「ねえ、なみさん。お金を少しよ立ててもらえないかしら」——姑の電話は、義父の退職祝いの翌日にかかってきた。14年、二世帯で別々にやってきて、私は一度も頼ったことなんてない。なのに、友達と旅行するための「交際費」が足りないからって、私に小遣いを要求してきたんだ。驚いて断ったら、今度は夫を通してお金を引き出し、しまいには私の冷蔵庫を勝手に開けて食材を持ち去った。夫は「母さんがかわいそうだ」の一点…

「ねえ、なみさん。お金を少しよ立ててもらえないかしら」——姑の電話は、義父の退職祝いの翌日にかかってきた。14年、二世帯で別々にやってきて、私は一度も頼ったことなんてない。なのに、友達と旅行するための「交際費」が足りないからって、私に小遣いを要求してきたんだ。驚いて断ったら、今度は夫を通してお金を引き出し、しまいには私の冷蔵庫を勝手に開けて食材を持ち去った。夫は「母さんがかわいそうだ」の一点...

「ねえ、なみさん。うちの人も定年になったことだし、家計のことを相談したいの。」

姑からの電話は、義父の退職祝いの食事会の翌日に掛かってきた。結婚して14年。ずっと二世帯住宅で暮らしているが、出入り口も家計も別々で、夫婦共働きの忙しさもあって、10年近くはほとんど接点なく平穏に過ごしてきた。だから、この電話が平穏の終わりを告げるものだとは、その時はまだ知らなかった。

義父は仕事一筋で趣味もなく、地味な人だった。対する姑は、友人と食事や旅行に出かけるのが大好きで、会う度に違う服を着ている。どこにお金が注ぎ込まれているかは一目瞭然だった。

「そちらはみおちゃんとなみさん、共働きでしょ。こっちは定年退職しちゃったから色々と大変で。お友達との交際費とか、新しいお洋服とか、諸々のお金が足りなくなりそうで、少しよ立ててもらえないかしら」

呆然とした。何を言われているのか、一瞬分からなかった。2人で働いているのだからこちらの家計は大丈夫だろう、余った分でいいのよ、と姑は続ける。

つまり、お小遣いが欲しいということだ。恥ずかしげもなく金の無心をする義父母に、開いた口が塞がらない。二世帯住宅の光熱費はこちら持ちだし、家のローンだってまだ残っている。それに、これから進学を控えている子供のために、いくら貯金しても足りないくらいだ。

「余ったお金は、子供の教育費用に少しでも多く貯めたいので、お断りします」

きっぱりそう言うと、姑は「そうなの」と答えたが、その顔は明らかに不満げだった。

そして案の定、姑は夫の方へ頼んだらしい。私が気づいた時には、もう承諾されていた。

「だって、かわいそうだろ。友達のところへ毎回同じ服を着ていけないって言うんだぞ。手土産も持っていけなくて恥ずかしい思いをさせるなんて、俺にはできないよ」

夫は不機嫌そうにそう言った。ああ、と思う。夫は母親が大好きだ。結婚当初は、母親を大事にできる人はいい人だと思った。いずれ私も母になる。生まれてくる子が、父親の背中を見て、親を大事にできる人に育ってくれるだろうと期待した。

だけど、毎回同じ服を着ていけない? それってただのわがままじゃないか。仕事一筋で家庭を顧みなかった義父より、しっかり育ててくれた姑を大事にする気持ちは分からなくもない。しかし、子供のために貯めると決めたお金は、夫のさじ加減であっさりと潰されてしまった。私の中で、確かなしこりが残った。

これを機に、姑の行動はエスカレートしていった。

姑は前にも増して出かける頻度が増えた。夫に聞けば「父さんの退職金が入ったから、友達と旅行に行くんだってさ」という。年金も当然のように使い込んでいるらしい。

「ゆっくり羽を伸ばして欲しい」

そう好意的に捉えている夫の態度に、私はぞっとした。

ある日の帰宅後、夕飯の準備をしようとドアを開けた。すると、リビングで姑が友人たちとくつろいでいるではないか。テーブルの上には、見覚えのある食材が並んでいる。朝食後に軽く片付けて出たのに、部屋は見る影もなく汚れて散らかっていた。

「あら、お帰りなさい、なみさん」

姑は友人に私を紹介し、友人たちは「ごちそうさまでした」と笑った。

彼らの前で姑を問い詰めるわけにもいかず、キッチンへ向かった姑を慌てて追いかけた。すると姑は、平然と我が家の冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。

「ちょ、ちょっと、何してるんですか?」

「つまみがなくなりそうだったから、出さないと」

「冗談ですよね?」

「うちの冷蔵庫って本当ケチね。家族なんだからいいでしょ」

「家族でも、勝手に使われたら困りますよ」

「どれも簡単に食べられるものばっかり。出来合いのものばかりとか、みおちゃんに食べさせていないでしょうね。私がきちんと見なくちゃだめかしら」

人の話を聞かないで、姑はハムを取り出して持っていこうとする。

「ちょっとやめてください!」

「もう開きにするわよ。たくさん見送りするから、あとは任せたわよ」

結局、散らかった部屋は私が片付け、冷蔵庫の中身もだいぶ減っていて、夕飯作りも大変だった。夫に怒って事情を話しても、取り合ってくれない。

「もう別居しようか」

夫が随分なマザコンだと悪い意味で思い知らされた。母親に優しい男は、つまり妻には優しくないのだ。子供に「パパとママは別々に暮らそうと思うんだけど」とそれとなく聞いてみたが、「みんな一緒がいい」と泣かれてしまい、私が我慢すればいいのだと踏みとどまった。

それから数年で義父が亡くなった。姑の金遣いの荒さで貯金も退職金も全くなく、葬式代は私たちが全額負担した。

義父が亡くなってから、姑の嫌がらせはさらに激化した。冷蔵庫物色事件から何度となく、私の家事の手際の悪さを上げるようになった。

「あなたの手抜き料理のせいで、みおちゃんが不健康になっちゃうでしょう。仕事にかまけてるせいか、お掃除も行き届いてないわね。なみさんは本当だめね。私が監督しないと」

口を開けばみおちゃんのことばかり。チクチクと嫌味ばかりだったが、どんどんエスカレートして、ひどい言葉も平気で口にするようになった。

「みおちゃんは、あなたみたいな人、嫌いなはずなのに、どうやって騙らかしたのかしらね」

歴の悪い嫁として、あからさまに邪魔物扱いする。留守に吹き込むのだから、立ちが悪い。

夫は何でも姑の言いなりだ。私がどれだけ姑の暴挙を訴えても、「母さんの言うことだから間違いないよ」と適当に返して、聞く耳も持たない。邪魔にされる私を見て見ぬふりだ。

正直言って、我慢の限界だった。

姑が「中途の病気が発症し、動けなくなる前に旅行に行きたい。最後の親孝行だと思ってお願いね」と言い出した。そんなバカな話があるかと私が拒否したのに、夫と2人で沖縄旅行に行ってしまった。

費用の出所は、子供の学資保険だった。

子供のために用意しようと積み立てたお金を、勝手に解約して使うなど、どうかしている。我慢できるものではなかった。

「離婚する」

きっぱり宣言した私に、夫はようやく事態を理解したらしい。

「もう2度としない。俺が悪かったから。お前がいないと生きていけないんだ」

泣きすがってきたが、私は片意地もなく拒否した。

「私がいないとだなんて、お金のことだけでしょう」

泣き濡れる中年男に、私は何も感じなかった。

「承諾しないなら、離婚調停にかけるから」

私が引っ越し先を探していると、夫の親戚一同から呼び出された。大説得大会か。うんざりしながら応じると、案の上、私への説得だった。何を言われるかと思いきや、夫の現状が明らかになった。なんと、3ヶ月も前にリストラされていたらしい。

「この通りだ。捨てないでくれ」

土下座する夫。必死の引き止めには、生活がかかっていたのかと、他人事のように思えた。

「なみさん、みおちゃんがこんなに言ってるのになんて冷たいの? 離婚だなんてひどい鬼ね。大事な息子のピンチと見て、姑は鬼の形相で攻めてくる…と思いきや、猫なで声に変わった。

「私たち、うまくやってきたでしょう? これからも楽しくやりましょうね。厳しいことを言ったかもしれないけど、愛情があるからこそなの。注意するのは、相手にもっと良くなって欲しいって愛情の裏返しなのよ。私はなみさんが大好きなの」

イヤイヤ、とよく言えたものだと感心した。表裏ぶりが気持ち悪い。

「気を使っていただいてありがとうございます。でもいいんです。素直に言ってください」

そして私はにっこりと満面の笑みで言った。

「私もあなたのこと、大嫌いです。私が三おさんを奪った泥棒猫なら、あなたはうちの貯蓄を奪っていく泥棒ですね。じゃあ、あなたの大事なみおちゃんを返しますので、私が頑張って貯めたお金、あなたが使い込んだお金を返してください」

私は畳みかける。

「あなたの孫の学資定期を解約したのも、一種の愛情表現でしたか。可愛いみおちゃんの、子供の大学進学資金ですものね。愛情じゃなかったら、まさかそのお金で旅行なんて行けませんよね?」

親戚一同が集まった大説得会で、夫の所行を暴露した。こんな時のために録音していた、中傷だらけの留守電も披露する。一同の非難の目が、顔色の悪い姑と夫へと突き刺さる。

姑はブルブルと震えていたが、急に切れてまくし立てた。

「あんたみたいな嫁、こっちから願い下げよ。とっとと離婚して」

「わかりました」

にっこりと受け入れる。騒いでくれてありがとう、と言ったら嫌味だろうか。

その後、私は夫と離婚した。当時中学生だった息子は、私についてきてくれた。

息子には夫として会う権利があるが、息子は何度か会ううちに、夫が「仕事がなくて食えないから」と私との橋渡しを頼んでくるのにうんざりしたらしく、近頃は「お父さん? 誰それ。そんな人知らない」と冷たい反応を見せるようになった。かつて「みんな一緒がいい」と泣いた幼い息子が、自分で父親を見てそう判断したのなら、それが全てだと思う。この先、社会人になった時、父親という立場を利用してあの人がすり寄ってきても、息子は毅然と立ち向かうだろう。

風の噂によれば、元夫はずっとフリーターで、実家にもいられなくなったらしい。

「お前はどうでもいいだろうけれど、俺はまだお前が好きだ」

元夫はそう言って、子供の唯一の父親だと強調する。好きならどうして、姑より私を優先してくれなかったのだろう。不思議に思う。

怒りより呆れ、呆れより無関心の境地だ。

「うん。どうでもいいから、もう連絡しないでね」

にっこりと笑ってそう言えるのだから、私も大したものだと思う。

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