「お金にしか目がない人はかわいそうだわ」
「そうよ。この世界はお金があるかどうかが全てなの」
長男のお嫁さんが平然と放ったその言葉に、私は心底おかしいと思った。とにかく、年金暮らしの私とは絶縁するそうです。
私の名前はみつ子。六十九歳の主婦です。三十歳になる長男のハルトと、二十八歳になる娘のモモカがいます。夫は早くに倒れてしまい、私は二人を女手一つで育ててきました。
朝から晩まで働き詰めで、夜は家事と子供たちの世話。倒れそうになることもありました。それでも子供たちの笑顔を見ると、毎日頑張ろうと思えました。その甲斐あってか、ハルトもモモカも本当にいい子に育ってくれました。私が仕事で忙しい時は、二人で協力して家事を手伝ってくれました。
「母さんが働いてくれてるから、俺らが手伝わないとな」
「困ったことがあったら何でも言ってね」
本当にいい子たちです。夫が旅立った時は、これから先、私が一家の大黒柱になれるのかとても不安でした。しかし家族皆で協力して暮らしている今は、とても幸せです。この幸せがいつまでも続いたらいいのにと、私は強く願っていました。
時は流れ、ハルトもモモカもすっかり大人になりました。ハルトは会社員で、モモカは小学校の先生です。二人とも立派に働いています。ここまで二人が育ったのは、私が働いたからでもありますが、ハルトもモモカも学生時代にアルバイトを頑張っていました。それと、旅立った夫が私に残してくれたものがあったからでした。
それは何かと言うと、家賃収入です。実は夫が始めたその収入で、我が家は年間三億円ものお金を得ていました。このお金があったからこそ、私は子供たちを大学まで行かせることができたのです。楽しみは後の方が良いので、このことは今まで家族以外には誰にも話したことがありませんでした。
ハルトもモモカは大人になっても、相変わらず家で一緒に暮らしていました。
「お母さんを一人にするわけにはいかないからさ」
「家族みんなで暮らした方が楽しいものね」
私は子供たちの言葉に涙が出そうになりました。本当にいい子を授かったと思います。
でも、だんだん年を取って、子供たちが結婚しないことに対して不安を感じるようになりました。ハルトもモモカも年頃ですが、未だに独身です。家族三人でいることはもちろん幸せですが、子供たちの将来を思うと、好きな人と家庭を築いて幸せになって欲しいと思うのです。
夫が早く倒れてしまったので、子供たちは父親と過ごした時間が短いものでした。二人とも口に出すことはありませんが、寂しい思いをさせてしまったのではないかと今でも思います。だから私は、子供たちに幸せな結婚をして、父親も母親も子供も皆揃っている家族を作って欲しいと強く願っていました。
ある時、私は子供たちにこの話をしました。すると、ハルトもモモカもこう言ったのです。
「今は家族でいることが幸せだから、まだ結婚はいいかな」
「私も母さんと兄ちゃんがいてくれたら、今はそれだけで幸せよ」
子供たちは私や家族の幸せを一番に考えていました。二人がそう考えているのなら、私も無理に結婚を進める必要はないかと反省しました。いずれそういう時が来るでしょう。しばらくはそっとしておくことにしました。
そして、そんな話をした数ヶ月後、ハルトが突然、家族皆に話があると私とモモカを呼び出しました。
「話ってどうしたの?お兄ちゃん」
「ハルトが改まって話があるなんて、とても珍しいわね」
私たちはいつも皆でご飯を食べているので、大事な話はご飯の時にしていました。改まって話があるなんて、ハルトに一体何があったのでしょうか。
ハルトは私たちに話を切り出しました。
「実は俺、結婚しようと思うんだ」
「兄ちゃんが結婚?この前はそんな話してなかったじゃない」
モモカが驚いたように言い、私もとてもびっくりしました。つい数ヶ月前に話した時は、そんな話は一言もなかったからです。一体彼女とはいつ出会ったのか、どれくらい付き合っているのか、年はいくつでどんな実家で育ったのか。私とモモカはハルトに質問攻めにしてしまいました。
ハルトは一つずつ丁寧に答えてくれます。お嫁さんになる彼女の名前はアカリさん。ハルトと同い年の三十歳。仕事はコンビニでアルバイトをしていて、週二日勤務なのだとか。友達の紹介で知り合って、付き合ってからは半年ほどだそうです。
付き合って半年というところに、私は少し引っかかってしまいました。お互い三十歳ならもういいかと思っているのかもしれませんが、交際期間が短いように感じたのです。半年だとまだお互いに猫をかぶっていてもおかしくない時期です。私も夫に素を出せるまで一年近くかかりました。夫が素を出してくれているなと感じたのは、やはり一年を過ぎた頃でした。
自分の若い日を思い出して、私はハルトが心配になりました。ハルトに彼女がいたとは一度も聞いたことがありませんでした。高校生の時は部活に明け暮れ、大学生の時はアルバイトをしていました。年頃の男の子には珍しく、自分から学校や友達の話をしてくれていました。その中で友達に彼女ができた話も聞いたことがありましたが、ハルトからは一度も彼女がいた話は聞いたことがなかったのです。だからハルトは三十歳にして恋愛初心者なんです。
「兄ちゃん、半年なんて早いよ。本当に大丈夫?」
「そんなに早いかな?もうすっかり何でも話せる仲になったと思うけど」
ハルトは恋愛の経験がない上、とても純粋な子でした。だから相手を見極める力もないのかもしれません。妹のモモカにも半年は早いと言われてしまう始末です。モモカは高校や大学で彼氏がいて、恋愛経験もそれなりにありました。私と夫が結婚したのは付き合ってから二年後です。当時結婚した周りのカップルも、結婚するまで二、三年は付き合ったと言っていました。それに、交際期間が短いうちに結婚してしまうと離婚率が高くなってしまうとも聞きます。もちろん人それぞれでしょうし、個人の相性もあるでしょうが、ハルトにはそうなって欲しくないのです。
「それで、相手はどんな人なの?お兄ちゃんのこと大切にしてくれる人?」
「うん。とても優しくていい人だよ」
私がそんなことを考えているうちに、モモカは兄に次々と質問をしています。モモカにとってハルトは唯一の兄弟であり、ずっと一緒に育ってきた仲のいい兄です。心配になる気持ちはとてもよくわかります。その後のハルトの話では、アカリさんは人当たりが良く、皆を引っ張ってくれる性格とのこと。よりしっかりしていて頼りになる姉御肌だということでした。しっかりしてる人なら大丈夫かなと、私は少し安心しました。それでもまだ不安は残っていましたが、あっという間に顔合わせの日がやってきました。
「こんにちは。ハルトの母です。初めまして」
ハルトのお嫁さんになるアカリさんが我が家にやってきました。ハルトの言っていた通り、人当たりの良さそうないい人でした。仲良くなれそうだと、第一印象では思っていました。モモカも私に続いて挨拶をします。
「ハルトの妹のモモカです。よろしくお願いします」
しかしモモカが挨拶をした途端、アカリさんの態度が変わります。
「あれ?ハルトって妹いたんだっけ?」
「前に話したじゃないか。妹のモモカだよ。幼い頃から仲良しなんだ」
アカリさんは「ふーん」と言って、モモカを上から下まで見るのでした。実は、失礼を承知で言うと、アカリさんは綺麗とは言えない容姿でした。ハルトよりも横幅が広く、顔も太っていて、目つきも鋭いです。容姿だけで判断するのは良くないことは分かっています。でも、親の私が言うのもあれですが、モモカはとても美人なんです。真っ白な肌に綺麗な瞳。まるでお人形のようなのです。私には似ていないので、夫に似たのでしょう。夫はとてもかっこよかったから。だからアカリさんはモモカに引け目を感じているのだと、私はすぐに察しました。長く生きているので、女同士の妬みはすぐにわかります。
アカリさんはモモカを睨んだ後、ハルトの方に向き直りました。
「まあ、私たちは二人で暮らすし、実家の家族は関係ないわよね」
「離れるけど、これからも家族とは交流を続けるよ」
その途端、アカリさんの顔が曇ります。
「何言ってるの」
アカリさんはハルトに詰め寄りました。結婚してから家族に定期的に会いに行くのがおかしいと言うのです。試しにアカリさんに、自分は家族に会いに行かないのかと尋ねてみました。するとアカリさんは、自分はそんなことしないし信じられないと言ったのです。私とモモカはあ然としてしまいました。結婚したとしても家族は家族です。結婚後もお嫁さんとも当然交流するものだと思っていました。私自身もそうでしたから。しかしアカリさんは首を振ります。私とモモカはその場でそれ以上言い返すことができなくなってしまいました。
そしてアカリさんはこう言うのです。
「私の手伝いをしてくれるなら、別に来てもいいわよ」
息子とお嫁さんの世話なら、義母としての務めなのでそれは受け入れました。しかしアカリさんはこうも言います。
「家にずっといる規制中にはぴったりでしょ」
「なんでそれのことを知っているの?」
私はびっくりしました。家に家賃収入が三億円あることは、家族しか知らなかったからです。
「お父さんが始めた家賃収入のことは俺が話した。家族に隠し事は良くないと思って」
「そんな財産があるなら、私は安泰ね」
アカリさんに知られたのはなんだか良くないと、私は直感で感じました。でも純粋な性格のハルトだから、話してしまったのでしょう。私が複雑な気持ちを抱えたまま、ハルトとアカリさんは結婚しました。
そして、ハルトとアカリさんが結婚してすぐに、私のところへ電話が来ました。
「ちょっとうちに来てよ」
「今から開いてるから大丈夫だけど」
アカリさんのいきなりの電話に驚きましたが、私は特に用事もなかったので行ってみることにしました。家に着くと、アカリさんがいきなり掃除道具を押し付けてきます。私に家の掃除をして欲しいということでした。掃除ならいつもやっているので平気でしたが、ふと疑問に思いました。
「アカリさん、今日は仕事はないの?」
「ああ、仕事ならやめたから」
「やめたの?生活はどうしてるの?」
突然のアカリさんの発言に、私はびっくりしました。週二日しか働いていないとは聞いていましたが、まさかやめてしまったとは。生活はハルトと私たちに任せると言っています。だからこれからは定期的に来て家事をやってほしいと頼まれました。でも、働いていないなら自分でやればいいのに、と私は正直思ってしまいました。それをアカリさんに伝えると、いつも遊ぶ予定があって時間がないし、うちの家賃収入もあるから大丈夫だというのです。あまりにも高圧的な言い方で、急に怒鳴られたので私は怯んでしまいました。アカリさんは言い方に棘がある人で、気分を損ねさせないように私も気を使うようになっていました。それにアカリさんは、すっかり家賃収入を当てにしているようです。
一通り掃除を終え家に帰ってから、私はモモカに相談をしました。アカリさんの家で掃除をさせられたことと、これからも働く気はなく家にいること。
「ありえない」
モモカは怒っていました。バリバリ働いているモモカからすると、アカリさんのような怠けた人は嫌いなのでしょう。ところが、アカリさんからのいびりはその後エスカレートしていきました。私が掃除をした場所にケチをつけたり、買い物に行かされて帰ってくるとやり直しをさせられたりしたのです。
「ちょっと、本当に真面目に掃除する気ある?」
「ごめんなさい」
私はアカリさんの召使いのようになっていました。アカリさんにとって、私は義母のはずです。こんな態度、本当ならおかしいでしょう。私が言い返さないのをいいことに、アカリさんは私に過酷な要求をするようになりました。ハルトはこのことを知りません。家事はいつもハルトが働いている日中にしているからです。もちろん、こんなことはハルトに相談できません。私が相談することで、アカリさんとの仲に亀裂が入ったら申し訳ないと思ったからです。しかしモモカはこう言います。
「そんなの、はっきり嫌って言いなよ」
モモカはアカリさんに言い返せと言います。モモカはアカリさんにすっかり嫌われているようで、私が話題に出すとあからさまに嫌そうな顔をします。だからモモカが呼び出されることはありません。私もアカリさんに言い返せたらいいのですが、まだそれだけの度胸はありませんでした。
そして次の日も、アカリさんは私を呼び出したのです。
「お母さんって容量悪くない?掃除下手すぎて笑えてくるわ。まあ、家賃収入で生きてる規制中だし仕方ないか」
「アカリさん、ごめんね」
いつものように謝る私。寄生虫呼ばわりにも、だいぶ慣れてしまいました。その後、アカリさんは私に言います。
「年金暮らしとは絶縁するから」
「どういうことよ」
私はアカリさんに聞き返しました。突然の絶縁宣言とはどういうことなのでしょうか。日々アカリさんの言うように家事はしていたし、容量が悪いながらも頑張ってきたつもりです。アカリさんは、私が年金暮らしなことを気にしていたようです。私がもっと年を取ったら、アカリさんに世話をしてもらうこともあるでしょう。アカリさんはそれが嫌だというのです。私が動けなくなる前に絶縁したいと言われました。私には信じられませんでした。これからの生活はどうするのか聞いたところ、家賃収入を引き継いで暮らすというのです。
私はすかさず答えました。
「なら、私の財産三億は本物の娘にあげるわね」
「え」
アカリさんは驚いた顔をしました。しかし、びっくりしたのはこっちの方です。当然のように自分が家賃収入を引き継ぐことができると思っているのを、哀れに思いました。私はここで初めて、アカリさんに言い返すことができたのです。アカリさんなんかよりも大事な実の娘であるモモカに譲ると言って。
しばらくすると、ハルトとモモカもやってきました。モモカが「お兄ちゃん、帰ってきなよ」と連れてきたのです。私はアカリさんが言ったことを家族に話しました。
「やっぱりうちの財産狙ってた。信じられない人だ」
ハルトは怒ります。
「だってお金持ちだから」
アカリさんは言い返しました。アカリさんの言葉にも、モモカも驚くばかりでした。アカリさんが言うには、ハルトとの結婚は実はギリギリまで迷っていて、家賃収入があることが決め手となり結婚したそうです。私を早くに追い出し、家賃収入を全て自分のものにしようとしたと白状しました。
「お金にしか目がない人はかわいそうだわ」
「そうよ。この世界はお金があるかどうかが全てなの」
アカリさんの発言に、ずっと純粋だったハルトも怒っていました。
「信じていたのに、お金のことで騙されるとは思わなかった。大切な家族を追い出そうとする人は信じられない」
ハルトがようやく目を覚ましてくれて、私はほっとしました。モモカも安堵の表情を浮かべています。ハルトは、自分は結婚に向いていなかったし、まだまだ人を見極める必要があるとアカリさんに言うと、アカリさんに離婚を切り出したのです。これに対してアカリさんはキレました。お金が欲しいことの何が悪いのかと。ハルトは最後にアカリさんに言いました。
「俺の家族を大切にしない人とは、家族にはなれない」
こうしてハルトとアカリさんは離婚をしました。やっぱり、家族三人で暮らすのが一番です。アカリさんはどうやら実家で家族とうまくいっていなかったようで、実家に帰ってもすぐに追い出されてしまったのだとか。やはり、人を落とし入れようとすると、自分に返ってくるものなのですね。私はこれからも、家族を大切にしたいです。
