「おばあちゃん、どうしたの?」
真夜中、目をこすりながらそう尋ねると、祖母は唇に人差し指を当て、声をひそめて言った。
「静かに、急いで外に出るのよ」
まだ体調がすぐれないのか、祖母は息を切らせながら私の腕を引っ張った。
「おばあちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。あなただけは守らなくちゃ」
意味ありげな言葉を呟きながら、祖母は周囲を警戒するように見回している。やがて庭を抜け、使われていない古い和式トイレの前に着いた。立付けが悪いのか、ドアはギシギシと嫌な音を立てた。
「さあ、ここに入って、早く」
真剣そのものの祖母の顔に押され、私は暗くて埃臭いその狭い小屋の中へ足を踏み入れた。明りもないそこに私を閉じ込めると、祖母は切羽詰まった表情で言った。
「静かに声を出さないで、しばらくそこから出ちゃだめよ」
言われた通り、私は身じろぎもせずに息を潜めた。すると、外から声が聞こえてきた。このトイレは庭の隅にある。つまり、あの二人が庭に出てきているのだ。
「あんたの目、急に朝一で仕事が入って、さっき帰ったみたいよ」
「ちっ、計画は延期だな。せっかくのチャンスだったのに」
計画。チャンス?私は音を立てないよう注意しながら、ドアに耳をくっつけた。
「でもまさかあのガキに遺産が入るなんてね。あなたってよほど亡くなったじいさんに嫌われていたのね」
「全くだ。父さんはあのガキの父親だった兄さんばかり可愛がって、俺のことは見限ってたからな。最後の嫌がらせのつもりかよ」
「まあいいじゃない。計画通りあのガキを泣きものにすれば、遺産の取分はあなたのものじゃない」
「強盗の仕業にでも見せかければ、簡単よ」
「そうだな。今日は実行できなかったが、チャンスはすぐに来る。ユリがこの家に泊まった時を狙おう」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍りつくようだった。なんと叔父夫婦は、私を殺すつもりでいたのだ。確かに私がいなくなれば、祖父の遺産は全て叔父のものになる。
おそらく、この計画を事前に察知した祖母が、私を匿ってくれたのだろう。心臓の鼓動がうるさいほどに響くが、今は声を出すわけにはいかない。ここに隠れていることがバレたら、一体何をされるか分かったものではない。
祖母は私が仕事で急遽帰ったと嘘をついてくれたらしい。もし祖母が気づかなければ、今頃私は――
そう考えるだけで、恐怖で手が震えた。遺産欲しさに実の姪を手にかけようとするなんて、信じられなかった。
「今日は一度家に戻るか。無駄足を踏んじまったな」
「子がいないならしょうがないわね。次の機会を待ちましょう」
やがて二人の声は遠ざかり、静かさが戻ってきた。それでもまだ油断できないと、私はさらに身を縮めた。しばらくして、トイレのドアが再びギシギシと音を立てて開いた。
「ごめんね、ルリ」と、祖母が言った。「何の説明もせず、こんなところに閉じ込められて、怖かったでしょう」
「おばあちゃん……怖かった……」
私は泣きながら祖母の手を握った。祖母はまるで小さな子供をあやすように、私の頭をよしよしと撫でてくれた。
あの夜のことを振り返れば、今でもあの時の恐怖が鮮明に蘇ってくる茫然この屋敷で、私はずっと光と影の間を彷徨い続けていた。
私の名はルリ 両親を小学生の頃に交通事故で亡くした私を、父方の祖父母が引き取ってくれたのだ。
両親がいないことは寂しかったが、その悲しみを埋めるように、祖父母は本当に私を可愛がってくれた一心残らず愛情を注いでくれた。親を亡くした孫を特別扱いにするのではなく、時に厳しく、時に優しく、立派に育ててくれた。
高校は地元で一番の進学校に入り、その後は家から通える国立大学に進学した。
大学を卒業して就職した私は、祖父母の家を出た これからは自分の足で生きていこうと思ったからだ。一人暮らしを始めてからも、私は定期的に祖父母を訪ねていた。
「まあまあ、ルリ、よく来たわね あなたの好きな果物があるのよ、切ってあげるわね」
「仕事は順調か あまり無理するんじゃないぞ」
二人は私が行くといつも嬉しそうに顔を綻ばせる 私はそんな祖父母が大好きだった。
祖父には父の他にもう一人、息子がいた それが叔父である 祖父は会社を経営しており、以前は父に会社を継がせるつもりでいたが、叔父が家のお金を盗んで放蕩の限りを尽くしていたことが発覚し、勘当したらしい その後叔父は食い扶持を転がしながらどうにか暮らしていると言っていたが、生活が苦しいらしく、時折祖母に金を要求していた 叔父は結婚していて、リツ子という妻がいるが、この人も叔父と似たり寄ったりの性格で、私はあまり好きではなかった。
「もういい加減にしてちょうだい いい加減真面目に働いたらどうなの」
「しょうがないだろ 不景気なんだから、なかなか稼げないんだよ また足りなくなったら借りに来るから、よろしくな」
祖母の家を訪ねると、ちょうど叔父が来ているところに出くわしたことがあった 祖父は出かけていて、家には祖母一人だった 叔父は祖父のいない時間帯を狙っていつもこの家に来る 祖父に見つかれば叩き出されることを分かっているからだろう
「おう、ルリ、久しぶりだな お前、仕事はどうなんだ 稼いでるのか よかったら俺に、ちょっとくらい金を…」
「ルリにまでそんなことを言わないでちょうだい」
祖母が叔父を厳しく叱りつけた 叔父は笑いながら家を出ていった
「おばあちゃん、大丈夫」
「全く なんであんな子になったんだか 今のはおじいさんには内緒にしておいてね 私がお金を渡していることは、秘密にしてあるから」
叔父が祖母に金を要求していることは、祖父は知らないらしい 本当は祖母だって渡したくないが、以前拒否すると家の前で大声を出すなどの迷惑行為に及んだという 祖父に黙っているのは、祖父が昔から持病を抱えており、あまり心配をかけたくないからだ 会社を他の人に任せ、引退したのも、その持病がきっかけだった
「まさか、こんな急に悪くなるなんて」
そんな中、恐れていたことが起こった 祖父の持病が突然悪化し、急遽入院することになったのだ 祖母から連絡を受け、私は病院に駆けつけた 状態はかなり悪く、医師によると、もう長くはないという 祖母は力なく項垂れ、私は心の中で必死に強くあろうと誓った
しかし落ち込む祖母を気遣うどころか、あの男は再び祖父母の家を訪ねてきて、無神経な言葉を投げかけてきた
「父さん入院したんだって ようやくあの頑固親父もおしまいだな」
「なんてことを言うの」
叔父の言葉に、祖母はかなりのショックを受けていた だが叔父はヘラヘラと笑っていて、祖父の体のことを少しも心配するそぶりを見せなかった
「そんなことより、また金を貸してくれよ ギャンブルで吸っちゃってさ」
「いやよ もう二度と、あなたにお金は貸さないわ いつかは改心してくれるって信じていたけど、その調子だともう無理ね」
祖母は毅然とした態度で、きっぱりと言い放った だが叔父は、ひずる余裕たっぷりに、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている
「ふーん 母さんまで、そんなこと言うんだ まあいいよ 今日のところは、引き下がってやるから」
叔父は意外にもあっさりと帰っていった てっきりもっとごねると思っていた私たちは、拍子抜けしてしまった
それから数ヶ月後、持病の甲斐なく、祖父はこの世を去ってしまった 悲しみに暮れる祖母を励ましながら、私は葬儀の準備をした 会社を経営していたこともあって、葬儀にはたくさんの人が参列してくれ、誰もが祖父の人柄を惜しんでいた そんな中、葬儀場に喪服に身を包んだ叔父がやってきた さすがにこの人も、父親を失ってショックを受けているだろう そう思っていたが、叔父は私が考える以上の人非人だった
「やっといなくなったなあ」
「だぜ さあ、遺産の話をしようか」
「ちょっとおじさん、こんな時に、なんてことを言うの」
「はあ お前には関係ないだろ ガキは黙ってろ」
私は祖母の前に出て庇おうとしたが、叔父は邪魔だと私を突き飛ばした その勢いで、私は思わず床に尻餅をついてしまう
「乱暴なことはやめなさい ルリに手を出さないで 遺産のことなら、ここに書いてあるわ」
そう言って祖母は「遺言」と書かれた書類を私たちに見せた 祖父は生前顧問弁護士に依頼し、遺言を作成していたらしい
「兄さんはもうこの世にいないし、俺の取分はさぞ多いだろうな 楽しみだ」
叔父は嗜虐的な笑みを浮かべた この人は祖父がいなくなったことを悲しむどころか、金のことしか考えていない 深い悲しみの中にいる私たちを、さらに傷つけるような態度を取る叔父に、私は嫌悪感しか抱かなかった
叔父は祖母の手から遺言状を乱暴に奪い取ると、急いで中を確認する しかしそこには、叔父の期待していたことは書かれていなかった
「お、お、なんだよこれ ありえないだろう」
怒りに顔を真っ赤にした叔父が叫んだ 祖父の遺言には、遺産のほとんどを祖母と私に譲ると書いてあったのだ そして残りのごく僅少が、叔父の取分となった 私と祖母が分ける遺産に比べれば、それは雀の涙ほどのものだった
「こっぽっちかよ ふざけんな」
叔父は明らかに不満そうな声をあげた
「当たり前でしょ 今まで散々親を困らせてきたんだもの もらえるだけでも、ありがたいと思いなさい」
祖母はそう冷たく言い放った 金のことしか言わない息子に、親として呆れ果てているのだろう
「ちっ、遺産が手に入ると思っていたから待ってたのに 期待外れもいいとこだ」
どうやら叔父がしばらく大人しかったのは、祖父が亡くなるのを待っていたかららしい それが分かって、私たちは感動すら覚えた 祖父が遺産の配分を減らしたのは、当然のことだろう
「たくしょうがねえな こうなると、話は変わってくる」
叔父はブツブツと文句を言いながら、また来ると言い残して去っていった その目は怨みがましく光り、嫌が応にも私に不吉な予感を抱かせたのであった
そして祖父の四十九日が終わった頃から、それまで金を無心する以外で祖父母に寄りつかなかった叔父夫婦が、頻繁に訪ねてくるようになった 叔父も妻のリツ子も、馴れ馴れしく祖母にまとわりつき、強引に家の中へ入り込む
「どういう魂胆があるのか知らないけれど、気分が悪いわね」
祖母は叔父夫婦の来訪を喜ぶどころか、不気味だと怯えていた 私も叔父たちを警戒はするものの、仕事もあるため頻繁に祖母の様子を見に来ることはできない そしてその後、私の不安は的中することとなる
なるべく週末の休日には祖母のもとに泊まるようにしていたのだが、訪ねていくたびに祖母はどんどん元気がなくなり、痩せ細っていっていることに気がついた 最近は趣味だったゲートボールにも通わなくなり、家に引きこもっているという
「おばあちゃん、随分顔色が悪いけど、大丈夫 それに、かなり痩せたみたいだけど」
私がおやつに差し入れた祖母の好物の和菓子にも、ほとんど手をつけていない よほど食欲がないようだ
「心配をかけてごめんね なんだか、体調が優れなくてね」
ご飯はちゃんと食べているのかと聞くと、やはり食欲が湧かないらしい 今日は朝に水をコップ一杯飲んだだけだという 叔父夫婦が入り浸っていることが、ストレスなのだろうか しかしそれにしても、祖母の衰弱ぶりは目に余るものがあった
私はリツ子に祖母の体調のことを尋ねた 祖母に何かと世話を焼くようになった彼女なら、何か知っているのではないかと思ったからだ だが帰ってきた言葉は、驚くべきものだった
「はあ 私のせいだっていうわけ」
「そ、そんなつもりじゃ…… 私はただおばあちゃんが心配なだけで」
「こっちは善意で、お先短いババアの世話をしてやってるのよ お金が欲しいくらいだわ 全く、ガキがシャシャり出てこないでちょうだい」
リツ子の態度はひどいもので、祖母がいないところでは「ババア」と呼ぶ 彼女は前任で祖母の世話をしていると言うが、口汚く罵るその姿を見ると、本当に善意なのかは疑問だった
「おばあちゃんのお世話をしてもらっているのは、感謝しています だけど、あんなに痩せて、病気だったらと思うと…… 病院に連れて行ってはもらえませんか」
「ああ、はいはい 私は忙しいから、また今度ね 心配しなくても、私も正もいるから、大丈夫よ」
リツ子は心配する私を一蹴して、奥へ行ってしまった だが離れて暮らしていて、かつ仕事もある私には、祖母の様子を頻繁に見に来ることはできない 不安は残るものの、祖母のことは叔父夫婦に任せるしかなかった
そしてある週末、私はいつものように祖母のもとに泊まったのだが、そこでとんでもない事件が起こってしまう 家には当たり前のように叔父がいて、居心地は悪い 二人は私の顔を見ると、邪魔臭いとでも言うように嫌な顔をした この二人は、一体何が目的なのだろうか 叔父が改心して母親の面倒を見るようになったとは、どうしても思えなかった
あの夜、事態は急に動き出した 和室で寝ていると、突然祖母に叩き起こされたのだ
「ルリ、ルリ、起きてちょうだい」
祖母は緊張した表情で、小声で私の名前を呼んだ
「おばあちゃん、一体どうしたの」
「しっ 静かに、急いで外に出るわよ」
眠い目を擦りながら聞くと、祖母は声を出さないようにと言って、私の腕を引き強引に外へ連れ出した 祖母はまだ体調が戻っていないのか、はあはあと息を切らせている
「おばあちゃん、大丈夫」
「ええ、大丈夫よ あなただけは守らなくちゃ」
祖母は意味ありげな言葉を呟いたが、今は急がなければいけないから説明は後だと言われてしまう 祖母は私の手を引きながら、辺りを注意深くきょろきょろと見回している 何かを警戒しているようだ 祖母と共に庭を通り抜けると、今は使用していない古い和式トイレの前に着いた 祖母の家はかなり古く、このトイレのように使っていない場所がたくさんある 私もこのトイレの存在は知っていたが、中に入ったことはなかった まるで掘っ立て小屋のようなトイレのドアを祖母が開けると、立付けが悪いのか、ギシギシと軋む音がした
「さあ、ここに入って、早く」
祖母の顔は真剣そのものだ 中の暗さと埃臭さに一瞬躊躇したものの、祖母の言葉に従い、私はトイレの中に入る 明りなどないその狭くて暗い小屋の中に私を閉じ込めると、祖母は切羽詰まったような表情でこう言った
「静かに、声を出さないで しばらくそこから出ちゃだめよ」
言われた通り、私は狭いトイレの中で身じろぎもせずに息を潜めていると、外から叔父夫婦の会話が聞こえてきた このトイレは庭の隅にある 声が聞こえるということは、二人は庭に出てきたのだろう
「あんたの目、急に朝一で仕事が入って、さっき帰ったみたいよ」
「ちっ、計画は延期だな せっかくのチャンスだったのに」
チャンスとは、どういうことだろうか 私はできるだけ音を立てないように注意しながら、トイレのドアに耳をくっつけて、彼らの会話を盗み聞きした
「でもまさかあのガキに遺産が入るなんてね あなたってよほど亡くなったじいさんに嫌われていたのね」
「全くだ 父さんはあのガキの父親だった兄さんばかり可愛がって、俺のことは見限ってたからな 最後の嫌がらせのつもりかよ くそ」
「まあいいじゃない 計画通りあのガキを泣きものにすれば、遺産の取分はあなたのものじゃない 強盗の仕業にでも見せかければ、簡単よ」
「そうだな 今日は実行できなかったが、チャンスはすぐに来る ユリがこの家に泊まった時を狙おう」
叔父とリツ子の会話を聞いて、私は冷や汗を流した なんと叔父は、名である私を殺そうと企らんでいたのだ 確かに私がなくなれば、祖父が亡くなった後、遺産は全て叔父が譲り受けることになるだろう おそらくこの計画を事前に察知した祖母が、気を利かせて私を匿ってくれたのだ 心臓の動悸がうるさいが、今は声を出してはならない 私がここに隠れていることが分かれば、叔父とリツ子は何をしてくるか そう考えるだけで、恐怖で手が震えた
祖母は叔父たちに、私が仕事で急遽帰ったと嘘をついてくれたのだろう もし祖母が気づかなければ、私は今頃―― そう考えると、ぞっとした 遺産欲しさに実の姪を手にかけようとするなんて、叔父の残酷さが信じられなかった
「今日は一度家に戻るか 無駄足を踏んじまったな」
「子がいないなら、しょうがないわね 次の機会を待ちましょう」
しばらくすると、二人の声が聞こえなくなった 言葉通り、自分たちの家に帰ったのだろう それでもまだ油断できないと、私は息を潜めていると、トイレのドアが再びギシギシと音を立てて開いた
「ごめんね、ルリ 何の説明もせず、こんなところに閉じ込められて、怖かったでしょう もう大丈夫だから、出ておいで」
ドアを開けたのは、祖母だった 私は泣きながら祖母の手を握った すると祖母は、まるで小さな子供にするみたいに、私の頭をよしよしと撫でてくれた
祖母によると、叔父は自宅に帰ったらしい だが、あの会話からすると、叔父たちは私の命を狙っている 次に顔を合わせた時は、間違いなく私を襲撃してくるだろう
「ルリ、しばらくうちには来ない方がいい」
「でもおばあちゃんは」
「私のことはいいから あなたにもしものことがあったら、私は……」
祖母は私の安否を心から心配してくれていた だが体調も万全ではない祖母を、このまま家に置いていくわけにはいかない 私を殺そうとしたのなら、必ず叔父たちは祖母にも害を加えるだろう
「あなたは家に帰りなさい」
「いえ、家でも、あいつらは襲ってくるかもしれないわね」
「しばらく、ホテルに……」
祖母は私に危害が及ばないように、身を隠すように言った しかし私は首を振った
「でも、おばあちゃん 逃げてばかりでも、いつかは捕まるよ 何か、あいつらに反撃をしないと」
「反撃 そんなこと、あなたにさせられないわ」
「けど、このままじゃあ、あいつらの思う壺だし…… そうだ」
私は戸惑う祖母を制して、家の中に戻った あいつらの犯罪の尻尾を掴まなければ、私も祖母も無事では済まないだろう 何か叔父の計画を裏付けるようなものが、ないかを私は家中を隈なく調べることにした すると台所で、あるものを見つけた
「これって……」
台所のゴミ箱の中にあった それには見覚えがあった 確か、これは……
ゴミ袋ごとそれを回収すると、私は祖母に向かってにっこりと笑った
「おばあちゃん、あとは私に任せて 絶対に、あいつらの好きにはさせないから これがあれば、絶対に言い逃れはできないわ」
私は先ほどの戦利品を祖母に見せる 祖母も、それの正体がすぐに分かったのか、驚きの表情を見せた
「もしかして、私の体調が悪いのは…… え、これのせいだと思うわ」
祖母は信じられないと、ぶるぶると震え出した まさかこんなものが、家にあるだなんて さぞや無念なことだろう
「でも、これを正たちの仕業だと証明するのは、難しいんじゃないかしら 自分たちはやってないと、言うに決まってるわよ」
「大丈夫よ だって、あれがあるじゃない」
私があるものを指差すと、祖母も頷いた ああ、あれがあれば、確かに証拠になるわね 多分あいつらは、今日はもう戻ってこないはずよ
「おばあちゃん、私と一緒に来て」
私はスマホを取り出し、タクシーを呼んだ 深夜で捕まりにくかったが、ようやく一台手配することができ、安心する そうして私たちは、到着したタクシーに乗り込み、あるところへ向かったのだった もちろん、ゴミ箱から見つけた証拠の品も、忘れず持参している そしてタクシーが止まった先、それは警察署だった
私は祖母と共に、必死の表情で叔父夫婦たちの犯行を暴露する 警察は私たちの話を初めは半信半疑で聞いていたが、回収したゴミ袋の中身を証拠品として提出すると、顔色を変えた
「すぐに捜査します おい、重大事件だ 捜査員を集めろ」
緊張した面持ちの警察官が、慌ただしく準備を始めた これで叔父を追い詰める手立てができたと、私も祖母もほっとするのであった
次の日、叔父がいつものように祖母の家を訪ねてくる 私と祖母は、二人を待ち構えるようにリビングで待機していた
「どうしたんだ 二人揃って」
「おじさんとリツ子さんに、話があるのよ あなたたちの犯罪についてね」
「犯罪 何を言っているんだ」
「知らばっくれても、無駄よ」
そう言って私は、あるものを取り出す それはあの日、台所のゴミ箱で見つけたもの 水仙の花だった
「リツ子さん、料理にこれを混ぜて、おばあちゃんに食べさせていましたね」
「はあ 何それ どこにそんな証拠があるのよ」
私の追及に、リツ子は白を切った
「白ばっくれても、無駄ですよ あなたの犯行は、全てこれに録画されていますから」
実は私は、祖父が亡くなった直後から、恒例の祖母を心配して、見守り用カメラを台所に取り付けていた このカメラの映像を遡って確認すると、リツ子が水仙を料理に混ぜる様子がはっきりと記録されており、ゴミ袋からも毒のある植物、水仙が見つかっていた 水仙はどこでも見かける花だが、劣性した毒だ この毒は嘔吐や下痢などの症状を引き起こし、多量を摂取するとすぐに命を落とすほどだ 叔父は自分たちが怪しまれないよう、祖母を徐々に弱らせるため、少量ずつ水仙を食事に混ぜていたのだった その花弁はまるで葱のように見えるため、料理に混入してもバレにくい 実際、祖母は気がつかずに、リツ子の出す食事を食べてしまっていた 祖母がどんどん痩せていったのは、紛れもなくこの水仙のせいだろう そして叔父が祖母に毒を盛る理由は、一つしかない そこまでして、遺産が欲しかったのだ
「私とおばあちゃんがいなくなれば、おじいちゃんの遺産は、おじさんのものになるものね」
「毎日少しずつなら、ばれないと思った でも爪が甘かったわね ゴミ箱の中に証拠捨てるなんて」
「くそ、それをよせ」
叔父は私が持っていたカメラを強引に奪う
「こんなもの、証拠なんか……」
叔父は怒りのままに、カメラを足で何度も踏みつけた そして無惨にもぐしゃぐしゃに壊れてしまったカメラを見て、勝ち誇ったような表情を浮かべる
「は、ざまあみろ 証拠隠滅だ」
だが叔父は知らない 私たちがすでに警察に相談済みだということを
「証拠隠滅 残念でした もうこの映像はコピーして、警察に提出済みよ カメラの本体を壊したところで、意味なんてないわ」
「け、警察 そんな……」
警察という言葉を聞いて、二人は途端にうろたえ始めた
「あんたたちは、もうおしまいよ 観念しなさい」
私がそう言うと、呆然となっている叔父とは対照的に、リツ子が睨みつけてきた
「生意気な あんたのせいで、計画が全部台無しよ」
「ルリ、危ない」
リツ子は台所にあった包丁を掴んで、私に襲いかかってきた しかしその瞬間、隣の部屋に待機していた警察官たちが一斉にリビングにれ込んできた
「現行犯だ 取り押さえろ」
数人の警官がリツ子をあっという間に取り押さえ、私は間一髪のところで逃れた 即座にリツ子の腕に手錠がかけられる その様子を呆然と見ていた叔父にも、同じように拘束が下された
「くそ、もうおしまいだ」
「え、冤罪よ 私は何もしていないわ 話してよ」
観念した様子の叔父とは対照的に、さっきまで私に危害を加えようと包丁を持っていたはずのリツ子は、往生際悪く冤罪だとヒステリックに叫んだ しかし警官が効く耳を持つはずもなく、二人はパトカーで仲良く連行されていった
その後、叔父とリツ子は、祖母と私に対する殺人未遂の疑いで逮捕された 祖父が亡くなった時、遺産が三等分されたことに不満を抱いた叔父は、リツ子と共謀して、私を殺し、祖母に毒を盛り、祖父の遺産を自分たちで独占しようと企んだのだ 叔父は碌に働きもせず、リツ子と二人で毎日パチンコや競艇に明け暮れていたらしい そのため、ギャンブルで作った多額の借金があり、毎月の返済額はどんどん膨れ上がっていたようだ それでも二人は真面目に働くこともせず、またギャンブルをやめることもしなかった 生活費は祖母からのお金で賄なっていたようだが、返済のための金は工面できない 祖父が亡くなったことで、その遺産で返済を目論んでいたようだが、自分の取分は到底借金を全額返済するまでのものではなかった だから二人は、私たちさえなくなればと、呆れた計画を立てたのだろう
その後、叔父は警察での取り調べの際、リツ子に唆されただけだと主張した
「いつの母親や姪に危害を加えようなんて、本当は思ってなかった リツ子がこうでもしないと借金は返せないと言うから、仕方なく……」
「主犯はまさよ 私は利用されただけ」
二人はお互いに罪を擦り付け合った だが私は、あのトイレに閉じ込められた夜に、二人の計画の一部始終を聞いている どれだけ言い訳しようと、二人の罪が軽くなることはないだろう あまりにも身勝手で計画的な犯行ということで、二人は初犯にも関わらずかなり重い刑が言い渡されることが決まった しばらく刑務所から出てくることはないだろうが、いずれ出した二人は、再び私たちの前に現れるかもしれない そのため祖母は、家を売却し、田舎に引っ越すことに決めたのだった
私は今の仕事をやめ、リモートワークができる企業へと転職した そして祖母と共に田舎に移り、今では一緒に暮らしている 祖母が盛られた毒は、幸いにも命に関わる量ではなかったようで、治療を経て少しずつ体調を取り戻していった 最近では趣味だったゲートボールを再開し、引っ越し先でできた友人たちに誘われて、社交ダンス教室にも通い始めた 祖母は仕事をやめて田舎に引っ越した私に申し訳ないと繰り返し言っていたが、私からすると、また昔のように祖母と暮らすことができて嬉しい
「老人の世話ばかりしてないで、いい人を見つけなさいよ」
と祖母には時々小声を言われることもあった だが実は、最近私はある人とお付き合いを始めていた それは祖母が週に数回通うデイサービスで働く、介護士の青年で、何度か話すうちに意気投合し、仲良くなったのだ
「ねえ、おばあちゃん 紹介したい人がいるんだけど」
恋人の存在を打ち明けると、祖母は飛び上がらんばかりに驚き、そして喜んでくれた その後私たちは結婚し、新しく家を建てた 実は祖母の家にも近く、私はいつでも様子を見ることができる
「ルリ、本当にいい人を見つけたわね あなたが幸せになってくれて、嬉しいわ」
祖母は幸せそうに、私に向かって涙ぐみながら微笑んだ 祖母には感謝をしてもしきれない あの夜、祖母が助けてくれなかったら、彼との幸せな生活はありえなかっただろう 今、私のお腹には夫の子供が宿っている 祖母に妊娠を打ち明けると、目に涙を浮かべて喜んでくれた 幼い頃に両親を失い、そして大好きだった祖父にも、もう二度と会えない だがこうして、新たな命の誕生もある 祖母に笑顔の顔を見せられるその日が楽しみだと、私はゆっくりと自分のお腹を撫でるのであった
