「これだからアメリカ帰りは嫌いなんだって言ってるんだよ」
部長は興奮した様子で唾を飛ばしながら、帰国したばかりの俺に怒鳴った。この場では俺がルールなんだ。俺に逆らう奴は全員首だ——部下の意見に一切耳を貸さず、力で従わせようとする部長に対し、俺は激しい怒りを感じた。しかし、同じ土俵に立って罵り合ったところで解決の糸口は見えない。俺は高ぶる感情をぐっとこらえ、部長に何とか分かってもらおうと誠意を持って訴えた。だが、部長に俺の思いは少しも届かなかったようだ。
「俺に偉そうに説教するのか? 俺に従う気はないということだな。それならお前は首だ。今すぐここから出ていけ」
シーンと静まり返ったオフィスに、部長の怒声だけが響く。ここまで言っても伝わらないのなら、もうこの人に何を言っても無駄だ。部長のやり方に耐えて仕事をしてきたが、限界である。目を覚まさせなければ分からないのだと見切りをつけた俺は、あえてこれ以上の反論はやめ、会社から立ち去った。
俺の名前は杉下人。医療機器メーカーのアメリカ支社で働いている。アメリカに渡ったのは子供の頃、親の都合だった。俺の両親は俺が幼い頃に離婚し、母親に引き取られた。当時は今ほど女性の社会進出や出世が一般的ではない中で、母はフルタイムで仕事に打ち込み、キャリアを重ねていく、いわゆるバリキャリだった。女手一つで働きながら俺を育て、何不自由なく生活させてくれたことを心から感謝している。
幼い頃は忙しく働く母ともっと一緒に過ごしたいと寂しい気持ちになることもあったが、それ以上に、俺は母の生き方を息子として誇らしく思っていた。母はいつも「仕事と子育て、どちらも自分の人生に必要不可欠なものだから、どちらかを我慢したり妥協したりする気はない」と言っていた。この頃から俺も母のように強い信念を持った人になりたいと思っていた。
母の仕事の関係でアメリカに行くことが決まった時、不安にする俺に対し、母は明るく笑って見せた。
「子供のうちからネイティブな英語が自然と学べるなんてラッキーよ。海外での経験は必ずあなたの財産になる。そして将来きっと役立つはずよ。楽しみましょう」
自身も子供を連れての海外生活は不安もあっただろうと思うが、それを微塵も感じさせないポジティブな発言に俺は勇気づけられた。そして母の言葉通り、子供時代をアメリカで過ごしたことによって、俺は多くの貴重な経験を得ることができ、人格の形成にも大きな影響を及ぼした。日本人とは異なる生活様式や様々な価値観に触れ、相手を理解しようとする心や尊重する気持ちが自然と養われていった。また、対話する相手が日本人であってもアメリカ人であっても、同じように自分の気持ちを率直に伝えられるコミュニケーション能力も身についた。
俺は子供の頃から突出した才能があったわけではないが、探求心が強く勉強が好きだったので、コツコツと勉強し、アメリカの大学院に進学した。卒業後は現在の務め先である医療機器メーカーに就職し、日々忙しく働いている。医療機器メーカーは最先端の医療技術について日々研究を行い、常に新しい医療機器の開発や既存の機器の改良を行う会社だ。医療現場に販売する際には、医療従事者に向けて製品説明や問い合わせ対応なども担当する。仕事を進めていくためには医療関連の幅広い知識が必要になるため、日々勉強を続けていかなければならず大変だ。だが、日本の企業がアメリカに進出し、素晴らしい技術が世界で活躍することを日本人として誇らしく思いながら、日々の業務にあたっている。
アメリカでの生活が長い俺にとって、就職後に日本人の仲間がたくさんできたことは大きな喜びだった。特に三歳年上の先輩である富岡さんには入社当時からとてもお世話になり、公私共に仲良くしてもらっている。富岡さんはとても面倒見が良く、仕事のやり方から社会人としてのマナーまで丁寧に教えてくれた。俺はたとえ相手が先輩であっても思ったことを率直に発言するところがあるので、かなり生意気な後輩だったと思うが、富岡さんはそんな俺をありのまま受け入れてくれたのだ。
「目上の人に追従を売ったり、長いものに巻かれたりすることを覚える必要はない。お前らしく仕事をすることが会社の発展につながると俺は思うよ」
そんな富岡さんの言葉に俺は何度も救われた。富岡さんは持ち前の明るさと大らかさで人脈を広げ、着実に業績を伸ばしていく。とても仕事ができる人だ。俺は富岡さんを心から尊敬し、少しでも追いつきたいと思い、必死に仕事に打ち込んだ。こうして切磋琢磨しながら過ごした日々は、毎日が刺激的でとても充実していた。
数年前、富岡さんが日本の本社に移動になった時は、とても寂しく、別れが辛かった。俺は寂しい気持ちを胸のうちに隠して明るく富岡さんを見送った。
「次にお会いした時、成長したと思ってもらえるように、俺頑張ります」
涙をこらえる俺の肩に、富岡さんが優しく手を添える。「また一緒に働ける日を楽しみにしてるよ。お互い頑張ろうな」。俺たちは熱い握手を交わし、再会を誓った。
それから俺は富岡さんから学んだことを生かし、ますます仕事に励んだ。そして入社して十年目。俺も日本の本社へ移動が決まった。富岡さんと再び一緒に働くことができる喜びと、日本で仕事をするという新しい環境への期待に胸を躍らせて、俺は帰国した。
本社に出社後、配属先の海外事業部に向かうと、そこには富岡さんの姿があり、俺たちは久しぶりの再会を喜び合った。富岡さんは以前と変わらない優しい表情で俺を歓迎してくれたのだが、疲れているのか、少しやつれたようだ。
「少し痩せたんじゃないですか? 本社の仕事、忙しいんですか?」
俺がそう聞くと、富岡さんは苦笑いして答えた。
「忠も会えばすぐに分かると思うが、実はここの部長の安藤という人がかなり厄介で、苦労しているんだ」
富岡さんが誰かのことをネガティブな印象で語るのを、俺は初めて聞いた。どんな人ともすぐに打ち解けて良好な関係を築ける富岡さんが「かなり厄介」なんて、一体どんな人物なのだろう。聞けば、安藤部長は退職した前部長の紹介で中途採用されて入社したらしい。名門大学を卒業し、ここに来る前は大手商社に勤めていたという経歴を鼻にかけて、偉そうにするそうだ。「有能な自分の言うことを聞いていれば間違いない」と言って、部下の意見には全く耳を貸さず、全て安藤部長の思い通りに仕事を進めなければならないので、周りの者は苦労するのだという。
「安藤部長は、アメリカ支社から来た人には特に辛く当たるんだ。忠も嫌な思いをするかもしれないが、あまり気にしないようにな」
「分かりました。でも、俺は大丈夫ですよ。俺は俺らしくいればいいって、富岡さんが言ってくれたじゃないですか」
俺がそう言うと、富岡さんはなぜか困ったような表情で笑うのだった。
俺は早速、安藤部長の元へ挨拶に行った。
「アメリカ支社から移動になりました、杉下仁です。本日からよろしくお願いします」
安藤部長は俺を冷たく睨みつけた後、わざとらしくため息をついて言い放った。
「またアメリカ帰りか。思い上がった奴が多いから嫌なんだよ。いいか。ここでは俺のやり方に従ってもらう。上司の意見は絶対だということをよく覚えとけ」
初対面で開口一番がこれとは、聞いていた通りかなり厄介な人物だ。しかし俺は臆することなく意見した。
「上司の指示に従うというのは分かります。ただ、私も十年働いてきたキャリアがありますので、意見やアイデアは言わせてもらいます。その方がチームとしていい仕事ができると思いますので」
俺の言葉が逆鱗に触れたようで、部長は鬼のような形相になり大声で威圧してきた。
「帰国子女だからっていい気になるなよ。アメリカで十年働いたキャリアが何だって言うんだ。アメリカなんて所詮は支社なんだよ」
帰国子女だからとか、アメリカから来たからとか、そんなことは関係なく、一人の社員として意見したつもりなのだが、部長には全く話が通じないようだった。俺が次の言葉を発する前に、部長は俺を冷たく追い払った。
「お前は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ。話は終わりだ。お前みたいな奴と話すと気分が悪くなる」
なぜこれほどまでに嫌われなければならないのか理解できないが、議論したところで無駄だと感じた俺は、これ以上何も言わず自席へ戻った。
ここまで偉そうに部下に言うからには、仕事ができる人なのだろうと思ったが、俺は安藤部長の仕事ぶりを見て愕然とした。海外事業部の部長でありながら、外国語が一切分からないようで、電話にも一切出ないのだ。書類はまともに目を通しもせず、部下に丸投げしている。部長というポストでふんぞり返っているだけで、全く仕事をしていないのである。アメリカから来た俺たちに冷たいのは、自分が英語を話せない劣等感があるからなのかもしれない。さらに部長は、自分の裁量のある海外との会議や電話のために残業をしなければならない場合でも、残業として認めず、結果的に海外事業部ではサービス残業が常態化していた。
俺は思わず富岡さんに愚痴をこぼした。
「ここの働き方は異常ですよ。上に立つ人がまともに働きもせず、いるだけで俺たちに全部皺寄せが来てるじゃないですか」
「そうだな。俺も最初は戸惑ったが、これが日本のスタイルなのだろうから、我慢して頑張ろう」
富岡さんの諦めたような表情を見ると悲しくなった。かつて切磋琢磨しながら働いていた時の達成感や充実感は、全く感じられないのだ。我慢して頑張る仕事とは、一体何なのだろう。本当にこれが日本のスタイルなのか。俺は疑問を抱えながらも、目の前の仕事に必死に向き合った。
俺が本社に来てしばらく経ったある日のことだ。富岡さんが書類を手に、慌てた様子で安藤部長のところに向かうのが見えた。何かトラブルがあったのではと、俺は近くで見守り様子を伺った。富岡さんが部長に書類を見せて言う。
「部長、これ、決裁してしまったんですか?」
「ああ、それがどうした? 相手は名の知れた大企業だ。問題はないだろう。それより先方に遅れると言ったのに何やってる? お前は早く言われた通りにしろ」
富岡さんが頭を抱えながら反論した。
「そうはいきません。これは会社にとって非常に不利な内容です。部長は内容を確認されたのですか? まさか中身が分からないのに適当に決裁したんですか?」
富岡さんの言葉に部長は逆上し、オフィス中に響き渡る声で怒鳴った。
「なんだ、その口の聞き方は。誰に向かって言ってるんだ?」
富岡さんが一歩も引かずに言い返す。
「今度ばかりは黙っていられません。内容を確認もせず適当に仕事をすることはおやめください。いくら何でもひどすぎます。フォローしきれません」
「なんだと? いつもお前が俺をフォローしているかのような口ぶりだな。何様のつもりだ」
実際、いつもフォローしているのだ。そのことに気づいてすらいないなんて、本当に呆れてしまう。部長は怒りが収まらず、「自分は悪くない」と言って、決して謝罪を認めようとしない。このままでは埒が明かないと思った俺は、二人の間に入ろうとした。するとその時、部長が信じられない発言をしたのだ。
「部下の分際でよくも俺に逆らったな。これ以上俺のやり方に文句を言うなら、お前なんかすぐに首にしてやるからな」
この言葉を聞いて、俺は激しい怒りを感じた。仕事もしないでいるだけの部長と違って、富岡さんは多方面に気を配り、不眠にも耐えて会社のために必死に尽力してきた人だ。そんな社員に対して「逆らったら首にする」などと脅すのは、鬼畜の所行である。安藤部長は富岡さんを追い払うかのように手を動かして言い放った。
「二度と俺に逆らうな。分かったらあっちへ行け。俺は気分が悪い」
富岡さんが部長に言い返す前に、俺は二人の間に割って入った。これまでに感じたことのないような強い怒りを抑えることができず、俺は思わず使い慣れた英語で部長に反論してしまった。突然の英語に部長はポカンとした表情を浮かべた後、それでも何かしら自分に対する反抗だというのは分かったのか、すぐに怒り狂って大声を出した。
「なんだ、お前は。俺をバカにしてるのか? これだからアメリカ帰りの奴は大嫌いだって言ってるんだ。ここでは俺がルールなんだよ。俺に逆らう奴は全員首だ」
興奮して唾を飛ばしながら怒鳴る部長を見ていると、俺は反対に冷静な気持ちになった。同じ土俵に立って言い争ったところで、解決の糸口は見えない。俺は部長に何とか分かってもらおうと、誠意を持って訴えた。
「安藤部長、あなたは間違っています。そんなやり方では誰もついてこなくなり、いずれ立ち行かなくなります。もっと部下の意見にも耳を傾けてください。部長ご自身のためにも、そうなさるべきです」
しかし、部長に俺の思いは少しも届かなかった。
「お前という奴は、俺に偉そうに説教するのか? 俺に従う気はないということだな。それならお前は首だ。今すぐここから出ていけ」
部長がそう叫ぶと、オフィス内はシーンと静まり返った。同僚たちが心配そうに俺を見ている。
「そうですか。分かりました」
すっかり部長に失望した俺は、そう告げるとその場を立ち去った。すぐに富岡さんが俺を追いかけてきた。
「忠、待ってくれ。俺のせいで申し訳ない」
「富岡さんは何も悪くないですよ。このままここにいても、自分が求める仕事はできないから、これで良かったんです。後悔はありません」
アメリカでの生活が長かった俺には分からない日本のルールがあるのだろうし、富岡さんが耐えているなら俺も耐えようと思っていた。だが、これは日本のルールでも何でもない。ただ、安藤部長という人が愚かなだけである。今この環境で自分らしく仕事をすることは不可能だ。俺は笑顔で富岡さんに別れを告げると、会社を後にした。
そして、俺が会社を辞めた次の日のことだ。自宅で過ごしていた俺の元に、社長から電話がかかってきた。社長は海外出張から帰国した後、海外事業部に視察に出向いたが、富岡さんから俺が辞めたことを聞き、電話をかけてきたのだという。
「忠君から辞めたと聞いて驚いたよ。本社に移動になってまだ日が浅いというのに、一体何があったんだ?」
「何があった? 社長ともあろう人が、随分と呑気なことを言うんですね」
安藤部長への怒りから、思わず社長に対して冷たく言ってしまう。それから俺は、安藤部長との事情を全て社長に話した。俺が部長に首にされたことは、もう起きてしまった出来事だからどうしようもない。だが、辞めたからもう関係ないとは、俺には思えなかった。これから同じような目に合う社員が出ないように、今回のことは社長の耳に入れておいた方が良いと思ったのだ。俺が事の次第を全て話し終えると、社長が口を開いた。
「なんということだ。部長であろうが誰であろうが、大事な社員を簡単に首にする権利などない。部長が言った首は無効だ。すぐに出社しなさい」
昨日上司とあんなことがあったのに、出社していいのだろうか。戸惑う俺に対し、社長が言う。
「嫌な思いをさせて悪かった。会社のトップとして私にも責任がある。これからはこのようなことがないようにするから、もう一度会社を信じてくれないか? どうかお願いだ」
社長にここまで言われて、出社を拒むわけにはいかない。俺はすぐに支度を済ませ、会社へと向かった。
俺が出社すると、俺の姿に気がついた安藤部長が、鼻息を荒くしながら近づいてきた。
「おい、首になった奴が何をやってるんだ? 俺に逆らっておいて、よくも出社できるな。いい度胸だな」
「そちらから出社するようにと呼ばれたので、来ました」
俺がそう言うと、部長は軽蔑したような表情を浮かべた。
「誰がお前なんかを呼ぶんだよ。俺はお前の顔など二度と見たくないんだ。目障りだから、早く出ていけ」
部長が俺を追い出そうとした時、部長の背後から声が聞こえた。
「彼を呼んだのは私だが、何か問題があるか?」
部長がぎょっとして振り返ると、社長が仁王立ちで部長を睨みつけている。
「い、いや、社長、どうしてここに? いや、こいつは昨日、上司である俺に背いて、車内の規律を見出したので、首にしたんです。部長として、会社の秩序を守るためにしたことです」
そう訴える部長に対し、社長が問い詰める。
「君は、私の息子を首にすることが、会社の秩序を守ることだと言うのかね」
「む、むすこ……? そんな、まさか」
部長は俺の顔と社長の顔を交互に見比べ、驚きのあまり、開いた口が塞がらなくなった。
そう、実はこの会社の社長は、俺の父親なのだ。両親が離婚してからは別々に生活していたが、母は離婚後も「俺の父親は一人しかいないから」と言って、俺と父との交流を絶とうとはしなかった。父も親としての務めを果たそうと、離れていても常に俺のことを気にかけてくれていたのである。そして俺が大学院に在学中、仕事で渡米していた父から、「うちの会社の採用試験を受けてみないか」と言われたのだ。俺はその時ちょうど就職先を考えている時期だったが、父の会社に入ることは考えたこともなかったので驚いた。父は「アメリカ支社で即戦力として働ける人材が欲しい」と言い、それを聞いた俺も、この会社なら語学力や自分の力を生かして人の役に立つことができると思った。俺は「俺という人間だけを見て判断してほしい」と思ったので、父の名前は一切出さず、一般の社員として試験を受けて採用されたのである。母に父の会社に就職が決まったと報告すると、かなり驚いていたが、「自分の人生なのだから、自分の心のままに進みなさい」と言って応援してくれた。俺は母方の苗字であるため、父とは姓が違う。また、車内で会話する時は「社長」と呼び、あくまでも社長と一社員として接しているので、社長が俺の父親だということを知っている人は少ないのだ。だから安藤部長が驚くのも無理はない。
安藤部長はこの事実を知った途端、慌てふためき、言葉もしどろもどろになっている。
「そ、そんな、息子さんだったとは知らなかったのです。ただ、私は部長として、問題のある社員を正そうとしただけで……」
この後に及んで、まだ俺に問題があるということにしたいらしい。しかし、俺も黙っているわけにはいかない。
「お言葉ですが、問題があるのは部長の方です。いつもまともに仕事もせず、部下に全て押し付けておきながら、自分に逆らう者を首にするなんて。そんな部長の下で働きたいと思う社員はいません」
俺が強い口調で言うと、近くで見守っていた富岡さんも後押ししてくれた。
「社長、安藤部長は書類の内容をよく確認もせず勝手に決裁し、会社の不利益になる取引を行おうとしていました。そのことを指摘した私に対しても逆上し、首にすると脅されました」
すると、同僚たちも次々と集まってきて、部長に対する日頃の不満を訴えたのだ。部長はすっかり四面楚歌になり、ひどく慌てて目を泳がせている。
「ち、違うんです。社長、私の話を聞いてください」
社長は声を強めて叱責した。
「言い訳は見苦しいぞ。私はここにいる社員たちの声を信用する。会社のために力を尽くしてくれる大切な社員を、君の専横な振る舞いで苦しめることは、決して許さない」
部長が社長にすがりつくように懇願する。
「社長、どうか、どうかお許しください。申し訳ありませんでした」
あれほどプライドが高く、いつもふんぞり返っていた部長からは想像できないほど惨めな姿に、俺は目を覆いたくなった。
「処分は追って知らせる。君に今できることは、これまでの行いを反省することだけだ」
社長はそう言ってその場を去った。
それから数日後、安藤部長は部長職を解かれ、下請け工場の一作業員として左遷されることが決定したのである。自分を有能だと信じて疑わない部長にとって、左遷されるという事実は受け入れ難いものだろうが、自業自得と言うしかない。人にはそれぞれ得意なことと不得意なことがあって当然だ。英語が話せるから偉いとか、高学歴だから偉いとか、そういうことはない。お互いの長所を認め合い、足りないところを補いながらチームで仕事を進めていくのが、会社のあるべき姿だと俺は思っている。しかし、安藤部長は自分の考えのみが正しいと言い、他者を決して認めようとはしなかったので、このような結果になってしまったのだ。すでに退職していた前部長は今回の出来事を知って責任を感じ、会社に謝罪にやってきた。親戚に頼まれて経歴だけを見て「立派な人間だ」と判断し、部長に推薦してしまったそうだ。前部長は、人柄まできちんと確認していなかったことを心から反省している様子だった。
さて、俺はと言うと、正式に「首は無効」ということになり、会社に復帰した。そして新部長には、富岡さんの就任が決定したのである。
「富岡部長、おめでとうございます」
俺がそう言うと、富岡さんは照れ臭そうに笑った。
「なんで忠がそんなに嬉しそうなんだよ」
それだけでなく、海外事業部の同僚たち皆が、富岡さんの昇進に歓喜の声をあげたのだ。それから俺たちは、週末以外に二人で食事しながら、今後会社をさらに良くしていくためには何をするべきか、熱く語り合った。一人の力だけでは成し遂げられないことも、お互いを高め合える仲間と力を合わせることで達成することができる。俺はこれからも、富岡さんと共に会社を盛り上げていこうと、決意を新たにするのだった。



