「お前、来月から閉鎖間近の支店に左遷だ」——部長に呼び出されたあの瞬間、俺は45年間の人生が終わったと思った。本社から左遷された初日、俺はパソコンの画面に映った見覚えのあるシステムを見て、思わず息を呑んだ。まさか、こんな形で再会することになるとは。俺の名前は佐藤、45歳。産業用精密部品メーカーで技術営業をしていた。高卒の俺にさらなる昇進は望めないが、仕事にはやりがいがあり、顧客からの信頼も厚…

「お前、来月から閉鎖間近の支店に左遷だ」——部長に呼び出されたあの瞬間、俺は45年間の人生が終わったと思った。本社から左遷された初日、俺はパソコンの画面に映った見覚えのあるシステムを見て、思わず息を呑んだ。まさか、こんな形で再会することになるとは。俺の名前は佐藤、45歳。産業用精密部品メーカーで技術営業をしていた。高卒の俺にさらなる昇進は望めないが、仕事にはやりがいがあり、顧客からの信頼も厚...

本社から左遷された初日、俺はパソコンの画面に表示された見覚えのあるシステムを見て、思わず息を呑んだ。まさか、こんな形で再会することになるとは。島部長に追い出されたあの日、俺の人生は終わったと思っていた。だが、ここから俺の逆転劇が始まるとは、その時はまだ知らなかった。

俺の名前は佐藤、45歳。産業用精密部品メーカーで技術営業を担当していた。高卒の俺にさらなる昇進は望めないが、仕事にはやりがいがあり、顧客からの信頼も厚く、現状に満足していた。だが、1年前、すべてが狂い始めた。

原因は矢島部長だ。俺が一から作り上げた機関システムを、あの男は役員たちの前で自分の手柄であるかのように発表した。俺は怒りよりも先に、無力さを噛み締めるしかなかった。矢島部部長には野崎専務という後ろ盾があり、学歴もコネもない俺が逆らえる相手ではなかったのだ

あの日から、俺はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、矢島部長の下で働き続けてきた。ある日の会議で、部長が既存取引先の納品コストを下げるため材料の使用を変更すると言い出した。俺はすぐに反対した。変更すれば品質基準を満たせず、0. 01ミリの誤差で製品が跳ねられてしまうからだ」

「部長、使用変更はできません。取引先の品質基準が問題です」

「他の取引先は大半が問題ないぞ。何か問題があるならそれはお前の責任だ。お前がどうにかしろ」

「私の力ではどうすることもできません」

「もういい。お前の話は聞かん」

部長は廊下に響く大声で俺の言葉を遮り、乱暴に肩を叩いた。「1年前みたいに、また惨めな目に会いたいのか」という言葉が、俺の脳裏に焼き付いた。

あれから半月後、部長に呼び出された俺は、信じられない宣告を受けた。「お前、来月から閉鎖間近の視点に左遷だ」と。俺が抗議の視線を向けると、部長は口の端を歪めて笑った。「野崎専務にお前の話をしておいた。周りの社員に高圧的な態度を取っていたとか、重要な顧客と揉めてトラブルを隠蔽したとか、な」 すべて身に覚えのないことだった。」「相手が信じれば、それが真実になるんだよ」そう言い残し、部長は会議室を出て行った。

反抗するだけ時間の無駄だと判断し、俺は静かに左遷を受け入れた。本社を去る日、部長が追いかけてきて言った。「ようやく邪魔物が消えるな。せいぜい生き延びることだ」と。部長は俺が怖かったのだろう。機関システムの本当の開発者が俺だとバレれば、部長の立場は危うくなる。それを理解した上で、俺は何も言わず背を向けた

左遷先の視点は、社員が店長を含めて数名だけという、まさに閉鎖間近の状態だった。岡田店長たちが難しそうな顔でパソコンを見つめている。「どうしたんですか」

「うちのシステムは古くてな、本社に頼んでようやく新システムを入れてもらえたんだが、エラーだらけでまともに動かんのだ」

画面に映っていたのは、俺が開発した機関システムだった。」「店長、このシステムを開発したの、実は俺なんです」

「え、島部長じゃないのか?」

今までの俺なら黙っていただろう。しかし、左遷までさせられた今、黙っている必要はない。「俺が対応します」そう言って椅子に座り、手早くエラーを修正する。「移行データの入力形式が古いだけの単純なバグですね。これで解消できます」 画面はスムーズに動き始めた。「君、何者だ?」「ただの、元係長です」 視点のピンチを救った俺に、岡田店長たちは感謝の言葉をくれた

それから俺は視点で本領を発揮した。システムの開発者本人だからこそ、改良も思いのままだ。「佐藤君のおかげで業務効率が大幅にアップしたよ」と、店長は喜んでくれた。ここに来てよかった、そう思えた矢先、新たな苦難が訪れる

本社からの通達だ。「機関システムの独自回収は車内規約に違反する。即自停止し、現状に戻すこと」 矢島部長が、俺が視点でシステムに触れることを恐れているのだろう。あの男は、俺を左遷しただけでは飽き足らないらしい。仕方なく元通りにしたが、視点のやり方ではどうしてもエラーが出てしまい、ある取引先の受注処理が遅れる事態に発展した

「大切な取引先を本社に横取りされてしまったよ」と、岡田店長は肩を落とした。もしかして、あの人か。俺は逆境に対して抵抗する道を選んだ。本社にいた頃の俺とは違うのだ

本社から持ってきた規約を隅々まで読むと、「設計者本人による保守修正は対象外」という但し書きを見つけた。「俺はこのシステムの設計者です。保守としてやる分には規約には触れないでしょう」 岡田店長に報告し、保守という名目でシステムをいじる。部長からは特に連絡はなかった。無駄に騒いで、開発者が自分ではないとバレるのを恐れたのだろう

そして3ヶ月後、俺たちの視点は、ある部門で全国1位の業務成果を上げた。「やったな」と喜ぶ岡田店長の顔は、すぐに曇ることとなった。ランキング1位を記録した視点は本社で表彰を受けることになったが、その招待と一緒に、閉鎖時期を前倒しにするという通達が届いたのだ。」「矢島部長が裏で動いたのだろう」

「もうおしまいだ」と落ち込む店長に、俺は覚悟を決めて言った。「表彰式の主催者は専務です。専務に直接会って、事実を伝える最後のチャンスかもしれません」

「どうやって、あの2人は同じ大学で仲がいいんだ」

「真正面から訴えるしかありませんよ。下手な小細工は逆効果でしょう。これは賭です」 俺が笑顔で言うと、岡田店長も腹を括ったように笑った。「よし、やろう。でも事前準備は万全にしておくぞ」

そして表彰式の当日、代表として呼ばれた岡田店長に同行し、俺は本社へ向かった。会場で野崎専務と言葉を交わす機会を得た。「そちらの方は本社から移動になった佐藤です。とても優秀な人材なんですよ」と店長が紹介すると、専務は眉を寄せた。」「佐藤。その名前は確か矢島が言ってたな。顧客とトラブルを起こしたとか」

「それは事実無根です」と、岡田店長が前のめりになり必死に訴える。「1位を取れたのは佐藤のおかげなんです。佐藤は機関システムの導入と運用をしてくれました。おかげで視点の業務効率は劇的に改善したんです」

俺は鞄から別の書類を取り出し、専務に差し出した。「こちらもご覧ください。車内サーバーに残っていた、システム設計資料と議事録をスキャンしたデータです。作成者の欄に、私の名前があります」 専務の目が丸くなる。「このデータを見つけるのはかなり苦労しましたよ」

すると、タイミングよく矢島部長が姿を現した。俺の姿を見てぎょっとした顔になる。「矢島、聞きたいことがある。お前は佐藤君を視点に左遷するように仕向けたのか?」

「お、俺は嘘はついてません」

「俺が顧客との間にトラブルを起こしたと、専務に吹き込んだんですよね。」「どこの会社の誰とトラブルを起こしたんですか?その方に問い合わせてみましょうよ」

部長の顔色は、さらに悪くなった。周りで聞いていた社員たちがざわつき始める。俺は心の中で静かに息を吐いた。」「あんたが俺から奪ったものを、今全部取り返しに来たんだよ」

「それと、機関システムを作ったのは佐藤君だな」 専務の問いかけに、部長は弱々しく首を振る。「違いますよ、システムは俺が作りました」

「車内サーバーに残っていた古いデータには、佐藤君の名前が書かれていたぞ。」「部長が開発者なら、システム回収もできますよね。」「専務の前で2人に回収作業をやらせてみてください」 岡田店長がいいアシストをしてくれた

矢島部長は青白い顔で震え、視線を床に落とした。もはや自白しているも同然だ。

表彰式が終わった後、数日して、専務が直接視点に赴き、俺に頭を下げた。「申し訳なかった。視点の閉鎖前倒しも、あいつが提言したことだったんだ。」「お前のデータを役員会議に提出した結果、閉鎖は無期限延期になったよ」

矢島部長は平社員へ広格となり、給料も大幅にカットされたらしい。あの時、体を張って守ろうとした取引先も、正しく守られた。今回の騒動後、専務から本社に戻らないかと言われたが、俺は断った。出世や肩書きではなく、自分が本当に力を発揮できる場所で働く。それが、45年生きてきて俺が辿り着いた答えだ

俺の名前は武田、56歳。精密機械部品を製造する中堅上場メーカーで、38年間法人専門の営業をしている。高卒で入社して以来、ずっとこの会社一筋だ。年功序列制度のおかげで、結婚も住宅購入も計画的に進められた

俺は営業の傍ら、会社に寄せられる様々な苦情処理も担ってきた。顧客の声の奥にある品質への失望や、約束が守られなかった怒りを聞き取り、言葉を尽くして向き合う。,問題が片付いた時、相手の声がふっと静まる瞬間がある。そこに、この仕事のやりがいがあると思ってきた。いつしか他の社員が受けた苦情も俺に回ってくるようになり、それらを断らなかった。誰かが誠実に向き合わなければ、会社への信用が失われていくことを知っていたからだ

ある日、外部から井川という男が新社長として着任した。」「私はこの会社でコスト削減と成果主義を徹底するつもりです」 井川は就任早々そう宣言し、年功序列制度の廃止を打ち出した。高い給与のベテラン社員を排除する。それが狙いだと、俺には透けて見えた

会議で苦情処理の説明を求められた俺に、井川は言い放った。「つまり重要度は低いですね。正社員である必要はない。高々電話対応はバイトで十分でしょう」 その言葉に続けるように、今年入社したばかりの田という若手社員が口を挟んだ。「苦情処理程度、僕なら3分でできますよ」

社長室に呼び出された俺に、井川は薄笑いを浮かべて言った。「武田さんは高卒入者でずっと平社員のまま。それでいてこの給与水準はなかなかですよ」「今後は営業の担当を外れてもらいます」「では私の仕事は何ですか?」「それを自分で考えるのが、成果主義というものです」

高卒という言葉が刃のように刺さったが、俺は顔に出さなかった。,38年間顧客の怒りを正面から受け止めてきた人間が、この程度の言葉で表情を崩すわけにはいかない。」「やめれば高コスト社員が1人消える殘れれば、成果を出せない人間として負の象徴にされる。」どちらに転んでも、俺は生贄だ

俺は篠原部長のところへ行き、自己都合退職の意思を告げた。ただ1つ、懸念があった。電気メーカーからの苦情処理は、今まさに対応の途中にあることだ。だが、引き継ぎを申し出るより先に、篠原が口を開いた。「電気メーカーの件は田に任せます。」「引き継ぎは不要です」

俺は私物をまとめながら、苦情処理の15年分の記録ファイルを手に取った。本来ならシュレッダーにかけるべきだろう。退職する人間が社外に持ち出していい情報ではない。それは分かっていた。だがこのファイルには、今まさに対応中の案件がある。,これを廃棄すれば、その全てが永久に失われる。,「不要と言われたが、これは捨てられない」 俺はファイルを鞄に納めた

退職から3週間が過ぎた。すると午後、営業部に残っている同期から電話が入る。「武田,電気メーカーから来た苦情処理の件が、おかしなことになってる」 田が担当者宛てに送った回答書は、比較基準と正式手順を記した定型的な内容だったらしい。問題はそこではない。,10年前のトラブル収拾の際、俺は電気メーカーの取締役である朝倉との間で、ある取り決めをしている。,再発時は保証交渉に先立ち、双方の実務担当者による事前協議の場を設けるという合意だ。書面には残っていないが、経緯と背景、当時の担当者名まで、俺の記録に詳細に残してある

朝倉は何よりも誠実さを大事にする人間だ。,長年の取引相手に事務的に処理されたと感じれば、交渉のテーブルそのものを畳んでしまうだろう。,翌日には、弁護士を立てたという連絡が入った。俺が動く義務はない。,追い出したのは向こうだ。,そう思いながらも、俺はファイルから目が離せなかった

朝倉と最初に向き合ったのは13年前のことだ。,あの日、2時間詰められても、俺は紳士に向き合い、耳を傾け、謝罪を重ねた。,帰り際、朝倉は言った。,「武田さんが来てくれるなら、話は聞きます。」「次もよろしく頼みます」 以来、この電気メーカーでトラブルが起きるたび、俺と朝倉は2人で相談を重ね、解決してきた。,積み上げてきたものは、数字でも書類でもなく、互いの間に生まれる信頼だ。,その信頼が、俺の手の届かないところで崩れていく

退職から2ヶ月近く経ったある朝、再び同期から連絡が入る。「電気メーカーが正式に損害賠償の訴えを起こしたぞ。」「請求額は12億だ」 株価も、朝の取引開始と同時に売り注文が殺到し、今日だけで1割近く落ちたという

その日の夕方、会社の代表番号で着信が入る。」「電話口に出たのは、井川だった。」「武田さん、1度お時間をいただけませんか?」 先日の余裕は、声から完全に消えていた。「俺は考えます」とだけ答えて電話を切った。,急ぐ理由はない。,向こうの焦りがどこまで深くなるかを見る必要がある

3日後、再び井川から着信が入る。「武田さん、条件があれば聞かせてください」 就任直後に成果主義を掲げて俺を追い出した人間が、同じ数字に追われ、俺に懇願している。,俺はメモを手元に引き寄せ、話し始めた。「条件は3つです。」「1つ目、苦情処理の専門部署を新設し、その責任者として俺を復帰させること。」「2つ目,俺が管理してきた苦情処理に関する15年分の記録を、会社の正式な資産として登録すること。」「そして3つ目,訴訟にまで至った今回の経緯に関する車内調査報告書を作成し、全社員に開示することです」

「1つ目と2つ目は受け入れます」と井川は言い、言葉を止めた。「ただ3つ目は、車内の式への影響が懸念される」「3つ目がなければ、同じことが必ず繰り返されます。」「条件を受け入れるつもりがないなら、話し合いに応じるつもりはありません」 しばらく間があった後、井川の小さくなった声が聞こえた。「わかりました。」「3つとも、受け入れます」

俺は直ちに朝倉に直接電話をかけた。,担当として社に戻ることになったこと,そして話し合いの時間をいただけないかと告げた。,朝倉はしばらく黙り、こう言った。「武田さんが来るなら、話は聞きます。」「ただ、今回の対応を決めた方にも同席してもらいたい」 俺は了承した

翌日の面談場所は、電気メーカー本社の会議室に設定された。,テーブルを挟んで俺と朝倉が向かい合う。,井川と田は、俺の隣に座っている。,朝倉は弁護士を連れてこなかった。,俺が直接連絡を入れたことで、あの人はそう判断したのだろう。「本日は、お時間をいただきありがとうございます」 俺は深く頭を下げた。,朝倉の目には、怒りよりも楽胆があるように見える

「まず確認させてください。」「10年前のトラブル収拾の際、朝倉さんとの間で交わした取り決めについてです。」「双方の実務担当者による事前協議の場を設けるという合意です。」「経緯と背景、その場にいた人間の名前まで、私の記録に残してあります」 俺はファイルを開き、1枚のページを朝倉の側に向けておいた。,そこには日付とトラブルの概要、帰り際に朝倉が言った言葉がそのまま書いてある。,朝倉は黙ってそれを見ていた。,その目に険しさはなかった。,しばらくして、朝倉は静かに言った。「少し失礼します」と、席を立って会議室を出た

数分後、戻ってきた朝倉は、俺を見据えて言った。「なぜ、こんなものを書き残していたんですか?」 その問いには、攻めるような色はなかった。「引き継ぐためです。」「私がいなくなった時、誰かが朝倉さんと向き合えるように。」「書き残しておけば、いつかそれができると思っていました」 朝倉は、井川と田に視線を向けた。「田という人間が寄越した回答書を見た時、もうこの会社とは話せないと感じた。」「まるで初対面のような文書だ。」「長年の付き合いを、その程度のものとして扱う会社なのかと。」「武田さんが退職したと聞いた時、弁護士を立てようと決めた」 そして、こう続けた。「武田さんが戻ったのなら、訴訟は取り下げます」

それを聞いた瞬間、記録を書いてきたことが報われたという思いが込み上げた。,朝倉は、井川に向き直って言った。「1つだけ、聞かせてください。」「武田さんを退職させると決めたのは、井川社長。あなたですね。」「武田さんは自分が戻ると、直接伝えてくれた。」「しかし井川社長、あなたからは、一言もない」 井川は口を開いたが、言葉が出てこない。,朝倉は立ち上がり、俺に一礼して部屋を出た

残ったのは3人だけだ。,田が顔をあげ、俺に向かって深く頭を下げた。「すみませんでした」 俺は無言で小さく頷いた。,井川は、空になった朝倉の席を、まだ見ていた。「電話対応がバイトで十分なら、この数ヶ月で発生した12億円の賠償請求と株価の下落は、どう説明されますか?」「これが、成果主義の結果ですか?」 井川は顔をあげなかった。,2人の沈黙が、全てを語っている

数日後、訴訟の取り下げが正式に発表され、株式市場は即座に反応、急落した株価は回復基調に転じた。,成果主義への転換方針は白紙に戻り、年功序列制度の再設計が始まった。,俺が求めた車内調査報告書が全社員に開示されたのは、年が開けてからのことだ。,15年間で処理してきた案件の中に、当時適切な対応がなければ訴訟に発展していた可能性の高いものが多数含まれていたことが判明した。,田は新設の苦情処理専門部署に移動となり、俺の部下に配置された。,「3分でできる」と言った人間が、今は俺の隣で電話を取っている。,今の俺の仕事は、記録を次の人間に渡すことだ。,そこにいた人間がどういう判断をするものかまで、書き残してきた記録。,それを使える形にして残す。,それこそが、地道ながらも会社の安定経営を支える基礎なのだと、俺は信じている

俺の名前は三浦、65歳。,産業用機械の製造会社の社長をしている。,うちの会社に、木戸という女性社員がいる。,10年前に入社してきた、いわゆる訳あり社員だ。,中学時代の友人に頼まれ、使用期間という形で雇い入れた。

初めはおどおどして打ち解けにくい印象だったが、慣れてくると木戸は相手の目を見て笑顔で挨拶するようになった。,ある日一緒に昼食を取った時、木戸がぽつりと話してくれた。「私、高校でずっと嫌がらせに遭ってて。」「それで、他人が怖いと感じるようになったんです」 クラスに有名な男の子がいて、その子の告白を断ってから、嫌がらせが始まったのだという。,「昨日まで仲良くしていた子たちが一斉に無視するようになって、混乱しました。」「その男の子が遠巻きにニヤニヤして見ているのに気がついた時、ゾっとして」 親に相談しても、「心の弱さが原因だ」と逆に叱られたらしい。,苦労したんだね、としか言えなかった

それから時が立ち、現在に至るが、木戸は今や営業部の一員として、将来有望だと噂されるほどに成長した。,礼儀正しく聞き上手で、伝えるべきことはしっかりと伝える。,俺もそう思う

そんなある日、木戸が深刻な顔で相談に来た。,取引先である大手食品加工会社の担当者が、堀内という男性社員に変わってからというもの、無理な要求が増えたという。,「木戸さん、高卒なの?頭、冴えないな。」「僕は有名大学を卒業したエリートだから、まさに月とすっぽんって感じかな」 そんな心ない言葉を平然と言ってのける人物らしいし,さらには「じゃあ、早いとこ結婚したいんじゃない?僕みたいなしっかり者とかどう?」などと抜かしたらしい

打ち合わせの当日、本来同伴する予定だった課長が急な体調不良で欠席し、木戸が1人で向かうことになった。「結論を出す必要はないからね」と送り出したが、帰ってきた木戸の様子がおかしい。,いつもなら報告を手際よくしてくれるのに、視線が泳いでいる。,「木戸君、何かあったんじゃないのか」 木戸は少し黙った後、観念したように口を開いた。,「実は、機械修理代はただにしないと、契約終了って言われて。」「私、どうしたらいいか分からなくなって」 木戸の話を聞くと、打ち合わせの簡易スペースで、堀内はこう告げたらしい。,「今回の修理費用、そちらで全額負担してもらえますか?」「うちとしては一切出せないんですよね」 木戸が話し合おうと提案すると、堀内はにやりと笑い、こう言ったという。,「いい機会ですし、僕と2人で飯でも行きましょうよ。」「ホテルを予約しておくから、部屋でゆっくり食事をしましょう。」「修理費のことは、まあその後で考えてあげますよ」

木戸がきっぱり断ると、堀内は顔色を変えた。,「断るの?木戸さん、自分の立場分かってないの?」「うちが木戸さんとこにとってどれだけ大きな取引先だと思う?」「そんなの、高卒の君にもすぐ分かるでしょ」 そして、こうも言ったという。,「僕さ、女装部にも気に入られてるんだよね。」「ちょっと今日の話を盛りさえすれば、契約解除通知なんて簡単に出せると思うんだよな」 最後に、木戸の肩に手を置き、「これは誰にも言わないでね。」「君自身のためにもさ」と言い残し、去っていったそうだ

「言葉の全部を信じたわけじゃないけど、もし本当だったら、お世話になった三浦社長に迷惑をかけるかもしれないと思うと、黙り込むしかなかったんです」 木戸の話を聞いた直後、俺は感情的になりかけたが、ぐっと堪えた。,怒りを爆発させることではなく、木戸が受けた理不尽を正確に確実に相手に届けることこそが、今俺がすべきことだ

俺は静かにスマホを手に取り、堀内のいる大手企業の社長に電話をかけた。,何度もかけ、ようやく繋がった電話で、木戸から聞いた内容を順を追って話した。,電話の向こうで社長が息を呑む気配がした。,「それは、本当のことですか?」「私は話してくれた社員を信じております。」「事実うちにとって取引先は互いに重要性が高い。」「いたずらに関係を壊すことは、木戸にとって何の得もないんですよ」 「出張からお戻りになったら、是非事実確認をしていただきたい。」「そしてもし事実だと発覚した時には」 俺は少し間を置いて続けた。,「その時には、堀内という社員への不信感から、契約終了。」「つまり、グループ12工場の全契約は終了です。」「信頼関係の崩壊。それだけのことを、堀内という社員はしたわけですから」

その翌日、社長と堀内が詫びを入れるために訪れた。,堀内は木戸の語った話を認めたのだ。,「この度は、弊社のものが大変な失態を働き、本当に申し訳ございませんでした」 社長が深く頭を下げる一方、堀内はと言えば,「僕は別に脅迫なんて。」「ちょっとついでに食事に誘っただけですよ」としどろもどろに言い訳する。,「全く反省の意思を感じませんね。」「これ以上は、もう結構です」 俺は立ち上がり、ドアをゆっくりと開けた。,「今日は謝罪にいらしたのでしょう。」「答えは、もう出ています」

「いい加減にしないか。」「三浦社長の会社と契約が終わったら、どれだけの損害になると思ってる」 堀内への詰め寄りを始めた社長の姿を見て、俺ははっきりと理解した。,この社長もまた、謝罪の気持ちなどその程度なのだと。,その後、堀内は懲戒解雇になり、契約は今回の契約分が最後となった。,縁を切って良かったと、今は思う

「社長,仕事終わりに木戸が声をかけてくる。」「修行時間は過ぎたのだから、お父さんでもいいんだよ」 俺が冗談ぽく言うと、木戸も照れたように笑う。,後の話になるが,木戸は俺の息子と密かに交際していたらしい。,入社直後の木戸を自宅に招いたことがきっかけだったようだ。,木戸は正式に息子と婚約し、1年後には式を挙げる予定だ。,彼女を守ってくれてありがとうと息子から言ってもらえて、俺も心から良かったと思う。,これからも、社員1人1人が安心して働けるよう、社長として会社を守っていくつもりだ

「ああ、お前戻ってきたんだ」 長期出張から戻った俺に、そう言い放ったのは同期の木下だった。,俺の名前は高橋、40歳の会社員。,エンジニアをしていて、今は取引先の会社でネットショップに関するシステムを任され、もうすぐ約束の2年が経とうとしている

2年前、俺か木下かどちらかが昇進するかという噂が立った。,木下は俺の仕事を妨害してきて、俺は大きなビジネスチャンスを逃したことがある。,それがきっかけで、俺は長期出張に行くことになったのだ。,出張先の会社は完全に実力主義で、短時間勤務も積極的に採用し、成果に応じてボーナスが出るという、働きやすい環境だった。,田中社長も「高橋君のおかげで在庫管理もしやすくなった」と言ってくれていた。,俺はこの現場に入り込んだからこそ分かることを元に、新しいシステムを開発することを提案した。,田中さんは、そのシステムの価値は20億だと言い、契約書には俺個人を担当者として指定させたいと言ってくれた

車内に戻り次第、もう1度検討する必要があったが、面倒なことに、俺の新しい上司は、あの木下だった。,車内政治のうまい木下が、昇進したというわけだ。,そして2年の出張を終え、久しぶりに会社に足を踏み入れると、木下はにやりと笑って言った。,「お前、俺の部下だからな。」「2年もいなかったんだから、少しは役に立てよ。」「とりあえずお前は、今日から俺の雑用係な」 「雑用係?」と思わず口に出すと、木下はわざとらしく大きな声で続けた。,「お前は俺の部下なんだって。」「雑用係が嫌なら、やめれば」 俺は言い返した。「俺は2年間、あの会社でシステムを維持し改良してきました。」「新しくシステム開発すれば、もっと効率が上がります」 すると木下は、勝ち誇った顔で言った。,「ああ、そこ

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