風邪で熱があるのに、義実家の冷たい廊下に立たされていた。リビングからは夫の新一と義母の笑い声が聞こえてくる。私は震える手で雑巾を絞りながら、もう限界だと思った。義母が私の首に巻いていたストールを奪い取った。「こんなもの、あんたには似合わないわ。どうせ新一の稼ぎで買ったものでしょ」それは亡き母の形見だった。なのに義母は物置に私を閉じ込め、鍵をかけた。暖房もない部屋で、高熱の体がどんどん冷えてい…

風邪で熱があるのに、義実家の冷たい廊下に立たされていた。リビングからは夫の新一と義母の笑い声が聞こえてくる。私は震える手で雑巾を絞りながら、もう限界だと思った。義母が私の首に巻いていたストールを奪い取った。「こんなもの、あんたには似合わないわ。どうせ新一の稼ぎで買ったものでしょ」それは亡き母の形見だった。なのに義母は物置に私を閉じ込め、鍵をかけた。暖房もない部屋で、高熱の体がどんどん冷えてい...

私は熱を出したまま、義実家の冷たい廊下に立っていた。夫の新一はリビングで義母と笑っている。私は重たい体を引きずりながら、言われるまま雑巾を絞った。もう、これ以上は無理だと思った。

32歳の私は、木原ゆり子。大手企業で働き、28歳でシニアマネージャーに昇格した。年収は1500万円を超え、部下からも頼られる存在だ。そんな私が、なぜこんな仕打ちを受けているのか。それは新一のためだった。新一は大学の先輩で、卒業を機に結婚した。当時は大手企業に勤め、何の不自由もない生活だった。週末には一緒に過ごし、旅行にも行き、笑顔の絶えない毎日だった。

しかし3年前、新一が仕事で重大なミスを犯した。新規事業のプレゼンで最終確認を怠り、本番でミスに気づいた時には手遅れだった。事業は競合他社に取られ、会社は大きな損失を出した。責任を取らされた新一は窓際部署に左遷され、耐えられなくなって自ら退職した。その後、再就職を試みたものの、彼のプライドが邪魔をして上手くいかない。現在は週3日のアルバイトで、月収5万円ほどだ。

それでも私は何も言わなかった。彼が立ち直る日まで支えようと思った。生活費は全て私が負担した。同じ頃、義父が定年退職を迎え、義両親は年金暮らしになった。ローン返済で苦しい生活を送る義両親を案じた新一が、私に相談してきた。

「親父の生活を助けてやりたいんだ」
「仕送りするってこと?」
「できるならそうしてやりたい。ゆり子から送ってくれないか」

新一は毎月30万円の仕送りを希望した。しかも、退職したことを義両親に隠しているため、自分が送っていることにしてほしいと言う。呆れながらも、再就職するまでの間だけという約束で、私は自分の口座から新一の口座を経由して義両親へ送金した。

だが、仕送りを始めた頃から義母の態度が変わった。新一が高収入のエリートだと信じ込み、私のことを「息子に寄生する無能な嫁」と見下すようになった。義母には私の仕事も年収も話していない。会うたびに嫌味を言われ、私が働いていると言えば「どうせ暇つぶしでしょ」と一蹴される。真実を明かすわけにもいかず、新一が立ち上がるまで耐えるしかなかった。

問題はそれだけではなかった。新一は一向に再就職せず、私が仕事から帰っても家にいないことが増えた。どこに行ってるのか聞けば「就職活動だ」と言うが、目は明らかに泳いでいる。交際時代からギャンブル好きだった新一は、会社員時代に借金を作ったこともある。また通い始めたのではないかと心配になったが、家計費に手を出している様子はなく、信じることにした。

その年の年末、私は風邪を引いた。毎年恒例の義実家への帰省を控え、高齢の義両親に移してはいけないと思い、電話でその旨を伝えた。すると義母は激怒した。

「たかが風邪くらいで大げさにするんじゃないわよ」
「お二人に移してしまったら大変なので」
「あなたが来なきゃ誰が正月料理を作るのよ。役立たずの嫁なんだから、正月くらいしっかり役目を果たしなさい」

何を言っても聞き入れない。新一に相談しても、義母には逆らえないという。結局、私は高熱のまま義実家へ向かった。

到着すると、義母はすぐに用事を言いつけた。壁はひび割れ、天井からは雨漏りがしている。和室の襖からは隙間風が吹き荒れていた。義母は私に家の修繕を命じた。

「こんな短時間で修繕なんて無理です。年末で業者も休みですし」
「私はあなたにやれって言ってるの。ただで住まわせてやってるんだ。恩義を果たしなさい」

新一も義父も視線をそらし、聞いていないふりをしている。私は高熱でフラフラになりながら、仕事関係の知り合いに電話して手を借りつつ、大掃除までさせられた。作業している間も、新一は義両親とテレビを見て大笑いしている。一切手伝おうとしない彼の態度に腹が立ったが、義母の手前何も言えなかった。

夜、力尽きて倒れるように眠った私は、翌朝にはさらに熱が上がっていた。体の節々が痛み、立っているのもやっとだ。それでも義母は容赦しなかった。

「起きたならさっさと料理を作りなさい。昼には親戚が到着するのよ」

私は30人分の料理を一人で準備した。頭は呆然とし、言い返す力もない。リビングからは新一たちの笑い声が聞こえてくる。やっとの思いで料理を並べ終えると、親戚たちが集まってきた。その中で一人が、私の顔色の悪さに気づいた。

「体調が悪いなら言ってくれればよかったのに。ごめんなさいね」

義母は親戚の前で気遣うふりをし、「無理しないで寝室で休みなさい」と優しく言ってくれた。私はその言葉に甘えようとした。だが、義母が私を誘導した先は寝室ではなく、物置きだった。

「親戚の皆さんに余計な気を使わせないでちょうだい」

そう言って私の背中を押し、物置きの鍵をかけた。暖房もなく、冷たい風が吹き込んでくる。こんな場所にいたら、余計に熱が上がってしまう。そう訴えても、義母は私の首に巻いていたストールを奪い取った。

「こんなもの、あんたには似合わないわ。どうせ新一の稼ぎで買ったものでしょ。これは没収するわ」

そのストールは、亡き母の形見だった。大切なものだと訴えても、義母は不敵な笑みを浮かべて扉を閉めた。絶望感に打ちひしがれながら、私はスマホで助けを呼ぼうとしたが、県外の表示が出て繋がらない。ただただ寒さに耐えるしかなかった。

どれくらいの時間が経っただろうか。扉が開いた時には外は暗くなっていた。親戚たちは帰った後で、広間には汚れた皿が残されている。部屋の片隅には、泥だらけの私のストールが放置されていた。手に取ると、義母が嫌味な笑みを浮かべた。

「遊びで泥だらけになった子供たちの靴を拭くのに、ちょうど良かったわ」

母の形見のストールが、雑巾代わりに使われていた。悔しさで涙が溢れたが、義母は「さっさと片付けなさい」と命じるだけ。皿を洗う時もお湯を使うことは許されず、手足の感覚がなくなるほど冷え切った。

夜、私は一人で物置きから抜け出し、アプリで呼んだタクシーに乗り込んだ。新一と離婚しよう。しかし、やられっぱなしで終わるのは悔しすぎる。私は義家族たちに反撃することを決意した。

翌朝、義実家に電話をかけて謝罪すると、義母は「悪いと思うなら仕送りを増やせ」と言ってきた。私は「考えてみるわ」と、反撃のためのふりをした。正月休みが明けてからも数日休み、体調を回復させた。その間も新一はどこかに出かけていく。その隙を狙って、私は弁護士事務所を訪れた。離婚問題に強いと評判の弁護士だ。

私はこれまで受けた暴言や嫌がらせを録音した音声データ、汚されたストールの写真、仕送りの通帳記録を提出した。弁護士は「これだけの証拠があれば慰謝料を請求できます。ただ、ご主人のアルバイト代や義実家への仕送りが何に使われていたのか、調べてみるべきです」と助言した。私も同じ疑問を抱いていた。毎月30万円も送っているのに、義実家の生活には一切反映されていない。新一のアルバイト代がいくらなのかすら知らない。

私は探偵を雇い、新一と義母の身辺調査を依頼した。1ヶ月後、送られてきた調査報告書は驚くべき内容だった。新一はアルバイトに行かず、毎日パチンコに通っていた。さらに、私が渡している小遣いを使って愛人を囲っていたのだ。義母も毎週水曜日に決まって派手な格好で出かけている。詳しいことは分からないが、2人に反撃するためにはもっと情報が欲しい。私はさらに半年にわたる詳しい調査を依頼した。

そして、反撃の時が来た。ちょうど1ヶ月後は義母の誕生日だ。

「お母さんの完暦祝いだけど、盛大に祝おう」
「それはいいけど、主催は俺でよろしく」

新一は私が本気で義母を祝うものだと思い込んだようだ。私は都内の一流ホテルを予約し、親戚たちにも招待状を送った。義母には新一からの感謝の印だと説明し、必ず参加してもらえるようにした。当日、親戚たちに見守られながら義母は満面の笑みを浮かべている。高級フレンチに舌鼓を打ち、「さすが新一」と大満足の様子だ。

「お母さんへの感謝の気持ちを込めて、ビデオメッセージを用意しました」

全員がモニターに注目したのを確認し、私は再生ボタンを押した。その直後、義母と新一の顔が凍りついた。ビデオには、私が受けた日々の暴言や嫌がらせの数々が流れた。さらに、新一が無職でありながら毎日のように愛人の家に入り浸っている様子も映し出された。

「なんだこれは? すぐに止めなさい!」

激しく動揺する2人に、親戚たちは一様に白い目を向けた。義母は「捏造に決まってます」と叫ぶが、私は引き下がらなかった。

「先日は体調が悪い私を心配して、暖房もついていない物置きに閉じ込めてくれましたし、お風呂の入浴料も5000円と破格の値段にしてくれましたね」

私はこれまでの2人の悪行を全て暴露した。義母が「適当なことを言わないで」と怒鳴るが、映像も音声も全て事実だ。その時、本家の大伯母が立ち上がった。

「恥を知りなさい。これが本物なら、新一が無職だってことになるわ」
「ええ、新一はもう何年も無職ですよ」
「嘘! 無職の新一がこんな高級なホテルを手配できるわけないでしょう」
「これまでの仕送りも、このホテルも、全て私が手配しました。新一は家に1円も入れていないし、アルバイトにも行っていなかった。そうでしょう、新一?」

新一は下を向いたまま黙り込んでいる。さらに私は、義母が毎週のように美容クリニックに通い、社交ダンス教室の若い講師とデートしている写真や、ホテルに入っていく動画を公開した。

「木原家の恥だわ」

親戚たちの冷たい視線が義母と新一に注がれる。逆切れした新一はテーブルをひっくり返し、暴れ始めた。

「嫁が家族のために尽くすのは当然だろ! もらった金を何に使おうが勝手じゃないか!」

手当たり次第に物を投げつける新一を義父が止めに入ったが、新一は勢いのまま義父を突き飛ばしてしまった。運悪く倒れたテーブルで腰を強打した義父は動けなくなり、救急車で病院に搬送された。入院が必要とのことだ。

「慰謝料、よろしくね」

私は離婚届を置いて、静まり返った会場を後にした。新一が追いかけようとしたが、義母が行手を塞いで止めている。ホテルを出た私は、晴れやかな気分だった。

1ヶ月後、新一と義母が私の新居に訪ねてきた。2人は土下座して復縁を迫った。

「悪かった。この通りだ。もう一度やり直してくれ」
「私も反省してるの。だからお願い、戻ってきて」

その本心は分かっていた。新一に突き飛ばされた義父は下半身不随となり、寝たきりになったのだ。2人は私に義父の介護をさせようと企んでいるに違いない。

「復縁するつもりはありません。雨漏りする家で、親子仲良く介護に励んでください。私はもう他人なので」

私は冷たく言い放ち、2人を追い返した。その後、弁護士の尽力により離婚が成立し、私は2人に対して慰謝料を請求した。パチンコばかりしていた2人に支払い能力はなかったが、裁判所の命令とあっては無視もできず、借金をして支払ってきた。

新一は家賃を払えずマンションを追い出され、義実家に身を寄せているらしい。私からの小遣いがなくなった新一は愛人にも捨てられ、借金に追われながら日雇い労働で何とかしのいでいる。義母は親族から絶縁され、ダンス講師には「金なしババーはいらん」と捨てられた。整形後のメンテナンスもできず、顔はボロボロの状態で、マスクなしでは外出もできない。近所では「口ババー」と噂されている。

しばらくして、借金取りに嫌気が差した新一は、ある日を境に義実家に帰らなくなった。今はどこで何をしているのか、誰にも分からない。

義母は老朽化の激しいボロ屋で、動けない義父を一人で介護する地獄の日々を過ごしている。だが義父は義母の裏切りが許せず、素直に介護されることはない。困らせることばかりしているという。福祉を頼るにもお金がかかるからと、義母は一人で耐えているらしい。

しばらくして、大伯母と親戚たちが私のもとを訪ねてきた。

「これまで何も気づいてあげられなくて申し訳なかったわ。まさか、あれほどひどい仕打ちを受けていたなんて。親族を代表して謝るわ」
「いえ、皆さんが悪いわけではないですから」

おばは小さな包みを差し出した。開けると、中には亡き母と同じデザインの高級ストールが入っていた。他の親戚たちも「困ったことがあったら、いつでも言ってちょうだい」と優しく声をかけてくれる。新一と離婚しても、自分たちとの縁が切れるわけではないと言ってくれるその気持ちに、私は感動した。どんなに高級なものよりも、人の優しさや温かさが嬉しくて仕方がない。

親族たちとは今でも円満な関係を続けている。これからも人との繋がりを大切にしながら、私らしく歩いていこう。新たに始まった第二の人生を、存分に楽しんでいこうと前を向いている。

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