普通の朝、社長室に呼び出された。ドアを開けた瞬間、中山社長の冷たい視線が私を刺した。「君には本当に呆れるよ。新人に高圧的な態度を取って脅しているそうじゃないか」。私は身に覚えがなく、必死に誤解だと伝えた。だが彼は鼻で笑い、「あと数年で定年だろう。古い考えで若い人たちを毒するのはやめてもらいたい」と、その場で解雇通知を突きつけた。二十年近く会社に尽くしてきたのに、新人の嘘の証言だけで人生のどん…

普通の朝、社長室に呼び出された。ドアを開けた瞬間、中山社長の冷たい視線が私を刺した。「君には本当に呆れるよ。新人に高圧的な態度を取って脅しているそうじゃないか」。私は身に覚えがなく、必死に誤解だと伝えた。だが彼は鼻で笑い、「あと数年で定年だろう。古い考えで若い人たちを毒するのはやめてもらいたい」と、その場で解雇通知を突きつけた。二十年近く会社に尽くしてきたのに、新人の嘘の証言だけで人生のどん...

「新人に高圧的な態度を取って脅している。そうじゃないか。君には本当に呆れるよ」

新社長に呼び出された私は、全く身に覚えのないことで糾弾されていた。

「誤解です。彼を否定したことも、高圧的な態度を取ったこともありません。先日、お客様に失礼な発言があったので注意はしましたが」

だが、そんな私の訴えを新社長は鼻で笑った。

「あなたも、あと数年で定年ですよね。私はこれからこの会社を支えていく若手社員たちの意見を取り入れたいんです。あなたのような古い考えで、若い人たちを毒するのはやめてもらいたい」

新社長は新人の嘘の証言を信じ込み、ベテラン社員の私の言うことなど聞きもしない。そして私はその場で首を言い渡され、会社を去ることになってしまった。人生のどん底というものを、この時初めて味わった。

ところが、それからしばらくして、新社長からまさかの電話があった。

「お前が指導していた新人はクレームが多い。大きな契約がダメになりそうだから、戻ってきて尻拭いをしろ」

あまりに理不尽な態度に呆れてしまう。

「その大きな契約の担当、私なんです。今後一切そちらとは取引しませんので、よろしくお願いします」

「何を言って……」

私に起こった激動の変化。それを知った新社長は、絶望に染まり、言葉を失ったのだ。

私の名前は田中慶造。現在の会社に営業として長らく務めている。昔から人と接することが好きだった私は、営業の仕事がとても合っていて、社内での成績はトップクラスだ。

そんな私も若い頃には成績が伸び悩んだことがあった。新人で上司の後をついて回っているうちは、おこぼれの契約をいくつか結ぶことができた。しかし、いよいよ一人でお客様を訪問するようになった頃、どんなに数をこなして営業足を運んでも、ほとんどの会社と契約まで結びつかないことが続いたのだった。

経験が浅かった私は、数をこなせば自然と契約も増えるだろうと思っていた。でも、それは全くの検討違いだったのだ。

追い込まれた私は、以前に同行してもらっていたベテランの先輩に頭を下げ、やり方を教わった。

「同行した時、何見てたんだ?」

先輩はそう笑って言いながら、初めは緊張でそんな余裕ないか、とすぐに快く教えてくれた。まずは取引先の好みをリサーチし、次回訪問時には好みに合わせた手土産を用意する。そしてタイミングを見計らって接待の席を設ける。相手先に自分の腹の中を分かってもらい、人間性を好きになってもらうこと。

そこには先輩たちが長年培ってきた鉄則がいくつもあった。聞いたばかりでは分からないことも多々あったが、つまりは信頼関係を結ぶことが契約につながるのだとわかった。それらを参考にして、自分なりに工夫と改善を重ね、お客様と信頼関係を結ぶことに専念することにしたのだった。あの時の経験が今の成績に結びついていると、私は確信を持っている。

四月になり、新人の遠藤翔太が営業部へ入社してきた。エリート大学を卒業したばかりの彼は、営業職がどんなものであるかを知ってか知らずか、新入社員の挨拶の時から覇気が感じられない青年だったため、内心配していた。

会社の用意した研修制度で業務の流れなど一通り説明を受けた彼が、いよいよ部で一緒に働くことになった。私もそうであったように、初めのうちは新人と上司が揃って営業先へ同行することが決まっている。そして遠藤君に同行するのは私だった。

研修を終えてもなお、彼の態度は無気力なままであった。私はその態度に戸惑いながらも、時代の流れや世代の違いは仕方のないことだと割り切って指導することにした。

「初めまして。田中と言います。今日からしばらくは私の指導で業務を進めてもらいます。営業先にも同行してもらうので、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「じゃあ今日は早速外回りに同行してもらうね」

私は事前に新人君がいても迷惑にならないお客様をピックアップしておいたため、予定はスムーズに進んだ。固定客だけはとでも言うべきだろうか。訪問先での遠藤君の態度は、私の予想を上回るものだった。挨拶の声は小さく、話には全く加わらない。お客様が逆に気を使って質問してくださったことに対しても、曖昧な返答のみ。

比較的長年の付き合いのあるお客様だったため、私の顔に免じて優しく接してくださったが、私は居た堪れなくなってしまった。その帰り道、営業車両の中でどういう風に指導すべきか、しばらくは言葉が見つからなかった。だが、社外にいるという解放感からか、彼の方から先に話し始めた。

「営業って、実際に行ってみるとそんなに難しくないですね。適当に話を合わせてたら時間過ぎました」

「今日は私が一緒だったけど、これからは遠藤君一人で訪問しないといけないから、必要なこととか今のうちに覚えておいてね」

「はい、大丈夫だと思います」

会社に戻り、今日一日を振り返り、お客様訪問時の注意点や付き合い方を遠藤君に説明することにした。初めのうちは静かに頷いてメモを取る様子も見られ、私は彼も案外意欲がないというわけでもないのだと安堵した。しかし、私が苦労した若手の頃を思い出しながら、その頃の話を交えて手土産を選ぶ時のコツや酒を伴う接待の話をした時、遠藤君は露骨に嫌悪な表情を浮かべた。

「あの、申し訳ないですけど、手土産とか酒席とか、今時古くないですか? なんていうか、今はネットを使えばやり取りはいつでもできるし、他の効率的なやり方でいいじゃないですか」

「確かに効率的なやり方はある。しかしお客様との信頼関係を築くことが大事なんだよ。もちろん無理な接待はやる必要はないが、接待が大切な場面もあるってことも知っておいてほしい」

「そうなんですかね」

彼はどこか不満げな様子で首をかしげた。

「不毛な飲み会や贈り物が必要だとは思えません。それで契約が取れたとしても、費用対効果の割合が悪かったら意味ないじゃないですか」

「少し考え方を変えてみてはどうかな。誰かと、もっと仲良くなりたいと思った時に、その人の趣味嗜好を知りたいと思わない? そして次に会った時には、少しでも喜んでもらいたい。おもてなしをしたい、って」

私の話が終わるより前に、遠藤君が遮った。

「そういう媚びたりご機嫌取りみたいなことするの、嫌なんですよね。それで契約をもらっても、なんか情けないっていうか。取引相手とは対等でありたいんですよ」

媚びやご機嫌取りではないと言いたかったが、私の説明が分かりづらかったのかもしれないと思い直し、次の機会にまたうまく説明してみようと思った。

そんな中、社内で社長が緊急入院したことが告げられる。私は営業マンとして長年この会社で働いているものの、社長と会った回数は片手で足りるほどだった。というのも、社長には腹心の部下である中山がおり、近年は部下への指導や指示は中山が担っていたというのが大きな理由である。社長の体調が近頃悪くなっているというのは聞いていたが、今回の入院に関しては中山の重い口調から、社内中が不穏な空気に包まれた。

嫌な予感は現実となり、数日後、社長が亡くなったと連絡が入った。その後数日、社内はバタバタと忙しくなり、葬儀が執り行われると同時に、新社長の就任が発表された。前社長の遺書の一部に、新社長には中山が指名されていたということも明らかにされた。

「社員の皆さんも突然のことで戸惑いがあると思いますが、どうか力を貸してください。未熟ではありますが、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

新社長の決定はみんなの予想通りでもあり、不平不満を言う者は誰もいなかった。そして通常業務が開始されたのは、翌日からだった。

「今日から新しい方針を取り入れようと思います。会社に新しい風を吹かせたいと、前から考えていたことです」

そう言って掲げられた方針は、年齢に関係ない実力主義による評価と、若い社員の意見を否定しないというものだった。社内は少しざわついたようだったが、私も努力を重ねて実力を得たという自負があったため、実力主義には賛成だ。それに若い社員の意見を頭から否定するということは、これまでもしないよう心がけていたため、方針が変わっても何の問題もないと感じていた。

後輩との同行の時期も終わりに近づき、遠藤君も初めの頃より緊張が取れてきたように思えた夜、お客様に不快な思いをさせてしまう出来事が起こった。その日は以前から付き合いのあるお客様を訪問する日で、その方のために用意していたものを手土産として持っていった。

仕事の話を済ませ、雑談へ移行するタイミングで、私は用意したものを差し出した。

「この間、妻の実家の近くで手に入れたんです。きっとお好きかと思いまして」

それは珍しい瓶に入った酒で、コレクターの間ではなかなか手に入らないと言われているものだった。案の定、お客様は喜んでくださり、私はその顔を見て嬉しくなった。

「へえ、これって高価なものなんですね。じゃあその分、うちの会社との取引を優先してお願いしますね」

私の耳を疑った。次の瞬間、反射的に遠藤君を叱った。

「こら、失礼だぞ」

私は慌ててお客様に謝った。

「申し訳ございません。気になさらないでください。そんなつもりでお渡しするんじゃありませんので」

苦笑いをしているお客様も、少し困ったように遠藤君の方を見た。

「うちも取引第一ですからね」

さらに遠慮のない発言を繰り返す遠藤君に、お客様も気まずい表情をしていた。

「そうですね。まだ取引も決まっていないのに、受け取るのは慎しむべきかもしれませんね。ごめんなさいね、田中さん。綺麗な瓶だから、奥さんにプレゼントしてあげてください」

私は再度謝ったが、お客様はそれを受け取ろうとはなさらなかった。気まずい思いをしながら訪問先を後にし、帰り道で私は遠藤君に問いただした。

「どうしてあんなことを言ったんですか? お客様も、あんなことを言われたんじゃ手土産すら受け取るのをやめてしまいます」

「だって高価なものなんでしょう? それに見合った効果を約束してもらわないと」

「私の説明が悪かったのかもしれませんが、手土産というのは、一つの取引をしてもらうための貢ぎ物というわけではありません。いい関係を長続きさせたいがためにお互いを分かり合うためのアイテムです」

「はあ」

「例えば私は相手をリサーチした上で、話の種になりそうなものを選んで持っていくんです。そうすると相手も心を開いて話もしやすくなり、信頼関係が気づきやすくなるんですよ」

「それを僕にやれってことですか?」

「いや、そうじゃなくて」

「もういいですか? 僕はそういうのはやりたくないので」

そう言って、私からの言葉は一切聞きたくないのだと言わんばかりの態度だった。私はどうすることもできず、こうして遠藤君との最後の同行は終わった。

そんなことがあった数日後、朝から中山社長に呼び出され、緊張しつつ社長室のドアを叩いた。

「呼び出したのは他でもありません。営業部の新人からクレームがありましてね」

私は遠藤君のことだろうとすぐに分かった。私が営業同行したのは彼一人で、他の新人たちはデスクワークの時や社内会議で顔を合わせる程度だった。

「遠藤君のことですね。彼が何か」

「率直に言うと、田中さんから高圧的に指導されているということなのですが。心当たりはありますか?」

「私は高圧的になど接していません」

「高圧的に接しているとは言いづらいでしょうね。私の方針は覚えていますか? 若手の意見を否定するなと言っているんです」

中山社長はすっかり遠藤君からの話を信じているようだった。私が高圧的な態度で指導してきて、営業先に同行した時は発言するだけで怒られた。自分の発言など受け入れてもらえなかった、と。

「新人の発言が気に入らないからと、お客様の前で怒るなんて。新人を育てる気はあるんですか? 今若い世代がやる気を出そうとしているのを、あなたは邪魔しようって言うんですか?」

「誤解です。彼を否定したことも、高圧的な態度を取ったこともありません。先日お客様に失礼な発言があったので注意はしましたが、そのことを言っているのなら、彼にとって必要なことだと思ったからです」

私はことの経緯を説明し、遠藤君が手土産や接待に関して妙に嫌悪感を抱いていることを伝え、お客様との信頼関係を築く上でそれらは必要だと述べた。

「あなたもあと数年で定年ですよね。これからこの会社を支えていく新入社員たちの意見を取り入れたいんです。あなたのような古い考えで若い人たちを毒するのはやめてもらいたい」

そう言うと、中山社長は一枚の書類を差し出した。それは解雇通知書だった。私は首を言い渡されたのだ。

あまりにも想定外の出来事に言葉を失ったが、社長は冷たい眼差しを私に向けていた。社長や会社にとって、私は必要のない人間なのだと言いたいのがひしひしと伝わってきた。

「悪い影響が出る前に、早めに退職してもらえると助かります」

私はあまりにも理不尽な言い草に怒りが込み上げた。同時に、もうこの人は私の話に聞く耳を持っていないのだと頭の奥で納得した。定年が近いとはいえ、理解者のいない環境でこのまま働くのは自分にとっても良くない。私はその場で退職に同意することに決めた。

それから淡々と引き継ぎを済ませ、退職日を迎える。多くの同僚や後輩が別れを惜しんでくれたが、当然ながらその中に遠藤君や中山社長の姿はなかった。彼らにとって、私はもう存在しないも同じだったのだろう。もう二度と関わりを持つことはないだろうな。そんなことを考えながら、私は会社を去った。

ところが、それから数ヶ月が経ったある日、中山社長から電話がかかってきた。

「ご無沙汰しています。いや、最近どうしていますか? うちの会社も以前より少し余裕が出てきましてね。席を開けることができるんですが、戻ってきませんか?」

私は手のひらを返したような話に驚き、お断りすると、中山社長は本来言いたかったことを口にし始めた。

「あなたの指導の影響でしょうか? 遠藤君が問題ばかり起こしていましてね」

私はなんとなく察しながら話を聞いていると、どうやら遠藤君は私が辞めた後、お客様との連絡がうまくいかなかったり、勝手な行動も多く、お客様からのクレームが酷いらしい。

「それは社長の方針に従って、誰も彼を指導できないからじゃないですか」

「はあ? 元々はあなたが指導したんだよな」

自分の方針が否定されたからか、穏やかだった口調はいつの間にか感情的になっていった。

「今回、大口の契約先と大変なトラブルになって、二十億の契約が飛んでしまったんだ。どうしてくれるんだ? あんたが責任を持って、うちに戻って今すぐ契約をまとめろよ。その責任はあるだろう」

この人はもしかして気が触れてしまったのか? そう思ってしまうほどの自分勝手な言い分を、私は黙って聞いていた。こんな人の元から離れられて、本当に良かったと思う。

数ヶ月前、私は突然会社を首になり途方に暮れていた。しかし間もなく、それを聞きつけた会社の社長から、うちで働かないかと連絡をもらったのだった。それは私が以前から営業に行っていた得意先のお客様だったが、私に好印象を持ってくださっていた。もし会社を辞めることがあったら、定年後でもいいからうちに来てほしいと冗談混じりに言ってくださったことがあった。その時はその場の社交辞令だと受け取っていた私は、社長から本当にスカウトの電話を受け、とても驚いた。二つ返事で再就職を決め、今はその社長の元で働いている。

それから、私には中山社長の言う二十億の契約に心当たりがあった。実はその取引先は私をスカウトしてくれた会社で、なおかつ営業担当は私なのだった。私は遠藤君が担当だと知ってはいたが、遠藤君からのコンタクトはもっぱらメールだけで名刺交換もまだだったため、向こうは私だと気づいていなかったのだろう。

私が辞めた後、遠藤君はその取引先とのやり取りを任されていたらしい。しかし、遠藤君はこちらの連絡に対して、意思疎通は愚か、メールの返信すら極端にできなかった。加えて電話は基本的に留守電だった。

二十億の契約というのは、何もうちの会社と中山社長の会社だけが関わっているわけではない。遠藤君との連絡がうまく取れないことで、他の会社に迷惑をかけるリスクを被るわけにはいかないのだ。そう判断した私は、大きな問題になる前に社長に相談し、信用にかけるという理由で、中山社長の会社との契約を打ち切ったのだった。長く世話になった会社ではあるが、もはや情など残ってはいない。

「中山社長、その二十億の契約の取引先の名前と、その担当の名前を遠藤君に聞いてみたらどうでしょう」

「はあ? 何言ってんだ」

「それから、電話をお借りして申し訳ないですが、遠藤君にお伝えください。今後一切、そちらとの取引は全面的にお断りいたします。それでは失礼いたします」

「おい、お前は何を言って――」

中山社長の言葉を遮って電話を切る。ついでに着信拒否にもしておいた。

それからしばらくして、営業回りの途中で前の会社の同僚と偶然会った。元同僚は苦い顔で会社の状況を教えてくれた。私の電話でようやく状況を理解した中山社長は、遠藤君を即刻首にしたそうだ。だが、大型契約を破棄されたことが引き金となり、以前から社内改革をよく思っていなかった社員たちが、この機会に大勢辞めていったらしい。この話を教えてくれた元同僚もその一人だ。

そして大きな損失を生み、社員も少なくなった会社の業績は、そのまま回復することはなかった。会社は債務超過で破産に追い込まれ、中山社長は精神を病み、周囲からの白い目に耐えられず逃亡し、現在行方不明だという。

遠藤君はと言うと、私の電話番号に、新しい事業を始めたと突然連絡をよこしてきた。だが、内容を聞いてみるとどうも詐欺紛いの勧誘だった。そんな商売はやめた方がいい。警察にでも捕まったら大変だぞ、とアドバイスするも、電話は切れてしまった。その後、ニュースの画面で彼を見た時には、やはりな、と呆れた。

一方、私は今も変わらず営業としてバリバリ働いている。恥ずかしくもありがたいことに、社長がスカウトしてきた男として、若い社員からアドバイスを求められることも増えてきている。まだまだ私の力になれる場所があったのだと、今はやる気に満ちている。

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