毎年決算の翌週に銀行から届く“お歳暮”と書かれた不審な荷物。今年もまた、差出人不明の小包が届いた。中を開けると、そこには私の個人情報が詰まったファイルが。最後のページには、こう書かれていた。「森下明里様、当銀行はあなたの退職を勧告します」。私は新人行員として必死に窓口に立ち続けてきた。確かに先週、私は顧客を守るために重要な規則を破った。でも、あの老夫婦を追い返す選択肢はなかった。銀行からの最…

毎年決算の翌週に銀行から届く“お歳暮”と書かれた不審な荷物。今年もまた、差出人不明の小包が届いた。中を開けると、そこには私の個人情報が詰まったファイルが。最後のページには、こう書かれていた。「森下明里様、当銀行はあなたの退職を勧告します」。私は新人行員として必死に窓口に立ち続けてきた。確かに先週、私は顧客を守るために重要な規則を破った。でも、あの老夫婦を追い返す選択肢はなかった。銀行からの最...

窓口の空気が凍りついたのは、その老人が静かに立ち上がった瞬間だった。

岡本春雄、74歳。肘に当て布のある古びたジャケットに、塗装の剥げた金具の鞄。誰の目にも、ただの近所の年寄りにしか見えなかった。だが彼こそ、食品・不動産・流通を束ねる岡本ホールディングスの会長であり、この迷和銀行の創業家に連なる人物だった。肩書きを出さず、現場で人を見る。それが彼の流儀だった。

その日、春雄が支店を訪れたのは、入院を控えた妻の手術費用を引き出すためだった。

対応したのは、新人行員の森下明里。声は小さくても、真摯で丁寧な対応だった。彼女は書類を両手で受け取り、椅子を勧め、温かい緑茶を出した。

「お辛い中、わざわざお運びいただきありがとうございます」

春雄は茶を一口含み、微笑んだ。

「ありがとう。いい窓口さんだ」

手続きを終え、春雄が支店を出た後、隣の窓口で見ていた同期の池田凌太が吹き出した。

「マジで丁寧にやってんすね、森下さん。あんな貧乏臭い爺、適当でいいのに」

池田は都内の有名私立を出て、地元有力者の父のコネで入行した男だった。胸ポケットには父から送られた高価な万年筆が覗いている。

「池田君、お客様への口の聞き方に気をつけて」

「いいや、あの当て布のジャケット見ました?絶対に大した口座持ってないって」

池田は携帯を取り出し、春雄の後ろ姿を撮影し始めた。

「フォロワーしょぼい支店の中じゃ俺が一番多いんで」

画面には「今日の貧乏客1発目」という文言が並んでいた。明里は両手で池田の手首を掴んだ。

「やめてください。お願いです。それは本当にやってはいけないことだから」

「何必死になってんすか?森下さんって空気読めないっすよね。家庭の事情で苦労してきた人って、ああいう貧乏じじいに同情するんすかね」

その悪意に喉が詰まっても、明里は視線をそらさなかった。家庭の事情が噂されていることにも、もう気づいていた。

その時、自動扉が再び開いた。春雄が明里の窓口の前で立ち止まる。

「先ほどの湯のみを忘れてしまったようでね」

「あ、こちらですね。申し訳ございません」

春雄は深く頭を下げ、再び支店を後にした。池田はとっさに携帯を背中に隠した。

数週間後、支店の空気はすっかり変わっていた。中心にいたのは、移動して2か月の課長代理・黒川聡。自称エリートで、池田と急速に意気投合していた。4代目の店長・中村は本店会議に追われ、窓口運営は黒川に委ねられていた。

「池田君の言う通りだ。上得意と一般の選別を明確にする必要がある。預金額1000万以下は自動受付でいい」

黒川は口座データに「優良客」「一般客」「お断り検討」のラベルを貼り始めた。本店の規定にない独自の分類だった。

その頃、春雄が再び支店を訪れた。妻の入院が始まり、定期預金の一部解約が必要になったのだ。明里の窓口に案内された春雄だったが、黒川が背後から端末を操作し、受付を池田の窓口へ移してしまう。

「森下は新人だ。他の客へ回れ。岡本様は池田君の窓口だ」

「しかし岡本様は私の担当ですが」

「私の判断だ」

明里は言葉を飲み込み、書類を握りしめた。春雄は何も言わず、池田の窓口へ歩み寄った。

「いやあ、岡本様、毎度どうも。本日は定期預金の解約ですね。あ、だめだ。これ、印鑑登録されてるものと形が違うみたいす」

「同じ印だ。40年この一本しか使っておらん」

「機械がそう言ってるんで、印鑑証明書の原本がないと無理っすよ」

池田は規定を盾に、春雄を3度も記入台と窓口の間で往復させた。周囲の客がその対応に目を細める。それでも池田は悪びれる様子もなかった。明里は唇を噛みしめ、黒川の前に立った。

「課長代理、岡本様への対応が明らかに過剰です。書類は揃っています」

「黙っていなさい。新人が意見するな。月評価に響くぞ」

春雄は明里の横をゆっくりと通り過ぎ、短く頭を下げた。

「ありがとう」

たった一言だった。嫌がらせを受けながらも庇ってくれた明里への、静かな感謝だった。

数日後、春雄は別の要件で支店を訪れた。池田の窓口を素通りし、ロビーの中央で黒川を見据える。

「課長代理さん、少しよろしいか。話したいことがある」

「何でしょう、岡本様。簡潔にお願いします」

「こちらで長年世話になったが、別の銀行へ口座を移したい。手続きを教えてもらえんかね」

黒川は池田と顔を見合わせ、肩をすくめて吹き出した。

「他の銀行へ、100万程度のために?口座の解約って結構面倒ですよ。何度か通うことになりますが。どうぞどうぞ。手続きはここで打ち切らせていただくことも可能です」

明里は反射的に窓口から飛び出し、春雄の前にかけ寄った。

「課長代理、お待ちください。岡本様、どうかもう一度よくご検討ください」

「いや、君が悪いのではない。気にしないでくれ」

「森下、持ち場に戻れ。お客様の移行を尊重するのが務めだ」

春雄は明里に向き直り、穏やかな声で言った。

「君には世話になった。君のような行員さんに出会えて私は嬉しかったよ。君のような行員がいる限り、この銀行はまだ捨てたものではない」

明里は何か返したかったが、声にならなかった。春雄は深く頭を下げ、鞄を抱え直して支店を後にした。

その夜、春雄は自宅の書斎で、長年連れ添った古びた鞄を見つめていた。3度も書類を書き直させられたこと。池田の薄笑い。黒川の冷たい視線。そして、窓口の隅で自分のために震える声で抗議した若い行員の姿。

「こうするしかなくなったのかね」

春雄は深く息を吐き、机の電話をゆっくりと取った。

「会長、いかがなさいましたか」

「田辺か。例の支店を動かせ」

岡本グループ秘書室長・田辺は、会長の声色だけで何かが起きたことを察した。

「承知いたしました。グループ全社のメインバンクを、お選びの他行へ切り替える準備に入ります。ただし、時期は私が指示するまで待て。連絡があったら、5秒間隔で振り込みを始めてくれ」

「かしこまりました」

「これは傲慢を渡すための行いだ。情けでは人は変わらん。だが、誠実だった者まで巻き込むつもりはない。中村君には、明朝私が支店に入るタイミングに合わせて駆けつけさせろ。田辺、お前も明朝、第一支店まで迎えに来てくれ」

「ご決意、確かに承りました」

同じ頃、本店融資課の斎藤は月例会議の資料に目を通していた。机の直通電話が鳴り、岡本グループの名を聞いた瞬間、背筋が伸びた。

「野次に失礼します。会長が第一支店でご立腹です。本日付けで当グループ全社のメインバンクを他行へ切り替えます。会長が再度第一支店にお越しになります。融資課にも現場へお越しいただきたい」

「わかりました。必ず伺います」

受話器を戻す斎藤の手が震えていた。迷和銀行の最大取引先が、支店で侮辱を受けている。下手をすれば本店の業績そのものが揺らぎかねなかった。

「法務部長と人事担当役員を呼べ。緊急だ。第一支店の端末と行員のSNS投稿履歴を5分以内に保全しろ。私は直接第一支店へ出向く」

一方、明里はアパートで母の医療費の領収書と弟の学費の控えを机に並べていた。狭い部屋に、家族の匂いだけが残っていた。母の言葉が蘇る。

『お金や立場で人を判断せず、誰に対しても誠実でいなさい。それがお父さんとお母さんがあなたに残せる、たった1つのことなの』

明里は目を閉じた。あの穏やかな老人の顔が浮かぶ。当て布のジャケット。手入れされた鞄。最後に向けてくれた「ありがとう」。

「お母さん、私、あの方に誠実でいられたかな?評価が落ちても、あの日の対応は曲げないと決めた」

翌朝、支店の空気は異様な冷たさを帯びていた。開店前の事務室で、池田の携帯にメッセージの着信音が続いた。画面を見た池田の顔がみるみる青ざめていく。

「あ、あれ嘘でしょ?」

「池田君、どうした?」

「やばいです、課長代理。俺の裏アカ特定されました。裏アカの中で客の写真とか撮って投稿してた匿名アカウントが」

黒川は池田の携帯をひったくった。画面には支店内の写真と嘲る言葉が、何百件もの拡散と共に並んでいた。コメント欄には店名と池田の本名らしき情報も書き込まれている。

「顧客情報の流出だ。店内配置からうちの支店だと特定されている」

「すみません。でもこれ全部俺1人で、課長代理は何も」

「当たり前だ。私が指示した記憶などない。これはお前の単独性行だ。当時の森下がお前を止められなかった。教育不行き届きが真の原因だ」

通路の影で、明里はその会話を聞いて両手を握りしめた。

その時、自動扉が開く音が響いた。古びた鞄を抱えた春雄が、支店へ足を踏み入れる。彼は黒川と池田には目もくれず、一直線に明里の窓口へ向かった。

「岡本様、本日もお越しいただきありがとうございます。私の力不足でご不快なお気持ちにさせてしまい、申し訳ございませんでした」

「君が謝ることは何一つない」

黒川と池田が薄笑いを浮かべながら歩み寄ってきた。

「岡本様、他の銀行へのお手続き、本日もどうぞどうぞ」

池田の笑い声に黒川も肩を揺らした。ロビーが息を飲んだように静まり返る。春雄は鞄をカウンターへ置き、低く落ち着いた声で告げた。

「では、そうさせてもらおう」

その直後だった。支店内のどこかで電子音が短く鳴った。ピン。5秒後にもう一度。さらに5秒後、ピン。業務端末に振込通知が間隔をあけて流れ始める。

100万、500万、1000万、3000万、5000万、1億。

容赦なく桁が膨れ上がっていく。全て、他行への電子振り込みだった。

「待て、どれもうちの大口口座だ」

黒川が画面を覗き込んだ瞬間、その表情が固まった。

「岡本ホールディングス株式会社、岡本不動産、岡本流通サービス、岡本フードチェーン……」

経済誌の見出しでしか見ない大企業群が、画面いっぱいに並んでいく。

「岡本様が……まさか、岡本ホールディングス?」

池田の顔が一気に青ざめた。窓口の若手行員たちも、端末の数字から目を離せない。笑い合っていた空気が一瞬で消えていた。

その時、ロビーの電話がけたたましく鳴り響いた。受付の行員が震える手で受話器を差し出す。

「課長代理、本店融資課からです」

黒川が受話器を耳に当てた瞬間、融資課の怒声が漏れ聞こえた。

「黒川!今、誰を相手にしているか分かっているのか?私は今そちらへ向かっている。全ての記録を保全しておけ」

電話が切れ、受話器が黒川の手から滑り落ちた。春雄は表情を変えず、鞄から名刺を1枚出してカウンターに置いた。

「岡本ホールディングス株式会社 代表取締役会長 岡本」

「ご希望通り、他の銀行への切り替えを進めてもらっている。岡本ホールディングス全社の口座も、私個人の預金も、全て別の銀行へ移す」

「お待ちください。これは何かの行き違いかと」

「行き違いではない。私は正式に銀行を変えるつもりで来ている」

黒川は返す言葉を見つけられなかった。当て布のジャケットが、急に別の意味を持って見え始めた。

「岡本様、もしかして最初からこうなることを」

「いや、こうなる前に君たちが気づいてくれることを願っていた。残念ながら、間に合わなかった。それだけだ」

支店のスピーカーから緊急アナウンスが流れた。岡本グループ全社と岡本名義の個人口座について、本店が取引契約解除を受諾したという内容だった。

「当店の本年度業績見通しが、たった今吹き飛んだ」

「待って。違います。これは俺のせいじゃ」

「池田。お前が『貧乏臭い爺』などと軽々しく」

「いや、振り分けの判断は全部課長代理の指示じゃないですか?」

「お、お前ら……」

責任の押し付け合いがロビーに響いた。春雄は2人を見ようともしなかった。

「今さら慌てても、失った信用は戻らない。森下さん。明日からも誇りを持って、この窓口に座っていなさい。君の正しさは、この私が証明する」

窓口の中で、明里の目から涙がこぼれ落ちた。黒川も池田も、もはや口を開くことができなかった。もう誰も笑っていなかった。

直後、自動扉が勢いよく開いた。

「申し訳ございません。遅くなりました」

ロビーに駆け込んできたのは、本店会議に出席していたはずの中村店長だった。緊急連絡を受け、会議を抜けて駆けつけたのだ。中村はその場に膝をつき、深く頭を下げた。

「会長、本当に申し訳ございませんでした。窓口運営を黒川課長代理に任せきりにしていた、私の責任です」

「中村君、久しぶりだな。若い頃、地元の小さな町工場への融資を通してくれたことを今でも覚えている。あの一件がなければ、今の私はなかった」

「会長……」

中村の口元がわずかに震えた。黒川は、店長と会長の間にそんな過去があったことを初めて知った。

その時、支店前に黒塗りの公用車が止まった。降り立ったのは、迷和銀行融資課の斎藤だった。本店から駆けつけたまま、ネクタイの緩みも直さずロビーへ入ってきた。

「会長、本当に申し訳ございません」

斎藤はロビー中央で深々と頭を下げた。銀行のトップである融資課の姿勢に、黒川と池田の表情が凍りつく。

ちょうどその時、ロビーの柱時計が10時を告げた。自動扉が再び静かに開く。グレーのスーツを着た田辺がロビーへ足を踏み入れた。

「会長、お迎えに参りました。10時きっかりでございます」

その一言で、全てが春雄の事前指示通りに進んでいたことを、全員が悟った。偶然でも行き違いでもなかった。

「岡本会長、何か誤解があるかと。私は現場の混乱を収めようとしただけで」

黒川の額から脂汗が流れ落ちる。

「その混乱を作ったのは君だ。私にラベルをつけ、森下さんに責任を押し付けようとした。その上、池田行員のSNS問題まで、彼女のせいにしようとした。だが、本店では防犯カメラ映像とSNS投稿履歴を保全している。そこには、森下行員が池田行員の投稿を体を張って止めていた場面が残っている。口座の独自ラベルの操作ログも、全て残っている。『教育不行き届き』という筋書きは許さん」

黒川の顔から血の気が引いた。池田も、自分の嘘が逃げ場を失ったことを理解した。

「嘘で塗り固めた筋書きで、若い行員さんを切り捨てる。それが君たちの業務改善だったのか。黙りなさい」

春雄はゆっくりと2人を見た。

「私も若い頃は何度も見下されてきた。この鞄も古い上着も、長い間一緒に働いてきた大事なものだ。見た目だけで人を判断する人間に、本当の信用は見えない。金はな、使ってこそ意味がある。そして、何を目的として使うかが重要なのだ。人の価値を決めるためのものじゃない」

ロビーは水を打ったように静まり返った。誰もその言葉に反論できなかった。

「店長のお言葉で、銀行員として一番大切なことを改めて思い出しました。本日あったことを、どうか忘れないでください」

田辺の声に、ロビーにいた全員が深く頭を下げた。

「会長、お願いします。もう一度だけ、私にチャンスを」

黒川は声を震わせ、池田も床に手をついて頭を下げた。

「すみませんでした。俺、ただフォロワーが欲しくて」

春雄は2人を黙って見つめ、ゆっくり首を横に振った。

「君たちは途中で人を見下すのをやめることもできたはずだ。改善する時間は十分にあった。しかし、何も変わらなかった。君たちのような行員がいたのでは、この支店に未来はないよ」

その言葉に、黒川と池田は崩れ落ちた。嘲笑してきた当て布の肘が、今は自分たちの重荷としてのしかかっていた。

春雄は立ち尽くす明里へゆっくり歩み寄った。

「森下さん」

「はい」

「君は何一つ間違っていなかった。今日のことを、生涯の誇りに思いなさい。君のような行員さんがいてくれて、私は救われたよ」

明里の涙が、堰を切ったように溢れ出した。正しさがようやく報われた瞬間だった。

「今日のことは、本店も含め必ず正式に評価する。君の対応は、この銀行が失いかけていたものを思い出させた」

春雄は鞄を抱え直し、ゆっくりと歩き出した。田辺が扉の前で頭を下げて待っていた。

事件から数時間後、緊急ニュースが全国に流れた。迷和銀行第一支店でSNS顧客情報流出事件が発覚したのだ。池田の父はその夜のうちに地域の役職を全て辞任した。翌朝、池田凌太は解雇となった。同日、岡本ホールディングス法務部は刑事告訴と民事訴訟を検討していると発表した。

金融協会はもちろん、どの金融機関も池田の名前を採用しなかった。23歳の未来は、たった1日で閉ざされた。

黒川の処遇も容赦なかった。捜査当局と防犯映像が、振り分けと責任転嫁の全てを暴いた。斎藤は黒川を即日懲戒解雇とした。その夜、黒川の自宅には妻の署名済み離婚届が残されていた。黒川の手書き履歴書は、どこへ送っても門前払いが続いた。客に書き直しを強いた男が、今度は自分の字を信じてもらえなかった。

翌週、金融庁による立ち入り検査が発表された。大口顧客も次々と口座移動を申し出た。斎藤は引責辞任を申し出、第一支店の存続も危ぶまれた。それでも明里は、窓口で頭を下げ続けた。

事件から数日後、岡本ホールディングス本社・会長室。

「第一支店の存続が協議に上がっています」

「森下さんは今日も窓口に立っているそうだな。潰すわけにはいかん。一部口座は戻す。ただし条件付きだ。行員教育の刷新と、新部署に森下さんをその中心に据えること」

「あの新人の行員さんをですか?」

「あの場でたった1人、誠実に向き合ってくれた行員だ。それと、財団で『岡本ふれあい事業団』を立ち上げる。シニアと若い行員の橋渡しをする組織だ」

季節が1つ巡った。森下明里は、岡本ふれあい財団の窓口担当として新たな配属を受けた。財団は名和銀行と共同で、シニア顧客対応の研修を始めた。明里の母の入院費と弟の学費も、財団の支援が支え始めた。

ある秋の日、明里は母の病室を訪れていた。

「明里、新しいお仕事はどう?」

「お母さんが教えてくれた『誠実でいなさい』を、後輩に伝える仕事なの」

「ちゃんと覚えていてくれたのね。あなたは私の誇りよ」

その午後、明里は春雄に深く頭を下げた。

「会長、私は何をお返しすればよろしいのでしょうか?」

「お返しなどいらんよ。お客様に誠実であり続けてくれればいい」

「はい。一人一人に誠実に向き合ってまいります」

「君のような行員さんが、これからの銀行を支えてくれる」

穏やかな秋の午後。明里は今日も、目の前のお客様に誠実に接していた。

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