目が覚めた瞬間、私は自分の家にいることにホッとした。あれだけ毎日あいつの顔を見るのが嫌で、家に帰りたくないとまで思っていたのに、それでもいざ目を覚ますと両親の家の布団の上で、自分の夫のことを考えるのは、慣れないものだ。
私は携帯を手に取り、たしかめたいことがあってネットを開いた。離婚するとき、単独親権ってどうやって決めるんだっけ。私はあいつの目を思い出した。私が離婚したいと言った瞬間のあいつの顔。あれは呆然とした、というより怒りで青ざめた顔だった。
結婚して4年。私はあの職場でお給料が上がって、夫よりも稼ぐようになった。それがあいつの何を傷つけたのかはわからない。けれど、私の給料が上がれば上がるほど、あいつはみじめな気持ちになっていった。それはわかっていた。だからこそ、私はあいつの前で給料の話はしないようにしていた。しかし一度、何の気なしに見せた給料明細。あの日を境に、あいつは変わった。
私は元々、新卒で入った小さな会社がブラック企業で、残業代も休日出勤の手当ても出なかった。あの会社に勤めていた頃、あいつは何度も言ってくれた。そんな会社、やめろ。俺と結婚すればいいじゃないか。私はそのたびに、自分がいなくなれば誰かにしわ寄せがいくと思うと、やめる決心がつかないと言い返していた。そんな私を、あいつはずっと支えてくれていた。露出の少ない給料で、疲れ果てて帰ってくる私を、何も言わずに受け止めてくれていた。
その会社が5年前、上場企業に吸収合併されて、私はホワイトな環境に移動することができた。残業もほとんどない。休日出勤もない。お給料は前の会社の水準に合わせて上げてもらえて、私は何の努力もせずに給料が上がった。あいつは私以上に喜んでくれた。それは嬉しかった。しかし、問題はそこからだった。
上場企業に移ったはいいものの、私の能力は正直、周りの社員たちには遠く及ばなかった。高い倍率を突破して入社してきた人たちばかりで、私は最初のうちこそ「慣れないから」と温かく見守ってもらえたものの、1か月もすると、私の無能さは部署全体に知れ渡っていた。雑用ばかり押し付けられるようになった。大量の書類をシュレッダーにかける。何年も前のホコリをかぶった書類を倉庫に運ぶ。そんな仕事ばかりが私の日課になった。あまりの無能ぶりに、自分が情けなくなった。
そこで私は決意した。毎朝始まる朝礼のとき、部署の全員の前で頭を下げた。私、これまでみなさんに甘えていました。今日からは、もう甘えずに頑張ります。ご指導のほど、よろしくお願いいたします。部署の人たちは、厳しいけれども優しい人たちばかりだった。彼らは私に仕事を一から教え直してくれた。私は必死にそれを覚え、少しずつ任せてもらえる仕事が増えていった。上司も私の頑張りを評価してくれて、小さなプロジェクトから徐々に大きなものに参加させてもらえるようになった。お給料もボーナスも上がった。私は嬉しかった。
しかし、あいつは面白くなかったらしい。私が仕事を頑張るようになってから、定時で帰っても頭の中は仕事のことでいっぱいで、夕食を作って食べてシャワーを浴びたら、ソファで気を失うように眠ってしまう日が続いた。あいつにしてみれば、私が家事をなおざりにしていると感じたのだろう。それはわかる。週末はなるべく二人の時間を作るようにしていたけれども、平日の生活が仕事中心になっていることは確かだった。
私の収入がとうとうあいつを超えた頃から、露骨に嫌みを言うようになった。ルミの方がお前より稼いでるって、何か自慢でもしたいの?私は必死で言い返した。ちょっと違うよ。お給料が上がった分、来年は住民税も上がるし、9月からは社会保険料も上がるんだよ。しかし、そんな説明をすればするほど、あいつは怒りを増幅させた。ルミの方が多くもらってるって、アピールしてるの?「ちょっと」なんて簡単に言えるよな。俺は中小企業の人間だからさ。その「ちょっと」が大きいんだよ。何を言っても悪い方に取られてしまう。しまいには、お忙しいルミ様は、俺のことなんか無視して、仕事の勉強に励んでくださいと、部屋にこもるようになってしまった。
まさかお給料が2万円ほど多くなっただけで、こんなに変わるなんて。私は無邪気に給料明細を見せたことを後悔した。同時に、あいつがこんなに器の小さい男だったことに驚いた。それとも、男ってみんなそうなのか。私はスマホで検索してみた。すると、出るわ出るわ。「妻の方が収入が高い」という検索結果がずらりと並ぶ。夫より給料が高くなった途端、冷たく当たられるようになった。暴力を振るわれた。夫が仕事をやめてしまった。浪費が激しくなった。どれもこれも、他人事とは思えなかった。中には、離婚されたという体験談もあった。私は震えながら、さらに検索を続けた。一方で、こんな意見を持つ男性も結構いることがわかった。「能力が社会で認められている妻を誇りに思う」とか「家計が安定するのでありがたい」とか「好きな仕事でしっかり稼いでいる妻は素晴らしい」といった意見だ。ある調査では、妻の方が給料が高いと嫌だと答えた男性は3割に満たないという。私はその数字を見て、少しだけ励まされた。
実家に顔を出したとき、父に聞いてみた。お父さん、もし私がお母さんより給料が多かったら、どう思う?父はきょとんとした顔をした後、すぐに怒り出した。お前の夫は何て情けないやつなんだ。あいつはお前が毎日努力してきたことを知ってるんだろう。自分は努力もしないで、その言い分は何だ。そんなやつとは、すぐに離婚してしまえ。父がここまで激怒するのは珍しかった。父の言葉を聞いて、私の心は少し固まった。
やっぱり、あいつは器の小さい男だったんだ。そう思うと、大恋愛の末に結婚したはずなのに、あいつに対する愛情が冷えていくのがわかった。とはいえ、まだ結婚して4年だ。以前ブラック企業で働いていた私を、何度も支えてくれた優しい彼のことを忘れられなかった。それに、2年前に購入したマンションのローンがある。どうすればいいんだろう。毎晩、眠れない日が続いた。
私は夫に一時的に別れて、お互い冷静になろうと提案した。すると、私は会社の近くにワンルームマンションを借りて、家を出た。あいつは怒り狂った。ルミの方が稼いでるからって、調子に乗りやがって。そう吐き捨てると、私の机の中に入っていた私名義の通帳を取り出し、目の前でライターで火をつけ始めた。鼻の穴を広げて、ドヤ顔で私を見下す。お前、これで終わりだな。私は正直、こいつはバカかと思った。その通帳、もう使ってないんだよ。今はウェブ通帳にしてるから。私はそう思ったが、口には出さなかった。黙って燃えていく通帳を見つめていた。
しばらくして、私は部屋の片隅に積んであった段ボール箱に目をやった。その中には、私の大切な書類が入っている。私は段ボール箱を指さして、あいつに言った。ごめん、それ間違ってる。私、それはもう使ってないの。私の通帳は、あっち。私は自分のモノが入っているバッグの中から、キャッシュカードを取り出して見せた。あいつは一瞬、キョトンとした顔をした。しかし、すぐにまた怒りの表情を浮かべた。ふざけやがって。俺を馬鹿にしてるのか。私は静かに首を振った。別に馬鹿になんかしてないよ。ただ、事実を言っただけ。
私は、あいつが通帳を燃やしている間も、不思議と心は落ち着いていた。むしろ、あいつが何を燃やしても、私の会社での立場や、貯金が消えるわけでもないのに。家を出て1週間、私はあいつとのことを整理し始めていた。離婚するなら、弁護士に相談しなければならない。財産分与と慰謝料のこと。調停離婚か、協議離婚か。もし話し合いでまとまらなければ、調停になる。離婚の話を切り出すと、あいつは必ず、言い争うだろう。ええっ?マンションはどうするんだよ。ローンは残ってるんだぞ。あれは俺が買ったんだ。私はそのマンションの頭金の一部を、私の貯金から出していた。しかし、あいつはそれを知らない。知っているのは、私が住宅ローンの半分を支払ってきた証拠があるということだけだ。
私は書類を整理しながら、ふと思い出した。そういえば、あのマンションは私名義で購入したんだった。あのとき、あいつは自分の名義にしなかったことに不満そうだった。しかし、私は言った。どうせローンの審査が通らない可能性が高いから、私名義にしておくと言って。本当は、あいつの収入が低すぎて審査が通らなかったのだ。それなのに、あいつは自分が買ったつもりでいた。
私はいったん、両親の家で休ませてもらうことにした。父と母に、離婚を考えていることを話すと、母は心配そうな顔をした。けど、父は違った。最初から、あの男はお前には合っていなかったんだ。ちゃんとやれよ。私は母を見て、ため息をついた。お母さんは、どう思う?母は考え込んだ。確かに、給料のことでお前を支えているように見えなかったからね。私がやりたいことをやればいいと思うよ。母の言葉に、私は少し泣きそうになった。
その夜、私は一人で考えた。この4年間を振り返ると、楽しいことだけではなかった。恋人として優しかったあいつは、結婚すると別人のようになっていった。いや、もしかしたら昔から、あいつはそういう人間だったのかもしれない。私が気づかなかっただけ。私は携帯を手に取り、弁護士を検索した。そして、翌日、ホームページの問い合わせフォームから相談を申し込んだ。
離婚の話は、思ったよりスムーズに進んだ。あいつは最初こそ激怒したが、私がマンションのローンの名義人であることを伝えると、態度を変えた。財産分与の計算をしているうちに、あいつに分ける財産がそれほどないことに気づいたらしい。私はあいつに言った。慰謝料は、こちらで用意するから。ただし、マンションは売却して、残ったローンを精算する。あいつは不服そうだったが、私の方が収入が上で、弁護士を立てているとわかると、渋々承知した。
離婚が成立した日、私はあいつと最後に顔を合わせた。あいつは私に向かって言った。お前は、これからも一人で生きていくのか。私はうなずいた。うん、一人で生きていくよ。あいつは何も言わず、書類にサインした。私は最後に言った。今までありがとう。たまには、お父さんのことも思い出してよ。それは、あいつのことじゃない。あいつは何のことかわからず、変な顔をしていたが、私はそれ以上何も言わなかった。
実家に戻り、私は自分の部屋で新しいノートを開いた。表紙には「私の新しい人生」と書いた。そして、最初のページにこう記した。私は笑って暮らせる方法を探すよ。たとえ、給料がいくら上でも、下でも。今度こそ、自分を大切にしてくれる人と、歩いていくんだ。ノートを閉じて、私はふっと息をついた。窓の外からは、お気に入りのカフェの看板が見える。今日から、私は自由だ。
一週間後、私は父に会いに行った。父は、庭で植木の手入れをしていた。ねえ、お父さん。なんだ。私ね、やっとわかった気がする。あの人は、ずっと私のことが嫌いだったんじゃない。私のことが好きなだけで、自分が嫌いだったんだ。きっと、私が給料をもらって嬉しそうにしている姿が、自分と比べてしまって嫌だったんだろうね。父は、ふん、と鼻を鳴らした。まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく、離婚できてよかったな。私は笑った。うん、お父さんが早く言ってくれたおかげだよ。父は、分かればいいんだ。と言って、また植木の手入れを再開した。私は家の中に入り、コーヒーを淹れた。携帯には、新しい職場から歓迎のメッセージが届いていた。私はコーヒーを一口飲んで、静かに笑った。
