。人音だった。人々が壁に張り付き、息を止めた。お松が赤子を自分の胸に押し付けた。声を出させまいと、自分の体で赤子を覆った。

虎蔵爺が立ち上がり、杖をついて洞穴の奥の暗がりへと歩いていった。初めの夜に何かを見つめていたあの闇の中へ歩いていった。人々が目で問うた。「何をなさるのですか」と目で問うた。虎蔵爺が闇の中から振り返った。

「ここに穴がある。獣の巣であった場所だ。出れば、あの下の崖のずっと離れたところへ出る」

「なぜそれを言わなかった?」七蔵が尋ねた。

「使わずに済むことを願っていた。あそこから這い出て、そこから獣に足跡をつける。足跡を残しながら、反対側の谷へ引っ張っていく。追いかけは、一人の後でも奴らは皆そちらへついてくる。木の皮を剥げと言ったのも、土で覆えと言ったのも、わしだ。奴らを呼び寄せたのはそれだ。わしが呼んだものを、わしが連れ出す」

そしてもう一言付け加えた。「わしはこの山に長く住んだ。わしだけが知る道がある」

それは本当のことだった。この山を知る者は虎蔵爺ただ一人だった。だから誰も言い返せなかった。

洞穴の中に何の音もなかった。天井の上を足音がまだ通り過ぎていた。土がぱらぱらと崩れる音だけがその沈黙の中に響いた。誰も止めなかった。誰も「行くな」とも言わなかった。ただ誰も何も言わなかった。止めることもできず、「行くな」ということもできなかった。その場で14人はただ口を閉ざしていた。

虎蔵爺がその沈黙を待ち、悟った。誰も止めないということが何を意味するのか悟った。杖を壁に立てかけた。這い出るにはいらぬものだった。木の杖が石の壁に触れる音がはっきりと響いた。それから穴の前に膝をついた。

その時、闇の中で金太が人々の間を這い出てきた。誰も止められなかった。子供が虎蔵爺の手を両手で掴んだ。

「だめ」

虎蔵爺が手を引き抜こうとしたが、子供が力を込めて離さなかった。離せばいなくなると知っている手だった。一度死に別れて母を失った手が、二度と離すまいと見つけていた。

子供が片手を懐に入れ、どんぐりの一つを取り出した。夏から食べずに貯めておいたものだった。それを老人の手に握らせた。

「これを食べて、行かないで」

どんぐりが老人の指の間からいくつかこぼれ落ちた。石の床を転がる音が闇の中に響いた。

おばばが真っ先に崩れた。「わしらが馬鹿だった」声を出せず、肩を震わせた。小話のように言葉を繋いでいたあの口が、この場面ではとうとう言葉を見失った。七蔵が這ってきて、虎蔵爺の足にすがりついた。「爺様です。だめです」

その時、お松の赤子が声を出そうと口を開いた。お松の手がまた赤子の口へ向かうと、おすずがその手首を掴んで引き離し、自分の小指を赤子の口に入れた。赤子が吸い、静かになった。

天井の上を足音が通り過ぎた。遠ざかり、そして止まった。誰も息をしなかった。動いているのは、老人の手を掴んだ子供の手と、赤子の口に含まれたおすずの指。その二つだけであった。

足音がその場に止まった。洞穴の天井の向こう、その場に止まったままであった。土が一つ崩れた。床に落ちたどんぐりが一粒転がった。静まり返った洞穴の中で、その小さな音が大きく響いた。誰もが体を固くした。

次の瞬間、外で風が唸り、積もりに積もっていた雪の塊が斜面を滑り落ちる音がした。ずるずるという重い音が、洞穴の上を長く覆い隠すように響いた。斜面が崩れるのを恐れたのか、兵たちが何か言い合う声がして、足早に谷の方へと遠ざかっていった。消えた。

人々が声を殺して泣いた。答えようとしても答えきれない鳴き声が口から漏れた。おすずが子供を後ろから抱きしめた。子供の肩に触れていたあの手が、今度は子供を完全に包み込んだ。耳元で囁いた。

「みんなで答えよう」

虎蔵爺が子供の手を握り返した。子供が掴んだ手を、今度は老人の方が握り返した。そして離さなかった。今度は誰も顔を背けなかった。夜が更けても誰も横にはならなかった。皆その姿勢のまま朝を待った。その夜の寒さを、14人は誰一人欠けることなく超えた。

翌朝、雪が山を覆っていた。兵の足跡も松の白い傷も、その雪の下に消えていた。虎蔵爺が長く外を見た後、「火を焚け」と言った。人々がその言葉をすぐには理解できなかった。長らく火を焚くことを恐れて過ごしてきた者たちだったから、危機が去ったという意味を飲み込むまでに時がかかった。七蔵がようやく火打ち石を打った。煙が雪の中に散っていった。人々が地面に座り込んだ。笑う者もなく、泣く者もなかった。ただ座っていた。その朝まで、誰一人欠けなかった。

おすずが金太を抱きしめた。腕に力を込めた。

「うちの子」

子供が呆然としておすずを見た。いつも無愛想で声も立てぬ人が、「うちの子」と呼んだ。子供がその言葉を理解できずにおすずを見上げた。おすずは何も言わずに、子供をさらに強く抱きしめた。虎蔵爺がその横に座り、子供の頭を撫でてやった。孫を扱うように、子供の頭を撫でた。

それから数日後、雪の降る日に虎蔵爺が罠道を見回りに出た。戻ってきた老人は、麓から抜かれてきた男に会ったと告げた。「里は守り抜かれた」という。人々はその言葉を聞いてもしばらく何の反応も示せなかった。何を意味するのか理解するまで時がかかった。それからおばばが泣いた。地面に座った人々の上に、雪がまた静かに降り始めた。煙出しもない洞穴から出た煙が、その雪の中へ散っていった。

しかし、冬そのものはまだ終わっていなかった。霜が過ぎ、正月も過ぎた。狭い岩の隙間に14人が身を潜める日々はなおも続いた。夜になれば誰かが咳き込み、誰かが体を丸めて震えた。金太は相変わらず片手に布切れを握って眠り、おすずはその横で毎晩子供の寝息を確かめてから目を閉じた。あの夜を超えたという安堵と、まだ終わらぬ寒さの疲れが、日々の底に静かに沈んでいた。

雪解け水が洞口の岩を伝って落ちる音を、その朝初めて聞いた。二月も終わりに近づく頃だった。人々はようやく冬を越した。山を降りねばならないという話がその日から出たが、元いた里には戻れないという知らせも一緒に来た。異国の大軍は浜辺まで退いたものの、なお一部の兵がその地に残っているという。いつ再び登ってくるかは分からず、里はまだ人の住める頃ではなかった。

虎蔵爺が杖をついて山を下り、水が近く、山を背にして前が開けた場所を一つ選んで戻ってきた。14人がその空地に降りてきた。戻るのではなく、初めから作り直すことだった。柱を立て、土を練って壁を塗った。冬の間こわばっていた手が、久しぶりに土に触れた。

金太は土を運んだ。もっこに詰めて運ぶうち、傾いてこぼすこともあった。虎蔵爺が叱らず、黙って隣にしゃがみ、置いた膝を軋ませながら一緒に土を拾い集めた。子供もその横に並んでしゃがみ、小さな手で老人の横から土を掬った。誰も何も言わなかったが、その仕草だけは繰り返された。

ある日、おばばが山菜を取りに出て、空の籠で戻ってきた。「ここは種切れだ」と言うと、山の上まで知る者はおすずしかいなかった。おすずが籠を手に取り、金太がついていくと言ったが、おすずは「駄目だ」と言った。金太は口を尖らせたが、それ以上ねだらなかった。

おすずが昔の山道を登っていった。冬の間誰も通らなかった道だったから、足がずぶずぶと沈んだ。溶け切らぬ雪が足首まで埋まり、一歩ごとに足を引き抜かねばならなかった。息が切れた。それでも道は体が覚えていた。どこで曲がり、どこで急になるのか、足が知っていた。

道の傍らに土饅頭が三つあった。前年の夏、自分の手で築いたものだった。夫と長男と次男を、この場所に葬ったのだった。盛り土が雪に押し潰されて低くなっていた。おすずが一瞬立ち止まってそれを見て、また通り過ぎた。

そこから二十歩ほど行った、道の曲がるところに、もう一つ低い土饅頭があった。前にはなかったものだった。雪解けが溶けたばかりのその土は、短い間だけ姿を現した墓だった。その上に、枝に布切れが一つ結びつけられていた。すっかり焦げた色の木綿だった。端がほつれて、歯で噛み切られた跡があった。

おすずが足を止めた。半年余り、子供の袖に残るあの跡を毎日見てきた。その場所にあったはずの紐が、今この木の枝に結ばれていた。おすずが籠を地に下ろし、こわばった結び目を爪で解いて解いた。手に握り、長く立っていた。それから墓を見た。盛り土が崩れ、石一つ載せられていなかった。何も知らず、どこの者かも知らぬ誰かが、道に倒れた人をそのままにはできず、手で土を被せて去っていったのだった。

おすずが膝をついた。今度は膝をついた。素手で凍った土を掻き集め始めた。凍った土だったから、なかなか掘れなかった。爪で削り取った。爪が割れた。それでも掘り続けた。半ば崩れた盛り土をまた積み上げていった。土を運んでは乗せ、手のひらで叩いて固めた。半日かかった。日が傾くまで土を積み上げた。手の甲がすっかり荒れた。それでも止めなかった。

墓を作った者が、死者の手に握られていた布を目印として枝に結んだのであろう。その布には、固く握り締め続けた皺がいくつも残っていた。おすずは手に握った布を見た。これを持って帰れば、子供の子育てに付けてやれるものだった。母が残したものだから、子供のものだった。そうすれば、子供はいずれ知ることになる。自分の母がどこに眠り、なぜ迎えに来られなかったのか、その全てを。

だが、そう思うと同時に、子供はまだ四つだった。全てを飲み込むには幼すぎた。おすずはその布切れを別の小さな布に包み、盛り土の上に据えた石の下にそっと差し入れた。埋めて隠すのではなく、いつかこの子が大きくなって尋ねてきた時に、そこにあるようにと置いたのだった。近くで拾った石を、その上にもう一つ乗せた。急いで葬った者が乗せてやれなかった石だった。

おすずは額を土につけた。何も言わなかった。長いことそうしていた。三人を葬っても手を合わせなかった人が、名も知らぬ他人の母の墓の前で、額を土につけた。

夕方、おすずが空の籠を下げて降りてきた。山菜は一口も摘まなかった。そんな暇はなかった。村に入ると、おばばが縁側で待っていた。「なぜ手ぶらなのか」と尋ねた。

「場所が良くなかった」

おすずはそれだけ答えた。おばばがおすずの手を見た。爪が割れていた。手の甲がすっかりひび割れていた。山菜を摘んでそうなる手ではなかった。だが、洞穴で真っ先に泣き崩れたおばばは、今度は何も尋ねなかった。水を一杓汲んできて、おすずの前に置いてやるだけであった。

おすずがその水に手を浸した。冷たい水に割れた爪が染みた。それでも手を浸したままじっとしていた。おばばがその傍らに座り、おすずの背を何度かさすってから立ち上がった。

その夜、粥の前で汁をかき混ぜていると、金太が懐から布切れを取り出して眺めていた。ふと尋ねた。

「おばさん、うちの母を見なかった?」

おすずの手が止まった。子供が山で最初におすずと出会った時と、全く同じ問いだった。あの時「見なかった」と答えたのと同じ言葉を、おすずは繰り返した。

「見なかったよ」

おすずはそう言い、それから続けた。「きっとどこか安全なところにいらっしゃるよ。お前が大きくなれば、きっと会える」

「大きくなったら会えるの?」

「会えるよ」

「いつ大きくなるの?」

「たくさん食べたら」

金太が布切れを懐へ仕込んだ。それから飯をよく食べた。おすずは汁をかき混ぜる手を止め、粥の縁を両手で掴んだ。肩は動かなかった。声も立てなかった。

幾日か過ぎた昼、おすずが金太の子育てを膝に置いた。子供は庭で遊んでいた。草鞋を履きながら、一人で何やら呟いていた。おすずが子育ての紐の跡を見た。仮縫いにしておいた布切れの跡がそのままあった。おすずがその糸を一本ずつ丁寧に解き、布切れを取り去った。開いた場所が再びぽっかりと空いた。

おすずが自分の子育ての紐を見た。まだ無事だった。針を口に加え、自分の紐を歯で噛み切った。糸のほつれる音がした。あの年の夏、子供の母が人並みに押し流されながら、自分の紐と子供の紐を歯で噛み切り、互いの手に残したあの音と、全く同じ音だった。

おすずが噛み切った紐を、子供の子育ての開いた場所に当てた。母が紐を噛み切ったあの開いた場所だった。おすずは何度も糸を巻き、結び目を固く締めた。今度こそ二度と離れぬように、丁寧に縫いつけた。

夕方、子供がその子育てを着て出てきた。新しく付いた紐を手で触ってみたが、色が違うことに気づいても、何も言わなかった。四つの子だったから、そのまま庭で遊んだ。夕餉の支度をしながら、おすずはその小さな背中をしばらく見ていた。何かが胸の奥で動いていたが、それを言葉にする術を、おすずはまだ持っていなかった。

おすずが粥をよそっていた。

「ご飯だよ」

庭から返事が来た。「うん」

「母さん」

おすずが固まった。杓子を持ったまま固まった。子供も驚いた。思わず出た言葉だった。それからまた何事もなかったように遊んだ。しばらくして、子供がまた呼んだ。

「母さん、なんで返事しないの?」

おすずが背を向けたまま答えた。「うん」

それから杓子を持ったまま泣いた。声は立てなかった。涙が頬を伝って、汁の中に落ちた。三人を葬っても声を上げて泣かなかった人だった。その人が、「母さん」という一言に、声もなく泣いた。

子供が駆け込んできて、粥の前に座った。おすずが振り向いて飯をよそった。顔はもういつもの顔だった。

十二年が過ぎた。金太が大きくなり、子育てを変えるたび、おすずはあの日の紐を新しい子育てへ縫い直した。布は古びても、紐だけは十二年、金太の胸元を離れなかった。秋には畑ができ、家が建ち、家が行くと立ち並んだ。庭には子供たちが駆け回っていた。あの冬を越えて生き延びた人々が、その場所に村をなして暮らしていた。

十六になった金太が庭に立っていた。背がおすずより高くなっていた。四つの子が土をこぼしていた。あの手は今は大人の男の手になっていた。手には古びた杖が一つ握られていた。虎蔵爺がついていた杖だった。己の手で人を生かそうとし、自分の手が人を呼び寄せたことを知って、自分の命でそれを償おうとした老人は、もうこの世にいなかった。杖だけが金太の手に残っていた。

おすずが家から出てきた。四十にも満たぬのに、背は以前より随分丸くなっていた。あの冬とその後の歳月がそうさせたのだった。それでも毎年この季節になると、「芝を取りに行く」という口実で、おすずは一人山へ登っていた。誰にも語らなかったが、あの低い土饅頭に生えた草を抜き、土を固め、石を一つ新たに乗せることを、十二年続けてきたのだった。

その日、おすずは金太を呼んだ。山へ二人で行こうと言った。金太が腕を差し出し、おすずがその腕を掴んだ。二人並んで山道を登った。かつての平らな大岩の前を通り過ぎたが、おすずは足を止めなかった。そのままさらに奥へと歩いた。金太が不思議そうにその背を追った。

道が曲がるところで、おすずが足を止めた。低い土饅頭が一つ、草に覆われて残っていた。

「ここにお前を産んだ母さんが眠っている」

金太が動かなかった。長いことその盛り土を見つめていた。おすずが石の下から色褪せた紐を取り出した。歯で噛み切られた跡のある、焦げ茶色の木綿だった。

「これはお前の紐だ。母さんがお前の子育てから噛み切り、最後まで離さなかったものだ。あの春、ここで見つけた」

金太はすぐには受け取らなかった。それは四つの自分の子育てから母が噛み切って持っていった紐だった。母が持っていったものを、自分が長い間行方さえ知らなかったもの。手のひらに乗せられて初めてその重みを知るもののように、金太はしばらく動かなかった。

「なぜ今まで言わなかったのです」

「四つのお前には言えなかった。一日伸ばし、また一日伸ばすうちに、今更言えばお前を二度傷つけると思った」

おすずはそこで言葉を切った。だが本当は、母と呼ばれなくなるのが怖かった。

金太が母の墓を見つめたまま、また尋ねた。「母さんは私を探していたのですか?」

「別れ道で三日、お前の紐を見せながら、通る者全てに訪ねていたそうだ。私が降りた時には、もういなかった」

金太は何も言わなかった。それから盛り土の周りに目をやった。草が刈られ、土が新しく固められ、石が乱れなく積まれていた。何もない墓には不釣り合いなほど、丁寧に手入れがされていた。

「この墓を十二年守っていたのは」

おすずは答えなかった。答えなくとも金太には分かった。「芝を取りに行く」という口実で、毎年一人山へ登っていた背中を、金太は何度も見ていた。

金太が紐を受け取った。両手で包むように握った。それから墓の前に膝をつき、長く頭を下げた。おすずはその後ろに立ち、何も言わずに待った。声をかけることも慰めることも、元よりできない人だった。ただ傍らに立つことだけが、おすずにできる全てだった。

日が傾きかけた頃、金太が顔を上げた。手の中の紐をしばらく胸に当てていた。それから石の下へそっと戻した。

「母さん、これはここに置いていきます。母さんが持っていてください」

そう言って、自分が十二年間ずっと懐に守ってきたもう一つの紐だけを取り出した。母が自分に握らせたあの紐だった。それを確かめるように握り直し、今度は懐の奥深くへしまった。立ち上がり、振り返っておすずを見た。しばらく何も言わなかった。

「行きましょう」

そう言ったのは金太だった。山を降りる道すら、金太が手を差し伸べた。おすずの手を握った。大きく荒れた手が、おすずの小さく曲がった手を包んだ。何も話さなかった。

母の手を離して人並みの中で母を見失った子供だった。自分のせいで誰かがいなくなることを恐れて、洞穴の中で老人の手を離さなかった子供だった。嘘を十二年隠した人の隣を、それでも選んで歩く大人になっていた。

十二年前、おすずが自分の子育てから噛み切った紐は、金太が大きくなる度、新しい子育てへ縫い継がれてきた。今もその紐は金太の胸元についていた。そして懐には、四つの時母が手に握らせてくれた紐があった。一つは産んだ母が最後に託した紐。もう一つは育てた母が自分の子育てから噛み切り、縫いつけてくれた紐だった。金太はそのどちらも手放さなかった。

二人はそうして手を取り合って山を降りていった。若く力強い足音と、老いて小さくなった足音が、並んで同じ歩調を踏んだ。その二つの足音が並んで遠ざかっていった。山の麓には、あの冬を生き延びた村があった。家から夕餉の煙が登り、子供たちの声が聞こえていた。あの冬は遠い昔に過ぎ去った。残ったのは、山の麓の村と、並んで山を登り下りする二人と、色の違う二本の紐だけであった。それでよかった。

春が過ぎて行こうとしていた。

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