「あんたのせいで、こんなアルバイトをしなきゃいけなくなったんだぞ」—ベトナムの工場で深夜作業をしていた俺のスマホに、かつて信じていた同期・志村から着信があった。日本から遠く離れたこの地で、不良率78%という異常な数字と、美人工場長・酒井さんの冷たい視線に囲まれながら、俺は必死にラインの欠陥を探していた。高校2年で父が倒れ、大学を諦めて工場に入った俺は、現場で技術を磨き、営業部に異動して同期よ…

「あんたのせいで、こんなアルバイトをしなきゃいけなくなったんだぞ」—ベトナムの工場で深夜作業をしていた俺のスマホに、かつて信じていた同期・志村から着信があった。日本から遠く離れたこの地で、不良率78%という異常な数字と、美人工場長・酒井さんの冷たい視線に囲まれながら、俺は必死にラインの欠陥を探していた。高校2年で父が倒れ、大学を諦めて工場に入った俺は、現場で技術を磨き、営業部に異動して同期よ...

田口は美しい顔を歪めていた。日本から遠く離れたベトナムの地。工場長の女性の顔には深い疲労の色が濃く滲んでいる。不良率78%という数字は、あまりにも異常だった。俺はかつて信じていた同僚に嵌められ、左遷されてここへ来たのだ。しかし、この後俺が取ったある行動により、この工場の運命は劇的に変わることになる。

俺の名前は田口、38歳。高校2年の時に父が病で倒れ、大学進学を諦めて就職した。俺は工場に配属され、現場で技術と経験を磨いた。その実績が評価され、営業部に異動になってからは、同期の志村より先に昇進も果たした。志村は高学歴のエリートで、俺とは正反対の出自だったが、入社当初から気さくに接してくれる数少ない同僚だった。俺が部長に昇進した後も、志村は俺のサポートを買って出てくれた。信頼できる仲間だと思っていた

ある日、人事部長に呼び出された俺は、信じがたい言葉を聞かされた。iv。競合他社への情報漏洩の容疑。アクセスログには俺のIDで見積もりデータをダウンロードした記録が残っているという。深夜の残業記録も一致すると言う。もちろん身に覚えはない。しかし、無実を証明する手段はなかった。結果、俺は部長への昇進を取り消され、ベトナムの赤字工場へ左遷されることになった。最終通告の場で、部長はまるで敵を見るような目で俺を睨んだ

出発の前日、俺を避けていた志村が声をかけてきた。理由を問うと、彼はあっさりと告白した。情報を流したのは俺だ。お前を嵌めたんだよ。高卒の底辺のくせに、よく俺の先を越して昇進できたな。歪んだ笑みを浮かべる志村の顔は、今まで見たことがないほど醜く澱んでいた

ベトナムに到着し、工場長の酒井さんと対面した。絶世の美人という噂は本当だったが、彼女の目は冷たく、警戒心に満ちていた。今まで本社からは何度もがっかりさせられてきた。視察に来ても仕事をしない者ばかりで、夜の接待を強要した者もいた。あなたも期待はしていませんとの言葉に、俺は内心苦笑しながらも、自分の信念を曲げることはなかった

ラインを視察すると、技術伝達が中途半端なまま終わっている欠陥がすぐに分かった。同じような設備で長年働いていた経験が、ここで生きるとは思わなかった。原因を説明すると、酒井さんの目に初めて興味の光が宿る。不具合は直せますかとの問いに、俺は迷わず頷いた。一緒に徹夜で作業に当たり、酒井さんとの距離は急速に縮まっていく

深夜の作業中、見慣れた番号から電話がかかってきた。志村だった。お前にいい知らせがあるんだよ。ベトナム工場は今年中に閉鎖が決まったらしいぞ。無駄な抵抗はするなよと、嘲笑を込めた声が響く。電話の向こうで笑うあいつに、俺は決意を新たにした

酒井さんに全てを打ち明けると、彼女は意外な行動に出た。スマホで、西沢専務に電話を繋いだのだ。専務は酒井さんの父がかつて命を救った恩人で、今回の騒動を一部始終聞いていたという。次の電話で志村が俺を罵倒した時、西沢専務がスピーカー越しに反論した。君が田口君を嵌めたと言ったね。そのまま今日の会話を全部聞かせてもらったよと、冷ややかな声が響く。志村の言い訳は、もはや誰の耳にも届かなかった

その後、社内調査で志村の悪事が全て暴かれた。俺を嵌めた証拠に加え、後輩の功績を横取りしていた事実や、長年にわたる経費横領まで発覚したのだ。彼は解雇され、噂ではコンビニ店員として働いているが、相変わらずミスが多く、店長に怒鳴られているらしいと聞いた。俺はベトナムでその報告を受け、ただ静かに電話を切った

工場の不良率は、その後0%近くまで改善された。西沢専務は本社に戻らないかと誘ってくれたが、俺は断った。俺の無実を証明してくれたのは、このベトナムの地だったからだ。恩返しができるまで、俺はここで働き続けるつもりだ。工場の前で、酒井さんが手を振っている。その笑顔を見て、俺は改めて思うのだ。間違った道を選んだのは、俺ではない。信頼を裏切ったあいつこそが、全てを失ったのだと

矢沢、48歳。俺は従業員50名足らずの小さな工場を切り盛りしている。職人気質の先代社長が立ち上げたこの工場は、長年の付き合いがある大手工作機械メーカーとの取引で成り立ってきた。先代が亡くなり、代替わりした現在の社長は、数字で全てを判断する合理主義者だという。担当者として送り込まれてきたのが、社長の次男である修二という男だった

修二は、いわゆるトラブルメーカーだった。連絡を入れても返事はなく、問い合わせをすれば的外れな答えが返ってくる。挙句には、自分の立場を傘に脅すような発言を平然とする男だ。価格を下げてくれれば親父も喜ぶと思うんだよねと、子供じみた要求をしてくるのだが、俺は毅然とした態度で対応し続けた

特許更新の当日、豪雨に見舞われた。車では到底間に合わないと判断し、遅刻の可能性を伝える電話を入れると、修二は嘲笑うように言い放った。何余っちょろいこと言ってんだよ。時間ぴったりに来い。運転が嫌なら歩いてくればいいだろうが

到着したのは、約束の時間を10分過ぎた頃だった。びしょ濡れの俺を見て、修二は吐き捨てた。そのびしょびしょな足でうちの会社に踏み入るな也罢。そして、例の特許使用料12億を指して、こんな価格はふざけていると言い放ったのである。例載企業への事前事業は今日で廃止だと言い切った

俺は即座に切り返した。弊社の精密センサーは他では真似できない特許技術です。それを理解しての言葉ですねと冷たく返すと、修二は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに苛立ちをあらわにして、さっさと帰れと追い払った

翌朝、土砂降りの雨の中、修二が工場を訪ねてきた。昨日はすまなかったと、濡れたスーツのまま頭を下げる其の顔には、昨日までの傲慢さは微塵もなかった。実は、昨夜社長に報告したところ、あんだけひどく怒られたのだという。技術部長の試算によれば、うちのセンサーなしでは製造ラインの代替には最短でも2、3年、数十億の費用がかかると判明したらしいであの親父の顔、初めて見たよと、修二は消え入るような声で語った

謝罪の言葉に、俺は感情を殺して答えた。私は昨日はっきり申し上げました。2度と契約はしないと知っていたらと言うが、あなたは担当になって半年、うちの工場に一度でも足を運びましたか? 現場を見ようとしましたか? 知らなかったのではないでしょう。知ろうとしなかったんですよ

その言葉で、修二は完全に黙り込んだ。「その後、修二の兄が訪ねてきて、深く謝罪した」。父も弟も、ここまで腐敗していたとは知らなかった。矢沢さんの技術は、業界で本当に高く評価されている筈です。「私は父とは別の道を歩みます」。そう告げて彼は去っていった。「後日、修二は社長と揉め、解雇された上、実家からも追い出されたと聞いた」。俺にはもう関係のない話だが、長年の取引を失った喪失感よりも、不思議と胸中は軽やかだった。俺たちは技術を磨き続ける。それこそが、自分たちのためでもあり、相手のためでもあるのだから

佐々木、56歳。「俺は機械製品の製造工場向けシステムの開発導入を行う会社の社長をしている」。代々受け継いだ会社を、次につないでいくことが使命だと思っている。半年前、自動車部品メーカーからの依頼で、新工場の検査システムを納品することになった。先方の社長は内田といい、穏やかで紳士的な人物だった。下受けの俺たちに対しても、終始丁寧な態度を崩さなかった

問題は、先方の担当者である大塚部長だった。元受けが偉い、下受けは元受けの言うことを聞くべきだという、時代錯誤な考えの持ち主である。約束もなしに突然やってきては、一方的に要求を押し付けて去っていく。そして、完成間近のある日、大塚は突然現れて言い放った。契約金は後払いの分割にしろ、システムの処理速度も上げろと。断るなら、契約金39円で今までの仕事を全部パーにするかだぞと、小銭を投げつけたのだ

俺は正面から大塚を睨みつけ、はっきりと告げた。私たちは契約に基づいて行動する。それだけですと周囲の社員たちも、次々と賛同の声を上げた。大塚は一瞬怯んだが、後悔しますよと脅して去っていった。翌日、俺は全ての社員を集め、事の次第を説明した。するとベテランの社員が静かに言った。社長が責任を取ると言うなら、俺はついていきます。それを合図に、全員が同じ決意を示した

俺は内田社長への直接連絡を決断した。事情を全て話すと、内田社長は深く詫び、撤収の許可を出してくれた。現場の作業員たちには、私から話を通しておきますと言うのだ。俺たちは夕方、工場へ向かい、システムを丁寧に分解して運び出した。分解しやすい構造にしておいて、本当に良かったと思った

翌日、大塚が怒鳴り込んできた。システムはどこへやったんだと喚く大塚に、俺は淡々と答えた。あなたに言われた通りにしたまでですよ。壊すのは気が引けたので、運び出しただけですと大塚が青ざめる中、俺の後ろから静かな声が響いた。それは事前に私の許可を取ったからだ

そこにいたのは、内田社長その人だった。大塚君、私は君に深く失望したよと、内田社長は冷ややかに言い放った。取引先は対等なパートナーだと思っている。なのに佐々木社長へのクレームすら、私の耳に届いていなかった。使用変更も支払いについても、私は何一つ指示していない。どういうことか説明してもらおう

追い詰められた大塚は、遂に白状した。会社の代金を着服し、ギャンブルに注ぎ込んでいたのだという。発覚を恐れた彼は、分割払いでごまかそうとし、要求は注意を逸らすための苦し紛れだったのだろうと、俺は氷のような目で見下ろした。その場で大塚は解雇となり、やがて路頭に迷うという噂を聞いた。内田社長は再契約を申し出てくれたが、今後の付き合いはなしという形で決着した。俺は社員を守れたことに、深い満足を感じていた

岡田、39歳。中堅メーカーの研究開発部で働いている俺には、妙に気の合う同期がいた。中村だ。彼とああでもないこうでもないと意見を交わす時間は、何にも代えがたい宝物だった。仕事熱心で、開発中の次世代バッテリーについても、誰よりも真剣に取り組んでいたのは中村の方だった。ところが、俺が37歳の誕生日を迎えた直後、中村は突然病に倒れ、長期入院が必要となった。病室で、生きて帰れるかも分からないと打ち明けられ、俺は言葉を失った

中村は俺に、開発中のバッテリーを引き継いでくれと頼んだ。俺は笑顔で頷き、心に誓った。必ず完成させようと。1年半の歳月をかけ、幾度も壁にぶつかりながら、中村ならどう乗り越えるかと自問し続けた。そして開発は終了し、中村の病状も徐々に快方へ向かっていた

ある日、取引先の村瀬部長から突然呼び出され、信じがたい要求を突きつけられた。今後の納品は、半額納期半分が選べ。無理なら契約中止だと言うのだろう。更に、中国系企業の安価な製品を引き合いに出して脅してくるその厚かましさに、俺は逆に冷静になった。了解です。では取引は中止ということで、と俺は弾き出した

村瀬部長は驚愕したが、俺は続けたのだろう。その特許バッテリーは、俺と中村が開発した、この業界で最も安全で高性能なものだぞと、突きつけた業界紙には、そのバッテリーの記事と、250億の独占契約を求める朝野社長の土下座の顛末が載っていた。そう、俺は知っていたのだ。村瀬部長の会社の社長、朝野氏は、先日俺の会社を訪れ、自ら土下座してまで独占契約を求めてきたのだと

村瀬部長は顔面蒼白になり、震え始めた。俺は自社に戻りながら朝野社長に電話を入れ、部長の横暴によって契約を破棄すると伝えた。その後、朝野社長が青ざめた村瀬部長を連れて謝罪に訪れ、村瀬部長は解雇となった。そして中村と作ったバッテリーは、朝野社長の会社と契約することになったのだろう。後日、中村に契約金額を伝えると、彼は病床から転がり落ちそうなほど驚いた。その調子なら元気になれると笑い合った俺たちの未来は、ようやく希望に満ちていた

望月,42歳。俺は従業員10名の小さな産業用冷凍設備メーカーを営んでいる。3年前、電力消費を40%削減する画期的な冷却装置を開発し、特許を取得した。2年前、大手食品メーカーの社長、仙台氏から直々に連絡を受け、その技術を中核とした合同プロジェクトに参画することになったのだろう。仙台氏は契約書に、不当な値下げ要求があった場合は契約解除できる特別条項や、最終調整は我が社が実施するという条項まで設けてくれた。俺の技術への深い理解と信頼の賜物だった

プロジェクトは順調に進み、竣工祝賀会の日を迎えた。しかし、世代交代で社長に就任した仙台の息子、竹彦は、挨拶の場で上場企業ばかりを持ち上げ、俺の会社の名前に一切触れなかったのだろう。更に、特許使用料の半額化を一方的に要求してきた。技術の価値を何一つ理解していない男だと、俺は悟った

俺は会場を後にし、契約書を読み返した。特別条項がある。不当な要求を受けた場合は、我が者の判断で一方的に契約解除が可能だという内容だ。更に、最終調整を行えるのは俺と俺の社員だけだという条項もある。俺は顧問弁護士に連絡し、契約解除通知書の作成を依頼した

1週間後、大手建設会社の桐務から電話が入った。工場が稼働できないと、慌てた声だった。保険所の営業許可が下りないというのだろう。竹彦はパニック状態で、必死に代替技術を探しているらしいと聞いた。俺は断固として、話し合いに応じなかった。繰り返し電話がかかってくるが、その全てを無視した

3週間後、仙台氏本人から電話が入った。息子の竹彦と自分、それに関係者で、是非お詫びとお願いに伺いたいと。俺は訪問を承諾した。4人が揃って詫び入る中、俺は2つの条件を提示した。特許使用料を従来の3倍にすること、そして竹彦の責任を明確にすることだ

仙台氏は全ての条件を受け入れた。更に、竹彦の社長退任を含む厳正な処分を提案すると言った。俺はその言葉を静かに聞き、契約再開を了承した。2ヶ月後、竹彦は代表権を剥奪され、閑職に追いやられた。一方、俺の特許冷却装置は無事に稼働を開始し、工場は予定通りの営業許可を取得した。他社からの問い合わせも相次ぎ、俺の会社は従業員を増やし、工場も拡張することができた。技術を正当に評価する企業と共に歩める喜びを噛み締めながら、俺は改めて技術の価値を実感するのだった

小川,30歳。俺の勤める会社は、社長と同期の原と俺の3人だけの小さなシステム開発会社だ。取引先の池田部長のところには、顧客管理システムを納品していた。更に進化したAI分析機能付きの新システムを開発し、提案したところ、現場からは絶賛されたが、池田部長は高卒の作るシステムなど信じられないと一蹴したのだろう。だが、現場の必死の願いが社長に届き、ようやく導入が決まった

納品当日、俺たちは機材を運び込み、準備を進めていた。そこへ池田が現れ、言い放ったのだろう。君みたいな高卒が作ったシステムより、大手の方が安心できるだろうだって。たった3人しかいない会社のシステムなんて詐欺に決まってる、とあろうことか、契約中止を宣言したのだろう。俺は唇を噛み、その場を撤収した。社長も原も、同じ決意で頷いてくれた

俺たちは社運をかけた営業を開始した。そして、池田の競合他社に新システムを売り込み、導入してもらうことに成功したのだろう。売上は3倍に伸び、取引先からも深く感謝された。一方、池田の会社は、システム変更の混乱から現場の反発を招き、退職者が相次いだという。更に、その原因が池田にあると特定され、彼は会社を辞めることになった。正確には、広角への異動を命じられたのだが、プライドが許さなかったらしい

数ヶ月後、俺が社長と会社を出ようとすると、ビルの清掃員がいた。お疲れ様ですと声をかけると、それは池田だったのだろう。お前のせいで、こんなアルバイトをしなきゃいけなくなったと言い放つ池田に、俺は静かに返した。あなたの指示に従っただけですよと社長も続けて、あなたの会社は、自分で自分の首を絞めたんですと冷たく言い放った。池田は悔しさに顔を歪め、AIが人間に勝てるわけないだろと吐き捨てたが、俺は笑いながら答えた。AIが人間に勝てるかどうかじゃないんですよ。AIを使っていかに効率よく仕事をするか、売上を上げるかというのが、このシステムのメリットですとその後、池田は清掃員の仕事も続かず、退職を余儀なくされたという。その姿を、俺はそれ以来見ていない

うちの会社は今、社長と原と俺、それに新入社員で力を合わせ、新しいシステムを売り込み中だ。知名度も上がってきているし、何より顧客から感謝されている。俺はこれからも、誰かのためになるシステムを開発していこうと思う

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