「役に立たないなら、家賃三十五万円を払ってもらおうか。」
数年前、息子夫婦が新しい仕事を始めると言い出した。息子たちの挑戦を応援したい気持ちから、私は都内の高級マンションを購入したのだ。だが「家事ができないから」という理由で同居を懇願され、息子夫婦との同居が始まった。
息子たちが始めた事業は何年経っても軌道に乗らず、収入は不安定なまま。生活費の全てを負担していた私は、亡き夫の伝手を使って息子に就職先を紹介してもらったのだ。しかし、それに腹を立てた息子は私を怒鳴りつけた。
「家賃を払わないなら、今すぐこの家から出ていけ。」
いったいどうして。私が購入したマンションで、家賃も支払わずに好き勝手に過ごしているのは自分たちだというのに。さも自分の所有物であるかのように振る舞う息子たちに、私は憤りを感じたのだ。
「分かった。それじゃあ、ここから出ていくわ。」
私は迷わず出ていくことを決断した。元々同居しても長くいるつもりのなかった私の荷物は、旅行鞄に収まるほどしかない。私はマンションを出た直後、不動産屋を訪れ、息子たちが住むマンションの売却手続きを進めることにしたのだ。
私は吉本はる子、六十五歳。数年前に夫を亡くし、今はパートをしながら一人で暮らしている。夫は資産家だったため私に多額の遺産を残してくれていたが、節約家だった夫との生活が染みついており、今も質素な生活を心がけているのだ。
「一円のお金も無駄にしてはいけない。」
夫が口癖のように言っていた言葉だが、正直うっとうしく思うこともあった。しかし、その堅実さが家族の生活を支え、亡くなった後も私が困らないようにしてくれたのだ。そう考えると、夫への感謝ばかりが浮かぶ。
私と夫の間には一人息子がいる。三十八歳になる息子は、子供の頃は手のかかる子だった。よく言えば自由な子だったのだが、飽き性というのだろうか。何をやっても長続きしないのだ。その割に好奇心だけは旺盛で、いろんなことに興味を持ち手を出していく。
夫は子供の可能性を広げるために「やってみることはいいことだ」と容認していたのだが、その度に振り回される私は手を焼いていたのだ。それでも反抗期もなく中学高校と進学した息子は、勉強が嫌だからという理由で大学には行かず、地元の企業に就職したのである。
就職してしばらくは特に問題なく社会人生活を楽しんでいたようだが、また悪い性格が出てきたようで、入社からわずか一年でやめてしまったのだ。その後、再就職した企業もすぐにやめてしまい、夫は息子に生活するということの大変さを教えなければと考えた。そして一人暮らしを勧めたのだ。家賃や光熱費など生活に必要なお金がどれくらいあって、食べていくことがどれほど大変なことかを理解させようとしたのだろう。しかし、息子は一人で自由に生活できると喜んで一人暮らしを始めた。
仕事は知り合いの会社で雇ってもらえることになり、その後は続けていたようだ。二十八歳の時に嫁の千鶴と結婚してからは少し落ち着いたようにも思うが、時々連絡はあるものの、家に帰ってくることも少なくなった。それでも息子が自分の家族を守るため必死に頑張っているのだと思うようにしていたのだ。
千鶴は人当たりの柔らかい優しい女性で、息子の破天荒な行動も笑って許してくれている。息子にとっては最高のパートナーなのかもしれない。
ある日、息子が夫婦して私の元を訪ねてきた。
「実は千鶴と一緒に、最先端のウェブマーケティングコンサルティング業をしようと思ってるんだ。」
「ウェブ?どんな仕事なの?」
息子はインターネットを使った事業を行うというが、その内容は私には理解できなかった。
「母さんには理解できないだろうが、今は何でもウェブの時代なんだ。インターネットでどんな情報でも発信できる。でも、その発信の仕方が分からない人が大勢いるんだ。その方法を教えてあげるのがコンサル業なんですよ。」
インターネットに馴染みがない私にも分かるようにと息子たちは説明してくれたのだが、それでもうまく理解できない。しかし、やりがいがあるのであれば事業を始めるのもいいのではないかと思ったのだ。
「その事業はうまくいきそうなの?」
「今需要が高まっているんだ。事業を始めればすぐに軌道に乗る。」
息子は自信を覗かせている。
「そうなのね。だけど、あなたにそんな才能があったなんて知らなかったわ。」
「これでも必死に勉強したんだ。インターネットの世界には難解な専門用語も多くて苦労したけど、それがやっと身になる時が来たんだよ。」
「私たちならきっとうまくやっていけます。」
子供の頃の息子は勉強が特に嫌いで、学校の宿題すらまともにやったことはない。成績はいつも中の下で、たまに勉強に集中していると思っても、実際にはノートに落書きをしていただけということもあった。そんな息子が本気で勉強し、事業を始められるほど努力したことが私は嬉しかったのだ。
「千鶴さんと結婚して、あなた変わったのね。」
「そうかもしれないな。千鶴は俺の才能を引き出してくれたんだ。」
夫婦仲良く手を取り合っている姿を、亡き夫も誇らしげに見ていることだろう。私は心から二人を応援しようと思った。
「それでなんだけど、事業を始めるのに母さんにも少し協力して欲しいんだ。」
息子は少し言いにくそうに、私に資金援助を求めてきたのだ。
「事業が成功したら必ず返す。だから、しばらくの間貸しておいて欲しいんだ。」
息子と千鶴は私に頭を下げてきたのだが、その要求に答えるわけにはいかない。亡き夫から「たとえ親族といえども、金の貸し借りだけはしてはいけない」ときつく言われていたのだ。
「悪いけど、事業資金は出せないわ。お父さんの遺言でもあるから、破るわけにはいかないの。」
「親父はもう何年も前に亡くなってるじゃないか。」
「だけど、お父さんの言いつけを破るわけにはいかないの。」
たとえ夫が亡くなっていても、それがこの家のルールなのだ。息子が懇願してきたからと言って、ルールを破るわけにはいかない。
「分かったよ。その代わりと言っちゃなんだが、事務所として使えるマンションを購入してくれないか。」
息子は一枚のパンフレットを差し出した。都内にある高級マンションで、セキュリティや設備がしっかりしたものらしい。
「ここなら安心して事業ができる。頼むよ。俺の事業を応援してくれ。」
息子と千鶴に懇願され、私はマンションを購入することにしたのである。
「購入するのはいいけど、ローンはどうするの?ちゃんと払っていけるの?」
「それなんだけど、しばらくは母さんの方で払って欲しいんだ。もちろん、事業が軌道に乗ったら全額ちゃんと返すから。」
なんとも虫のいい話に呆れながらも、息子夫婦の挑戦を応援しようと、私はその申し出を受け入れることにしたのだ。マンションを一括で購入すればローンの心配もない。息子たちの事業が軌道に乗った後にマンションを買い取ってもらえば、お金の貸し借りにもならないだろう。そう考えた私は、その後マンションを購入した。しかし、息子たちは面倒な手続きは苦手で「事業の準備に専念したい」と言って、契約の全てを私に丸投げしたのだ。
「小難しい手続きは全部そっちでやってくれ。」
そう言い放つ息子に呆れながら、私は全ての手続きを一人で行ったのである。
数ヶ月後、手続きが終わり、マンションの鍵を受け取った私は息子に鍵を渡し、その数日後、息子たちは事業をスタートさせたのだ。
それからは事業が忙しいのか、息子たちと会うことは減っていき、お正月にも息子たちは顔を見せなかった。様子を伺うため時々電話では話したが、いつも「仕事の打ち合わせがある」と言ってはすぐに切られてしまう。それでも事業が順調に進んでいるのだと、私はあえて邪魔をしないように静かに見守ったのだ。
息子たちの事業がスタートして二年後、その後の進展が気になった私はマンションを訪ねた。しかし、玄関を開けた瞬間、異様な匂いが私の鼻を刺したのだ。部屋に入ると、家事が全くされていないのか、部屋中に生ゴミが放置され、排水溝にはカビが生えていた。台所には汚れた食器が山積みにされており、郵便物が至るところに放置されている。
「どうしてこんなに汚いの?これじゃ体にも悪影響を及ぼすわ。」
「仕方ないだろ。今が勝負時なんだ。家事にかけてる時間なんかない。」
息子たちの事業は軌道に乗らず、収入は不安定なままだという。そのため、家事をする時間も寝る間も惜しんで仕事に専念しているのだというが、あまりにもひどい現状に、私は呆れずにはいられなかった。
「とにかく、もう少し綺麗にしなさい。」
息子たちに注意しながら、私は部屋中を掃除して回り、元の綺麗な状態に戻したのだ。しかし、それから何度訪ねても、その度に部屋が汚れ、ゴミが散乱している。まさか息子と千鶴はずっと家事をしない生活を送っていたのだろうかと疑念が湧き起こった。息子と千鶴が結婚してからというもの、私が二人の家に遊びに行くことはなかったため、生活の実態は知らなかったのだ。
「せめてゴミをゴミ箱に捨てるくらいできないの。」
「その時間も惜しいくらい忙しいんだ。掃除なら母さんが時々来てやってくれたらいいじゃないか。」
息子は何食わぬ顔で話しているが、私もパートの合間に自分の家の家事をやっているため、息子たちの面倒まで見る余裕はない。たまりかねた私は、ある日千鶴を呼び出して家事をするように促した。
「今は息子と一緒に仕事をしないと、この事業がうまくいくか失敗するかの瀬戸際なんです。」
「だけど、あんなに汚い部屋じゃ仕事に集中もできないわ。」
「それじゃあ、お母さんが同居して家事をやってください。そしたら問題は全て解決です。」
千鶴は私に同居を促してきたのだ。
「正直、私家事が得意じゃないんです。事業もうまく軌道に乗せたい気持ちが強いし。お母さんが来てくれたら本当に助かるんです。」
千鶴に懇願され、私は息子たちとの同居をすることにしたのである。しかし、同居を始めてすぐ、私は息子たちの本性を知ることになったのである。
ある日、パートから帰るとリビングから二人の話し声が聞こえてきた。
「これで財布と家政婦が手に入ったな。」
「面倒な家事は全部お母さんにやってもらって、私たちは楽しみましょう。」
「あの調子じゃ親父の遺産もまだ残っているはずだ。ここの生活費を出してもらってもバチは当たらないな。」
息子は私を自分たちの都合のいいように使うつもりで同居を持ちかけたのだ。それを知り、私は思わず二人に意見しようとドアを開けた。しかし、息子は急に専門用語を使って話し出し、千鶴は「オンライン会議の邪魔だから」と私を外に追い出したのである。私はお腹の底から湧き上がる怒りを感じていた。二人の都合よく使われるのはごめんだ。私は息子たちの言動に注意しながら、財布の紐を固く結ぶことにしたのである。
それから数日後、その日はパート先でトラブルがあり、いつもより帰りが遅くなってしまった。家に帰ると、息子が夕飯の支度をせかしてくる。
「パートなんてやめて、私たちを専属でサポートしてくださいよ。」
「パートをやめたら、あなたたちの食事も作れなくなるわ。材料費を出してくれるなら話は別だけど。」
食費も光熱費も生活費の全てを私に負担させているというのに、パートをやめろとはどういう神経をしているのか。息子と千鶴の言いように、私は疑問が湧き起こった。
「俺たちはクライアントとの打ち合わせもあるから外食することも多い。母さんから家賃ももらってるわけでもないんだ。俺たちの分も一緒に出してくれても問題はないだろう。」
確かに私は家賃を支払っていない。しかし、そもそもこのマンションは私が購入したものだ。家賃を支払う義務があるとすれば、それは息子たちの方なのである。しかし、余計なトラブルを起こしたくなかった私は、何も言わずその場をやり過ごした。
その週末、息子たちは重要なクライアントとの接見だと言って出かけていった。毎週末のように高額な飲食を伴う外出を繰り返しているが、その成果は未だに見られない。それでもいつか大きな契約につながると、息子たちは出費を惜しまなかった。
しかし、同居を始めて二年が過ぎても、息子たちの事業は一向に安定しない。私の中で、事業そのものに問題があるのではないかと感じ始めていたのだ。
息子の事業は失敗に終わる。そう感じた私は、亡き夫の伝手を使い息子の就職先を紹介してもらうことにした。しかし、そのことを話すと、息子は激怒したのだ。
「俺たちの事業が信用できないのか?」
「そうじゃないけど、起業して何年になると思ってるの?これ以上続けても身になるとは思えないわ。」
「あと少しで軌道に乗るんだ。お母さんには理解できないだろうが、俺たちは複雑な仕事をしてるんだよ。そんな簡単な話じゃない。」
息子の言う通り、私にはウェブは理解できない。しかし、数年経ってもこれといった実績も作れない事業に未来があるとは思えなかった。
「どんな事業でも三年で成果が出なければ、その事業は失敗だったと手を引くものよ。いつまでも不安定な生活を続けても仕方ないでしょ。この際、きっぱり諦めて就職するべきよ。」
「この世界のことを何も知らないくせに、知った風なことを言うな。」
息子は声を荒げ、私の言うことを聞き入れようとはしない。
「そこまで言うなら、家事も自分たちでしなさい。私だってパートをしながら家事を全てやるのは大変なのよ。」
「はっ、家政婦として役に立たないなら、家賃三十五万円を払ってもらおうか。それが嫌なら、今すぐこの家から出ていけ。」
その言い草に、私は腹が立った。私が購入したマンションで家賃も支払わずに好き勝手に過ごしているのは自分たちだというのに。さも自分の所有物であるかのように振る舞う息子たちに、私は憤りを感じたのだ。
「分かった。それじゃあ、ここから出ていくわ。」
私は迷わず出ていくことを決断したのである。元々同居しても長くいるつもりのなかった私の荷物は、旅行鞄に収まるほどしかない。私はすぐさま荷物をまとめてマンションを後にした。
元々住んでいた家はそのままになっている。私が路頭に迷うことはないのだ。息子は私が同居した時点で元の家を処分したと思っているのだろうが、夫との思い出のある家をそう簡単に処分できるはずがない。しかしいざ元の家に帰ると、ちょっとした段差や階段が気になった。これからさらに年を重ねていけば、ここで一人で生活していくにはいろいろと問題が起こるかもしれない。息子たちと疎遠になると思うと、何かあった時のことも考えておかなければならず、私は新しい住まいを探すことにしたのだ。
そして一件のシェアハウスを見つけた。同世代の入居者がそれぞれの生活を行いながら、いざという時は互いに協力し合っているという。その環境が気に入った私は、すぐに入居の手続きを進めた。同時に、夫と暮らした家を売却することにしたのである。
その頃、息子たちのよからぬ噂が聞こえてきた。数人の親戚から事業資金を提供してもらっているが、その実態が全く見えず、詐欺ではないかと囁かれていたのだ。親戚の間でも、息子と千鶴が仕事をしているのか遊んでいるのかさえ分からない。何年経っても事業は安定せず、資金援助した側からすれば詐欺だと疑うのも分からなくはないのである。しかし、仮に息子たちが詐欺を働いたのだとしたら、私にマンションを買わせたのもその一環だったということだ。
思い返せば、息子たちが最初に事業を始めると言ってきた時も、その内容がうまく理解できなかった。聞き慣れない横文字が多く、理解しようとしなかった私もいたのだが、それでも資金を提供してもらうのであれば、きちんと相手が分かるように説明するのが筋というものだ。もしかしたら最初から息子たちは、わざと私には分からない言葉で話したのかもしれない。そう考えると、無性に腹が立ってきた。
私は不動産屋を訪れ、息子たちが住むマンションの売却手続きを進めることにしたのだ。聞けば、ウェブマーケティングという職業は事務所がなくてもできる仕事だという。それであれば、高価なマンションなど必要ない。息子たちは私に断りもなく事務所として使用するはずのマンションに移り住み、住居としても使用していたのだが、私はあくまで事務所として購入したのだ。息子たちが住む家がなくなっても、気にする必要はないだろう。そう思い、私はマンションを売却することにしたのである。幸いマンションはすぐに買い手が決まり、息子たちには退去通告がされたのだ。
私がシェアハウスに引っ越してしばらく経った頃、息子たちがボロボロのワゴン車に乗ってやってきた。不動産会社からマンションからの退去を通告され、従わなかった息子たちは、裁判所を通じて強制退去させられたという。
「それは仕方ないわね。」
「俺たちの家を勝手に売り払うなんて、ひどいじゃないか。」
「ウェブマーケティングに事務所は必要ないって言うし、何年経っても軌道に乗らない事業に、高価なマンションは必要ないわ。私は当然のことと、息子たちを突き放したのだ。」
「俺たちはどこに住めばいいって言うんだ。」
「そもそも私が用意したのは、あくまで会社の事務所としてよ。勝手に住みついていたのはあなたたち。追い出されたなら、新しく家を契約すればいいじゃない。」
「そんな。頼むから、新しいマンションを用意してくれよ。」
息子は新しい住まいを私に用意して欲しいと頼んできたのだが、私は迷わず断ったのだ。
「お母さんに断られたら、私たちはもうどうしていいか分からないわ。父にも援助断られたし。お願いします。本当にあと少しのところまで来ているんです。せめて住まいだけでも助けてください。」
息子と千鶴は私だけでなく、千鶴の父親である新太郎にも資金援助を求めたそうだ。しかし、新太郎は逆に二人を詐欺で訴えると追い返したそうだ。新太郎もすでに息子たちの事業に多額の資金援助をしているそうで、いつまで経っても軌道に乗らない実態に腹を据えかねていたのである。
息子たちは他にも親族に対して「次世代ウェブマーケティングプラットフォーム開発」と称して、多額の資金援助を受けていた。難しい横文字を並べ立て、さも画期的な開発なのだと言い聞かせ、次々と資金を騙し取っていた息子たちだが、その資金は毎日のように繰り返された二人の豪遊に当てられていたのである。
親族からの噂を聞きつけた私が改めて事業の実態調査を行うと、そもそも事業開始の届け出ですらされていなかったことが分かったのだ。息子たちは最初から私を含め親族を騙し、資金を騙し取るために嘘をついていたのである。その事実を私は親族たちにも連絡し、全てを報告していた。
「勝手にそんなこと。事業がうまくいったら正式に届け出るつもりだったんだ。それなのに、住ませてやった恩をあだで返すとは。それでも母親か。」
息子たちは自分たちの振る舞いを棚に上げ、一方的に私を責め立てたのだ。
「新しい住まいを見ろ。これは命令だ。できないなら、俺たちに慰謝料を払ってもらう。」
「残念だけど、どちらも聞き入れることはできないわ。」
「なんだって。」
息子が私に掴みかかろうとしたその時、新太郎が駆けつけてきた。実は新太郎は、私が引っ越したシェアハウスの清掃メンテナンスを管理する会社の社長だったのだ。
「パパ、どうしてここに?」
「お前たちは、何てことをしてくれたんだ?これじゃ親戚中に顔向けできない。今後、お前は俺の娘じゃない。」
新太郎はその場で千鶴に勘当を言い渡した。
「そんな。パパに見捨てられたら、これから先どうしたらいいのよ。」
「お前たちは親戚たちを騙して金を奪い取ったんだ。みんな怒りが収まらず、お前たちを詐欺で訴えると息巻いている。このまま逃げられると思うな。」
新太郎の親族たちも私の親族たちも、皆息子たちに腹を立て、共同で告訴する準備に入っている。当然、私と新太郎も二人を告訴するつもりなのだ。
「実の我が子を訴えるなんて、それでも親かよ。」
「あなたはもう私の息子じゃないわ。親戚たちにお金を全て返すまで、身内だなんて思わないで。」
私と新太郎は息子と千鶴を追い返した。息子たちの事業の実態を調査するのと同時に、息子たちの素行調査も行っていたのだが、その中で息子が亡き夫から相続した多額の遺産も全て豪遊に費やしていたことが分かったのだ。息子は遺産を相続してすぐに当時勤めていた会社を辞め、千鶴と二人で豪遊に明け暮れていた。その資金が尽き、新たに資金を得るために詐欺を思いついたようだ。親族たちの中には会社を経営する者や資産家など、潤沢な資金を持っている者が多い。そこを狙っての犯行だったのだろう。事業を開始したと言い、それがなくなればまた同じ手口で次々に親族たちを騙していったのである。
その後、住む場所を求めた息子たちは、私が住むシェアハウスへの入居を懇願したようだが、そもそも一人身の高齢者を対象とした施設の規約により、その願いは叶わなかった。仕方なく、わずかに残った資金で安アパートを借りたようだが、息子たちは素直に反省するような人間ではなかったようだ。
数日後、シェアハウスの私の郵便受けに、「今すぐ一百万を振り込め。従わなければ命も保証しない」と書かれた脅迫文が届いた。同時に、他の入居者のポストには私を誹謗中傷するような書文が投函されていたのである。誰がやったのかは一目瞭然だった。息子と千鶴が、私に復讐し金銭を出させるために嫌がらせを始めたのだ。
息子たちはさらに新太郎にも報復を試みた。夜、シェアハウスの清掃業者用の倉庫に侵入し、機材を破壊しようとしたようだが、これは失敗に終わった。どうやら徘徊していた老人をパトロール中の警備員と勘違いし、慌てて逃げたようだ。息子は大いに焦っただろう。逃走途中に、うっかり自分のスマホを落としていったのだ。
翌日、新太郎から報告を受けた私は弁護士に連絡し、息子と千鶴に対して追加で告訴する準備を始めた。弁護士に提案され、証拠用の罠を仕掛けることにした私は、私の部屋の玄関に高精度のトレイルカメラを設置したのだ。動物や人の熱に反応して自動で動画を撮影してくれる上、夜間であっても赤外線機能で撮影ができる。
その翌日の夜、息子がやってきたようだ。部屋の玄関のドアには生ゴミが塗り付けられ、明らかに嫌がらせをされていた。カメラを確認すると、鮮明なカラー映像で息子の犯行が完全に記録されていたのである。私はその日のうちにその映像を弁護士に確認してもらい、すぐさま警察に被害届を出した。その後、親族たちと共に息子たちを詐欺の容疑でも告訴し、警察による本格的な捜査が行われたのである。
数日後、息子と千鶴が警察に逮捕されたと連絡が入った。警察で二人のスマホやパソコンの解析が行われた結果、息子たちの事業が架空のものだったことも証明されたのだ。二人が親族たちに見せていた事業計画は何の根拠もないものだった。そもそも二人にはウェブマーケティングの知識はなく、インターネットの知識も乏しかったのだ。それでも私たち世代の人間であれば、横文字でそれっぽく話せば信じると決め込んでいたのだろう。二人の思惑通り、まんまと引っかかった親族たちは、息子たちに言われるまま資金を提供したのだ。
さらに二人のスマホからは、豪遊していた実態も浮き彫りとなった。重要なクライアントとの接見だと出かけていたのも、全て二人で豪遊するためだったのだ。千鶴は警察の取り調べで「息子の指示に従っただけだ」と容疑を一部否認したらしい。私への嫌がらせに関しては、自分は関与していないと供述しているそうだ。息子は素直に調書に応じているそうだが、そもそも詐欺を持ちかけたのは千鶴だったと証言した。
夫の多額の遺産を手にした息子は、一生遊んで暮らせると思い仕事を辞めたのだが、度重なる豪遊でその資金はすぐに尽きてしまい、再度就職を試みたそうだ。しかし、そんな時、千鶴から新規事業の立ち上げを持ちかけられた。当初、千鶴は本気で起業を考えていたようだが、息子には何の知識もなく成功するとは思えなかったらしい。しかし、千鶴から「事業資金という名目であれば、親族から資金を得ることができる」と言われたそうだ。
実際、親族たちの元に二人で訪問していることや、受け取った資金を二人で使用していることから、息子と千鶴は共同正犯が認定された。私への嫌がらせに関しても、資金を求めた千鶴からの息子に対しての指示とも取れる内容のメッセージが確認され、二人に脅迫と器物損壊、名誉毀損の罪が課せられることとなったのだ。
その後、二人は起訴され裁判にかけられることになった。その結果、息子と千鶴には懲役五年という重い罰が下ったのである。
私は新太郎と共に、息子と千鶴が迷惑をかけた親族たちに資金を返還し、その後それぞれの遺産相続人から二人の名前を除外する手続きを取った。その後はシェアハウスの仲間たちと共に、ティーサロンでの交流やボランティアとして地域の子供たちにマナーを教える活動を実施している。新太郎とも友好関係を続けながら、心身共に満たされたセカンドライフを送っているのだ。



