中学の同窓会、その会場の真ん中で伊藤は相変わらず大口を叩いていた。二十年前と何も変わらない、いや、むしろ増長したその態度で、俺たちを「底辺組」と呼んで笑い飛ばす。赤い顔をした伊藤がビールグラスを掲げながら、俺の眼鏡を指差す。
「お前、どうせ今でもパッとしないんだろ。あんな私立のバカ高校の工芸コースだもんな。よくそんなとこ行けたよな、ダメがね。」
俺はかつて毎日のように浴びせられたその言葉を、懐かしい気持ちで聞いていた。中学時代、同じクラスだった伊藤は学年トップの成績を誇るヤンキーだった。髪を染めて制服を着崩し、駅前で先輩たちとたむろしながら、テストではいつも一番だった。対する俺は地味で眼鏡をかけた、見た目だけは勉強ができそうな「ダメがね」。実際は成績も中の下で、毎日のように伊藤の標的にされていた。
高校受験では伊藤は県内トップの進学校に合格し、俺は滑り止めの私立高校の工芸コースに引っかかった。工芸が何かも知らないまま入学したが、俺の偏差値で確実に受かるのはそこしかなかった。卒業式の日、正門を出る時に伊藤に背中を叩かれて「じゃあな、ダメがね」と大笑いされたことは、今でもはっきり覚えている。
それから二十年。三十五歳になった俺は、デザイン関係の仕事をしている。大学を卒業して以来、同じ会社でデザイナーとして働いてきた。中学時代の苦い思い出は今でも心のどこかに残っているが、社会に出てからは人生はずいぶん気楽になった。同窓会の知らせが届いたのは、ちょうど仕事で大事な節目を迎えていた時だった。ある支社への転勤を打診され、それを受け入れたばかり。しかもその転勤には、俺にとって大きな挑戦が含まれていた。もし疲れ切ったタイミングで同窓会の案内を目にしていたら、俺は迷わず欠席していただろう。だがその日は珍しく仕事への意欲に満ちていて、昔を思い出す勢いも手伝って参加を決めた。
同窓会の会場は地元のホテルの宴会場だった。数人の友人たちと再会し、それぞれの近況を話し合う。みんな就職したり家業を継いだりして、すっかり大人になっていた。そして伊藤も当然のようにそこにいた。どこからどう見てもイケメンの大人の男に成長していた。黒のスーツが似合い、体型も引き締まって清潔感がある。かつてのヤンキー臭さは抜け落ちていたが、口を開けば中身は二十年前のままだった。
「よう、底辺のものどもよ。お前ら来ないと思ってたぜ。お前らにとっての同窓会ってそういうもんだろ。」
伊藤は俺と友人たちを冷たい目で見下した。話し方も言葉選びも、二十年少しも変わっていない。自分と俺を比べ、高校の成績や大学の話を持ち出して見せびらかす。大学は特待生で合格したらしい。国内最高峰の大学だ。確かに伊藤はすごい男なのだろう。だがその自慢話の全てが、かつて俺を馬鹿にしていた時のそれと同じで、少しも大人になっていない。
「お前みたいな底辺がダメなのは、容量が悪いからに尽きるよな。」
「それはまあ何とも言えないね。」
「教師と親の言うことを鵜呑みにして、人のことを疑いもしない。あのな、世の中は騙し合いなんだよ。はったりもかまさないといけないんだ。」
「そういう考えもあるんだね。」
「そういう考えじゃねえよ。心理だよ。やっぱりバカには分からねえんだな。」
伊藤はゲラゲラと笑いながらネクタイを緩めた。顔は真っ赤で、どうやらかなり飲んでいるようだ。勢いづいた伊藤は徐々にエスカレートし、ついには俺たちに帰れと迫り始めた。
「お前ら底辺とエリートの俺じゃ話が合わねえんだよ。いるだけ無駄だからマジで帰れ。」
周りにいた伊藤の友人たちも、面白がって調子に乗っている。俺は特に何もせず、伊藤の命令に従うことにした。やり合ってもいいが、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。友人たちに声をかけ、一緒に会場を出た。背中から「二度と俺の前に現れないようにしてくれよ」という声が聞こえたが、俺は心の中でつぶやいた。二度と現れなくなるのは君の方だよ、と。
そのまま会場近くの居酒屋で、友人たちと同窓会を仕切り直した。伊藤の様子をネタに笑い合いながら、思い出話に花を咲かせる。人の本性はどうにもならないものだな、と誰かが言えば、みんなが頷いた。いい年してあれではな、と。仕切り直しの席はそれはもう楽しかった。帰りの電車の中で、俺は思いがけない形で決着した同窓会を、これもまた一つの思い出だと噛み締めていた。
翌日、俺は転勤先への初出勤を迎えた。前日の出来事は目まぐるしさもあって綺麗さっぱり忘れ、新たな気持ちで社員たちとの挨拶を済ませる。この日は全社員が出席する朝礼が予定されており、それは転勤してきた俺のために用意された特別な場でもあった。総務部長に紹介され、俺はマイクの前に立った。
「本日付けでこちらに参りました小峠と申します。皆さんとは手を取り合い、協力し合って仕事をしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。」
挨拶をしながら、俺は会場を見渡した。すると、見覚えのある顔を見つけた。伊藤だ。彼は周囲を気にしているようだったが、明らかに俺の登場に驚いていた。何度か辺りを見回し、小さく首をひねっている。
朝礼を終え、俺は仕事を始める前に一息つこうと休憩室でコーヒーを飲んでいた。するとそこに、見慣れた嫌な笑みを浮かべた伊藤がやってきた。
「お前、なんでここにいるんだよ。」
「さっき聞いただろ。今日からここで働くんだよ。」
「だめがね、お前がここで働くってことか? この会社は一流企業だぞ。俺みたいなエリートしかいない場所だ。ダメがねの底辺が働けるわけないだろ。」
「いや、いろんな部門はあるからね。」
「部門って? 倉庫とか物流センターとか、底辺がいる子会社はあるかもな。でもここは本物のエリートしかいない場所だぞ。お前、会社に騙されてるんじゃねえの?」
伊藤はすっかり昔の調子を取り戻し、俺を馬鹿にし続ける。だがその高笑いは、駆け込んできた総務部長の怒声にかき消された。
「伊藤、何言ってるんだ!」
「あ、部長。小峠は僕の中学の同級生でして。まさか同じ会社にいたなんて、昔の成績から考えたらありえなくて。」
「お前は誰に向かって口を聞いてるんだ? 小峠さんは今日からこの支社の支社長に就任されたんだぞ。お前、人事発令を見てないのか?」
伊藤は呆然とし、総務部長と俺を交互に見つめる。まだ事態が飲み込めていないようだった。
「私にはまだこちらで働くには不慣れなことばかりですが、しばらくは皆さんから教えていただく機会も多いかと思います。どうぞお付き合いください。」
俺は先ほどの挨拶を思い出しながら、伊藤に軽く笑いかけた。部長の口調が少し落ち着いた瞬間、伊藤は俺にすがりつくように尋ねる。
「おい、小峠。お前が支社長ってどういうことだよ。本当なのか?」
「総務部長の言う通りだよ。今日からここに赴任したんだ。」
「なんで、どうしてだよ。」
「本社から頼まれたっていうことだな。」
俺と伊藤の勤務先は、国内の有名な住宅機材メーカーだ。俺は元々、このメーカーのデザイン部門に所属する人間だった。きっかけはあの私立高校の工芸コースだ。最初は中学時代同様に苦しい高校生活だった。勉強もからっきしなら、工芸の知識も一切ない。何をすればいいのか分からず、毎日ただ途方に暮れていた。そんな俺を見て、担任の教師だけは違う目を向けてくれた。
「小峠、妙にみんなを見習おうとするな。お前の感性は面白いぞ。それをそのまま作業にぶつけろ。」
工芸の知識を持たない俺だからこそ生み出せる、奇抜で突飛なアイデアとデザイン。教師はそれを褒め、美大への進学を勧めてくれた。周りに染まらず、自分の感覚を信じろと。そして学びをやめるなと。それからの俺は受験勉強に必死で取り組み、見事現役で合格した。大学での生活はこれまでとは全く違う世界で、勉強の熟練度よりも発想の自由さが求められる毎日。そのおかげで俺はインテリアデザイナーとしての能力に目覚めることができた。アマチュアのデザイナーとして賞も取り、その実績を引っさげて今の会社に入社した。いくつかの支社でデザイナーとして働きながら、時には営業にも挑戦した。自分のデザインを自分で売り込みたいという思いからだ。社外のコンペにも積極的に参加し、成績を残した。そして今回、俺は支社長に任命された。正直言って大抜擢だと思っている。俺の成績はそこまで目立つものではない。だが会社は、デザイナーとしての本分である発想力を買ってくれたようだった。
「最近数字が伸び悩んでいる都内の支社に、今までにない視点を持ち込んでほしい。」
社長からの言葉が思い出される。俺は休憩室で呆然としている伊藤に、明るく告げた。
「ああ、そうだ。伊藤には伝えないといけないことがあったんだった。支社長として、後で支社長室に来てくれる?」
「あ、ああ。」
気の抜けた返事を残し、伊藤は立ち去った。それから数分後、俺は支社長室で伊藤と向かい合っていた。
「伊藤、申し訳ないが君には解雇を通告する。これが支社長としての初仕事だった。」
「は? 解雇? どういうことだよ!」
「支社内から君のパワハや職務規定違反を指摘する声が上がっている。支社全体と君に関する調査は、半年にわたって続けられていたんだ。支社から本社へ、君の問題行動に関する匿名の告発が上がっていたんだよ。」
伊藤は上司に対しては猫をかぶっていたが、後輩社員や女性社員、派遣の人たちに執拗にパワハラを働いていたという。さらに勤務中に私用で時間を使い、会社の備品や車両の不正使用の報告も受けていた。
「会社携帯でゲームをして、PCも家で使ってるらしいね。それから車両のワゴンをキャンプに行くからって持ち出してる。しかもガソリンも会社のカードで入れた記録がある。」
「そんなの誰だってしてるだろうが!」
「いいや。君以外にそんなことをやろうとする人間は、考える人すらいないと思う。というか、いない。」
「だからっていきなり首はないだろうが!」
「それ以前に、適切な処分はないと思うけど。備品と車両の不正使用、パワハ、職務怠慢による成績不振まで重なったら、会社として解雇以外に妥当な処分はないよ。」
伊藤は顔を真っ赤にして怒り狂ったが、俺は淡々と事実を伝えるだけだった。数日も経たないうちに、伊藤は退職届を俺に叩きつけてきた。俺に言われて解雇されることだけは嫌だと、自ら会社に辞職を申し出たらしい。本社からその報告はすでに入っていたが、俺は伊藤の望み通りにすると答えた。自主退社という形を勝ち取り、伊藤は自分のプライドを満足させたようだった。
「お前の下で働くなんざごめんだよ!」
伊藤は最後に捨てゼリフを残していったが、その姿は哀れそのものだった。退職後の伊藤のことは、風の噂で聞いている。退職後すぐに新しい職場を見つけたらしい。プライドを満たせる有名企業に入ったそうだが、そこで化けの皮が剥がれてしまった。学歴や経歴の割に何一つ仕事ができず、人を小馬鹿にして狡猾なことばかり考えている。結局その職場でもすぐに首を切られた。今は地元に戻り、実家で引きこもり生活を送っているらしい。二度の解雇処分を突きつけられたことで、伊藤のプライドは完全にへし折られたのだろう。地元の同級生は、パチンコ屋に入り浸っている伊藤を見かけたそうだ。
俺はと言うと、支社長として必死に働いている。営業の数字を追いかけながら、デザイン部門では後進の育成プランを練る。やることは山積みで、改善しなければいけない点も多い。だがそれも自分の仕事として、責任を持って取り組むつもりだ。自分を認めてくれた人たちへの恩返しとして、この忙しい日々も楽しんでみようと思っている。
