工場長が肩を落として言った。「聞いてるとは思うが、うちの工場はトラブル続きでもうだめだ。」初対面の挨拶もそこそこに、いきなり弱音を吐くほど追い詰められているらしい。制御システムのトラブルでラインが一日に何回も止まり、損失が出続けているという。画面のログを見た瞬間、俺は見覚えのある並びに気づいた。「これは……何とかできるかもしれません。」実は俺、高校時代にパソコン部で自作システムを作り、ロボッ…

工場長が肩を落として言った。「聞いてるとは思うが、うちの工場はトラブル続きでもうだめだ。」初対面の挨拶もそこそこに、いきなり弱音を吐くほど追い詰められているらしい。制御システムのトラブルでラインが一日に何回も止まり、損失が出続けているという。画面のログを見た瞬間、俺は見覚えのある並びに気づいた。「これは……何とかできるかもしれません。」実は俺、高校時代にパソコン部で自作システムを作り、ロボッ...

工場長は諦めたように肩を落とし、ぽつりと言った。「聞いてるとは思うが、うちの工場はトラブル続きでもうだめだ。」

俺は目の前の中年男性をまじまじと見つめた。初対面の挨拶もそこそこに、いきなり愚痴をこぼすほど追い詰められているらしい。そうでなければ、高卒の転属社員にいきなり弱音を吐くはずがない。

「どういったトラブルが起こっているんですか?」

「制御システムのトラブルだよ。ラインが一日に何回も止まる。その度に損失が出るんだ。」

高山工場長はパソコンの画面を指さした。俺が画面を覗き込むと、そこには見覚えのあるログの並びがあった。俺は腕を組み、しばらく画面を凝視した。

「これは……何とかできるかもしれません。」

「え?」

俺は自分の経歴を説明した。高校時代、パソコン部で自作のシステムを作り、ロボットを動かしていたこと。今も趣味でシステム開発を続けていること。本来なら希望していたのはシステム開発の部署だったが、そこは大卒が条件で、高卒の俺は営業部に配属された。それでも諦めきれず、趣味で技術を磨き続けてきたのだ。

工場長の目にわずかに希望の光が宿った。「本当か?」

「俺に任せてもらえませんか?」

「分かった。とりあえず試作のシステムを作ってくれ。本格導入には本社の許可がいる。まずはきちんと動くかどうか試してほしい。」

こうして俺はこの工場へやってきたのだが、そもそもここに来たのは、上司の村松部長に陥れられたからだ。あの日のことを思い出すだけで、今でも腹の底が煮えくり返る。

もともとは営業部の係長を務めていた。家が貧乏で大学進学を諦めたが、この会社に入れて良かったと思っていた。部下と軽口を叩き合えるくらい部署に溶け込んでいたし、取引先との関係も良好だった。ずっとこの会社で働き続けたいと思っていた。だが、ある日、予想外の出来事が起こった。

俺を可愛がってくれていた営業部の部長が病気で倒れ、退職を余儀なくされたのだ。後任としてやってきたのが村松部長——副社長の大学時代の後輩で、コ入社だった。前の会社でも営業部長を務めていたため、経歴や経験は十分だという評価だった。だが、人間性には大きな問題があった。

自分の仕事を平気で他人に押し付け、しかも一切感謝しない。それが当たり前という態度で、部下を高圧的に扱う。部長にとって部下は、思い通りに動く便利な駒でしかないのだろう。

最初は大きなトラブルもなかった。平和な日々が壊れたのは、村松部長が就任して半年後のある会議でのことだった。

開発部との共同会議で大型案件について話し合いを進めていた時、開発部の部長が声を上げた。「中間工程のこの部分、ミスじゃないか。担当者は誰だ?」

「村松部長ですね。」

俺が何気なく答えると、開発部の部長がわざとらしいため息をついた。「村松君か。困るよ、君。うちに来てもう半年だろ? これじゃ納期に間に合わないって、ちょっと見れば分かるはずだけど。」

射程が短く年下の村松部長に対して、開発部長はいつもの調子で苦言を呈した。これが村松部長のプライドを傷つけたらしい。そして、その怒りは立場の弱い俺に向けられた。

「よくも大勢の前で恥をかかせたな。」

会議が終わった後、人のいないところに呼び出され、一方的に怒られた。「ああいう時は、部下のお前が上司のミスを被るのが普通だろう。お前のせいで開発部のじじいに絡まれて嫌な思いをした。罰として、今日の俺の仕事は全部お前にやってもらうからな。」

俺は大量の仕事を押し付けられ、夜中まで残業するはめになった。部長の攻撃はこの日だけにとどまらず、いつの間にか日常化していった。村松部長はいい大学を出ていてプライドが高い。高卒の俺にミスの指摘をされたという事実は、耐えがたい屈辱だったのだろう。さらに部長は就任して半年経つのに大きな功績がなく、係長の俺に営業成績で負けていた。こうした背景もあり、部長の攻撃は次第に激化していった。

最初は人目のないところで嫌味を言ったり、仕事を押し付けたりする程度だった。だが、時間が経つにつれ、嫌がらせは公然のものとなる。会議では俺の発言を遮り、意見を否定する。些細なミスを大げさに取り上げ、必要以上の罰を与える。俺と仲の良い社員を冷遇し、俺が孤立するように仕向けた。効果は大きく、仲の良かった部下や同僚は俺と距離を置き始めた。部長が小さなミスを大げさにしたため、「仕事ができない人間」というイメージがつき始めた。

さらに部長は自分のミスを俺に擦り付け、対応のために連日残業が続くのが当たり前になった。部長は大雑把に仕事をするのでミスが多いのだ。誰もいなくなったオフィスで、俺は一人つぶやいた。「なんで俺が部長の尻拭いをしなきゃいけないんだ。」仮に俺のミスではないと主張したところで、孤立した今の状況では誰も聞く耳を持たないだろう。

「会社、やめようかな。」こんな弱気な発言が出るほど、俺は追い詰められていた。しかし部長のせいで毎日忙しく、転職活動を進める暇もない。数々の嫌がらせで気力も失いかけ、何もできずにいた。

弱り切った俺に、部長は容赦なくとどめを刺してきた。副社長を通じて上層部に俺の悪評を吹き込んだのだろう。突然、移動の辞令が出た。移動先は関連企業の自動車部品工場——事実上の左遷だった。この工場はなぜかトラブルが多く、残業が100時間を超えている。

営業部を去る日、村松部長はわざわざ俺を会社の出口まで送り出し、こう言い放った。「工場のライン仕事でもやってろ。お前にはちょうどいい底辺の仕事だ。」部長は心底楽しそうに笑っていた。俺は何も言い返さず、部長の前から立ち去った。

その翌日、俺は左遷先の工場へとやってきた。ポストは工場管理部門の課長。事務作業がメインだが、必要があれば現場に出ることもあるという。それに関して特に不満はなかった。どんな内容であっても、会社に必要な仕事だからだ。

試作システムの完成後、一部のラインで試してみたところ、予期せぬエラーが発生した。現場の社員から不満が続出する。「本社から来た人間がしゃしゃり出るなよ。あいつ、元営業だろう。現場の仕事なんて分かってないんだよ。」

容赦ない評価の声を耳にしながら、俺は冷静にシステムのエラーをチェックしていた。以前の俺なら、現場社員の冷たい目に落ち込んでいただろう。どうやら村松部長の嫌がらせで、精神的に鍛えられていたらしい。

「相田君、難しいようならやめてもいいんだぞ。」

「いえ、やらせてください。エラーの原因を特定し、もう一度試してみます。」

苦い顔をした高山工場長に、俺ははっきりと言い切った。工場長の目をまっすぐ見つめると、俺の覚悟を感じ取ったのか、「分かった。君を信じよう。」と言ってくれた。

その日、俺は夜中まで残業してエラーの原因を特定していった。ログを一つずつ追っていくと、ラインのセンサーから制御プログラムへの応答にわずかな遅延が生じていることに気づいた。古いシステムはその遅延を異常と認識し、緊急停止をかける設定になっていたのだ。高校時代、ロボットの誤動作と何度も向き合った経験が蘇る。俺はタイムアウトの設定値を見直し、遅延を許容範囲として処理するようプログラムを書き換えた。これなら現場の小さな揺れ程度でラインが止まることはないはずだ。

翌日、改善した制御システムでラインを稼働させたところ、エラーは出ず、ラインも停止しなかった。高山工場長はすぐに動いてくれた。「本社に許可を取り、相田君が作った制御システムに一斉導入しよう。」

この日の午後にはシステムの導入が始まり、翌日には新システムで工場の稼働が開始された。ラインは止まらず、スムーズに作業が進んだ。休憩室の前を通ると、現場社員たちの声が聞こえてきた。「元営業のくせに、あいつすごいな。工場長に聞いたんだが、ロボット開発の経験があるらしいぞ。それなら納得だな。」先日のマイナス意見から一転した嬉しい評価だった。

「これからもみんなの期待に答えるために頑張ろう。」工場のピンチを救ったことで、俺の中にやる気が湧いてくる。村松部長のせいで無気力に陥っていたけれど、いつの間にか回復していたようだ。

しかし、この後、最後の波乱が待ち受けていた。制御システムを一斉導入して三日後、俺の携帯電話が鳴った。この時の俺は現場社員と一緒にラインで作業中だったため、手が離せず着信を無視してしまった。しかし、電話はしつこく鳴り続ける。ようやく作業を終え、画面を見ると五十件以上の着信が入っていた。表示されているのは本社の番号だ。何の用だろう? 業務連絡なら高山工場長や他の社員を通じて連絡があるだろう。首をかしげている間に、また本社から電話がかかってきたので、溜息をつきながら通話ボタンを押した。

「もしもし。」

「お前に聞きたいことがある。」

聞こえてきたのは、村松部長の声だ。聞き慣れた威圧的な声だが、どこか焦りが滲んでいるように感じた。

「はあ……何でしょう。」

「工場の制御システムを改善したのはお前って本当か?」

「ええ、本当です。」

本社に話が届いていたことに驚きつつ、素直に認める。続けて村松部長が別の疑問を投げかけてきた。「じゃあ、営業部で使っていた作業効率化システムも、お前が作ったものだったのか?」

「そうです。部員のみんなに無償で提供していたシステムも、俺の自作ですよ。」

そう言いながら、俺は三年前のことを思い出していた。作業効率化システムを作った際、俺は前の部長に導入の許可をもらった。前部長は大喜びでOKを出した。だが、直後、奇妙な顔でこう言ったのだ。「お前が便利なシステムを作れることは、周りに黙っていた方がいい。使われるだけ使われて、評価には反映されにくいからな。」俺はその言葉に従い、システム開発の能力を黙っていた。

効率化システムのおかげで営業部全体の処理件数は大幅に向上した。だが、部署を去ることになり、俺はシステムを全て削除した。

「なんで削除したんだ? 嫌がらせか?」

「俺がいないところでシステムの不具合が起きても対処できないですし、責任も取れないからですよ。部長じゃあるまいし、そんなつまらない嫌がらせはしません。」

「なんだと?」

今までは部長が怖くて言い返すことすらできなかったが、現在の俺の席は工場にあり、もう部長の部下ではない。今までの鬱憤を少しだけぶつけると、村松部長は語気を荒わにした。「お前が作ったシステムをもう一度使わせろ。」

「お断りします。」

形勢が悪いと見るや、部長の声色が急に変わった。「なあ、頼む。このままじゃ俺の立場が……」そこまで言いかけて、我に返ったように声を荒げる。「じゃあ、明日そっちに行ってやる。覚悟しろ。」そう言い捨てて、電話は切られてしまった。直接会って俺を脅すつもりなのだろう。相変わらずだなと、大きな溜息をついた。

翌日、予告通り、村松部長が工場に乗り込んできた。俺は現場で作業中だったが、部長は俺を見つけると駆け寄り、顔を真っ赤にして怒鳴った。「システムを返せ! 営業部がどれだけ困ってると思ってるんだ?」

「俺のいないところでトラブルが起こっても対処できません。そんな無責任なシステムを使わせることはできませんよ。」

「へらず口を叩くな。お前は前からそうだった。俺のミスをここぞとばかりに指摘して、俺を貶めただろう。」

周りには少数だが現場社員がいる。彼らが驚いてこちらを見ているが、村松部長は頭に血が上っていて気づいていないらしい。

「貶めたのは部長の方では? 俺の評判を落とし、自分の仕事やミスを擦り付けましたよね。」

「お前には相応のバツだ。高卒の無能のくせに調子に乗るからだぞ。いいからさっさとシステムを返せ。さもないと、またお前の評判を落とすぞ。」

「村松君。」

部長の声がぴたりと止まる。影から出てきたのは、高山工場長と副社長だった。部長の顔色が一瞬で変わる。「あ、ま……なんであなたが……」

「この工場は、副社長である俺の管轄だ。システム改善を自分の目で確かめるために、緊急で来てたんだよ。」

昨日、村松部長からの電話を切った後、背後にいた高山工場長に「今の村松部長か?」と問われ、俺は全てを話した。すると工場長は言ったのだ。「君、俺に考えがある。明日、副社長が来るんだ。君たちの会話を聞かせて、あいつの本性を明らかにしよう。」工場長と副社長の繋がりに驚いていると、さらに驚きの発言が飛び出した。「君と村松部長の会話を副社長に聞かせる。相当厄介な人なのだろう。君と話せば頭に血が登ってボロを出すかもしれない。それを副社長に見てもらうんだ。あいつの本性と悪事を明らかにしよう。」

「それは正直ありがたいですが……なんでそこまでしてくれるんですか?」

目だけで問いかけると、高山工場長は笑って答えた。「相田君は工場の恩人だ。このくらいはして当然だろう。」

「ありがとうございます。」

副社長は鋭い目で村松部長を睨みつけていた。「先ほどの発言は本当か? 村松君、相田君をこの工場に左遷するよう仕向けたのか?」

「ち、違います。俺はそんなことをしていません。」

「俺の聞き間違いなのか?」

副社長の問いかけに答えたのは、工場長だった。「副社長、俺もこの耳でしっかり聞いていました。村松部長は相田君という優秀な社員を、身勝手な理由で貶め、工場に左遷させたのです。」

「部外者は黙ってろ。」

「ここは俺の工場ですよ。部外者はあなたの方でしょ。」

高山工場長の容赦ない反論に、村松部長は一瞬うろたえる。その隙に、俺はある言葉を部長に投げかけた。「俺が本社を去る日、部長はこう言いました。『工場のライン仕事でもやってろ。お前にはちょうどいい底辺の仕事だ。』」

その瞬間、工場内の空気が一変した。騒ぎを聞きつけた現場社員たちが集まり、全員が村松部長を睨みつけている。部長の顔色が一気に青くなった。

「君を部長に据えたのは俺の判断だ。今回の責任は俺にある。相田君、本当にすまなかった。」

副社長が深々と頭を下げた。部長はその姿を見て、顔中に冷や汗を浮かべる。自分の味方であるはずの副社長が俺の側につき、この状況をひっくり返せないと悟り始めたようだ。

「村松君の処分については、本社に戻ってから決める。」

「え? 処分って……何ですか? 俺は何も……」

「部長という立場で、正当な理由もなく部下を貶めた。当然の判断だ。」

副社長が重々しく言った。村松部長は慌てて言い訳を始める。「今までのことは謝る。二度としないと約束するから。」

「あなたの言葉を信用することはできません。長期間に渡り一方的に攻撃され、評判を落とされましたから。」

部長の顔が土色になり、膝から崩れ落ちた。「うう……」苦しそうなうめき声をあげる部長を、誰も助けようとしなかった。

副社長の行動は迅速だった。上層部に報告した副社長は、部長の降格と移動を発表した。移動先は、あれだけ馬鹿にしていた工場の現場仕事だ。厳しい社員たちに毎日叱責されながらラインに立っていると噂で聞いた。奥さんに愛想を尽かされ、離婚寸前という噂も耳にした。全て部長の自業自得だ。

一方、俺は高山工場長の元で働き続けている。本社へ戻らないかと打診を受けたが、断った。この工場は俺を受け入れ、再起のチャンスをくれた恩人だ。恩を返すまで、離れるわけにはいかない。

「さて、今日も頑張って働くか。」

俺は今日も工場で一生懸命働いている。

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