朝食のあとのリビングで、夫が新聞から顔も上げずに言った。
「家は息子夫婦に譲ることにした。お前には出て行ってもらう」
手にしていたコーヒーカップを、私は思わずテーブルに置いた。窓からは柔らかな日差しが差し込み、テレビでは朝のニュースが流れていた。いつもと同じ穏やかな朝だったはずだ。結婚四十二年になる夫との、何気ない会話の一瞬のことだった。
「今、何とおっしゃいましたか」
私は自分の耳を疑いながら夫の顔を見つめた。夫は相変わらず新聞を読んだまま、天気の話をするような軽い調子で続けた。
「裕介たちにこの家を譲ることにした。もう決めたことだ」
「ちょっと待ってください。この家のローンは私が毎月十五万円も払っているんですよ」
私の声は震えていた。三十年前に購入したこの家。頭金の五百万円も、薬剤師として働いて貯めた私のお金だった。そして今も毎月欠かさずローンを払い続けているのは、他でもない私だ。夫は面倒臭そうに顔を上げ、冷たい目で私を見た。その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
私は村田千代、六十五歳。三十五年間、大手ドラッグストアチェーンで薬剤師として働いてきた。朝は五時に起き、遅くまで働く日々だったが、家族のためだと思えば何も苦ではなかった。
このマイホームを購入したのは、息子の裕介がまだ小学生の頃だった。夫の夢だった広い庭付きの家を叶えるため、私は必死で貯金をした。頭金の五百万円はすべて私の貯蓄から出した。夫は当時転職したばかりで貯金がほとんどなかったからだ。そして毎月十五万円のローン返済。夫の給料だけでは足りず、私が薬剤師として得た収入の大半をそれに当てることになった。ボーナスもほぼ全額を返済に回してきた。
家族のため、その一心で自分の欲しいものも我慢し、旅行も控え、ひたすら働き続けた。定年後も嘱託で働き、今も年金と合わせてローンを払い続けている。あと五年で完済となる。その総額は利息も含めれば七千万円を超える。そのうち夫が自らの負担で出したのは、わずか一割程度だろう。それなのに、その家を息子夫婦に譲ると決めたことを、私には何の相談もなかった。この理不尽さに、怒りで体が震えた。
その日の夕方、息子夫婦がやってきた。事前の連絡もなく、まるで自分たちの家であるかのような態度で玄関を開けて入ってきたのだ。
「お母さん、いらっしゃいますか」
嫁の里沙さんの声が響いた。その声には、いつもの作り笑顔の優しさはなく、どこか事務的な尖りがあった。リビングに入ってきた二人を見て、私は嫌な予感がした。裕介は視線を合わせようとせず、里沙さんは妙に自信に満ちた表情をしていた。
「母さん、父さんから聞いたと思うけど、この家のことで話があって」
裕介がようやく口を開いた。四十歳になる息子が、こんなに他人行儀な話し方をするようになったのか。
「ええ、聞きました。でも私は何も同意していませんから」
私がそう言うと、里沙さんが鼻で笑った。
「お母さん、もう決まったことなんです。この家は裕介さんの名義に変更することになりました。手続きも進めていますから」
「ちょっと待ってください。この家のローンは私が払っているんですよ。それに、私の同意なしに名義変更なんてできないはずです」
私の抗議に、里沙さんは涼しい顔で答えた。
「お父さんが所有者ですから、お父さんの判断で十分です。それより、お母さんには大事なお話があります」
里沙さんはハンドバッグから書類を取り出した。そこには「高齢者施設入居のご案内」と書かれていた。
「私たちで相談して、お母さんに最適な施設を見つけました。設備も整っていて、同年代の方々との交流もできる素敵な場所です」
私は言葉を失った。施設? たった六十五歳で、健康に何の問題もない私を施設に入れるというのか?
「冗談でしょう。私はまだ元気ですし、一人で生活できます」
「お母さん、これからのことを考えると、早めに施設に入られた方が安心です。私たちも仕事がありますし、介護が必要になってからでは遅いんです」
里沙さんの言葉には、まるで私がすでに要介護者であるかのような響きがあった。
「介護? 私は薬剤師として働いてきましたし、健康診断でも何の問題もありません」
すると裕介が口を挟んだ。
「母さん、もう年なんだから無理しないで。施設の方が安全だよ」
「安全? 自分の家より安全な場所があるというの?」
私の問いに、今度は夫が口を開いた。
「もう決まったことだ。来月には施設に入ってもらう。準備を始めなさい」
「お母さん、ご安心ください。荷物の整理は私たちでやりますから。必要最低限のものだけ持っていけばいいんです」
里沙さんの言葉に、私は背筋が凍る思いがした。まるで私の人生を勝手に整理されているようだった。
「ちょっと待ってください。そもそもなぜ私が出て行かなければならないんですか?」
「だって、この家は私たちのものになるんですから。同居はちょっと難しいですから」
里沙さんは困ったような顔を作った。
「私たちにも都合がありますし、子どもたちものびのびと育てたいんです」
子どもたち。私の孫である八歳の空と五歳の千早のことだ。最近は里沙さんから「おばあちゃんには近づかないように」と言われているらしい。
「でも、ローンはまだ残っているはずですが」
私がそう言うと、里沙さんはあっさりと答えた。
「あ、それはお母さんが今まで通り払ってくださればいいんです。年金もありますし、貯金もおありでしょう」
私は耳を疑った。家を追い出しておいて、ローンだけは払えというのか。
「施設に入れられるのに、この家のローンを払い続けろということですか?」
「当然でしょう。今まで払ってきたんですから、あと五年くらい問題ないはずです」
里沙さんの言葉に、私は怒りで震えた。
「ふざけないでください。自分の住んでもいない家のローンを、なぜ私が払わなければならないんですか?」
すると裕介が嫌そうに言った。
「母さん、わがまま言わないでよ。今まで父さんに住まわせてもらってたんだから、恩返しだと思えばいいじゃないか」
恩返し。住まわせてもらった。この家は、私のお金で建てたようなものだ。
「この家は私のお金で立てたようなものよ」
私の声は自然と大きくなっていた。
「みっともないですよ、お母さん。お金お金って、品がありません」
里沙さんの侮辱的な言葉に、私はさらに怒りが込み上げた。品がない? 自分たちは一円も払わずに家を手に入れようとしているくせに。
空気が凍りついた。すると夫が立ち上がり、冷たい目で私を見下ろした。
「もう決定事項だ。来月の十五日には施設に入ってもらう。それまでに身の回りの整理をしておけ」
そして最後に、息子がとどめを刺すような言葉を放った。
「正直言って、母さんがいると空たちの教育にも良くないんだ。古い考えの人がいると、子供たちが混乱するから」
古い考え。私の四十二年間の献身的な家族への愛情が、「ただの古い考え」として切り捨てられた瞬間だった。
その夜、息子夫婦は夕食を済ませると、そのまま泊まっていった。里沙さんは「明日の朝、一度きちんと話しましょう」と言い、私の反対も聞かずに客間に入っていった。
翌日、私は朝早くから台所で朝食の準備をしていた。これは四十二年間続けてきた日課だ。味噌汁の香りが立ち込めると、裕介が小さかった頃を思い出した。「母さんの味噌汁が一番」。そう言って笑顔で食べてくれた裕介。その面影は、もうどこにもなかった。
朝食の席で、夫は相変わらず新聞を読んでいた。裕介と里沙さんも起きてきて、当たり前のように席に着いた。
「お母さん、コーヒーはブラックでお願いします」
里沙さんの命令口調に、私は黙ってコーヒーを注いだ。すると裕介が口を開いた。
「母さん、施設のパンフレット見た? なかなか良さそうなところでしょう」
まるで旅行の話でもしているかのような軽い口調だった。
「裕介、本当にこれでいいの? 母親を施設に入れて、平気なの?」
私の問いかけに、裕介は顔も上げずに答えた。
「母さん、感情的にならないでよ。これが一番いい選択なんだから」
「誰にとって一番いい選択なの?」
すると里沙さんが待ってましたとばかりに言った。
「みんなにとってですよ。お母さんも、いつまでも裕介さんに頼ってばかりじゃだめでしょう」
頼る? 私が誰に頼っているというのだ。私は誰にも頼っていない。むしろローンを払っているのは私だ。
「またお金の話ですか? お母さん、そういう発想が古いんですよ」
里沙さんの言葉に、裕介も同調した。
「そうだよ、母さん。金を出したから偉いとか、そういう考えはもうやめてよ。正直、母さんはもう用済みなんだ」
「用済み」
その言葉が、私の胸に突き刺さった。四十二年間、家族のために働き続けてきた私が、用済み? 私の声は震えていた。
「用済みですって?」
すると裕介は面倒臭そうに続けた。
「言い方が悪かったかもしれないけど、事実でしょ。もう子育ても終わったし、俺も妹も丁年を迎えてるし。母さんの役目は終わったんだよ」
「じゃあ、ローンを払う役目も終わったということね」
私がそう言うと、里沙さんが慌てたように言った。
「それとこれとは話が別です。ローンは契約ですから、きちんと最後まで払ってもらわないと」
「住んでもいない家のローンを?」
「当然です。それが大人の責任というものです」
里沙さんの図々しさに、私は呆れ果てた。そして夫を見た。四十二年連れ添った夫は、まるで他人のように新聞を読み続けていた。
「あなた、何か言うことはないの?」
夫はようやく顔を上げ、冷たく言い放った。
「もう十分だろう。お前も歳だ。素直に施設に入れ」
そして裕介が最後の一撃を加えた。
「母さん、はっきり言うけど、もう母さんはこの家には必要ないんだ。邪魔なんだよ」
「邪魔?」
息子の口から出た言葉とは思えなかった。
「本気で言っているの?」
「本気だよ。だから早く出て行ってくれ」
里沙さんも畳みかけるように言った。
「そうそう。引っ越し代くらいは渡しますから。でもローンは必ず払い続けてくださいね。銀行に迷惑かけられませんから」
私は三人の顔を順番に見た。息子、嫁、夫。みんな、当然のような顔をしていた。その瞬間、私の中で何かが切れた。もう、この人たちのために我慢する必要はない。
私は静かに立ち上がり、一言だけ言った。
「わかりました。出ていきます」
三人はあっけにとられた表情を浮かべた。きっと、もっと抵抗されると思っていたのだろう。でも、私の決意は別のところにあった。
「ただし、私も自分の人生を生きることにします」
その言葉の意味を、この時の三人はまだ理解していなかった。
その日の午後、私は長年お世話になっている弁護士の西原先生の事務所を訪れた。薬剤師として働く中で、医療訴訟の相談などでお世話になった信頼できる方だ。
「村田さん、どうされました? 深刻な顔をされていますが」
西原先生の優しい問いかけに、私は事情を説明した。家の名義変更のこと、施設への強制入居、そして月十五万円のローンだけは払い続けろという理不尽な要求のこと。西原先生は私の話を最後まで聞いてから、眼鏡を直して言った。
「まず確認しますが、家の名義変更について村田さんは同意されていないんですね」
「はい。今回初めて聞きました。夫が勝手に進めているようです」
「なるほど。では、住宅ローンの契約書をお持ちですか?」
私はバッグから、大切に保管していた契約書を取り出した。三十年前のものだが、きちんとファイルに入れて保管していた。西原先生は契約書を丁寧に確認していき、顔を上げて言った。
「村田さん、この契約書を見る限り、住宅の所有名義はご主人ですが、債務者は村田千代さん、つまりあなたです。ご主人は連帯保証人として署名されています」
「はい。当時、夫の収入が不安定だったので、私が債務者になりました」
「つまり、家の名義がご主人でも、ローンの返済義務はあなたにある。そして、銀行の承諾なしに勝手に名義を息子さんへ移すことはできません。村田さんの同意なく進めることは、法律的にも不可能です」
私は少し希望を感じた。
「では、どうすればいいでしょうか?」
「まず法務局で登記簿謄本を取得して、現在の正確な名義を確認しましょう。そして、もし名義変更の手続きが進んでいるなら、それを止める必要があります」
西原先生は続けた。
「それともう一つ、重要なことがあります。あなたが債務者である以上、あなたには決定権があります」
「決定権?」
「そうです。極端な話、あなたがローンの支払いをやめれば、銀行は抵当権を実行することになります。つまり、家は競売にかけられる可能性があります」
私は驚いた。
「そんなことができるのでしょうか? でも、それでは息子たちが困るのでは?」
「村田さん」
西原先生は真剣な表情で私を見つめた。
「失礼ですが、息子さんたちはあなたのことを考えていますか? 施設に入れて、ローンだけ払わせる。これが家族のすることでしょうか?」
西原先生の言葉に、私は目が覚める思いだった。そうだ。もう遠慮する必要はない。
事務所を出た後、私は不動産会社を訪れて賃貸マンションを探した。幸い、駅から十分の便利な場所に、一LDKの清潔なマンションが見つかった。家賃は月八万円。今まで払っていたローンの半額程度だ。
「こちらのお部屋、南向きで日当たりもいいですし、セキュリティもしっかりしていますよ」
担当者の説明を聞きながら、私は新しい生活に期待を感じた。その場で契約を決め、一週間後には入居できることになった。
次に向かったのは、住宅ローンを組んでいる銀行だった。窓口の担当者と面談し、重要な確認をした。
「村田様が債務者ですから、支払いを止められると、まず督促状が送られます。それでも支払いがない場合は、最終的に抵当権の実行、つまり競売となります。名義が息子さんに変わっていても、債務者が変わらない限り、責任は村田様にあります。ただし、名義変更には抵当権者である銀行の承諾が必要ですが、承諾されましたか?」
「いいえ。聞いていません」
担当者はパソコンを確認した後、言った。
「当行には名義変更の申請は来ていませんね」
夫たちは、正規の手続きを踏まずに進めようとしているのだと確信した。そして私は決意を固めて言った。
「来月から、ローンの支払いを停止させていただきます」
担当者は驚いた表情を見せたが、私の決意は硬かった。
一週間後、私は最小限の荷物だけを持って、静かに家を出た。三十年住んだ家だったが、もう未練はなかった。置き手紙も残さなかった。出て行けと言われたのだから、その通りにしただけだ。
新しいマンションの鍵を開けた時、不思議な解放感を感じた。誰にも気を使わない、自分だけの空間。買ったばかりの小さなダイニングテーブルに、お気に入りのカップを置いて、一人でコーヒーを飲んだ。これが自由というものなのね。窓から見える景色は、今までとは違って見えた。新しい人生の始まりだ。
そして来月から、ローンの引き落としは止まる。さあ、あの人たちはどう出るだろうか。私は静かにその時を待つことにした。
私が家を出てちょうど一ヶ月が経った日のことだった。新しく借りたマンションで朝のコーヒーを楽しんでいると、携帯電話が鳴り響いた。画面を見ると、里沙さんからだった。何度か着信を無視していると、またすぐに鳴った。そして五回目の着信で、私はようやく電話に出た。
「もしもし」
「お母さん、どういうことですか!」
里沙さんの金切り声が響いた。
「どうしたんですか?」
私は努めて冷静に答えた。
「どうしたもこうしたもありません。銀行から督促状が来たんです。ローンが止まってるって」
「ああ、そのことですか」
「そのことですかって……お母さん、すぐに払ってください」
「なぜ私が払わなければならないんですか?」
「なぜって……今まで払ってきたじゃないですか」
「ええ、私が住んでいた時はね。でも、もう私はその家には住んでいません」
電話の向こうで、里沙さんが息を飲む音が聞こえた。
「で、でも約束したじゃないですか」
「約束? 私は何も約束していませんよ。一方的に言われただけです」
「お母さん!」
里沙さんの声はどんどん高くなった。その時、電話が裕介に代わった。
「母さん、どういうことだよ」
息子の怒声が響いた。
「どういうことって、住んでいない家のローンは払えないということです」
「ふざけるな。今まで払ってきたんだから、最後まで責任持てよ」
「責任? その言葉を息子の口から聞くとは思いませんでした。では、私を施設に入れると言った責任はどうなるんですか?」
「それとこれとは別だろ?」
「別ではありません。あなたたちは私を用済みだ、邪魔だと言って追い出したのに、お金だけは出すとおっしゃる。そんな都合のいい話がありますか?」
裕介は言葉に詰まったようだった。すると今度は夫の声が聞こえてきた。
「いい加減にしろ。今すぐローンを払え」
四十二年間聞き続けた夫の命令口調だったが、もう私には響かなかった。
「お義父さん、そういえば私が送った書類は届きましたか?」
「書類? 何のことだ?」
「離婚届です。先週送りました。もう届いているはずですが」
電話の向こうが、静まり返った。
「な、なんだと?」
夫の驚いた声が聞こえた。
「必要事項はすべて記入してあります。あとはあなたが署名捺印して提出するだけです」
「勝手なことを!」
「勝手なことをしたのはどちらでしょう。家を勝手に決めて、息子に譲ろうとしたのは誰ですか?」
そして私は最も重要なことを伝えた。
「それから、銀行にも連絡しました。ローンの債務者は私ですから、私の許可なく名義変更はできません。もし強行しようとすれば、法的措置を取ると伝えてあります」
「法的措置だと?」
裕介が再び電話を奪い取ったようだった。
「母さん、本気か? 実の息子を訴えるつもりか?」
「必要ならそうします。でも、もっと簡単な方法がありますよ」
「な、なんだよ」
「このままローンを払わなければ、家は競売にかけられます。あなたたちは住む家を失うことになりますね」
「そんな……母さん、お願いだから」
裕介の声が急に弱々しくなった。
「お願い? 私があなたたちにお願いした時、聞いてくれましたか? 用済みの母親の言うことなんて」
「あれは言い方が悪かった」
「言い方の問題ではありません。あなたたちの本心でしょう」
里沙さんが電話を奪い返したようだった。
「お母さん、お金の問題なら相談に乗ります。いくら欲しいんですか?」
「お金の問題ではありません」
「じゃあ、何が望みなんですか?」
里沙さんの必死な声に、私は静かに答えた。
「何も望みません。ただ、もう家族ではない人たちのためにお金を払う理由がないだけです」
「家族じゃないって……」
「里沙さん、あなたが言ったんでしょう。お母さんとの同居は難しいって。それなら、もう他人ということでしょう」
「そんな意味じゃ……」
「では、どんな意味ですか?」
里沙さんは答えられなかった。
「お母さん、子どもたちの教育費が……」
「お子さんたちの教育費は、両親であるあなた方が責任を持って用意するものです。おばあちゃんのお金を当てにするなんて、それこそ教育によくありませんね」
私の言葉に、里沙さんは絶句したようだった。そして最後に、夫がもう一度電話に出た。
「お前、今すぐ戻ってこい」
「お断りします」
「ローンはどうするんだ?」
「ご自分たちでお考えください。家が欲しいなら、自分たちでローンを組み直せばいいでしょう」
「そんな金はない」
「なら、身の丈にあった生活をすればいいだけです」
私は続けた。
「三十五年間、私は家族のために働き、ローンを払い続けました。でも、用済みと言われた以上、もうその義務はありません」
「待て。話し合おう」
「話し合い? 施設のパンフレットを用意して、何を話し合うんですか?」
夫は言葉に詰まった。
「お義父さん、裕介さん、里沙さん。あなたたちが私に言った言葉を、そのままお返しします」
私は深呼吸をしてから、はっきりと言った。
「もう、あなたたちは私には必要ありません。用済みです」
そして私は静かに電話を切った。直後から着信が鳴り続けた。十回、二十回、三十回。でも、私はもう出ることはなかった。
翌日、銀行から連絡があった。息子が慌てて銀行に来たが、ローンの借り替えは年収不足で審査が通らなかったとのことだった。私は少しだけ胸が痛んだ。でも、これは彼らが選んだ道だ。私をお荷物扱いした報いを、今度は彼らが受ける番なのだ。
あれから三ヶ月が経った。私は薬剤師時代の後輩に声をかけてもらい、週三日のパート勤務を始めた。若い同僚たちからは「村田さんの知識と経験は宝です」と言われ、必要とされる喜びを感じている。誰かの「用済み」ではない、価値ある存在として。
ある日、スーパーで買い物をしていると、偶然里沙さんと会った。やつれた顔をした彼女は、私を見て一瞬立ち止まった。
「お母さん、こんにちは」
「里沙さん。ご無沙汰しています」
私は普通に挨拶をした。もう恨みも怒りもない。ただの他人として接するだけだ。
「お元気ですか?」
「ええ、とても元気です」
里沙さんは俯いた。
「実は……家を出ることになりまして」
「そうですか」
私は驚かなかった。ローンが払えなくなれば、当然の結果だ。
「裕介とも、うまくいかなくて……」
お金の問題で夫婦仲が悪くなる。よくある話だ。
「子どもたちは元気ですか?」
「はい。でも、転校することになりそうで……」
里沙さんの目に涙が浮かんだ。でも、私はもう慰めの言葉をかける立場ではない。
「大変ですね。でも、きっと乗り越えられますよ」
そう言って、私はその場を離れようとした。すると里沙さんが私の腕を掴んだ。
「お母さん、本当にごめんなさい。私たちが間違っていました。もう許してください。お願いです。もう一度だけ、チャンスを……」
私は静かに、里沙さんの手を外した。
「里沙さん。人生には、やり直せることと、やり直せないことがあります」
そして私は立ち去った。振り返ることはなかった。
その夜、裕介から手紙が届いた。震える文字で謝罪の言葉が綴られていたが、最後には「やはり助けてほしい」という本音が書かれていた。私は手紙を静かに折りたたみ、引き出しにしまった。返事を書くつもりはない。
人は誰でも、自分の選択の結果を引き受けなければならない。私を用済みと切り捨てた時、彼らは私との縁も切ったのだ。それを今更つなぎ直すことはできない。
私は新しい趣味も始めた。書道教室に通い、読書会に参加し、時には一人旅にも出かける。四十二年間、家族のためだけに生きてきた私が、今は自分のために生きている。銀行口座には、ローンを払わなくなった分の余裕ができた。月十五万円、年間にすれば百八十万円。そのお金で、私は自分の老後をもっと豊かにすることができる。
先日、西原弁護士から連絡があった。
「村田さん、例の家ですが、ついに競売になったようです」
「そうですか」
「ご主人……いや、元ご主人は実家に戻られたとか。息子さんはアパート暮らしだそうです。奥様とは別居中とのことです」
因果応報。まさにその通りだった。
私には新しい友人もできた。書道教室で知り合った同年代の女性たちだ。みんな、それぞれに苦労を重ねてきた人たちだった。
「千代さんの話、勇気をもらったわ。我慢ばかりが美徳じゃないのよね」
「自分を大切にすることも必要だわ」
友人たちとの会話は、私に新しい価値観を教えてくれた。確かに、私たちの世代は「我慢」「忍耐」「家族のため」という言葉に縛られすぎていた。でも、自分の人生を生きる権利は、誰にでもある。理不尽に対してノーと言う勇気、自分を大切にする権利、幸せになる自由。これらは、年齢に関係なく全ての人が持っているものなのだ。
私は今、心から幸せだ。誰かの母親としてではなく、妻としてでもなく、「村田千代」という一人の人間として生きている。朝は好きな時間に起き、好きなものを食べ、好きなことをする。誰にも文句を言われることなく、誰の顔色も伺う必要もない。こんなに自由で心地よい生活があったなんて、もっと早く気づけばよかったと思うこともある。でも、全てには意味があったのだろう。四十二年間の苦労があったからこそ、今の幸せがより輝いて見えるのだ。
時々、孫たちのことを思い出す。彼らに罪はない。でも、私はもうおばあちゃんである前に、一人の人間として生きることを選んだ。もしかしたら、いつか孫たちが大人になって、本当の意味で私と向き合いたいと思ってくれる日が来るかもしれない。その時は、一人の人間として対等に付き合えたらいいなと思う。でも、それも向こうから来るべきものだ。私から追いかけることは、もうない。
この三ヶ月で学んだことがある。人生に、遅すぎるということはない。六十五歳でも、新しい人生を始めることができる。自由を手に入れることができる。幸せになることができる。
理不尽に耐え続ける必要はない。あなたの人生は、あなたのものだ。誰のための人生でもない。自分のための人生を生きる権利がある。もし今、家族から理不尽な扱いを受けているなら、我慢し続ける必要はない。正当な権利を主張することは、決して悪いことではない。「用済み」なんて言葉を受け入れる必要はない。あなたには価値があり、尊厳があり、幸せになる権利があるのだ。
私、村田千代は、六十五歳にして本当の人生を始めた。そして今、心から言える。私は本当に自由で、幸せです。
