「なんで俺を助けてくれないんだ?」
夫の震える声に、私は思わず笑みがこぼれた。キッと睨む夫の顔を見て、さらに問いかける。
「自業自得って言葉、知ってる?」
妊婦の私が夫を追い詰めた経緯と、その仕返しが人生で一番スカッとしたので、聞いてほしい。
私はあ子、26歳の在宅ワーカー。夫の修司に「実家に空き部屋があるし、貯金ができる」と説得され、しぶしぶ義母との同居を決めた。結婚当初、義母は優しかった。いや、そう取り繕っていたというのが正解かな。
私が在宅で働いているからか、義母は外で働く仕事より一段低く見ているようだった。
「家にいて楽をしているのだから、家事一切はあなたの仕事よ。手を抜いたら許さないからね」
と、義実家のルールを押し付け、順序が守れていないとチクチク指摘して、とにかく嫌味ったらしい。負けず嫌いの私は「こんなこともできないの?」と馬鹿にされるのが嫌で、ムカつきを抱えながら家事をこなしていた。
昔から飲み込みがいい私は、3ヶ月もすれば義母の指摘を先回りして「それ、もうやりましたよ」とドヤ顔できるほどに成長した。だが、それが義母には気に入らなかったようだ。矛先を変えて、私の仕事を邪魔するようになった。
仕事中にノックをして「廊下に磨き残しがあるわよ」とか「今日は生姜焼きが食べたいから、豚肉を買ってきてちょうだい」と、どうでもいいことで声をかけてくる。イヤホンをして無視を決め込んでいると、殴りつけるようなノックに変わる。それでも無視を続けると、勝手にドアを開けて入ってくるようになった。
「なぜ応じないのか」と怒る義母に「聞こえませんでした」「後でもらえませんか?」と冷静に対応しても、義母は自分の都合ばかり。
私は夫と二人きりになった時を見計らって、どうにかしてほしいと頼んだが、
「在宅あるあるだな」
と笑うだけ。「母さんもきちんと説明したら分かってくれるよ」と、やんわり自分でどうにかしろと言われた。
在宅だろうが外勤だろうが、仕事は仕事だ。納期は待ってくれない。我慢も限界に来た私は、
「お母さん、仕事中は邪魔しないでください。用事は後から聞きますので」
とはっきり告げたが、義母は顔を真っ赤にして怒ってきた。
「なんて言い草なの。家の用事を後回しにするなんて。女は家事が一番。勝手なことは許しません」
「私の状況を考慮してもらえませんか?」
「まともに嫁の仕事もできない人に、そんな権利があると思うの?」
「家事は手を抜いていません。こうも何度も邪魔されると仕事にならないと言っているんです」
「さっきから聞いていれば、邪魔だ邪魔だって。なんて冷たい嫁なの?」
話が噛み合わず、頭痛がした。仕方なくドアに鍵をつけて物理的に入れないようにすると、夕飯の席で義母が甲高い声をあげた。
「ねえ、修司。あ子さんひどいのよ。私が入れないように鍵をつけたの」
バカバカしい義母の話が終わって、続いて私が反論したが、夫の対応は適当なものだった。
「さすがに鍵はないんじゃないか。母さんもあ子に頼りたいだけだろうし。用事を聞くくらい時間あるだろ」
と、ため息混じりに義母の肩を持つ夫。
「悪いけど、そんな時間ないの」
と答えた私に、不機嫌そうに顔をしかめる。「ひどいわ」という義母の甘える声が耳障りで、そのせいか吐き気が止まらなかった。
鍵をつけたことで仕事のペースが戻ったのは良かったけれど、夫が私をかばってくれず、さらに不満は募っていった。
それから数日、吐き気は止まらず体調も悪化。あまりに頻繁に起こるので、もしかしてと妊娠検査薬で調べると、陽性の反応が。義母による吐き気ではなく、ようやく妊娠だと気づいた。
不機嫌だった夫に伝えると、打って変わってご機嫌にお腹を撫でてニコニコされる。悪い気はしない。「俺、何かしようか」なんて声をかけてくれる夫に「何していいか分からないんだろうな」と呆れつつも、気遣いは嬉しかった。
一方で義母は、そんな夫婦らしいやり取りに嫉妬し、さらに嫁いびりを加速させた。
「子育ては女の仕事なんだから、修司の優しさに甘えるのは許しませんからね」
夫が仕事に行くと毎度言われた。「私の時はだらけるなんて許されなかった。座り方だってそう厳しかったのよ。気持ちの問題なの。甘えるのもいい加減にしなさい」と、私の行動を追いかけ回し、休ませてもくれない。
「妊娠してこんなに体調が悪いと、ストレスか知らないけど先が思いやられるわ。孫が生まれたら私が世話した方がいいわね」
夕飯時、義母がそんなことを言い出して、情緒不安定だったのも手伝い、私は叫んでいた。
「ストレスの原因はお母さんですよ」
「まあ、なんて言い草」
と義母が夫を見る。夫は視線をうろうろさせて、か細い声で言う。
「母さんはあ子を気遣っているんだから、さすがにその言い方はないんじゃないか」
やっぱり夫は義母の味方だった。少し優しくなった夫に期待していた反面、裏切られたショックは大きかった。こんな環境で子育てなんてできるのかな? 恐怖を覚えた私の頭に、初めて「離婚」の二文字がよぎった。
3ヶ月も経つとつわりもなくなり、私の情緒不安定な心も普段通りに戻ったが、義母の態度は相変わらずだった。夫の前では比較的大人しいものの、夫が見て見ぬふりをするから図に乗っている。
「なんとかしないとな」
と実家に相談しつつ悩んでいた時、夫が短期の転勤を言い渡された。2年くらい。転勤先は、私の実家がある県にあった。
そんな時、私はある妙案を思いついた。
賃貸情報誌を読んでいた夫に、それとなく提案する。
「部屋もあるし、私の実家に住んだら?」
面倒が嫌いな夫はすぐに飛びついた。両親にも即オッケーをもらって、義母には夫から調子よく説得してもらい、あっという間に同居が決まった。
義実家と違い、実家はストレスフリーだ。一人娘の私に両親は甘い。私が義実家で受けた扱いはすでに知っていて、私よりよほど怒り狂っている。
さて、そんな実家に住むことになった夫への両親の扱いは、まあなかなか厳しかった。
「おい、まだ寝ているのか? さっさと起きて家の周りの掃除だぞ」
休日の早朝、父はそう言って夫を叩き起こす。実家では昼まで寝ていた夫には苦痛だろう。しかも父の監視付きだ。
「なんだその拭き方は? 指紋がついているぞ。もう一度全部拭き直し」
義母と違い、しない汚れを指摘するわけではないが、聞いていてちょっと気の毒には感じた。
「あらあら、仕事が終わったからって、どうして家の仕事を手伝おうとしないのかしら。待っていたらご飯が出てくるなんて、お母様に甘やかされたのね」
母も競うように夫をこき使う。義母に似て外面のいい夫は、両親にペコペコするばかりで文句の言えない様子。
「なあ、あ子も手伝ってくれよ」
テレビの前でゴロゴロする私を見て言った。私が仕方なく手伝おうとすると、母の一喝が飛ぶ。
「妊娠中の妻を使うなんて、夫として思いやりはないの?」
叱られてしょんぼりする夫。私は徹底的に見ないふりをした。
風呂の蓋がずれていると文句を言われ、働くことしかできないのかと責められ、休日も気が休まらない生活。夫が家でため息をつくことが増えた。
ある日、夕飯の席で夫はとうとう爆発した。
「ずっと我慢してきましたが、さすがにひどい。俺だって頑張っているんです」
「頑張っているというが、それは君の主観だろう」
と父。「お父さんはあなたのためを思って言うのよ。それなのに、その言い方はないんじゃない?」と私の援護射撃に、夫は絶句して唇を震わせた。
「なんで俺を助けてくれないんだ?」
「当然でしょう」
と笑う私。「夫がいじめられてるのに、なんでそんなに冷たくなれるんだよ」
「あのね、自業自得って言葉知ってる?」
私は問いかける。
「私がお母さんのことで困っていても、あんたは見て見ぬふりだったわよね。助けて欲しいって言ったのに、笑ってスルーしたあげく、お母さんの肩を持ったわよね」
思い当たることがあるのだろう。夫は口をパクパクするだけだ。
「私はあんたを真似しただけよ」
言いたいことを吐き出した私は、その場を立った。残された夫は、両親にしこたま絞られたようだ。すっかり怯えた様子の夫は、「これもあ子の痛みだって思うよ」と、相変わらずの両親の教育的指導に耐えていた。正直、上っ面だけだと思ったが、反省はしている様子だった。
数ヶ月後、娘が無事に誕生。その頃には随分調教されたのか、すっかり娘バカのいい父親の顔を見せるようになった。
「嫁いびりについては、母さんとあ子に挟まれてどうしようもなくて」
と口にしたのは呆れたが、確かに義母と離れてからの夫はだいぶマシだ。
「こんな可愛い娘をありがとう」
と言われた時は驚いて二度見した。子供の影響って大きいんだなあ。嬉しい変化に戸惑う私がいた。
さて、娘もようやく首が座って、私と夫は子供の顔を見せるため義実家を訪れた。義母は孫を見て「まあ可愛い」と褒める。早速抱かせてと言われるかと思ったが、
「今に上がるよう」
と言われて拍子抜けした。
「俺、お茶入れてくるよ」
すっかり家事もできるようになった夫が、娘を抱いたままキッチンに向かった。
「修司ったら、娘が可愛くて片時も話そうとしないんです」
と笑う私に、義母はガラリと表情を変えた。
「何がおかしいの? 夫にそんなみっともないことさせて。え、あなたも困ったものね。娘が生まれたくらいで喜ぶなんて。あなたが赤ちゃんの性別は生まれるまでの楽しみにするって言うから黙ってたけど、検査させればよかったわ。女だなんて、期待外れもいいとこよ」
親戚呆れたと言わんばかりの義母。「検査」って、最初から娘だと分かっていたらどうするつもりだったのか。あまりの恐怖に言葉が出ない。
「あなたって本当に役立たずな嫁ね。娘だなんて、私、可愛がるつもりないからね。世話もしないわよ」
義母がそう言ってため息をついた時、襖の扉が開けられた。
「母さん、さすがに今のは許せない」
厳しい口調の夫に、義母が顔を青くする。
「修司……」
「今のは、俺が娘を宝だと思ってる。俺がどれだけダメだったかも思い知ったよ。あ子は俺にはもったいない嫁だ。きちんとあ子に謝ってくれ」
「いやよ。私は悪くない。悪いのは生意気なこと言う嫁でしょ」
「ならいいよ。検査させたらよかったなんて言う時点で、正直頭がどうかしてるって思ったからさ。ほら、あ子、帰ろう」
夫はそう言って私に手を伸ばす。
「い、いやよ、修司」
すがる義母の姿は、捨てられる女のようだ。私は夫の手を取って立ち上がる。
「言っておくけど、もう俺の家族と一緒になんて暮らさせない。何をされるか怖くて仕方がないんだ」
夫は静かに絶縁宣言をした。一部始終を聞いて、両親は夫の対応に驚いたようだ。父はちょっと不機嫌そうに「我々の指導が聞いたんだろうが」と微妙な顔をしていたが、母は素直に喜んでくれた。
夫は確かに変わったけれど、正直私はまだ信用しきれていないし、そう簡単に許しはしないだろう。でも、義母にきっぱりと言った夫を嬉しく思う自分もいる。夫の今後を見守るつもりだ。
義母はといえば、懲りずに夫へ謝罪の連絡をよこしている様子。「俺に謝っても仕方ないだろ」と呆れ顔の夫。もし男の子が生まれても絶対合わせないと宣言している。
最大のストレス要因であった義母から、愛しい息子を奪う結果となった今回の仕返し。夫への仕返しだけを目的にしていたけど、おまけに義母に一矢報いてやったのだから、なかなか素晴らしい結果だと思う。少なくとも私は今、最高の気分です。


