「町工場の男なんか妹には無理。お前が代わりに行け」…

「町工場の男なんか妹には無理。お前が代わりに行け」...

「町工場の男なんか妹には無理。お前が代わりに行け」

父の声が実家の居間に響いた。テーブルには見合い写真が投げ出されていた。リナが断った相手だった。

「リナにはもっと立派な相手がいるのよ。でも地味なあなたにはちょうどいいでしょう」

母は湯呑みを傾けながら頷いた。ソファーのリナはスマートフォンから顔も上げない。

「無口な工場作業員と地味な事務。お似合いじゃん。私の代わりに引き取ってよ」

誰も私の顔を見ていなかった。この家で私は36年間ずっとそうだった。妹の学費を稼ぐ手、祖母を介護する手、会社の帳簿を閉める手。手としてしか扱われてこなかった。断れば会社も家も失う。逃げ場のない命令だった。

私はこの縁談を受けることにした。ただ、この人たちが望んだ通りの結末にはならなかった。なぜ私がそう言い切れるのか?それを話すには、この日より前へ戻らなければならない。

話はその年の春の初めから始まる。

私は藤原みつき、36歳。父が経営する自動車部品の会社、藤原成功で経理をしている。高校を出たその足で入社して18年になった。給与の計算、支払いの処理、銀行への対応、数字にまつわる仕事は全部私の机に集まってくる。朝は誰より早く出て事務所の鍵を開け、夜は誰より遅く帳簿を閉めて鍵を閉める。盆と正月の他にまとまった休みを取った記憶がない。熱を出した日も給料日の前だけは張り張って出た。振り込みが遅れれば困るのは現場の人たちだからだ。

それでも肩書きはただの事務だった。給料は月に15万円。手元に残るのは12万円ほど。そこから8万円を毎月生活費として母に渡してきた。給料日の夜、母は茶の間で封筒を開ける。「家に住んでいるんだから当然でしょう」母のさえ子は私の目の前で中身を数える。1枚ずつ音を立てて。18年で渡した額は1700万円を超えた。こういう計算をすぐしてしまうのは経理の性だ。

文句を言ったことは1度だけある。20代の頃だ。父の返事は早かった。「事務の給料なんてそんなもんだ。嫌なら出ていけ。誰のおかげで飯が食えてると思ってる」食卓が静まり、母が「お父さんの言う通りにしなさい」と締めてそれで終わった。以来、私は言わなくなった。口を閉じれば少なくとも食卓は静かだった。

5つ下の妹のリナは私立の大学へ行った。学費は家族のお金から出た。私の給料もそこに含まれていた。リナには20歳の誕生日に新車が買い与えられた。赤い輸入車の小さな車だ。成人式の振り袖は下手で70万円。写真館の1番高いコースに収まった。私の成人式は母のお下がりの着物に近所の写真屋の1番安い1枚だった。私は雨の日も中古の自転車で会社へ通った。

「お姉ちゃんは会社が近くていいよね」

リナは窓を開けて信号待ちの私にそう笑った。

大学を出てもリナは働かなかった。それなのに会社からリナへ毎月30万円が振り込まれている。帳簿の上ではリナも社員だった。出社した姿を私は1度も見たことがないのに。振り込みのボタンを押すのは私だ。名目を尋ねると父は笑った。「リナは顔を売るのが仕事だ。お前みたいな地味な女には分からん世界だよ」

私の給料の倍の金が働かない人間に流れていく。その処理を私の指がする。この皮肉に慣れるまで随分かかった。

唯一の味方は祖母のさと子だった。縁側でみかんを分けながら祖母はよく言った。「みつきはよう働く子だ。心配せんでも、ちゃんと見とる人はおるからね」

その祖母は5年前に亡くなった。最後の2年は寝たきりで、朝晩の世話をしたのは私だけだった。「おばあちゃんの部屋、匂いが移るから嫌なのよね」リナはそう言って2階から降りても来なかった。祖母は最後の頃、私の手を握って繰り返した。「みつき、すまんね。すまんね」何に謝られているのか、その時の私には分からなかった。母もリナも祖母の部屋には近づかなかった。

私には入社の年から続けている習慣がある。会社が年に1度くれる1年分の給料の証明書、源泉徴収表という紙だ。それを給与明細と一緒に自宅の古いファイルへ閉じてきた。18年分、1年も欠かしていない。年末にその紙を受け取ると、私は定規を当てて穴を開け金具に通す。手取りの数字を見てため息をついて、それでも閉じる。毎年それを繰り返してきた。深い考えがあったわけではない。数字の乗った紙を捨てられない、ただの性だった。

2年前、父は決算の作業と銀行の対応を私から取り上げた。「お前は日々の伝票だけやっていればいい。決算は俺の仕事だ。外部の代行屋に頼むから」と言った。同じ頃から一部の支払いは父が手元で直接済ませるようになり、私の机を通らない出金が増えた。ついでのように私の実印と委任登録カードも会社で預かる。「その方が安全だ」と言って。預かり証の1枚もなかった。おかしいと思わなかったわけではないけれど、この家で「なぜ」と聞くことは娘には許されていなかった。聞けば父が怒鳴り、母がため息をつき、リナが笑う。その順番まで決まっていた。

そしてあの年の春が来た。縁談の前に、まず会社の空気が変わり始めていたことを先に話しておきたい。

春先から藤原成功には銀行の人がよく来るようになった。月に1度だった訪問が週に1度になった。応接室の扉は閉められ、話し声は低く、父は書類の鞄を自分の車に積んで帰るようになった。「支払いは月末ギリギリまで待たせろ」そんな指示も増えた。仕入れ先への振り込みを遅らせるのは、資金繰りの苦しい会社のやることだ。伝票しか触らせてもらえない私にもそれくらいは分かる。銀行の人たちは帰り際に必ず事務所を見回していく。若い行員が私の机の帳簿に目を止めて何か言いかけて、上司に促されて出ていったこともあった。

私の机には答え合わせのできない数字の断片だけが流れてきた。仕入れ先への支払いは待たせるのに、リナの30万円だけは1度も遅れたことがない。それを命じるのも父で、振り込むのは私だった。

「お父さん、最近銀行さんが多いですね。何かあったんですか?」

思い切って聞いた日、父は新聞から顔もあげなかった。「経理は口を出すな。伝票を打つ手が余ってるならリナの部屋の掃除でもしてろ」それきりだった。

代わりに割を食うのは私だった。「藤原さん、今月のお支払いまた月末ですか?」電話口で仕入れ先の担当者の声が硬くなる。「申し訳ありません。手続きの都合で」頭を下げるのは、遅らせろと命じた父ではなく電話を取る私だ。受話器を置く度に、知らない借金を背負わされていくようだった。

家の中は相変わらずだった。祖母の仏壇に手を合わせるのは私だけ。湯呑みの水を替え、鈴を鳴らす。それが私の1日の始まりだった。祖母の話をすると母は決まって話題を変えた。「おばあちゃんの残したものなんていいのよ。それよりリナのドレス代がね、またいるのよ」

祖母が何を残したのか。その話はいつからか家の中で禁句のようになっていた。1度だけ母に聞いたことがある。「おばあちゃんの通帳はどうなったの?」「あなたが心配することじゃないでしょう。選作する暇があるなら早くお風呂を洗って」母の声が1段高くなったのを覚えている。

リナのSNSは華やかだった。ホテルの昼食、ブランドの新作、海外の海。「経営者の娘は辛いわ」という文字に数えきれないほどのいいねがつく。「今月は撮影で忙しかったわ」何の撮影かは誰も知らない。出社は1度もない。それでも毎月30万円。その金がどの口座から出ていくのか、私は指の感覚で知っている。

ある晩、リナは爪を乾かしながら言った。「お姉ちゃんは真面目だけが取り柄なんだから、黙って働いてればいいのよ」

「そうよ。リナは花があるからいい家へ嫁ぐ子なの。あなたは地味だから、人の役に立ってこそ価値があるのよ」母が当然のように重ねた。

言い返す言葉を私はもう探さなくなっていた。

花のある妹と役に立つ姉。この家の値札は生まれた時から張り替えられたことがない。値札を張ったのは私ではないのに、剥がすことも許されなかった。

夕食の席で父が母に漏らすのを聞いたことがある。「大隅のところの仕事が減らされたらうちは終わりだ」「あなたの会社でしょう。しっかりしてちょうだいよ」母の関心は会社の中身ではなく、暮らしの水準の方にあった。

救いは会社の現場にあった。工場長の田岡さんは機械油の染みた作業着で差し入れをしてくれる。「経理さんが閉めてくれるから現場が回るんだ。社長は分かっとらんけどな」58歳、現場一筋の人だ。この人の前でだけ私は息ができた。

「田岡さん、最近の会社大丈夫でしょうか?」

「さあな。ただ、検査の書類のことでお客先と揉めたって話は聞いた。現場は言われた通りに作っとるのにな。妙な話だ」

田岡さんは缶コーヒーを飲み干して、それ以上は言わなかった。家は誰かの首が飛ぶ。そういう黙り方だった。

検査の書類。その言葉は小さな棘のように残ったけれど、追及する権限は事務の私にはない。疑問を鞄の奥に押し込んで、私は伝票を打ち続けた。見て見ぬふりは、この家で生き延びるために覚えた私の1番古い技術だった。波風を立てなければ次の日も同じ1日が来る。そう思い込もうとしていた。

その春、大隅の仙台が1つの縁談を持ってきた。それが全ての始まりになる。

大隅の仙台は74歳。藤原成功の1番古い取引相手で、父が頭の上がらない数少ない人だ。創業の頃、藤原成功に最初の仕事をくれたのがこの人だと聞いている。「神谷さん、40歳、製造業の人でな。人柄はわしが保証する。会うだけ会ってみんか?」

リナの縁談だった。釣書には神谷という名前と「40歳、製造業」とだけあった。会社の名前は書かれていない。珍しいことだと思ったが、大隅さんの紹介に文句をつけるものはこの家にいない。「大隅さんのご紹介なら間違いないわ。かもしれないわよ」母は乗り気になり、料亭での顔合わせが決まった。

「顔合わせなんてめんどくさい。写真で分かるじゃん。稼げない男だって」リナは当日の朝までぐずり、母に叱られてようやく支度をした。私はお茶と荷物のかかりとして末席に座らされた。「あなたは黙って座ってなさい。喋る必要はないから」母は車の中で私にだけそう釘をさした。

「お姉ちゃんも来るの?まあ、荷物持ちは必要か」リナは鏡から目を離さずに笑った。

料亭の座敷で大隅の仙台が口を開いた。「神谷君はな、わしが40年この業界を見てきて1番仕事の筋がいい男じゃ」父は愛想笑いで頷きながら時計を気にしていた。

約束の時間ちょうどに襖が開いた。神谷さんは作業着で現れた。仕事場から直接来たのだと深く頭を下げた。「失礼しました。午後の部品の検品がありまして、着替える時間が取れませんでした」

リナの眉があからさまに寄った。「お仕事何をされてるんですか?」「製造業です。普段は工場へ出ています」「ふん」リナは箸も取らずに品書きの箸を追ったり戻したりしていた。神谷さんは大隅の仙台と控えめな話を穏やかに続けた。難しい話のはずなのに、仲居さんが下げ物に来ると手を止めて必ず礼を言う。器を戻す位置まで丁寧な人だった。

会社の名前も規模もリナは聞かなかった。聞く気がなかった。写真と職業、リナが人を図る物差しはそれで全部だった。

「工場勤務って油臭そう」聞こえよがしの小声だった。母が取りなすでもなく笑う。「若い子は正直でごめんなさいね」

「私、作業着の男の人と結婚とかありえないんで、帰っていいですか?」リナはそう言い切ってスマートフォンを取り出した。

場が凍った。大隅の仙台の湯呑みを持つ手が止まるのが見えた。父の額に汗が浮かんだ。御大の顔を潰したのだ。当然だった。

神谷さんは怒らなかった。湯呑みを静かに置き、仲居さんに「ご馳走様でした。美味しかったです」と礼をして立ち上がった。「本日はお時間をいただきありがとうございました」声は最後まで平らだった。去り際、この人は末席の私にまで小さく会釈をしていった。お茶を注いだだけの、名前も紹介されない係りの私にだ。

大隅の仙台はしばらく黙って庭を見ていた。それから父に向き直って低い声で言った。「藤原さん、あんた、人を見る目まで娘さんに譲ってしもうたのかね」

父は返す言葉もなく畳に手をついた。

襖が閉まってからリナは伸びをした。「ああ、時間の無駄だった。次はせめて医者にしてよね」

帰りの車で母はリナを庇い続けた。「リナが悪いんじゃないわ。作業着で来る方が非常識よねえ」運転席の父だけがずっと黙っていた。ハンドルを握る手の甲に筋が立っていた。その横顔から私は目をそらした。

私はといえば、あの会釈のことばかり考えていた。あの人はなぜ会社の名前を言わなかったのだろう。蔑まれても笑われても1度も声を強めなかった。あの落ち着きはどこから来るのだろう。その答えを知るのはずっと後のことになる。

そして数日後、私は実家の居間に呼びつけられた。あの命令の日だ。

呼び出しの電話は母からだった。「大事な話があるから、仕事が終わったらすぐ帰ってきなさい。寄り道しないでよ」大事な話。この家でその言葉が使われる時、大事にされるのは私ではない。自転車のペダルがいつもより重かった。嫌な予感だけが膨らんでいく。

家の玄関は明りがついているのに冷えていた。その日、居間には3人が揃っていた。父は上座の座布団に、母はその隣に、リナはソファーに寝そべるように座っていた。テーブルにはあの見合い写真が投げ出されていた。

「町工場の男なんか妹には無理。お前が代わりに行け」父は前置きもなくそう言った。

一瞬意味が取れなかった。代わりに?「相手の方のお気持ちは、相手には俺から話をつける。妹の代わりに姉を出す。それで筋は通る」筋。この人の言う筋はいつも自分の都合の形をしている。

「リナにはもっと立派な相手がいるのよ。でも地味なあなたにはちょうどいいでしょう」母は湯呑みを傾けながら頷いた。

「無口な工場作業員と地味な事務。お似合いじゃん。私の代わりに引き取ってよ」リナはスマートフォンから顔もあげなかった。

私は自分の手を見た。妹の学費を稼いだ手。祖母を介護した手。会社の帳簿を閉める手。この家で私は手としてしか扱われてこなかった。「姉なんだから我慢しなさい」子供の頃からこの家の答えはいつもそれだった。おやつも進学も部屋の広さも、我慢の理由はいつだって姉だから。そして36になった私に、今度は結婚まで我慢の枠で回ってきた。

それでもこれはあんまりだと思った。「嫌です。結婚は物のやり取りじゃありません」自分でも驚くほどはっきり声が出た。

父の顔色が変わった。「誰に向かって口を聞いてる。大隅さんの顔を潰したままで住むと思ってるのか。あの人の仕事が止まればうちは終わりなんだぞ」怒気の強さに別の何かが混じっていた。対面だけではない。この人は何かに追われている。そこまで読めたわけではないが、声の端の震えだけは耳に残った。

「第一、妹に工場勤務の男は釣り合わんのだ。リナは藤原の看板娘だぞ。釣り合いってものを考えろ」

釣り合わない。会ったのは一度きり。名前と作業着しか知らない相手に、この人は天秤を持ち出す。その天秤の皿に何を乗せているのか、私はまだ知らない。

「断るなら会社も家も出ていけ。今までの飯代も部屋代も耳を揃えて返してからな。退職金なんか1円も出さん」

「もらったものを返せ。親に恥をかかせて、それでも娘なの?」母が畳みかけた。

「お姉ちゃんが行けば全部丸く収まるじゃん。何をごねるの?」リナが初めて顔をあげて、そこに言った。

ごねる。私の人生の話をこの子はそう呼ぶ。喉の奥が熱くなった。言い返す言葉ならいくらでも浮かんだ。でも、この居間を見回して分かってしまった。ここに私の味方は1人もいない。祖母が死んだ日からずっといなかった。泣いても喚いても、私は面倒な姉として片付けられるだけだ。

それに断ればどうなるかも私は知っていた。住む場所と仕事を同時に失って、36の私に何が残るだろう。貯金は生活費で吸い上げられて、通帳の残りは心細い数字だ。計算すればするほど、逃げ道は1つしかなかった。

追い詰められた理屈の上に、それでも小さな明りが灯った。なら逆に考えよう。この縁談は、この家を出られる唯一の扉かもしれない。それにあの人のことがあった。蔑まれても声を荒げなかったあの静かな人。家族の誰もあの人に詫びる気などないなら、誰かが詫びなければならない。

それにもう1つ、意地のような計算も確かにあった。この人たちは私が出て行っても会社が回ると思っている。毎月の振り込みも支払いの段取りも銀行への頭の下げ方も、全部誰かが勝手にやってくれると思っている。ならば、一度私のいない机を見てみればいい。

「わかりました。私が行きます」私は頭を下げた。

父は満足そうに鼻を鳴らした。「最初からそう言えばいいんだ。手のかかる女だ」

「良かったわね。地味な子でももらってくれる人がいて」母が笑い、リナが「よろしく」と手を振った。「決まりね。じゃあ私、友達と約束あるから」リナは立ち上がり、財布だけ持って出ていった。姉の結婚が決まった夜に、それ以上の関心は1秒もなかった。

「大隅さんには俺から話をつける。お前は言われた日に言われた場所へ行けばいい」父は段取りを口にしながらもう私を見ていなかった。誰1人、私の目を見ていなかった。

廊下に出ると台所から母の声が追いかけてきた。「近所には、あなたから望んだ縁談だっていうのよ。分かってるわね」返事はしなかった。この人たちの筋書きの中で、私はいつも望んで損をする役だった。

私は自分の部屋へ戻る廊下で、畳の目の代わりに柱の木目を数えた。悔しい時ほど数字を数えるのは経理の悪い癖だ。部屋に戻って夜の窓ガラスに映る自分の顔を見た。泣いてはいなかった。泣き方を忘れるほど慣れていたのだと思う。

代わりに祖母の声が耳の奥で鳴っていた。「心配せんでも、ちゃんと見とる人はおるからね」おばあちゃん、見ている人は本当にいるんだろうか。

その向こうから母の声が飛んできた。「大隅さんにそそうのないようにね。あなたの態度1つでリナの次の縁談に響くんだから」私の結婚の話は、最後までリナの話のついでだった。

その夜は眠れなかった。天井を見ながら、あの静かな人にどう詫びるかだけを考えた。

翌日、会社で伝票を打っていると田岡さんが横に立った。「経理さん、顔色が悪いぞ。何かあったか?」「いえ、何も」「そうかい。まあ、無理はするなよ」

何かあったかと聞いてくれる人がこの世に1人はいる。その1人が家族ではないことが、この家の全てだった。この日の3人の顔を私は生涯忘れないだろう。そしてこの命令が1年後に何を招くか知るものは、この居間に1人もいなかった。

話は勝手に進んでいった。父は大隅の仙台を通じて「姉でどうか」と申し入れた。縁の上塗りのような話だ。断られて当然だと私は思っていた。

ところが数日後、返事が届いた。「一度お姉さんとお会いしたい」

父は勝ち誇った。「ほら見ろ。向こうも女なら誰でもいいんだ。釣り合いってのはそういうもんだ」勝ち誇りは下品な軽口に変わった。「向こうも三流、こっちもあまり物。ちょうど釣り合いが取れたってわけだ」父は上機嫌でそんな言い方をした。あまり物。娘をそう呼んでこの人は笑える。

そこからの父は注文ばかり増えた。「支度金は出さんぞ。嫁に行くんだから、かかりは全部お前の貯金でやれ」翌日には「向こうから結納金が出たら、会社の口座に入れさせろ。今まで育てた経費だ」別の日には吐き捨てた。「式なんかあげるな。金の無駄だ」

娘の結婚話のはずなのに、出てくる言葉は金の出入りだけだった。母の方は近所への言い訳を考えていた。「リナの縁談だったなんて言わないでよ。最初からあなたの話だったことにするから」

対面、経費、言い訳。この家の辞書に「祝う」という言葉はなかった。

顔合わせの前の晩、大隅の仙台から私の携帯に電話があった。「みつきさん、妙な話に巻き込んですまんかったな」「いえ、こちらこそ」「あんたが謝ることじゃない。1つだけ言うと得。神谷君はわしが40年で見た中で1番の男じゃ。会って、あんたの目で確かめなさい」

あんたの目で?この家で私の目に何かを委ねてくれた人は、祖母の他に初めてだった。

約束の日、私は1人で駅前の喫茶店へ向かった。謝るためだ。それだけのつもりだった。

神谷さんは灰色の背広で先に来ていた。私が腰を下ろすなり頭を下げようとするのを、手のひらで制された。「先に言わせてください。あなたが謝ることではありません。でも、妹さんがあんな失礼を。妹さんが断ったことも責める気はありません。合わない縁談は断るものです」声は低く平らだった。「ただ、お父さんからのお話は気になっています。あなたはこの話を望んでいますか?」

望んでいるか?この18年、誰にも聞かれたことのない問いだった。返事に詰まった私に神谷さんは続けた。「望まない結婚をする必要はありません。お家の事情で断りにくいのなら、俺から断ったことにします。角はこちらで引き受けます」

この人は、蔑まれて追い返された側なのに、身代わりに差し出された私の逃げ道の心配をしている。

「どうしてそこまでしてくださるんですか?」

「人を値札で測る家を知っているからです」神谷さんは窓の外の通りを見た。「俺は工場の人間です。うちの製品は、現場で働く人がいるから客先に届く。それを誇りに思っています。でも、作業着というだけで値段を下げて見る人はいる。あなたはあの席でそういう目をしていなかった」

見られていたのは私の方だった。末席でお茶を注いでいただけの私を、この人はちゃんと見ていた。運ばれてきたコーヒーに、神谷さんは店員さんへ「ありがとうございます」と頭を下げた。リナが鼻で笑った作業着の男は、私の家の誰よりも人に礼を言う人だった。

「1つだけ教えてください。会社のお名前を、なぜあの席で言わなかったんですか?」

神谷さんは初めて困ったように笑った。「それはいずれ。ただの性分です」

性分。紙を捨てられないのと同じ言葉を使う人だった。

店を出る時、神谷さんは私の分の伝票へ先に手を伸ばして、それから思い直したように言った。「割勘にしましょうか。対等な話をした日ですから」

おかしな理屈だった。でも、その理屈が嬉しかった。その日はそれで別れた。断るつもりだった縁談を、私は断らないまま持ち帰った。

それから私たちは月に何度か会うようになった。神谷さんの話はいつも現場から始まった。「うちの佐野って若いのが、夕べ夜勤明けに検品のやり直しを申し出てきましてね」従業員の名前が次から次に出てくる。1人1人の顔まで浮かんでいるような話しぶりだった。

「よく覚えていられますね」

「一緒に働いている人の名前を忘れたら終わりですよ」

工場の話、経理の話、祖母の話。神谷さんは私の仕事の話を身を乗り出して聞いた。「18年、1人で経理を回してきたんですか?それは大変だったでしょう」

大変だったでしょう。その一言を、私は生まれて初めて他人からもらった。目の奥が熱くなるのを、コーヒーをすすってごまかした。

1度だけ2人で商店街を歩いたことがある。神谷さんは金物屋の前で足を止め、棚のやすりを1本ずつ手に取って眺めた。「贅沢はしないんですが、道具にだけは金を惜しまないで」また性分だ。私は少し笑ってしまった。

昼は油の匂いの染みた中華そば屋だった。「ここの親父さんの餃子は、うちの若い連中の給料日のご馳走なんです」出てきた餃子は確かに美味しかった。途中、リナから伝言が届いた。「お下がり婚おめでとう。作業着と幸せにね」画面を伏せた私に、神谷さんは何も聞かなかった。聞かない優しさというものを、私はこの人で初めて知った。

夏の終わり、神谷さんは背筋を正して言った。「身代わりでも命令でもなく、あなたの意思で決めてもらえませんか?」

私は頷いた。「ただ1つだけ約束してください」神谷さんは私の目をまっすぐ見た。「あなたのご家族が何を言っても、あなたの値段をあなたが下げないこと。それだけです」

私の値段を私が下げない。36年分の値札を、この人は一言で剥がしにかかった。これは父の命令の結果ではない。私が私の意志で選び直した結婚だ。

父への報告はまず電話で済ませた。「そうか。日取りが決まったら書類だけ起こせ」通話は1分持たなかった。ただし、この報告があの家で言及されることは1度もなかった。正式な結婚の報告は、後日、日曜の実家の居間で行った。

「秋に入籍します。式はあげません」

父は新聞をめくりながら聞いていた。「そうか。縁談を片付けたのなら、お前の役目は終わりだな」

役目。娘の結婚報告の第一声がそれだった。「月末で会社をやめてもらう。今後、人前で藤原成功の名を出すな。貧乏工場の嫁が身内だと知れたら恥だからな」

「やめろですか?引き継ぎはどうするんです?」

「代わりの事務くらいすぐ雇える。お前程度の仕事に人はいくらでもいる」

18年、誰より早く鍵を開けて誰より遅く閉めてきた18年に、父はそう値段をつけた。

「わかりました。では、退職金の規定を確認させてください」

私が言うと、父は初めて新聞から顔をあげた。「退職金だと。お前、この家にいくら世話になったと思ってる?家に入れさせた生活費と総菜だ。文句があるなら弁護士でも呼んでみろ」

総菜。毎月8万円。18年で1700万円を超える金を受け取っておいて、この人は「総菜」という言葉を使う。数字を知らない人の数字の使い方だった。母が横から付け足した。「無職同然の旦那を連れて実家へ頼りに来ないでちょうだいね」

最終出社の日、事務所の私の机には後任の井口さんが座ることになっていた。26歳の真面目そうな子だ。2週間、できる限りの引き継ぎをした。

「藤原さん、この2年前からの決算の綴り、どこにありますか?」

「それは社長の管轄なの。私も触らせてもらえなかった」

「経理なのにですか?」井口さんは不思議そうな顔をした。その顔が妙に記憶に残った。

帰りは現場の人たちが門のところに集まってくれた。田岡さんが油の染みた作業着で小さな花束をくれた。「経理さんがおらんくなると困るんだがな」「皆さんの給料は、締めを間違えない人が計算しますから、大丈夫です」冗談のつもりだったのに、田岡さんは笑わなかった。「あんたの心配をしとるんだよ。体を大事にな」

18年で1番の労いの言葉が、親からではなく現場から出た。そんな会社だった。

会社を出たその足で、私は銀行へ寄った。祖母のことがずっと引っかかっていたからだ。祖母は生前、私にだけ教えてくれた。「みつきの名前で定期を積んである。300万。嫁に行く時に持っていきなさい」通帳と印鑑は「なくすといけないから」と父が預かっていた。

窓口で身分を出し、照会をお願いした。係りの人は画面を見て困った顔になった。「藤原みつき様名義の定期預金は、2年前に解約されています」

「解約?私は手続きをしていませんが」

「詳しいことは改めて書面でご請求いただく形になります。代理人によるお手続きだったとだけ」

代理人。本人の代わりに手続きを任せますという書面だ。私は書いた覚えがない。

その晩、母に聞いた。母は悪びれもしなかった。「ああ、あれね。おばあちゃんのお金は家族のお金でしょ。細かいことをぐずぐず言わないの。あなたは可愛げがないのよ」

「私の名義です。おばあちゃんが私にって残してくれたものです」

「名義なんて紙の上の話じゃないの。うるさい子ね」

隣でリナが爪やすりを動かしながら口を挟んだ。「300万ぐらいでガタガタ言わないでよ。おばあちゃんも、まさか地味な方の孫が騒ぐとは思わないでしょ」

地味な方の孫。祖母の手を最後まで握っていたのはどちらの孫だったか。この子はそれを思い出すこともできないのだ。

紙の上の話。その紙の上の話で人の預金を動かすことは、世間では別の名前で呼ばれるはずだ。喉まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。ここで騒げば書類ごと消される。この家の人たちは、そういうことにだけは素早い。

数日後、私は市の法律相談で紹介された早川という弁護士を尋ねた。48歳の物腰の柔らかい女の人だった。「感情で動くと負けます。まず銀行に取引記録の開示を求めましょう。誰がいつ、どんな書類で解約したか。記録を揃えてから動くんです」

「時間がかかりますか?」

「かかります。でも記録は逃げません。逃げるのは人の方です」

早川さんは手帳を開いて段取りを口にした。「銀行には、解約の時の代理人と払い戻し請求書の写しの開示を求めます。筆跡と印影が残っていますから」

「それでお金は戻るんでしょうか?」

「戻すように求めることはできます。断定はしません。ただ、書類が偽物なら、銀行も相手も説明に困るのは向こうです」

約束できないことを約束しない人だった。だから信じられた。

ついでに退職金のことも聞いた。「勤続年数なら、会社の決まりである就業規則次第ですが、100万や200万では効かないこともある話です。生活費との相殺という理屈はまず通りません。これも記録を揃えましょう」

200万、あるいはそれ以上。父が1円も出さんと言い捨てた退職金の大きさを、私はその時初めて知った。私は頷いた。結婚を控えた今、あの家と正面からぶつかるのは得策ではない。静かに記録だけを集める。それが早川さんとの約束になった。

家を出る前の晩、私は祖母の仏壇に手を合わせた。「おばあちゃん、行ってきます」鈴を1つ鳴らした。この音を聞くのもこれで最後かもしれなかった。300万はまだ取り返せていない。でも、祖母がくれた言葉だけは鞄の1番上に入れていく。

その週の終わり、私はダンボール1つで実家を出た。持ち出したのは着替えと祖母の写真とあの古いファイルだけだ。18年分の源泉徴収表と給与明細。私の労働の唯一の記録だった。それだけ。リナは玄関で見送りもせずに笑った。私がこの家に置いていくものの多さを、この子は知らない。そして私が持ち出したこの紙の束が、後にどんな意味を持つことになるかも。

私たちは入籍した。新居は神谷さんの工場から歩いて15分の古いアパートだった。車は年季の入った国産のワゴン。家具は前の住まいからの持ち越し。

入籍の知らせを聞きつけて立ち寄った母とリナは、玄関先で家を見上げて遠慮もなく笑った。「思ったより質素なのね。やっぱり工場勤めじゃこんなものかしら」「うわ、車古っ。お姉ちゃん、やっぱりハズレ引いたじゃん。受ける」

「言っておくけど、暮らしに困ってもお金は貸さないわよ。うちだって大変なんだから」母はそう言い残して、リナの赤い車で帰って行った。お茶の1杯も出す間のない、ほんの数分の訪問だった。

「賑やかなご家族ですね」神谷さんは怒るでもなく湯呑みを2つ食卓に置いた。

「怒らないんですか?」

「怒る価値のある言葉とない言葉があります。今のはない方です」神谷さんは湯呑みを私の前に置いて、それきりその話をしなかった。

結婚してから知ったことがいくつもある。神谷さんは朝が早い。私より先に起きて味噌汁を作る。「工場の朝は早いんです。長年の癖ですよ」洗濯物は言われる前に畳む。風呂も交代で洗う。家事は女の仕事だと言い切る家から来た私には、この家の当たり前がいちいち新しかった。

休みの日には工場の若い人がよく家に来た。「社長、ちょっと図面を見てもらえますか?」縁側で図面を広げ、神谷さんは鉛筆を走らせる。若い人は帰り際にうちの大根の煮物を嬉しそうに持って帰る。

社長。従業員が神谷さんをそう呼ぶのを、私は「町工場の親方はみんな社長と呼ばれるものだから」と聞き流していた。

ある晩、神谷さんは通帳と印鑑を私の前に置いた。「うちの家計、預かってもらえませんか?あなたの方が俺より確かだ」

通帳と印鑑を取り上げられて育った私に、この人は両方を差し出した。手が震えたのを覚えている。

「みつきさん、経理の資格、取り直してみませんか?」ある晩、神谷さんは検定の案内を食卓に置いた。

「私、もう36ですよ。今更」

「君が家族に評価されなかったことと、君に能力がないことは別だ」神谷さんは当たり前のことのように言った。「18年の実務がある人が評価されない通りはない。勉強の時間は俺が家のことをやって作ります」

その夜、私は久しぶりに自分のためだけにペンを持った。問題集の文字が滲んだのは、老眼のせいでも難しさのせいでもない。

神谷さんの会社のことは、実は深く聞いていなかった。工場を経営していること、従業員を大切にしていること。私にはそれで十分だった。肩書きで人を測る家を出てきた私が、夫を肩書きで測ってどうするのか。だから「神谷製造」という社名を聞いても、よくある名前だとしか思っていなかった。

「困ったらいつでも言ってください。金でも人手でも」そう言ってくれる神谷さんに、私は実家の話をぽつりぽつりと打ち明けた。定期預金のことを話した夜、神谷さんは長いこと黙っていた。「その話、弁護士さんはなんと?」「記録を揃えてから静かに動きましょうって」「いい弁護士さんだ。忙しいのもあれです。ただ、悔しかったでしょう」

悔しかったでしょう。また、誰もくれなかった言葉をくれる。

神谷さんには不思議なところもあった。夜遅い時間に電話が鳴る。「ああ。うん。北の工場の乾燥炉な。無理に回すな。明日俺が見る。いや、飛行機で行くから」

飛行機で行く工場とは、どこの工場だろう?「遠くにもお仕事があるんですね」「付き合いの長い現場があちこちにありましてね」そういう答え方をする人だった。嘘ではない。ただ全部でもない。私も深くは聞かなかった。肩書きや大きさで人を図る癖を持ち込みたくなかったからだ。

その秋、リナのSNSが騒がしくなった。「ついにオーナーになりました」白い内装のエステサロンの写真に、シャンパンの写真が続く。働いたことのないリナが店を持った。開業のお金はどこから出たのだろう?画面を見ながら、経理の頭が勝手に算盤を弾き始めるのを、私は止められなかった。

この頃、気がかりは別にあった。実家からの連絡は用事のある時だけ届いた。「リナの車の保険の更新、あなた名義のままだから払っておいて」断ると、母は電話口で長いため息をついた。「結婚した途端にこれ。育て方を間違えたわ」間違えたのは育て方ではない、数え方だ。

気がかりというのは藤原成功のことだ。冬の初め、田岡さんから電話があった。「経理さん、元気にしとるか?いや、すまんな。もう経理さんじゃないのにな」田岡さんの声は疲れていた。「会社はどうですか?」「正直、良くない。お客先から品質のことで呼び出しが続いとる。銀行さんの顔も険しい。それにな」田岡さんは1拍置いた。「あんたの後に入った井口さんって子が、引き継ぎの数字があわんあわんと頭を抱えとる。前からそうだったのかい?」「いいえ。私が渡した帳簿は最後まで合っていました」「だよな。あんたの帳簿が合わんかったことは1度もなかった」

電話を切ってから、私は在職中の風景を思い返していた。閉められた応接室の扉。父が持ち帰る書類の鞄。触らせてもらえなかった決算。リナの毎月30万円。消えた300万円。書いた覚えのない代理人。バラバラだった違和感の粒が、ゆっくりと1つの方向へ転がり始めている。父は何かを隠している。そして、それを隠すのに数字の読める私は邪魔だったのではないか。

年末、簿記の検定を申し込んだ。「36の受験生か。頼もしいな」神谷さんは自分のことのように喜んで、机の上に小さな電気スタンドを置いてくれた。

正月、実家からは何の連絡もなかった。呼ばれない正月がこんなに静かで温かいものだとは知らなかった。雑煮をする私に神谷さんが言った。「来年の正月も、再来年の正月も、こうしていましょう」はいと答えた声がわずかに震えた。

まさかね。年の瀬からくすぶり続けていたその考えに、私は一旦蓋をした。その蓋が自分の手で開く日が来ることを、この時の私はまだ想像もしていなかった。

年が開けてすぐ、神谷さんが言った。「みつきさん、うちの工場を1度ちゃんと見てもらえませんか?」歩いて15分のいつもの工場だと思っていた。連れて行かれたのは、車でしばらく走った先の、見たこともない大きな敷地だった。

門に掲げられた看板に、私は足を止めた。「神谷製造グループ中央工場」

「グループですか?」

「ええ、ここが1番古い拠点です」

守衛さんが神谷さんに気づいて帽子に手を当てて敬礼した。工場の中は天井が高く、機械の列がどこまでも続いていた。すれ違う人が次々に立ち止まって挨拶をしていく。「社長、おはようございます」「社長、例の道具の件ありがとうございました」

社長。町工場の親方の呼び名だと思っていたその言葉が、この規模の建物の中で繰り返されている。検査室の前で若い男の人が駆け寄ってきた。「社長、新しい道具、あれから不良が0です」「そうか。佐野の申し出のおかげだな。よく言ってくれた」

佐野さんと呼ばれたその人は、照れ臭そうに頭を掻いて持ち場へ戻っていった。夜勤明けに検品のやり直しを申し出たという、あの佐野さんだ。話に聞いた名前が目の前で働いている。神谷さんの話は全部、この現場と実直に続いていたのだ。

昼は従業員の人たちと同じ食堂で同じ定食を食べた。「社長、奥さんですか?」「ええ、自慢の妻です」神谷さんがこともなげに言うので、私は味噌汁にむせた。周りの人たちがくすくす笑った。見下されることになれた私には、この食堂の空気の方がよほど夢のようだった。

事務棟の廊下に地図が張ってあった。日本地図の上に赤い印が並んでいる。北から南まで数えて15。「これ、全部うちの製造拠点です」

全部で15箇所。従業員は家族を入れればもっと大きな数になります。目眩がした。私が「よくある名前だ」と思っていた神谷製造は、業界の人間なら誰でも知る会社だった。知らなかったのは、机の伝票の外を知らされずに来た私と、調べもしなかったあの家族だけだ。

「隠していたわけではないんです。聞かれたらいつでも答えるつもりでした」神谷さんは地図の前で姿勢を正した。「ただ、名乗ると人が変わるんです。銀行も取引先も縁談の相手も、会社の名前を聞いた瞬間、みんな目の色が変わる。俺は名前を見ないで俺を見てくれる人と一緒になりたかった」

縁談の席で社名を言わなかった理由。それは私が源泉徴収表を捨てられないのと同じ、この人の性分だった。「黙っていたことは謝ります。結婚より前に話すべきでした」神谷さんはもう一度頭を下げた。「でも、あなたは1度も聞かなかった。会社の規模も年収も資産も。だから言い出せた。正直に言えば、この時間が惜しかった。名前を知られる前の、ただの神谷なおとでいられる時間が」

神谷さんは伺うように私を見た。「怒っていますか?」

「いいえ」私は首を振った。「会社が大きくても、あなたはあなたでしょう。味噌汁の火加減も道具の手入れも、何も変わらないもの」

神谷さんは目を見開いて、それから声を出して笑った。「大隅の仙台が言ってた通りだ。あんたの目は確かだって」

笑いが収まると、神谷さんは続けた。「もう1つ白状しておきます」地図から目を離して神谷さんは言った。「うちの若いのが家に相談に来ていたでしょう。あれは本社で会うと肩書きが邪魔になるからなんです。図面の相談に社長室はいらない。縁側と大根の煮物があれば足りる」

「それで皆さん、遠慮なく来ていたんですね」

「ええ、あなたの煮物の評判は工場中に広まっていますよ」

私の煮物が、15拠点の会社の役に立っていた。おかしくて、少し泣きそうになった。

帰り道、私は助手席で窓の外を見ていた。驚きが薄れると、別の思いが残った。この人は15の工場と大勢の暮らしを背負って、それでも毎朝味噌汁を作る。偉いから尊敬するのではない。変わらないから尊敬するのだ。

「1つ聞いてもいいですか?あの縁談、どうして受けたんですか?妹の写真を見てですか?」

「大隅さんに言われたんです。『藤原成功にはもったいない目利きが1人埋もれとる。会うだけ会ってみろ』と」神谷さんはハンドルを握ったまま前を向いて言った。「行ってみたら、末席で場の全部を見ている人がいた。それだけの話です」

埋もれとる。その意味を聞き返す勇気は、その時はまだなかった。ただ、頬が熱かったことだけ覚えている。

夕食の片付けをしながら、私はふと考えた。あの家の人たちは、今も神谷さんを貧乏工場の作業員だと思っている。訂正する義理はもうない。人を見た目で図った代金は、いつか測った本人に請求される。

その晩、リナのSNSを久しぶりに開いた。「うちのサロン、雑誌に乗るかも」輝くような笑顔の下に、見覚えのある白い内装が映っていた。この姉妹の冬は、静かに明暗を分けようとしていた。ただ、リナの輝きの請求書が誰に回っているのか、その時の私はまだ知らない。

穏やかな冬だった。検定の日、神谷さんは駅まで送ってくれた。「行ってらっしゃい。落ちてもうちの味噌汁は変わりませんから」合格の通知が届いた日、この人は自分の合格のように通知書を額に入れようとして、私に止められた。

評価される。認められる。36年遅れで、私はその味を覚え始めていた。この冬があの家にとっては最後の穏やかな季節になる。藤原成功の坂道は、もう止まらないところまで来ていた。

リナのSNSは年明けから更新がまばらになっていた。シャンパンの写真が消え、営業日変更のお知らせが増えた。華やかな暮らしは、金の流れが細ると一緒に細る。そして金の流れの大元で、何かが詰まり始めている。私の勘はそう言っていた。

2月の半ば、実家から電話が鳴り始めた。最初は母だった。「あなた暇でしょ?会社に戻って経理を手伝いなさい。井口さんとかいう子がやめたのよ」

「やめた?どうしてですか?」

「知らないわよ。数字が合わないの何だのって。失礼な子。とにかく戻りなさい。ああ、お給料は出せないから。家族なんだから当然でしょ。無給で戻れ」

この後に及んで、この家の辞書は変わらない。井口さんが辞めた理由も、母は「失礼な子」の一言で済ませた。数字が合わないと言った人間を、この家は2人続けて追い出したことになる。

「お断りします。私はもう藤原成功の人間ではありません」

「まあ、知らない」電話は一方的に切れた。切れた電話を見つめていると、神谷さんが茶を入れてくれた。「戻らなくていいんですか?」「いいんです。あの会社で直すべきものは、帳簿の外にありますから」

「経理の見立てなら確かでしょう」神谷さんはそれ以上何も聞かなかった。この頃の私はまだ気づいていない。この人が藤原成功の名前を聞くたびに、湯呑みを持つ手を止めていたことに。

数日後の電話は父だった。「みつきか。単刀直入に言う。金を貸せ」

「いくらですか?」

「3000万?いや、2000万でいい。旦那の稼ぎがあるだろう。貧乏工場でも命の金ぐらい積めるはずだ」

私は受話器を握り直した。「お父さん、会社に何があったんですか?」

「お前が知る必要はない。いいから金の段取りをしろ。娘だろうが」

都合のいい時だけ、その言葉が出てくる。「お断りします。それと、私の定期の300万、あれはどうなったんですか?」

一瞬、受話器の向こうが黙った。「ケチな女だ。誰に似たんだか」電話は切れた。答えは帰ってこなかった。

その晩、リナからも伝言が届いた。「パパを助けないとか、人としてどうなの?私の結婚式にも響くんだけど」結婚式?婚約者がいるという話は、母の自慢話で聞いていた。父の会社を継ぐ娘だと思われているうちが、あの子の花の盛りだ。返事はせず、画面を閉じた。

早川さんの事務所には月に1度通っていた。「銀行の記録、出ましたよ」早川さんは書類の綴りを机に置いた。「解約の代理人の筆跡と印影、それからお金の行き先、全部残っていました。想像通りの流れ方です」

「今動きますか?」

「いえ、もう少し揃えましょう。相手が動けない時に、1度で出すんです」最初の日に早川さんが言った言葉の意味が、だんだん分かってきた。

田岡さんからの電話で輪郭が見えてきた。「もう隠しもないから言うがな。取引先が取引を半分に減らすと通告してきた。検査の記録の件で信用を落としとる。銀行も追加の融資は渋っとるらしい。従業員の皆さんは、若いのが2人やめた。残っとるのは行場のない年寄りと義理堅いバカだけだ」田岡さんは自分のことを笑った。私は笑えなかった。

「なあ、経理さん、あんた戻ってきてくれんか?」田岡さんは電話の最後にぽつりと言った。「あんたが閉めとった頃は、少なくとも給料日を安心できた。今はそれさえ怪しい」

「ごめんなさい。私が戻っても、あの会社の1番の問題は治らないんです」

「そうか。あんたがそう言うなら、そうなんだろうな」田岡さんはそれ以上聞かなかった。受話器の向こうで機械の音が続いていた。止まらない現場と、止まりかけた帳簿。あの会社は、真面目な体に悪い頭が乗った気の毒な生き物になっていた。現場の人は賢い。誰が問題なのか、本当はみんな知っているのだ。

そして3月の初め、母とリナが揃って家に押しかけてきた。玄関を開けるなり、母は居間に上がり込んだ。「みつき、あなた、育ててもらった恩を忘れたの?実家が大変な時にシランプリする娘がどこにいるの?」

「先月、電話でお断りしました」

「まあ聞いた。この言い草」母はリナを振り返った。リナは玄関の上がり框で家の中を値踏みするように見回していた。「ねえ、本当にお金ないんだ、この家。工場の嫁のくせに、なんで断れると思ってるの?」

「リナのサロンもね、大事な時期なのよ。姉だから支えなさい」

「サロンの資金はどこから出ているんですか?」私が声を低くして聞くと、母の目が泳いだ。「そんなこと、あなたに関係ないでしょう」

「そうですか。でしたら、うちのお金もお母さんたちには関係ありません」

母の顔がみるみる赤くなった。「なんて子。あなたは地味で取り柄がないんだから、せめて人の役に立ってこそでしょう。道具のくせに、道具らしくしなさいよ」

道具のくせに。長年言われ続けた言葉の1番剥き出しの形だった。不思議なほど心は揺れなかった。むしろはっきりした。この人たちは最後までこうなのだ。

「大体ね、あんたは昔から可愛げがないのよ。黙って言うことを聞くのがあんたの取り柄でしょう」

「その取り柄は、この家を出た日に置いてきました」私は玄関のドアに手をかけた。「お引き取りください。2度とこの家の敷居をまたがないでください」

「後悔するわよ。実家に見捨てられた女がどうなるか」

「見捨てられたのは、どちらでしょうね」

母は捨てゼリフを残し、リナは「ケチ」と吐き捨てて帰っていった。ドアを閉めて、私は息を吐いた。この人たちと縁を切る日はそう遠くない。そのための記録は、早川さんの事務所で着実に積み上がり始めていた。

夜、私は早川さんに電話を入れた。「実家との縁を正式に切る準備をしたいんです」

「わかりました。請求はまとめて1度で。時期はこちらで見ます」

受話器を置くと、台所から味噌汁の匂いがした。切る縁の向こうに、守りたい暮らしがある。だから私はもう迷わなかった。

そして3月の末、田岡さんから短い電話が来た。「社長が会社を売るそうだ」電話口の田岡さんの声は、諦めと不安が半々だった。「潰れて全員路頭に迷うよりはいいんだがな。買った側が現場を大事にするかどうかは別だ」

「そうですね。いい相手だといいですね」他人ごとのような相槌を打ちながら、私は自分の勘が妙に静かなのを不思議に思っていた。

売却の話は驚くほど早く進んだ。4月の半ばにはもう契約が済んだと聞いた。相手は都内の持株会社。複数の会社を束ねる親会社のことだ。窓口は滋賀という担当者だと田岡さんが教えてくれた。「技術と雇用は引き継ぐ方針らしい。ありがたい話だが、どこの誰なんだか」契約の書面に並んだのは、聞き覚えのない会社の名前と滋賀という代表の印だけ。そこに神谷の文字は1度も出てこなかったという。この辺りの事情を、私は後から知ることになる。「んでも、その持株会社の親玉がじきじきに挨拶に来るらしい。役員連中はピリピリしとるよ」田岡さんは他人事のように笑っていた。

契約が済んだ晩、神谷さんが背筋を正した。「みつきさん、話があります。藤原成功を引き受けたのは、うちのグループです」

「うちって、神谷製造ですか」

「ええ。滋賀はうちの管理部門の人間で、買収のための会社の代表も務めさせています」

息が止まった。「どうして父の会社を?」

「大隅さんから相談があったんです。『藤原の現場と技術は本物だ。潰すには惜しい』と。調べさせたら、その通りだった。現場はいい仕事をしています」神谷さんはそこで言葉を選んだ。「ただ、先に言っておきます。君の実家だからと言って、特別扱いはできない。経営については、決めるべきことを決めます」

「それでいいわ」自分でも意外なほど迷いはなかった。「お父さんたちのことは庇わなくていい。ただ、あの会社で真面目に働いてきた人たちだけは守ってほしい。田岡さんたちは何も悪くないの」

「約束します。それが引き受けた理由ですから」神谷さんは頷いて、それから声を落とした。「それともう1つ。買収の前の調査で、妙なものがいくつも出ています。明日、先方への挨拶と説明の場がある。君にも同席してほしい」

「私にですか?」

「ええ。君に関わることも含まれていますから。中身は調査の担当から正式に聞いてほしい。俺の口から半端に伝えて、君の記憶に色をつけたくないんです」

妙なもの。君に関わること。その夜、私は古いファイルを棚から下ろして机の上に置いた。18年分の紙の束。持っていく理由はまだ分からなかった。ただ、経理の勘が「鞄に入れろ」と言っていた。

眠る前、神谷さんが言い添えた。「明日は、内側の同席者として来てください。妻としてではなく、記録の分かる人として。それと、そのファイル、持ってきてもらえますか?」

「これですか?」

「ええ。調査の数字に、あなたの原本を付き合わせたい」

経理の勘は当たっていたらしい。私はその束を風呂敷に包んだ。

翌朝、藤原成功の応接室には父と母とリナが揃っていた。新しい親会社への顔通しだと言って、父が家族を連れ込んだのだ。「相手方に家族経営の温かさを見せるんだ。お前たちは笑っていればいい」廊下まで父の声が漏れていた。

私が親会社側に用意された席に着くと、リナが眉を潜めた。「は?なんであんたがここにいるのよ」

「親会社の同席者です」

「意味わかんないんだけど。事務のくせに」母も扇子の影で囁いた。「ともかく、座る場所くらいわきまえなさいよ」

3人とも、まだ何も気づいていなかった。「新しい親会社さんはな、家族には役員報酬も出してくれるらしい。太っ腹な話だ」父は上機嫌で役員たちに聞こえよがしに言っていた。売った側が胸を張れる理屈は何もないのに、この人の姿勢だけは社長のままだった。

9時ちょうど、扉が開いた。滋賀さんに続いて入ってきたのは、濃紺のスーツを着た神谷なおとさんだった。藤原成功の役員たちと末席の田岡さんが一斉に立ち上がって腰を折る。「本日はありがとうございます」

父の顔が途中で止まった。笑顔の形のまま、筋肉だけが凍っていく。

「どうして君が」

「ご無沙汰しています。藤原社長」神谷さんは一礼して名刺を差し出した。「本日から藤原成功の親会社となります。神谷製造グループ代表の神谷です」

応接室の空気が、音を立てて入れ替わった。前の日まで頭を下げられる側だった一家が、頭を下げる側の席にいる。しかも、下げるべき相手は1年前に自分たちが追い返した作業着の男なのだ。

リナの手からスマートフォンが滑り落ちた。母は口を開けたまま、神谷さんと私を交互に見ている。「え、嘘だって。あんた、工場の作業員って」

「工場へは毎日出ています」神谷さんは静かに答えた。「それがうちの会社のやり方ですので」

「工場の作業員」リナは同じ言葉を繰り返しながら、私と神谷さんを何度も見比べた。「じゃあ、お姉ちゃんの旦那って」

「私の夫です。1年前、この家の全員が蔑んで断った人」私は初めて自分から口を開いた。母の扇子が膝の上に落ちた。作業着を笑った人たちは、その作業着の会社に買われた。それがこの朝の全てだった。

「そんなだったら、最初からそう言いなさいよ。私たち、恥をかいたじゃないの」母が絞り出した理屈がそれだった。恥をかかされたのではない。かいたのだ、自分たちの目で。

神谷さんは母の言葉には答えず、私の方へ目をやった。「ご紹介します。当社側の同席者、神谷みつき。私の妻で、この会社の帳簿を18年閉めてきた人です」

「事務のくせに」と言ったリナが、膝の上で拳を握るのが見えた。そして神谷さんは鞄から分厚い綴りを取り出し、机の上に置いた。「この後、買収前の調査についてご報告します。10分間、休憩を挟みましょう」

その一言で、藤原家の3人の顔から最後の余裕が消えた。

休憩の間、廊下で田岡さんが私に頭を下げた。「奥さん。いや、経理さん。現場はどうなるんでしょうな?」

「田岡さん、現場の記録が正確なら、恐れることは何もありません」

「そうか。そうか」田岡さんは2度頷いて、持ち場へ戻っていった。

再開の席に戻ると、応接室の空気は朝とは別物になっていた。父は名刺を握ったまま、置き場所を探し続けている。母とリナは出ていくことも入ることもできず、ソファーの端で固まっていた。

説明は滋賀さんが進めた。「調査の過程で、確認が必要な支出がいくつか見つかっております」1枚目の資料が配られた。サロンの広告。私は思わず資料を2度見た。3年前、サロンが開いたのは前の年の秋のはずだ。私の机を通らない払い方で、店ができる前から広告費だけが流れていた。

「まず、リナ様が経営されるサロンへの広告費、3年間で計600万円余り。ですが、広告の実績が確認できません」

「そう、載せる予定で」リナの声が裏返った。滋賀さんは表情を変えない。「次に、さえ子様が代表を務める会社への事務所家賃、月20万円。ですが、その住所にあるのはご自宅です。会社の事務所としての使用実態が確認できません」

母の会社。私も初めて聞く話だった。資料の日付を見ると、家賃の支払いはどれも私が会社を出た後に始まっていた。母は扇子で顔を隠すように下を向いた。

「さらに、リナ様への給与、月30万円が9年間。出勤の記録が1日分も見つかりません」

「うちのやり方に口を出すな」父が机を叩いた。「家族をどう使おうと、社長の勝手だろう」

「昨日まではそうだったかもしれません。本日からは、当社の子会社です」滋賀さんは淡々と続けて、次の資料を配った。「加えて、複数の取引先への請求額に、根拠の確認できない上乗せが見つかっています。こちらは先方への説明と返金が必要です」

資料をめくる音だけが部屋に響く。「調査には、前任の経理の方が残していた帳簿の写しと、退職された井口さんの証言協力をいただきました」

井口さんは、引き継ぎの時点から数字の合わない箇所を記録していた。井口さん、あの真面目そうな子は、黙ってやめたのではなかった。合わない数字を合わないまま記録に残す。それは経理にできる1番静かな抵抗だ。

「そして、これが1番の問題です。3年前の信用金庫からの借入れ、4000万円。会社が返せなければ、代わりに払わされる連帯保証人の書類です」

差し出された書類を見て、私は自分の目を疑った。藤原みつき。私の名前が、私の字ではない字で書かれ、私の実印が押されていた。

「取締役の藤原みつき様が保証人となっています。みつき様、この署名はご本人のものですか?」

「違います」声が乾いた。「私は署名していません。それに、取締役って何のことですか?私は18年、ただの事務員でした」

「登記の上では、3年前から取締役です。法務局で誰でも取れる会社の記録に乗っています。役員報酬は?」

「もらった」口を挟むと、滋賀さんが「その件は後ほど」と短く抑えた。

知らない間に、私は役員にされていた。役員なら、会社の借金の保証人にされても体裁が整うからだ。手が冷たくなっていくのが自分で分かった。4000万円。もし会社が払えなくなれば、この紙は私に牙を向く。知らない借金の、知らない保証人。私が身代わりにされていたのは、縁談だけではなかったのだ。

実印。3年前、父が「会社で預かる」と言って取り上げた。あの実印と委任登録カードも一緒に渡してしまったことを、私は思い出していた。

「あら、さっきの『後ほど』って話はどうなったの?役員なら、お給料をもらっていたんじゃないの?」母が場違いに蒸し返した。自分の会社の家賃の話は下を向いてやり過ごしたのに、こういう時だけ声が出る。その一言が次の資料への呼び水になることも知らずに。

「お父さん」私は父を見た。「私の印で、何をしたんですか?」

「お前は黙ってろ」

「黙っていたから、こうなったんです」

父は目を合わせない。代わりに額の汗が答えていた。母がリナへ向き直った。「リナ、あなた知ってたの?」

「知らないわよ。報告なんてパパが勝手にやってたんでしょ。私、頼んでもいないもん」

「あなたのサロンの話でしょう。あなたのお金よ」

「ママの会社だって、家賃もらってたんじゃない?」

身内の中で、小さな火花が散り始めていた。滋賀さんが遠慮のない声で続けた。「なお、検査記録の書き換えについても確認済みです。こちらは藤原社長の指示によるもので、現場の従業員の方々に責任はありません。田岡工場長、現場の記録は正確でした」

末席の田岡さんが拳を握るのが見えた。あの人たちの仕事は汚れていなかった。それだけが救いだった。

「役員の皆様の証言も取りましたが、3年前の登記について、正規の手続きの記録がありません。就任を承諾した書面の筆跡も、確認が必要な状態です」

部屋が静まり返った。父は口を閉じたまま、指先で膝を叩き続けている。その沈黙を破ったのは神谷さんだった。「滋賀さん、もう1つの資料を」滋賀さんが次の綴りを手元に引き寄せた。「実は、もっと妙な数字があるんです」神谷さんが後を引き取った。「みつきさん、あなたの給与の話です」

神谷さんは新しい資料を私の前に滑らせた。私の給与。この場で1番、話される理由の分からないものだった。月15万円の給料に、親会社が確認することなど何があるだろう。

「この会社が銀行に出していた決算の書類。その内訳です。読んでみてください」

数字の並びを目で追って、私は息を飲んだ。「役員報酬、藤原みつき、年600万円」

600。声がかれた。「私の給料は月15万円です。年にして180万円。600万円なんて、1度も」

「ええ、分かっています」神谷さんは頷いた。「取締役にされていた3年分、帳簿の上のあなたは年600万円を受け取る役員でした。実際の振り込みは180万円。差額は毎年420万円。3年で1200万円を超える金が、あなたに支払われた形を取って、どこかへ消えています」

「600万って何よ、それ?」リナが資料を覗き込んで声をあげた。「お姉ちゃん、そんなにもらってたの?地味なくせに。ずるい」

「もらっていません。話を聞きなさい」自分の月30万円を棚にあげて、この子はまだそこにいる。

「そんなだって、税金の通知も何も来ていません」

「来ないはずです。600万円は銀行に見せる書類の上だけの数字ですから。税金の届けでは実際の180万円のままだから、あなたは気づきようがなかった」

「じゃあ、その差額の1200万は誰が?」リナが言いかけて、口をつぐんだ。聞けば、答えが自分の店に帰ってくる。さすがに気づいたらしい。

外に見せる帳簿と中の帳簿。二重の帳簿だ。経理として、これほど侮辱的な話はなかった。私の名前が、私の知らないところで金を抜く道具に使われていた。

「ただ、会社の給与の記録は都合よく作り直されていました。給与の振り込みに使っていた口座の通帳も、肝心の年の分だけ見当たらない。銀行に明細の再発行を頼めば裏は取れますが、時間がかかる。18年分を1度に原本で示せるものが、会社の側にはない。そこでです」神谷さんは私の風呂敷包みを見た。「みつきさん、あなたの記録を見せてもらえますか?」

私は結び目を解いた。古いファイル。18年分の源泉徴収表と給与明細。日に焼けて、角が丸くなっている。リナの成人式の写真より安く、リナの車のタイヤ1本より安く扱われてきた。私の18年。それでも1年も欠かしていない。

「会社が年に1度くれる給料の証明書です。入社の年から、全部あります」私は表紙を撫でてから続けた。「毎年、定規で穴を開けて、順番に閉じてあります。捨てられないんです」

言いながら、指が少しだけ震えた。この束を人前で開く日が来るなんて。閉じ始めた18の私は、想像もしなかっただろう。

滋賀さんが手袋をはめて、1枚ずつ確かめていく。「支払い金額、180万円。前年も、その前も。最後の年は退職の月までの分だけ。登記のある3年分のどれも、決算書類の600万円とは一致しません。用紙の年式も日焼けの具合も連続していて、後からまとめて作られたものとは考えられません」

末席の田岡さんが身を乗り出して、束を見つめていた。現場で言えば、これは検査記録だ。毎年欠かさず取り続けた、たった1人の検査記録。部屋の全員の目が、その古びた紙の束に集まっていた。地味な事務が性で閉じ続けた紙の束。それが父の帳簿を突き崩す武器になった瞬間だった。

「これは、代行屋が。うちは書類を頼んでいただけで、俺は数字は」父の言い訳を、滋賀さんの1枚が塞いだ。「代行屋さんへの指示書が残っています。打ち合わせの数字は、藤原社長の指示でした」

自分の字は自分を裏切らない。帳簿をいじる人は、いつも最後に自分の書いた字で捕まる。

「で、出たらめだ。そんな古い紙切れ」父が立ち上がった。「これはうちの会社の内部の話だ。親会社だろうと、家庭の事情に口を出す権利は」

「藤原さん」神谷さんの声は低いままだった。「会社を売り渡す時の契約書、株式の譲渡契約であなたは『決算は真実だ』と宣誓しています。調査で疑いはあった。しかし今、原本と付き合わせて、その保証が崩れました。これは家庭の事情ではなく、契約の問題です」

契約の紙に自分で書いた保証。この人はいつも紙を軽く見てきた。名義は紙の上の話。決算は俺の仕事。その紙が今、順番にこの人の足元を抜いていく。父が崩れるように椅子に戻った。

「当社の結論を申し上げます」神谷さんは綴りを閉じた。「藤原社長個人、ご家族、そしてご家族の関連会社に結ばれている契約は、今月で全て終了します」

父の喉から、言葉にならない音が漏れた。「勤務の実態のないリナ様への給与は退職の手続きへ。サロンへの広告費、さえ子様の会社への家賃、役員報酬とは別に藤原社長個人へ払われていた顧問料は解消へ。全てです。従業員の雇用と取引先との仕事は、全て守ります。終了するのは、あなたのご家族に流れていた分だけです」

「そ、その分の金がなければ、うちはどうやって暮らせと」

「働いて暮らすんです。皆さん、そうしています」神谷さんの答えはそれだけだった。応接室の隅で、田岡さんが深く息を吐くのが見えた。現場が汗で稼いだ金が家族の口座へ流れる蛇口。それが今月、全部閉まる。

「経営についても、臨時の株主総会を開いて解任していただきます。速やかにですが」

「家族の会社を乗っ取る気か」父の怒鳴り声が応接室の窓を振わせた。神谷さんは動じなかった。「従業員と技術を守るために、この会社を引き受けました。あなたの財産と地位を守るためではありません」

「わ、私の会社の家賃は」「リナのお店の広告は」「終了します。全てです」母の扇子が、今度は膝を滑って床へ落ちた。

1年前、作業着のまま頭を下げて帰った人が、同じ姿勢のままそこに座っていた。変わったのはこの人ではない。立場の方だ。

「先ほど『内部の話』とおっしゃいましたね」神谷さんが父に向き直った。「あなたの言う内部には、給料を8万円ずつ家に入れ続けた娘さんも、無断で保証人にされた娘さんも入っていない。ずっと外側に置いてきたはずです。都合のいい時だけ内側に数えないでください」

私のための言葉だと分かった。泣くのは後だ。私は背筋を伸ばして前を向いた。

「さて、もう1つ確認が残っています」滋賀さんが静かにページをめくった。「消えたお金の行き先です」

再び滋賀さんの資料が配られた。今度の1枚は、線と矢印で金の流れが書かれていた。経理の目には、それは川の地図のように見えた。会社という川から、細い水路が何本もあの家の庭へ引き込まれている。

「まず、さと子様名義の定期預金、300万円。2年半前に解約され、同じ週にリナ様の口座へ移っています」滋賀さんは銀行の記録の写しを机に並べた。定期預金の記録は、私が早川さんの助言を得て神谷さん側へ渡していた、あの銀行記録の写しだった。「リナ様の口座から先の使い道までは、調査の範囲以外です」

「そして、架空の広告費のうち開業までに流れた500万円。こちらはリナ様のサロンの開業資金とぴったり一致します」

「え、何それ?」リナが初めてまともな声を出した。「だって、パパが『いずれ嫁入りの支度金だ』って言うから。まさか、あのおばあちゃんのお金だなんて聞いてない」

父が言い放った。「支度金だ。親が娘に持たせて何が悪い」

「え、支度金?私の嫁入り支度には、1円も出してくれなかったのに」言葉にすると、自分の声の冷たさに驚いた。

「お父さん」私は書類の1枚を父の前に置いた。「これはおばあちゃんが私の名前で積んでくれたお金です。『嫁に行く時に持たせる』って。それを妹の支度金に」

「家の金を家のために使って何が悪い」父は開き直った。むしろここからが本性だった。「大体、全部お前のためでもあるんだぞ。会社が持ち直せば、保証人のお前も助かる。そうだろうが」

理屈がめちゃくちゃだ。でも、めちゃくちゃな理屈で36年、この家は回ってきたのだ。

「1つ教えてください」私はずっと引っかかっていたことを口にした。「3年前、私から決算を取り上げたのはなぜですか?私を役員にして保証人にして、去年、縁談を私に差し出して会社から追い出した。あれは全部」

父は答えない。代わりに答えたのは滋賀さんの資料だった。「時系列を整理します。決算業務の外部委託、みつき様の役員登記、そして保証契約。この3つは、3年前の春から2ヶ月の間に集中して作られています。登記と契約の日付は動かせません」

覚えている。3年前の春のあの日のことだ。リナの振り込みの名目を改めて聞いて、「決算の綴りを見せて欲しい」と言った。父は「経理は口を出すな」と怒り、その2ヶ月後、私の机から決算の仕事が消えた。私が違和感を口にした2ヶ月後。そして去年、経営の悪化が隠しきれなくなった時期に、みつき様は退職・ご結婚という形で。

背筋が冷えた。地味だから身代わりに出された。長くそう思ってきた。そしてあの冬の夜、別の答えを疑いかけて蓋をした。その疑いは当たっていたのだ。数字の読める私が帳簿のそばにいては困るから。私は厄介払いと口封じを兼ねて、売られたのだ。

「『地味だから身代わりでちょうどいい』そう言いましたね、お母さん」私は母を見た。「違ったんです。私は地味だから選ばれたんじゃない。数字が読めるから、遠ざけられたんです」

祖母の声が耳の奥で響いた。「ちゃんと見とる人はおるからね」おばあちゃん、見ていたのは人だけじゃなかった。私が閉じてきた紙も、全部見ていたよ。売られた娘の紙の束が、売った父の帳簿を突き崩す。こんな因果応報の仕返しがあるだろうか。

「ひどい」呟いたのは、意外にも母だった。「あなた、そこまでしてたの?私、聞いてないわよ」

「私の会社の家賃だって、あなたが勝手に」

「お前が贅沢をやめないからだろうが」

「私のせいにしないでよ。ママこそ、家賃もらってたじゃない」

父と母とリナ、3人の声が応接室でぶつかり合った。ついさっきまで一枚岩に見えた家族は、金の切れ目でこんなにも簡単に割れる。

「さえ子様の会社についても補足します。登記上の事業内容は輸入雑貨の販売ですが、事務所としての使用実態も、事業をしている形跡も、確認できた範囲では1つも見当たりません。家賃を受け取るためだけの会社と考える他ありません」

「それは、あの人が『名前だけ貸して』って言うから」母は今度は父を指さした。矛先はくるくるとよく回る。私はそれを対岸の景色のように見ていた。

「なあ、なおと君。いや、神谷社長」3階の窓際の席から、父がもみ手で神谷さんに近寄った。「あんた、みつきの旦那だろう。身内じゃないか。会人の話はなかったことに。家族なんだから」

前の日まで「貧乏工場」と呼んでいた相手に「家族」と来た。

「藤原さん、俺はあなたが娘さんを『代わりに行け』と差し出した日から、あなたを家族だと思ったことは1度もありません」神谷さんの声は氷のように平らだった。父のもみ手が、途中で止まった。

会議が終わり、廊下に出た時だった。「待ってよ」リナが神谷さんの前に回り込んだ。「ねえ、おかしいでしょ、こんなの。だって、そもそもあんたと結婚するはずだったのは私なのよ」リナは乱れた髪のまま笑って見せた。「今からでも、私と結婚し直せばいいでしょ。妹の私の方が若いし、綺麗だし。お姉ちゃんも、その方が」

「お断りします」即答だった。「あなたが縁談を断ったこと自体を責めてはいません。会わない相手を断るのは当然の権利です。じゃあ、俺が軽蔑しているのは、人を職業だけで蔑んだことと、断った縁談にお姉さんを身代わりとして差し出して笑っていたことです」神谷さんは一歩も引かなかった。「みつきはあなたの代わりではありません。俺が結婚したかったのは、最初からみつきただ1人です」

それから神谷さんは声を1段柔らげた。「1年前のあの席で、俺は確かに断られました。ですが、感謝もしているんです。おかげで、末席の人がよく見えた」

「何よ、それ?私の方が若くて綺麗なのに」取り乱すリナを、滋賀さんが「お引き取りください」と出口へ促した。悲鳴のような抗議が廊下の向こうへ遠ざかっていく。

「帰りましょう、みつきさん」

「はい」

「疲れたでしょう。帰りにあの中華そば屋によりましょうか。餃子、2人前で3人前にしましょう。今日は頑張った日だから」

夕方の風が、工場の油の匂いを運んでいた。この匂いを「臭い」と笑った人たちの声は、もう遠かった。その夜は久しぶりに夢も見ずに眠った。

嵐は翌朝の枕元で待っていた。

朝目が覚めると、枕元のスマートフォンが震え続けていた。画面には着信の通知がびっしりと並んでいる。父から32件、母から27件、リナから21件。合わせて80件。伝言も溢れていた。「今すぐ電話しろ」「どうして夫の正体を黙っていたの?」「あなた、親を騙してたのね」「本来、私が結婚する相手だったでしょ?返してよ」

この間まで私を「道具」と呼んでいた人たちだ。夫の正体が分かった途端、80回も私を探す。

「出なくていいの?」台所から神谷さんが顔を出した。味噌汁の匂いがする。

「昨日まで、私は家族ではないと言われていたの。『役目は終わりだ』って」私は電源のボタンを長押しした。画面がすっと暗くなる。「今朝は静かにご飯を食べたいわ」

「それがいい。今日の味噌汁は豆腐とわかめです」湯気の向こうで、神谷さんが笑った。

食卓についた。豆腐とわかめの味噌汁、炊きたてのご飯、ぬか漬けの音。80件の着信より、1杯の味噌汁の方がずっと重い。そういう暮らしを、私はもう知ってしまった。

その日の昼、リナはSNSに長文を載せた。「身内に会社を乗っ取られました。家からもらっていた毎月30万の給料も一方的に止められました。ひどくないですか?」

同情を集めるつもりだったのだろう。でも、世間はリナが思うより帳簿が読めた。「働いてないのに月30万って書いてあるけど、そっちの方がひどくない?」そんな書き込みが並び、夕方には投稿が消えていた。

3日後、実家の3人は揃って家に押しかけてきた。チャイムが連打され、ドアを叩く音が響く。「みつき、いるんだろう。開けろ」

ドアを開ける前に、1度だけ深呼吸をした。怖くはなかった。36年分の言葉を、やっと言える朝が来ただけだ。

私は玄関のドアを開けた。中へは通さなかった。背中の後ろに、神谷さんが黙って立ってくれていた。口は出さない。ただ、いてくれる。それで十分だった。

「なおと君に言え。会人を撤回しろと。お前が言えば聞くんだろう」

「言いません」

母が金切り声をあげた。「親不孝も、家族を見捨てる気なの?」

「見捨てられていたのは、私の方です」私は3人の顔を順番に見た。父、母、リナ。揃って私を見ている。36年間、1度もなかったことだ。皮肉なものだ。私の顔を見る用事が、最後の最後にお金だなんて。

「お父さんたちが私にくれたのは、愛情ではなく命令でした」言葉は自分でも驚くほど平らに出てきた。「働け。我慢しろ。金を入れろ。妹の代わりに行け。全部、命令でした」

「親が子に指図して何が悪い」

「悪くないと思うなら、これからは他人に同じことを言ってみてください。1つも通らないことが分かりますから」

「な、なんだと」

「私はもう、あなたたちの都合のために生きません。お引き取りください。今後のご連絡は、こちらの弁護士を通してください」私は早川さんの事務所の名刺を差し出した。

「弁護士だと?親子の問題を裁判に持ち込むのか」

「親子の問題にしなかったのは、そちらが先です」私は名刺を父の胸元へ押し付けた。「私を娘ではなく、無料の従業員と財布として扱ったのは、あなたたちです。でしたら、これからは他人として責任を取ってください」

「せめて、リナのお店だけでも、神谷さんに頼んでよ」母の語気が途中から泣き落としに変わった。36年、命令にしか使われなかった姉でしょうが、最後は物乞いの言葉になった。「あんたのせいで、リナのお店が潰れるのよ。姉のくせに」

「あの店は、会社から抜いたお金でできていたんです。潰れるんじゃありません。元に戻るだけです」

「ヘリクツを」母の声を、私は締め切った。鍵をかけた。ドアの向こうの叫び声は、もう言葉として届かなかった。やがて、それも途切れた。

それから、早川さんの反撃が始まった。早川さんは約束通り、1度で出した。半年余りをかけて揃えた記録が、番号を振られて順番に並んでいた。

定期預金300万円については、無断解約の記録・印影を添えて返還を求めた。代理人の筆跡と印影の写し、解約金の行き先、全部揃っていた。

見込みだった残業代は、時効で消えていない分に絞って請求した。時効を免れていたのは退職までの2年半分ほどで、それだけでもおよそ120万円になった。

退職金は、あえて請求しなかった。働いた時間の対価である残業代と違って、退職金は規定の解釈1つで額の膨らむお金だ。今の藤原成功に余計に払わせれば、周り回って神谷さんの世話になる。それは私の性が許さなかった。

「18年分なら、この何倍もあったでしょうに」

「いいんです。消えた分は授業料。高い授業料でしたけど、卒業できましたから」

訴訟契約については、署名が私の筆跡ではなく、実印は「会社で預かる」と言って父の手にあったものが私に無断で押されたのだと示して、向こうの確認を求める手続きに入った。実印と委任登録カードの無断使用については、警察に相談し記録を残した。そして、今後の連絡は全て代理人経由とし、直接の接触はしないよう通知した。

銀行から取り寄せた代理人の字は、素人目にも父の字だった。自分の字は自分を裏切らない。応接室で見た光景と同じだった。

「録音も張り込みもいりません。紙が全部話してくれます」早川さんはそう言って、書類の束を揃えた。

書類が届いた週を境に、実家からの電話はぴたりと鳴りやんだ。紙で話す相手には、紙でしか返せない。80件の着信で動かなかったものが、数枚の書面で全部動いた。怒鳴り声という通貨が、あの人たちの手元で初めて使えなくなったのだ。

父からは1度だけ、事務所経由で伝言が来たという。「家族の情はないのか」早川さんの返答は1行だった。「上の請求書は受け取れません。金銭の請求書は、期日までにお願いします」

「ようやくですね」早川さんが書類の最後の1枚を揃えていった。「半年余り、よく我慢しました。見事なお手本です」

「先生の言う通りでした。記録は逃げませんでした」

「ええ。逃げたのは、人の方でした」

私たちは少しだけ笑った。最後に、私は1つだけ自分の言葉を書面に添えてもらった。

「お父さんへ。あなたは1年前に『工場勤務の男は釣り合わない』と言いました。釣り合っていなかったのは、お父さんの帳簿と現実の方です」

返事は来なかった。来なくても良かった。私の36年分の帳簿は、これでようやく閉まったのだから。

夜、神谷さんが湯呑みを2つ持ってきた。「全部、終わりましたね」

「ええ、終わらせました。あとは、始めるだけ」

「いいですね。始める話は、酒より聞く」神谷さんは茶を吸って、本当に美味しそうに笑った。

36年間、私はあの家の帳簿の「雑用」の欄に書かれ続けてきた。これからは違う。私は私の帳簿の1行目だ。

それから1年が過ぎた。

1年後の今を、順番に話しておきたい。

父は臨時の株主総会で、正式に経営から解任された。無断で載せられていた私の取締役の登記も、4000万円の連帯保証も、署名が偽物と認められて消えた。帳簿の件は銀行との間で大きな問題になり、父自身の保証と責任を巡る賠償の話し合いが続いているという。自宅と車を手放したらしいと、田岡さんから聞いた。

「前の社長がいなくなって、会社は困っとるかって?それがなあ、経理さん」田岡さんは電話の向こうで愉快そうに笑った。「新しい体制になってから、残業代がきちんと出るようになった。若いのも戻ってきた。妙な話だが、会社は前より元気だ」

「俺がいなければ会社は回らない」父の口癖だった。回らなかったのは会社ではなく、父の算盤の方だった。

大隅の仙台は、あれから1度だけうちに寄ってくれた。「藤原の帳簿の話は聞いた。わしの目も、置いたもんじゃ」

「いいえ、大隅さんの目は確かでした。会社の中で1番いいものを、ちゃんと見つけてくださったでしょう」神谷さんがそう言って私を見た。仙台は大声で笑って、湯呑みを干した。

母は家を出て、郊外の古いアパートに移ったそうだ。だけど、知らない番号から連絡が来た。「少しでいいの?生活費を送ってちょうだい。昔は家族みんなで助け合ったでしょう」

私は1度だけ返事を書いた。「助け合った記憶はありません。私だけが助けていました」それきり、私はその番号を着信拒否にした。

リナのサロンは、広告費が止まって3ヶ月で閉店した。車とバッグを売っても借金が残り、婚約していた人は会社ごと離れていったという。最後に届いた伝言は、リナらしいものだった。「お姉ちゃんが離婚すれば、全部うまくいくのに」返事はしなかった。

リナは今、小さな会社で事務をしているらしい。朝起きて、電車に乗って、自分の給料で家賃を払う。私が18年やってきたことを、あの子は30を過ぎて初めて始めた。遅くはない。誰の代わりでもない自分の人生を、あの子も1行ずつ書いていけばいい。人は、値札を張り間違えた代金を、いつか必ず自分で払う。

300万円は、自宅を手放した父から分割で戻り、祖母の遺言通りの使い道にした。「嫁に行く時に持っていきなさい」そう言われていたお金だ。何年か遅れたけれど、私はあれを自分の足で立つために持っていく。

私はといえば、小さな事務所を開いた。町場のための経理の支援事務所だ。資金繰りの相談、帳簿の整理、銀行に出す書類の作り方。父の会社で評価されなかった18年が、今は看板になっている。開業の資金は、神谷さんに借りなかった。退職金代わりに取り戻したお金と、自分の貯金で始めた。

「相談には乗ります。でも、口は出しません。あなたの事務所ですから」神谷さんは対等な経営者として、そう言ってくれた。

初めてのお客さんは、藤原成功だった。「経理さんに頼むのが1番安心だからな」田岡さんたち現場の人がそう言って、書類を持ってきてくれる。井口さんも今は藤原成功に戻って、経理の机に座っている。「みつきさんの帳簿が正確だったから、会社の問題が分かったんです」そう言って笑ってくれた。

事務所の壁には、額を1つかけている。中身は賞状でも資格でもない。祖母の写真だ。「ちゃんと見とる人はおる」迷いそうな日は、その言葉を思い出してから算盤を弾く。

先週、私は神谷さんと藤原成功の新しい工場を見に行った。神谷さんは、いつもの作業着だった。

「社長なのに、どうしていつも現場へ来るんですか?」若い従業員に聞かれて、神谷さんより先に私が笑ってしまった。「この人は最初から、工場で働くことを誇りにしているからですよ」

「そのおかげで、みつきと出会えたからね」神谷さんが続けて、若い人は頷いていた。

帰り道、夕日が機械の列をオレンジ色に染めていた。家族は2年前、「工場勤務の男は妹には釣り合わない」と言った。でも、人の価値は肩書きや服装では決まらない。それを教えてくれたのは、作業着のまま頭を下げられるこの人だった。

「妹の代わりに行け」と命じられた私だけれど、この結婚を選び直したのは私自身だ。事務所の名前は「みつき経理事務所」。誰の代わりでもない、自分の名前を看板に出した。

私は誰かの代用品でも、誰かの付属品でもない。自分の帳簿を自分の手で締めながら、これからも自分の人生を生きていきたい。

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