「社長権限で、君に解雇を言い渡す。」
仙台をクーデターで追い落とし、その座に自らが就いた新社長は、唐突に俺へそう宣告した。突然のことに呆然とする俺へ、新社長は冷たい目を向け続ける」君はあと五年で定年だろう? 時代錯誤の社員たちなんて、お荷物以外の何者でもないんだよ。余分な肉は、今のうちに削ぎ落とさないとね」
余分な肉。今まで積み上げてきた俺のキャリアは、全てこの新社長にとっては削ぎ落とすべきものとしてしか映っていないのか。操作った。俺はふっと肩の力を抜いた。もう自分には、この会社でやれることなど何一つない。「長い間、お世話になりました」
俺から満足のいく返答を引き出せたのか、新社長が高笑いを響かせる。それに無言で一礼し、俺は会社を辞めた。自分が削ぎ落としたものが、果たして本当に余分な肉だったのか——その真相を、彼は身を持って知ることになる。
俺の名前は柴崎正幸。高学ガラスや光ファイバーなどを扱う会社に長く勤務している。俺は会社の研究員という立場であり、様々な製品の開発に携わっていた。幸い仕事は順調で、入社当時から世話になっている社長からも高い評価を頂いている。
だが、そんなある日、俺は思わぬ勧誘を受けた。」
どうだろうか。新しい挑戦として、前向きに考えてはもらえないだろうか」
なんと、俺の務める会社のライバル企業・振動工学から、引き抜きの話を持ちかけられたのだ。
振動工学といえば、今業界で一番勢いのある会社だ。それも、震動社長直々の声がかりである。」な「しだけでも」と熱心に誘ってくれる新道社長には素直にありがたいとも思ったが、その話を俺は丁重に断った。今の会社と社長には、長年世話になった恩があるからだ。その恩を捨てておいて、引き抜きに応じることは不義理に当たると頭を下げる俺に、新道社長は残念そうな顔を浮かべながらも、「気が変わったらいつでも声をかけてくれ」と笑顔で言ってくれた。」
さて——それからまた一ヶ月が経った頃だろうか。俺の務める会社に、晴天の霹靂が起こった。その日の朝、いつも通りに出勤した俺に、突然の社長交代が伝えられたからだ」
ど、どういうことだ? 「いや、俺も今聞いたばかりだよ」
あまりにも急なことで戸惑いを隠せずにいると、別の同僚がフロアに飛び込んでくる。彼は顔を青ざめさせて、こう言った。
なんと、今回の社長交代は、息子によるクーデターらしいよ」
「クーデターだって? 」
聞き慣れない言葉に、俺は思わず声を上げた。確かに社長には、安という息子が一人いる 。そして今回のことは、全てその安さんが中心となって起こしたことらしい。
行けばここ数年、会社の業績は頭打ちとなっており、以前俺に引き抜きを持ちかけてきた振動工学に業界シェアを迫られている、というのがクーデターの主な理由だそうだ」そして、会社の将来を憂えた息子が、この度父に社長交代を突きつけたとのこと。
それも安さんは、複数の役員に金をばらまいて抱き込み、今回のクーデターを成功させたようだった」
そんなことが」
その話を聞いた同僚たちも皆、絶句する。確かに近年会社の業績が伸び悩んでいるのは事実だったが、かと言って、いくら何でもこんな乱暴なやり方をするなんて——俺は内心、義憤すら感じた。
この会社にいる古参社員は皆、社長に何かしら世話になっているものばかりだ。実の息子からそんな仕打ちをされた社長のことを思えば、胸も痛む」
「これから会社はどうなるんだろうな」
同僚の一人がぽつりと落としたその一言に、俺たちは不安を抱えて頷いたのだった。
だが、社員たちが動揺している間にも、社長の交代は不気味なほどすんなりと行われた。
当然、新社長には今回の首謀者である安がつくこととなる」そして安社長は、就任最初の仕事として徹底的なコスト削減を打ち出した」
その中にはもちろん社員たちの仕事ぶりに関する項目もあり、「結果を上げないものについては、必要に応じて言及解雇も辞さない」との厳しいお達しが、全社員にもたらされたのである。
また安社長は、会社の業績の回復や新商品の開発などは二の次にして、自身の息のかかった部下たちを使い、社内の反乱分子を炙り出すことに心血を注いでいるようだった。
そして新社長は、先代である父を慕う社員や、彼自身に不満をこぼす社員たちを、次々と粛正していく。
きっと、手にしたばかりの社長という立場を固めたいのだろう、と俺は思ったが、それに従ってやり方があまりに強引すぎる」
それに今回の粛正には、会社にとって重要だったり、結果とは直接結びつかないまでも、業務の屋台骨を支えているような優秀な社員たちまで巻き込まれ、辞めさせられていた。
粛正が進むに連れ、社内は混乱した」あまりに社運営に支障を来すと社長に直談判した社員すらも解雇され、一気に暗雲が漂う事態となっていったのである。
「こんなの、もう恐怖だよ。本当になあ」
「噂では、上層部の誰も彼もが首を恐れて、社長のイエスマンになってるって聞いたぞ」
近頃、社員たちの口をつくのは、新社長に対する不満ばかりだ」それでも表では絶対にそんなことを言えないため、こうして影で小さくなって愚痴をこぼし合うのが精々ある。
現状、社内の雰囲気は最悪だ」皆、目の前の仕事そっちのけで、安社長のご機嫌を損ねないよう、そこばかりに熱心になっている。結果、仕事のパフォーマンスも下がり、取引先などからクレームがつくことも増えてきた。
俺とて、もちろん皆の気持ちが分からないわけではない。」私に先代には可愛がってもらったし、長年務めていた会社への愛着もある」それに、新社長はあまりにも身勝手だ」業績を理由にクーデターを起こしたにも関わらず、目を向けることと言ったら、自分の足場に関することのみ」仕事をしに来ている場で、上層部の政治に巻き込まれる俺たち社員の身になってほしい、というのが俺の偽らざる本音である」
けれど、こそこそと愚痴ばかり言い合っていたところで、事態は何も改善しないのもまた事実」まずは今ある仕事に集中するべきだ、と俺は沈黙を貫いて粛々と職務を全うしていた」
だが——そんな日々も、長くは続かなかった」ある日、俺は新社長から直々に呼び出しを受けたのだ」嫌な予感を覚えながら、社長室へと出向く」
「失礼します。開発部の柴崎です」
応答を待ってから中に入ると、新社長が社長室の椅子にふんぞり返っていた」過去、この社長室には何回か入ったことがあるが、先代の名残りは徹底的に排除されたらしく、前に大事に飾られていた社員たちとの写真なども撤去されてしまったらしい」誰もが笑顔を浮かべていたあの写真を、先代はことの外大切にしていたのは知っていたので、俺は昔の穏やかで平和な日々を思い出し、胸が痛んだ。
だが、こちらの感傷などに興味はないとばかりに、安社長は早速本題に入る」
「今日来てもらったのは、他でもない」柴崎君、私は社長権限で、君に解雇を言い渡す」
「はあ?

」
瞬間——俺は自分の耳で聞いたことをとっさに信用できず、ポカンと口を開けて固まってしまった」けれど安社長は、こちらの様子など一切斟酌せず、自分の都合のみで話を進めていく」
「君、あと五年で定年だろ? それに君に払われている給与が妙に高いのだが、これは一体どういうことかね? 高校や善とした風貌の先代には似なかったのかな」
社長はその鋭い目元をさらに尖らせて、じろじろと探るように俺を見据えてくる」まるで虫箱の隅を穿つようなその視線に居心地が悪くなりながらも、俺は慌てて弁明しようとした」
「ちょっと待ってください」いきなり解雇だなんて」それに、私の給与が高いのは理由があって——”
だが、俺が必死になればなるほど、安社長の視線は冷たくなっていくばかりだ」ついには、ひどく睨みつけるような様子で俺を見て、安社長は重い口を開いた」
「柴崎君、言い訳はもういい」お前は、私の父親のお気に入り社員だったんだろうが」はあ、息子には自分の都合で部下に優劣をつけるななんて言っときながら、自分はこれだもんな」
後半は独り言のようにそう言って、安社長は大袈裟にため息をつき、肩を竦める」
「君がどんな手を使って父に取り入ったかは知らないが、残念ながら今の社長は私なんだよ」それに君は、どうせあと数年で定年となる身」それなら今すぐ辞めたって、結果はあまり変わらないさ」
な、そのあまりの言い草に、俺は思わず目を見開いた」
「言葉ですが、私はこれまでこの会社で精一杯働いてきました」給与の件もちゃんとした理由がありますし、何より私は先代とこの会社に恩返しをしたいと——”
しかし、俺の言葉はまたしても安社長に遮り切られる」
「恩返し? ——ははっ、そりゃまた古風なことで」
彼はさもおかしそうに腹を抱えて、その場で笑い転げた」
「まあなあ」助けた亀や鶴が恩返ししてくれるんなら、人間がそうしたっておかしいことはないさ」だけど君、分かってる?
ここは会社なんだよ」仕事をするところ」
ニヤニヤと漏れる笑みを隠そうともせずに、安社長はそう言いながら俺を一瞥する」
「高高、君個人の感情だけで会社に居座られたんじゃ、私も他の社員もたまったもんじゃない」はあ」だから古参社員ってのは嫌なんだ」何かとあれば、こうしてお義理だと持ち出して」君らだけ、時代劇にでも出てるつもりか? 」
あざけりながらこちらを窘めてくる安社長」そうして彼は唇を歪めて、吐き捨てるように続けた」
「時代錯誤の社員たちなんて、お荷物以外の何者でもないんだよ」これからは効率の時代」いかにコストを抑えて売れる商品を作れるかが鍵なんだ」余分な肉は、今のうちに削ぎ落とさないとね」
——余分な肉。
俺は半ば無意識に、安社長の言葉を繰り返していた」今まで積み上げてきた自分のキャリアは、全てこの安社長にとっては削ぎ落とすべきものとしてしか映っていないんだな」操作った——俺はふっと肩の力を抜いた」「ああ、もう自分にはこの会社でやれることなど、何一つない」
そうして俺は、もはや諦めの境地で安社社長の判断を受け入れることにした」
「長い間、お世話になりました」
「はあ」そうだ」分かればいいんだ」
急に態度を変えた俺に、鼻白んだ様子を見せた安社長だったが、すぐに気を取り直したのか、再び得意らしい笑みを貼り付ける」
「ああ、引き継ぎはきっちりしていけよ」それが、長い間雇ってもらったこの会社に対する恩返しというものだからな」
そう言って高笑いをする安社長に、無言で一礼し——その一週間後、俺は会社を辞めたのだった」
そして、その翌日のこと——俺のスマートフォンに、一件の着信が入る」相手は、以前に俺へ引き抜きを持ちかけてきた、あの振動工学社長·新道氏だった」それも震動社長は、どこから聞きつけてきたものか、昨日付けで俺が会社を退職したことを知っていた」
「昨日の今日で、こんな連絡をしてすまないと思っている」だが、私は改めて柴崎君を我が社へ迎えたいと思う」
聞けば、新道社長はあれからも俺を引き抜くことを諦めてはいなかったらしい」さらに独自のルートで、安社長のクーデターの情報も仕入れていた」そしてそのままタイミングを待っていた新道社長は、満を持して俺に連絡をくれたようである」
「柴崎君、どうか我が社へ来てはくれないかね」我が社は、君を必要としているんだ」共に手を携え、振動工学を、そしてこの業界を盛り上げていってほしい」
確かに断頭ではあるけれど、そう言ってくれる新道社長の言葉に、嘘はないと俺は思った」それに、社にいらないものとして削ぎ落とされた身を、必要としてくれるというのなら、俺に厭やはない」
「ありがとうございます」遅くなりましたが、新道社社長の元で、もう一度俺に頑張らせてください」
そうして、俺は一ヶ月後、振動工学へと再職したのだった」
それから、俺は骨折り、最新振動工学にて自分のやれることに尽力した」結果、会社はわずか一年で、全会社社を追い越し、業界シェアナンバーワンの座に着いたのである」
だが——そんなある日、事件は起きた」俺がいつも通り仕事をしていると、受付から俺当てに内線がかかってくる」どうやら会社のロビーに、俺の名前を叫びながら暴れている人間がいるとのこと」その特徴を聞いて、俺はピンときた」間違いない——安社長だ」
今は警備員が対応しているというが、このまま放っておくわけにはいかない」慌ててロビーへと降りていけば、同じタイミングで新道社長も姿を現す」
「社長、万が一のことがあっては大変です」ここは私が対応しますので」
だが、前へ行こうとした俺を、震動社長は力強く止めた」
「何を言うんだ? 君は、うちの会社の大事な社員だ」会社の宝である社員を、進んで危ない目に合わせる社長が、どこにいる? 」
ほとんど声を荒げたことなどない震動社長の、そんな思いやりに溢れた一喝に、俺は思わずにも泣きそうになってしまう」
「大丈夫」うちの警備員は優秀だ」とにかく、今は事態の収拾を急ごう」
こうして俺たちは、共に安社長と対峙することとなった」
一時は警備員に抑えられ、大人しくなっていたらしい安社長だが、俺たちの姿を認めると、彼はまた大声をあげて暴れ始める」
「この裏切り者が、ようやってくれたな」不撓生の自分のせいで会社を追われたのに、それを逆恨みしてライバル会社に情報を売るなど、何が臆だ?
口先だけいい恰好しやがって」
どちらかと言えば淑やか物だった安社社長だが、今は髪を振り乱し、目を血走らせ、鬼気迫るさまで俺を睨んでいた」彼があんまり暴れるためか、抑えていた警備員が「大人しくしろ」と体重をかける」その圧に屈して膝をつきながらも、安社社長はまだギラギラとした顔をこちらに向けていた」
それにしても、確かに俺はライバル会社に再職はしたが、安社社長の会社にいた頃に得た情報などは、決して多言してはいない」そもそも、俺の言い分に耳も貸さないで一方的に首にしたのは、安社社長である」それを、シェアが奪われたからと言って人のせいにすることに、さすがの俺も頭に来てしまった」
だが、俺が言い返そうと口を開く寸前——それを止めるようにして、新道社長が前に出る」そして「ここは任せろ」とばかりにこちらへ視線を送ると、新道社社長は改めて安社社長へと向き直った」
「これはこれは、安さん。お世話になっております」こんなところではありますが、改めて社社長就任、おめでとうございます」まあ、やり方はかなり強引でしたがね」
契機をつくように独り言、新道社長はまた一歩、安社社長へ近づいた」それと、あなたにはお礼を申し上げないと思っていたのですよ」
「はあ? 何の真似だ? 」
突然の相手の行動に目を見開く安社社長だったが、そんな彼を尻目に、新道社社長はすっと頭を上げると、背筋を伸ばして軽く微笑みを浮かべる」
「何の真似も何も——あなたがここにいる柴崎君を手放してくれたおかげで、我が社は業界トップシェアを獲得することができたのですから」よって、あなたには心より感謝しております」
「はあ? 」
新道社社長の伝えた言葉をうまく飲み込めなかったのか、安社社長は間の抜けた様子で顎をしゃくった」
「な、なんだそれ?
そいつを手放したおかげって、一体どういうことだよ」
だが、ほとんど喧嘩越しで問いかけてくる安社社長を意に返さず、新道社社長はごく冷静に答えをよす」
「安さん、あなたはご存知なかったのかな? この柴崎君は、実はとある商品に対しての特許を持っておるのだよ」
「は? 特許? 」
「そう」いくら強引に社長の座を奪ったあなたでも、存在は知っているだろう」一年前まで、御社の業績維持にも存分に貢献していた商品だからな」
そうして新道社社長の口から挙げられた商品名を聞いた途端——安社社長の顔は、一気に青ざめる」やがて彼は、強張った顔を無理やり動かすようにして、俺を見た」
「も、もしかしてお前の給与が他より高かったのは——」
言いながら小刻みに震える安社社長に、俺は頷いた」
「そうです」私の給与には、その特許の使用料も含まれていました」
静かに、しかし確実にそう答えた俺を、安社社長は茫然と見つめる」
「そ、そんなお前——そんなこと、一言も——”
「私はお伝えしようとしましたけれど、あなたはそれを受け付けなかった」いいですか?
私を首にしたのは、あなたです」それを今更、裏切り者だのと蔑られる言われはありませんよ」
決然とした俺の返事に、安社社長はびくっと大きく肩を震わせた」彼はもはや体に力が入らないのか、自分を拘束しているはずの警備員に背中を支えてもらっている始末だ」だが、それでも彼は、餌を欲しがる魚のようにパクパクと口を開閉している」
「こ、こんなの聞いてない」親父だって、そんなこと言ってなかった」私は知らなかった——知らなかったんだ」
と、その時——先ほどから騒然としているロビーに、スマートフォンの鳴る音が響いた」そしてその音にはっと我に返ったようにして、安社社長が身じろぎする」どうやら彼のスマートフォンが、着信を知らせているらしい」震動社社長が警備員に拘束を解くよう言いつける」自由になった右手で、安社社長はぎこちなく電話へと出た」だが、小さな声で応答した彼は、一言二言、電話相手と会話を交わすと、やがてその青ざめた顔をさらに蒼白にさせる」そうして彼は、ふらつきながら立ち上がると、最後に俺の方をもう一度見やり——それ切り、踵を返して一目散にロビーを出ていったのだった」
「何だったのでしょうかね、今の電話」
つい先ほどまで暴れていたのが嘘のようにして去っていったその背中を見送りながら、首をかしげた俺に、新道社社長がゆったりと答えた」
「さあね」だが、まあ私は先代の社長とは、それなりに懇意にしていてね」その思考や行動もある程度は見立てが効くのだよ」そして、私の予想では——そろそろかな、とね」
そう口にする新道社社長の横顔は、どこか楽しげでもある」
「そういうことだと——さらに首をかしげる俺に、けれど社社長はそれ以上何も言わず、ただ笑ってこう言った」
「柴崎君、今君は、うちの社員だけれど、君は自由でもある」自分の道をどうするかは、君自身が決めていいことだ」それだけは、覚えておいてくれ」
社社長の発した、謎掛けのようなその言葉の意味を知ったのは——それから一週間後のことだった」
なんと、安社社長の父——息子に社社長の座を追われた先代が、新しく会社を設立したというニュースが、俺の耳に飛び込んできたのだっだ」何でも先代は、自分を慕って安社社長に首にされた社員、それから新社社長に不満を抱えつつも会社に残っていた社員たちを密かに引き抜き、自身の新会社へと招き入れていたという」新社社社長が振動工学に現れたあの時、彼のスマートフォンに着信したのは、先代だった」こうして先代は、自ら息子と縁を切り、義絶を宣言したようだ」
また、俺がそのニュースを知ったタイミングを見計らったように、今度は俺のスマートフォンが着信を告げる」その相手は——なんと先代だった」そして先代は、新会社を設立したことを、そして俺さえよければ、その会社で一緒に働いて欲しいという旨を伝えられたのだった」
俺は、暫くの間沈黙する」先代に世話になったのは事実」けれど、俺は今、新天地でやり甲斐を持って働いている」
「せっかくのお誘いですが、申し訳ありません」私は振動工学を、自分の新たな居場所だと考えております」ここでしかやれないことを、私はこれからも探し続けていきます」
俺の答えに、先代は残念そうに——けれど、それ以上に嬉しそうに頷いた」
「柴崎君、互いの居場所は違えども、君の新たな道を、私はずっと応援しているよ」
先代はそう言って、静かに電話を切ったのだった」
ちなみに——その後、安社社長の会社からは、大量の離職者が出たようである」社員がいなければ、会社経営は成り立たない」社社長になってから、だらだらと右肩下がりだった業績が、一気に急降化」それにより、金で抱え込んでいた役員たちも、一人、二人と安社社長の元を離れ——最後には安社社長のみを残して、会社は倒産した」それからの新社社長の行方は、誰も知らないらしい」
一方——俺はその後も振動工学で実績を重ねた」ついには、新道社社長をはじめとした役員全員の推薦を受けて、俺は異例のスピードで専務の肩書きを得ることとなる」
定年までもう少し——残された時間で、これからも自分にできることを探し続けていこう、と」俺は日々、仕事に邁進するのであった。


