「本当に中卒なのか?残業だらけで能がないな。やっぱり中卒は仕事ができないんだろうな」
新しい部長は、俺が中卒だということを知るや否や、毎日のようにこう言ってきた。新任の部長・中川は、有名国立大学を出たことをこれみよがしに自慢し、俺を「製品開発部の恥」とさえ呼んだ。
俺は杉山。半導体の製造会社で製品開発部の課長を務めている。中学を卒業してすぐにこの会社に入り、二十年近く開発一筋でやってきた。学歴がないぶん、誰にも負けまいと必死に勉強し、いくつもの製品開発を成功させてきた。その俺の姿を、先代の蒲田社長はよく見てくれていた。ゼロから開発のノウハウを教えてくれたのは、蒲田社長だ。二人で酒を飲みながら仕事の話に熱くなり、終電を逃したことも一度や二度ではない。そんな蒲田社長が辞めた後、後任として社長になったのが岩田。岩田社長は蒲田社長と長年ライバル関係にあり、俺のことも快く思っていなかった。
岩田社長が社長に就任してしばらくした頃、俺は営業部への異動を打診された。製品開発の技術者である俺にとって、営業部への異動など考えたこともなかった。蒲田社長がいなくなった今こそ、開発部で力を発揮したいと思っていた矢先だった。俺はその話をきっぱり断った。
その直後から岩田社長の態度は変わり、挨拶しても無視されるようになった。そして新年度、岩田社長の息のかかった新しい部長・中川がやってきた。中川部長は岩田社長の意向で、気に入らない社員を排除するために送り込まれたようだった。
「杉山君ってさ、本当に中卒なんだって?信じられないよ。今どき中卒なんて滅多にいないよな。俺には絶対無理だわ。恥ずかしくて自分が中卒だなんて言えないよ」
部長は周りの社員に聞こえるように、わざと大きな声で嫌みを言ってきた。その横では、取り巻きの社員たちがクスクスと笑っている。俺は何も言い返さず、無視を決め込んだ。それが気に入らない部長は、さらに嫌がらせをエスカレートさせていった。
ある日、部長から呼び出しがあった。部長は偉そうに椅子に深く腰かけて足を組み、こっちを見下ろすように言った。
「お前、社長からの営業部への異動を断ったらしいな。本当か?」
「はい」
「社長の言うことが聞けないなんて、どうかしてるんじゃないか。中卒はそんなことも分からないのか。この部署にお前みたいな脳なしはいらないんだよ」
部長はどうしても俺を製品開発部から追い出したかったらしい。高学歴のエリート集団にしたかったのだろう。俺は俺で、部長みたいな学歴にしか興味のない人間と一緒に仕事をしたいとは思わなかったが、この開発には自分にしかできない仕事があると分かっていた。だから移動するわけにはいかなかった。
それから毎日のように、部長の嫌がらせは続いた。
「あれ、まだいたの?そろそろ引っ越し始めるの?営業部の皆さんが待ってるよ」
「移動は時間の問題だな。いくら粘ったって、開発部にお前の居場所はないんだよ。このままだと退職ってこともあり得るかもなあ」
ある日、出社した途端に部長がデスクにやってきて言った。
「お前のPC、初期化しといたからさ。もう出社しなくていいから。お疲れ様」
その瞬間、俺の中で何かがプツリと切れた。俺は大きく息を吐き、自分のPCをパタンと閉じてから静かに立ち上がった。部長の前に立ち、心の底から解放された気持ちで笑顔を浮かべた。
「あなたと働かなくていいと思うと、心が軽くなります。ありがたく退職させていただきます」
そう言って、俺はその場を去った。今までの嫌がらせから解放されて、正直すっきりしていた。これから先もあんな連中と働くなんて考えたくなかった。
すると夕方近くになって、会社から電話がかかってきた。出てみると、部長が慌てふためいた様子で叫んでいる。
「杉山!今すぐ会社に戻れ!早く!急げ!」
「何を言っているんですか?私は今朝、あなたに首を言い渡されたんですよ」
部長は聞く耳を持たず、「いいから早く戻るんだ!今すぐだ!」と繰り返す。かなり動揺しているのが分かった。俺は最初から分かっていた。俺が辞めて困るのは、会社側のほうだということを。
あまりにしつこいので、俺はしぶしぶ会社へ向かうことにした。もちろん、これから起こることの見当はついていたが。
会社に着くと、部長と社長が慌てて駆け寄ってきた。
「お前、早くPCを立ち上げろ!」
俺は思わず笑ってしまった。
「今朝、部長が俺のPCを初期化したじゃないですか。俺のPCには何のデータも残っていませんよ」
部長は自分がやらかした失態をすっかり忘れていたようだ。顔がみるみる真っ青になっていく。奥では社長が驚いた顔をしている。
「なんだって?PCを初期化したのか?」
俺はさらに笑いが止まらなかった。なぜなら、会社の売上の九割を占める製品は、これまで俺が開発してきたものだったからだ。その工程管理は全て俺一人で行っており、各所のPCはパスワードで管理され、パスワードは全て俺のPCに保管されていた。そんなことも知らずに、部長は俺のPCを初期化してしまったのだ。
「終わりだ…なんで初期化なんてバカなことを…」
社長と部長が絶望に打ちひしがれているのを見ながら、俺は心の中で「ざまあ見ろ」と思った。そして鞄からUSBを取り出し、データを復元させる準備を始めた。俺は嫌がらせを受けるようになってから、もしもの時のためにデータを別で保管していたのだ。
それを見た社長と部長は、コロっと態度を変えた。
「あっ、なんだ、データがあるのか!なら早く出せよ。もったいぶりやがって。俺たちをバカにしているのか。中卒の分際でどんな態度だ」
俺は本当にどうしようもない奴らだと思った。
「一体何なんですか?その態度の変わりようは。自分たちが犯した失態がどれだけのものか分かっていますか?このデータがなかったら、間違いなく倒産ですよ」
俺が強い口調で言い放つと、さすがの二人も口を閉じ、黙って下を向いた。その後、社長はおずおずと俺に言った。
「会社に戻らないのであれば、これらの製品の製造・管理方法を全て引き継いでから辞めてくれ」
俺は冷たく言い切った。
「この製品は俺が製造したものです。あなたたちに引き継ぐ義理はありません」
「何を生意気な口を叩いてるんだ!」
「あなたたちは自分の立場をちっとも理解していない。この製品は全て特許を取得しているものです。どうしても引き継いで欲しいなら、毎月五千万円の保守契約料を払っていただきますが、よろしいですか?」
「バカにするな!」
「バカにしているのはあなたたちです。特許の価値を全く分かっていない」
実は、これまで開発してきた製品は、先代の蒲田社長のすすめで特許を取得しており、本来なら会社に帰属する特許権を、全て個人の俺に持たせてくれていたのだ。それに俺は、首を宣告された時、すぐに蒲田社長に連絡を取っていた。蒲田社長は新しく自分の会社を立ち上げており、すぐに俺を雇ってくれると約束してくれていた。
「俺はこの会社に戻ることは絶対にしませんし、これまでの製品を引き継ぐこともしません。この会社の未来は一体どうなるんでしょうね」
俺は散々嫌みを言ってきた社長と部長に笑いながら言い放ち、会社を後にした。
その後、会社はしばらくの間ひどい状況だったようだ。社長と部長は現状を打破すべくあれこれ試みたが、製品開発の技術を持つスタッフが見つからず、自分たちだけでは会社運営が困難になった。社長や部長を取り巻いていた社員たちも危機を感じて、我先にと辞めていったらしい。最終的に、岩田社長たちは俺たちの会社に外部委託を懇願してきた。蒲田社長は会社の危機をそのまま見過ごすことはせず、委託の話を受けることにした。ただし、委託金は月一億円という厳しい条件で契約を交わしたのだ。腐った考えや自分本位でしか仕事をしない無能な社長や部長に、懲りてもらうための行動だった。
そして俺はと言えば、新しい会社でまた蒲田社長の下で働ける喜びを噛みしめながら、毎日楽しく仕事をしている。近い将来、また市場を驚かす高性能な半導体を開発する日も、そう遠くはないはずだ。


