「俺の息子を今日からお前の店舗に入れることが決まった。付けで息子と交代。お前は首だ」
新社長に呼び出された俺は、いきなり解雇通知を突きつけられた。新社長は、以前から定年間近の俺に早期退職をしつこく迫っていた。仕事にやりがいを感じていた俺は、何度断っても退職を拒み続けてきた。
だが、新社長は強引に俺を追い出しにかかった。
「これは不当解雇です」
「年寄りの君がいると若い世代は迷惑なんだ。店舗の足を引っ張っていることに気づかないのか。赤い社員に迷惑をかけて営業妨害をしているんだ。十分解雇の理由になる。お客さんだって、こんなおじさんに誰も担当されたくないでしょ」
必死に訴えかけるも、新社長とその息子は馬鹿にしたように笑い続ける。高齢という年齢だけを見て、俺のこれまでの努力を全く評価しようとしない。会社のため、お客様のために尽くしてきた長年の努力を否定され、悔しさと怒りが胸に渦巻いた。
もうこの人の下で働くことはできない。
「わかりました。退職いたします」
「やっと分かってくれたか。今までご苦労さん」
嬉しそうに見送る新社長に背を向け、俺はさっさと会社を後にした。この後、大変なことになるだろうが知ったことではない。年寄りだと笑って追い出したことを、後悔すればいい。
俺の名前は山本誠一郎。長年、自動車ディーラーで働いてきた。
元々車が好きで入社を決めたが、若い頃はなかなか成績が伸びず悩んでいた。しかし、なんとか売上を増やそうと、お客様のことを考えた接客を心がけ、車の知識を増やすために必死に勉強もした。その結果、だんだんと成績が伸びるようになった。
今では「山本さんの親切で丁寧な接客や、分かりやすい説明が気に入った」と言って、わざわざ指名してくれるお客様も多い。前社長からお褒めの言葉をいただいたこともある。前社長は一人ひとりをしっかり見て評価してくれる、とても素敵な人だった。そんな人に褒められた時は本当に嬉しかったし、頑張ってきて良かったと思えた。
今では店舗で一番の年上になり、会社全体で見ても若い社員の方が多くなっている。自動車も年々進化し、この仕事を始めた頃に比べれば覚えることも格段に増えた。だが、初心を忘れずに最新の自動車の勉強もきちんと頑張っている。あと数年で定年だが、それまでしっかり会社に尽くすつもりだった。
そんな時、社長が高齢と体調不良を理由に交代することが知らされた。社長の一人息子である岸田啓介さんが新社長に就任するらしい。社長の退任は少し寂しく感じたが、仕方のないことだと思った。
数日後、新社長の岸田社長が俺の店舗にやってきた。
「ここの店舗は全店舗の中で売上1位でした。おめでとうございます。この調子で頑張ってください」
短い言葉をいただき、業務に戻ろうとすると、社長に肩を叩かれた。
「山本さん、少しお話があります」
個別に呼び出され、何だろうと不思議に思いながらも社長と共に移動する。
「私に何かご用でしょうか?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってね」
そう言うと、岸田社長は最新の自動車やサービスについて質問をしてきた。少し試されているかのような質問に疑問に思いながらも、俺は難なく返答する。
「新しい機能やサービスが次々と生まれていて、年配の山本さんにはついていくのも大変でしょう」
「そうですね。昔よりは覚えるのに時間がかかってしまいますが、なんとかついていけていますよ」
俺は少し苦笑いをしながら答えた。
「そうですか。時間がかかって苦労されているようなら、無理せず早期退職をしてくれて構いませんので」
「いえいえ、定年までしっかり働かせていただきます」
岸田社長の突然の「早期退職」という言葉に驚きながらも、俺は慌ててそう答えた。
「僕は早期退職という決断も良いかと思いますので、視野に入れておいてください」
そう言い残して、岸田社長は去っていった。高齢だということを馬鹿にされているようにも思えたが、もしかしたら岸田社長なりの心遣いなのかもしれないと、あまり気にしないでおくことにした。
しかし、その日から岸田社長は店舗にやってくるたびに、俺に早期退職の話をするようになった。店舗の売上状況などは聞かずに、俺にばかり話をする。まるで早期退職を進めるためだけに来ているように感じるほどだった。
「山本さん、早期退職の件、考えていただけましたか?」
「ですから、早期退職は考えておりません。前も申し上げましたが、定年まで働かせていただきます」
何度言われても、俺は同じ答えを伝えた。それでも岸田社長は「若い世代を中心にしたい」「自動車の進歩は凄まじい」など、様々な理由をつけて早期退職を促してくる。最初は心遣いかもしれないと思うようにしていたが、こうもしつこいと、高齢である俺に辞めてほしいのだとしか思えなくなってきた。
そう思ってしまうほど、岸田社長は何度も早期退職の話をしてくる。俺も岸田社長の話にうんざりしていたが、それは岸田社長も同じだったのだろう。次第に岸田社長の言葉はきつくなり、高圧的な言い方へと変わっていった。
「年寄りの君がいると若い世代は迷惑なんだ。店舗の足を引っ張っていることに気づかないのか」
そんなことまで言われるようになった。もちろん、後輩に迷惑をかけているつもりはない。「山本さんがいると頼りになる」と後輩たちも慕ってくれている。
「若い世代に迷惑はかけていませんし、店舗のためにしっかり働いています」
俺が何を言っても、岸田社長は聞く耳を持たない。
「はあ、これだから高齢者は迷惑をかけていることも気づけないんだな」
そう言って深いため息をつきながら、俺を冷ややかな目で見てくるのだ。最初は気にしないでおこうと思っていたが、毎回のこのやり取りに、俺も少し腹が立っていた。しかし、社員である俺が社長に怒れるはずもなく、何度も店舗にやってくる岸田社長に対応して、「早期退職はしない」と伝え続けるしかなかった。
ある時、後輩から新型自動車の性能を教えてほしいと頼まれ、教えていた時のことだ。岸田社長が店舗にやってきて、少し遠くから俺を睨むような目つきでじっと見ている。後輩に教え終わり、その場から離れると、すぐに岸田社長に呼ばれた。
「俺の言った通りじゃないか」
鼻で笑いながら、馬鹿にしたようにそう言われる。
「どういう意味ですか?」
「新型自動車の性能が分からなくて、後輩に教えてもらっていたんだろう。迷惑をかけているじゃないか」
岸田社長は俺が教えてもらったのだと勘違いしているのだろう。
「違いますよ。後輩に頼まれて、僕が教えていたんです」
勝手に決めつけて馬鹿にしてくる岸田社長に腹が立ち、俺は少し強い口調でそう言ってしまった。すると、それに腹を立てたのか、岸田社長は大きな声で怒鳴りつけてきた。
「いい加減にしろ。いい年した高齢者が、そうやって嘘をついて恥ずかしくないのか?」
「何も嘘はついていません」
決めつけて嘘つき呼ばわりされてますます腹が立っていたが、俺は冷静に答えた。
「もういい。早期退職をしなかったことを後悔させてやるからな」
岸田社長はそう言い捨てて去っていった。その様子を見ていた後輩が、慌てて近づいてきた。
「山本さん、すみません。俺のせいで」
「いやいや、君のせいじゃないよ。早期退職をさせたいみたいで、いつもあんな感じなんだ」
すると後輩は深刻な顔をして口を開いた。
「他店舗でも、年配の社員が何人か早期退職させられたらしいです」
「まさか」
そんなことが起きていたのかと驚いてしまう。
「みんな、岸田社長に言われて早期退職したってことか」
「はい。岸田社長は『年配の社員のことを思って進めた』と言っていますが、何度も強く言われて、辞めざるを得なかったみたいです」
「なんでそんなに年配の社員を目の敵にするんだろうな」
「噂で聞いたんですけど、あの社長は若い頃にフラフラしていて、前社長に相当厳しく指導されたらしいんです。その腹いせで高齢者が嫌いらしいですよ」
後輩の言葉に、俺は呆気にとられて言葉を失った。そんなとばっちりで俺は早期退職させられようとしているのか。先ほど言われた岸田社長の最後の言葉が少し気にかかったが、絶対に早期退職はしないと心に決めた。
その数日後、本社の社長室に呼び出しをされた。すごく嫌な予感がしたが、行かないわけにもいかず、重い足取りで社長室へ向かう。中に入ると、岸田社長と一緒に若い青年がいた。
「俺の息子だ。今日からお前の店舗に入れることが決まった」
突然のことに驚いたが、俺は息子さんに挨拶をした。
「山本です。これからよろしくお願いします」
俺がそう言うと、岸田社長はケラケラと笑い出す。
「何言ってんだ?お前とは働かないよ」
岸田社長の言葉に「どういうことか」と不思議に思っていると、俺は一枚の紙を渡された。それは、俺の名前が書かれた解雇通知書だった。
「付けでお前と息子は交代する。お前は首だ」
俺は驚きのあまり言葉を失った。頭が真っ白になってしまったが、慌てて反論した。
「そんなの不当解雇です!」
「お前が若い社員に迷惑をかけて営業妨害をしているんだ。十分解雇の理由になる」
岸田社長はめちゃくちゃなことを言い出す。
「しかし、担当顧客もいらっしゃいますし、急な交代は無理です」
「こんなおじさんに、誰も担当されたくないでしょう」
俺が必死に訴える様子を見て、息子が馬鹿にしたように鼻で笑ってきた。その言葉に続くように、岸田社長も俺を馬鹿にする。
「お前の顧客も、年寄りのお前から若くて知識もある息子に変わったら嬉しいだろう。息子は車好きで詳しいんだ。お前よりよっぽどな」
岸田社長が息子の自慢をする。父親の言葉に、息子もまんざらでもない表情だ。
「俺は若いし、おじさんと違って物覚えもいいからな。時代遅れの年寄りは必要ないんだ。早く俺の言うことを素直に聞いておけばよかったと後悔するんだな」
そう言って馬鹿にしたように笑い続ける岸田社長に対して、怒りが込み上げてきた。もうこんな人とは働けない。
「わかりました。解雇を受け入れます」
俺の言葉を聞いた岸田社長は、満足そうに笑っていた。
その数日後、俺の元に岸田社長から電話がかかってきた。もう話もしたくなかったが、鳴りやまないので渋々電話に出る。
「おい、お前の顧客を引き止めろ」
電話に出た瞬間、そう言って大きな声で怒鳴られた。岸田社長の声からは、慌てた様子も感じ取れる。
「何ですか?突然電話してきて」
「お前が担当の大手企業が、契約を打ち切ると言い出したんだ。お前が何とかしろ」
岸田社長の言葉に、すぐにどの契約かが頭に浮かんだ。その大手企業とは、車両数百台のリース契約と保守点検の契約を結んでいた。長年契約をしてくれている企業で、何の理由もなく突然契約を打ち切るような会社ではない。
「なぜそんなことになったんですか?」
「そんなことはいいから、なんとかしろ!」
岸田社長は理由を誤魔化して教えてくれず、「何とかしろ」の一点張りだった。何度聞いても理由も教えず、勝手な要求をしてくる岸田社長とこれ以上話す気にもなれなかった。
「首になった私には、もう関係のないことです」
俺はそう言ってきっぱりと断り、電話を切った。そして今度は後輩に連絡を入れ、事情を聞いてみることにした。
「実は、社長の息子がやらかしたんですよ」
後輩は声を潜めて内情を教えてくれた。俺が首になった後、岸田社長の指示で、俺の担当であった顧客を社長の息子が引き継いだらしい。しかし、息子は顧客対応の経験も知識も全くなく、失礼な態度ばかり取って顧客を怒らせていた。引き継いでから顧客とのトラブルを起こし続けており、大口の契約も次々に切られているという。
岸田社長の息子は働いた経験が一度もなかったらしく、挨拶もまともにできないような人だったのだ。周りが指導しようとしても、横柄な態度で言うことを全く聞かなかったそうで、みんな頭を抱えていたという。
「山本さんの顧客をこのまま失い続けたら、一店舗の損害に収まりません」
そう言って後輩は嘆いていた。後輩が嘆いてしまうのも無理はない。俺の担当していた顧客はVIPばかりで、大手企業の契約も何件もあった。単なる車好きなだけで失礼な態度を取る岸田社長の息子に引き継いで、うまくいくはずもない。俺が入社して以来、必死に契約を取り、信頼を得るのにたくさんの時間をかけてきた顧客ばかりなのだから。
俺も今の売上を上げるのに相当苦労した。何度も説明に行き、会社ごとに最適な契約内容を考えて、お客様一人ひとりの要望に応じて提案をしてきた。たくさん断られたり、「しつこい」と怒られたこともあったが、必死に頑張ってきたのだ。その結果、契約したお客様から人を紹介していただいたりして、顧客を増やしてきた。そのため、前社長も俺を評価してくれていた。
しっかりと社員のことを見て評価してくれる前社長を尊敬していたし、会社のためになるのならと頑張り続けていた。しかし岸田社長は何も知らずに、俺を簡単に解雇したのだろう。全店舗中でダントツでうちの店舗は売上を上げていたし、その大半が俺の顧客の売上だった。契約情報を確認すれば一目瞭然のことだったが、岸田社長は高齢者を早期退職させることばかり考えて、そんなことさえも把握していなかったのだろう。
一緒に働いてきた仲間たちや、長年担当していた顧客のことを考えると胸が痛んだが、解雇された俺にはどうすることもできなかった。
数日後、岸田社長が自宅にやってきた。久しぶりに見る岸田社長の顔は、少しやつれているようにも見える。あれだけ怒鳴りつけてきた人だとは思えないほど困った表情で俺を見て、土下座をしてきた。
「本当にすまなかった。お願いだ。顧客を取り戻してほしい」
「前にも言いましたが、もう僕には関係のないことです」
岸田社長の姿は哀れだったが、どんなにお願いされても俺の気持ちは変わらない。
「君がこんなにすごい人なんて知らなかったんだ。このままでは損害が50億を超えてしまう」
そう言って俺に泣きつく。
「『必要ない』と言って、僕のことを首にしたのはあなたです」
「君の売上を知っていれば、首にしなかった」
岸田社長のその言葉に、嫌な気持ちになった。分かってはいたが、全然社員のことをしっかり見ていない人なのだと改めて感じたからだ。今までは年齢で「いらない」と決めつけ、売上があると分かればこんなに態度を変える。今まで頑張ってきた他店舗の年配社員たちも、岸田社長の勝手な判断で早期退職をさせられてしまったのだろうと、胸が痛んだ。
「社員のことをしっかり見ていないあなたと、もう働く気はありません。お帰りください」
俺はきっぱりと岸田社長にそう言って、玄関の扉を閉めた。
その後、ディーラーは発言力のあるVIP顧客を怒らせたことにより、悪評が広まった。そして事態を重く見た、特約店契約を結んでいた自動車メーカーから契約を切られてしまい、ディーラーをやっていけなくなった会社は倒産したそうだ。
俺の元に前社長から電話があった。今回のことを岸田社長から聞いたらしく、謝罪をされた。
「山本君、今回は本当にすまなかった。まさか君が解雇されていたなんて、全く知らなくてね」
岸田社長は前社長の体調が優れないことをいいことに、全く相談や報告もなく好き勝手にしていたそうだ。
「前社長、謝らないでください。僕もすみません。会社のために働き続けると言っていたのに」
「君は何も悪くないよ。君が頑張って大切にしてきた顧客もいなくなってしまって、本当に申し訳なく思っている」
前社長はそう言って俺に謝り続けた。前社長とその息子は、借金返済のために日々働いているらしい。
「それも全て自業自得だ。責任は全てあいつに負わせるよ。厳しく育てたつもりだったが、何も分かっていなかったようだ」
前社長は厳しくそう言ったが、どこか寂しそうな感情も読み取れた。自分が大切にしてきた会社を息子と孫にめちゃくちゃにされてしまったのだから、無理はないだろう。
「今日は君に最終職を紹介しようと思って、連絡をしたんだ」
前社長はそう言うと、有名なディーラーを紹介してくれた。
「知り合いがいて、君の話をしたら『是非うちで働いてほしい』と言ってくれたんだ」
俺は突然の話に驚いたが、とても嬉しかった。
「本当ですか?ありがとうございます」
「君の豊富な経験と知識を生かせると思う。これからも活躍を期待しているよ」
前社長のその言葉に、胸が熱くなった。やはり前社長は素敵な人だと思った。この際、もう働かなくてもいいかと思っていたが、せっかく前社長が俺のためを思って紹介してくれたのだ。俺は前社長が紹介してくれたディーラーで働くことにした。
こんな年齢での再就職は少し不安だったが、職場環境もよく、すごく働きやすい。これからも初心を忘れずに、しっかり努力を続けようと改めて決心をした。



