「おい、てめえ誰の彼女に手ぇ出してんの?」——放課後の橋の下で、私はクラスの問題児にそう詰め寄られていた。話したこともない相手だった。何の話かと聞き返すと、彼は「今日も俺のこと笑っただろ」と言い、返事をする間もなく拳を振るった。顔を腫らし足を引きずって帰宅した私を見て、母は涙ぐんだ。「あんたは何もしてないのよね?」と確認し、病院へ連れて行ってくれた。翌日、その少年が家に来て、母に「ママの前じ…

「おい、てめえ誰の彼女に手ぇ出してんの?」——放課後の橋の下で、私はクラスの問題児にそう詰め寄られていた。話したこともない相手だった。何の話かと聞き返すと、彼は「今日も俺のこと笑っただろ」と言い、返事をする間もなく拳を振るった。顔を腫らし足を引きずって帰宅した私を見て、母は涙ぐんだ。「あんたは何もしてないのよね?」と確認し、病院へ連れて行ってくれた。翌日、その少年が家に来て、母に「ママの前じ...

「おい、てめえ誰の彼女に手ぇ出してんの? 」

放課後、橋の下に呼び出されたさやは、クラスの問題児・健二にそう詰め寄られていた。さやにはまったく心当たりがない。健二とは話したことすらない相手だ。

「何の話? 私、そんなことしてないけど」

「今日だって俺のこと笑っただろ。無視してるわ、笑いものにするわ。これっていじめだよな」

「本当に私、そんな覚えない」

「いい加減うるせえな。覚悟しろ」

そう言うが早いか、健二はさやを殴りつけた。めった打ちにされたさやは、顔を腫らし、足を引きずりながらどうにか家に帰り着いた。

「どうしたの!? 」

娘の有り様を見た御咲は、冷静さを失った。涙ぐみながら経緯を説明するさやを、御咲はただ抱きしめるしかできなかった。

「あんたは何もしてないのよね?

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「うん。話しかけたことすらないよ」

「女の子に手をあげるなんて。学校と警察に相談しなきゃ」

「でも……そんなことしたらもっとひどい目に遭わされるんじゃ」

「黙ってたって、もっとひどいことになるかもしれないのよ。まずは病院に行くわよ」

御咲はさやを無理やり車に乗せ、病院へ向かった。骨折はなく、怪我の跡も残らないと言われたが、三日間は自宅で安静にするよう医師に言われた。恐怖で気が動転しているさやをなだめながら、御咲は胸の内で決意した。絶対にこのままにはしない、と。

翌日、突然見知らぬ男子生徒が玄関に現れた。

「どなたですか? 」

「健二って言います。さやさんにお話があるんですけど」

御咲はすぐに分かった。昨日娘に怪我をさせたのは、この少年だと。

さやはそんなことする子じゃない。御咲はそう言い張ったが、健二は「ママの前じゃいい子ちゃんだろうね」と鼻で笑う。話を聞けば、なんと健二はさやが自分に嫌がらせをしたから心に傷を負ったと、慰謝料を要求してきたのだ。

「昨日娘に怪我をさせたのはあんたでしょ。今は誰とも会えません」

「それだと俺が因縁つけてるみたいじゃん。ちゃんとさやさんに自分の非を認めてもらわないと、俺の顔が立たないんだよね」

健二は大声でさやを呼びつける。耐えかねてさやが部屋から出てくると、健二は勝ち誇ったように蔑んだ。

「さやさん、俺に嫌がらせしたよな」

「そ、そんなことしてない」

「ああ? 昨日と同じ目に遭いたいわけ? 」

健二が脅せば、さやは恐怖で何も言えなくなる。それを健二はさやが人嫌がらせを認めたと決めつけた。

「何も言わねえってことは、認めたってことだ。ほら、おばさん、あんたの娘、俺に嫌がらせしてたこと認めたぞ」

「認めてないでしょ!

さや、違うなら違うって言いなさい! 」

「いい加減ごちゃごちゃうるせえなあ。さて、本題だ。俺、あんたの娘に嫌がらせされて心に傷負っちゃったんだよね。だから慰謝料をもらおうと思って。金用意しろよ」

御咲は怒りで体が震えた。しかし決して冷静さは失わなかった。

「慰謝料と言うなら、あなたが傷ついた証拠を見せてちょうだい。そもそもさやがあなたを傷つけた証拠もないでしょ。私には言いがかりにしか見えないわ」

「何が証拠だ、うるせえババアだなあ! 俺が払えって言ってんだから、大人しく払えや! 」

「警察に連絡します。あなたとはまともに話ができない」

御咲が携帯を手に取ると、健二は突然こう言った。

「通報したら、ヤクザの若頭の兄貴に行って、お前ら家族を消させるぜ」

御咲は手を止めた。

「何ですって?

「俺の兄貴は、極悪で有名な和歌山組の若頭だぜ。あれ、言ってなかった? 」

さやが御咲の腕を掴んだ。その目には涙が浮かんでいる。

「お母さん、もういいよ。相手がヤクザだなんて……」

暴力を振るわれ、泣き寝入りして、金まで要求された。娘の恐怖と屈辱が、その涙から痛いほど伝わってきた。

御咲は静かに、しかし確実に、怒りを煮詰めていった。そしてこう言った。

「そっちがヤクザの名前を出すなら、こちらも遠慮する必要ないわね」

「はあ? 」

「明日、私と弟であなたのお兄さんの家に行くわ」

「何言ってんだよ、このババア。俺の兄貴は和歌山組の若頭なんだぜ」

「お兄さんが若頭だなんて、よくもまあ恥ずかしげもなく言えたわね。あなた一人じゃ何もできないのね」

「ぶっ殺すぞ! 後悔するなよ!

お前の一家と、そのバカの弟全員、必ず消してやるからな! 」

健二はそう言い残して去っていった。

さやは不安そうに御咲を見つめる。

「お母さん……あの和歌山組でしょ? 逆らったら命がないって……」

「大丈夫。心配しなくていいから。あとはお母さんに任せなさい」

さやを部屋に戻し、御咲は電話をかけた。受話器の向こうから、弟の声が返ってくる。

「もしもし、マサヤ? 私よ。実は、ちょっと助けてほしいことがあって……」

翌日、弟の正也が家にやってきた。

「大変なことになったな」

「ええ。普段連絡しないくせに、こんな時だけ頼ってごめんね」

「いいんだ。相手が半端じゃないなら、俺が役に立てるよ。和歌山組と言ったな。確かに極悪で知られているが、俺の敵じゃない。今日は俺一人で十分だ。相手が何人だろうと、全員消してやるよ」

そう言って正也は懐を開き、黒く光る銃を御咲に見せた。

「頼りにしてるわ」

こうして御咲は正也の車に乗り、健二の家に向かった。三十分後、到着するや否や、正也は一切のためらいなく玄関を叩いた。

「あ、本当に来るとはね。度胸だけはあるじゃん」

出てきた健二は余裕の笑みを浮かべたが、御咲の隣に立つ正也を見た瞬間、言葉を失った。

「お前が健二か。兄貴のところへ案内しろ」

「な、なんだよお前……」

「俺はさやの叔父だよ」

健二は、ヤクザの風貌をした正也を見てビビっている。正也に一度睨まれると、健二はおとなしく先導した。

「ここが兄貴の部屋だ」

「そうかい」

正也は扉を開けると、ズカズカと部屋に上がり込んだ。

「なんだ、用があるなら区くらいしろと。誰だ、お前」

「俺は藤代正也だ。あんたと同じヤクザだよ」

「このヤクザが俺に何の用だ?

「あんたの弟が、俺のめいっこに怪我をさせられた。その落とし前をつけに来た」

御咲も続いて口を挟む。

「うちのさやは、あなたの弟さんに嫌がらせなんてしていません」

「俺にそれを信じろと? 」

「こっちだっていい加減な言いがかりをつけられたんじゃ黙ってられません」

「でも俺が言った時、あいつは何も否定しなかったじゃねえか。それは認めたのと同じなんだよ」

「それはあなたに怪我させられて怖くて何も言えなかっただけでしょう! 」

御咲が怒りで声を荒げると、正也が制した。

「俺は当然、姉とめいの言うことを信じるぜ。だがな」

正也は若頭を一瞥する。

「お前ら、ここがどこだか分かってるのか? 気に入らねえやつは殴って潰す。それが俺たちのルールだ」

「随分頼もしいじゃねえか。若頭に弟の謝罪を求めるつもりはないようだな」

「てめえらこそ、誰の身内に手を出したのか分かってんのか?

「言ってくれるじゃねえか。お前、どこの誰だ? 」

「俺は藤代組の組長だ。名前を聞いて分かると思ったんだが、思った以上に頭が悪いようだな」

その瞬間、若頭の顔色が変わった。

「ふ、藤代組……あの全国制覇した……」

「嘘をついてどうするんだよ。お前の弟じゃあるまいし」

「おい、健二! お前、本当に藤代組の身内を殴って怪我させたのか!? 」

「なんだよ兄貴。元はと言えばあいつが悪いんだから、別にいいだろう」

「なんてことだ……」

若頭の顔がどんどん青ざめていく。

「めいっこさんの件について、もう少し話し合わないか」

「今さら何を言ってるんだ。さっきまで頼もしいと言っていたくせに」

「相手が藤代組の身内となりゃ、話は別だ。弟にも謝罪させます」

「同じヤクザでも、悪いのは相手なんだから強気でいいんじゃねえの」

「お前は少し黙ってろ!

若頭が焦って健二を叱りつけるが、正也は聞く耳を持たない。

「ごちゃごちゃと、いい加減うるせえんだよ」

正也のパンチが若頭の顔面に炸裂し、若頭は勢いよく後ろに倒れた。

「和歌山組のチンピラどもが、俺の身内に手を出したことを徹底的に後悔させてやる」

若頭はほとんど抵抗できず、ズタズタに殴られた。泡を吹いて気絶してしまう。

「そ、そんな……兄貴が……俺が頼りにしていた兄貴が……」

「まあ、こんな奴はどうでもいい。本命は、お前だ」

正也が健二を睨む。健二は明らかに腰を抜かしていた。

「めいっこを殴って怪我させたのは、お前なんだろう。兄貴の名前を借りなきゃ何もできねえ三下が。お前の存在そのものが気に食わねえ。お前は、この場で消してやる」

正也が再び懐から銃を取り出すと、健二は突然土下座し出した。

「申し訳ございませんでした! さやさんを殴ったことは謝ります。慰謝料の件も、なかったことにします! だから何卒お許しください! 」

「もうすぐこの世ともお別れだ。何か言い残すことはあるか?

「お許し! お許しください! 」

健二は必死に床へ頭を擦りつけるが、正也は健二の頭を思いっきり踏みつけ、蹴り飛ばした。

「ヤクザの名前を借りて悪さしたんだ。最後くらい、粋がれよ」

悲鳴をあげてのた打ち回る健二に、正也の拳と蹴りが容赦なく降り注ぐ。健二は自分の兄同様、泡を吹いて気絶してしまった。

「さて、これでさやの仇は打った」

「そうね。これでさやが安心して学校に通えるようになればいいんだけど」

正也は床に転がる二人を見ながら、何かを考え込んでいる。

「どうしたの? 」

「いや、和歌山組のことだが。若頭を見れば分かったと思うが、俺たちの間でも嫌われているクズだ。ちょうどいい機会だから、ここで和歌山組を完全に消滅させようと思う」

そう言うと、正也は携帯を取り出して組の人間に指示を出した。

「今すぐ和歌山組を消滅させる。組長としての命令だ。動ける人間をすぐに集めてくれ」

大事になってしまった、と御咲は思った。しかし、これで健二もさやに手を出せなくなる。

「ありがとう、マサヤ」

「いいんだ。俺にはこんなことしかできないから」

「ごめんなさい。私、あなたのことを家族に隠しているのに」

「気にするなよ。弟がヤクザの組長だなんて、普通は恥ずかしくて言えないさ。その機会に、話したらいいんだぞ。まあ、俺は勧めないけどな。姉さんの好きにしろよ。俺のことを知られても、姉さんの家族に迷惑をかけるようなことはしないから」

「うん……本当にありがとう」

その日の夕食時、御咲はついに話を切り出した。自分の弟がヤクザの組長であること、そして今日その弟が和歌山組の若頭をめった打ちにしたこと。すべてを包み隠さず話した。

「そんなことが……まさか、おじさんがそんな人だったなんて」

夫は腕を組み、無言でテーブルを見つめている。さやも驚きの表情を浮かべたまま言葉を失っている。重い空気が食卓を支配し、御咲の考えはどんどんネガティブになっていく。もし離婚するにしても、せめてさやが成人するまでは一緒にいてほしいとまで考えた。

長い沈黙の後、夫が顔を上げて御咲を見た。

「いや、離婚はしない。身内にどんな人間がいようと、俺が御咲を愛していることは変わらないよ。それに御咲の弟はさやを守ってくれた。感謝こそすれ、ヤクザだからと否定するようなことは俺にはできない」

「私もだよ、お母さん。お母さんの弟さんが悪い人なわけない。お父さんの言う通り、私を守ってくれたんだもの」

二人はまっすぐに御咲を見てそう言ってくれた。自分を受け入れてくれた家族に感謝し、御咲は思わず涙を溢れさせた。胸のつかえが、ようやく下りた瞬間だった。

数日後、正也から連絡があった。

「ついさっき、和歌山組の残りの連中を片付けた。これで完全に消滅したよ。姉さんには関係ない話かもしれないが、一応伝えておこうと思って」

「そう……これでさやも安心して学校に行けるわね」

「ああ。そう言えば、家族に俺のことを話したのか」

「ええ、話したの。正直、いざ話すとなると怖かったわ」

「そうか。俺がこの道を選んだばっかりに、姉さんの幸せを邪魔してしまったと思っていたけど、そうならずに済んでよかった」

「マサヤは悪くないわ。マサヤはマサヤで、私は私。あの人もさやも、それをちゃんと分かってくれたの」

「そうか。本当に良かった。色々と迷惑をかけてごめん」

そう言い残し、正也は電話を切った。

あの事件から一週間が経った。さやは無事に回復し、学校に通えるようになった。

「お母さん、和歌山組が潰れたって本当だったんだね」

「どうしたの?

「今日クラスメートに聞いたんだけど、あの日以来、健二君が学校に来てないんだって。でも、健二君っていつも周りを威圧して怖かったから、いなくなってくれてよかったかも」

あれだけ健二が周囲に煙たがられていたのだろう。さやがそんなことを言うとは。

「ねえ、お母さん。おじさんって、どんな人なの? 」

「え? 」

「おじさんは私のために和歌山組を潰してくれたんでしょ? いくらヤクザでも、お礼くらいは言いたいと思って」

「うん……でも、おじさんに会うのはお勧めしないわ。私は、さやがお礼を言っていたと伝えておくから」

「でも、お礼なんだから自分で言わないとダメじゃない?

「そうね。でもマサヤは相当怖い顔してるから、さやは見ただけで腰を抜かしちゃうかもよ」

「え、そうなんだ……やっぱりやめとこうかな」

驚くさやを見て、夫も優しく微笑んでいる。

「ありがとう、さや」

「どうしたの、お母さん。急に」

「あなたが、私が黙っていたことを許してくれて」

「そんなこと言わないで。私もお父さんもちょっとびっくりしただけだから」

夫もそれに頷いてくれた。頼りがいのある弟。そして、優しい娘と夫。御咲は改めて、自分を支えてくれている人たちに感謝した。家族という、かけがえのないものを守るために、今日も御咲は食卓に立つ。平穏な日常を噛みしめながら。