家に帰ったら、玄関に見知らぬ靴があった。リビングでのんびりしている義母の姿を見て、私は一瞬、自分の家じゃないみたいな感覚に襲われた。「あら、勇也から聞いてないの?今日から私もここに住むから」——夫は私に何の相談もなく、義母との同居を決めていた。それだけじゃない。私が作った夕食を「勇也は煮込みハンバーグは嫌いなのよ、こんなのゴミ」と言って燃えるゴミ袋に捨て、次の瞬間には小麦粉を私の頭からかけて…

家に帰ったら、玄関に見知らぬ靴があった。リビングでのんびりしている義母の姿を見て、私は一瞬、自分の家じゃないみたいな感覚に襲われた。「あら、勇也から聞いてないの?今日から私もここに住むから」——夫は私に何の相談もなく、義母との同居を決めていた。それだけじゃない。私が作った夕食を「勇也は煮込みハンバーグは嫌いなのよ、こんなのゴミ」と言って燃えるゴミ袋に捨て、次の瞬間には小麦粉を私の頭からかけて...

私は香。結婚して二年目のどこにでもいる普通の主婦です。二十七歳になるまで、私は本当にまともな出会いというものがありませんでした。中学も高校も女子校で、大学も女子大、卒業してからは大企業の受付嬢として働いていたので、同僚も当然のように女性ばかりでした。周りの人たちは合コンやパーティーで知り合った男性と付き合うのが当たり前の世界で、私は一度もそういう集まりに顔を出したことがありませんでした。理由は単純明快で、私は男性と話すと緊張して言葉が出てこなくなるからです。容姿を褒められることは多かったので、お誘いを受けることは何度かありましたが、一応優しそうな人と二人で食事に行っても、最後には「見た目はいいけど内面は薄っぺらいね」と言われて終わりでした。

そんなある時、運命の出会いがありました。「香さん、僕と付き合ってください」——いつも私の会社に出入りしている取引先の社員、勇也さんからの告白でした。彼は必ず私のところで受付をし、私にだけ連絡先を渡してくるので、周りからは「付き合ってるの?」と言われていましたが、もちろんそんなことはありませんでした。勇也さんが一生懸命話しかけてきても、私は他の人と同じように愛想笑いを浮かべるだけ。自分はもう枯れていくのだと本気で思っていました。

そんな時に受けたこの告白は、今までの下心が丸見えだった男性たちとは全く違っていました。彼からは邪念のようなものは一切感じられず、心から私を好きだという気持ちが溢れているようでしたそれが嬉しくて、私は何度か彼と食事に行きましたが、相変わらず緊張でうまく話せませんでしたそれでも彼は笑って受け入れてくれましたそして私は決心しました。

「あの…勇也さん、お付き合いしませんか?」

勇気を振り絞ってそう言うと、彼は泣いて喜んでくれましたそれが二年前のクリスマスの出来事です。の時はとても幸せで、こんな優しい人となら、きっといつまでも幸せに生きていけるのだろうと心から思っていました。

それに亀裂が入ったのは、彼の会社が倒産してからでした。

あれから二年後の現在、私は二十九歳になっていました。

「勇也さん、そろそろ起きた方がいいよ」

まだ眠っている夫に声をかけて、私は靴を履き家を出ます今この家で働いて家計を支えているのは私だけです半年ほど前に夫の会社が倒産し、夫は現在無職でした一応次の仕事を探しているようですが、転職活動は難航していました不景気ということもあり彼の業界は人材が飽和状態で、前の会社と同程度かそれ以上の収入が見込める会社はことごとく不採用で、採用をもらっても手取り二十万というところが多く、転職に踏み込めない状態が続いていましたそれでも私はずっと彼を支え続けていました。やはり一度愛を誓った人が失業した程度で思いが覚めてしまうほど、私たちの関係は薄っぺらくはありませんから私の給料はそこそこで、決して裕福な暮らしができているわけではありません住んでいるのも二DKの古い賃貸パートで、駅から歩いて三十分以上オートロックもありませんそれでも彼との生活が続けられるならと思って私は色々と節約し、今に至りましたきっと会社が倒産してしまったショックから夫も抜け出せていないはずだと、私は夫が立ち直るのを静かに見守っていました。

ですが私の期待も虚しく、夫はどんどん口汚くなっていきました以前にはストレスの吐け口を私にして、手をあげることも多くなりました傷や痣が残るほどのことではないですし、きっと夫の方がもっと辛いのだろうと思い、私は夫に寄り添いたい一心でずっと耐えて過ごしていました

それから数日後、ついに夫の再就職が決まりました結局前の業界は諦め、全くの別業界へシフトチェンジすると、未経験でも雇ってくれるというところから無事採用の連絡をもらい、夫はそこを選びましたこの時、夫の再就職を喜ぶと同時に、やっとサンドバッグにされずに済むという安堵感から、私は思わず息を漏らしました実は少し前から、夫が精神に異常を来たして私に手をあげているのではと思っていたのですが、やはり一時的なものだったようです今は新しい会社で必死に働き、なんとか係長にまで昇進しましたこの時、あれから一年が経過して私はもう三十歳になっていました歳も歳だし、そろそろ子供も欲しいと思っていた矢先、優しい夫は完全にどこかへ消え去ってしまっていました。

「おい、俺は赤出汁派だろうが何勝手に白味噌使ってんだよそれに朝飯で魚を出すなら骨ぐらい取れや」

夫はちょっとしたことで激昂し、こんな酷いことを言うようになりました

「ちょっと、そんな言い方しなくても良くない?勇也さん、もういい年した大人なんだから、骨ぐらい自分で取ってよ」

さすがに私も、夫のこの横柄さには腹が立って、つい本音をぶつけてしまいましたすると夫は壁を思いっきり殴って威嚇してきました私はあまり鋭い性格ではありませんが、今の夫がモラハラ夫であることは確かだと本能的に悟っていましただから最近は変に刺激して怒らせないように気をつけていたのですが、連日の喧嘩で私の心も疲弊していましたそれに追い討ちをかけるように、あんなことを言われたものだから堪えられなくなったのです

夫がこんな風になってしまったのは、新しい会社でのプレッシャーが原因でした入ってすぐに成績を伸ばし認められて係長に昇進した夫ですから、次は課長だろうと周りから言われ、出世街道のど真ん中を歩いていると言われているそうですそこから来る重たいプレッシャーに耐えられなくなった夫は、自分より弱い立場の私に当たり散らすようになりましたというのも、実は私は三十歳になってから仕事を辞めて専業主婦になっていたのです実は前から、三十代に入ったら受付嬢の仕事は辞めて、自分のしたい仕事に挑戦したいと考えていました前から夫にもそれは言っていたので、予定通り三十歳で退職しましたしかしそれが気に入らなかったみたいです

「今の時代、女も働いてなんぼだぞ俺の収入だけを当てにされても困るんですけど誰が養ってやってるかちゃんと分かってる?」

そう、ぶつぶつ文句を垂れながら食事を口に運び、鞄を持って出社する夫以前、夫が無職だった時は私が支えてあげていたのに、なぜここまで言われないといけないのでしょうかこの日から、私はだんだん夫への気持ちが離れていくのを自覚しました

そんなある時、買い物から帰ると見知らぬ靴が玄関にありました不審に思いながらゆっくり中に入ると、なんとリビングでのんびりしている義母がいました

「お母さん…あの、どうされたんですか?」

私が声をかけると義母は表情一つ変えずに言いました

「あら、勇也から聞いてないの?今日から私もここに住むから」

そんな話を一度も聞いたことがありませんでした後に理由を聞くと、義父が亡くなって義母が寂しい思いをしているから、夫が同居を進めたと知りました当然、私には何の相談もなしですこの時、何も知らなかった私は驚きで固まっていると、義母に早く夕飯を作れと命令されました

「専業主婦は家族に尽くして初めて価値が認められる存在なのだから、家のことぐらいさっさとやりなさい」

どうして義母にそんなことを言われなければならないのかと不満に思いながらも、私は夕飯を作る気でいたためキッチンに立ちますすると料理が出来上がった頃に義母がやってきて、何をするのかと思えば——

「勇也は煮込みハンバーグは嫌いなのよこんなのゴミ」

と、ほぼ完成していた料理を燃えるゴミの袋にぶち込みました心の中では怒りが洪水のように溢れて義母に対する罵倒の言葉が込み上がってきましたが、案外人間、とんでもない場面に遭遇すると言葉すら出なくなるものですね私は状況を理解しつつも、義母に何も言うことができませんでしたそして義母は勝手に冷蔵庫を漁って料理を始めましたそこでやっと正気に戻った私は言いました

「ちょっとお母さん、私一週間分の献立を考えてから買い物してるんですそんな勝手に使われても困りま——」

そう言いかけた瞬間、小麦粉を頭からかけられました粉が目に入って、むせ込む私そんな私を無視して、義母は適当な茶色いよく分からない料理を作り、片付けを命じてきますしばらくすると夫が帰ってきて、その全てが茶色い料理を見て大歓喜でした

「そう!俺が食べたかったのはこういう料理だよマジでサラダとかそういうのいらないから揚げ物最高だよな」

そう言いながら私を無視して、義母と楽しく食卓を囲む夫もう私の心は、ぐちゃぐちゃに黒いペンキで塗りつぶされたような感じでしたそれからというもの、義母からのいびりを毎日のように受け、夫からはモラハラの嵐この家に私の居場所はどこにもないのだなと思いました何度か夫の方から夫婦関係を迫られたこともありましたが、こんな状態で受け入れられるわけがありません三十歳で妊娠して子供を産むにはちょうどいい年齢なのでしょうが、このモラハラ夫との子供は絶対にいらないと思い、私は何かしら理由をつけて逃げていました

そしてついに、私の堪忍袋の緒が切れてしまう事件が勃発しました義母が、どうしても最近調子が悪いから病院まで送って欲しいと言ってきたのです本当は義母と少しでも一緒にいるのが嫌だったので拒否したかったのですが、病人を放っておくこともできませんだから送り迎えだけならいいと言って、しぶしぶ義母を病院へ送りましたしかし義母から連絡があって迎えに行くと、ソーシャルワーカーを名乗る人に呼ばれ、私は別室へと通されますそこで何を言われるのかと思えば——

「育児や家事を一人でこなすのは大変だと思うのですが、あまり旦那さんやお母さんに当たるのは良くないと思いますよ」

と、全く心当たりのないことを言われました今日も、義母は自分で転んでできた痣を嫁の私にやられたと主張し、しかもこれは一度きりではなく過去に何度か通院して、その度ごとに私のことを相談していたそうです今回私を呼び出したのはとどめを差すつもりだったのでしょう何も知らないソーシャルワーカーはひたすら私の非を攻め、もっと子供やお年寄りを大切にして欲しいと怒られてしまいましたそもそもうちには子供なんていません最終的に精神科医を紹介するとまで言われて、私は我慢の限界を迎えてしまいます

「私の言い分も聞かずにこんなことして、人権侵害で訴えますようちには子供はいませんし、むしろ手を上げられているのは私の方です」

そう言って、私は夫からやられたことや、義母がわざと私に火傷させた痕跡なども見せましたソーシャルワーカーもそこまで頭が悪い人ではなかったため一旦義母を呼んで確認すると言いましたが、私はそれを拒否し、義母を置いて一人病院から帰りましたその後すぐ義母と夫が帰宅しました義母は、どうも私に意地悪をされたと言って仕事中の夫を呼び出し、迎えに来させたそうです夫はわなわなと震えながら言いました

「無職でスカしやがって、遺相ろ老ろの分際で生意気なんだよ母さんを置き去りにするとか、どういう神経してんだ? 」

義母からどういう説明を受けたのか知りませんが、嘘泣きをしている義母を見る限りまた大嘘を吹いたのでしょうしかしもう訂正するのも面倒になり、私は二人を無視して家から飛び出しましたその日はもう家には戻らず、ビジネスホテルで夜を明かします幸いお財布やスマホは持っていましたし、充電器は買えば何とかなりますだから家には戻らず、しばらく二人を無視して家出をしていました

ですが、ある時家の近くを通ると、うちのアパートの向かいに住んでいる五十代の主婦から声をかけられ、夫たちが旅行していることが発覚しました

「最近あなたを見なかったから心配していたのよあと、これは万子さんから聞いたんだけど、今日から息子さんとあなたの旦那さんと一週間ぐらい旅行するんですって」

それを聞いた時、呆れすぎて思わず乾いた笑いがこぼれましたしかし同時に、やるなら今しかないと、私はすぐに引っ越し業者に連絡し、割高でいいからすぐ引っ越しの手伝いをして欲しいと依頼幸い私の荷物は少なく、三日後にやってきた業者によって、必要なものを全て実家に送る手配が整いました私が今まで家のためにどれだけ尽くしていたのか知らない愚か者の親子には、制裁を下してやりましょう

「何も知らないのに、あんな風に私をコケにして、絶対に許さないんだから」

私のものが全て消えた、誰もいない家に向かってそうつぶやき、私も実家へと帰りましたそれから数日して帰ってきたのか、夫から電話がかかってきます

「おい、香、今どこにいるんだよお前の部屋、空っぽじゃねえか」

家の状態に気づいたのか、必死に私の居場所を尋ねる夫

「あなたに教える義理はありませんそれと、何度か離婚をちらつかせて脅していたので、あなたにも離婚の意思があるとして離婚届を書いておきましたサインして提出しておいてください」

それだけ言って電話を切り、着信拒否にしておきましたそれからは平穏な日々が訪れます朝起きてラジオ体操して朝食を作り、両親と三人で食卓を囲む昼までは家事をして母とたまにランチに行き、夜はまた三人で夕飯当たり前の生活なのに久しぶりに感じる安堵と幸せに、私は思わず涙をこぼしながら母の作った料理を口にします両親は二人とも、私が急に荷物を送って帰ってきたことに驚いていましたが、何も言わず優しく受け止めてくれました

しかし私が実家に帰っているという情報を掴んだのか、夫が実家近くで私を待ち伏せ買い物から帰ってきた私は夫がいることに気づいて逃げたのですがすぐ追いつかれ、腕を掴まれてしまいます

「香、いいから帰るぞお前がいないと家がめちゃくちゃなんだよ」

夫の力がどんどん強くなり、私は痛みで顔を歪めつつ「助けてください」と大声で叫びましたすると、近所に住んでいて部活帰りなのでしょう、剣道着を着ている高校生の男の子が咄嗟に助けてくれ、通りがかりのサラリーマンが警察を呼んでくれました警察が来たことで夫は大人しく帰っていきます

この後のことはある程度予想していた通りですが、大激怒した義母が我が家に乗り込んできました

「大勢の前でうちの子に恥をかかせたんですって! なんて恥知らずな嫁とその両親だこと!」

ウイルス騒ぎの真っ最中なのに大声で叫んでいる義母最終的には「目を競って訴える」とまで言い出して、ぶち切れた父が出ようとしたため、私が手を引いて止めました

「大丈夫、心の準備もできてるし、私が決着をつけるから」

そう言って私は夫に電話をかけます義母の横にいる夫が着信に気づいて出たため、私は間髪入れずにこう言い放ちました

「あなたが浮気をしていることは知ってるし、証拠もあります日頃からあなたやお母さんに手を上げられたり、私を加害者扱いした件についても訴えて、絶対に慰謝料を払ってもらって離婚してもらいます」

そう言うと、なぜ浮気がばれたのかと焦り出す夫実は、夫が新しい職場の後輩とホテルに行っているという情報を地元の人から受けて、私は探偵に浮気調査を依頼していたのですだから浮気の証拠はばっちりそれに、二人に何かされるために病院へ行って診断書ももらっており、事に及ぶ時の音声も録音していましたまずは自分の気持ちが落ち着いてから夫たちと戦おうと思っていたのですが、両親を侮辱されて黙っていられるほど、私は弱い娘ではありません

「お母さんが私の財布からお金を取っているのも知っていますそれに、今私が家を出たことで家の中は悲惨な状態で、悪臭までしているとご近所からクレームまでもらっているそうですね」

こう言うと、図星なのか言葉をつまらせる夫私に夫たちが旅行していることを伝えてくれた主婦から、この話は聞きましたゴミの分別ができてなくていつも夫たちの分が取り残され、家の中までゴミ屋敷にそして連日夫たちが揉めている声がうるさいと管理会社にクレームが入っているそうですだから夫はやっと、私という存在がどれだけ生活に影響を及ぼしていたのかを実感し、今になって「戻ってきてくれ」と言ったのでしょうしかし都合が良すぎます

「私はもう、あなたの元に戻る気はありませんどうぞ大好きなお母さんといつまでも長く仲良く暮らしてください」

それだけぶちっと言って、私は電話を切りました

その後、義母がうちの玄関の鍵を足蹴りしてくるなどしたため警察を呼び、二人は御用となって連行されてきましたその後のことは例のごとくあの主婦から聞いた話ですどうも管理会社を通じた苦情にも全く対応せず、改善の余地すら見せなかった二人。おまけに家賃まで滞納し始めたそうです二人のせいで同じアパートに住む人々がみんないなくなり、ついに管理会社は二人に対して法的処置に出ました苦情にも対応せず、家賃も払わず、経営にも影響を及ぼしたとして、損害賠償を請求する訴訟を起こされたとか結局二人には退去命令と損害賠償を支払うようにと裁判所から言い渡されたそうです今は不動産業界でブラックリストに入り、どこからも家を借りてもらえないのだとか家賃を滞納していたのは、夫が仕事でミスを犯し、休職になっていたことが原因のようです今はこの辺りで家を借りられないため、仕事を辞めて遠くに引っ越したそうですしかしまたしても再就職の壁にぶつかった夫収入が途絶え、路上生活になったことで義母がぶち切れて万引きをし、注意してきた店員にひどい怪我を負わせ、傷害で逮捕されたそうですこのことはネットニュースで知りました以降のことは知りませんし、知りたくもありません

私は離婚後、夢だったカフェで仕事を始めましたそこで知り合った五歳以上年下のスタッフと仲良くなり、三十四歳の時に私は再婚四十歳になってからは、彼と二人で念願だったカフェをオープンしましたそして今、お腹には小さな命も宿っています現在は四十代で高齢出産となりますが、元夫と居た時には考えられなかったような幸せを手にし、とても充実した毎日を送っています

私は真奈美。三十一歳です二十五歳で起業し、まだまだ小さいですが、アプリ開発会社を経営しています前職はIT関係の仕事をしていましたその会社は大きな会社ではなく、次々と会社が生まれる時代でした私は前の会社の経営が傾き始めたので思い切って退職し、スマートフォンゲーム開発会社を起業しました夫の高志は前職の会社の同僚で同級生でした私が退職した時、同時に数名辞めたのですが、高志は残りましたそして私が起業すると言った時も大反対でしたそうです、高志は冒険が好きでもなく、新しいことに挑戦することが苦手なタイプ常に安定を求めたがります仕事に意欲も特になく、小心で挑戦にも興味がないただ日々暮らしていけたらいいという考え物欲もなく、趣味も特にないですそんな高志に比べて私は正反対で、仕事をやるからには成果を上げたいし、常にチャレンジしていたい買い物も好きですし、好きなアーティストのライブに行くのが趣味です

正反対だし、合わなさそうな二人ですが、そうでもありませんお互いがないものを、二人が一緒だと補い合えるむしろ相性はいいと思いますそんな私たちは職場恋愛から始まり、二年前に結婚しましたそして半年前に、夢に見た一軒家を購入しました一生に一度の買い物だと思っていたので、一切妥協せず白を基調としたこだわり抜いた家それに二人とも子供が好きなので、将来生まれてきてくれるであろう子供の部屋も準備しました木の香りが立ち込める空間で、毎日丁寧に掃除をし、大切に暮らしてきました

そして新居に引っ越してから、以前に増して高志が私に言ってきます「俺は早く子供が欲しい真奈美は仕事ばっかりしていたら世間から取り残されるぞSNS見ていてもみんな子供がいるじゃん真奈美も分かるだろううちの親も早く子供ができないのかとせかしてくるし、いい加減仕事もセーブしたら」

私が一番恐れていたことでしたそもそも高志の収入が大きく減少していますその理由で退職者が多く、今は高志を含む従業員三人の会社になっていますそして、そもそもが在宅勤務が主で、今月なんて数回しか出勤していませんいつの間にか給与がアルバイトのような時給にまで落ちていました家もローンで購入したし、夫の収入だけで生活なんて到底できませんでも収入の問題はデリケートなので、ダイレクトに言えるわけもなく、私は言葉を選びながら返答していました高志も収入が減っていることには気づいていますが、転職から目を背けます

「そうだね子供か、私もいい年だもんねでも、やっぱりまだ仕事に集中したいかなもっとお金も貯めたいしさ子供を授かったらもちろん子供を一番に考えたいからさ私が抜けてる時に完全に任せられる人がまだいないのよだからごめんね、もう少し待ってちゃんと考えてるから」

そう言うと高志は不機嫌そうにしています

「俺の母さんが孫が見たいとしきりに言っているのを知っているだろう俺のメンツも考えてくれよあまりにうるさいから、母さんには真奈美がなかなか子供ができない体って言ってあるからな」

私はそれも知っていました義母は私の顔を見るたびに「真奈美さん、仕事もいいけど、子供を産んでこそ一人前の女よいくら仕事ができても子孫を残せない女は半人前早く一人前の女になりなさい」と言ってきますこんな意見に納得できるわけがありませんでも頑固で偏屈な姑ですから、私が意見をしたところでマザコンの高志が私の味方をするわけもなく、仕事で疲れていることもあり、できるだけ顔を合わせないように避けていました顔を合わせると、間違いなく子供の話をされますから

ある日曜日、夫婦で休日をゆっくり過ごそうとのんびりしていたら、チャイムが鳴りましたモニター越しに義母がいます本音はウイルスを使いたかったのですが、車もあるし、そんなわけにもいきません夫がドアを開けると、開くなり一番に私に向かって嫌味を言いました

「真奈美さんのせいで恥をかいたわよ」

私は当然ながら何のことだか分かりません

「さっき私の学生時代からの友人にばったり会ったのよそしたら孫が三人もいるんですって私の一つ年下の息子さんなのに、孫自慢されたわよまさかこの年になってこんな屈辱を浴びせられるとは思ってもみなかったわ本妻の嫁を持つと、こんな惨めな思いをしなくちゃいけないのね」

と、私に怒りの矛先を向けますそもそも、真奈美さんがいつまでも子供を作らないからいけないのよ高志だってかわいそうだと思わないの?いつまでも若いわけじゃないんだから、ちゃんと将来設計しなきゃ偉そうに仕事仕事言ってるけど、初詣オタク向けのゲーム作ってるだけなんでしょそんなの真奈美さんじゃなくても誰でもできるでしょ」

無知な人が一番怖い人も知らないくせに、舐められたものです私もさすがに黙っていられませんでした

「お母さん、お言葉ですが、無知なことを自覚された方がいいと思います孫が見たいという気持ちは分かりますし、悲しい思いをしたお母さんに申し訳なくも思いますでも仕事の話は、さすがに黙っていられません誰でもできる仕事ではありませんうちの社員が毎日一生懸命作っているゲームを、そんな風に言われるのは不快です」

そう言うと義母は鼻で笑いました

「何かっこつけてるのよじゃあそのゲームが大切なのか、自分の子供が大切なのかどっちなの? それでもそのオタクゲームが大切なら筋は通るけど、そんなバカバカしい話、ないわよね」

今までトラブルになりたくなくて避けていたことが、あとを濁しています頭が痛くなってきます

「何ですか?その『仕事と私、どっちが大事なの?』みたいなくだらない話は、比べること自体おかしいし、全くベクトルの違う話ですよねお母さんの言いたいことは分かりましたでも、この先は夫婦の話ですどうか二人で結論を出させてください」

少々言葉が強かったかとも思いましたが、もう黙っていられませんでしたこんな時も高志はかばってくれることもなく黙っていますすると、顔を真っ赤にした義母が鼻息を荒らくして私に向かってきます

「私に悪いと思ってるのよね高志だって優しいから言わないだけで、自分よりバリバリ働かれたら居心地も悪くなると思わないわけ?分かった、もう高志がかわいそうだわ私もここに住ませてもらうわ子供もできないのに一丁前に子供部屋も作っているんでしょ?子供を作る気がないなら、その部屋は余ってるんじゃないの?嫁は不妊だし、二LDKなら部屋は余るでしょ同居するわ」

今度は何を言い出したかと呆れていたら、高志がへらへら笑いながら口を開きました

「確かに余ってるよね子供も作る気ないしそれなら母さんが住んだ方が効率がいいよね共働きだから、在宅の俺は防犯の面でもいいからねこれは賛成」

私はこの発言に驚きました以前から高志が義母を引き込んだってことは分かっていましたでも私の意見も聞かずに、ここまで暴走するとは思いませんでした私も腹が立ったので、皮肉たっぷりに高志に言いました

「高志は今リモートだから家にいるんじゃない?防犯はばっちりだと思うんだけどそもそもセキュリティが必要なら専門の会社にお願いするし、セキュリティを頼むほどの価値のあるものは置いてないし、どこのご家庭の話をしているの?」

高志はイラっとした表情で私に牙を剥きます

「そうやって真奈美は上から目線だよなそういう態度が俺のやる気を削ぐんだって分からないの?真奈美が独立して成功したのも運が良かっただけだろ俺があのタイミングで起業していたとしても成功していたわもっと稼いでいただろうな自分ばっかりすごいと思うなよ」

元々冷めていた気持ちに拍車がかかり、さっと体中の熱が覚めていきました

「はっきり言って、高志にはできないよ今まで何度も今の会社に見切りをつけるチャンスがあったのに、自分で選択もできないじゃないそんな自分の身の振り方も決断もできないような人に、会社が経てるほど簡単じゃないよ舐めてもらったら困るわそもそも、仕事をしない上司には社員はついてこないのよ」

そう言うと高志は義母にそっくりな顔で怒っています

「真奈美は本当に傲慢で可愛くない女だな仕事ができたって、子供も産めないのなら人として失格だからな分かりますか?人類は生殖によって次の世代に繋がないといけねえの俺と真奈美から二人以上の子供ができないと、人口の減少につながるわけ母さんの言ってることは正しいよ人生の先輩の母さんの言うこと聞けないんじゃ話にならねえよ傲慢に磨きかけすぎだろ母さんと一緒に住んで、その辺教えてもらった方がいい他人は教えてくれねえからな人としてもモラルを叩き込んでもらえ」

いかにも正論チックに言っていますが、そもそも私は「子供はいらない」なんて一言も言っていません高志の稼ぎだけで生活できるわけがないから、作らないだけですもうこうなったら、高志のメンツを守るために義母には黙っていたけど、暴露します——

「じゃあ、これを見てくださいこれを見ても、子供を作らない原因が私の傲慢さだと言えますか?」

そう言って、私は家計簿と夫と私の給与明細を差し出しました義母はむすっとした表情でそれを睨んでいますそして高志は焦った表情やはりビッグマウスをぶちかました手前、これを出されるのはきついでしょうだって夫の給与は、学生のアルバイトほどしかありませんこの金額で住宅ローンを払い、家族の大黒柱として暮らすありえない。移住する国も変えないと不可能です

「ご覧の通り、我が家の経済状況は二人が働いて成り立っています私は子供に惨めな思いや貧しい思いをさせたくないので、今はまだ子供のことを考えられないです高志と婚姻関係を続けていくなら、もう諦めるしかないと思います」

そう言うと高志は焦った表情で言います

「母さんに給与明細を見せるなんて聞いてないぞ俺を貶めてそんなに楽しいか」

そう言うと義母も——

「お金、収入が全てじゃないのよ高志の温厚な性格は父親に向いているわあんたが大黒柱になったらいいじゃないの」

私はバカバカしくて白目を向いて倒れそうですやいやい、家事も一切しない家にいる時は漫画を読み、スマホゲームに課金それで高志が大黒柱? ありえません高志が在宅勤務ならまだ分かりますそして、子供を産むのは女性だってご存知ですよねもし半年、私が給料を入れなかったらこの家は破綻しますけど、そもそも「子供を産んで一人前」という考えも間違ってますよ

そう言うと言葉が出ないのか、義母は金魚のように口をパクパクしています私は続けます

「子供がいた方が楽しいだろうし、自分も成長すると思うでもこの世の中には、スマホゲームでストレス発散をして子育てを頑張っている母親もご存知ですか?そんな押し付けの言葉を言っていいなら、私も言いますよ男は家族を養える財力があって一人前です」

それぞれ置かれた場所で精一杯頑張ったら、それで満点だと思っていますが、考え方が合いませんね

そう言うと今度は高志が激昂に怒鳴り始めました

「そういう上から目線のところが、俺をダメにしているんだ! 家にまで上司がいるみたいなんだよ家から出て行け! もう顔も見たくない!」

姑の義母も私に向かって噛みついてきます

「そうよ! 黙って聞いていたら調子に乗って、言いたいこと言って何様のつもりなのよ! いや、こんな生意気な女、願い下げだわ今から離婚届を取りに行ってくるわ高志、こんなポンコツ嫁とは離婚しなさい! 」

そう言って二人で役所へ行きましたなぜ私が出て行かなきゃいけないのかは謎ですが、もう高志とは一緒にいたくありません顔も見たくないそれは私のセリフです私も我慢の限界ですやっと家を出る覚悟を決めました

私はこの隙に自分の荷物をまとめます元々物を多く持つことが好きではなく、基本的には部屋には何も置きたくない派の俗に言うミニマリストなので、荷造りはあっという間に終わりました怒りムードのまま義母と高志は帰宅し、帰って来るなり張り切って離婚届を記入していますそして高志はそれを私に叩きつけました

「俺はもう書いたからな引き留めるなら今しかないぞいくら謝っても、離婚届を出したら取り返しのつかないことになるんだからな精神的苦痛を与えられたから、俺は明日から仕事に行けそうにないわ慰謝料はこの家でいいから俺が器の小さい男じゃなくて良かったな、お前は稼げるからそれくらい余裕だろまあ、謝ったら許してやってもいいけど」

と、どうやら引き留めて欲しいそうですこんな器の小さい男には出会ったことがありません我が人生でナンバーワンです私も迷うことなく離婚届を記入します提出したところを自分の目で確認したいので、私が提出しに行くことになりました翌日、無事離婚成立

結婚よりも離婚の方が大変とよく聞きますが、私は思っていたよりあっさりでしたそしてすっきりしました大好きだったあの家に、世界一大嫌いな親子がいると思うと、お化け屋敷より恐ろしい近づきたくもないです私の荷物はボストンバッグと海外旅行用の特大スーツケースのみコンパクトな暮らしをしていた私を褒めてあげたいひとまず会社に止まることにします社員のみんなも「社長は、いつかこうなると思ってました」と笑っています

でも私の仕返しはここからです私は大嫌いな人の住む家のローンを払うほどお人好しではありませんそもそも高志に慰謝料を払う理由がありませんそうです、あの家は私名義です高志の給料では当然ローンが通りませんでした結局私名義にしたのです従って所有者は私こんな家はもういりませんそして後々面倒なことにならないように、弁護士に入ってもらいました夫婦の共有財産は清算もちろん家は売却しますまだまだ新築と言える期間で、土地を格安で売ってもらった物件だったので勉強させてもらったと思える含み価格ですぐに希望額で売れて大満足ですそして、何の根拠もなくなぜか頭の弱い親子は「住み続けられる」と思っていたらしいです義母は離婚して初めて、家が私名義だという事実をここで知ったようです高志は自分の収入額を偽っていたので、義母がそう思うのも無理はありません家の売却の事実を知った親子は青ざめましたそして私に義母から電話がありました

「私たちを困らせて、そんなに楽しいの? 高志を戻してあげるから、今すぐ売却を撤回しなさい高志が病んで働けなくなったのはあなたのせいだからね! 」

と義母が怒鳴っています私は言います

「高志を戻してあげる?申し訳ないけど、いくら詰まれてもお断りしますでは、自分の住まない家のローンを払ってくれる人に出会ったことがありますか?私はそんなバカみたいな人に出会ったことがありませんもう他人ですから」

そう言うと「今すぐあなたの会社に突撃して、人手不足の事実を言いふらすから! 風評被害は怖いわよ! 」としてきたので、「ご勝手にしてください私は忙しいので失礼します」と電話を切り、早速会社の専属弁護士に報告弁護士さんはすぐに来てくれましたが、会社で待っていても高志は一向に来ません予想通りの展開です高志のビッグマウスは母親譲りだったというわけです

私は離婚の話が出た時と、今の通話のボイスレコーダーを弁護士に提出しました慰謝料を取るには十分すぎる材料だそうです仕事柄、すぐにボイスレコーダーに録音する癖がついていたのでしたここで気になるのは義母との経済状況ですが、義母は仕事を続けたことがありません長くて半年、傲慢さが出て、職場でもうまくいかずに辞めてしまうのですから——

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