「みさん、これお願いね」
先輩が私のデスクに書類を置いた。私は「はい、わかりました」とだけ言って、それを受け取る。無駄な話はしない。昔からそうだった。学生の頃は「真面目だね」と言われることが多かったけど、決してそういうわけじゃない。ただ、褒め言葉が「真面目」しか見つからなかっただけだ。
そう気づいたのは卒業してからだった。平凡な学生生活を送ったけど、親友と呼べる人はいなかった。もちろん彼氏なんてできたこともない。何もない日常、つまらない人生。それが私の歩いてきた道だ。
私の名前は緑。24歳。大学を卒業して就職し、当たり障りなく仕事をこなし、地味に生きてきた。このままでいいとは思っていない。だけど行動力も決断力もない私は、何も変えられないままこの年齢になってしまった。それなのに、突然、人生が動き出した。
「すみません、もうすぐ戻ると思いますので」
取引先の人が上司との打ち合わせに来ていた。でも肝心の上司がいない。手の空いている人間は私しかおらず、慌てて上司に連絡すると、帰りの道で渋滞に巻き込まれて遅れるという。「お茶を出して、昨日聞いた話でもして繋いでおいてくれ」と言われたけど、そんなことは私には無理だ。同僚との会話すらままならないのに、取引先の人の話し相手なんて絶対にできない。
「お前に頼んでも無理か」
呆れた上司の指示通り、私はぎこちない笑顔でお茶を出し、言われた通りの言葉を伝えた。部屋を出ていいものか悩んでいると、取引先の人が話しかけてきた。
「今日はいい天気ですね」
当たり障りのない言葉に「そうですね」と愛想笑いをするのが精一杯だった。それでも相手は話しかけてくる。私はキャッチボールができないから、ただただ笑ってやり過ごすことしかできなかった。実際、乗り切れていなかったと思う。上司が慌てて部屋に入ってきたので、私はほっとしてその場を離れた。それが彼との出会いだった。
その後、よくうちの会社に顔を出すようになった取引先の人、年明さんは、私を見かけるたびに挨拶をしてくれるようになった。ある日、仕事を終えて会社を出たところで偶然一緒になり、食事に誘われた。それから連絡を取り合うようになり、五つ年上の年明さんはなぜか私を気に入ってくれて、頻繁に食事に誘ってくれるようになった。私も悪い気はしなくて、いつの間にか付き合うことになっていた。
初めての彼氏。これでやっと人並みに近づけたと思った。そして一年後、私が二十五歳の時、年明さんからプロポーズされた。私は彼の婚約者になった。五つ年上ということもあって、引っ張っていってくれる大人な彼について行こうと決めた。
彼の実家に挨拶に行くと、迎えてくれたのは人の良さそうなお父さんと話好きなお母さんだった。自己紹介を済ますと、彼の母親は私を見て言った。
「随分とおとなしくて真面目そうなお嬢さんね」
私は今まで「おとなしい」「真面目」と言われることが多かったけど、それが褒め言葉ではないことにはもう気づいていた。だから彼の母親の言葉にも身構えた。彼の父親はニコニコ笑いながら頷いている。年明さんはそれを見て笑いながら言ってくれた。
「そうなんだよ。うちは母さんがうるさいから、ついついおとなしい子を選んじゃうんだよな」
その言葉に私は少し安心した。お母さんとは性格が合いそうになかったけど、お父さんは話しているととても落ち着く人で、話すのが苦手な私でも答えやすいように話題を振ってくれた。
「もっと人に興味を持ったら、会話もちゃんとできるようになるよ」
その時はその意味が分からなかった。でも、お父さんはしっかり話を聞いてくれるし、お母さんも決して悪い人ではない。ただ、義実家に行くたびにお母さんには家事を手伝うように言われ、料理を作れば「手際が悪い」と言われ、掃除をすれば「まだ誇りが残っている」と怒られた。
でも、お母さんは私よりも家事が苦手なようだった。料理は下手だし、洗濯物はシワシワ。誇りは長年積もったものなのに。私が怒られるのは理不尽だろう。それでも、世の中にはもっと酷い嫁いびりの話もあると聞いていたから、「このくらいなら結婚しても大丈夫だろう」とさえ思っていた。
だけど、人生はまた思いがけない方向に変わっていく。
婚約してから三ヶ月後、私たちは同棲を始めた。暇さえあれば結婚式や新居の話をしていたのに、その日、仕事から帰ってきた彼は随分暗い顔をしていた。今日は少し遅くなると言っていたから、何かあったのかもしれない。
「大丈夫? 疲れてるの? お風呂入ってきたら?」
心配してそう声をかけると、彼は私の顔を見てため息をついた。
「あのさ、緑。話があるんだ」
真剣な顔に何かあったのかと身構えると、彼は耳を疑うような言葉を放った。
「結婚は墓場だって言われたから、緑との婚約は破棄するよ」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「どうして? 結婚は墓って何それ? 確かにそういう人もいるみたいだけど、だからって婚約破棄ってどういうこと? しかも言われたって、誰に?」
気を取り直して私は口を開いた。
「何があったの? 誰かに言われたの? 結婚はなしってこと?」
すると彼は不機嫌そうに頷き、とんでもない言葉を続けた。
「ママに言われたから」
「は? ママ?」
今、この人「ママ」って言った? それはお母さんのこと? その年で自分の母親のことを「ママ」って言うの?
「それに、緑は会話が続かないし、もっといい子がいるだろうってママが言うんだよ」
また「ママ」って言った。今までそんな言葉を聞いたことがなかったから、私は動揺して固まってしまった。しばらく沈黙が続いたけど、それを破ったのは彼だった。
「そういうことだから婚約は破棄な。明日仕事休みだろ? 荷物まとめてここ出て行ってくれ」
「え、ちょっと待って。明日って……」
パニックになっている私を見て、彼はため息をついてリビングを出て行った。部屋にこもってしまった。
「ママ」「婚約破棄」「ここを出ていけ」
頭の中では同じ言葉がぐるぐる回っていて、何も解決に導けない。こんな時、相談する相手も愚痴る相手も思いつかない。とりあえず身の回りのものだけ持って、残りの荷物は後日取りに行くことにした。言われた通り翌日家を出て、実家に帰った。
実家の両親に事情を話すと、二人とも怒ってはいたけど、「もう焦る年齢でもないし、今はゆっくりしなさい」と言ってくれた。私は安心して実家に戻った。
その後、年明さんからは連絡がなかった。自分から連絡することも考えたけど、今何を言えばいいのか分からない。「私と結婚すればあなたに嫌な思いをさせません」なんて言える自信もない。むしろ、彼が私を少しでも気に入ってくれたことが奇跡だった。だからもうこれ以上、彼にすがるのはやめよう。そう決意して、思い出の写真は全部捨てた。
振り返ってみると、一年以上一緒にいたのに思い出の品はほとんどなかった。あるのは少しの写真だけだった。正直言って、彼の誕生日には彼が欲しがったそこそこ値が張る時計をプレゼントしたから、私の誕生日には何か期待していた。でも、誕生日当日は「仕事で遅くなる」と言って、帰りにコンビニでケーキを買ってきただけだった。「今度プレゼントを選びに行こう」なんて言ってくれていたけど、いつも「今日は都合が悪い」「今は給料日前だから」と、のらりくらりとかわされていた。
よく考えたら、これっておかしかったのかな。でも、私には彼氏ができたことがないから「普通」が分からないし、それを誰かに聞くこともできない。そんなモヤモヤを半年くらい引きずっていた。はっきり言える人だったら、こんな気持ちにならないのかな。
そんな時、たまたまインターネットの掲示板を見つけた。趣味もない私は、暇な時はインターネットくらいしかやることがない。なんとなく見ていた掲示板に彼氏の愚痴を書き込んでいる人がいて、私はそれに共感した。インターネットなら誰も私のことを知らないし、直接会話するよりも考える時間がある。
私はその掲示板に初めて書き込んでみた。「私も同じような経験があります」と。すると、そこではどんどん会話が広がった。あれだけ話すのが苦手だった私が、ここだとすぐに会話が思い浮かぶ。名前も顔も知らない相手の悩みに真剣に向き合う自分がいた。
前にお父さんが言っていた「人に興味を持つ」ということが、少し分かった気がした。
あれから時は過ぎ、私は三十歳を迎えた。あの時の年明さんと同じ年齢になって、色々分かったことがある。彼が大人で引っ張っていってくれていると思っていたのは、私が世間知らずで年下だったからそう思い込んでいただけで、実際のところ彼は実年齢よりも幼かった。実の母親を大人になっても「ママ」なんて呼んでいる時点で気づくべきだったし、他にも気づくべきところは色々あった。
だから私はもうあの時のことは振り返らなかった。今は前を向いて生きている。それなのに、ある日仕事を終えて駅の方へ歩いていると、後ろから声をかけられた。
「緑」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには年明さんが立っていた。
どうして。彼は嬉しそうに私の名前を呼び、親しげに話しかけてきた。そして、とんでもないことを言い出す。
「緑、あの時はごめん。君と離れてみて、本当に必要だったのは君だって分かったんだ。結婚してくれ」
「はあ?」
私は思わず大きな声を出してしまった。婚約者だった頃の私からは想像ができない声だったのか、彼は少し驚いた顔をしたけど、笑っていった。
「もちろん、僕のお嫁さんになってくれるよね」
何を言っているんだろう、この人は。私たちが婚約していたのはもう五年前の話だ。勝手に婚約破棄して、追い出して、連絡もしてこなかったくせに。なんでこんなことを言ってるの?
私には到底理解ができなかった。だけど、目の前のこの人は私の返事を待っている。それも「はい」という返事を。
私は深呼吸をした。そして、少し緊張しながら口を開いた。
「嫌です」
はっきり言うと、年明さんは首をかしげた。
「迎えに来るのが遅かったって怒ってるの? 仕方ないよ。他のことも付き合ってたんだから。その中でやっぱり緑がいいって思ったのが今なんだ。ママもそう言ってたし。だから迎えに来たんだよ」
まだ「ママ」とか言ってるの? しかもこの後に及んでママの言いなり? 信じられない。私は心の中で思っていた。
もしかしたら、昔の私のままなら「はい」と言っていたかもしれない。こんな私でも必要としてくれる人がいると思うと嬉しかったからだ。あの時のままだったら、三十歳になっても一人でつまらない人生を歩んでいたかもしれない。そんなところに「君が必要だ」なんて言われたら、この人のために生きようと思えたかもしれない。
だけど、今の私はあの頃のままなんかじゃない。
「今更あなたのことなんて何とも思っていません。確かにあの時は突然婚約破棄されて悲しかったけど、その理由が『ママに言われたから』。いい大人がママなんて言っているのも気持ち悪いし、それを理由に婚約破棄するのも私には理解できません」
彼は私の言葉にポカンとしたまま私を見ている。
「でも、良かったことが二つだけあります。一つは、あの時婚約破棄してくれたことで、私の方こそあなたとの結婚という墓場に行かずに済んだこと」
すると、その言葉に彼が反応した。
「おい、俺との結婚が墓場だなんてどういうことだよ」
怒気を強めるけど、私は躊躇せずに言った。
「だって、あなたと結婚していたら収入だけじゃ不安だから共働き確定です。でも家事は全部私に押し付けるでしょう。あの時は私よりも年収が多いことを自慢していたけど、この年になると同世代ではそれが普通です。むしろ低いくらいだと気づきました。それに同棲している時から『家事は苦手だから君がやった方が早くて正確だから』と言って、全部私に押し付けてきたじゃないですか。こんな自分でも役に立つならと全ての家事をやっていた昔の私を、できることなら殴ってでも目を覚まさせたいくらいです。あの頃気づかなかったことが、時間が経ってから色々と見えてきます」
私は本音を言った。
「それともう一つ、良かったことはあなたのお父さんに会えたこと」
そう、お父さんの言葉は後々私の人生を変えるきっかけになった言葉だ。それを聞くと、彼はまた驚いた顔をした。
「そうだ。一言お父さんにお礼を言いに行こうかしら」
私がそう言うと、彼は妙な表情を浮かべた。そして話し出した。その話を聞いて私は絶句する。
まさかお父さんが離婚していたなんて。しかも、あなたとも絶縁。
彼は多くは語らなかったけど、両親は離婚して、今彼はお母さんと暮らしているらしい。ここでどうして今私のところにやってきたのか、大体分かってきた。
「お母さん、家事できなかったものね。大方今のあなたの家はゴミ屋敷ってところかしら。洗濯もろくにできないからそのスーツもヨレヨレなのね。しかもお母さんは料理ができないから、毎日お総菜かコンビニ弁当ってところかしら。だから私に家政婦になれっていうことでしょ? 『あいつならどうせ売れ残ってる。俺が声をかければ喜んで受け入れる』って思ったんじゃないの?」
黙ってしまったところを見ると、どうやら図星のようだ。私は続ける。
「お総菜様、私はもうあの時の私じゃないの。だって、ほら。あの時の私ならネイルなんてしてなかったでしょ。こんなおしゃれな時計なんてしなかったでしょ」
そう言うと、彼はとんちんかんなことを言った。
「どういうことだ? 他に男ができたのか?」
その言葉に私は笑った。私はあの時、インターネットで知り合った人たちと交流するようになった。実際に会ってみたらどんどん仲良くなって、楽しくなって、私はいい方へ変わっていった。今はそこで知り合った彼と、そろそろ結婚が決まりそうなのだ。
「あなたと別れて何年経ったと思ってるのよ。あの後私は変わったの。今は友達もいるし、彼氏もいる。趣味もできたし、毎日が楽しいの。あの時、あのままあなたと結婚しなくて本当に良かったわ。だからあなたのところに戻ることはもうないの。二度とね」
彼はそれを聞いて何か言いたそうにしたけど、タイミングよく私は声をかけられた。振り向くと、今お付き合いしている彼がいた。実は彼との待ち合わせ場所に早く着いてしまったところで、こんなトラブルに遭遇したのだ。
私は最後に言った。
「私は今幸せなのだから、あなたといたことなんて全然思い出せない。もう私に関わらないでね。ママと幸せに」
絶望している年明さんを置いて、私はキビスを返した。
後日、私は少し気になって元彼の義実家に行ってみた。電車で三駅、単純な道だから覚えていた。すると、庭を手入れしているお父さんと目が合い、お父さんが出てきてくれた。私のことを覚えていてくれたようだ。
「お父さんにお礼を言いたくてここに来ました。お父さんのあの言葉で変われることができて、今では幸せです」
そう告げると、お父さんは大きく頷いた。そして、専業主婦のくせに家事を何もしなかったお母さんに我慢の限界が来て、ついに離婚をしたと教えてくれた。そのきっかけは私だった。私が義実家に行った時、お母さんにいびられているのを見かけて、「このままじゃいけない」と思ったらしい。ほとんどはお父さんがいないところでやられていたけど、たまたまお父さんが見て注意をしたら、お母さんは逆切れ。しまいには婚約破棄の顛末を聞いて、お父さんは激怒した。離婚と絶縁を言い渡して、家から追い出したそうだ。
「みさんがあんな息子のところに嫁に来なくてよかったよ」
そう言って笑ってくれた。そして、お父さんは「ちょっと待っていてください」と言って家に入り、すぐに出てきて私に封筒を渡してきた。中身を確認すると、お金が入っていた。お父さんは、もし私に会えたら迷惑をかけた慰謝料を払いたいと、お金を準備していたらしい。
「二十代の一番いい時期を無駄にさせてしまったし、受け取ってもらえたら私の罪悪感が減るから」
私が断っても、押し切られてしまった。私は何度もお礼を言ってそれを受け取った。
ちらっと聞いた話によると、年明さんとお母さんは部屋を汚しすぎて、近所の人からはひそひそと噂され、「ゴミ屋敷にするなら出て行ってもらう」とアパートから追い出されそうになっているらしい。年明さんと結婚しなくて本当に良かった。今の私は、あの時からは想像もできないくらい幸せに過ごしている。
「ふかさん、いつもありがとう」
お父さんは些細なことでもお礼を言ってくれる。私がお父さんを介護するようになって一年。当初の約束とは違い、そのほとんどを私が担っていた。お父さんにはお世話になっていたし、昔話をするのが好きだった私にとって、介護は苦痛ではなかった。だけど、それももう半年以上前の話だ。
私の名前はふか。三十八歳の専業主婦。夫の年行きとは結婚して十三年。十歳の息子と三人家族だ。年は昔から仕事が忙しく出張も多いけど、休みの日には息子とよく遊んでくれたり、家事も手伝ってくれる。「疲れているんだから寝ていればいいのに」と私が言っても、「そんな時間があったら家族と過ごしたい」と言ってくれる。私にはもったいないくらい素敵な人だ。
年はお父さんに似たのだろうと思う。落ち着いた雰囲気や知識欲が旺盛なところ。優しいけど筋が通っていて、厳しさも持ち合わせているところ。私も好奇心が旺盛なタイプで、気になったことはすぐに調べてしまったりするけど、知識は年の右に出るものはいない。
私は結婚するまでは介護職をしていた。だけど年の転勤に付いてきてほしいというプロポーズを受けたことがきっかけで退職をした。転勤先は義両親の地元だった。引っ越し先で仕事を探しても良かったけど、「少しゆっくりしたらどうか」という年の進めで専業主婦をしていたら息子が生まれ、そのまま子育てをすることになった。さらに近年ではお父さんの介護の問題もあり、仕事に復帰することはなかった。
ある日、私が夕飯の準備をしていると、仕事先から年が電話をしてきた。
「ふか、親父が運ばれたらしいんだ」
仕事中にお父さんが倒れて病院に運ばれたという。私は慌てて車に乗り、病院に向かった。幸いにもお父さんは一命を取り止めた。だけど、倒れた拍子に段差から落ちて足を骨折。松葉杖か車椅子の生活になるという。持病があったお父さんは「命があるだけでも良かった」と言っていた。
だけど、病室の外でお母さんとお姉さんが話しているのを、私は聞いてしまった。
「足が不自由になるんですって。こっちの迷惑も考えてほしいわ」
そう言うお母さんに、お姉さんも頷いている。
「入院だの介護だの費用が嵩むじゃない。その分、相続のお金も減るわよね」
こそこそ話しているところに遭遇してしまい、私は聞こえないふりをして通りすぎようとした。だけど、お母さんに声をかけられた。
「そういえばふかさん、あなた昔介護の仕事してたのよね。だったら、お父さんの一人くらい面倒見られるわよねえ」
確かに介護の仕事はしていたけど、退職してもう随分時が経っている。今も昔と同じように介護できる保証はないし、自宅で介護をするつもりならきちんとした人に頼んだ方がいいと説明した。でも、お母さんもお姉さんも引き下がらない。
「お父さんだって赤の他人に世話されるより、身内に世話される方が気が楽でしょう。あなたは経験者なんだし適任ね。それとも、お父さんの面倒は見られないっていうの?」
おっとりとそう言われて、私は断ることができなかった。年にそのことを報告すると、
「え、母さんがそんなこと言ってたの? そんなの介護を頼んだ方がいいだろう。俺から母さんに言うよ」
と言ってくれた。だけど、ここで断るとお父さんにも申し訳ない。お父さんには今までよくしてもらっているから、私が引き受けると言った。
「ふかがそう言うなら任せるけど、何かあったらすぐ俺に言ってよ」
その言葉に私は安心して、しばらく離れていた介護のことを改めて勉強し直した。義実家は近距離別居で歩いて五分。朝は子供を学校に送り出した後に義実家に向かう。義実家にはお母さんとお姉さんがいるけど、二人はほとんど何もしていない。
お父さんは私に頭を下げた。
「入院を続けるとか、介護の人を頼むとか色々話したんだけど、どうしても納得してもらえなくて、こんな形になってしまって申し訳ない」
「大丈夫です。私、このために介護の勉強を少しだけし直したんです。私自身も勉強になって良かったと思っていますよ」
お父さんはなんとか納得してくれたようで、今度はお母さんを呼びつけた。
「ふかさんに毎月いくらお支払いするんだ?」
そう言うと、お母さんはけげんな顔をする。
「はあ? 何言ってるんですか? 身内の世話をするのにお金をもらおうなんて、嫁がいないでしょう」
すると、お父さんは激怒した。
「お前は何を考えているんだ? ふかさんはお嫁さんだぞ。いわば他人の世話をしてくれているのに対価も支払わないとはどういうことだ」
その勢いにお母さんはビクッとなった。
「ふかさん、いくらが相場なんだ?」
「ざっと五万くらいだと答えると、それなら月八万円でどうだろう」
お父さんがそう言うと、お母さんがものすごい勢いで反対した。
「五万だって言ってるんだから、その半分でもいいくらいでしょ。どうして身内に高い金額を払わないといけないのよ」
お父さんとお母さんは喧嘩を始めてしまい、私は慌てて止めた。
「お父さん、すみません。大丈夫です。でしたら、月に三万だけいただけますか?」
お母さんに介護を頼まれた時、お金をもらおうなんていう発想がなかったから、お父さんがその話をしてくれただけでも嬉しかった。
「毎月その分用意しておいてくれ」
お父さんがそう言うと、お母さんは渋々頷いた。次の日義実家に行くと、封筒に入ったお金が用意されていて、私はありがたくそれを受け取った。だけど、きちんとその額が支払われたのはこの時だけだ。銀行に行けないから後日払うと言われてそのままだったり、封筒を開けたら三万ではなく三千円が入っていたこともあった。渡されてもいないのに、お父さんの前で「今月はさっき渡しましたからね」と睨まれながら言われ、私は頷くしかないこともあった。
そんなことが続いたけど、お父さんは持病が悪化してしまい半年前に入院。自宅に戻ることなく、帰らぬ人となった。私は息子を連れてよくお見舞いに行っていて、お父さんも「孫と話すのが楽しい」と言ってくれていた。年も休みの日にはよく顔を出していたけど、お母さんやお姉さんはほとんどお見舞いには来なかったらしい。
お父さんが亡くなって、そろそろ二ヶ月が経つ。四十九日があるので、私はその準備を手伝っていた。親戚も何人か参加してくれて、法要をする。遠方に住んでいるお父さんの弟さんは昔から仲が良かったらしいけど、なかなか会いには来られず、電話やメールのやり取りをしていたらしい。
「お嫁さんが介護までしてくれて、本当に助かったって言っていたよ。兄のことを助けてくれてありがとう」
わざわざ私にそう言ってきてくれた。それを聞いていたお母さんは、
「そんなの嫁として当然でしょう。それなのにこの子、お金まで請求してきたのよ。信じられないわ」
と私を睨みつける。お金を請求したことはないし、約束を破って支払いをきちんとしてくれなかったのはお母さんなのに。私は何度も言い返そうと思ったけど、お父さんのことで揉めるのはお父さんにも年にも申し訳ない気がしていたから、ずっと我慢している。
それを聞いていたおじさんは、
「当然と言うなら、妻であるあなたがやるべきでしたよね。兄もさっさと離婚すればよかったのに。それだけがあの人の人生の汚点だよ」
とお母さんを一喝した。どうやらおじさんはお母さんのことが昔から嫌いらしい。そこへ仕事で遅れてきた年が到着。法要は無事に終わり、私はトイレに立った。すると、そこへお母さんとお姉さんがやってくる。
「よそ様の家はさっさと帰ればいいのに。さっきから帰りたくてうずうずしてたじゃない」
お母さんが私に向かってそう言うと、お姉さんが続いた。
「本当、ひどい女ね」
この場には私たちしかいない。つまり、私には味方がいない状況だ。だからこの二人はあえてこの場を選んで、こんなことを言ってきたのだろう。
「あなたの味方なんていないわよ。あの人ももういないしね」
お母さんは私を見下した態度で言った。お姉さんは隣で笑っている。でも、私はもうこの人たちに従う必要はない。私は作り笑顔で言ってやった。
「私は構いませんが、逆に大丈夫ですか?」
すると、お姉さんは馬鹿にしたような顔をする。
「どういう意味?」
「あなたはもう余所様よ。それに、どれだけ媚びてもあなたには一銭も入らないのよね。嫁って本当にそんな立場よね」
その言葉に、私はもう我慢ができなくなった。私はため息をつき、お母さんに詰め寄る。
「お母さんはお見合いでお父さんみたいな人と一緒になれて、本当に良かったですね。でなければ、あなたみたいな人にもらい手がいなかったでしょうね」
お母さんは私を睨みつけるけど、私は構わず続ける。
「お母さんにそっくりなお姉さんがお嫁に行けないのも頷けますね」
私が言うと、お姉さんも睨みつけてきた。
「なんてこと言うのよ」
でも、私はもう遠慮はしなかった。
「私、お父さんから聞いて納得したんですよ。お姉さんはお父さんと血が繋がっていないんですってね。お見合いで結婚が決まっていたのに、お母さんが浮気してできた子だなんて、悪すぎますよね。お見合いを断れなかったお父さんが自分の子供として育てると覚悟したようですが、恩を仇で返すとはこのことですよね」
そう言うと、お母さんもお姉さんも顔色を変えた。
「お父さんが離婚しなかったのは、社会に出たことのないお母さんが離婚したら生きていけないと思ったからだそうです。情もあるし、自分たちくらいの年齢だと今更離婚するなんて簡単には言い出せないと言っていましたよ。本当は離婚したかったみたいですけど」
私がお父さんの介護をしている間、お母さんとお姉さんはよく二人で遊び歩いていて、二人の知らないところでお父さんは私に全てを話してくれた。
そこへ年とおじさんがやってくる。
「ふか、ここにいたのか。母さんも姉さんも何してるんだ。また何か文句でも言っていたのか」
すると、お母さんは年のことを睨む。
「あなたまで私を悪者にする気なの?」
その言葉に年はため息をつく。
「まあ、それはどうでもいいんだ。手続きが遅れていた相続の件だけど、ざっとこんな感じだ」
年が持っていた書類を見たお母さんとお姉さんは声を上げた。
「これだけ?」
確かに書類に書かれていた金額は、大手に勤めていたお父さんとは思えないほど少ないものだった。そこへ、おじさんが手紙を渡してきた。
「これ、兄さんからあなたたちへだそうだ。どうやら生前から預かっていたらしい」
それを聞いて読み進めたお母さんとお姉さんは、だんだん顔色が悪くなっていった。そこには、お母さんやお姉さんが勝手にお父さんの貯金からお金を引き出し、ブランド品や旅行に使っていたことが書かれていて、貯金の引き出された履歴もきちんと証明してあった。
「止めなかった自分に責任があるから、それを二人への生前贈与とする。残りの貯金は入院費など必要なものを残し、年に全て生前贈与させる」
という内容だった。ちなみに年は別に手紙をもらっていて、私へのお礼も丁寧に綴られていた。「生前贈与したものは家族のために使ってくれたら嬉しい。母と姉とは縁を切っても構わない」といった内容だった。
それを聞いたお母さんは怒り始めた。
「じゃあ、私たちはあの家くらいしか残されないっていうの?」
そう言うと、おじさんが口を開いた。
「それも無理みたいだがな」
「はあ?」
お母さんとお姉さんが口を揃えて言う。私はおじさんから渡された手紙の続きを読んでいる最中だったので、その言葉に納得をした。私は笑顔で言う。
「お母さんもお姉さんも、早く家に帰って引っ越しの準備をした方がいいみたいですよ」
二人はポカンと私を見た。
「あの家、お父さんがすでに売却したようです」
「え? 何言ってるの? だって私たち、あそこに住んでるのよ」
お母さんは混乱した顔で言ってくる。私は親切丁寧に説明してやった。
「私も最近知ったんですけど、自宅に住みながら家を売却することができるんですね。リースバックというそうですが、不動産会社に買い取ってもらい、家賃を払いながらそこに住み続けるんです。お父さんは入院が決まった頃にその手続きを進めて、今あの家は賃貸の状態ということです」
お母さんとお姉さんは理解できていないようで、年がもう一度説明をした。そしてようやく理解したお姉さんが激怒した。
「はあ? じゃあ私たちどこに住めばいいの? これからの生活、あなたたちちゃんと面倒見るんでしょうね」
私と年は顔を見合わせてため息をついた。
「どうしてお母さんとお姉さんの面倒を見ないといけないんですか? そもそも、お姉さん。その年で結婚もしなければ定職にも就いていないってどういうことです」
黙ってしまった二人に私は続ける。
「今すぐ住まい探しを始めた方がいいですよ。あ、介護なんてどうですか? 常に人手不足の業界なので雇ってもらいやすいかもしれません。お母さんの年齢だって働いている人はたくさんいますし、社会人経験がないと大変だとは思いますが、頑張ってくださいね」
話しているうちに、私はこれでこの人たちと縁が切れると心のどこかで安心し、自然と笑顔になった。年も隣で頷きながら続けて口を開いた。
「それと、俺たち来月には引っ越すから」
「え?!」
お母さんとお姉さんは完全にうちを頼るつもりだったようで、大きな声を上げたが、私たちは無視をした。
「おじさん、ありがとう。よし、ふか、帰るぞ」
そう言って年は私を連れてその場を後にする。実は私たちは随分前から家の購入を考えていて、つい先日ようやく完成したのだ。お父さんに見てもらえなかったのは寂しいけど、きっとお父さんは空から見てくれているだろう。
その後、お母さんとお姉さんは家を失い、相続した少しのお金でアパートを借りたそうだ。年は「うちに乗り込まれても困るから」と、たまに連絡を取っているという。お姉さんは仕事を始めたけど、好き勝手に生きてきた彼女にとって仕事をすることは苦痛ですぐにやめてしまい、「玉の輿に乗れば解決だから」と婚活に精を出しているらしい。当然、もらい手は見つかっていない。
お母さんは近所のスーパーでパートを始めたけど、慣れない仕事で従業員にもお客さんにも怒られてしまい、あろうことか逆切れ。最終的には店長に商品を投げつけられ、近所の人にもその姿を目撃されているという。
私たちは新しい家で生活を始め、息子も中学生になり、幸せな毎日を送っている。年の仕事も少し落ち着いて、今までより家族の時間が作れているし、お父さんのお墓参りには必ず家族全員で行っている。ちなみに私はこれをきっかけに介護の仕事に復帰した。誰かの力になれるのが嬉しくて、再びやりがいを感じている。



