同窓会の会場で、長谷川エミルが俺にこんなことを聞いてきた。にやにやとした笑みを浮かべながら、声をひそめるでもなく、はっきりと。
「ところで竹達君、今何してるの?まさか無職じゃないわよね。高卒の貧乏人は一体どんなところで働いてるのかしら。私、そういう底辺の情報に疎いから、全然検討もつかないんだけど」
俺はこの言葉に耳を疑った。確かに、この会場にいる中で俺が一番低学歴なのは間違いない。しかし、それをこうも平気で面と向かって言える神経が信じられなかった。彼女のあからさまな見下し方に、さすがの俺も腹が立ってきた。何か言い返してやろうと思ったが、あの分厚い神経の相手に何を言っても無駄だとすぐに思い知らされる。それでも、とうとう我慢の限界を迎えた俺は、エミルにこう言い放った。
「俺の就職先なんて、聞かない方がいいよ」
エミルは一瞬、何を言われたのか分からないといった顔をした。
俺の名前は竹達は樹。今年四十五歳になる、どこにでもいるような普通のおっさんだ。
俺の両親は、俺が保育園の頃に離婚した。以来、親父に引き取られた俺は、なるべく親に迷惑をかけないように、自分の気持ちをできるだけ抑えて生きてきた。幼い俺を養うために必死に働く親父の姿を見てきたからだ。当然、子供時代には欲しいおもちゃやお菓子もたくさんあったが、駄々をこねて親父にねだったことは一度もしなかった。それが、俺なりの親孝行だったのかもしれない。
成長していくにつれて、俺は大学への進学を夢見るようになった。しかし、うちの家計では俺の第一希望だった私立の芸術大学に通うことは難しく、やむなく断念した。親父は俺が大学に行きたがっていたことを、なんとなく気づいていたらしい。必死に進学を説得してくれたが、俺はそれをきっぱりと断った。学歴なんかよりもっと大事なものがあると教えてくれたのは、俺に進学を強く勧めた親父本人である。親父は早くに両親を亡くし、中学卒業以来ずっと生活のために働き詰めの毎日だった。そして俺が生まれてからは、さらに労働時間を増やさざるを得なかったことは明らかだった。
毎日建設現場での仕事を終えて、泥だらけの作業着で帰ってくる親父の姿は、俺にとってはどんなスーパーヒーローよりもかっこよく見えていた。
そんな親父も、去年病気で亡くなった。俺は一つの寂しさを感じつつも、親父の教えを胸に今日も生きている。
そんな俺の元に、一通の案内が届いた。それは俺の母校、四つ葉高校の同窓会の招待状だった。四つ葉高校は公立の高校だが、昔から偏差値が高いことで知られている。俺も合格が決まった中学三年生の冬、飛び上がって喜んだ記憶が今でも残っている。なんとも懐かしい響きに、俺は高校時代に思いを馳せた。
高校時代、俺は野球部に所属していた。甲子園を夢見て、毎日汗水垂らしていた。他の部員たちはあくまでも勉強最優先で、趣味や健康維持を目的として野球部に所属していたので、そんな不器用な熱意を持っていたのは俺だけだった。残念ながら甲子園出場は夢のまた夢に終わったが、今となっては何もかもが良い思い出である。
当時仲の良かった吉田や小寺とは、今ではほとんど連絡を取っていない。現在の電話番号も知らないくらいだ。彼らを含む三年生の時のクラスメートは、俺以外全員大学に進学していった。そのことに当時、俺は少しだけ疎外感を感じていたことも、正直に言えば否めない。しかし、互いに立派な社会人として働いている今となっては、学歴なんてどうでもいいことだ。
当時それぞれ進学や就職をして新しい環境に馴染んでいくにつれて、次第に疎遠になっていた仲間と久しぶりに再会できるかもしれない。俺は期待に胸を踊らせながら、招待状に書かれた「出席」の文字を大きく丸で囲んだ。
そしてやってきた同窓会当日。俺は悩みに悩んだ末、あえてラフな服装で出席することに決めた。ファッションに気合いを入れすぎて、仲間たちから浮いたり笑われたりするのが嫌だったからだ。俺は子供のようにウキウキしながら会場へと向かっていく。
入り口に到着し、会場内へ入ろうとした時、いきなりある男に声をかけられた。それはかつての友、吉田だった。正直に言えば、最初は全く知らない人に道でも聞かれたのかと思った。それくらい、吉田からは高校時代の面影が完全に消えていた。当時の吉田はなかなかのイケメンで、他の女子高生からラブレターをもらったりしていた。俺と小寺は、羨望と嫉妬を交えた目で彼を見ていたものだ。それが今では、すっかりただのおっさんである。
しかし、俺は他人のビジュアルをいじったりするのが好きではない。だからあえてそのことには触れず、ただただ再会を喜んだ。当時は若干キザだった吉田も、色々と経験した中年になった現在ではかなり人柄が丸くなっている。どうやらリフォーム会社の営業の仕事をしているらしく、そのせいか随分と口が達者になっていた。彼の面白いマシンガントークは止まることを知らない。俺はそんな吉田の話にかなり笑わされながら、会場内へと入っていった。
会場にはすでに多くのかつての同級生たちが集まっていた。馴染みのある顔もあれば、吉田のように全く面影のない者もいる。高校時代とあまり変わらない小寺も出席していた。小寺も吉田も再会を喜んでくれている。どうやら小寺は学生時代に結婚したらしく、もう娘さんも数年前に成人したらしい。小寺は目尻を下げながら、その娘さんの成人式の写真をスマホで見せてくれた。
俺たちも、もうそんな年になったのか。俺は写真を見ながら、思わず感慨に浸ってしまった。
そんな時、かなり派手でセクシーなドレスに身を包んだ女性が近くにやってきた。俺は彼女の顔を見て、思わず声をあげそうになる。彼女はクラスのマドンナだった、長谷川エミルだ。エミルは美人である上に性格も優しくて、誰に対しても平等に接していた。そんなわけで、当時クラスの男子のほとんどがエミルに片思いしていた。もちろん俺もご多分に漏れず、その一人である。
エミルの美しさは当時とほとんど変わっていないように思えた。ただの同窓会には似つかわしくないその派手なドレスも、エミルが着れば様になっている。俺を含めて、その場にいる男たちは全員エミルに釘付けになってしまった。エミルは注目の的になることには慣れているようで、別段気にしていない様子だった。
俺は勇気を出して、彼女に「久しぶり」と声をかけてみることにした。エミルはそんな俺をじろじろと見て、軽蔑の表情を浮かべてこんなことを言った。
「えっと、あなた名前何だったっけ?ごめんなさいね。確か高卒で就職した人だってのは覚えてるんだけど」
俺はそんなエミルの高圧的な口調に若干の違和感を覚えつつ、改めて自己紹介した。エミルは思い出してくれたようで、目を見開いて俺に笑いかけている。しかしその笑顔は高校時代とはまるで違うことに、俺は気づいた。それは明らかに俺を馬鹿にしている、軽蔑の笑みだ。
エミルは数年前にデザイン系の大手企業、オーガスタコーポレーションに務める男性と結婚したらしく、そのことを周りにいる人間に誰か構わず自ら吹いて回っていた。どうやら彼女は年を重ねて、随分と変わってしまったらしい。俺は吉田や小寺と顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。
どうやら彼女の自己顕示欲はまだ満たされないらしく、エミルは俺にこう聞いてきた。
「ところで竹達君、今一体何してるの?そんなみすぼらしい格好してるってことは、まさかとは思うけど無職じゃないわよね。この年でニートはさすがにやばいし」
俺は彼女のそんな不躾な言葉に、思わず声を失ってしまう。さらにエミルは続けた。
「高卒の貧乏人は、一体どんなところで働いてるのかしら。私、そういう底辺の情報には疎いから、全然見当もつかないんだけど」
この言葉に耳を疑ったのは俺だけではない。周りにいた全員が、静かにざわざわし始めるのが分かった。確かに俺はこの会場にいる中では一番低学歴だろう。しかし、今更そんなことを蒸し返して話の種にするなんて、性格が腐っているにも程がある。
俺は彼女の失礼極まりない態度にややむっとしつつ、エミルを皮肉ってやろうと思った。しかし、ズ太い神経の相手には何を言っても無駄である。高校時代はあんなに繊細で、常に他人を気遣う優しい心の持ち主だったのに、人間がこうも変わり果ててしまうことに俺は恐怖を覚えた。
エミルは俺にしつこく何度も仕事のことを聞いてくる。俺は高校時代の思い出話に花を咲かせたかったので、エミルの質問をスルーしようと努力した。しかし自分本位な彼女には、まるで俺の言葉など通じない。どうやら彼女が欲しがっているのは、現在俺がどれだけ貧しい生活で困窮しているかに関する答えらしい。高卒後、日本で一番学費の高いお嬢様大学に進学して現在も恵まれている自分の環境を、学歴のない俺と比べたくて仕方ないようだった。
彼女をこんな下劣な女にしてしまった原因は、一体何なのだろうか。残念ながらエミルの場合、その見た目の美しさが余計に内面の醜さや浅ましさを引き立てる結果となっている。俺は呆れて、大きなため息をついた。吉田も小寺も、そんな俺になんとか助け舟を出す機会を伺っているが、なかなか口を出せないようだ。
エミルの攻撃は俺に集中し続けている。彼女の失礼な言葉の連続にとうとう我慢の限界を迎えた俺は、エミルにこう言い放った。
「俺の就職先なんて、聞かない方がいいよ」
エミルは俺の言葉を聞いて一瞬不思議そうな顔をした。しかしすぐにそのセリフを俺の強がりだと捉えたらしい。エミルはまるで漫画のような高笑いをして、俺に言った。
「竹達君、あなた何言ってるの?『聞かない方がいい』じゃなくて、誰も知らないようなちっちゃい会社だから自分が言いたくないだけでしょ」
俺はこれ以上しつこくされるのも嫌だったので、改めて自己紹介することにした。
「さっき言い忘れたけど、俺、アートクリエイティブで働いているんだ」
アートクリエイティブは、俺が高卒後働きまくって資金を貯めた末に立ち上げた会社。社名の通り、デザインや映像、音楽制作などに必要な主にクリエイティブ系の様々なソフトウェアを開発、販売している。おかげ様で、現在は国内シェアナンバーワンを記録しているのだ。
そして俺はさらに続けた。
「君の旦那さん、オーガスタコーポレーションに務めてるって言ってたよね。オーガスタコーポレーションはうちの子会社だよ」
アートクリエイティブは現在複数の子会社を持っている。エミルの旦那が勤めている会社も、その一つなのだ。ちなみに現在そのオーガスタコーポレーションの社長を務めているのは、俺がアートクリエイティブを起業した当初から一緒に働いてきた兄弟分だ。
エミルは俺の言葉を聞くや、信じられない様子で声も出せなくなってしまった。気を取り直したエミルは、どぎまぎしつつも先ほどまでの傲慢な態度に戻って反論する。
「そんなバカな。高卒のあなたがアートクリエイティブみたいな一流企業に就職なんてできるわけないでしょ」
そしてふっと笑いながら、
「そんな浅い嘘をつくなんて、見苦しいわ。いい加減にしてちょうだい」
と、俺を馬鹿にしながら言った。
俺はもうエミルに何を言っても拉致があかないと思い、胸ポケットに手を入れる。そして「確かに、就職はしていないんだけどね」と言いながら、名刺を取り出して彼女に差し出した。
エミルは俺の名刺を受け取ると、しばらくぼんやりと名刺を見つめていた。しかし、やがて大きく目を見開いて、驚いた表情へと変化していく。
俺はエミルに対して、名刺に書いてある通り、俺はアートクリエイティブの取締役社長兼CEOだと説明した。つまり、この会社に就職したんじゃなくて、この会社を自分で立ち上げたんだと。
アートクリエイティブは創業当時は苦戦することもあったが、それでも俺は仲間たちと共に努力を重ねた。そして今や、日本全国のアーティストや企業にとって欠かせない会社に成長することに成功した。その評判は国内だけに留まらず、海外でも高い評価を獲得し始めている。
俺の名刺を目の前にして、さすがのエミルもこのことを信じざるを得なくなったらしい。しかしエミルは焦ったように目をキョロキョロとさせながらも、まだ強がって言った。
「まあ、すごいじゃない。学歴がなくても、会社って起こせるものなのね」
彼女がここまで学歴にこだわる理由は、一体何なのだろうか。俺はエミルに「学歴なんて、生きていく上で大事ではないよ」と諭すように言ってみた。すると彼女は、
「そんなこと言うなんて、今日この場所にいるみんなに失礼よ。あなた以外はみんな大卒かそれ以上なんだから」
と、俺を注意するような言葉を投げかけてきた。全く的外れにも程がある。俺はもうエミルとあまり口を聞きたくなくなってきたので、話もそこそこに彼女から距離を取ろうとした。
しかし彼女は俺の腕をガシッと掴んで、離さない。高校時代ならこんなに嬉しいことはないが、現在はまるで状況が違う。こんな古い価値観の偏見に凝り固まった女性に、何を言うこともないからだ。俺は手を離すようにエミルを促したが、彼女は言うことをまるで聞いてはくれない。
どうやらエミルは、俺がアートクリエイティブの社長であることを知ったがために、どうにか俺と繋がりを持ちたいらしい。エミルは俺に対する態度をコロッと変えた。そして矢継ぎ早に、
「今夜、開いてるなら一緒に過ごさない?」
「今彼女はいるのかしら?」
「結婚は?」
などとプライベートな質問をしてくる。
俺は昔から、他人に心の中をズカズカ荒らされるのが我慢ならない質だ。だからなるべく彼女の質問をスルーしようと努めた。そもそもエミルは歴とした人妻である。ついさっき旦那の自慢をしていたではないか。その下の根がまだ乾かないうちに、今度は俺を口説こうとしているのは、いかがなものだろう。
俺はエミルの誘いをことごとく拒否することにした。するとエミルは次第に不機嫌になっていく。元よりその美貌のおかげで、男に誘いを断られるなんてことに慣れてはいないのだろう。彼女はまるで駄々っ子のように、不快感をあらわにし始めた。もう四十歳も半ばの中年がこんな態度を取るなんて、正直見苦しい。
俺は彼女に、ズバリ聞いてみた。
「どうして学歴や職業にそこまでこだわるんだ?高校時代の君は、全くそんなことなかったのに」
すると彼女は不機嫌な調子のまま、平然と言ってのける。
「だって、私の大学の同級生はみんな当時から高学歴だったり、一流企業で働いているハイスペックな恋人がいたし。負けるわけにはいかないもの」
彼女をこんな女性に変えてしまったのは、生まれながらのお嬢様が揃い踏みしている大学時代の環境のせいだったのか。俺はようやく合点がいった。エミルが育った家庭は取り立てて貧しいわけではなかったが、それでも彼女をお嬢様と呼べるほどの裕福な環境でもなかったのだ。大学に進学して周りとの圧倒的な差に気がついた彼女は、過剰に人の目を気にするようになってしまったらしい。
俺はそんな彼女を少し気の毒に思った。しかし、だからと言って高校時代のクラスメートである俺を馬鹿にしていいということにはならない。
エミルはまだ俺の腕を掴んでいる。俺はエミルの手を無理やり振り払えば、彼女を余計に刺激してしまいそうな気がした。だからあえて、静かに言った。
「いい加減、離してくれないと。俺の兄弟分であるオーガスタコーポレーションの社長から、君の旦那さんに注意してもらうけど、それでいいの?」
その言葉を耳にしたエミルは、すぐにパッと手を離した。そして彼女は反論する。
「何よ。高校時代はあんなに私のこと好きだったくせに」
俺はかつての好意が彼女にバレていたことにやや苦笑いしつつ、言った。
「昔と今じゃ状況が違う。君も、すっかり変わり果ててしまったからね」
俺の言葉に、エミルは悔しそうに唇を噛んだ。俺は続けて、エミルを諭す。
「そんな傲慢な態度で他人に接していると、いつかは見放されてしまうよ。心を改めるなら、早い方がいい」
しかし彼女は「うるさいわね。何を偉そうに」と俺に反論した。
気がつけば、かつてのクラスメートである周りの人々は、みんな俺たち二人に注目している。エミルは罰が悪そうに「ちょっと、気持ち悪いんだから見ないでよ」と声を荒げた。そしてどうにも居た堪れなくなったらしく、会場から足早に去っていった。
彼女がいなくなった同窓会は、まるで何事もなかったかのように宴が続いていった。
その後もエミルは、残念ながら傲慢な態度を改めることはなかった。しかし同窓会から数ヶ月後、彼女の夫がオーガスタコーポレーションの金を着服していたことが発覚した。間もなく俺の兄弟分であるオーガスタコーポレーションの社長から、夫に懲戒解雇処分が言い渡された。
夫が首になったことで、エミルは発狂同然の状態に陥ったそうだ。エミルは夫に離婚届を突きつけた。すぐに離婚して、新しいハイスペックな結婚相手を見つけたかったらしい。だがエミルを本気で愛している夫は、それを断固拒否。何度も離婚協議が行われたが、話し合いは平行線のままだった。しかし再婚を急ぐエミルは、隠れて婚活に手を出してしまった。年下の男と関係を持ったことがバレてしまい、激怒した夫はとうとう彼女を見放したらしい。
一方、俺はといえば相変わらずの毎日だ。おかげ様で仕事も忙しく、ある世界的な映像制作会社との契約も合意直前である。この契約が合意に達すれば、アートクリエイティブのソフトウェアの売上は世界トップレベルも夢ではない。俺は共に働く仲間たちと共に、さらなる高みを目指していく。
同窓会以来、唯一変わったことといえば、久しぶりに会った吉田と小寺とは、その後頻繁に連絡を取り合うようになったことくらいだ。今夜も一緒に飲みに行く約束をしている。
久しぶりに二人に会うまでは、正直なところ歳を取って緊張していたが、会ってみれば高校時代にタイムスリップしたかのような感覚だ。若かりし青春の日々を共に過ごした仲間との絆を、これからも大事にしていきたい。
