「この案件は今後息子に任せるから、お前は首だ。もうお前の出番はない」
社長は俺に突然の解雇を言い渡した。さも何でもないことのように、顔色一つ変えずに。
「首だなんて、どういうことですか? 大口契約が決まったばかりじゃないですか」
「うちの会社には若手が必要なんだ。お前の居場所なんかもうないぞ。俺の息子が案件を引き継ぐことは、以前から決まっていたことだ」
青ざめて詰め寄る俺に、社長は容赦なく冷たい言葉を浴びせた。俺がこの一大案件を契約にこぎつけたら首にして、自分の息子に引き継がせる。そんなシナリオを、社長は以前から考えていたのだろう。
俺は長年、地道ながらもコツコツと努力を積み重ね、少なからず会社に貢献してきたというのに。社長のわがまま息子のために、ポイとゴミのように捨てられてしまうのか。
「私は社長だ。私の言う通りにしていればいい。お前は一社員に過ぎないんだぞ」
解雇を取り消させようと必死にすがる俺を、社長は恐ろしく低い声で怒鳴りつけた。もう何を言っても無駄なのだろう。俺は諦めの気持ちで、長年勤めた会社を退職した。
しかし、一ヶ月後。社長とその息子は慌てた様子で俺の前に現れた。
「頼む。会社に戻ってきてくれないか? なんとかしてくれ」
そう言って床にすりつき、土下座をする社長。今更、自分の過ちに気づいたのだろうか。
「私を首にしたのはあなたでしょう。私はもう何もできません」
俺はそう言って社長の申し出をきっぱりと断ると、にやりと笑いながら一人呟いた。
「今更もう遅いですよ。社長親子が奈落の底に落ちる。そのカウントダウンは、すでに始まっているのです」
俺の名前は藤山孝太。建築会社で営業一筋に働き、もう三十余年になる。
「おい、早く小遣いくれよ。だるいから俺はもう帰る。ああ、疲れたし」
「静かにしなさい。小遣いなら後であげるから」
「なんで後じゃなくて今すぐくれよ」
廊下から、まるで駄々をこねるような若い男性の声と、それをなだめる年配の男性の声が聞こえてきた。
それは俺が営業先に出かけようと、部屋のドアに手をかけた時のことだ。親子の会話が聞こえた時は、どこの息子さんが来ているのだろうと思ったが、俺が廊下に出ると、話し声の主と思われる年配の男性が俺にゆっくりと近づいてきて、さっきとは打って変わった物静かな声で話しかけてきた。
「藤山君だね」
「あ、はい」
風格のあるスーツに身を包んだ紳士。その顔を見て、俺はすぐに誰なのかを理解し、緊張した返事をした。
「例の大規模工場の案件だが、あれは社運をかけた大きなプロジェクトだ。君がきっと成功させてくれると、私は信じているよ」
この男性は、俺が務める会社の社長、木村賢次郎さんである。ということは、廊下の向こうにいるのは、さっき甘えたように小遣いをせがんでいた息子だろうか。きっと木村社長は、自分たちの会話を俺に聞かれていたとは思ってもいないことだろう。
恥ずかしい親子の会話だったが、それよりも木村社長がわざわざ足を止めて俺に声をかけてくれたことの方が、俺にとっては重要なことだった。
「はい。現在、今月末のプレゼンの準備を進めています。お任せください」
そう胸を張って答えたのは、プレゼンにある程度の自信があったからというのもあるが、木村社長が俺の顔を覚えてくれていたという嬉しさからでもある。何しろ入社三十年を超えるというのに、これまで社長と直接話したことさえほとんどなかったのだ。
「では、失礼します」
俺は一礼するとその場を後にし、木村社長と別れた。
「おい、おっさん。誰だよ、あれ」
「あれが営業の藤山だよ」
背後から、そんな木村社長の低い声が聞こえたのは、俺の空耳だったのだろうか。
ここのところ俺は、大規模な人員が収容できる工場の建設案件を手掛けていた。数年前からクライアントに足を運び、営業をかけてきた。工場が建設される小さな町にはこれといった産業もなく、この工場ができれば近隣住民の雇用が確保され、工場周辺の道路整備や住宅、大型商業施設の建設なども合わせて予定されている。まさに地域全体の活性化につながる一大事業と言える。
そして社内でも大きな期待がかかる注目の案件で、契約金だけでも数十億になる。他の付随する様々な工事の受注も期待でき、契約がまとまれば我が社も大きく飛躍することになるだろう。月末に他の企業と競合でプレゼンが行われ、受注先が決定される。俺はその最終段階の準備に追われていた。
いよいよプレゼン当日。「お任せください」と言ってしまった以上、うまくやるしかない。プレゼンを目前にして、俺は呪文のように唱え続けた。
そして挑んだプレゼンは成功。我が社が案件を受注できることが決定した。俺は取り急ぎ会社に戻り、木村社長に報告することにした。木村社長は俺の顔を覚えていて、直接激励してくれたのだし、きっと喜んでくれるに違いない。
急いで会社に戻り、社長室のドアをノックする。
「営業部の藤山です」
「ああ、藤山君か。入りなさい」
木村社長の物静かな声が聞こえた。契約の成功を一刻も早く伝えたくて、勢いよくドアを開けた。
「失礼します。あの、木村社長。プレゼンは成功し、我が社が案件を受注することになりました」
俺が一気に早口で報告すると、木村社長は大きな体を揺らしながら顔をほころばせ、手を叩いて喜んでくれた。
「おお、そうか。それは良かった。藤山君、お手柄だった。私はこの日を待っていたんだよ」
これで、こそ頑張って契約を成功させた甲斐があったというもの。俺は何とも誇らしい気持ちになった。しかし、そんな俺の喜びもほんの束の間のことだった。
「ありがとうございます。社長に喜んでいただけて、光栄です」
「これで安心して、君には辞めてもらえる」
「え? それは……」
「この案件は今後、うちの息子に任せるから」
突然のことに、俺は一瞬耳を疑い言葉をつまらせた。一方、木村社長はにこやかに立ち上がると、俺の元にまで近づいてきて肩をポンポンと叩いた。
「いや、本当によくやったよ。素晴らしい土産だ。息子も安心して働けることだろう」
「あ、あの、何をおっしゃっているんですか」
「だから、首だよ。首。聞こえたか? 君には辞めてもらう」
木村社長は笑顔のまま、凍りつくほど冷たい声で言うと、社長椅子に戻りどっしりと腰かけた。
「君はもう六十も目の前だろう。うちの会社には若手が必要なんだ。お前の居場所なんかもうないぞ。俺の息子が案件を引き継ぐことは、以前から決まっていたことだ」
「でも、首だなんて。それに、息子さんが引き継ぐって」
「そうだ。息子が引き継ぐから、お前は用済みなんだよ。何度も言わせるな」
訳が分からず動揺した俺は、木村社長に詰め寄った。廊下で聞こえた、あの駄々をこねていた息子が、この案件を引き継ぐのか。あんな息子の代わりに、俺を辞めさせるとは、どうにも納得がいかない。
俺には家庭があり、妻や子供もいる。簡単に引き下がるわけにはいかない。しかし、木村社長は断固として自分の主張を曲げなかった。
「木村社長、なんとか言ってください。こんなこと、納得できません」
「ええい、うるさい。私は社長だ。私の言う通りにしていればいい。君は一社員に過ぎないんだぞ」
解雇を取り消させようと必死にすがる俺を、社長は恐ろしく低い声で怒鳴りつけた。あの穏やかで上品な紳士のイメージは、もうどこにもない。
「私はこの契約のために、何年も前から……」
「さっきも言ったが、うちは若返りを図っているんだ。君のリストラは本来もっと前に行われる予定だった。それをこの案件を担当していたから、先延ばしにしてやっていた。そのことを感謝して欲しいくらいだ」
そう言って木村社長はふんと鼻を鳴らした。その後も俺は必死に訴えたが、社長は俺の言葉を遮り、突き放したようなことを繰り返し言うだけで、もう俺の顔を見ようともしなかった。
がっくりと肩を落とし、俺は立ち尽くした。報告に来た時は、木村社長とここで固く握手を交わし、喜びを分かち合うつもりだったのに。それは俺が勝手に思い描いていたことに過ぎなかったのだ。
思えば木村社長が俺の顔を覚えていて、直接声をかけてきたこと自体がおかしかったのだ。俺に大きな取引をまとめさせ、うまくいったら息子に引き継がせるために首にする。そんなシナリオが、あの頃から出来上がっていたものなのかもしれない。
俺は唖然としたまま、社長室を出た。そして、よく思い出せないが、いつの間にか営業部に戻っていた。
「あ、藤山さん。契約はどうなりましたか?」
「ああ、ええ。うまくいきましたよ。うちの会社が受注になりました」
「そうですか。それはおめでとうございます。これでうちの会社も安泰ですよ。藤山さんのおかげですね」
工場の契約のことは、営業部の社員たちも気にかけていたのだろう。部屋に入るなり、皆が俺の周りに集まってきた。皆が盛り上がり、お祝いの言葉をかけてくれる中、俺はなんとか作り笑いを浮かべてデスクに戻ったが、皆と目を合わせることができなかった。
何しろ俺は、木村社長から首を宣告されているのだ。様子がおかしい俺を、皆が不思議そうな表情で見ていたが、これは今すぐここで皆に話せるような簡単なことでもない。
俺はこの会社で特に大きな問題を起こしたこともないが、かと言って目覚ましい営業成績を残したわけでもない。この大規模工場の案件が、俺の営業人生最大の功績と言っても過言ではないだろう。
しかし、長年地道に努力を積み重ね、少なからず会社に貢献してきた自負はある。木村社長だって、それくらいは分かっているはずだ。だが、あの理性を失った言葉の数々からして、木村社長の決定はきっと揺るぎないものなのだろう。
顔色一つ変えずに俺に首を言い渡した木村社長の表情を思い出し、俺は退職を決意した。
そして迎えた退職当日。木村社長の息子が営業部にやってきた。
「今日から、うちの息子がこの営業部で働くことになりました。皆さん、よろしくお願いしますよ」
そう言って親バカ丸出しの満面の笑みを浮かべ、木村社長がわざわざ息子を紹介する。しかし、営業部には何か白々しい空気が流れた。何しろ営業部の中でも、俺が木村社長の息子と入れ替わりで退職することは、すでに周知のことなのだ。
そして、木村社長の息子は、木村社長の横で何か言うわけでもなく、背中を押されて間抜けな顔でひょいと頭を下げるだけという、お粗末な挨拶をした。木村社長とその息子が二人並ぶと、その大柄な体型がそっくりで、一目で親子だと分かるのが奇妙に思えた。
その後、木村社長の息子は他の社員に何やら耳打ちすると、俺の方につかつかと歩いてきた。
「おい、おっさん。引き継ぎ書はちゃんと作ってあるんだろうな」
いきなりおっさん呼ばわりした上に、目の前に立ちはだかり睨みつける息子の態度に、俺は開いた口が塞がらなかった。だが仕方なく、引き継ぎ書を引き出しから取り出した。
「ここにまとめてありますから、よく読んでください」
「そうか。おっさんでもやればできるんだな。俺のために辞めてくれてありがとう」
木村社長の息子は引き継ぎ書を受け取ると、ためらう様子もなく、明らかに俺を下に見るように笑った。
「あの案件は俺に任せておけ。あんなもん、ちょろいもんだ。おっさんにはもう用はないぞ」
あくまでも偉そうな物言いをする息子に、俺は言葉もなかった。俺が苦労して契約した案件を、何だと思っているのだろう。こんな奴にあの案件を譲ることになろうとは、どうにも気が収まらないが、今日で退職するのだからもう気にしても仕方ない。
俺は苛立つ心を抑えながら、荷物やデスク周りの片付けを始めた。周りから「藤山さん、大きな契約が決まったのに、信じられないなあ」という声が聞こえてくる。社員たちと別れを惜しみ、俺は長年務めた会社を退職した。
さて、それから一ヶ月ほど後のことだ。時間ができたので自宅の掃除をしていると、知らない番号から着信があった。
「はい」
「私だ。木村だよ。藤山だろう」
ふと電話に出てみると、それは木村社長からだった。退職してもうこの声を聞くこともないと思っていたのに、一体何なのだろう。
「そうですが、木村社長。どうしたんですか?」
「お前、今すぐ会社に来い」
「今更、どういうことですか?」
「あの大規模工場の案件だが、先方が、お前が担当でないなら契約を破棄すると言っているんだ。お前、担当者に何か吹き込んだんじゃないか。とにかく早く来るんだ」
退職した会社で何があろうと、もう関係ない。俺は呆れるだけだった。だが、そんな俺の気持ちなどお構いなしに、木村社長は慌てた様子でまくし立てている。
「工場の案件は、元はといえばお前のものなんだから、さっさと対応しろ。どうせ暇だろうが」
「そんな、担当は息子さんになったんですよね。私は知りませんよ」
「おい、つべこべ言わずに、お前がなんとかするんだ」
自分勝手なことばかり言い続ける木村社長に呆れるしかない。あまりにも大声で怒鳴るので、俺は携帯から耳を離した。
「私を首にしたのはあなたでしょう? 私はもう何もできませんよ」
俺はそう言って、何やら喚き続ける木村社長との通話を終わらせた。それにしても、首にしておいて対応しろとは、どういう神経なのだろう。しかも、人に物を頼んでいるとも思えない高飛車な言い方にも、辟易した。
あまりにむちゃくちゃなことばかりで、俺は一人苦笑いした。あんな社長のいる会社は、さっさと退職して正解だったと思う。しかし、そう簡単には縁は切れなかった。
その翌日。木村社長が親子で、俺の自宅にやってきたのだ。
「藤山君。どうか、折り入って頼みがある」
木村社長はそう言って、珍しく俺に頭を下げる。仕方なく家に入ってもらうことにした。
「突然押しかけてすまなかったね。実はあの工場の案件だが、やはり先方が、どうしても君に担当してほしいと言っているんだ。なんとか、君の力を貸してはくれないだろうか」
木村社長は媚びるような笑顔を見せ、別人のような低姿勢で俺に懇願する。
「そんな、無理ですよ。昨日も電話でお断りしたはずです」
「まあ、そう言わずに、なんとか頼むよ。この通りだ」
「そんなことされても困りますよ」
木村社長は突然、大きな体を縮めて膝をつき、額を床にすり付けるように土下座をした。しかし、そんな姿を見せられても困惑するだけで、心が動くはずもない。それだけの裏切り行為をされたのだから。
「できれば、また私の会社で働いて欲しいんだ。さあ、お前もなんとか言いなさい」
「え? ああ、お願いします」
木村社長は息子の方を叩くが、息子はその隣で頭を下げるわけでもなく、自分には関係ないというような機械的な言葉を吐いた。それはとても人に頼み事をする態度ではない。
実はこの息子については、俺の耳にも情報が入ってきていた。俺が退職した後、同僚が連絡をくれたことがあったのだ。俺の代わりに入社したものの、すぐに周りの社員たちの評判を落とすことになったのは、その尊大な言動のせいだったという。何十にもなろうというのにまともに働いたこともなかったようで、社会人としての常識もなく、遅刻や欠勤を繰り返す。そして、木村社長の息子だからと言って、他の社員たちに命令口調で物を言ったり、仕事を教えてもまともに聞きもせず、何かと言うと「俺は社長の息子だ」と威張ったりするそうだ。
その話だけでも呆れていたのだが、今日は目の前でその姿を見せられ、想像以上だったことを知った。信じられないことに、土下座をする木村社長の横で、暇そうにスマホをいじり始めたのだ。これほどのバカ息子のために、俺は首になったのか。今更思い知らされ、俺は木村社長に改めて腹が立った。
「藤山君、なんとか考え直してくれないか」
「木村社長、私は次の就職先も決まっています。これから忙しくなりますので、手を貸すことはできません」
まだ膝をつき、ぺこぺこと頭を下げ続ける木村社長に、俺は静かに告げた。
実は俺は、木村社長の会社のライバル会社への再就職が決まっていた。長年営業一筋で仕事をしてきた俺には、様々な営業先や他社とのつながりがあり、顔が広い。次の就職先を探していたところ、かつての取引先のライバル会社の社長が、「木村さん、君を首にするなんてどうかしているよ。君は高い営業スキルを持っている。それは私がよく知っていることだ。今度は是非うちで働かないか」と声をかけてくれたのだ。
そして、以前の同僚から、大規模工場の案件が俺が退職してから進展がないと聞かされていた。これは付け入る隙があるのではと考え、転職先で改めてこの案件に取りかかっていたのだ。
「そんな。次の就職先を断って、またうちの会社に戻ってくれ」
俺の事情を知らない木村社長が、繰り返し頭を下げ続ける。
「よくもそんなことが言えますね。私を首にしたのはあなたでしょう。ご自分がなさったことをお忘れになったんですか? とにかく、私はもう何もできません。あなたたちで何とかしてください」
俺は冷たく言い放ち、木村社長とその息子を家から追い出した。落ち込んで去っていくその背中は、まるでいつかの自分を見ているかのようだった。
さて、その後。俺は工場の担当者と連絡を取った。俺がライバル会社に転職したと聞いて、担当者は驚いていた。
「藤山さんが退職してしまって、本当に困っていました。私どもは、藤山さんと契約したようなものですからね」
担当者はそう言って、木村社長の会社との契約を破棄し、俺の転職先のライバル会社と契約をしてくれた。一度決定した木村社長の会社との契約を破棄し、すぐに他社で同じ契約を結ぶ。それは木村社長の会社と縁を切り、二度と取引はしないということも意味していた。そこまでしてこの案件の契約を決定してくれた担当者に、俺は感謝した。
そして俺が工場の社長に会ったのは、正式な契約書類にサインをもらった時だ。工場の社長とは以前にも会ったことはあるが、久しぶりの俺との再会をとても喜んでくれた。
「以前、木村社長から息子さんを新しい担当者だと紹介されました。あの時は本当にどうしていいのやら。困り果てましたよ」
工場の社長は苦笑しながら話し始めた。木村社長は息子をよろしくと頭を下げるも、息子は挨拶もしないで突っ立っているだけで、何を質問しても部下の社員が答えるだけだったらしい。木村社長の息子も、木村社長自身も、業務や契約について何も理解していない様子だったそうだ。
「いやあ、藤山さんが来てくれてよかった。私どもも、契約した途端に担当者が変わり、しかもそんな状況でしたので、本当に困り果てていたところでした。その日はすぐに、木村社長親子を追い返してしまいましたよ」
工場の社長は笑ってくれたが、汗を滲ませていた。その時の状況が目に浮かぶようで、工場の社長がどれほど困惑したかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「私は転職して勤務先は変わりましたが、しっかりとこの工場の建設について、最後まで責任を持ってやらせていただきます。どうかお任せください」
「お任せください」と言った時、またこの言葉を使っていた。この言葉を使う時は、もちろん自信がある時だ。転職前にもうプランはすでに出来上がっていたし、あれから十分な時間があったので、色々補足することもできた。工場建設はきっとうまくいくという確信がある。
「藤山さん、本当にありがとう。これで安心です。よろしくお願いしますよ」
目を潤ませながら、工場の社長は俺の手を取り喜んでくれた。これが俺の望んでいたものなのだと思う。相手の望んでいるものと引き換えなしに利益を得ることはない。それがビジネスなのだ。
それからしばらくして、木村社長の会社から、俺のいるライバル会社に何人も転職者が入ってきた。
「お前もさっさと辞めて正解だったよ。木村社長の息子が来てからというもの、どうしようもなくてな。あの親子についていけない社員が次々と辞めてしまい、以前の半分くらいの人数になってしまったんだ」
かつての同僚は堪えきれなかったようで、俺に訴えるように教えてくれた。その後、木村社長の会社は社員の流出により受けられる仕事も激減。業績も悪化の一途をたどり、さらに社員が辞めていくという負のスパイラルに陥ったと聞いている。最後に残っているのは木村社長親子くらいで、会社が潰れるのも時間の問題だという専らの噂だ。
一方、俺は転職先でも順調に契約を成立させている。大きな仕事はできなくても、これまでのキャリアと実績を生かし、小さな契約もコツコツと丁寧に進めていく。俺はこんなやり方しかできないが、さらなるステップアップを図ろうと、新しい道を歩き始めたのだ。
