「来月から、俺の息子がお前の代わりに働くことになった。だから、もうお前はやめていい。要するに首だ」
新社長は、にやにやしながらそう言った。俺は谷林友、四十五歳。ゲーム会社で人気パズルゲームシリーズの開発を担当してきた。なのに新社長は、俺が役に立たないと言い、自分の息子を働かせると言い出したのだ。
「待ってください。私は新作を、この会社の新たな看板商品にしたくて、新たなアイデアを出して制作を進めています」
「言い訳は聞き飽きたよ。君ももう若くないし、早々新しいアイデアも出ないだろう。俺の息子はゲームに詳しいんだ。この会社には、息子のような若い人材が必要なんだよ」
新社長は、業績悪化を立て直すために呼ばれたはずだった。ところが就任してから、状況が良くなるどころか、社員のせいにして毎日罵声を浴びせ続けているだけだった。
「わかりました。こんな会社、お望み通りやめてやります。後悔しても知りませんよ」
「やっと分かったか」
何も分かっていない社長は、うすら笑いを浮かべていた。なんて見にくい顔だ。こんなやつと働いてきたと思うと、虫酸が走る。
俺はすぐに退職し、仲間たちと新しい会社を立ち上げ、新作を発表した。
「おい、お前、俺の会社のタイトルを盗んだな」
新社長が慌てた様子で怒りの電話をかけてきたが、もう遅い。新社長は肝心なことを何も分かっておらず、俺の説明で自分の間違いに気づき、その償いをすることになったのだった。
俺の名前は谷林友。現在四十五歳で、ゲーム会社に所属し、人気のパズルゲームシリーズを開発している。俺は根っからのゲーム好きだ。学生の頃は一日中パソコンゲームばかりして、よく母に怒られていた。大学を一年留年してしまったのも、ゲームに没頭しすぎたからだと思う。
だが、ゲームをしているうちに、もっと自分のやりたいゲームを作りたいと思うようになった。最初は簡単なゲームを作り始め、だんだんと複雑なゲームも作るようになった。人の作ったゲームを遊ぶよりも、自分のやりたいゲームを作ることの方が面白く、大学卒業後はゲーム会社に就職した。
俺の就職したゲーム会社は小規模で、世間的には知名度も低い。現在でも変わらず人気のパズルゲームシリーズを開発しているが、それ以外に大したヒット商品があるわけでもない。ゲームファンの間で「パズルゲームの会社」として知られる程度で、営業利益は頭打ちの状態だった。
「これは私が招いたことだ。本当に申し訳ない」
そんな中、前社長は業績不振に責任を感じ、新しい人材に会社を任せたいという理由で新社長を指名して退任してしまった。前社長は俺を見い出してくれた人だったので、退任はショックであり寂しくもあった。だが、こればかりはどうしようもない。俺は前社長の恩に報いるゲームを開発しようと、改めて強く誓って退任を見送った。
今度の社長は、元営業部長の清光さんだ。営業部長なら、業績不振の数字を何とかしてくれるのでは、という期待を込めての指名らしい。
「就任するにあたり、我が社の業績を何とかしていきたい。前社長より、私が社長に任命されました」
就任の挨拶をする清光社長の声は力強く、みんな引き込まれるように聞き入っていた。
「営業での経験を生かして、この現状を打破していくことに力を尽くし、皆さんと働いていきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします」
挨拶が終わると、社員たちは清光社長を拍手で迎えた。今までの社長より一回り以上も若く、新しい力が湧いてくるような気がした。
「清光社長は期待できるな」
「ああ、そうだな」
「よし、俺たちも頑張ろう」
社員たちの間でそんな声が聞こえ、清光社長の就任で社員が一体になったように思った。
それから半年ほどが過ぎた。
「お前たち、何やってるんだ! 適当な仕事してるんじゃねえ!」
フロアに清光社長の罵声が響く。このところ、よく見る光景だった。清光社長は明らかにイライラしている。その理由は明確で、清光社長が就任してからも業績が上がっていないのだ。清光社長はかなり焦っているようだった。本人は活を入れているつもりなのだろうが、社員たちはその度にびくびくして、身を縮めるようにして仕事をしている。
「お前たちの働きに全てかかっているんだぞ。だらだらするな」
清光社長は開発部にも度々やってきて様子を見るようになり、その言動は悪化していった。
「社長、このところよく来ますね」
「そうだな。かなり期待されて社長に就任したし、辛いところだろう」
「俺たちもここが頑張りどころですね」
社員たちも清光社長に怒鳴られて困ってはいたが、苦しい状況は理解できていたので、なんとかしたいと日々頑張っていた。
ある日、また清光社長が開発部に来た。清光社長はつかつかと早足で歩き、俺の目の前に立った。
「おい、谷林」
またどやしつけられるのかと思うと気が重くなり、俺は目を伏せた。
「例の、人気シリーズの新作はいつできるんだ?」
「はい。もう少し時間がかかりそうです」
「もう少し? もう少しって、一体どれだけ時間がかかるんだ? 全く、お前は使えないな」
清光社長は大声で俺を怒鳴り、睨みつけた。最近は、俺の顔を見るたびにこうやって同じことを言いせかしてくるのだが、新作の完成予定日はまだ半年以上も先だ。早く人気シリーズの新作を出して数字を稼ぎたいのだろうが、こうも頻繁に怒鳴られると参ってしまう。不満やストレスのはけ口にされているような感じもあった。
開発部でも、少し前までは会社の経営状況や清光社長の心情をおもんばかって、なんとか頑張ろうと意気込んでいた。だが最近は少し様子が違う。
「谷林、大丈夫か? ここのところ、社長のあの調子でいつも怒鳴ってばかりだな」
「ああ、俺も参ってるよ。いい加減にしてほしい」
「そうだよな。いちいち怒鳴られて、俺も毎日会社に来るのが憂鬱だよ」
「ああ」
隣の席の同僚は、そう言って大きなため息をついた。俺だけでなく、他の社員たちも今日のように罵声を浴びせ続けられて、だんだんと不満が溜まってきているのがはっきりと分かる。この半年、みんなでこの会社の経営を何とかよくしようと頑張ってきたのに、清光社長の対応はあまりにもひどいものだった。
清光社長は就任以来、業績が上がらないことを社員のせいにして、自分は怒鳴ったりするばかりで、まったく社員の気持ちを思いやることもない。こんなことが続いて、この先どうなるのだろう。俺は不安な気持ちで毎日を過ごしていた。
それからさらに三ヶ月ほどが過ぎた、ある日のこと。俺は清光社長に呼び出された。いつもなら清光社長の方から来るのに、今日はどうしたというのだろう。どうせまたロクでもない話に決まっている。そう思うと、社長室に向かう足取りは重かった。
社長室と言っても、フロアの一角を区切っただけの簡単な作りだ。俺はドアの外からノックをして声をかけた。
「社長、谷林です」
「おう、どうぞ入ってくれ」
清光社長は、いつになく機嫌がいいのだろうか、にやにやしながら俺を社長室に通した。
「まあ座れ。実はな、うちの息子のことなんだが、ゲームが好きでね。この会社のパズルゲームの大ファンなんだよ」
「はあ、そうですか」
俺は急に清光社長の息子の話を聞かされて、戸惑った。清光社長の機嫌の良さといい、この息子の話といい、一体どうしたというのだろう。
「それでな。来月から、俺の息子がお前の代わりに働くことになった。だから、もうお前はやめていいよ。要するに、首だ」
「え、どうして?」
口元に薄ら笑いを浮かべた清光社長は、椅子にのけぞるようにして座っている。俺は驚いて、言葉をつまらせた。
「お前は何度言っても、人気シリーズの新作を作らないだろう。うちの会社も経営が厳しいんだ。能力のないやつはいらないんだよ」
「ちょっと待ってください。あのパズルゲームは人気シリーズとはいえ……いや、人気シリーズだからこそ、マンネリ化が始まっています。それはユーザーの反応を見れば明らかです。そこで今、新しいアイデアをもとに制作を進めているんです」
「言い訳はもう聞き飽きたよ。君ももう若くないし、早々アイデアも出ないだろう。まだ新作の発売予定日まで半年以上もあるんですよ」
「いいか。俺の息子はゲームに詳しいんだ。この会社には、息子のような若い人材が必要なんだよ。お前みたいな役立たずは出ていけ」
「私は、シリーズ新作をこの会社の新たな看板商品にしたくて……」
「もうたくさんだ。これは社長の私が決めたことだ。私は前社長からも、業績向上のための全ての決定を任されている」
俺は必死で新作シリーズの話をしたが、清光社長は聞き入れる様子もなく、最後は俺の言葉を遮り、俺を睨みつけた。
「いい加減、自分の身のほどをわきまえてやめてくれ。うちの会社も不景気だから、役に立たないやつに払う給料はないんだよ。ほら、これ」
清光社長はそう言うと、俺を哀れむような目をして、一枚の封筒を机の上に放り出した。見ると、退職の手続きと書かれた書類が入っている。
「よく見ておけ。あとはお前が退職届を出すだけだよ。簡単だろう」
面白そうに笑う清光社長を見て、俺は呆然とした。こんなもの、わざわざ用意して俺を呼びつけたのか。俺は清光社長が就任してから半年通りに働いてきたというのに、一体どこまで社員を馬鹿にしているんだ?
「おい、どうした? 聞いているのか?」
黙っている俺を眺めながら、にやにやとしている清光社長の顔は、あまりにも見にくいものだった。なんて顔だ。こんなやつと働いてきたというのか。俺はまじまじと清光社長の顔を見て思った。
「わかりました。お望み通り、こんな会社やめてやります」
何とも言えない虚しい気持ちになり、いつの間にかそんな言葉が口から出ていた。
「なし、やっと分かったか」
笑う清光社長に、俺は怒りが込み上げてきた。覚えてろ。お前なんか、見返してやる。俺は歯を食いしばり、そう決心した。
「後悔しても知りませんよ」
そうつぶやきながら、俺は社長室を後にした。
「谷林さん、どうしたんですか?」
顔色を変えて社長室から出てきた俺を、開発部の後輩が呼び止めた。
「それが、社長が俺の代わりに自分の息子を雇うって言っているんだ」
俺は辺りを見回すと、声を潜めて言った。
「え、社長の息子?」
驚いて声を上げる後輩に、俺は口に指を当てて見せ、そして退職を迫られたことを話した。
「俺は、この会社で働く気がなくなったよ」
「そんな、先輩。俺だってもう嫌ですよ」
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
俺の退職の話を聞いて、判然としない様子の後輩に、さっき思いついたある提案をした。
その後、会社を退職した俺は、すぐにゲーム会社を立ち上げた。会社と言っても、以前の会社から俺を慕ってついてきてくれた数人しかいない、マンションの一室の狭いものである。そして、開発を続けていたパズルゲームの新作を発売した。
それから半年ほどが経った。
「社長、新作のゲームはものすごい売れ行きですよ。ほら、これ見てください」
後輩は出社するなり、飛びつくようにして俺にスマホ画面を見せつけた。ニュースで、新作ゲームと注目の企業として、俺の会社が取り上げられている。
「社長は、よせよ。恥ずかしいからやめてくれ」
「だって、社長は社長じゃないですか? これ、才能溢れる新社長って書いてありますよ」
俺たちは清光社長への反発心から勢い込んで退職して会社を立ち上げたものの、やはり不安が突きまとっていた。しかし、新作ゲームの大ヒットで俺の会社も一躍有名になり、社員たちもすっかり上機嫌だ。
そんなある日、清光社長から俺のスマホに着信が入った。話したくもなかったが、俺も言っておきたいこともあったので、とりあえず電話に出ることにした。
「おい!」
清光社長のいきなりの大声に、俺は身構えた。
「お前、俺の会社の人気パズルシリーズのタイトルを盗んだな!」
「盗んだ? おかしいですね。確か、あれはうちの会社のものですよ。社長なのに、ご存知ないんですか?」
相変わらずの高飛車な物言いの清光社長に、俺もすかさず言い返した。
「はあ? お前、何を言っているんだ?」
「本当に何も知らないんですね。困った社長さんだ。あの人気シリーズの権利は、私のものですよ」
「一体、さっきから何の話をしているんだ? そんなはずないだろう」
声を荒げる清光社長に、小さくため息をつく。
「よく聞いてください。あの人気シリーズのゲームは、俺が学生だった頃に制作したものが元になっているんです。それに目を止めてくださった前社長が声をかけてくれて、発売されたものです」
電話の向こうで黙り込む清光社長に、俺は静かに説明した。
学生で何もないアマチュアだった俺に、声をかけてくれた前社長のおかげで、その当時ゲームを発売することになった。発売当初は大した反響もなく、売上もいいとは言えなかったが、将来性に期待してくれた前社長の進めで、そのまま会社に就職することになった。そこで俺は、売上の利益は会社のものとして譲ったのだが、ゲームの権利は自分のものとして保持したままにしてあったのだ。
当時は何も知らずに、売上も権利も全て会社のものにするところだったが、前社長が権利だけは俺が保持できるようにとり計らってくれた。
「そんなこと、前社長は何も言っていなかったぞ」
「当然でしょう。それはいちいち説明しなくても、すぐに分かることでしょう。社長は売上の数字ばかり見ていたんでしょ。呆れた社長ですね」
「何だとう?」
「じゃあ、お前が本当に……」
「おかげ様で、我が社の新作は大ヒットしていますよ」
電話の向こうで言葉をつまらせる清光社長に、俺はわざと声を上げて笑って見せた。
「いい気味だ。後悔しても、もう遅い。俺を見下して無能扱いした罰だ」
「おい、お前、またうちの会社で働かないか? 部長にしてやってもいいぞ」
「はあ? やっぱりどうかしてますね。あなたが俺を首にしたんでしょ? いい加減にしろよ」
手のひらを返したように調子のいいことを言う清光社長に、俺は冷たく言い放った。
「実はな、お前がやめてから、次々と社員たちがやめてしまったんだ。もう会社はめちゃくちゃだよ。お前が戻ってきてくれたら、業績もきっと立て直せる」
最初の勢いは嘘のように、清光社長は泣き言を言い出した。
「お断りだと言っているでしょう。全く、冗談じゃない。もう切りますよ」
俺は勝手なことばかり言う清光社長に呆れ果て、電話を切った。相変わらず勝手な人だ。二度と関わることもないと思っていたが、今まで言えなかったことも言えて、なんだかすっきりした。
そして、俺はふと思いつき、以前の会社の同僚と連絡を取ってみた。
「それがな。お前がやめて入れ替わりに開発部に来た社長の息子は、ゲームが好きなだけで、作る能力はゼロなんだよ。やろうっていう根気もなくてさ」
電話に出た同僚は、苛立ちを抑えきれないようで勢いよく話す。それほど腹に据えかねているのだろう。
「そのくせ、清光社長は自分たち親子の仕事ぶりは棚に上げて、息子へのフォローが足りないだの、お前たちは向上心がないだのと、社員に責任を押し付けて、相変わらず恩着せがましい言動が続いているそうだ」
「社員の不満はたまる一方だし、結局みんなどんどん退職していくよ。経営状態も悪化していくばかりで、俺も転職を考えているところだ」
電話の向こうから、深いため息が聞こえた。
それからさらに一年が過ぎた。看板商品と人材を失った清光社長の会社は、残った社員に無理をさせて開発を続けたが、残された社員たちはすっかりやる気を失っていて、いい作品ができるはずもなく、結局倒産してしまった。しかも、かなりの資金を借り入れていたようで、清光親子は多額の負債を抱え、自宅の売却まですることになったと噂で聞いた。
一方、俺の会社は順調に成長を続け、新作ゲームが海外でも発売されることになった。
「社長、新作も調子がいいですね。韓国やシンガポールでも売上が伸びています。累計利益も、十億を超えましたよ」
後輩が嬉しそうに俺に近づいてきた。
「ああ、そうだな。副社長、新作をまた頼んだよ」
「わかりました。またヒット商品を作りましょう」
「それにしても、俺が副社長だなんて、なんだか落ち着きませんよ」
後輩はそう言って、にやにやしている。俺の会社のパズルゲームは、最近は海外でも売れ行きが良く、無視できない存在の会社になった。
「社長、あの時、社長が俺を誘ってくれなかったら、どうなっていたことやら。運命ってやつですかね」
「お前、あの時、泣きそうだっただろう。だから誘ったんだよ」
「え、そうでしたっけ? 俺、泣いてなんか」
「冗談だよ」
俺はゲームの制作能力があると見込んで、この後輩や数人の社員に声をかけて、前の会社を退職し、この会社を立ち上げた。俺の見込み通り、ゲームの開発も好調で、会社も大きく成長している。今では社員も増えて、事務所も新しい広い場所に引っ越すことになった。
思えば、あのギスギスした以前の会社は、思い出しただけでも嫌なものだ。あの時に思い切って退職して、仲間たちと今の会社を立ち上げて、本当に良かったと思う。
俺はやはりゲームが大好きで、切っても切れないものがある。これからも、この会社で、そしてこの仲間たちと、ゲーム作りを続けていきたい。



