私は森田組、三十五歳で研究職に就いている。これといった特技はないけれど、勉強だけは小さい頃からずっと頑張ってきた。一年前に結婚した。子供はいない。旦那とは高校の同窓会で再会し、そのまま付き合うことになった。
高校時代の彼はヒーローだった。顔もスタイルも良くて、スポーツ万能。サッカー部のエースクラスでも一際目立つ存在で、他校にファンクラブができるほどだった。クラスの女子全員が彼のことを好きだった。もちろん私もその一人だった。でも私は決して目立つ方ではなく、彼と高校時代に会話したのは数回くらいだったと思う。私とは住む世界が違う人だと思っていた。
「え、森田なの?誰か分からなかった。雰囲気変わったな」
彼が同窓会で声をかけてくれた時、青春時代が戻ってきたかのように嬉しかったのを覚えている。そこで高校時代の三年分よりも多くの会話をした。私が旅行好きだと話すと、彼も旅行が趣味だと言って盛り上がった。同窓会だけでは話し足りず、次に会う約束をした。そこからすぐに付き合うことになった。
彼は年齢を重ねても若々しく、あの頃と変わらずキラキラしていた。中小企業で営業職をしているそうだ。それから結婚するまでの一年間、彼と過ごす日々はとても幸せなものだった。いろんな場所に旅行に行った。お互い年齢も年齢なので、自然な流れで結婚することが決まった。私はずっと夢のようで浮かれていた。
しかし、私が幸せだったのは結婚するまでだったのかもしれない。彼のことは大好きなのだが、私は義姉のことが苦手だ。義姉は二度ほど離婚しており、今は私たちの家の近所で一人暮らしをしている。モデルをしていた経験もあるらしく、四十代とは思えないほど綺麗な人だ。性格は決して綺麗とは言えない。
結婚してから知ったのだが、旦那はシスコンだと思う。異常に姉のことが大好きなのだ。高校卒業後に彼の実家は引っ越しており、義両親は遠方に暮らしている。両親はとても穏やかな方々で、挨拶に行った時も手厚くもてなしてくれた。年を取ってできた子供だそうで、旦那と義姉のことを甘やかしすぎたのかもしれない。義両親とは挨拶に伺った日しか会っていないが、たまに電話をしたりして良好な関係を築いている。
義姉はご両親に挨拶する際には同席していなかったので、結婚した後に初めて三人で食事をすることになった。顔もスタイルも抜群で、初めて見た時は見とれてしまうほどだった。しかし、ある一言で私の義姉に対する印象は最悪になる。
「え、あんた痩せてなかった?」
私を見るなり、義姉は旦那に対してそう言った。私は苦笑いするしかなかった。旦那はその言葉を否定することもなく、私といる時とは別人のように、私のことを義姉と比べてバカにしてくるのだ。
「こんな綺麗な姉ちゃんができたんだから、恵も色々教えてもらえよ。姉ちゃんは綺麗でいるために努力しているんだ。見習えよ」
「姉ちゃんは元モデルなのに、恵は研究者だって。地味だな。はは」
普段、私と二人でいる時に容姿のことや仕事のことをとやかく言ってきたことは一度もない。お酒が入っているからなのか、義姉がいるからなのか、それは分からないが、もちろんいい気持ちはしなかった。私は表情が引きつっていたと思う。ずっと泣きそうだった。
そんな旦那の言葉を聞いて、義姉は勝ち誇ったような顔を私に向けてきた。あんたたちは姉弟で、私たちは夫婦です。関係性が全く違うので、そんな顔をされてもな、と思いながらも、数時間耐えれば終わると愛想笑いでやり過ごした。
帰ってから旦那に「今日のはひどすぎない?私、泣きそうだったんだけど」と言ったのだが、旦那は聞く耳を持たず、「自慢の姉ちゃんなんだ。綺麗だっただろう」と意味の分からないことを言う。私は呆れて何も言えなかった。
それからというもの、義姉がよくうちの家に来るようになってしまった。仕事が終わり、晩御飯の食材を買い、急いで家に帰ると、義姉と旦那がご飯を食べていた。義姉が料理を作ったようだ。体に良さそうなおしゃれな料理だった。私と旦那の帰る時間が同じくらいのはずなので、おかしいと思って聞いてみると、義姉に合鍵を渡しているという。
「帰る前にご飯作ってくれるんだからいいだろう。恵もご飯作らなくていいし」
と旦那は言うが、私の分はいつもほとんど残っていない。
「恵さんの口には合わないかもと思って、少なめにしといたよ。痩せた方がいいし、ちょうどいいでしょ」
少なめと言うが、一口あればいいほどしか残っていないのだ。旦那はそれに気づかず、美味しそうにご飯を食べながら「恵が百年頑張っても作れない料理だな」と笑っていた。義姉は後片付けもせずに、食事をしたらさっさと帰っていく。キッチンは、何を作ったんだというくらい、いつも散らかり放題だった。私はたくさんの食器を洗って、自分の分のご飯を作って食べた。
毎日のように義姉がやってくるので、私はこれまで新婚だからと残業しないで帰れるようにと同僚たちが気を使ってくれていたのをいいことに、積極的に残業するようになった。
そんなある日、私は気づいてしまった。旦那と私で一枚ずつ生活費に使うクレジットカードを持っているのだが、いつもより少し引き落としが多かったので、明細を確認すると、高級スーパーで頻繁に数万円が使われていたのだ。旦那は料理をしないのでスーパーに行くことはないと思う。きっと義姉が料理を作った時だと思い、旦那を問い詰めた。
「家族だからいいだろう。俺が食べているんだから生活費だし」
と答えるだけだった。私は義姉がいる時の旦那のことが嫌いだ。私が何を言っても義姉の味方をするからだ。しかし義姉がいない時の旦那のことは好きだ。義姉のこと以外ではしっかりと向き合って話してくれるし、一緒にいる時間は幸せだ。
私たちの結婚記念日に国内旅行を計画していた。付き合っている時からいつか行きたいと話していた場所だ。数ヶ月前から決めていたことで、ずっと楽しみにしていた。義姉と旦那にむかつくことがあっても、旅行のことを考えれば我慢することができた。旦那も気合いを入れて高級旅館を予約したと嬉しそうに話していた。
私も旦那も有給を使って連休を取り、二人で新幹線に乗り、目的地に向かった。新幹線の中からお酒を飲み、ガイドブックを見ながら行く場所を考えていた。二人だけの空間が楽しくて仕方がなかった。新幹線を降りて観光地によって、いっぱい写真を撮った。付き合っている頃に戻ったようで、私はとても幸せだった。
そして夕方になり旅館に到着した。旦那がフロントを通らずに部屋に行こうとするので、「ちょっと待って。チェックインしないと」と旦那を呼び止めた。お酒も飲んでいたし、浮かれてチェックインするのを忘れてしまったのかな、可愛いなと思ったのだが、旦那の返事に私は驚くことになる。
「いや、チェックインはもうしてあるから大丈夫」
私はよく分からなかったが、部屋に着くと、そこには義姉がいた。旅館に置いてあるお菓子を食べてくつろいでいたのだ。
「え、なんでいるの?」
私は思わず大きな声で言ってしまった。義姉は、
「え、いちゃだめなの?朝から行きたかったんだけど、用事があって合流遅くなってごめんね」
ととぼけた顔で答えた。旦那は私に内緒で義姉を呼んでいたのだ。
もう怒る気力もなかった。今回ばかりは許せない。不機嫌な顔をして、私は黙ってスマホをいじっていた。そんな私に気づくこともなく、旦那と義姉は旅館の中を見て回ったり、明日行く場所を相談し合ったりしながら騒いでいた。
しばらく騒いだ後、静かに無視している私を見て、旦那は焦ったのか、「晩御飯も豪華みたいだし、その前に温泉にでも入ってさっぱりしよう。恵、温泉すごいみたいだぞ。姉ちゃんと今のうちに行っておいで」と言い出すので、仕方がなく義姉と温泉に行くことになった。
私は義姉の声を聞くことも嫌だったので話さないようにしていた。数ヶ月も前から楽しみにしていた旅行を台無しにされた気がしてたまらなかった。夫婦二人で行くから意味のある旅行だ。そこに義姉は邪魔でしかない。
何も話さずに黙って温泉に到着し、服を脱いでいる私に義姉は言った。
「ねえ、性格までブスになったの?あんたヘラヘラしているからブスでも真面目な方だったのに。ただでさえブスなんだから、愛想だけはよくしなさいよ」
「性格がブスって、自分のこと言ってます」
私は義姉に言った。もう我慢の限界だったのだ。初めて言い返したので、義姉は固まっていた。そんな義姉を無視して体を洗い、温泉に浸かっていると、気づいたら義姉の姿はなかった。
温泉から上がり部屋に戻ると、泣いている義姉と怒っている旦那がそこにいた。
「何さっぱりした顔してんのよ、このいじめっ子。お前なんか、今すぐ家に帰ればいい」
義姉は涙目で私に向かって叫んだ。その姿は子供のようでかなり滑稽だった。旦那はいつになく怖い顔をして、
「姉ちゃんをいじめたらしいじゃないか。なんでそんなことするんだよ。そんな奴に旅行を楽しむ資格なんかないぞ」
と私に言った。怒っている旦那の隣で、義姉は旦那に気づかれないように「ざまあみろ」という顔を私に向けてきた。旦那の前では泣き真似をしているんだと思う。
私はもう言い返す気力もなかった。
「分かりました。帰ります。私も帰りたいと思っていたのでちょうど良かったです。いじめられたのは私ですけどね」
と淡々と答えた。旦那の方を睨んだが、目をそらされた。泣きそうになったが、泣いたら負けな気がして、唇を噛んで我慢した。少しでも早くこの場を去りたかったので、急いで荷物をまとめた。
そんな私に聞こえるように、旦那は言った。
「はい、姉ちゃんこれ。恵のクレジットカードくれ。これで下の売店で好きなものでも買ってなよ。いいだろ。恵がいじめたんだから」
私は聞こえないふりをして旅館を出て、最終の新幹線に飛び乗った。新幹線に乗ると、これまで我慢していた分、涙がどっと溢れてきた。私の話も聞かずに義姉の言うことだけを信じる旦那のことを思い出して、悲しくてたまらなかった。
旦那は私よりも義姉の方が大切なようだ。これまでも思っていたが、今回のことで確信した。数ヶ月間、この旅行を楽しみにしていた私がバカみたいに思えてきた。一時間ほど泣き続けたと思う。思いっきり泣いてすっきりした私は、もうあの人たちと家族でいるのはやめると心に決めた。
私は新幹線を降りて、あるところに電話をした。何か解放されたような気持ちになり、コンビニに寄ってたくさんお酒を買った。家に着いて買ったお酒を飲み、気づいたらぐっすりと眠っていた。
私が起きたのは、旦那からの電話の着信音だった。私が起きる前から何度もかかっていたようだが、眠りが深く、全く気がつかなかった。昨日のことでどっと疲れてしまったのかもしれない。ベッドから出ても電話は鳴り続けていたが、歯磨きをしながらしばらく放置しておいた。私は何で電話がかかっているのかを分かっていた。
旦那と義姉が旅館をチェックアウトしようとした時、「嘘、どういうことよ。昨日まで使えたわよ」「嘘だろ?ちょっと電話してみる」という会話でもしたんだと思う。チェックアウトのために出したクレジットカードを使うことができなかったのだ。それもそのはず。私は昨日の夜、カードを止めたのだ。
私の給料は旦那の給料の倍はある。生活費は全て私が出してきた。旦那が持っていたのは、私のクレジットカードの家族カードだった。旦那にも生活費を入れて欲しいと何度も言っていたが、なんだかんだごまかされて、この一年間、話が進んでいなかった。私はコールセンターに電話し、カードを紛失したので止めて欲しいと頼んでおいたのだ。
しばらく放置した後に電話に出てみると、何を言っているのか分からないくらい、旦那と義姪が早口で怒っていた。いきなり叫ぶので、鼓膜が破れてしまうかと思った。よっぽど焦っていたのだろう。
「いや、私のカードだからね。私は止まっていないから払う必要はないし」
と明るい声で伝えておいた。旦那は私の言葉に腹を立て、
「やっぱりお前の仕業か。ふざけるな。どうするんだよ。帰れないだろ」
と叫んでいた。私はその様子が滑稽で鼻で笑ってしまった。
「皿洗いでもして帰れば?あと、私も離婚するからね。じゃあね」
と言って、私は電話を切り、スマホの電源も切った。それから準備をして、役所に離婚届をもらいに行き、旦那の荷物を箱に詰めた。私はいつの間にか鼻歌を歌っていた。その頃にはもう悲しい気持ちは全くなく、独身に戻ることが楽しみになっていた。
荷造りをしていると、義姉と旦那が帰宅してきた。
「ふざけんな。俺たちがどれだけ恥ずかしい思いをしたか分かってるのか。マジで性格ブスなんだけど、やることが陰湿すぎ。恥かかせて楽しいわけ?最低すぎ」
玄関から私に向かって、二人は罵声を浴びせてくる。二人とも、私に帰れと言ったことを忘れたかのように怒っていた。私はあえて冷静な顔をして答えた。
「もう何を言われても大丈夫ですよ。離婚するので、これにサインしてください。お望み通り、姉弟で仲良く暮らせますよ」
二人は私の言葉を無視して、旅館の宿泊料について話し出した。高級旅館だ。かなり宿泊費が高く、無計画だった二人は払うことができずに、旅館に頼み込んで後払いにしてもらうことにしたそうだ。旦那は請求書を私の前に置いて、
「これ、お前払えよ。請求先はお前の名前だけど」
と言った。予約したのは旦那なので、請求書にはもちろん旦那の名前が書いてある。
「こんな高級旅館の代金なんて払えるわけがないでしょう。自分の収入に見合った旅館を選ばないからじゃない。生活費も出していないんだし。貯金あるわよね。あ、ないか。借金返済でいっぱいいっぱいだもんね。さっき聞こえないふりしていたからもう一度言うけど、離婚するから。慰謝料も請求するつもりなので、よろしくお願いします」
旦那の荷物をまとめている時に、旦那の借金についての書類が出てきたのだ。生活費を一円も出さなかったのは、借金があるからだった。その額は五百万を超えていた。毎月給料のほとんどを返済に当てて、足りない分はさらに借金をして返していたようだ。それを私に一年間隠し続けていたのだ。
旦那は同窓会で再会した時から旅行の話をたくさんしてくれた。同じ年齢にも関わらず、私の何倍も旅行に行っており、必ずビジネスクラスに乗るんだと話していた。結婚して収入を知った時、どうしてこんなに贅沢な旅行をこれまでできたのだろうと思ったが、借金をしていたのだろう。今回も私の収入に頼って、かなりの高級旅館を予約していた。
借金の話を聞いて、義姪は信じられないといった顔で言葉を失っていた。
「人の書類を漁るなんて趣味が悪いな。出ていくわけないだろう。ここは俺の家でもある。嫌ならお前が出ていけ」
「あれ?忘れちゃったの?この家は私名義よ。荷物はまとめておいたので、出て行ってください。出ていかないなら警察呼ぶわよ」
家を借りる時も、旦那は私の名前で申し込み書類を書くように渡してきた。収入が多いからだと思っていたが、借金があることで家の審査に通らないことが怖かったのかもしれない。
警察という言葉を聞いて、旦那と義姉は離婚届を持って、逃げるように出て行った。私は玄関にいる二人に向けて、
「荷物は後でお姉さんの家に送りますね。姉弟で仲良くしてくださいね」
と大きな声で伝えた。返事はなかったが、私はすっきりとした気持ちになった。
その後、旦那はよっぽどお金がないのか、離婚調停を起こし、慰謝料を請求しようとしてきたが却下され、逆に私が慰謝料をもらうことになった。離婚調停で慰謝料が欲しいと必死になって、あることないことを話し、たくさんの嘘をつく旦那の姿はかなり見苦しかった。人は見た目じゃないなと改めて感じた瞬間だった。
私は独身に戻った。旅行は続けていて、自分のお金で好きな場所に行くことが、忙しい毎日の中での私の最大のリフレッシュ法になっている。最近、職場の先輩と付き合うことになった。見た目はかっこいいとは言えないが、真面目で堅実な男性だ。入社当時から何度も助けてもらっていて、私の尊敬する人だ。まだ結婚は考えていないが、私は今幸せだ。彼には姉がいるようなので、結婚する前に一度会わせてもらおうと思っている。
