事故は、車線の合流地点で起きた。私はいつもの帰り道を車で走っていたところ、隣の車線から強引に割り込んできた車と接触してしまったのだ。すぐに安全な場所へ車を寄せて止めると、相手の車から屈強な男たちが五人、ぞろぞろと降りてきた。全員が黒い服を着て、サングラスや金のネックレスを身につけている。その恐ろしい顔つきで私を睨みつける様子は、どう見ても普通の人間ではなかった。
「おい、お前、よくも俺たちの大事な車にぶつけてくれたな。どう責任を取るつもりだ?」
男たちは私を取り囲むと、威嚇するように怒鳴りつけた。恐怖で私は思わず頭を下げていた。
「すいませんでした。でも、今回の事故は合流地点での事故ですし、確かに私がもっと注意していれば防げたかもしれません。でも、そちらの車もかなり強引に割り込んできましたよね。私だけが悪いとは思えないんですけど」
怖かったが、今回の事故は私だけの落ち度ではないはずだ。相手の車ももう少し余裕を持って合流していれば、事故は起こらなかっただろう。一方的に責任を押し付けられたくはないと思い、私は必死に声を上げた。
だが男たちは私の言い分を全く聞き入れようとしなかった。
「強引に割り込んだだと?言いがかりはよしてくれ。俺たちはちゃんと待ってから入っていったんだ。お前がスピードを上げたからぶつかったんだろ。お前がちゃんと道を譲っていれば、事故なんか起こらなかったんだよ。いいか、この事故は百パーセントお前が悪いんだ。だからお前が責任を取るのが筋なんだ」
「そんなはずありませんよ。今回の場合、どちらかが一方的に悪いから起こった事故ではないと思うんです。ちゃんと判断してもらうためにも、警察を呼びませんか?自動車事故が起きた時は、警察に連絡するのが義務ですから」
私が警察に連絡すると言うと、男たちは苛立たしげに声を上げた。
「警察だと?お前が悪いのに、わざわざ警察なんか呼ぶ必要があるかよ」
「そんなことありません。ちゃんと警察に連絡して判断してもらわないと」
「俺たちは五人で見てたんだ。全員がお前の運転が悪いと言ってる。お前の方は一人しかいないだろ。多数決でもお前が悪いって決まってるんだ」
「あなたたちは一台に五人乗ってたんだから、意見が一致するのは当然ですよ」
「いいから黙って。弁償と慰謝料、それに治療費を払うんだな」
「そうだな。車の修理と、俺たち五人分の治療費だ。合わせて一億で許してやるよ」
「一億ですか?」
突然の法外な金額に、私は驚きで目を丸くした。確かに車はバンパーが曲がって壊れているが、修理代に一億なんてかかるとはとても思えない。治療費を合わせてと言っていたが、男たちは見た限り元気そうだ。そもそも病院にもまだ行っていないのに、治療費を請求されるのはおかしい。
「ちょっと待ってください。一億なんて、とてもすぐには支払えませんよ。大体、車だってそんなに傷ついてないように見えますし。皆さんも、見たところ大きな怪我なんてしていませんよね」
「え、痛ったたたた。さっきから追突した衝撃で首が痛いんだよな。それを我慢してこっちは話をしていただけだ。怪我なんかしてないなんて、見た目で決めつけるんじゃねえよ」
男たちはそう言うと、肩や首を押さえて露骨に痛がって見せる。わざとらしいくらいに痛がる男たちを見て、私はようやく自分が言いがかりをつけられていることに気づいた。ひょっとしたら、この男たちはわざと事故を起こしては相手を脅し、金をせびるタイプの当たり屋なのかもしれない。
「とにかく警察を呼びましょう。当事者同士で話をするとこじれてしまうと思いますので、警察に現場を見てもらいましょう。それから保険屋さんも呼びますね。弁償や治療費などは、保険屋さんと相談してください」
このまま話していても、男たちは一方的に私が悪いと言い続けるだけだろう。誰か第三者に介入してもらった方がいい。そう思った私は、警察を呼ぶためにスマホを取り出した。すると、男の一人が私の腕を思いっきり掴んで止めた。
「おっと。警察は呼ばせないぜ」
「痛いじゃないですか。やめてください。離してください」
「警察は呼ぶなって言ってんだ。さっきも言っただろ。警察なんてあれこれ面倒な調べ事をするだけで役に立たねえから、呼ぶ必要なんかねえんだよ」
「何を言ってるんですか?事故を起こしたら警察を呼ぶのが義務ですよ。それに、あなたたちは私が悪いと言うだけで、全然話し合いにならないじゃないですか。このままじゃ埒が明きません」
「うるせえ。お前が悪かったから金を払う。それでいいじゃねえか。分かんねえ女だな。それに、俺たち相手に警察なんて呼んでも無駄なんだよ」
「無駄?どうしてそんなことを言うんですか?」
「それはな、俺たち全員、大熊組のヤクザだからだよ」
私の問いかけに、男は得意げな顔をした。なるほど、恐ろしげな風貌をしていると思ったが、やはり五人ともヤクザだったようだ。
「俺は古川ってもんだ。いいか、大熊組は警察が恐れるほどでかいヤクザなんだ。だから警察を呼んだところで、あいつらは俺たちを恐れて捜査なんてしねえよ。そんな無駄なことをするくらいなら、素直に一億支払った方がいいんじゃないのか」
古川はそう言うが、もしその話が本当なら、私が警察に連絡するのをわざわざ止めないだろう。きっと古川たちは、警察に来られると困るに違いない。
「分かりました。警察が怖くないなら、別に呼んでもいいですよね」
私が再度スマホを取り出そうとすると、古川はまた私の腕を掴んで止めた。
「おっと。警察に連絡するのはやめろと言っているだろう」
「痛い。腕を掴まないでください。警察が怖くないなら、警察を呼んでもいいじゃないですか」
「生意気な口ばかり聞きやがって。おい、お前には家族はいるか?恋人は?会社の同僚や友人はいるか?」
「急に何を言ってるんですか?恋人はいませんけど、家族はいますし、友達だって普通にいますよ」
「そうか。お前も大事な家族や友人に危害を加えられたくはないよな」
「どういうことですか?まさか、私の家族に手を出すと言うんじゃないでしょうね」
「お前だって、家族と仲良く暮らしたいだろ?」
古川はニヤニヤ笑いながら私を見る。相手はヤクザだから、何をするか分からない。私が警察を呼べば、本当に家族へ報復するかもしれないのだ。
「分かりました。警察は呼びませんから、家族には手を出さないでください」
「そうか。やっと自分の立場が分かったようだな。それなら慰謝料として一億支払ってもらおうか。お前だって、毎日ヤクザに突きまとわれる生活はしたくないだろう」
古川たちはそう言うと、ゲラゲラ笑い出した。五人もの男たちに囲まれてしまっては、話し合いなどとても無理だと思った私は、藁にもすがる思いで家族に連絡をすることにした。父か弟がここにいれば、もう少しまともに話し合えると思ったからだ。
「あの、さすがに一億なんてお金はすぐに準備できませんから、家族を呼んで相談してもいいでしょうか?」
「家族だって?」
「はい。私一人では一億なんてとても支払えませんので、家族と相談をしたいんです」
「なるほど。確かにお前は、どう見たって普通の会社員だ。まだ若そうだし、大した貯金もなさそうだもんな。いいぜ。家族を呼んで支払いの詳細を決めようじゃねえか。おっと。家族に妙なことを言ったり、家族に連絡するふりをして警察に通報したら、その時はお前をボコボコにしてやるからな」
「そんなことしませんよ。それでは、家に電話させてもらいますね」
私はスマホを取り出すと、自宅に電話をした。電話を取ったのは弟だった。
「どうしたんだよ、姉さん。今日は帰ってくるのが随分と遅いじゃないか」
「あのね、実は帰り道でちょっと事故を起こしちゃって」
「おい、余計なこと言うんじゃねえぞ。一億を準備して、すぐに持ってこさせろ」
古川が私を威嚇するように怒鳴りつける。その声が聞こえたのか、弟は怪しんだ様子で聞いてきた。
「姉さん、今、妙な男の声が聞こえたけど、誰か近くにいるのかい?」
「うん。実はそうなの。事故を起こした相手から、弁償と治療費合わせて一億を支払えって言われて」
「何だって?ひょっとして相手はヤクザなのか?」
「そうみたいなの。私一人ではとても支払えないと思って」
「分かった。すぐに行くから、場所を教えてくれ」
弟にそう言われ、私は車が止めてある場所を伝えた。すると五分後、すぐに弟が来てくれた。
「あれがお前の弟が乗ってる車か。思ったよりいい車だな。これは一億なんて言わず、もっと吹っかけても良かったな」
余裕綽々で軽口を叩いていた古川たちだったが、弟が車から降りてきた瞬間、顔色が変わった。
「おい、あいつがお前の弟か?本当に?」
「はい。そうですけど、それが何か?」
「何かじゃねえ。あいつは北天組の組長じゃねえか」
古川が悲鳴のような声を上げた。弟がヤクザの組長だというのだ。
「え、そんなはずありませんよ。私の弟は普通の会社員のはずですけど」
「バカ言うな。見間違えたりするかよ。あいつは武闘派で有名な北天組の組長だ。お前、北天組の組長の姉だったのかよ」
古川たちは目に見えて戸惑っていたが、それは私も同様だった。私は弟から就職したと聞かされていたし、いつも普通の会社員のような格好で出かけていたから、まさかヤクザになっていたとは思っていなかったのだ。
「え、あなた、ヤクザだったの?本当に?」
「姉さん、今まで黙っていて悪かったね。家族には就職したと話していたが、学生時代にヤクザに助けてもらった恩義があって、ヤクザになったんだ。俺は当代の組長にすっかり気に入られてね、まだ二十七歳の若輩者が組を継ぐことになったのさ」
まさか弟がヤクザになっていたとは知らず、唖然とする私の横で、古川は頭を抱えていた。
「冗談じゃねえ。北天組といえば、今の組長になってから、一般市民に手を出すヤクザを徹底的に粛清する武闘派として有名じゃねえか」
「ほお。俺のことを随分と恐れているようだな。お前らも、相手が弱そうだからって金を巻き上げようとする、義も仁も知らないクズってことか」
弟は古川たちを睨みつけた。その様子は、普段家にいるのんびりとした雰囲気の弟とはまるで別人だった。
「え、違います。悪いことなんか一切していません。俺たちは北天組の組長に憧れて、あんなヤクザになりたいと思っているので、たまたま詳しいだけですよ。一般市民に一切手出しをせず、悪事を働くヤクザをぶっ潰すなんて、正義のヒーローそのものじゃないですか」
「ふ、なるほどな。こいつらはこんなことを言ってるが、本当かい?姉さん」
弟に聞かれて、私は大きく首を横に振った。
「そんなの嘘よ。その人たちが強引に割り込んできたから事故になったんだけど、この事故は全部私の責任だって決めつけて脅してきたのよ」
「それは俺たちも事故で動揺して、冷静じゃなかっただけです。本当にすいませんでした」
「しかも、事故なんだから警察を呼びましょうって私が言ったら、警察は呼ぶな。呼んだら家族が無事じゃ済まないなんて脅してきたわよね」
「それはその、俺たちヤクザなんで、警察沙汰になるのは避けたかったから、ついポロっと口から出てきてしまったんですよ」
「言い訳ばっかりするんじゃねえ。大人の男が五人掛かりで寄ってたかって、姉さんのことを脅してるじゃねえか。その時点でどうかしてるんだよ」
弟に怒鳴られ、古川たちはびくっと体を震わせた。
「どうやら白を切ろうとしているようだが、もう無駄だからな。姉さんと電話している最中、お前らの声で『一億を準備して持ってこさせろ』なんて指示してるのが聞こえているんだ。姉さんは俺と違って、ずっと真面目な人間なんだよ。一般市民相手に一億も要求するなんて、頭おかしいんじゃねえか」
「それは、その、一億というのは間違いで、一万を連絡しておいて欲しいと、そうお願いしただけです。きっとそれを聞き間違えたんですよ」
「つまらない。言い訳はもう十分だ。お前たちが姉さんを脅して一億を取ろうとしたのは、疑う余地もないからな。てめえら、一体どこの組のもんだ」
弟の問いに、古川たちは互いに顔を見合わせて何も言おうとしない。その様子を見て、私は首をかしげた。
「どうして急に黙っちゃうのかしら。私を脅していた時は、大熊組の組員だって堂々と名乗っていたじゃない」
「大熊組だって?こいつら、大熊組の組員なのか?」
「ええ、確かに大熊と言っていたわ。でも、それがどうかしたの?」
「どうしたもこうしたも、最近俺たちの縄張りで一般市民相手に散々悪事を働いている連中が、大熊組なんだよ。俺たちの目を掻い潜るように悪事を働いている不届きな連中で、なかなか尻尾が掴めずにいたんだが、まさか組長の姉に絡んでくるとはな」
弟はそう言うと、古川たちを睨みつけた。古川たちは真っ青になり、その場に立ち竦んでいた。
「よし、決めたぜ。大熊組を襲撃して、徹底的に制裁してやる。お前たちの様子を見れば、一般市民を脅して金を巻き上げているのは明白だからな。この落とし前は、お前たちとお前たちの組につけてもらうぜ」
「そ、そんな、待ってください。そんなことをされたら、俺たちが原因で組が制裁されるようなもんじゃないですか?俺たち全員、うちの組長に消されてしまいますよ」
「そんなことは俺には関係ねえ。ひとまずお前たちには、俺の事務所に来てもらうぜ。そこで、お前たちの組がどこにあるのか詳しく聞かせてもらおうか」
弟はスマホを取り出すと、どこかに電話をした。どうやら部下にここまで来るように指示をしているようだ。すると古川たちは、ひそひそと相談を始めた。
「おい、このまま黙って見てたら、北天組に連れて行かれてひどい目に遭うぞ。今のうちにこいつらを潰しておいた方がいいんじゃねえのか。今なら相手は組長とその姉の二人だけだ。こっちは五人もいるんだから、俺たちに分があると思わないか」
「ちょっと、あなたたち何を考えているの?」
「うるせえ。このまま黙っていたら、俺たちは消されるかもしれないんだ。それなら、先にお前らをぶっ潰してやる」
古川はそう叫ぶと、いきなり私たちに殴りかかってきた。五人のうち二人は私に、残りの三人は弟の方へと向かっていく。突然こちらに向かってきた古川たちを見て、どうしたらいいのか戸惑っている私をよそに、弟は平然とした様子で向かってきた男の一人を捉えた。
「おいおい、数で勝てると思ってたのか?そんなだから、お前らは三流なんだよ」
弟はそう言うと、男の腕を掴んでその場で振り回す。振り回された男の勢いで、弟に向かっていた残り二人の男もその場で倒れた。一瞬のうちに三人を倒した弟の強さに、私は唖然としていた。
「仲間がやられただと?くそ。こうなったら、あいつの姉を捉えて人質にするしかねえ」
二人の男たちはまっすぐ私に向かってくる。どうしたらいいか分からず、逃げ惑う私を前に、弟は「危ない!姉さん!」と声を上げると、腕を掴んでいた男を一本背負いの形で投げつけた。投げ飛ばされた男は、私に向かっていた古川たちにぶつかり、地面に転がった。古川たちを、弟は思い切り踏みつけた。
「姉さんを襲って人質にしようと考えるなんて。お前たちは本当に最低のクズだな。あんまり妙な真似をするんじゃねえ。これ以上バカなことをしようってんなら、二度と動けないようにボコボコにしてやるからな」
弟の強さを見て、抵抗する気もなくなったのだろう。古川たちは全員、地面に倒れたまま動こうとしなかった。ほどなくして弟の部下たちが現れ、古川たちを捉えた。
「やめてくれ!助けてくれ!」
古川たちは悲鳴のような声を上げながら、黒塗りの高級車に押し込まれていった。その姿を見ているうちに、私はだんだん不安になる。弟は普段からこんなに乱暴なことをしているのだろうか。古川たちは弟のことをヤクザと呼んでいたが、まさか命まで奪っているのではないだろうか。確かに古川たちは悪党だと思うが、かといって弟に手を汚してほしくはない。そう思った私は、部下に指示をする弟に近づくと、こっそり声をかけた。
「あの、今日は助けてくれてありがとう。でも、あの人たちにあまりひどいことをしないでくれる?」
「姉さん、散々あいつらに怖い思いをさせられたのに。姉さんは優しいな」
「うん。違うの。あいつらは罰を受けるべきだとは思うんだけど。あなたが手を汚す必要はないと思っただけよ。私、あなたにあまり怖いことやひどいことはしてほしくないの。お願いだから、警察に逮捕されるようなことはしないでくれる?」
私の言葉を聞いて、弟は笑った。
「心配しなくても、あいつらの命を奪うような真似はしないさ。ただ、姉さんや他の一般市民の人たちに悪事をした落とし前をつけてもらうだけだよ」
「本当に、ひどいことはしないのね」
「ああ、約束する。俺だって、あいつらのせいで警察に捕まるのはごめんだからね」
弟は明るくそう言うと、古川たちを車に乗せて去っていった。私は弟の車を見送ると、一人で家に戻ることにした。だが、帰ってもどうにも落ち着かず、食事も喉を通らない。弟は今頃大熊組に乗り込んでいるのだろうか。古川たちを散々殴りつけて、ひどい目に合わせているのだろうか。私のせいで弟に良くないことが起こるのではないか。そう思うと、不安で仕方なかった。
眠れないまま夜を過ごす私に、弟から電話がかかってきた。
「姉さん、起きてたかい?」
「ええ、ちょっと眠れなくて。それより、大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だ。あれからすぐ大熊組の事務所を襲撃したんだ。多少荒っぽいやり方になったけど、金庫に隠してあった悪事の証拠を見つけたから、大熊組の連中を全員縛り上げてから警察に連絡しておいたよ。きっと、あいつらすぐに逮捕されるはずさ。これなら姉さんも安心だろ」
「そう。よかった」
その連絡の後、私はようやく安心して眠りについた。そして翌日のニュースで、大熊組の組長が逮捕されたのを知る。私に一億の慰謝料を請求してきた古川たちも、全員逮捕されたようだ。弟は夜遅くに帰ってきて、今は疲れて寝ているらしい。私はすべてが無事に終わったのだと、一人安心するのだった。
それから一か月後、私は弟と家でゆっくり過ごしていた。
「兄弟揃って、休日は家でゴロゴロしてるなんて。これじゃあ結婚はまだまだ先ね」
「余計なお世話だよ、お母さん。俺はまだまだ働き盛りなんだ。結婚はもう少し後でいいわ」
いつものように家族と他愛ない話をしていると、突然弟が私に頭を下げてきた。
「姉さん、ごめん」
「え、どうして急に謝ったりするの?」
「今まで俺がヤクザだったのを黙っていて悪かったと思って。弟がヤクザだったなんて知って、驚いただろう」
確かに、弟がヤクザになっていたことには驚いた。家にいる弟は大らかな性格で、ヤクザのような荒事とは無縁に見えるから、なおさらだ。だが、弟が一般市民相手に悪どい方法で稼ごうとするヤクザを許さず、徹底的に制裁しているのは、昔から正義感の強い弟らしいと思っていた。
「確かに驚いたけど、あなたが自分で選択した道だもの。私がとやかく言う筋合いはないわ。それより、あの時は助けてくれてありがとう。本当に感謝しているの。あなたがいなかったら、今頃どうなっていたか想像もつかないもの」
私がお礼を言うと、弟は照れ臭そうに鼻をかいた。その姿は、小さい頃からよく知っている弟の姿そのままだった。たとえヤクザであっても、私の弟であることには変わりないのだ。その姿を見た私は、今まで通り変わらず弟と仲良く過ごそうと思うのだった。
