焼肉屋の入り口で「1年間5万円で食べ放題」という張り紙を見つけた俺は、競馬で大勝ちした直後だったこともあり、従業員へのプレゼントを兼ねて100人分の契約を結んだ。店員はにこやかに「ありがとうございます。残したら罰金500万円ですが」と言った。「は?」と聞き返すと、制限時間は90分、スタートですと告げられた。最初はいい店だと思った。タレも悪くない。だが、出てきた皿を見て固まった。「なんだ、この…

焼肉屋の入り口で「1年間5万円で食べ放題」という張り紙を見つけた俺は、競馬で大勝ちした直後だったこともあり、従業員へのプレゼントを兼ねて100人分の契約を結んだ。店員はにこやかに「ありがとうございます。残したら罰金500万円ですが」と言った。「は?」と聞き返すと、制限時間は90分、スタートですと告げられた。最初はいい店だと思った。タレも悪くない。だが、出てきた皿を見て固まった。「なんだ、この...

「1年間5万円で食べ放題」――その張り紙を俺は焼肉屋の入口で見つけた。

マジか。こないだ競馬で大勝ちしたばかりだし、これはケーキ欲みたいなもんだ。俺は従業員のみんなへのプレゼントを兼ねて、自分を含めて100人分の契約をまとめてしてやることにした。

「よし、100人分契約しちゃうぞ」

店員はにこやかに頷いた。

「ありがとうございます。残したら罰金500万円ですが」

「…は?」

「では制限時間は90分、スタートです」

最初に肉の味を確めたときは、正直いい店だと思った。タレも悪くない。白飯も進む。だが、出てきた皿を見て俺は固まった。

「なんだ、この量は」

「うちではこれが普通なんですよ」

そうか、と呑み込むしかなかった。だが白飯だけはどうしても食いきれなかった。

「すまないが、包んでくれないか?」

「はい、では500万円いただきます」

「いやいや、どういう理屈だ?」

店員は契約書の小さな文字を指さした。残したら罰金500万。そこには確かにそう書いてあった。

「解約はできねえのか?」

「無理です。ほら、ここに途中解約の場合も500万払っていただくことになっていまして」

なるほどな。ここはそういう店か。確認しなかった俺の落ちだ。だが、俺はトラブルバスターズを経営している。建設会社だってやっている。契約を元に争うなんて日常茶飯事だ。

「分かった。じゃあカードで罰金500万払うよ。あと、サブスク代、1人5万の100人分で500万だな。合わせて1000万」

店員は満面の笑みでそれを受け取った。

「ありがとうございます。契約は契約ですからね」

あのときの店員――田沼店長の顔を、俺は忘れない。罰金を取れて儲かったと、あの目は言っていた。

だが、それで終わるわけがなかった。俺はこの店に通い詰めることにした。同じ契約で100人が入っているんだ。その中の10人が来店するだけで、あいつらの想定を超えることは分かっていた。

「やったぜ。これで10人目」

店を出るときに、俺と同じ思いをした客が他にもいることを知った。同じ契約で痛い目を見た連中が、俺のところに相談に来るようになったんだ。

「店長、冗談じゃないですよ。ここは一番の大食い客の店じゃないですか。そんなのに好き放題食われたら店が傾きます」

「落ち着け。大食い客への対策もあるだろう」

田沼はそう言って、また妙なことをやり始めた。ある日、俺が白飯を頼むと、前回と同じように山盛りのご飯が来た。

「またそれか。これは食べ放題への妨害行為じゃないか」

「うちではこれが一前なんですよ。食べきれなかったら罰金」

俺はスマホを取り出した。

「ちょっとこれを見てくれ」

そこには、うちの社員が撮影してきた写真があった。この店の全メニューの一人前を、彼らがプライベートで注文して記録したものだ。料理の脇には物差しまで添えてある。

「建設会社じゃ、証拠写真にスケールを添えるのは鉄だからな」

「どういうご趣味で…」

「普段の一人前と、明らかに量が違うだろう。食べ放題させないように妨害しているのは明らかだ。付き合いのある弁護士に相談してもいいが」

店長の顔色が変わった。

「…分かりました。こちらのミスでした。直します」

これで少しは大人しくなるかと思った。だが、あいつはそこで終わらなかった。

90分が経ち、俺たちは完食して立ち上がった。

「はい、ごちそうさま」

「お待ちください」

田沼が手を挙げた。

「1人罰金500万円。100人分なので5億円いただきます」

「何を言ってるんだ。みんな一つ残さず綺麗に食べてるだろうが」

「あれをご覧ください」

彼が指さしたのは、俺たちが食べた特骨付きカルビの骨だった。

「この契約書には“食べ残した場合”と書いてあるでしょう。骨が食べ残しだなんて言うつもりじゃないだろうな。非常識にもほどがある」

「認識の違いというやつですね。うちはあの骨も食材として出しているんです。残されて残念ですよ」

「なんつー理屈だ」

だが、食べ残しの定義が曖昧なのも確かだ。

「分かった。では5億円。食材だってあんたが言うなら、俺たちに手本を見せてくれないか? そこの兄ちゃん、サブスクとは別に注文するよ。それを焼いて店長さんに渡すから」

「焼肉屋のオーナーは歯が命。食べてご覧に入れますよ」

彼はその場で綺麗に食べきった。

「ほら、骨は食べられるんだよ」

「…マジか。こいつ、すごい根性だ」

だが、まだ終わらない。

「まだ食べ残しがあります」

「なに?」

「焼きすぎて食べられなくなった肉、ありますよね。焼肉屋では絶対に一度は起こる。そういうのはお皿の端にとり分けられていることが多い」

俺は全員の皿をチェックさせ始めた。だが、どこにも焼け焦げた肉も、野菜も残っていなかった。

「100人もいて、そんなことあるか?」

俺は笑った。

「その手のつけ方は想定してたからな。従業員のみんなと、肉も野菜も絶対に焦がさず無駄にしないよう徹底させていたんだ」

「なに…」

「建設会社をなめんなよ。工事現場の複雑極まりない工程管理に比べたら、食材を無駄なく焼くなんて簡単だ」

田沼の顔が引きつった。こいつ、俺の対策をことごとく上回りやがる。

「じゃ、今度こそさようなら」

店を出るとき、従業員がぼそっと呟くのが聞こえた。

「普通に会計したら50万円分くらい食べていきましたね。この調子で食われたら、10回で元が取れなくなるじゃないですか」

だが、田沼はまだ諦めなかった。

次の来店日、俺たちが100人で乗り込むと、田沼は悲しそうな顔をした。

「あの、今日は焼肉食べ放題を提供できないんですよ」

「は? なんでだ?」

「肉の取引先から連絡がありまして。冷蔵トラックが故障して、運べないとのことです。契約書には“仕入れ状況により提供制限あり”とあるでしょう。今回はそれに該当するので」

「なるほどな。じゃあ俺たちで肉を運ぶよ」

「え?」

「うちは建設会社だ。トラックなんていくらでもあるからな」

「ただのトラックじゃダメですよ。冷蔵設備がついているものでないと」

「心配するな。肉屋からいつも借りてるリース会社に電話したら、冷蔵コンテナをレンタルできることになった」

「はあ…」

「じゃあ俺ら社員のトラックで、ちょっと一っ走りして行ってくるよ」

「本当に肉を運んできやがった…」

「お疲れさん。新鮮な肉だぞ。好きなだけ食うといい」

本当にすごい食いっぷりだった。田沼はげっそりしていた。下手な小細工をしない方が被害額は少なかったんじゃないかというくらいに、俺たちは食べた。

だが、向こうも黙ってはいなかった。次の週、店に行くと、注文してから20分待っても何も来なかった。

「今日は混雑していまして。どうしても提供が遅れまして。契約書に“混雑状況により提供にお時間いただく場合がございます”とあるでしょう」

「確かにそうだが。食べ放題ってのは食べられることが前提のサービスだろう。この状況じゃ契約そのものが成立しない。それに、食べ放題以外の客には普通に提供してるじゃないか。なのにこっちは提供ゼロは、明らかに変だぞ」

「くそ…」

ようやく肉が来たが、今度は異様に暑い。

「そちらのエリア、エアコンの調子が悪くって」

「そんな灼熱のなかじゃ肉を焼くどころじゃない。食欲は絶対に衰える」

俺はにっこり笑った。

「店長、エアコンを見せていただけますか? 俺、第二種電気工事士の資格を持ってて、現場で空調をいじることもよくあるんです。あのタイプのエアコンの修理なら簡単ですよ」

「え、そんな、悪いですよ」

「知ってます。俺ら専門家ですから任せてください」

気づけば、俺たちはエアコンを分解し始めていた。

「あのタイプ、よくある故障だな。リモコンの設定温度がおかしかっただけじゃないか。店長、うっかりしたのかい?」

「…いいや」

「これからもお世話になる店だからな。しっかり直しておいたよ」

田沼は、もう別の意味で涼しかった。

その次の週、今度はこう言われた。

「今日は予約客が多くて、あなた方100人のグループは、別々のテーブルに分かれて食べていただくことになります」

「別に構わないよ。各々のテーブルで好きに頼めばいい」

「よし」

俺はすぐに社員を集めた。

「待て。契約書のこの情報を見てみろ。“団体様において同一の注文は10皿まで。それを超えた場合ペナルティを課す”。お前ら、焼肉屋で最初に何を頼む? そうだろ、カルビだ。今までは近くにいたから同一注文を10皿以上頼まないように注意できた。だが、離れた位置だとその管理ができず、各テーブルが一斉にカルビを頼む可能性がある。そしたらこのルールに引っかかって負けだ」

「くう、気づかれたか」

「だが、各テーブルで注文内容を調整するには手間がかかる。その間に食べ放題の時間を潰せる」

田沼はそう考えていたようだが、俺はもっと先を見ていた。各テーブルに一人ずつ連絡係を配置し、在庫管理ソフトに誰が何を注文したか、どの皿が到着したかを記入させた。そのデータを見ながら、各テーブルは注文する。一度に同じ注文が重ならないように徹底した。

「ご安全に」

「ご安全に」

「2番テーブル、カルビ二皿。ミス連絡が入りました」

「よし。ではこちらもカルビ二皿を注文と」

田沼は呆然としていた。

「なんなんだあの野郎は…。前世は天下の大将軍か何かなのか」

「なんか店長よりあの鉄って人の方が、悪知恵働く感じだな」

そうした攻防を続けるうちに、俺たちは毎日のようにその焼肉屋を訪れ、田沼の妨害に対抗作を打ち出し、肉を食いまくった。ある日、従業員のひそひそ話が聞こえた。

「なんなんだあの鉄ってやつは。恐ろしく賢い上に、ムカデのようにしつこい。もう2000万円分は食われてる。最初に1000万もらったのに、これじゃ大赤字じゃないか」

「まだサブスクの期間は10ヶ月くらい残ってますよ。単純計算で、1年だと1億2000万円分食われることになります」

「想像もしたくない…。もうダメだ。夢でもあいつらが出てきて肉を食いまくる。もうあの連中と関わりたくない」

だが、田沼にはまだ秘策があるようだった。

「やあ、店長。今日もお邪魔しました」

「…今日も来たんですか」

「このサブスク、もうやめにしませんか? もう十分に元は取れたでしょう。ですから、あなた方全員を解約してください」

俺は少し驚いた。まさか彼の方から解約を求めてくるとは。

「それは100も承知だ。だから店長、最初にあなたに頂いたこの罰金500万もお返しする。これで手打ちにしましょう」

「その500万は別にいいよ。契約は契約だ。だが、お宝も途中解約したいなら、この契約書に従ってもらわないと」

彼は契約書を開いた。

「ほら、ここを見てくれ。あんたらは俺たち100人を解約したいんだろ。だったら100×500万で、5億円払ってもらわないと」

「はあ? いやいや、何を言ってるんです? これは解約するお客さんのための条項ですよ」

「どこにも、その限定は書いてないだろう」

「…しまった」

「まさか俺たちから解約を求めるとは想定していなかったようだな。あんたは俺が1000万円払うときに言ったよな。“契約は契約だ”と。その言葉をそっくりそのまま返すよ。俺はしっかり契約を守って払った。契約ってのはな、相手を縛るだけのもんじゃねえ。自分の行動にも強い制限をかけることになるんだよ」

「即座の社長。開始の休み時間も、その契約書を読み込んでましたもんね」

「ああ。このサブスク契約を買わされたときはプライベートだから油断してたが、俺は建設会社の社長として、業務ではたくさんの契約書をチェックしてる。下受け契約、工期が遅れた場合のペナルティ。些細な情報でも見落としたら、会社が傾きかねない。あんたに一杯食わされてからは、この契約書を元に何をしてくるか、できる限り想定していたからな。対応は難しくなかったぜ」

田沼はうなだれた。

「…俺も知恵を絞ってたつもりだった。だが、こいつらは手のひらの上で踊らされてただけなのか。この人気店なのに」

「だが、俺も鬼じゃない。あんたらが5億円なんて払えないのは分かってる。俺たち100人を5000万円で解約するのはどうだ? 俺を含めて10人ほど、この契約で痛い目を見た人たちがいる。その人たちをその金で保証できる。5000万だ」

「5000万…重すぎる」

「別に裁判に行ってもいいんだぜ。その場合は、今までの白米山トラップや提供遅延などの証拠を裁判所に提出させてもらうけど」

「…振りすぎる。こいつらの証拠収集能力は、これまでで十分すぎるほど分かってる。5000万は、この店が払えない額じゃない。それに、このままダラダラとサブスクが増え続けるよりはましだ」

「分かりました。5000万円でお願いします」

「ありがとう。じゃあ、契約書を交わそうか」

俺たちはサインを交わし、手を打った。田沼はほっとしたような顔をした。だが、俺はまだ終わっていなかった。

「ああ、そうだ。俺たちが収集したあんたのサブスクの証拠、全部、消費者庁に送るからな」

「はあ?」

店長の顔色が真っ青になった。店員が慌てて尋ねた。

「店長、そこに送られるとどうなるんですか?」

「…厳しく調査される。結果、うちの店を消費者庁のホームページに載せられたり、営業停止を食らったりする。ニュースにも出るかもしれない。評判は大きく落ちて、売上なんて見込めなくなる」

「なんでですか? もう鉄さんたちとは手打ちにしたじゃないですか。少しは優しさというものが、というものがあるでしょう!」

「どの口が優しさとか言ってんだ。こんな契約で人を絡め取っといて、いざ自分が不利になったら相手に頼み込む。恥ずかしくないのか?」

「いや、その、我々も反省して…」

「あんたらが反省してるのは、この悪徳サブスク自体じゃない。俺らと絡んじまったことだろうが」

「そうだけども…。でも、鉄さん、この焼肉屋が潰れたら、さっき決めた5000万円も支払えなくなりますよ。それでいいんですか?」

「心配ない。仕事は焼肉屋だけじゃない。それに俺は、風の噂で聞いたことがあるんだ。どんな境遇の人でも、健康的な職場を用意してくれる青髪の若者のことをね。彼にコンタクトを取ってみるよ」

「おお。絶対にやべえ職場に間違いねえ!」

「じゃあ俺たちはそろそろ帰るよ」

「ちょっと待って!」

田沼は慌てて奥へ走っていった。証拠を処分しようとしたのかもしれない。だが、そのとき、店の入口のドアが開いた。

「こんにちは。消費者庁から参りました者です」

「…!」

「鉄さんに以前から相談を受けていたのですが、証拠隠滅に動き出した可能性が高いとお聞きしましたので、早めにやってまいりました。まさに今、その最中のようですね。そのような行為は、さらに処分を重くしますよ」

田沼の顔は、完全に灰になっていた。

「あいつ、すでに通報してたのかよ…。無理がなさすぎる」

その後、その店は消費者庁からがっつり重い処分を受け、評判は地の底まで落ち、あえなく潰れた。田沼と店員たちは、俺が紹介した青髪の若者が用意してくれた健康的な職場に移り、そこで気持ちのいい朝を迎えているらしい。

「どうだい? 俺の借金返済計画のサブスクは気に入ってくれたかい?」

俺は彼らから受け取った金を、サブスクの被害者たちに渡した。これですっきりした。

その後、事務所に戻ると、社員が声をかけてきた。

「社長、給料明細のリフレッシュ手当って何ですか? 先月までなかったんですけど」

「ああ、焼肉サブスクで痛い目見たからな。もうシンプルに給料を増やすことにしたんだよ。好きに使ってくれ」

「ヤッホー! さすがです!」

わけのわかんない契約で一儲けしようとする奴らが、のさばっちゃいけないんだ。俺はトラブルバスターズ。今日もトラブルを終わらせる。

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