作業の片付けを終えた彼女の体を見て、俺はあることに気がついてしまった。白いTシャツは雨で濡れ、中の下着がくっきりと透けている。
俺は慌てて目を伏せ、朝子さんに忠告した。
「あの、朝子さん、Tシャツ透けてますよ」
「え、やだ。本当だ」
「これ着てください」
俺は自分の着ていた上着を彼女の肩にかけた。
「ありがとうございます。優しいんですね」
俺は心臓の音がうるさいのを、なんとか抑えようとした。
「この後、うちに来ますか?」
俺の名前は乃木孝志。高校卒業後、ずっと夢だった職人になった。大学にも行っていないし、給料だってたくさんもらえるわけではない。しかし俺は小さい頃から職人に憧れていた。それは俺の父親の背中を見ていたからだ。
俺の父は職人に弟子入りし、一台でうちの仕事を築き上げた。今では数人の従業員を抱える会社の社長だ。父は毎日汗水流して働き、家にいる時間も少なかった。母の目には、父が高給取りでもなく自分の好きな仕事だけをしているように映っていたのかもしれない。家では酒を飲んで寝ているだけの汗臭い職人の父に嫌気がさし、母は家を出ていった。俺は小さかったから、二人の離婚理由を知ったのは大人になってからだった。
俺が父と同じ職人になりたいと言った時、父は同じ道を歩かせたくないと思ったのか、母さんが出ていった理由は自分の職業なのだと教えてくれた。しかし、俺はそんなことではめげなかった。父の仕事を現場に行って見るたびに、俺もあんな風に綺麗に塗りや壁を仕上げたいと憧れるばかりだった。幼い俺に父は休憩時間に作業を手伝わせてくれたりもした。学校から帰ると俺は父さんの作業場へ行って、父のやる仕事を見学したりした。
その気持ちを理解してくれ、父は高校卒業した俺を一番弟子にしてくれた。それから今日までの十年ほど、俺は毎日真面目に修行に励んだ。数年で職師の資格も取得し、あとは技術が認められればこの会社を継ぐことができると思う。
そんなある日、俺は父に呼び出された。
「明日から新人が入るんだ。お前がその人に色々教えてやってくれ。教育ってやつだな」
「はい、わかりました」
この仕事を始めてから、何人もの新人が俺の後にも入ってきた。しかし厳しい修行と見合わない給料により、やめていってしまう人がほとんどだ。俺はまた次もやめてしまう人だろうかと、冷めた態度だったと思う。
次の日、俺が現場に行くとその人が紹介された。
「今日から働く米田朝子さんだ。よろしくね。これは君の教育で、私の息子だ」
俺は作業着に身を包んだその人を見て驚いた。うちに来た職場唯一の女性だったからだ。
「よろしくお願いします。精一杯頑張ります」
彼女は俺よりも随分年上に見える。しかも彼女の最大の特徴は、そのスタイルだった。女の人に免疫のない俺は、どこを見て喋ればいいかわからない。結果、目は泳いで挙動不審だったと思う。
「よろしくお願いします。じゃあ早速ですけど、僕がここやってみますんで見ててください」
朝子さんは元気な返事をし、メモを取りながら俺の仕事を熱心に観察した。
「実際に見ると、とても難しそうですね」
「まあ最初はそうですね。している地に慣れてきます。でも自分で練習はしてくださいね」
女の人だからと言って、容赦するのは相手にも失礼だろう。俺は厳しく彼女に指導するつもりだった。俺の作業が終わると、次はモルタルを運ぶのを手伝ってもらった。
「あ、こんなに重いんだ」
「ゆっくりでいいですよ。これよりも慎重に運ぶことが大事です」
朝子さんはリアカーを持つのも初めてだったようだ。次の瞬間、彼女がバランスを崩して倒れそうになる。
「危ない!」
俺はとっさに彼女の体を両手で受け止めた。
「ごめんなさい。思ったより重くて」
「当たり前です。女の人にはかなり重いと思いますよ。そのつもりで仕事してください。自分の限界を考えて運ぶようにしてくださいね」
「はい。すみませんでした」
朝子さんは素直に謝って仕事に戻った。女性にこの仕事は本当に可能なのだろうかと、俺は自分の責任を重く感じた。とにかく彼女には安全を最優先するように指導しなくては。それから俺はかなり神経質に彼女の教育をした。常に緊張感を持って仕事を教えていたから、彼女は怖い教育係だと思っていたに違いない。しかし彼女は根性が座っていた。俺がどんなに怒っても、しっかりついてきてくれたのだ。そんな彼女の仕事への姿勢に、俺は尊敬の念を抱くようになった。と同時に、やはり男の中で働く彼女を女性として意識しない日はなかった。彼女の汗をかいた体や、化粧しなくても綺麗な顔にぼっと見とれないように気をつける毎日だった。
そんなある日の定時近く、パラパラと雨が降ってきた。
「降ってきたな。みんなもう上がろう」
俺は現場のみんなにそう声をかけた。
「すみません。ここだけやっちゃってもいいですか?」
「ああ、いいけど大丈夫?」
「はい」
朝子さんが最後の仕事をしているのを俺は待っていたが、そのうちに雨が本降りになってきてしまった。彼女は汗を拭きながら作業を終えた。
「孝志さん、待っててくれたんですね。ありがとうございます。終わりました」
「いえ、最後までやり抜かせるその心がすごいです。俺も見習わないと」
俺がそう言うと、彼女は目を丸くして黙ってしまった。
「え、どうしたの?」
「いや、孝志さんに初めて褒められたなって」
「え、俺そんな怖い人でした?」
「怖くはないですけど、いつも厳しいからびっくりしちゃって」
朝子さんは嬉しそうに笑った。俺は日頃の神経質な自分を反省した。たまにはこうして彼女のいいところも言ってあげないと、ここを辞められたら俺が困る。
「朝子さんはいつも誰よりも頑張ってますよ。俺は見てるんで分かってます。朝子さんの仕事ぶりは俺も真似したいくらいです。今の会社の中ではあなたを一番信頼しています」
「嬉しいです。これからも頑張りますね」
朝子さんはそう言うと作業の片付けを始めた。すると彼女の体を見て、俺はあることに気づいてしまったのだ。白いTシャツは雨で濡れ、中の下着が丸見えになっている。
俺は慌てて目を伏せて朝子さんに忠告した。
「あの、朝子さん、Tシャツ透けてますよ」
「ああ、そうですね。濡れちゃったので」
全く気にしていない彼女とは裏腹に、俺の心臓はドクドクとうるさくなった。
「いや、そうですね、じゃなくて。下着が見えちゃってますから」
「あ、やだ。本当だ」
朝子さんはやっと自分の体が濡れていることに気づき、体を抱きしめた。俺は周りの目が気になって、彼女に自分の上着をかけた。
「これ着ててください」
「ありがとうございます。優しいんですね」
「変なやつに見られたらまずいでしょ」
俺は視線を外したまま言った。
「もしかして孝志さん、ドキドキしました?」
彼女のからかったような発言に、俺は言葉を失った。しかしドキドキしているのは隠せなかった。
「孝志さんって、ピュアなんですね」
彼女はふふふっと笑いながら言った。
「だめだ。完全に弄ばれてる。年下だからって馬鹿にしてます」
「そんなことないです。ただ可愛いなって思って」
「だからそれを馬鹿にしてるって言うんですよ」
俺たちは目を合わせて笑い合った。
「もしかして孝志さんって、女性とお付き合いしたことないですか?」
「分かるでしょう。この反応見たら」
「そっか。でもいいですよ。女の人と遊びまくってるより」
「男子校卒業してから、この仕事に一筋なんで」
「うん。素敵だと思います」
朝子さんはそう言ってくれたが、俺の父さんはその仕事一筋で母さんに捨てられたのだ。そのことを思い出して、切ない気持ちになった。
「どうしたんですか?」
「いえ、俺の両親離婚していて。母さんが父さんを捨てたのは、この汗臭い仕事が嫌いだったからだなって。つくづく女性とは縁がない親子だなって思って」
俺がそう言うと、朝子さんは俺がかけてあげた上着を、今度は俺にかけてきた。
「そんなことないです。職人さんって本当に素敵ですよ。私は汗水流して働く人のこと、最高にかっこいいと思いますけど」
お互い雨に濡れてびしょびしょのままだった俺たちは、次第に寒気を感じてきた。
「孝志さん、お腹空きません?うちで何か作りますよ。このままじゃ風邪引いちゃいますし」
俺は彼女の言葉に驚いた。つまり彼女の家に誘われてるってことか。俺の鼓動はまた早くなり始めた。
「い、いいんですか?」
「濡れちゃったし、ここからうちは近いから。シャワーも浴びていってください」
俺は彼女を車に乗せて、近所だという家まで走らせた。彼女に言われるがまま、俺は濡れた服を脱いでシャワーを借りた。脱衣所で俺はこの後起こる出来事を想像した。いや、そんな想像はしてはいけないことだ。でも朝子さんはなぜ俺を家に誘ったのだろう?いやいや、雨に濡れたし単に近いからだ。
そんな葛藤していると、朝子さんが心配して呼びに来た。
「孝志さん、大丈夫?」
「え?あ、はい、大丈夫です。今出ます」
俺は慌てて外に出た。
「濡れた服は洗濯してるんで、よかったらこれ着てください。弟のだけどいいかしら」
俺は弟さんのTシャツと短パンを借りた。朝子さんもシャワーを浴び、その後は冷蔵庫の残りで作ったという野菜炒めとチャーハンを一緒に食べた。
「うま。朝子さん、料理も上手なんですね」
「料理もって何ですか?」朝子さんはすねたように言う。
「いや、ほら、仕事は手先の器用さが出てるし、それにこうやって男性をうまいこと手のひらで転がすのも上手だなって」
朝子さんはくすくすと笑った。
「じゃあ、そんなに恋愛の方は私が教えてあげようかな」
「え」
俺は思わず食べる手を止めた。
「冗談ですよ。いつも仕事を丁寧に教えてもらってるから、私も何か恩返ししたくて」
「じ、じゃあ」
俺は朝子さんの顔に手を添えていった。
「俺の知らない恋愛というものを、ちゃんと教えてください」
俺たちはそのまま寝室に入っていった。
翌朝目覚めると、俺の隣には朝子さんが眠っている。
「やば、あのまま寝ちゃったんだ」
俺は時計を見て体を起こした。
「朝子さん、仕事。仕事行かなきゃ」
「うん。おはようございます。孝志さん、今何時?」
「七時半です」
俺たちは一緒に飛び起きて支度をし、車に乗って現場に向かった。運転している朝子さんの助手席に乗る俺は言った。
「朝子さん、その、昨夜はすみませんでした。俺、調子乗ってあんなこと。責任取って朝子さんと結婚させてください」
「え?結婚?」
朝子さんは驚いて運転がふらつきそうになる。
「ちょっと待って。まだ私たち、交際もしてないのに」
「はい。だって一夜を過ごしてしまったし」
朝子さんは急に爆笑し出した。
「あ、孝志さんって本当に真面目なのね。結婚はまだしなくていいわ。でも、責任取るつもりなら、私とお付き合いしてくれる?」
どこまでも彼女のリードによって、俺は言われるがままだった。
「普通そういう流れになるんですかね」
「まあそうね。恋愛に普通はないけど、感じからするとそういう流れが自然かと」
なんだか二人でおかしくなって、笑い合った。俺たちはこうして交際を始めた。仕事でもプライベートでも一緒にいることになった俺たちは、オンとオフをきっちり分けることにした。職場では俺は変わらず厳しい教育。そして生活では俺に恋愛を教える朝子さん。そんな関係だ。朝子さんはデートもしたことがない俺に、優しく丁寧に男性としてのマナーを教えてくれた。道を歩く時は車道側に男性が来てくれると嬉しいとか、レストランに行く時は何が食べたいか選択肢を出してくれると答えやすいとか。俺がメモを取りたくなるほど、朝子さんの先生ぶりは素晴らしかった。女の人と初めて交際する俺は、初めて知ることばかりで目から鱗だった。自分でもネットに頼って勉強したりしたが、それは臨機応変にしなければいけないということも、結局朝子さんが教えてくれた。
朝子さんとの幸せな日々を過ごしていたある日、俺は父に晩酌をしようと誘われた。一緒に酒を飲むなんて久しぶりだから、何か怒られたりするのだろうかとちょっとビクビクしていた。
「お前、朝子さんと付き合ってるらしいな」
「え?なんでそれを?」
俺は思いもよらぬ人からその言葉を言われた。
「会社のみんながそんな話題で持ち切りだぞ。一緒にスーパーで買い物してるのを見たって人もいた」
俺は別に悪いことをしてるわけではないと、父に話すことにした。
「うん。朝子さんと付き合ってる。黙っててごめんなさい。でも仕事は仕事だよ。これからも厳しく指導するつもりだ」
「そうか、そうか。別に責めてないぞ。むしろ父さんは嬉しい。朝子さんをうちに入れたのは父さんだからな。お前と朝子さんをくっつけたのは、俺ってわけだ」
偉そうに、そして嬉しそうに言う父に、俺は笑ってしまった。
「そんなに嬉しいの?」
「お前のそういう話を聞くのを楽しみにしてたんだよ」
俺たちは二人で酒を酌み交わしながら、今までしなかった恋愛の話なんかをした。
「朝子さんも呼ぼう。酒も飲めるんだろ」
「いいけど、教育係と社長と一緒に飲むんじゃ、気を使うんじゃない?」
「そこはお前がうまく話しておけよ」
そんなことを言って、今度朝子さんもうちに招くことを約束した。翌日、朝子さんに父と話した内容をそのまま伝えた。会社のみんなにはバレていたこと。父は俺たちの関係を喜んでいて、今度うちに酒を飲みに来てほしいことも言った。
「仲良し親子なのね」
「うん。是非遊びに行かせてください」
「父さんには社長としてじゃなくて、彼氏の父として会ってほしいな」
「はい。緊張するけど、なるべく頑張ります」
そんなある日、俺のスマホに知らない番号から電話が来た。
「え、父さんが事故?」
俺は急いで病院に向かった。父は作業中に、他の業者が使っている部品が上から落ちてきて、それを避けようとして足を骨折したらしい。ぐるぐる巻きになった父の足を見て、俺は何とも言えなかった。
「足だけで良かったよ。悪いな、驚かせて」
でも当分現場には行けなくなった。俺は父の気持ちを思うといたたまれなくなった。今まで少々の風でも仕事を休まなかった父だから、さぞ悔しいだろうと思う。
「そこでだ。お前にしばらく社長代理を頼む」
「え、俺が」
俺は急に父から言われた社長代理という言葉に、責任の重さを感じた。
「お前はもう十分に職人として成り立ってる。あとは下の人をうまく使えるようになるだけだ」
「俺なんかで、みんなは受け入れてくれるかな?」
「みんなにはもう話してあるよ。いずれこうなるから、その前の練習をさせてくれと言ってある」
俺は事務所に戻って急遽みんなを集めた。
「というわけで、頼りない社長代理ですが、しばらくの間よろしくお願いします」
「みんなで支えますから、どんと構えてくださいね」
みんなは優しく俺の立場を受け入れ、協力してくれた。とはいえ、初めての社長業はかなり仕事も多く、毎日遅くまで残業だった。俺がテンパっていると、朝子さんが声をかけてくれた。
「私、実は前職で秘書をしていたんです。社長の仕事、お手伝いさせてください」
朝子さんはやることが山積みの俺の仕事を、片っ端から綺麗に整理してくれた。
「この仕事もやっちゃいますね。そしたらこの後デートできるでしょう」
そう言ってにっこり笑う朝子さんに、俺は敵わなかった。そうやって大変な日々を過ごして三ヶ月、やっと父は退院して現場に復帰することができた。
「みんな、迷惑をかけてすまなかった」
「社長、退院おめでとうございます」
「お帰りなさい。父さん」
「やっと俺の肩の荷が降りるよ。そのことなんだが、孝志。このままお前に社長の座を受け渡そうと思うんだ」
「え?」
俺はやっと父が帰ってきた安心感もどこへやら、急に緊張が走った。
「お前の仕事ぶりは、みんなから毎日のように報告を受けていたんだよ。もちろん朝子さんからも。慣れない仕事で最初は大変だったようだが、次第に慣れてきて、今では信頼できる社長代理だとみんなが評価してくれていたぞ」
俺は朝子さんを振り返ると、彼女は肩をすくめてとぼけていた。俺は従業員一人一人の顔を見渡した。みんな笑顔で、俺の数ヶ月の仕事をねぎらってくれた。
「お前は経営者としての役割もちゃんと務めてくれた。俺は安心して引退できるぞ」
父はそう言うと、俺の手を取ってもう一度言ったのだ。
「社長を継いでくれるな」
「はい、父さん。これから頑張っていきます。みんなも、またよろしくお願いします」
俺がそう言ってお辞儀をすると、みんな温かい拍手を送ってくれた。
「孝志さん、おめでとうございます」
朝子さんは目に涙を浮かべて祝福してくれた。そうして俺は父の会社を継いで、社長に就任した。
その週の休日、俺は朝子さんをデートに誘った。ちゃんとレストランを予約して、俺はスーツを着て彼女を迎えに行った。いつもよりも高級なレストランだったので、朝子さんもドレスを着ておしゃれしてきてくれた。
「なんだかいつもと違う感じね」
「そ、そうかな」
俺の初めてのサプライズだったから、俺は挙動不審になっていたかもしれない。席に通されて、俺たちは上品で美味しい食事を楽しんだ。デザートを食べ終わって、俺は改まって彼女に向き合った。
「あの、それで朝子さん。今日はお願いがあって誘ったんだ」
「お願い?」
「俺が社長になったら、その朝子さんにこれからも俺をサポートして欲しい」
「うん、もちろんよ。秘書業だってお任せください、社長」
朝子さんは半分ふざけていった。
「そうじゃなくてさ。いや、それももちろんお願いしたいんだけど、今回はその、俺の私生活の方の話。つまり、結婚してほしい」
「え」
朝子さんはワインを持つ手を止めて驚いた。
「まさか今日プロポーズされるとは。ありがとう、孝志さん。プロポーズお受けします」
「本当に、やった」
俺はなりふり構わず万歳をして喜んだ。
「し、静かに」
朝子さんは慌てて俺の手を下げた。
「朝子さん、じゃあ、この後指輪買いに行こう」
「え、今から?」
「うん。だめかな」
「まあ、普通プロポーズといえば最初から用意しておくものか、一緒に買いに行くならゆっくり選べる日に行きたいわね」
「そっか。そういうもんなのか」
「孝志さん、まだまだ私が教えることがいっぱいありそうね」
「はい、よろしくお願いします」
俺たちは顔を見合わせてそう言った。
父さんが退職して時間ができ、やっとうちに朝子さんを呼べる日が来た。
「朝子さん、こいつはまだ経験も浅いし、男としても未熟なところはあるが、優しくて真面目なところは自慢の息子だ。どうかよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。お父さん」
「いやあ、朝子さんみたいな人が嫁に来てくれるなんて、夢のようだな」
父は目尻を下げっぱなしで酒を朝子さんに注いだ。その日は三人で朝方まで飲んだ。
「俺の老後唯一の楽しみは、孫の面倒を見ることなんだ」
「孫って、父さんまだ気が早いよ」
べろべろに酔っ払って、あまり記憶も残っていないが、父さんが嬉しそうだったことだけは一生忘れないと思う。俺たちは無事に式を挙げ、俺は社長として毎日仕事に精を出した。父さんは人手が足りない時には現場を手伝ってくれることもある。
「だってしょうがないだろう。朝子さんには元気な子を産んでもらわないとな」
朝子さんは入籍してすぐに、俺の子を妊娠した。俺は母がいなくなって寂しい思いもしたが、朝子さんという素晴らしい人を嫁さんにすることができた。生まれてくる子には寂しい思いはさせないつもりだ。両親とデレデレのおじいちゃんから愛情をいっぱい受けて育っていってほしい。



