クリスマスイベントの会場は、色とりどりの電飾がきらめき、テーブルにはお酒や料理が並び、子どもたちの笑い声が飛び交っていた。町内会が主催する年に一度の集まりだ。私は小学一年生の娘・修理と共に、その賑やかな雰囲気に溶け込もうとしていた。夫は年末の仕事でどうしても休めず、今日は私一人で娘を見ることになっていた。修理は目を輝かせて会場を見回し、私もその無邪気な姿に思わず微笑む。開いているテーブルを見つけて座ったその瞬間、楽しい空気を引き裂くような鋭い声が響いた。
「ちょっと、私の酒が飲めないってどういうこと」
声のした方を見ると、一人の女性がウイスキーの瓶を片手に、他の参加者に絡んでいた。桃山ゆ香さん。修理と同じクラスの娘を持つママ友だ。彼女はすっかり酔い潰れており、上から目線の物言いで相手を罵倒し始めたのである。
「断るって何よ。私が時々お酒をついであげるって言ってるのよ。あなたのことはよく知ってるわ。あの小さくて貧乏臭い家に住んでる人でしょ。旦那の稼ぎが悪いと大変よね」
ゲラゲラと下品に笑う彼女の周囲では、人々が自分が標的にならないよう視線をそらし、愛想笑いを浮かべてやり過ごそうとしていた。その態度が気に入らなかったのか、ゆ香さんは突然、料理の載ったテーブルに手のひらを叩きつけたなら「あなたたちとは存在価値が違うのよ」と声を張り上げたのである
「私の夫はヤザなの。しかも桃山組組長の息子よ。この意味、分かるわよね。私が夫に頼めば、あなたたちだけじゃなく家族だってこの町にいられなくなるわよ。例えば、たくさんの組員を家に押しかけさせるとかね」
その一言で、会場は水を打ったように静まり返ったのだ。誰もが彼女を刺激しないよう、小声でしか話せなくなる。私は横目でその光景を眺めながら、小さくため息をついたとうゆ香さんはいつもそうだ。少しでも気に入らないことがあると、すぐに夫の立場を持ち出して相手を脅すnot一人や二人ではない。実際、彼女の嫌がらせに耐えかねて引っ越してしまった家族もいるという私自身、脅しなど何も怖くないが、自分が竜崎組の七代目組長であることを隠して平穏に暮らしてきた以上、余計な関わりは避けたいところだ「どうかこっちに来ませんように」と願いながら、私は娘との時間を楽しもうとした
だが、その願いも虚しく、ゆ香さんは私を見つけると嫌味を言いながら近づいてきた
「あら、あなたも来てたの。いつもながら影が薄いから気づかなかったわ」
酔いで強くなった酒気が漂ってくるのに私は思わず顔をしかめたが、どうにか愛想笑いを浮かべて応じた。「どうもこんばんは。ゆ香さん、ずいぶん出来上がってますね」「せっかくのクリスマスイベントじゃない。お酒を楽しまないと。あなたも飲みなさいよ」差し出されたウイスキーの瓶を、私は丁寧に断った。「娘が楽しむ場所でお酒を飲むわけにはいきませんので、お気持ちだけいただきます」持っていたペットボトルの水を見せると、ゆ香さんの表情が一変した
「はあ?クリスマスパーティーなのよ。みんな楽しんでるのに、乾杯するくらいできないの」乾杯だけならお酒でなくてもできますし」「娘が一緒なのは私だって同じよ。ちょっと飲んだからって何だって言うの? もしかして私に逆らうわけ? ヤザの夫を持つこの私の言うことが聞けないってことかしら? 」
ゆ香さんの口調はみるみる激しくなり、周囲の参加者たちは怯えた様子で私たちのやり取りを窺っている「お母さん」後ろで修理が小さく震えていた。ゆ香さんに睨まれて怖くなったようだ。「ゆ香さん、少し静かにしましょう。皆さんが怖がってますし、お酒を飲めない人もいます。無理強いは良くないですよ」私が穏やかに諭すと、ゆ香さんは一層声を荒げた
「何よその言い方。まるで私が脅してるみたいじゃない।何?

私が全部悪いとでも言いたいの? 」「そこまでは言っていません。ただ楽しい時間を過ごすためには、もう少し節度を持った方がいいと言ってるだけです」「偉そうに説教して、何様のつもりよ」ゆ香さんは吐き捨てるように言うと、突然ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。「そうだわ。土下座しなさいよ。私は気分を害されたのよ。誠意を見せてもらわないと」土下座を要求され、私は戸惑いながらも必死に冷静さを保とうとしたが、ここで本当の立場を明かせば、娘や夫にまで迷惑がかかるかもしれないのどうにか穏便にこの場を収める方法はないものかと考えていると、ゆ香さんは周りを見回して更に叫び出したのである
「そもそも、怖がってる人なんているの? そんな人がいるなら手を挙げなさいよ」周囲は一斉に俯き、誰も手を挙げない。「ほら、誰もいないじゃないのまるで私の妄想だったってことね」そう言うと、ゆ香さんは私を睨みつけた。「ヤザの妻であるこの私を、ありもしない理由で悪者にしたんだから、それなりの報いを受けてもらわないと。まずは今すぐ土下座しなさい」床を指差して土下座を強要してくるゆ香さん。私がどう対応すべきか迷っていると、彼女は突然、手にしていたウイスキーの瓶を、私の背後に隠れている修理の頭の上に傾けたのである
「土下座しないなら、こうしてやるわ。ほら、泥水するまで飲みなさいよ。クソガキ」
「何をするんですか! 」私が止める間もなく、ウイスキーが修理の髪や顔、服に容赦なく注がれていく。「未成年に何てことをするんですか!
何かあったらどうするんですか! 」私は泣き出した娘を抱きしめて必死に抗議したが、ゆ香さんは空になった瓶を放り投げて鼻で笑うだけだ「ちょっとお酒がかかったぐらいで何騒いでるのよそもそも、すぐに土下座しないあんたが悪いんでしょ? 自業自得じゃないの」
これ以上ここで話していても無駄だとう判断した私は、泣きじゃくる修理を抱き上げてこの場を去ろうとしただが、ゆ香さんは立ちはだかって私の行く手を阻む「待ちなさいよ。土下座しろって言ったでしょ「今すぐここでしなさいよ。」「もししないなら、私の旦那に言いつけて、あなたの娘も旦那もこの町にいられなくしてやるから」
「今はそんな話をしてる場合じゃないでしょ…後でゆっくりお話ししますから、通してください」「はあ、私の命令に逆らうんじゃないわよ」
その時だった私の腕の中で泣いていた修理が、突然激しく震え始めたかと思うと、泡を吹いて失神してしまったのだばかりか、強い酒にやられてショック状態に陥ったようだ。私は驚愕し、娘を強く抱きしめた。「なによ、お酒が強すぎたのかしら」嘲笑うように言うゆ香さんの言葉を聞いて、私の中で何かがブツリと切れた
「もう我慢できない。許さない」私は小さく呟くと、娘を抱いたまま携帯電話を取り出した。そして、桃山組の事務所へ電話をかける一女の「もしもし…組長? お久しぶりです」電話口から聞こえてくるのは、組長・まさしの声だ。「今、あなたと息子さんの処分が決まったので、取り急ぎご連絡しました」唐突な「処分」という言葉に動揺して叫ぶ様子を無視し、私は一方的に電話を切った
「あんた、こんな時に誰に電話してるのよ」「もしかしてあなたの旦那もヤザなの?
」「そんなわけないじゃないですか」馬鹿にした口調のゆ香さんに、私は冷静な表情で近づき、彼女の耳元にそっと顔を寄せた。「とりあえず、外に出ましょうか」低い声に怒りを込めて囁くと、ゆ香さんは気圧されたように一歩後退した「な、何よ…何か用があるなら、ここで言えばいいでしょ」「ここでもいいですけど、恥を掻くのはゆ香さんの方ですよ。いいんですか? 」「何言って…」叫ぶ彼女に、私は周囲に怪しまれないよう微笑みを浮かべたまま、再び小さな声で言った。「ゆ香さんの人生を終わらせたくなかったら、大人しく外に出なさい」
その言葉に圧されたのか、ゆ香さんは不承不承といった様子で外に出ることに同意した「分かったわよ…外に行けばいいんでしょ? でも、もしものことがあったら、私の旦那と組が黙ってないわよ」「覚悟しなさいよ」そう言うと、彼女は私を軽く突き飛ばし、近くで遊んでいた自分の娘に先に一人で帰るよう伝えてから、私と共に会場を出た
会場を出て少し歩いたところには、黒塗りのいかつい車が数台待機していた「車の扉が静かに開き、屈強な組員たちが降りてくる」「お疲れ様です」「夫には連絡してあるから、修理を病院へすぐに送って」「それと、ゆ香さんと話すことがあるから、彼女は別の車に乗せてちょうだい」私の指示に、組員たちは一切の無駄なく動き始める「はあ? 何なのよ、これ」状況を飲み込めずに困惑するゆ香さんは、抵抗もできないまま後部座席に押し込まれた「彼女の両脇に組員が座り、逃げ出せないようにする」私も同じ車の助手席に乗り込み、組員に携帯電話の画面を見せると、車はすぐに走り出した
「ちょっと、どこへ向かうのよ!
私の夫がヤザだってこと、分かってるんでしょうね」「しかも、あの桃山組組長の息子なのよ」「あんたなんか二人がかりで、家族ともひどい目に合わせてやるから、覚悟しときなさいよね」「聞いてるの? ちょっと」金切り声を上げるゆ香さんに、私は顔をしかめて後部座席の組員に指示を出した「少し黙っててくれない? うるさくて仕方ないわ」私がそう言うと、組員は遠慮なくゆ香さんの腹を殴り、彼女は気を失った
しばらくして目的地に到着した私と組員たちは、気を失っているゆ香さんを軽く叩いて起こした「ほら、着いたわよ。ゆ香さん、起きなさい」「うーん…ここ、旦那の事務所のビルじゃない? 」慌てて辺りを見回すゆ香さんを連れて、私たちは桃山組の事務所へと入った
事務所の中には、組長と、ゆ香さんの夫である正さんがいた「正さんは私たちを見た瞬間、床に土下座をして震えた声で謝罪してきたのである」「お父さん、まさか…この度は本当に申し訳ありません」「どうかお許しください…妻がとんでもない失礼をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」その姿を見て、ゆ香さんは一層声を荒げる「はあ?
何で土下座なんかしてるのよ! この人、私のことバカにしたのよ」「私は恥を掻かされたんだから、この町にいられないようにしてやってよ」「簡単でしょ? 」
「本当になんてことしてくれたんだ…よく無事でここに来れたもんだな」「組長に感謝しろよ」正さんは怒りを込めた低い声で妻を睨む「怖い顔してどうしたのよ…組長って何? 「もしかして、あんたの旦那も本当にヤザだったの?
」「でもどうせ、大したことない組織なんでしょ」口を挟み始めたゆ香さんに、組長が兜を脱いだように告げた。「この方は、竜崎組の七代目組長だ」たち「この方が、竜崎組の七代目組長なんだぞ」「組長から処分を受けて、やっと理解したのだろう」
瞬間、ゆ香さんの顔色が変わった「え、まさか…あんたが、あの最大組織の組長? 」「嘘よ…何かの間違いでしょ」「だって…そんなこと、一度だって言ったことないじゃない? 」「私は誰かさんみたいに権力を振りかざして周りを従わせるような、みっともないことはしないのよ」「それに、卑怯よ」「まだ自分の立場が分かっていないようね…ちょっと痛めつけてやってちょうだい」私がそう命令すると、後ろに控えていた組員たちが容赦なくゆ香さんを殴り始めた「痛い! 」倒れ込んだゆ香さんを構わず殴り続け、気がつけば血と涙が床を汚していった「やめて…ごめんなさい…謝るし…土下座するから許してちょうだい」ここまで殴られて初めて身の危険を感じたのか、ゆ香さんは必死に叫び始めた
私は組員に殴るのを一旦やめるよう伝えると、床にうずくまる彼女を見下ろした「土下座だけで許すと思ったら大間違いよ」「そうね…まずは、修理の治療費として一千万、支払ってもらいましょうか」「一千万ですって?
そんな金、払えないわ! 」「治療費って言ったって、気を失っただけでしょ? ぼったくりじゃない!? 」「修理にあんなひどい仕打ちをしておいて、よくそんなことが言えるわね…もしかして、まだ酔っ払ってるのかしら?
」「いいこと思いついたわ」「すぐにネットをバケツに入れて持ってきなさい」私がそう指示すると、組員はすぐに熱湯で満たされたバケツを持って戻ってきた「何をする気? 」怯えた顔で悲鳴を上げるゆ香さんに、私は冷たい目を向けた「まだ正気じゃないみたいだから、酔いを覚ましてあげようとしてるんですよ」「ちゃんと続くように頑張ってくださいね」そう言うと、私は逃げようとする彼女の頭を掴み、バケツの中へ顔を突っ込ませた。一度顔を上げさせ、また突っ込ませる。それを何度か繰り返した
「やめて…ごめんなさい…払います…払いますから…」熱湯で真っ赤になった顔で、息を荒げて懇願し始めたゆ香さんを見て、私はようやく手を止めた「治療費はちゃんとお支払いします…でも、そんなお金を持ってないんです」「貯金もないし…まさし、お父さん…助けてください」彼女は泣きながら組長と正さんに助けを求めたが、二人は冷たい目で見下ろすだけだった「冗談じゃない…自業自得だろう」「こんなバカなことをする女と、これからもやっていけるとでも思ってるのか」「妻とは離婚します…組長、どうか処分だけは勘弁していただけないでしょうか? 」「そうだ…今更助けを求めるなんて…」「息子も愛想を尽かしてるんだ…自分の責任は自分で取るんだな」「俺たちには関係ない」彼らは必死に土下座しながら、自分の保身だけに必死だっていた「家族が犯した罪を償うことより、自分たちの立場が大事なのね」「残念だけど、私は一度決めたことを曲げないわ」「道さんたちを処分することは、もう決定事項よ」私が冷たく言い放つと、組長と正さんは絶望した表情で崩れ落ちた
「それに、私の大事な娘を失神するまで追い込んだことは、お金の問題だけじゃないわ」「治療費は当然払ってもらうけど、私はゆ香さんを同じ目に合わせないと気が済まないの」私が声をかけると、組員が私に瓶を渡してきた「ゆ香さんは、その瓶を見て震え上がった」「え…お、お前、それは何なの? 」私は瓶の蓋を開けながら、彼女に冷たい笑みを向けた「これはね、すぐそばで火をつけると、一瞬で爆発する液体よ」「ここに来る途中で用意させておいたの」「ウイスキーを修理は頭からかけられたんだから、ゆ香さんにもかぶってもらわないとね」私は瓶の中身を彼女の顔に向かって浴びせた後、ポケットからライターを取り出して見せた「このままゆ香さんのそばで火をつけたら、失神どころか顔は焼け爛れて、一瞬であの世行きかもね」「下手すれば、この事務所ごとなくなっちゃうかもしれないわ」
「ひっ…助けて…お願いします…何でもしますから…命だけは助けてください…」「もう遅いわ」ぐしょぐしょに濡れて怯えるゆ香さんの顔に、私はライターを近づけて火をつけた–瞬間、彼女は高い悲鳴を上げて気を失った「組長と正さんは、ゆ香さんを見捨てて外へ逃げ出そうとする」だが「あら、こんなんで気絶しちゃうのね」私はつまらなそうに呟き、ライターの火を消した「え…爆発するんじゃ…?
」立ち尽くす正さんに、私は笑顔を向けた「まさか、こんなところで爆発事件を起こすほど、私は愚かじゃないわ」「中身はただの水よ」空になった瓶を組員に渡し、ライターをポケットにしまう。「ゆ香さんはただ気を失ってるだけよ」それを聞いた組長と正さんは、力が抜けたように床に崩れ落ちた
私はそんな二人を横目に、気を失ったゆ香さんを連れて桃山組の事務所を後にしたのだそして、自らの事務所へと向かう
その後、意識を取り戻したゆ香さんに、私は冷たく告げた「ここよ」私は助かったの? 「このまま意識を失ってた方が幸せだったかもしれないわね」「あなたの家や車、家具を全て処分させてもらったわ」ゆ香さんの顔が、見る見るうちに青ざめていくのが分かった「どうして…どうしてそんなことまでするの? 」「どうしてって?
」私は彼女をじっと見つめた「ゆ香さんに治療費を一千万払ってもらって、この町から出て行ってもらうためよ」「町から出て行くなんて…もう十分罰を受けたじゃない…」
私は手近にあったナイフを手に取ると、ゆ香さんに近づいたそして、鋭い刃先で彼女を見つめながら言った「今の場であなたを殺してもいいのよ」冷たい光を放つナイフを彼女の首に近づけると、ゆ香さんは短い悲鳴を上げて必死に首を左右に振った「待ってください…すいませんでした…どんな罰でも受けます…二度とこの町にも現れませんから…どうか命だけは助けてください…」「分かればいいわ」「でも、これで許すわけじゃない」「ゆ香さんは、今後竜崎組の監視下で、一から自力で生活するのよ」「誰もあなたを助けてくれない」「遠い見知らぬ土地で、もがき苦しみなさい」「はい…」もうどうしようもないと悟ったのか、ゆ香さんは力なく小さく頷いた
こうしてゆ香さんは、その日のうちに組員たちに連れられ、見知らぬ土地へと追放されることになったその後、夫とは離婚し、娘は両親が引き取って育てることなったが、彼女自身は両親からも絶縁されてしまったらしい頼るものも家もお金もない、文字通り無一文で彼女は住み込みの仕事を見つけたものの、元来のプライドの高さが仇となり、どこの仕事も長続きしないのだという
一方で、私たちの町には穏やかな日常が戻ってきたゆ香さんの嫌がらせに耐えていた町の人々は、あのクリスマスイベントの後から彼女の姿が見えなくなったことに安堵し、私に会うたびに「話をつけてくれたのだろう」と感謝してくれるようになった私は思うもっと早く、誰かがゆ香さんに手を差し伸べてやれていたなら、彼女もここまで落ちぶれることはなかったのではないだろうかとだが、今の私は、愛する娘と夫と共に、今まで通り身分を隠して平穏に暮らし続けられていることに、ただ安堵しているのだった。