「この辺で更新のためにやめてもらえないかな。」新社長は笑顔でそう言った。俺を社長室に呼び出し、退職を迫ったのだ。理由は「血の入れ替え」だと言うが、本当は自分の息子を入社させるためだと分かった。20年近く会社に尽くしてきた俺を、年齢を理由に追い出そうとしている。反論すれば「負け惜しみか」と鼻で笑われ、退職届を突きつけられた。悔しくて、最後にこう言った。「後悔なさらないように。」その言葉に、彼は…

「この辺で更新のためにやめてもらえないかな。」新社長は笑顔でそう言った。俺を社長室に呼び出し、退職を迫ったのだ。理由は「血の入れ替え」だと言うが、本当は自分の息子を入社させるためだと分かった。20年近く会社に尽くしてきた俺を、年齢を理由に追い出そうとしている。反論すれば「負け惜しみか」と鼻で笑われ、退職届を突きつけられた。悔しくて、最後にこう言った。「後悔なさらないように。」その言葉に、彼は...

「この辺で更新のためにやめてもらえないかな。」

新社長は笑顔でそう言った。俺を社長室に呼び出し、退職を迫ったのだ。

「君の後任はもう見つけてある。私の長男がね、優秀な学生だったんだよ。だが、どこも見る目がないようで、まだ就職先が決まっていない。それで私が父として彼にチャンスを与えてやろうと思っている。」

「つまり、息子さんを入社させるために、私を追い出すということですね。」

当然、納得できず抗議した。会社の私物化をやめるよう警告した。だが、それは火に油を注ぐだけだった。

「そこまでぐちぐちと勝手なことを言うなら構わん。これに名前を書いて出ていけ。」

最後には椅子から立ち上がり、退職届を手に迫ってきた。何を言っても無駄だと諦め、俺は退職届に記入した。そして、それを社長に差し出しながら、一言付け加えた。

「これで失礼しますが、後悔なさらないように。」

その言葉を聞いた社長は鼻で笑った。

「負け惜しみか。情けないね。」

俺の退職届をひらひらと見せるように掲げ、社長は最後まで嬉しそうだった。自分こそが見る目のない人間だということに、彼はまだ気づいていない。

俺の名前は岩田洋二。機械装置の製造や設置保守を担う関連企業に務めるエンジニアだ。高科大学を卒業後に入社し、約20年。40代半ばのベテランの入り口に立っている。

研究開発部門でキャリアをスタートさせ、その後は製造の現場や工場でのライン管理業務まで経験を積んできた。そのおかげで、絶えず知識を更新し、増やす機会に恵まれていた。研究開発の部署では競合他社との共同研究プロジェクトにも参加し、その縁でよく海外研修に派遣してもらった。海外の大学や工学系メーカーの研究所、有名機械メーカーの工場に見学に入り、時にはそこでの業務にも参加した。

会社からそれだけのチャンスを与えられ、俺は常にプレッシャーを感じながらも楽しんでいた。貴重な経験や身につけた知識をいかに仕事に反映し、開発する製品に落とし込めるのか。自分にはそれが活かせられていると思い、会社からの期待に答えるべく仕事に打ち込んできた。

「社長交代は正式に決まったみたいですね。」

「ああ、そうか。やっぱり社長の状態は仕事をするには難しいっていうところみたいですよ。」

この数ヶ月、社内は社長の身体問題にまつわる噂で賑わっていた。1年前に社長が出張先で倒れて以来、社長が変わるという話が出ては消えていくのを繰り返していた。社長は病気を患い手術をして回復したものの、完全な職務復帰が難しい状態。その間、社長代行の重役がトップに立ち会社を守っていた。

だが、つい最近社長交代が正式に決まったという話が社内で広まっていた。

「新社長は外部から招くみたいですね。」

「ああ、それは聞いたな。銀行から出向してくるらしい。」

社長が変わると決まってから、その先の噂が出回るのは早かった。新社長は会社の有力株主である銀行からやってくる。その銀行の名前は真野銀行と言い、コンサルティング会社にいた経歴もある企業管理のスペシャリストと言われている。誰が仕入れたのかは分からないが、真野新社長の情報は次々と耳に飛び込んだ。

「あまりいいとは言えない噂も聞くけどね。」

「そうなんですか。」

「ああ、なんだかこういう他所への出向は本気じゃないみたいな。」

真野さんはうちの会社を引き受けることに気が進んでいない。それも俺は噂として聞いた。経営コンサルタントからヘッドハンティングで銀行に来て、本人はそれこそエリートコースを目指して出世を目指していたらしい。しかし銀行側からうちの会社への出向を命じられ、今はその不満をもらしているのだそうだ。

「うちはほら、歴史は長い会社かもしれないけど上場もしてない。特別名の知れた会社でもないからね。真野さんっていう人はどうもそれがご不満らしい。」

社長職を任されるにしても、真野さんの希望は一部上場企業。うちの会社のこれまでの実績と業績は真野さんも把握してくれているという話だが、正直なところ地味な会社というのが気に食わずにいる。

秋の新社長の就任前から、真野さんの評判は賛否両論だった。

「私は皆さんに任せて様子を見させてもらいます。まずはそこから。今後の計画は全てを把握してから決めさせてもらいます。」

真野新社長は就任の挨拶でそう語った。笑顔は見せず、終始真顔で用意してきた原稿を読み上げる。

「私にとってはあまり親しみのない分野の企業であり、皆さんのこともまだ分かりません。」

原稿から顔を上げずに、ただひたすら文字を追うだけ。真野さんの挨拶には全く気持ちが入っていなかった。

「私はいわば門外漢です。そんな私に力を貸していただきたく思います。」

真野さんの読み上げに気持ちは乗っていないが、原稿の内容自体は真摯なメッセージが込められているようだった。おそらく誰かが考えたのだろうと俺は考え、つまらなそうに挨拶を続ける真野さんの姿を眺めた。

真野さんはそれから新社長として会社の一員になった。だが、何というか、それだけ。真野さんが社長になったからと言って、何かが起きるわけではない。

「真野の社長は会社に興味を持っていないな。」

真野さんの社長就任から10日ほど経った頃、上司が苦笑した。製造と開発系部門を束ねている上司は、数日前に重役たちと共に真野さんに挨拶をしたのだという。

「とりあえず話は聞くんだけど、こちらに何を尋ねるわけでもないんだよ。」

上司と重役たちの挨拶には、真野さんへのレクチャーも含まれていたそうだ。会社の体制と関連企業について、この数年の会社の財務状況と詳細な収支報告。上司と重役たちは時間をかけて真野さんに説明したそうだが、真野さんはけだるそうに座ったまま黙っていたらしい。

「何かありませんかって、こっちが尋ねてもだんまりで。」

上司たちのレクチャーが終わると、真野さんはそのまま一人足早に部屋を出て行ってしまったそうだ。

「何でしょうね。本当にこの会社に興味がないんでしょうか?」

「そう思うよ。それでもまあ、社長の立場には満足してるみたいだけど。」

「そうなんですか。」

上司が言う真野さんの様子に俺は驚いた。社長就任挨拶で見せていたそっけなさと就任前の前評判。俺にとってはその印象が強く残っていて、真野さんはてっきりうちの会社と社長職を嫌っているのだと思っていた。しかし上司によれば、真野さんは社長の肩書きを気に入り、悦に入っているというのだ。

「とりあえず偉そうにしてるというかね、威厳ぶった振る舞いはするんだよ。」

上司の口からため息が漏れた。真野さんはここのところ営業にプレッシャーをかけているのだそうだ。ノルマの引き上げと、企画を巻き込んでの複数の新規プロジェクトの立ち上げ。上司と重役の見立てでは、真野さんは会社の能力と技術力に目をつけたのではないかという。

うちの会社は長年地道に黒字を保ち、優良企業としても知られている。現状維持でも構わないが、成り振り構わず稼働すればより稼ぎを出せる。真野さんはそれを掴み、社長として腕を振るおうとしているのではないか。

そして上司のその予想は的中した。

「で、何人かリストラされたらしいね。」

「そうなんですか。」

「ああ、同期から聞いた。」

真野さんの取る拡大路線は、営業と企画に大きなショックを与えていた。厳しいノルマと複数プロジェクトの同時進行に追われ、その煽りを受けて営業と企画の足並みが乱れていた。ノルマ未達成者が追い出されたらしい。企画を進めながら新規契約を取らなければならなくなった営業部は、特に混乱が大きかった。若手もそうだが、管理職として業務の多い中堅・ベテラン社員たちが、真野さんが求めるノルマをクリアできずに退職を迫られたのだ。

俺の同期は追い出しを逃れていたが、同期の先輩社員数人が退職を余儀なくされた。

「このまま研究開発にもそういう流れが来るんですかね。」

「まあ、覚悟はしないといけないだろうね。」

営業と企画の災難を嘆きながら、俺は後輩と覚悟を決めていた。いずれ自分たちにも真野さんの号令がかかるかもしれない。

この頃、営業と企画の災難の他に、総務や庶務の苦労も噂になっていた。真野さんが社長として会社を我が物にしたのだろうが、その証のように総務と庶務を顎で使うようになっていたのだ。個人的な用事を押し付け、外出の時には常に運転手と車を要求する。時には通勤にすら車を出せとごねる。

うちの会社では昔から社長は自力で通勤していた。専用車などなく、車で出社したければ自分で運転するかタクシーを手配するか。ところが真野さんはその慣習を打ち破り、自分は社長なのだと言って送迎を求めているのだ。

「新社長は殿様みたいだな。」

ある時、真野さんの態度を見た同期が嘆いていた。その言葉通り、真野さんは日に日に増長していく。

そしてついに、俺と後輩が懸念していた事態が起きた。真野さんは研究開発部門にもノルマとスケジュールの見直しを命じるようになったのだ。納期を切り上げ、可能な限り新規計画を詰め込む。俺はどうにか時間と人員を調整し、難局を乗り切ろうと四苦八苦する。しかしそうしていた俺に、真野さんはある通告を突きつけた。

「血の入れ替えという感じかな。君はもうベテランの古株だ。この辺で更新のためにやめてもらえないかな。」

俺を社長室に呼び出した真野さんは、笑顔で俺に退職を迫った。真野さんの社長就任から数ヶ月、すっかり会社の実権を握った真野さんは、どの部署に対しても成り振り構わず大鉈を振るうようになったのだ。

「君は経験もあって経歴も悪くないんだが、年齢はネックだよ。今時の優秀な若手を差し置いて、年齢と経験だけを武器に居座っているように見えるよ。」

真野さんは俺に喋るタイミングは与えず、ひたすら喋っていた。俺への不満を並べ、自分では思い当たらない不満があると指摘する。

「君は色々とああでもないこうでもないと言っているみたいだね。それもまあ、何の根拠があるんだか。」

「それは失礼ですが、当たり前のことを言っているだけかと。」

「その当たり前は君にとっての当たり前だろう。」

「そんなことはないかと思いますが。」

「いや、そうに決まってる。」

俺が反論すれば、真野さんは半笑いでそれを否定し、自分の言葉を続ける。

「いいんだ。私としては君がいなくなればそれでね。新しい人はもう見つけてある。」

俺を会社から追放した後に、俺の立場に収まる人材。真野さんは後任の若手が誰なのか、俺に教えてくれた。

「私の長男がね、理系の優秀な学生だったんだよ。だが就活で運に見放されたというよりも、企業に見る目がなかったせいだ。それで私が父として彼にチャンスを与えてやろうと思っている。」

真野さんの話に、俺は「そういうことか」と合点する。真野さんが自分の息子の就職先を探しているというのは噂で聞いていた。理系の学生で大学院も出ている。それでも就職先が見つからず、真野さんは気を揉んでいると。そして今回、どうやらその息子が「どうにかしてくれ」と父親の真野さんに頼み込んだようだ。真野さんとしてもどうにか息子の希望を叶えてやりたかったが、うちの会社の研究開発部門には空きがなかった。息子を入れるのならば、誰かを追い出さないといけない。

「私は息子さんを入社させるために追い出されるということですね。」

これまでの噂と真野さん本人の話。それを聞いた俺は、思っていたことをそのまま口にした。

「血の入れ替えはあくまでも建前。人聞きの悪いことを言わないでくれよ。」

「いえ、そういうことだと思いましたが。あなたはこの会社を好きなように自分のものだと考えているだけでしょう。」

口をついて出た真野さんへの不満がどんどん膨らんでいく。営業や企画でリストラを行い、総務や庶務を振り回していると。それだけでもあなたが何を考えているか分かりますよ。

「だからそれはあんたの勘違いだ。」

「勘違いではなく事実ではありませんか? あなたは会社を私物化している社長かもしれませんが、もう少しお考えを改めていただきたい。」

自分がどうして真野さんにここまで言えるのか不思議だったが、後になって考えてみると、彼が支配する会社への愛想が尽きていたということだったのだと思う。ついでに真野さんへの愛想も義理もないと思っていた。だからこれだけ強く言い、後はどうなってもいいと腹をくくったのだ。

「そこまでぐちぐちと勝手なことを言うなら構わん。これに名前を書いて出ていけ。」

椅子から立ち上がった真野さんが、退職届を手に俺に迫った。

「さっさと書類をよこせ。それで出ていけ。」

「分かりました。」

退職届を出されれば、俺にやれることなどもうない。俺は何を言っても無駄だと諦めて、退職届に記入をした。それを真野さんに差し戻し、一言付け加えた。

「これで失礼しますが、後悔なさらないように。」

この一言を強がりと受け取られても構わない。ただ、どうしても真野さんに言っておきたかったのだ。

真野さんは俺の言葉を鼻で笑った。

「負け惜しみか。情けないね。」

俺の退職届をひらひらと見せるように掲げ、真野さんは最後まで嬉しそうだった。

退職から1ヶ月後、俺は転職先を見つけてすでに働いていた。転職先は前職の競合他社で、業界採用大手の上場企業。実を言えば、俺は数年前からこの会社からスカウトを受けていた。年俸制での契約で研究部門の管理職を約束する。将来的には顧問として会社に残り、その時には付属の研究所の所長職を用意する。それがスカウト時に提示された条件だったが、その当時の俺は前の職場に何の不満もなくスカウトを辞退していた。しかし俺が次の仕事を探さざるを得なくなり、ためしにスカウトは有効なのか、今の職場に訪ねることになったのだ。

今の会社は俺の失礼な頼みを聞き入れ、俺をかつて提示した条件そのままで雇ってくれた。おかげで俺は今、研究開発部門のトップとして仕事に集中させてもらっている。途中参加のプロジェクトや自分で企画した新規計画の指揮を取りながら、早くも結果も残していた。新製品の開発とその成果を認められ、表彰も決まっている。

退職した時には心細さもあったが、今はそれも忘れて仕事のありがたさを実感していた。俺はこのままこの会社で人生を全うする。そう気持ちを切り替え、以前のことは考えないように過ごす。

それが当たり前になりつつあったある日、俺は会社のロビーで前職時代の同僚と再会した。

「あ、どうしたんですか? こんなところで。」

同僚は人材管理系の部署にいた先輩社員で、俺の顔を見ると表情を緩めた。

「久しぶりだね。」

「ああ、俺も会社を出されて紹介を受けて、こちらの面接を受けさせてもらったんだ。」

「そうだったんですか。」

元同僚は俺と同じように真野さんに退職を迫られていた。血の入れ替えと言われ、年齢を理由に会社を追い出される。

「まあ、もうどうにもならないさ。」

元同僚は誰に言うでもなさそうに呟いた。話を聞けば、前の職場は真野さんが独裁体制を敷いて閉塞した状態になっているようだ。拡大路線はうまくいかず、業績は落ちて改善策に終わっていた。

「それでもまあ、君がいなくなったことが一番大きいよ。うちの目玉製品が作れなくなったんだから。」

「ああ、まあそうですね。」

元同僚の苦笑に、俺も付き合う。元同僚が言う目玉製品とは、俺が開発して特許を取得した太陽光パネルとその制御システムだ。従来製品よりも発電量を向上させ、メンテナンスと制御システムを一体化してコンパクト化した。狭い土地にも設置可能で、システムのプログラムを変えれば建物の屋上での使用も可能。

この製品の特許を俺が持つに至ったのは、当時の社長の配慮のおかげだ。「社員の功績となる権利を認める」という社長の方針から、俺は自分の名前で太陽光パネルに関する特許を得ていたのだ。

「真野さんは君のことを調べもせずに追い出したんだね。」

「そうみたいですね。」

「だから君がいなくなって愕然としていたよ。どうして太陽光パネルが作れないのかと。」

退職したその時、俺は真野さんに「後悔するな」と釘を刺していた。それには破れかぶれの感覚もあったが、何より特許のことが頭にあったのだ。俺の許可がない限り、前の職場では太陽光パネルを作れない。俺は真野さんが自分のことを知らないと承知した上で、あの一言を突きつけていたのだ。

全ての経緯を踏まえて、前の職場の研究開発部門は今はひたすら静まり返っているようだ。何もすることがないというのは大げさだけど、勢いはない。

「真野さんの息子さんは、まあ元からやる気もなくブラブラしてる。」

「そうなんですか。」

「ああ。真野さんは息子さんが就職できなかったのは企業に見る目がなかったからと言うけど、あれはもう息子さんの資質の問題だよ。」

真野さんが俺の代わりに会社に入れたがっていた自慢の息子さんは、今や有名な社内ニートになっているそうだ。仕事もせず、指示されることを嫌い、社長の息子としてふんぞり返ってスマホをいじるだけ。ゲームをしているか、マッチングアプリをしているか。とにかく真野さんの息子というのは使い物にならないと言われている。

「まあ、そんなことだから今は僕も転職してる。」

「そうですか。」

すっきりとした笑顔を見せる元同僚を見て、転職の成功を祈った。俺は元同僚と別れ、仕事に戻る。前の職場の惨状を思う時、真野さんのしていることを思えば仕方がないと思うほかなかった。

元同僚との再会から数日後、俺に真野さんから電話があった。内線で繋がれ、何事かと電話を取ると、真野さんは余裕の口ぶりで笑っていた。

「あんたがどうしているかと思ってね。まあ、仕事は見つかったらしいけど。」

「ええ、ひとまず仕事には困っていませんね。」

真野さんが何を言いたいのか掴めず、俺は適当に返した。その後もしばらく取り留めのない話を続けたが、そのうちに真野さんから「太陽光パネル」という言葉が出てきた。

「あのパネルはいい製品だ。何もできないのはもったいないと思わないか?」

真野さんの誘うような言い方に、俺は初めて真野さんの要求に気がついた。鈍いと言われたらその通りだが、俺は本当に分からなかったのだ。追い込まれた真野さんが苦肉の策で俺に頼もうとしている。

「貢献のチャンスを逃すなんて。あんたは仕事のセンスがないね。」

プライドの高い真野さんは、人に素直に物を頼めないらしい。このまま真野さんに任せていれば、電話はいつまでも終わらない。そう思い、俺は自分から切り出した。

「太陽光パネルの製造許可を出して欲しいようでしたら、お断りですよ。私はもうあなたと仕事をする気はありません。」

俺はそのまま電話を切ろうとしたが、そこで真野さんが止めに入った。

「ま、待ってくれ。その、こんなことなら、あんなことを。あんたを追い出しなんてしなかった。」

焦りながら言い訳めいたことを口走る。

「私はまだ会社に入ったばかりで何も知らないからあんなことを。とにかく今なら給料も倍でやれる。だから戻ってこないか。」

俺を会社に戻すための条件として、真野さんは給料の増額を持ち出した。その時には笑いを交え、俺の機嫌を取ろうとしていた。

「でしたら。」

俺はため混じりに欲しい金額を提示した。

「少なくとも2億程度は出してもらいたいですね。今の会社では年俸で1億は頂いているんです。」

俺の転職時の条件は、これまでにない最高のものだった。年俸制というだけでも破格だが、その額面は1億円。俺の特許技術とこれまでの経歴に、会社はそれだけの価値があると考えていたのだ。

「いかがですか? 同等か、それ以上の条件がなければ戻れません。」

「そ、そんなの無理だ。」

俺の要求に、真野さんは呆然と呟いていた。これからしばらく無言が続き、電話の向こうから真野さんの周りの音と声が聞こえてくる。どうやら真野さんのそばには息子さんがいたらしい。

「お前の小遣いの話は後だ。そんなこと話してる場合じゃないんだよ。」

真野さんと息子さんが何を話していたのか。真野さんが電話の向こうで叫ぶ声で察した。

「すみませんが、これで失礼します。」

俺は電話の向こうの親子玄関に別れを告げ、電話を切った。真野さんからまた何か連絡があるかもしれない。俺はそう心配していたが、あの電話以来何の音沙汰もなくなった。

そして俺の今の職場に、面接を受けていた元同僚が入社した。

「今は前職のまった田中だそうだよ。」

「そうですか。」

「社長は?」

「ああ、今は生え抜きの社員が社長になってる。」

俺と元同僚がいた前の職場は、今は生まれ変わろうとしているところだそうだ。元同僚は親しかった同僚から聞いた話として、前の職場の現状と真野さんと息子さんの現在を教えてくれた。

俺を会社に戻せず、太陽光パネルの製造再開の道を断たれた会社は、後継製品の開発に失敗し、業績を悪化させていった。そのタイミングで真野さんを送り込んだ銀行は、真野さんを社長の座から引きずり下ろすことを決めたそうだ。会社を私物化し、混乱と業績悪化を招いた責任を追求された真野さんは、社長を解任された。そして銀行からも職を解かれ、業界を追放。それに合わせて息子さんも会社を追い出された。

今、真野さん親子は2人で起業を試みているそうだ。しかし騒動で悪名が広まり、その試みは潰れる寸前。出資者を見つけることも資金集めも困難を極めているらしい。

「因果応報でしょうか?」

「そういうことだろうね。まあ、反省する機会だからそうしてもらえれば。」

同僚とそう言いながらため息を漏らす。真野親子はともかく、俺と同僚は前の職場の再建の成功を信じて願っていた。

俺は変わらず今の仕事に打ち込んでいる。それが自分のすべきことであり、会社への恩返し。技術者と研究者として、これからも懸命に働くだけ。それを胸に、俺は今日もデスクに向かっている。

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