「おせち、これでどうかな?」夫が買ってきたおせちを見せてくれた。毎年、夫の実家で私がおせちを用意するのが役目になっていた。去年は親戚からもらったカニが大好評で、今年は友人の夫が継いだ旅館のおせちを格安で取り寄せてもらった。朝、義実家に着くと義母はまだ寝ていて、義父だけが温かく迎えてくれた。そこへ妹夫婦が手土産もなく到着する。妹が目をキラキラさせて聞いてきた。「ねえ、今年も持ってきてくれた?」…

「おせち、これでどうかな?」夫が買ってきたおせちを見せてくれた。毎年、夫の実家で私がおせちを用意するのが役目になっていた。去年は親戚からもらったカニが大好評で、今年は友人の夫が継いだ旅館のおせちを格安で取り寄せてもらった。朝、義実家に着くと義母はまだ寝ていて、義父だけが温かく迎えてくれた。そこへ妹夫婦が手土産もなく到着する。妹が目をキラキラさせて聞いてきた。「ねえ、今年も持ってきてくれた?」...

「おせち料理、これでどうかな?」

そう言って夫・高一が買ってきたおせちを見せてくれた。味なんてどうせ分からない家族だから、適当でいいと言う。私は毎年お正月になると夫の実家へ行く。いつの頃からか、おせち料理を用意するのは私の役目になっていた。

去年は親戚からもらったカニを持っていったら大評判だった。今年は友人の夫が継いだという旅館のおせちを取り寄せることにした。私の名前は美由。今年で三十四歳になる。会社では「お局様」と呼ばれ始めている。主任という肩書きはあるものの、これ以上の出世は難しそうだ。でも給料はそれなりにもらっているし、安定している。夫の高一は私より四つ年下で、結婚した時は平社員だったけど五年で昇進し、今では私より稼いでいる。

二人でそれなりに稼いでいるけど、子供がいない我が家はそこそこ裕福な生活を送っていると思う。と言っても、長期休みに旅行に行ったり記念日に外食したりするくらいで、日々の生活はかなり質素だ。おかげで貯金はそれなりにできている。

十二月に入る前から、頭の片隅にはお正月のことがあった。おせちやお酒を用意して義実家に持っていくからだ。結婚して最初の年、義母が「お寿司を頼んだから」と言って取りに行かされ、支払いは私持ちだった。後で払ってくれるのかと思ったけどその気配はなく、夫を通して言ってもらっても「今は細かいのがないから後で渡すね」と言われたまま。しかも夫のいないところで義母は言った。

「そのくらい払ってもらっても文句ないわよね。こうしてお正月の準備をして出迎えたわけだし、それくらいいいわよね。」

その勢いに、私は頷くしかなかった。お正月の準備と言っても、お酒やお菓子は私たちが買ってくるし、車で一時間の距離だから泊まるわけでもない。もしかしたら大掃除をしたとか、美容院に行ったとか、そういう斜め上の準備かもしれないけど、面倒なので特に突っ込まないようにした。

その翌年はおせち料理を用意して持ってくるように言われた。義実家に行くのもお正月くらいだし、言われるままに買っていった。義両親と妹夫婦がいるだけだからそんなに必要ないと思いきや、義母と妹夫婦が食べる食べる。おせちはあっという間に消えて、私の口にはほとんど入らなかった。

去年はそうなったら困ると思い、あえてカニの殻を剥く手間がかかるように持っていった。私の親戚がよくカニを送ってくれていたから剥くのは得意で、自分と夫の分はさっと剥いて食べた。剥き慣れない義母と妹夫婦は私より食べるのが遅かった。でも相当気に入ったのか「来年もよろしくね」なんて言われたけど、今シーズンは収穫が少ないらしくいただき物はなかった。

高一は「味が分かる家族じゃないから何でもいい」と言うけど、安いのは量も少ないし、あんなに食べる人がいるから選ぶのに苦労する。あまり美味しくないものを持っていったら嫌味を言われそうだし、どうしたものかと思っていた時、昔からの友達が連絡をくれた。旦那さんが実家の旅館を継ぐことになったという。そこはなかなかの高級旅館で、値段は張るみたいだけどホームページで見る限りとても素敵なところだった。

私はおせち料理のことを考えた時、その旅館を思い出した。改めてホームページを見てみると、おせち料理はあるけど取り寄せができるかは分からない。思い切って友達に連絡してみると「今はやっていないけど旦那さんに相談してみる」と言ってくれた。初めて取り寄せのおせちとして出す試作品だからと格安にしてくれることになり、お願いすることにした。

お正月、おせち料理とお酒を車に乗せて出発する。元日の朝の道路は空いていて、いつもより早めに着いてしまった。義実家に着くと義父が出てきてくれた。年始の挨拶を済ませて部屋の中を見回すと、義母がいない。私がキョロキョロしているのを見て、義父が申し訳なさそうに言った。

「まだ寝てるのかな? 予定よりも着くのが早かっただろう。」

と言っても、予定より十五分早かったくらいだ。あれやこれや用意しろと言っておいて、自分はまだ寝てる? どういう神経してるのかとイラっとしたけど、こんなところで怒ってもしょうがない。私と夫は顔を見合わせてため息をついた。

義父とは今まであまり話す機会がなかったけど、こうして話してみると義母や妹とは全く違って温厚だ。高一はどこかぼんやりした優しい人だけど、あの義母と妹に挟まれていたからそういう性格になったのかと思っていた。でもこうしてみると、高一は義父に似たんだな。いつも強烈な義母と妹に隠れていたから気にしたことがなかったけど、義父と話していると初めて義実家でゆったりとした時間を過ごせた。

その間に私は義父におせちを食べてもらいたくて、重箱から出して大皿に移した。しかしそんな時間はわずかだった。

「お兄ちゃん来たの?」

どすどすと降りてくる音がして、義母が出てきた。挨拶をしていると車の音がした。妹夫婦が着いたようだ。玄関からどすどすと足音を立てて入ってくる。今年も妹夫婦は手土産を持ってこない。義母は昔から妹を可愛がっていて、どこに行くにも一緒という生活だったそうだ。だから可愛い娘から手土産をもらえないという心理なのかもしれない。でも妹の夫はよくそんな態度で義実家に出入りできるなと思う。手土産もなしにくつろいで人の用意したものを飲み食いする。よくそんな図々しいことができるものだ。

そんなことを思っていると、妹が私の方へ向かってきた。

「あけましておめでとう。」

私はそう言ったが、彼女は挨拶すらせず食事の心配をしている。

「ねえ、今年も持ってきてくれた?」

目をキラキラさせながら、見たくもない上目遣いで私を見てくる。私は言いたいのをぐっと我慢しておせちを指さした。

「今年はおせち料理を取り寄せたの。」

その瞬間、義母と妹夫婦が固まった。そして一呼吸置くと、三人はほとんど同時に声を発した。

「え、カニじゃないの?」

その言葉に今度は私が固まった。確かにカニではないけど、このおせちだってちゃんとしたものだ。それなのに食べることすらせず、よくそんなことが言えるな。私の我慢は限界だった。でもそれよりも先に高一が動いた。元の重箱に無言でおせちを詰めていく。私も無言でそれに続いた。

「え? え? ちょっと待ってよ。どうしたの? あなたたち。」

義母と妹が慌て始めたが、もう遅い。私と夫は打ち合わせをしたかのように息の合った連携を見せる。おせちの重箱を袋に詰め、持ってきたお酒も車に積み込んだ。全て片付けた後、私は振り返って笑顔で言った。

「じゃ、私たち帰ります。もう正月も盆も来ませんから。」

愕然とする義母と妹夫婦。

「そういうことだから。じゃあな。」

夫も運転席に乗り込んで手を振った。義母の横には無言でうんうんと頷く義父の姿が見え、私たちはバックミラーでその様子を見ながら走り去った。

家に帰ると、高一の携帯には義母と妹からの着信が二十件近く入っていた。留守電を聞くと、思った通りの言葉が入っている。「どうして全部持って帰っちゃうの?」「今年のお正月はどうしたらいいのよ。」「早く引き返してきなさい。怒ってないから。」似たような言葉が延々と入っていて、三件目以降は聞く気になれなかった。

義父からは謝罪のメッセージが入っていたらしい。後日、高一が義父と連絡を取ると、お正月の料理のお金はいつも義父が用意してくれていたことが発覚した。それを義母は私たちに渡さず、自分の懐に入れていたのだろう。

私はその事実を知って、どうしても文句を言ってやりたくなった。そのタイミングで私の携帯に義母から電話が来た。高一に電話しても出てもらえないと悟ったようだ。私は電話に出た。

「美由さん、どういうことなの? 高一は優しい子だったのに。あなたがあんな風に変えてしまったんでしょ。せめておせちと同等のものを早急に送りなさい。」

私が口を挟む隙もなく、義母は文句を言い続ける。ようやく話せるようになったところで、私は冷静に返した。

「どうしてわざわざ料理を送らないといけないんですか? 支払ってくれるなら送りますけど。そうじゃないですよね。あなた、それが実家に対する態度なの?」

「人のお金を自分の懐に入れるお母さんと、なんてお話できません。毎年私たちが用意していた料理のお金は、お父さんが用意してくれていたらしいですね。そのお金はどこに行ったんですか? 私たち一度も受け取っていませんけど。」

義母はバレるはずがないと思っていたのか、急に慌て始めた。

「な、何のこと? 知らないわよ、そんなの。お父さんがいい顔しようと嘘ついてるだけでしょ。」

「持っていく料理を運ぶのもどれだけ大変だと思ってるんですか? それでもお父さんやお母さんに喜んでもらいたくて毎年色々と考えていたのに、この仕打ちは何なんですか?」

義母は黙り込んで何も言い返してこない。でも腹の虫が収まらない私は、電話が切られないうちに今まで溜まった文句を言い続けた。

「大体、全員で食べるように持っていってるのに、どうしていつもお母さんと妹夫婦だけで食べ尽くそうとするんですか? 遠慮ってものはないんですか? だからそんなにぶくぶく太るんですよ。ちょっとは気にしたらどうなんですか?」

次の瞬間、電話が切られた。そして隣で夫が爆笑し出した。

「美由、よく言った。美由もそんなこと思ってたんだな。」

私もそれに釣られて笑った。

「当たり前じゃない。もう会わないならなおさら言っておかないと。」

その後、さらに大変なことが発覚し、今私たちは義父と同居している。

「美由さん、こんなことになって本当に申し訳ない。」

「何言ってるんですか? 家族なんですから気にしないでください。」

実は他にも義母の使い込みが発覚して、あの温厚な義父が激怒した。義母は義父を甘く見ていたらしく、バレても大事にはならないだろうと踏んでいたようだ。だが義父は離婚を突きつけた。私たちも「これが最後だから」と義父に呼ばれて実家に駆けつけると、義母は面白いくらいに青ざめていた。妹夫婦も呼び出され、もう二度と援助はしないと義父に言い渡される。妹の夫は平社員、妹はパート。この夫婦は身の丈にあった生活ができずに、義父から毎月援助してもらっていたらしい。主に食費がかかっていたと言うから納得だ。

ずっと専業主婦で仕事をしたことのない義母から使い込んだお金を返してもらうのは難しかったが、実家を売って財産分与し、そこから今まで使った金額を返してもらった。高一から義父を引き取ってもいいかと聞かれて一瞬悩んだけど、あの義父なら大丈夫な気がしてオーケーした。すると家に帰るたびに穏やかな空気が流れるようになった。私がテキパキしてしまう方だから、高一といてもどうしても引っ張ってしまっていたけど、そこに義父が加わると穏やかな空気が生まれる。私はその空気がとても好きになった。

義母は妹夫婦に引き取られたらしいけど、相変わらず食費がかかって大変だそうだ。どうせなら食費を削って体も削ればいいのにと思うけど、あの人たちにとってはそういう問題ではないらしい。義母もパートを探し始めたものの、職歴はない、態度は悪い。そんな人を誰が雇うのかと苦労しているようだ。私が採用担当なら絶対に雇わない。

今日も仕事から帰ると、あの空気に癒される。義父は最近料理に目覚め、料理教室にも通い始めて私たちによく料理を振る舞ってくれるようになった。こんな暮らしに私は満足している。

ちなみに、あの取り寄せたおせちはとびっきり美味しかった。友達に報告すると商品化も検討してみると言っていて、今度のお正月には取り寄せができるようになるそうだ。お礼と言っては何だけど、その旅館の宿泊費を随分と安くしてくれたので、今度のお正月は高級旅館で過ごすことになった。今からとても楽しみだ。

「ああ、お前は本当にうちの子なのか。」

私の成績を見て父がため息をつく。医者の家系で育った私は、その道を目指すのが当然だと思っていた。だから幼い頃から勉強もしていたし、成績も学年トップクラスだ。でも父は「医者としてはそれじゃ足りない。全国レベルでないと意味がない」と頭ごなしに言い続け、私は次第に医者という職業を嫌うようになった。

私の名前は若菜。両親は医者で、親戚も医療関係だ。姉がいて、両親は昔から私たち姉妹も当然医療の道に進むものだと思っていた。姉は昔から優秀で、両親にずっと可愛がられている。誰もが姉も医者になると思っていて、姉は挫折することもなく医者になった。それ自体はすごいと思う。でも姉は欲しいものは何でも買ってもらえたし、少しのことでもすぐに褒められていた。常に姉と比べられ、「いつも私はできない子だ」と言われ続ける。姉とは五つも年が違うのだから、姉ができて私ができないことなんて当たり前なのに。

次第に両親は私には構わなくなる。姉は勉強でストレスが溜まると私を罵倒したり、ひどい時には手を上げて八つ当たりをして発散しているようだった。でも両親に言ったところで信じてはもらえないだろうと、誰にも言うことはなかった。

私は進学校に通ったけど、大学へは行かないつもりだ。両親には散々罵倒され、私は家を出た。元々そのつもりでアルバイトをしていたし、当面の生活費は何とかなる。高校卒業の時に住み込みの仕事を探したら、観光地のホテルの仕事を見つけてそこでお世話になることに。当時はまだ未成年だったので親の同意が必要だったけど、両親は何も言わずに同意書を書いてくれた。出来損ないの私には、早く家から出ていって欲しかったのだろう。

実家を出て半年以上、私からも連絡しなかったし家族からも連絡は来なかった。でも年末が近づくと父から電話が来た。

「正月は帰ってこい。親戚も集まるんだから。お前がもてなせ。」

父はただそれだけを言って、私の返答を待たずに電話を切る。実家では毎年正月になると親戚が集まって宴会をするのが恒例だ。親戚も医者ばかりなので、私には昔から苦痛な場だった。おまけに私は雑用係として働かされている。前日の掃除から当日の料理やお酒の用意、泊まっていく親戚もいるのでお風呂や布団の用意まで。母は私に指示を出すだけだし、姉はもちろん私のことは無視。どうして私がと思っていたけど、医療の道を目指さないことが後ろめたくて、逆らうのも面倒でそれに従っていた。

家を出たから呼ばれないと思ったけど、父から連絡が来てしまったので一日だけ実家に帰ることにした。ホテルの仕事はもちろん繁忙期。長い間休みをもらうわけにはいかない。それに仕事を理由にしてすぐに帰ろうと思っていた。

正月に家に帰ると、父に怒鳴られた。

「遅い。もうみんな来る時間だ。どうして昨日帰ってこなかったんだ。」

「でも私の仕事はこの時期が忙しいから、一日休みを取るのも大変なの。」

「いいから、さっさと準備をしろ。」

私の話なんてまるで聞く耳を持たない。ため息をつきながら家に入ると、今度は母が待っていた。実家に帰ってきたという安心感はまるでなく、母に言われるままに掃除をし、料理やお酒を用意する。続々と親戚が集まり宴会が始まっても、やっぱり私は台所にいた。むしろ台所の外でも、私にはその方が気が楽だった。親戚たちは「あの病院はここが悪い」「こんな患者がいた」と人の悪口ばかり。医者という職業に就くと全員が悪口を言うようになるのかと思うくらい、親戚一同は常に誰かの悪口を言っている。私にとっては何も楽しくない空間だ。でも姉はそこに混ざって他の医者や患者を見下したり馬鹿にしたり、なんだか楽しそうだ。

私がお酒を運んでいくと、おじさんが絡んできた。

「やっぱり若菜ちゃんに医者は無理だったか。」

ニヤニヤしながら言われて、私は嫌な気持ちになる。私は医者になれなかったのではない。なりたくなかっただけだと言いたかった。あなたたちのように誰かを馬鹿にしていないと生きていけないような人間にはなりたくない。そう、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。言ったところでこっちの気力が消耗するだけだからだ。

夜になり、逃げるように実家を後にする私。両親には「後片付けはどうするんだ」「明日のもてなしは誰がするんだ」と散々言われたけど、そんなのは知らない。

「明日は朝から仕事だから。」

着替えすら持ってきていない私は、それだけ言ってさっさと帰りのバスに乗り込んだ。こうして私の元に実家から連絡が来るのは一年に一度だけになった。この連絡が来ると「またか」と思う。毎年一日だけ休みをもらって実家に帰り、とんぼ返りしてくる。面倒だと思わなくはなかったけど、一年のうちの一日だけだ。高校卒業までは実家で生活させてもらったし、進学しないにも関わらず進学校の学費を出してもらった。思うと、それくらい実家に顔を出しても罰は当たらないだろう。

あれから七年が過ぎ、私は二十五歳になった。実家に顔を出したのは変わらず一年に一度。今年もそろそろ父から連絡があるだろうと思い始めた頃、電話が鳴った。父だろうと思ってスマホの画面を見ると、そこには思いがけない人物の名前が表示されている。

「あ、お姉ちゃん。」

姉からの連絡なんてほとんどない。もしかして両親に何かあったのかもしれないと、私は恐る恐る電話に出た。しかし私の思いとは裏腹に、姉のテンションは高かった。

「ねえ、あんたの職場の若社長ってさ、最近よくテレビ出てるよね。」

ウキウキした声で話してくる。姉が私にこんな態度を取るのは初めてだ。私はわけが分からず少し怖くなる。

「新しいホテルもいくつかオープンしてるし。確かにテレビに出る機会は増えてるけど。」

そう言うと姉は嬉しそうに言った。

「その人紹介してよ。この間テレビで見て一目惚れしちゃったの。それに医者でしょ。私に似合うと思うのよね。」

私は絶句した。珍しく連絡してきたと思えばそんなこと。それに「私に似合う」ってどういうことだ? 見た目はともかく、優しい社長と人のことを見下すのが趣味の姉とじゃ釣り合うはずもない。しばらく言葉が出ないでいると、姉は勝手に話を進める。

「ああ、そうか。あんたみたいな地味な奴じゃ社長なんかと親しくなる機会なんてないわよね。もしかして直接会ったこともないの? 会ったことあっても、あんたみたいに地味な女じゃ社長の記憶には残らないわよね。」

私は口を挟もうとしたけど、姉の勢いは止まらない。

「あ、そうだ。あんたのところに社長が来る日って分かんないの? その日に私泊まりに行くわよ。対面できればこっちのものでしょ。私みたいな美人に食いつかないはずがないもの。だから予約して連絡入れてよ。もちろん私がわざわざ泊まりに行ってあげるんだから、宿泊費はあんた持ちでよろしく。」

私はあいた口が塞がらなかった。

「でもお姉ちゃん、お見合いとかしてるんじゃないの?」

親戚の中では三十歳までに結婚するというのが通例で、それまでにはお見合いをするパターンが多い。姉も例外なくすでにお見合いくらいは済ませていると思ったけど、どういうことだろう。

「は? お見合いなんてロクな奴いないわよ。この間だって三十五歳のおっさんよ。私に釣り合う人を紹介して欲しいわ。」

私はそれを聞いて呆れた。つまり姉はお見合い相手までも見下しているのだろう。だからって私が社長を紹介する義理なんてない。とにかく「私には無理だ」と言って電話を切った。

それから一ヶ月後の正月、私は一日だけ実家に帰る。いつも通り親戚をもてなし、さっさと帰ろうと思っていた。それなのに今年はなんだか親戚がよく絡んでくる。

「若菜ちゃんはホテルで働いてるんだろう。よくそんな底辺の仕事を続けられるな。俺には無理だよ」と叔父が言えば、「そうよ。私たちみたいに必要とされる仕事じゃないのによくやってられるわよね」と母が言う。父も口を挟み、「お前がさっさと家を出てくれてよかったよ。近所の人にもお前が何してるかなんて聞かれなくて済むからな」と言った。

恥ずかしい娘で悪かったわね。そう思われているのは分かっていたが、一斉に言われるとやはり悲しくなるものだ。私が沈んでいるのを見て、姉が笑いながら言ってきた。

「あんた何の取り柄もないんだし。そのままじゃ一生お一人様よ。どうするの?」

その言葉で悲しみが吹き飛ぶ。そっくりそのまま返してやりたい。私は今まで姉に対して我慢していた感情を解放した。

「お姉ちゃんこそもう三十でしょ。私より五つも年上なのにどうするの? いつまでも高望みしてると生き遅れるよ。」

思わずそう言ってしまうと、父が激怒した。

「お前、姉さんに対して何てこと言うんだ? 謝りなさい。」

いつまで経っても両親は姉の味方。姉だけが可愛い。だったらいつまでも家族三人で生活してほしい。私は激怒する父を横目にため息をついた。その様子が気に入らなかったのか、父はますますヒートアップする。

「なんだその態度は。お前をここまで育てたのは誰だと思っているんだ。」

母は父の隣で頷いている。親戚もそうだ。これは親戚一同の総意。そう思うと私はすっかり吹っ切れたけど、私が口を開く隙もなく父は大きな声を出す。

「お前みたいな出来損ないは一族の恥だ。今すぐ出ていけ。」

その表情は明らかに私を馬鹿にしている。私は深呼吸をして口を開いた。

「ここに来るのも今年で最後だから。」

そう言って荷物を持って玄関に向かう。

「今までお世話になりました。」

せめての礼儀で両親や親戚に向かって頭を下げ、靴を履いた。すると外で車の音がした。靴を履いて玄関を開けると、そこには一台の高級車が止まっている。車の音に気づいて出てきた両親と姉。運転席からは一人の男性が降りてくる。その人物にいち早く気づいたのは姉だ。

「あ、あなた、まさか社長。」

そこにいたのは私の会社の社長。姉が前に紹介しろと言った人だ。社長は一礼すると玄関に向かって歩いてくる。姉は興奮したように言った。

「若菜。あんた、もしかして私を紹介してくれるの?」

とでも言いたそうだ。私は笑った。

「お待たせしてごめんなさい。今は帰るところだったの。」

そう社長に向かって言うと、社長も笑う。

「そろそろだと思って迎えに来たよ。」

私たちの会話に、両親も姉も呆然としている。後ろには何事かと出てきた親戚の顔も見える。父はぽかんとしながら社長を見ていた。社長は父の前まで歩いていく。

「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。」

それに続いて、私は社長の横に寄り添いながら言った。

「私の婚約者。来月結婚するの。」

「はあ?」

それは姉の声だったか両親の声だったか、あるいはその両方か。私は笑って言った。

「でも結婚式に呼ぶ気は一切ないから。私、この家に何の心残りもないわ。だからもう帰ってくることはないと思う。それに、ここは私の帰る場所じゃなかったみたいだしね。」

社長からプロポーズを受けた後、私の実家へ挨拶に行きたいと言われ、私は今までの事情を説明した。家に帰りたがらない私の態度で、みんな我が家に問題があると気づいていたし、病院の悪い噂も知って納得してくれた。そこに姉の発言があり、それも話すと社長が迎えに来てくれることになったというわけだ。

呆然としている家族を無視して、私は続ける。

「そういえば、お父さんの病院の近くに新しいホテルをオープンさせるの。私も携わっているプロジェクトで地元の調査をしている時に聞いたんだけど、お父さんのところ、何度も医療ミスとか不祥事起こしてるんだって。」

そう言うと父の顔色が変わった。

「お父さんが関わってるなんてことないわよね。地元の人からは評判が悪すぎてびっくりしたの。お姉ちゃんもそこで働いてるし大丈夫なの?」

私が地元の人から聞いた話では、父と姉の評判は最悪だった。地元の人から「あの親にしてこの子あり」と言われていて驚いた。その時に父や姉が不祥事を起こしているのも聞き、私は少なからず責任を感じる。だからこそホテル事業を成功させて地元の人に喜んでもらおうと、今意気込んでいるところだ。そんな私とは逆に、父も姉も青ざめている。

婚約者は全て話してあったから、必要以上に口を挟もうとはせず黙って助手席のドアを開けてくれる。私が婚約者と出会ったのは実家を出てすぐのこと。前社長の方針で、時期社長である婚約者も現場で働いていて、私たちはそこで仲良くなった。後から聞いた話では、驚くことに彼は私に一目惚れをしていたらしい。私は何をやっても否定されていた今までと違い、頑張れば頑張るほど評価される現場が楽しくて一生懸命働いた。そんな姿勢も気に入ってくれたそうだ。前社長が倒れて婚約者が社長を引き継ぎ、プロポーズをされたのは半年ほど前のこと。「自分をサポートして欲しい」という婚約者の言葉が胸に響いた。プロポーズを受けてから、私は今までよりも色々なことを学び、今も経営学を中心に勉強を続けている。そこで気づいたのは、私は勉強嫌いではなく、むしろ色々な知識を得るのが楽しいということ。嫌いだったのは、医者になるための勉強だけだった。楽しいと思うと色々調べてしまうし、知識を得るとやりたいことも増えていく。

私が車に乗り込もうとすると、父が怒鳴った。

「おい、どういうことだ。」

でも私はにっこり笑って言った。

「私はもうこの家の娘じゃないってこと。さようなら。」

混乱している家族を置いて、車は静かに走り出す。その後、新しいホテルは初日から満室になった。私も現地で忙しく働いていた。すると両親と姉がやってくる。私を見つけた父が声をかけてきた。

「お前がどんな働きをしているか、泊まりに来てやった。早く部屋を用意してくれ。」

どんな神経してるのとでも言いたかったが、現場を仕切っている私はそれどころではない。それを見た婚約者が飛んできて私の家族を追い返そうとするが、図々しくも入口のロビーで騒ぎ立てる。埒が開かないので警備員に入ってもらった。するとその後、ロビーに入ってきた女性が「あら先生」と言っていた。後から聞いた話では、父の病院の看護師で、いつも横柄な態度の父や姉をよく思っていないそうだ。そんな父が警備員に連れて行かれた現場を見たものだから、笑い話として職場で話したらしい。この女性はフロントのパートとご近所さんだそうで、話を聞いたパートの女性が私に教えてくれた。当然その噂は病院内に広がり、肩身の狭い思いをする父と姉。ちなみに母は以前同じ病院で働いていたがすでに引退している。とはいえ引退とは名ばかりで、不祥事を起こして辞めさせられたというのが事実だそうだ。それもこの女性がうっかり口を滑らせたのを、私は聞いてしまった。

私は次の仕事があり別のホテルに行っている時に、また両親と姉がホテルに来たそうで、どこまで図々しいのかと頭を抱えたが、容赦なく警察を呼んでもらい、業務妨害で連れて行かれた。父と姉は今までの行いのせいか病院内であっという間に噂が広まり、元々経営が苦しくなっていた病院は廃業に追い込まれたそうだ。しばらくして実家の前を通った時には空き家になっていたから、お金に困って家を売ったのだろうか。そういえば私の耳にも姉が婚活に失敗しているという噂が聞こえてきたから、近所にも色々な噂が広まって住んでいられなくなったのかもしれない。私は携帯番号も変えてしまったので連絡も来ないし、もちろん私から連絡することもない。

私は新しいホテルのオープンも一段落し、来月に結婚式を控えている。素敵な婚約者と一緒になれて、これからは仕事も私生活も一層充実していきそうだ。

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