葬儀の打ち合わせ中、俺の携帯電話が鳴った。相手は川口。取引先の食品メーカーで部長を務める男だ。俺よりも少し年上で、いつも見下したような態度を取ってくる嫌な奴だった。
「ああ、の島さん。随分待たせてくれたな」
電話口から聞こえるその声には、ほんの少し苛立ちが混じっていた。俺が詫びを入れると、川口は軽くため息をついて本題を切り出した。
「今度のメンテナンスの件なんですがね。もし修理代を請求するようなことがあれば、半額にできませんか」
妙な言い方だった。修理代が発生することを前提にしているような言い方だ。確かに特注機械のメンテナンスは契約時のオプションで、定期点検で見つかった箇所は修理費をいただくこともある。だが、その言い草はまるで最初から無料にするつもりでいるかのようだった。
「今は何とも言えません。実際にメンテナンスしてみないと分からない部分もありますし、保証の範囲内で対応できるかもしれませんから」
俺がそう説明しようとすると、川口の声が遮った。
「ああ、もういい。とにかく修理代を払うことはできない。分かったな」
耳障りな音とともに通話が切れた。こっちは父の葬儀の準備の最中だというのに、まったく話にならない。
俺は小さく息をついて、葬儀の打ち合わせに戻った。父が亡くなってから、いろんなことが一気に進んでいく。母の様子がおかしくなっていないか心配だし、会社をどうしていくかも考えなければならない。だが、今はそれどころではなかった。
葬儀当日。俺は式場を走り回り、スタッフや参列者との対応に追われていた。遺影の父は相変わらず優しい目をしていて、それを見るたびに胸が詰まる。
「あなた、大丈夫? 顔色が悪いわよ」
妻が心配そうに声をかけてくる。俺は笑顔を作ろうとしたが、うまくできなかった。
「大丈夫だよ。それより母さんのそばにいてやってくれ」
「あなた、無理しないで。私だってお父さんの家族なんだから」
妻はそう言って、少しだけ口元を緩めた。
「そうだわ。お父さんの学生時代の後輩だっていう方が、あなたと話したいって言ってたわ。少しだけ、その方とお話ししてみない? その間は私がスタッフの対応をするから」
妻は俺がゆっくり休めないことをよく分かっていた。本当はこういう時、大声をあげて泣いてしまいたいくらいだったが、そうもいかない。
「そうだな。分かった。その人はどこにいる?」
「川口さんって言うのだけど……さっき声をかけたばかりだから、近くにいると思うわ」
俺は頷き、妻に促されるままにその人物のもとへ向かった。
ところが、そこにいたのは後輩だという男性ではなく、ついさっき電話で話したばかりの川口だった。
俺は一瞬、足を止めた。まさかとは思ったが、間違いない。あの高慢ちきな態度と、人を見下すような目つき。間違えようがない。
だけど、いきなり無視するわけにもいかない。俺は覚悟を決めて、川口に近づいた。
「川口部長。今日はお忙しいところ、ありがとうございます。先日は失礼しました」
俺がそう言うと、川口は嫌な笑みを浮かべた。
「おや、の島さん。葬式で受付をしてると思ったら、こちらがわざわざ来てやってるんだ。感謝しなさいよ」
「ありがとうございます。それで、何かご用でしょうか?」
「ああ。さっきの話の続きなんだけど。あのメンテナンスの件、半額にしてくれるんだろう?」
俺は意味が分からず、首をかしげた。
「先日お話しした通り、まだ修理の必要があるかどうかも分かっておりませんので」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、うちはこれからもお前のところと付き合っていきたいと思ってるんだ。だから、そういうことはちゃんとしておいてほしいんだよ」
「ですが、決して私どもから一方的に請求するようなことはありません。作業が発生した場合のみ、適正な料金をいただくまでです」
「ふん。適正な料金ね。まあ、いいだろう。その代わり、急に高額な請求なんてしないでくれよ? こっちも色々と予算があるんでね」
そう言って川口は人でなしのような笑い方をする。明らかにこちらをなめている態度だった。
「川口部長、念のためにお伺いしますが、何か現在の機械に不具合でもおありなんでしょうか?」
「いや? 別に。今のところは特に何もないよ。だが、これからそうなるかもしれないだろう?」
「そういうこともあるかもしれませんが、あくまで実際に修理が必要だと判断した場合のみ、修理費をいただくことになります。事前に御社の承認をいただいた上で進めますから、ご安心ください」
俺がそう説明すると、川口は面白くなさそうな顔をした。
「まあいいさ。その辺のことはお前の判断に任せる。だが、あまり高くつくような真似はしないでくれよ」
「ご心配には及びません。それよりも、せっかく来ていただいたのですから、焼香を済ませていただけませんか?」
「ああ……そうだな。そうさせてもらうよ」
川口はそう言って焼香に向かっていった。俺はホッと息をつく。まったく、今日に限ってあの男と顔を合わせるとは思わなかった。
しばらくすると、川口が戻ってきて、今度は別の男を連れてきた。スーツの着こなしがきちんとしていて、川口とは違い品のある雰囲気をまとっている。
「の島さん。彼がうちの若いのだけどね。早い話が、これからはこいつが担当になるんだ。俺はそろそろ年だし、仕事は若い者に任せようと思ってね」
そう言って川口は男の肩を叩いた。男は少し驚いた様子だったが、すぐに姿勢を正して自己紹介をした。
「初めまして。川口部長の部下をしております、須藤と申します。この度はご愁傷さまでございます。よろしくお願いいたします」
「の島です。こちらこそ、よろしくお願いします」
須藤と名乗った男は、川口とは違い、感じのいい印象だった。
「さっき、先輩たちと少し話をしていたんですがね。うちの会社も今、古い機械の入れ替えを考えているそうで」
「それはご苦労様です。何かお手伝いできることがあれば、いつでもご連絡ください」
「ありがとうございます。実はですね、相談というか、お願いというか、その……」
須藤は言いづらそうに口ごもる。川口が横から茶々を入れた。
「早く言えよ。こっちも忙しいんだからな。やることがたくさんあるんだ」
「はい。あの、これから職場に来ていただくのは難しいですか?」
須藤の突然の言葉に、俺は面食らった。
「今からですか?」
「ええ。本当は葬儀が終わってからのほうがいいとは思うんですが、どうしても急ぎでして」
須藤は申し訳なさそうに頭を下げた。だが、その顔にはなぜか焦りのようなものが見えた。
「どうしても、とは?」
「実は、先日、定期メンテナンスを実施した際に、幾つか気になる箇所が見つかったんです。その内容について、早急にご相談したいことがありまして」
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