昨日、取引先の部長がうちの工場に来て、こう言い放った。「街工場上がりの部品に特許料?笑わせるな。半額にしろ。できないなら、友人の会社に頼むから」その瞬間、血が逆流する思いだった。亡き同期の高野と二人で何年もかけて開発した特許ベアリングを、目の前の男は鼻で笑ったのだ。高野は3ヶ月後にこの世を去った。だからこのベアリングは、俺たちの集大成であり、彼との約束そのものだった。だが、俺は静かに言い返し…

昨日、取引先の部長がうちの工場に来て、こう言い放った。「街工場上がりの部品に特許料?笑わせるな。半額にしろ。できないなら、友人の会社に頼むから」その瞬間、血が逆流する思いだった。亡き同期の高野と二人で何年もかけて開発した特許ベアリングを、目の前の男は鼻で笑ったのだ。高野は3ヶ月後にこの世を去った。だからこのベアリングは、俺たちの集大成であり、彼との約束そのものだった。だが、俺は静かに言い返し...

「街工場上がりの部品に特許料?笑わせるな。半額にしろ。できないなら、友人の会社に頼むから」

うちを訪ねてきた大手メーカーの部長、大友の暴言を聞いた瞬間、俺の血は逆流する思いだった。今は亡き同期・高野と一緒に開発した特許ベアリングを、こんな男に侮辱されることが何より許せなかった。

俺は西沢、46歳。5年前に父の跡を継いで、小さな精密機械製造会社の社長を務めている。町工場から始まった会社で、今では数人の職人が腕を振るい、ベアリングやギア、シャフトといった部品を製造している。規模は小さいが、新しい技術を取り入れながら少しずつ成長してきた会社だ。

10年前、まだ俺が平社員だった頃、技術開発部に高野という仲の良い同期がいた。俺たちはいつも技術の未来について語り合い、深夜まで試作を繰り返したものだ。「西沢、これが俺たちの集大成になる。絶対に完成させような」と、疲れた顔で笑った高野の言葉が、今も俺の支えになっている。

だが、その日々は突然終わりを告げた。俺が社長になって間もなく、高野が突然退職を申し出てきたのだ。呆然とする俺に、高野は詳しい理由を説明したが、信じられなくて声を枯らして聞き返してしまった。「本当なのか?」と。高野は曇った顔で頷いたが、「もちろん応援するよ」と明るく言うのが精一杯だった。無理をしているのは見れば分かった。

当時、俺と高野は新しいベアリングを共同開発していた。ベアリングは機械の心臓部。摩擦を減らし、重いものでも軽く回せるようにする部品で、これ一つで機械の性能が大きく変わる。だからこそ、俺たちは細部にまでこだわり抜いてきた。「俺さ、向こうでも頑張るよ。だから、開発を頼んだぞ」と高野は続けた。目頭が熱くなったが、涙を見せまいと強く笑って見せた。「当たり前だ。早く戻ってこいよ。じゃなきゃ、完成させちまうからな」「ああ、もちろん」

俺たちは固く握手を交わした。今でもその感触は覚えているほどだった。

高野が転勤先で療養している間も、俺は開発を続けた。試作品が完成し、高野に見せに行った日のことを、俺は今も忘れない。「すごいな、西沢。俺たち、やったな」と、弱々しくも嬉しそうに笑う高野の姿が鮮明に蘇る。俺は涙をこらえるのに必死だった。

その3ヶ月後、高野は亡くなった。特許申請が通ったのは、それからさらに1年後のことだった。

それから6年。高野の命日はちょうど昨日だった。今では、俺が社長となったこの会社の特許ベアリングは、精度と耐久性で業界の話題を集めている。大手メーカー数社が導入を熱望している状態だ。今日は、その中の一社である工作機械メーカーの部長、大友が訪問している。

うちはスペースの関係上、機密性の高い話でなければ、社員たちが働く部屋の中で商談をすることが多い。この工作機械メーカーは、父の代からの付き合いがある大切な取引先だ。先方の社長である林社長は、うちの技術力を信頼してくれているし、人柄も温かい。だが、目の前の部長は別だ。俺は心の中でため息をついた。

「何か、見透かすような視線を向けられていますが」

大友にそう言われ、俺は慌てて微笑みを浮かべた。「いえ、わざわざご足労いただき、ありがとうございます」と頭を下げる。大友とは仕事上、何度も顔を合わせてきたが、最初から相性が悪かった。うちは小規模な会社だから、社長の俺が直接契約のやり取りをすることも多い。そんな中で、大友は以前から「街工場上がりの零細企業が」と、露骨に馬鹿にした態度を取っていた。実際、「うちと取引してやらなければ、お前の会社は倒産してもおかしくない」と言われたこともある。傲慢で、偏見に凝り固まった性格なのだろう。

「それで、本題なのですが」

大友は挨拶もそこそこに本題に入った。「うちの新型工作機械に、そちらのベアリングを採用したいという話はすでにしましたよね。ええ、もちろん」

俺が頷くと、大友は「実は正直、予算が厳しくてね。値段を下げられないかな」と言い出した。連絡をもらった時点で、まあそんな話だろうとは予想していた。大友は以前にも納期や金額、仕様変更などで無茶な要求をしてきたことがある。今回もきっとそうだろう。

「申し訳ございません。すでに標準価格からお値引きした特別価格でご提案させていただいておりますので、これ以上の値引きは対応できかねます」

失礼にならないように、慎重に言葉を選んだ。だが、大友は「特別価格?あれだけの値引きでサービスと言われてもな。そうだ、いっそ半額にしてくれないか。長年の付き合いだろ」と、ありえない要求を堂々と言ってのけた。

「半額ですか?申し訳ございません。開発費や品質保証を考慮しておりますし、特別価格でのご提案ですので、これ以上は無理です」

そう告げると、大友は露骨にうんざりした顔をした。「融通が利かないなあ。目先の利益ばかり見ても、いいことないよ」

どの口が言うんだ、と出かかった言葉を必死に飲み込んだ。しばらく互いに沈黙が続く。俺としては、これ以上言うことは何もなかった。こちらは精一杯の対応をしている。いや、今までもしてきたのだ。ましてや、このベアリングは今は亡き高野との思い出の結晶のようなものだ。妥協して適当に扱う気は、一切なかった。

「どうやら西沢社長は、自分の立場が分かっていないらしいな。もういいよ。半額が無理なら、友人の会社に頼むから」

「ご友人の会社ですか?」

脅しめいた発言に俺が眉をひそめると、大友は鼻で笑った。「私の友人の会社も、お宅のような製造業をやっていてね、なかなかいい部品を作るんだ。お宅とよく似た部品だ。実は今回、自分の会社のベアリングを使ってくれないかとアプローチをもらっていてね。お宅の特許ベアリングと遜色ないほど、良い品らしい」

「ルイジのベアリングですか?それはうちの特許を侵害していないか確認しましたか?もし侵害しているなら、お宅の会社も共犯になりますよ」

俺の指摘に、大友の顔が一瞬こわばった。「ベアリングなんて、どれも似ているだろう。どうせ、お宅のような小さな会社が開発した部品なんて、大したことない特許に決まってる。それで値段を吊り上げているんだから、全く悪どいな。無名の小さな会社ならではって感じで」

露骨に馬鹿にした態度を見せつけられ、俺の我慢の限界はとうに超えていた。俺は大友の発言を遮って、静かに言い放った。

「なるほど。そこまで言うなら、そちらを使えばよろしいかと」

俺の反応が想像と違ったのだろう。大友は意外そうな顔をした。「何?」

さらに俺は大友を睨みつけ、敬語ではなく強い言葉で言い捨てた。「昨日、俺に頭を下げていたお前たちの林社長に、28億円規模の契約書類を預かっていると伝えておけ」

ここまで大友が侮辱をするのなら、こちらとしても相応の態度で接するまでだ。大友の顔から血の気が引いていくのが分かった。額に汗が浮かび、書類を取り出そうとして手が震えている。「社長?何の話だ?」と、声が裏返っている。

「実は昨日、林社長がお見えになって、俺に直接頭を下げに来たんだ」

俺は大友を睨みながら、昨日の出来事を簡単に説明した。

昨日の夕方のことだった。林社長が突然、うちを訪ねてきたのだ。「西沢社長には、お父様の代からお世話になっております。この度は、特許ベアリングを使わせていただくこと、本当に感謝しております」と深々と頭を下げた。林社長は俺が特許ベアリングの開発にどれだけ心血を注いできたかを知っている。そして、元気だった頃の高野のことも知っていた。なんと、高野の墓参りの後に寄ってくれたのだという。

俺も午前中に墓参りをしてきたばかりだったから、驚いた。「高野の命日を覚えていらっしゃったんですか?」と聞くと、林社長は頷いた。「ええ。西沢社長と高野さんのベアリングを使わせていただくわけですから、一言、高野さんにも挨拶せねばと思いまして」

林社長が高野の墓前で手を合わせてから来たと聞いて、俺は思わず言葉に詰まった。「高野も喜んでいると思います。社長のような方に使っていただけるなら」と俺が言うと、林社長は「いえ、使わせていただくのです」と、また深く頭を下げた。その誠実さに、俺は改めてこの会社と長く付き合えると確信した。

そして、林社長はこう続けた。「この度は新型工作機械というお話でしたが、ゆくゆくは、今うちが開発している次世代工作機械の心臓部に、ぜひと考えております」

それは金属を5方向から同時に削ることが可能な最先端の工作機械で、複雑な形状も一度で加工できるという。「なるほど。この機械なら、うちの特許ベアリングの性能を存分に活かせるに違いない」と俺が言うと、林社長は頷いた。「実は数ヶ月前から検討を進めておりました。この開発は、我が社にとって社運をかけた新製品となるでしょう。西沢社長が許可してくださるなら、将来的には長期的に契約を。28億円規模で」

その言葉を聞いた時、俺は思わず息を飲んだ。うちのような中小企業にとって、これは数年分の売上に相当する金額だ。しかも単発ではなく長期契約。社員たちの雇用も、新しい設備投資も、全てが可能になる規模だった。

俺は大友に昨日のやり取りを説明し終え、息をついた。林社長の挨拶は、信頼と誠意の示し方だったに違いない。だが、俺は目の前にいる大友を見た。どれほど林社長の人柄が良くても、こんな侮辱は到底許せない。俺自身のことならともかく、俺の会社と高野の思いを馬鹿にする資格は、この男にはないはずだ。

「まさか、あの開発までお宅に任せるつもりだったなんて。しかも社長自ら、お宅に頭を下げに来るとは。うちのような大会社の社長が、こんな弱小会社にわざわざ頭を下げに来るなんて、それほど動揺しているのだろう」

考えていることが全部口に出てしまっているようだった。「ともかく、大友部長の気持ちは、私も社員たちもよく分かりました」

ここまで言われて、大友ははっと周りを見回した。パーテーションがあるので実際に姿は見えないが、簡易的な壁の向こうでは、うちの社員たちが仕事をしている。大友は大きな声で、実に堂々と無茶を言っていたのだ。今さら「言った言わない」は通じないだろう。パーテーション越しに、社員たちは一部始終を聞いていた。通常なら聞かれても構わないはずだったが、自分の会社の社長が事前に俺にコンタクトを取り、次の契約の話までしているとなれば、話は別だろう。

露骨にうろたえる大友に、笑いそうになるのをこらえた。「そういうわけですので、お引き取りいただけますか?」と冷たく言うと、今さらながら大友の口調が変わった。「西沢社長、そ、そういうお話なら、話は別で——」「お引き取りください」

言い逃れを許さない俺の言葉に、大友はびくりと肩を震わせた。今さらもう遅いのだ。大友は渋々、立ち去るしかなかった。

それから2時間後のことだった。さっき帰ったはずの大友が、今度は俺の目の前で土下座をしている。しかも、今度は林社長が隣に座っている状態だった。一体どういうことかと言うと、大友が会社に戻ってすぐ、俺の元に電話が来たのだ。「この度は、弊社の社員が大変申し訳ございませんでした」と、震える声で謝罪する林社長から。大友は会社に戻るなり、「まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ。なあ、課長、どうしたらいいと思う」と、課長に相談したらしい。そもそも大友が俺に価格交渉に行くこと自体、課長は知らなかったそうだ。事の重大さに気づいた課長は真っ青になり、すぐに上層部に報告。その話が林社長の耳に届くまで、時間はかからなかった。

「誠に身勝手な話ですが、どうか直接謝罪させてください」と林社長が言うので、俺は承諾した。そして、今に至る。

林社長は怒りを隠そうともしていなかった。「貴様のせいで、どれだけの信頼を失うところだったか分かっているのか?」と、普段は穏やかな社長からは想像もつかない厳しい表情で大友を睨みつけていた。大友は完全に震え上がっている。「も、申し訳——」「黙れ。今から西沢社長に全てを説明しろ。一言一句、嘘はつくな」

土下座の姿勢のまま、大友は口を開いた。「西沢社長の大切なご友人の思いを継いで開発したベアリングだとか、そんなに大切なものを、私は……」

確かに、高野の思いを踏みにじられたようで腹が立った。だが、決してそれだけではない。俺はゆっくりと首を横に振った。「それだけではないでしょう。ご友人の話を、林社長にしたらどうですか?」

俺はあえて詳しくは言わない。大友自身の口から、林社長の前で説明し、謝罪することに意味がある。それを察したのか、大友は顔を上げ、苦虫を噛み潰したような顔になる。「友人の話とは、何だ?」

俺と林社長の冷たい目に射抜かれ、大友はややあって口を開いた。「わ、私は……」

渋々、大友が白状したことをまとめると、こうだ。俺に契約金額を半額にさせて、自分の手柄にする。もし俺が断ったら、友人の会社との契約に話を持っていき、多額の仲介料を受け取るという目論見だったらしい。

「なるほど。どちらにしても、大友部長に旨味があるということですか」と、俺はため息をつきながら呟いた。ちなみに、大友は「うちの特許ベアリングと遜色ない品質だ」と話していたが、あれは真っ赤な嘘で、実際はうちとは比べ物にならないらしい。まあ、予想はしていた通りだったが。

「バカな真似を」と、林社長は俺の心に同調するように吐き捨てた。それもそのはずだ。俺に次世代工作機械の契約について打診した時、林社長は「これは一社一社のプロジェクトだ」と話していた。俺に頭を下げて「是非、ご検討ください」と言った時の林社長の真っ直ぐな目を、今でも思い出せる。それを、部下が自分勝手な利益のために暴走し、台無しにしようとしている。これほど腹立たしく、やるせないことはない。

「全ては、大友に購買部長を任せた私の落ち度でもあります。大変申し訳ございませんでした。本当に、どう謝っても足りません」

俺も社長をしている身だから分かるが、確かに林社長にも責任がある。だが、どうしても林社長を責める気になれなかった。甘いなと自分でも思うが、ここに亡き父がいたら、同じように思ったのではないだろうか。もしくは、高野が生きていたら、どんな風に言っただろう。

俺は少し間を置いて、静かに口を開いた。「今までにも、大友部長には散々無理を言われてきました。父も私も、社員たちも、それには迷惑してきたんです。暴言と取れる発言にも、目をつぶってきました」

俺が言うと、林社長は大友に鋭い目を向けた。どうやら、これも知らなかったのだろう。父も俺も、波風を立てたくないあまり、今までクレームを入れてこなかった。今にして思えば、それも良くなかったのかもしれない。

俺は一息つき、言葉を続けた。「ですが、林社長のお人柄、他の社員さんたちの真面目な仕事ぶりを、好ましく思ってきた。だからこそ、誠意を持って対応してきたのです。ですが、今回だけは許すことができません。大友部長に対して、厳正な処罰を求めます。そうでなければ、今後の御社との取引はできかねます」

信頼関係が築けないのであれば、やむを得ないことだと告げると、林社長は重く頷いた。「おっしゃる通りです。信頼できないと言われても、仕方がない」

林社長はちらりと大友を見る。大友は、自分の行く末が見えているのだろう。今にも倒れそうなほど青ざめていた。林社長は最後に深く頭を下げた。「こちらとしても、不正な取引を働いた大友をこのままにはできません。厳正な対応をしてまいります」

その瞬間、大友の表情が大きく引きつった。「申し訳ございません。心を入れ替えます。で、ですから、どうか、首だけは、首だけは——」

本当に救いようがない。俺は苦笑するしかなかった。

その後、大友は解雇された。俺に対する今までの言動もあるが、他社との不適切なやり取りがあったのが一番の要因だろう。俺は知らなかったが、普段の勤務態度にも問題点が多かったようだ。今回の問題が取り上げられた途端、部下たちから匿名の声が一斉に上がったのだとか。とことん、大友は人望のない男だったようだ。

俺はと言うと、亡き父とも相談の末、今回の契約分については特許ベアリングを納品することが決まった。次世代工作機械については、今後の対応次第で決めていくと林社長に告げたが、「それだけで十分です。本当にありがとうございます」と、林社長は目を潤ませて感謝してくれた。

仕事をしながら、ふと窓の外を見る。俺と高野のベアリングは、これからたくさんの会社の力になり、そして日本のものづくりを支えていくのだろう。俺はそれが誇らしかった。お前もそうだろ?心の中でそう呟くと、誇らしげに笑う高野の姿が、目に浮かんだ。

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