俺は小方、三十五歳。中学を出た十五歳の春から、システム開発と保守を手掛ける会社に就職した。父は小学生の頃に病で亡くなり、母がパートを掛け持ちして俺と妹を育ててくれた。働き詰めの母の背中を見て、一日でも早く自立して家に金を入れたかった。その一心だった。
当時はまだ社員が二十人ほどの小さな会社だった。俺が配属されたのは、顧客先に導入されたシステムを保守する部署だ。新しい契約を取ってくる花型部署ではないが、現場で学んだことがある。客が本当に頼るのは、システムの調子が悪くなった夜中でも電話一本で駆けつける人間の方だと。
忘れられない夜がある。十年ほど前の大雪の番、取引先の食品工場から生産管理システムが止まったと連絡が入った。朝までに復旧しなければ、その日の出荷が全て止まるという。俺は雪道を三時間かけて現場に入った。冷え切ったサーバー室で、システムのログを一行ずつ遡る。原因は未明の停電。書き込みの途中だったデータベースの一部が壊れていた。俺は破損した範囲を切り分け、前夜のバックアップから元の形に復元し、停電までの取引記録を紙の伝票と付き合わせて一件ずつ手で打ち直した。指先の感覚が消えるほどの寒さの中、夜明け前、生産ラインは音を立てて動き出した。
工場長は俺の手を握り、何度も頭を下げた。後日その話が取引先から伝わったのだろう、社長の沢田がわざわざ保守部門のフロアまで降りてきて言った。「会社の看板を守っているのは、ああいう夜の君たちだ」「私はそれを忘れない」と。その日から沢田は現場を回るたび、俺に短く声をかけていくようになった。
沢田はこの会社の創業者で、俺と同じく中学を出てすぐに働きに出た叩き上げだ。学歴で人を測らない人物として、社員からの信頼も厚い。一方でこの会社には、俺とは正反対の場所に立つ男がいた。成長事業部の立花だ。有名大学を出て中途で入り、数年で部のリーダーと目されるようになった男。全社の売上の四割を担うと言われる稼ぎ頭の中心で、桁違いの数字を弾き出していた。
あれは全社の合同会議でのことだ。俺が保守の現場から、老朽化した顧客システムの更新を提案した時、立花は資料も見ずに言った。「前工事の話はまた今度にしてもらえますか? ここは経営の数字を話す場なんで、大体、中学までの算数でうちの事業計画が読めるとは思えませんが」と。会議室に遠慮のない笑いが起きた。俺は机の下で拳を握り、黙るしかなかった
俺が立花に抱いている引っかかりは、侮辱への腹立ちだけではない。成長事業部は毎朝数多くの案件を獲得しているというのに、保守部門の俺たちに現場対応の依頼が回ってきたことは一度もない。不自然に思った俺は、一度保守の割り振りを問い合わせたことがある。「保守が出る幕じゃない契約もあるんですよ」立花はそう言い捨てただけで、現場担当の紹介にもまともに取り合おうとしなかった。それきり俺は表だって動くのをやめ、同じ引っかかりを折に触れて沢田にだけ伝えるようになった。沢田も決算を見る度、成長事業部の稼ぎには腑に落ちないところがあると低い声で漏らしていた。「売上の大きさに、会社に残る儲けが見合っていない」と。だが見たところ証拠も手口もつかめずにいた
ある朝、俺は沢田から社長室に呼び出された。告げられたのは人事部長への就任。この会社の歴史で最年少だという。「売上の裏で、誰が会社を支えているかを私は知っているつもりだ」沢田はそこで一度言葉を切り、俺を見据えて続けた「人事は評価という名目で、全部門の人間と数字を正面から見られる唯一の席だ」「私はそこに、数字を作る側ではなく、数字の裏を疑える人間を置きたい」「君に頼みたいのはそれだ」と
人事部長は、全ての部門の評価を預かる立場だ。成長事業部も例外ではない。エリート集団で固めたあの部署を評価する席に、中卒の俺を据えれば、連中が黙っていないことくらい沢田にも見えていたはずだ。それでも沢田は迷わずに言った。「売上をどれだけ積んでも、それが会社の利益に変わらないなら、その部署を失っても構わない」と。腹を決めた男の目だった。その決意に答えるように、俺は深く頷いた
社長室を出た途端、廊下の先にいた立花と目があった。立花は言葉も掛けず、足早に廊下の角へ消えていく。その日の夕方、総務の若手社員が声を潜めて教えてくれた。「俺が退出した後、立花が社長室へ乗り込み、『中卒を人事部長になど正気ですか? 今からでも撤回してください。出なければ、うちの部がどうなっても知りませんよ』と、人事の撤回を迫ったんだそうです」「沢田社長は一言『人事は私が決める』とだけ返し、追い返したそうです」と
「どうなっても知らないか」その言葉の意味を、俺は三日後に思い知ることになる
人事部長としての初めての出社は、就任を告げられた朝から三日が過ぎた月曜だった。オフィスに入った瞬間、空気の密度に違和感を覚える。部屋の奥、俺の席の周りに人だかりができていた。歩み寄ると、机の上に白い封筒の束が伏せて積まれている。一枚をつまみ上げると「退職届」という三文字が記されていた。俺は束を順にめくっていく。合計で二十四通と、どれも成長事業部でエリートと呼ばれる者たちの名前だ。数えるまでもなく、机の退職届けの数とそこに立つ人数は同じだった
先頭にいたのは立花だった。立花は机の上に一度目をやり、それから俺を頭のてっぺんから靴先まで値踏みするように視線を往復させた。「その席、誰の椅子か本当に分かってます? 」「中学しか出てない人に、僕らの売上の数字が読めるとは思えませんが」声は穏やかで、言葉じりだけが妙に丁寧だ。立花は退職届けの山を指の背で軽く叩いた「中卒がやめなきゃ、全員やめます」「この意味、わかります?

」立花は笑いをこらえながらそう言った。背後の二十三人も一様に似たような表情をしている
俺は侮辱の視線を受けながら、この二十四人の狙いを考えた。成長事業部は全社の売上の四割を担っている。その四割がまとめて抜ければ、会社は立ち行かず、経営陣は必ず折れて、中卒の人事部長など初日のうちに首をすげるはずだ。総力戦だからこそ、二十四人は揃ってこの場に立っているのだろう。だが、中卒の上司が気に食わないというだけなら、面と向かって侮蔑し、やりにくくさせて追い出す手はいくらでもある。それをせず、俺がまだ何の権限も振るっていない初日の朝を狙って、二十四人が一斉に退職届けを突きつけてきた。学歴を鼻で笑うだけにしては、この一手は念が入りすぎているし、急ぎすぎている。口では俺の学歴を見下しながら、立花は俺の返事を必要以上に注意深く待っている。「その目の底に、下げだけでは説明のつかない硬さがある」と俺は気づく
俺は机の上の二十四通を一つの塊にまとめ、立花に視線を戻した「付けで全て受理します」俺はまとめた紙を引き出しへ移し、音を立てずに閉める。その一連の動作を立花は最後まで目で追い、「予想外のことが目の前で起きている」かのように呟いた。本当に受け取られるとは、少しも思っていなかったのだろう
だが、退職届けを受け取り、退職者の案件の引き継ぎを確かめるのは、人事部長に任された正規の仕事だ。その段取りを踏むという理由があれば、成長事業部が手掛けてきた案件の中身に、俺は正面から目を通せる。二十四人は俺をやめさせようとして、その中身を調べる口を、俺に握らせてしまったのだ「用が済んだなら、私物の整理でも始めたらどうだ? 」俺にそう言われ、二十四人はうろたえた顔で部屋を後にする
俺は受理した旨だけを、その日のうちに沢田へ短く知らせた。帰ってきたのは「任せる」の一言だ。沢田は俺を信じてくれたが、社内の反応は厳しかった。受理の噂は半日で全社に広がり、翌日には管理部門の部長が決死の表情で俺の席に乗り込んできた「売上の四割を、あんたは一存で放り出したのか? 」「今からでも頭を下げて、連中を引き止めるのが筋だろう」とのことだ。廊下ですれ違う若手の社員も、気遣いがしおしおとしていた「やはり中卒に人事は荷が重かったな」「初日で会社を傾けるとは」と
俺は一夜にして「会社を潰しかけた男」として扱われた。それでも俺は頭を下げなかった。頭を下げるべき人間は俺ではない
俺は早速、二十四人が担ってきた案件の一覧を、成長事業部へ正式な手続きとして請求した。先頭は翌日になっても届かず、直接足を運ぶと、担当者は目も合わせず「開示には時間がかかる」と繰り返す。俺は「退職者の引き継ぎに必要な資料は、全て開示対象だ」という社内規則を、条文の番号まで上げて示した。その日の夕方、机の上には分厚い資料の束が置かれていた
ページを送ると、契約書の並びが妙にばらけている。誰かが一度ほぐし、整え直したのかもしれない。その晩から俺は資料を一枚ずつ読んだ。何十件もの契約が並んでいるのに、相手方の欄に現れる社名は数えるほどしかないし、しかもこれだけの数の案件がありながら、現場が動いた形跡はどこにも残っていない。ここまで見て、沢田がなぜ自分で動かず、俺を人事部長に据えたのか、そのわけも飲み込めた。証拠のないまま花型部署を問い詰めれば、言いがかりだと突っぱねられ、その隙に書類を始末されるからだ。だから沢田は、評価という正当な名目で俺を内側へ送り込み、数字を疑う現場の目に、堂々と資料へ触れる権限を持たせたのだ
だが、伝票の動きは俺の手に負えるものではなかった。金額の桁は合っているのに、どの取引がどの取引の対価なのか、会計を知らない俺には読み解けない。そんな折、経理の鍛田から声をかけられた。そ田は入社してから二十年近くを経理一筋で過ごしてきた男だ「本当は三年前から、妙だとは思っていたんです」でも、一介の経理が花型部署に盾突いたところで、潰されて終わりだと思って黙ってましたと。二十四人の一斉退職の噂を聞き、初めて口にする気になったのだという。現場担当として案内をあげ無視されたあの日の自分と、目の前の鍛田が重なった「あんたの三年は無駄じゃなかった」「俺が保証する」「力を貸してくれ」と。鍛田は目を見開き、それから深く頷いた
俺の契約書と鍛田の帳簿。二人の資料を案件ごとに付き合わせて、ようやく手口の輪郭が見えた。成長事業部は、実態のないソフトウェア一式を、まず卸先の大和ソフトへ売った形にする。それが代理店のエース商事を経て、最後にまた我が社へ売り戻されてくる。売り手と買い手が最初と最後で同じ会社だ。物も人も一切動かないまま、書類の輪だけが回り、一周するたび伝票の上に売上だけが積み上がっていく。いわゆる「循環取引」と呼ばれる噴色の手口だ
取引先は実在し、金も実際に動いているから、契約を一件ずつ単体で見ても不正の痕跡は出ない。その代わり、間に入る二社が手数料を抜くため、売上は膨らむのに会社に残る利益は痩せていく。沢田が決算に感じていたねじれの正体がこれだった。そしてこの輪は、次の一周の売上で前の一周の支払いを埋める自転車操業でしか回らない。その伝票を切り、取引先と日付を合わせ、輪が途切れないように回し続けてきたのが、あの二十四人だった
二十四人は受理の翌日から退職日までの有給消化を申し出て、揃って姿を見せなくなっていた。「やめる気などないくせに、形だけはご丁寧なことだ」が、そのおかげで、輪を回す人間が完全に消えた。俺は鍛田と共に、契約書と伝票の対応関係を一件ずつ表にまとめ、沢田にも経過を伝えながら証拠を固めていった。二十四人が消えたことで、新しい発注を回す人間がいなくなった。新しい取引が生まれなければ、入ってくるはずの金も入らない。折しも月末には、二社からの支払い期日が集中していた。鍛田から支払いの一覧が俺の元に届いたのは、受理告知から五日目のことだ。金額の欄には、これまで見てきた伝票の数字がそのまま並んでいる。「循環の矛盾は、もはや誰の目にも隠しようがなかった」
その日の午後、立花が人事部のフロアに現れた。背後には二十三人が続いている。「その手には、退職撤回を願い出る書類が握られていた」先頭にいた立花が口を開いた「退職の件を、撤回させていただきたい」と。「受理された退職は、会社の同意なしに撤回できない」「それがこの件の道理だ」と、俺はまずその一点だけを告げた
「うちの売上の四割を、会社がそう簡単に切れるはずがない」「だから折れると踏んでいました」声は一週間前より低いが、崩れてはいなかった。俺は席を立ち、用意していた資料を机に広げていく。契約書の写し、研修記録との照合表。として、鍛田から届いたばかりの支払いの一覧。立花の目がその紙の上を一度なぞり、すぐに俺の顔へ戻った「どこも実在する取引先です」「金も動いている」「どこに問題があると言うんですか? 」先に踏み込んできたのは立花の方だった
俺は照合表の束から一枚を選んで机に置いた。「中の日付と、研修の日付が数日と離れていない契約だ」現場に人が動くだけの時間さえない日程で、研修だけが先に済んでいた。「この日程で、どうやって現場を見たというんだ?
」「保守形式によっては、遠隔で済ませることもある」立花はそう返したが、声の速さに焦りが滲んでいる。俺はさらに数枚を重ねた。「同じ日程の異常が、何十件も繰り返されている」「全部が偶然に遠隔で済んだというのか? 」立花は答えなかった。俺は事実を一つずつ上げていく。「一度も足を運ばれた形跡のない大量の案件」「契約書の中にしか存在しない商品そのもの」「実際にそれを使っている人間が、どこにも見当たらない」という事実を突きつける
「伝票を切り、取引先と日付を合わせ、この輪を回していたのは、お前たちだ」「営業の仕事は、会社に利益を残すことのはずだ」「だがお前たちは、紙の上だけの売上で商売を水増しし、会社の金を自分の懐へ流し込んできた」「会社を儲けさせるべき人間が、会社を食い物にして私を肥やしてきた、明らかな背任行為だ」「そして最後に自社から出て、二社を巡り、また自社へ帰ってくる」俺は一つの輪の全体図を、机の上に置いた。背後の一人が、小さく後ずさった
「立花さん、あなたが『会社はすぐ折れるはずだ』と言ったから」「仲間の声に、立花の肩が震える」書類を抑えていた指が机の上でゆっくりと止まり、その手から力が抜けていくのが見えた「数字さえ作れば、役員の椅子も夢じゃなかった」「数字が崩れるより先に、あなたが消えるはずだったんだ」つぶやくような声には、勝ち気の抜けた弱さだけが滲んでいた。背後の二十三人も、一様に目を伏せている。一週間前、俺を取り囲んで笑っていた顔は、もうどこにもない。「数字と学歴で人を測ってきた者たちが、現場から積み上げられた事実の前で、言葉を失っている」と
俺は最後に、一つだけ口にした「君たちの退職届けが、そのまま不正を暴くきっかけになった」「自ら墓穴を掘ったということだ」二十四人は、何も言わずフロアを出ていった。隣で見届けていた鍛田が、長く息を吐く「三年間、胸に燻っていたものが、やっと下りました」「あなたと組まなければ、ここまで来られませんでしたよ」と。俺たちは、固く手を握り合った
数日後、臨時の役員会で沢田がことの顛末を説明したと聞いた。潮目は一変した。あの日怒鳴り込んできた管理部門の部長が、まっすぐ俺の席へ来て、深く頭を下げたのだ「引き止めろと言った俺が間違っていた」「あんたが受理してくれたおかげで、この会社は毒を出し切れた」「本当に申し訳ない」と。嫌味を言った若手の役員も、役員会の席で「あの場で、あの判断ができる者は他にいなかった」と認めたのだと、後で鍛田が教えてくれた
会社を潰しかけた男と呼ばれた俺は、一転して「会社を救った男」になっていたのだだが、俺一人の手柄ではない。「三年間違和感を抱え続けた鍛田がいなければ、あの輪は今も回り続けていただろう」と。保守部門の後輩たちも、自分のことのように喜んでくれた「小方さんの、現場の目が会社を守ったんですね」と
後日、俺は久しぶりに社長室へ呼ばれた。沢田は俺の前に立つと、静かに言った「君に任せてよかったよ」と。短いその一言に、この数週間の全てが報われた気がする。沢田から、立花らへの処分内容も聞いた。「就業規則には、懲戒解雇に相当する行為が退職後に発覚した場合、退職金を支給しないとの定めがある」二十四人の退職金はこの規定に基づき支給されず、水増しされた商取の返還請求と、刑事告訴の検討が進められているという。大和ソフトとエース商事との契約も全て解除され、加担の度合いに応じて損害賠償を求める方針だと聞いた
俺は保守部門で過ごした二十年を思い返す。「指先の凍る夜、大雪の夜のサーバー室、機械の音を聞き分け、現場の不安を読んできた日々」と。学歴でも帳簿の数字でもなく、現場を知る者の目こそが、この一件を暴き、会社を守った。俺はそのことを、静かに噛みしめるのだった